F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 5
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 0
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二人が乗った昇降機の扉が閉まり、ゆっくりと上昇を始めた時、千尋は何かを思い出したかのように「開」ボタンを押した。「どうした?」「会場に、バッグを忘れてしまいましたの。取りにいっても宜しいかしら?」「構わねぇが、そのネックレスは外していけ。賊に狙われたら・・」「大丈夫です。すぐに戻りますから。」千尋はそう言って歳三に微笑むと、昇降機から出てパーティー会場へと戻った。 そこは、刀や槍、銃剣で武装した過激派の男達が占拠していた。「我々は、この腐った世を正す為、今宵ここに集まった!お前達は貧者から給金を搾取し、政府の甘い汁を啜っている犬畜生にも劣る輩だ!」伸晃の演説に耳を傾けた彼の仲間は、彼に拍手を送った。「君達の要求は何だね?金が欲しいのならくれてやろう。」「そういう貴様の考えが、世の中を腐敗させているのだ!」男達の前にやって来た招待客の華族に、男の一人がそう叫ぶと彼を銃剣で斬りつけた。女達の悲鳴が上がり、それを合図に招待客達が一気に出口へと殺到した。しかし、男達は彼らを逃がすまいと拳銃で彼らの両足を狙って次々と撃った。 乾いた銃声を聞いた千尋は、今会場に戻るのは危険だと判断し、昇降機へと戻ろうとした。だがその時、彼女の背中に拳銃が押し当てられた。「何処へ行く?」「お、お手洗いに・・」「嘘を吐くな。」 (遅ぇな・・何かあったのか?)5分過ぎても千尋がなかなか部屋に戻って来ない事を不審に思った歳三は、昇降機に乗り、パーティー会場へと向かった。「一体、何が起きているというの?」「わたくし達、これからどうなるの?」「早く家に帰して・・」男達によって囚われた千尋は、女達の啜り泣きを聞きながら、男達が居る方をちらりと見た。するとそこには、伸晃の姿があった。「鈴木様、どうしてここに!?」「おい、座っていろと言っただろうが!」千尋が急に立ち上がるのを見た男は、そう彼女に怒鳴って銃剣の銃床で彼女を殴ろうとした。「止せ、彼女は僕の知り合いだ。乱暴するな。」「はい・・」「千尋様、部下が失礼を致しました。」「鈴木様、このような事をなさっても何も変わりませんわ。お願いですから、人質は解放してくださいませ。」「それは出来ません。彼らは長年我々貧者を虐げた者達です。彼らの家族の前で、彼らが処刑される様子を見せなければ・・」「あなたは一体、何をお望みですの?」「千尋様、あなたは貧しい者の気持ちを考えたことがございますか?」そう言った伸晃の目は、冷たい光を放っていた。「あなた方のような人間が富を独占している所為で、金も力もない者達は虐げられ、搾取され、病に罹っても病院に行く事も出来ずに野垂れ死んでゆく・・これがこの国の現実です。僕は、少しでもこの国を変えてゆきたい。」「それが目的ならば、暴力で訴えるのはお止めください。」千尋はそう言うと、伸晃を見た。「あなたなら、何をしてくださいますか?」「人質を全員解放してください。わたくし一人だけが残ります。」「いいでしょう。」にほんブログ村
2013年10月07日
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歳三は千尋をロビーで待たせると、伸晃が居る方へと向かった。「何でてめぇがこんな所に居るんだ?」「僕も、このパーティーに招待されたんでね。」「そうかい。まぁ、騒ぎは起こさねぇこったな。」歳三がそう言うと、伸晃は彼に背を向けて去っていった。「待たせたな、行こうか?」「ええ。」パーティー会場の前でクロークにコートを預けた二人が中へと入ると、そこにはドレスやタキシードで着飾った男女が輪になってワルツを踊っていた。「土方様・・」「俺と一曲、踊ってくれねぇか?」「ええ、喜んで。」 二人が踊りの輪に加わると、それまで踊っていたパーティーの招待客達が踊りを止め、二人の踊りに魅入っていた。「踊りはどちらで習いましたの?」「独学さ。まぁ、社交ダンスの教師に高い授業料払って教室に通った甲斐があったぜ。」「そうなんですの。道理でステップがお上手だと思いましたわ。」「お前ぇに素直に褒めて貰えて嬉しいぜ。この後は、たっぷりとお前ぇを可愛がってやりてぇよ。」「やめてください、こんな所で。」二人がそんな言葉を交わしながら踊り終えると、いつの間にか彼らの前には招待客達が集まっていた。「千尋様、千尋様じゃなくて?」「あら、嘉那子(かなこ)様・・」「あなたが女学校を休学なさったと聞いて、わたくし驚いてしまったわ。こちらの方は?」「嘉那子様、こちらは土方歳三様。わたくしの婚約者ですわ。土方様、こちらは西条嘉那子様。わたくしの女学校でのお友達ですわ。」「まぁ、初めまして。」「こちらこそ。」「千尋様、そのダイヤモンドのネックレス、素敵ね。」「土方様からのプレゼントなのよ。」「土方様、どうか千尋様の事を宜しくお願い致しますね。」「ええ、きっと彼女を幸せにしますよ。」「じゃぁ千尋様、またね。」「ええ、またね嘉那子様。」 嘉那子は千尋に手を振りながら、会場から出て行った。その時、千尋は招待客達の視線が自分達に集まっていることに気づいた。「どうした?」「わたくしたちを皆さん見ていらっしゃるけれど・・」「気にすんな。それよりも、そろそろここから出るか?」「まぁ、どちらへ?」「部屋を取ってあるんだ、行こう。」 パーティー会場を出た二人が昇降機の方へと向かおうとした時、突然袴姿に襷がけをして、刀や槍で武装した男達が会場に乱入するのを彼らは見た。「今の方達は・・」「最近新聞を賑わせている過激派の連中だ。」歳三は千尋を男達から守るかのように、そっと彼女の肩を抱いて昇降機に乗った。 銃声が聞こえたのは、その直後のことだった。にほんブログ村
2013年10月06日
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突然喉奥に歳三のものを突っ込まれ、千尋は苦しそうに喘いだ。やがて歳三がブルブルと身を震わせながら、彼女の口内で達すると、喉に焼けつくような痛みが走った。彼女は激しく咳き込むと、ペルシャ絨毯の上に白くて生臭い液体を吐き出した。「済まねぇ、大丈夫か?」「もう、気は済みましたか?」歳三は千尋の背中を擦ると、彼女はそう言って歳三を見た。「千尋、俺はもう帰る。これ以上居ると、お前を滅茶苦茶にしたくなるからな。」「そうですか・・お気をつけてお帰りくださいませ。」「絨毯、汚しちまって済まなかったな。」「いえ、お気にならさずに。」「じゃぁ、また。」千尋は歳三が部屋から出て行くのを黙って見送った後、寝室へと入った。眠ろうとして目を閉じたが、脳裏に浮かぶには歳三と過ごした淫らな時間ばかりが浮かんだ。 今まで千尋は、あんなに淫らな体験をしたことがなかった。歳三は行為の間、余裕綽々とした様子で千尋を見ていた。(あの様子だと、手慣れていらっしゃるようだわ・・) 何だか千尋は、また歳三とあんな淫らな事をしたいと思い始めてしまった。「おはようございます、お母様。」「おはよう、千尋。体調の方はどうなの?」「もう大丈夫ですわ。それよりもお母様、今日はどちらへ?」「ああ、西田さんと観劇に行くのよ。夜は遅くなるから、お留守番頼むわね。」「わかりました。」「千尋お嬢様、土方様からお手紙が届いております。」「まぁ、土方様から?」 千尋はそう言って執事から歳三からの手紙を受け取ると、ペーパーナイフで封筒の封を切った。 手紙には、今夜帝国ホテルで開かれるパーティーに出席して欲しいという旨が書かれていた。「お母様、どうしようかしら?わたくし、ドレスを持っていないわ。」「あら、それなら心配要りませんよ。土方様から、先程素敵なドレスを頂いたから。」「まぁ、それは本当かしら?」「ええ。」 朝食を食べた後、千尋が部屋へと戻ると、そこには瑠璃色の美しいドレスがマネキンに着せられていた。「土方様から贈られたダイヤのネックレスをおつけなさい。」「ええ、そうするわ。」 その日の夜、歳三が千尋を迎えに荻野邸へと向かうと、丁度彼女が螺旋階段から降りてくるところだった。「土方様・・」「良く似合ってるじゃねぇか、そのドレス。」「ありがとうございます。」「じゃぁ、行こうか?」「はい・・」千尋は歳三の手を取ると、ドレスの裾を摘んで車に乗り込んだ。「あの、土方様・・そんなに見つめないでくださいませ。」「済まねぇ。お前ぇがあんまり美しいから・・」「まぁ・・」 数分後、二人はパーティーが開かれている帝国ホテルへと到着した。「暫くここで待ってろ。」「はい、わかりました。」にほんブログ村
2013年10月06日
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性的描写を含みます、苦手な方はご注意ください。「どうして、わたくしの部屋に・・」「言っただろう?さっきの続きをするんだよ。」「わたくし、体調が優れないの。だから今日はお引き取り下さいな。」千尋の言葉を聞いた歳三は、ソファから立ち上がると千尋の手を掴んで自分の方へと引き寄せた。「きゃぁ!」勢いよくソファに倒れ込んだ千尋の浴衣が肌蹴け、豊満な彼女の乳房が露わになった。「いい眺めだな。」「やめて、見ないでください。」「俺が怖いのか?」歳三の問いに、千尋は静かに頷いた。「そうか・・」歳三は千尋を自分の方へと抱き寄せると、彼女の乳首を口に含んで激しく吸いあげた。千尋はビクリと身体を震わせながらも、歳三から逃げようとはしなかった。乳首から口を離した歳三は、千尋の脇腹と内股に口付けた。「お願いです、そこだけは止して下さい・・」「嫌だ。」歳三は千尋の陰部に口付けると、舌でそこを愛撫した。「いやぁ・・」羞恥で顔を赤く染めた千尋は歳三から逃げようとしたが、彼は千尋の細い腰を掴んで彼女が自分から逃げられないようにした。やがて部屋には、いやらしい水音と、千尋の嬌声が響いた。「あぁ駄目ぇ~、あ~!」千尋は幾度も痙攣しながら、再び絶頂に達した。荒い呼吸を繰り返した彼女が歳三の膝の上に崩れ落ちると、彼は優しく千尋の髪を撫でた。「今日はここまでにしておこう。」「お帰りになられるの?」「おいおい、いつもは俺が帰るとわかったら嬉しそうな顔をする癖に、今日はどうしたんだ?」「だって・・」歳三に対する感情が嫌悪以外の何かに変わってしまったことを、千尋は彼に上手く言えないでいた。そんな彼女の様子を察した歳三は、そっと彼女の手を取ると、それをズボンの中へと導いた。「帰るにしても、こんな状態じゃ無理だろ?」「そうですわね・・あの、わたくしにどうしろと?」自分の掌で脈打つ歳三のものを感じながら、千尋はそう言って困惑した様子で彼を見た。「お前の口で慰めてくれねぇか?」「そんな・・」「大丈夫だ、今から俺の言う通りにしろ。」「はい・・」「いい子だ。」歳三はそう言って千尋の頭をそっと撫でると、ズボンの前を寛がせて自分のものを取り出した。初めて男性のものを見た千尋は羞恥で顔を赤く染めながらも、ゆっくりと歳三のものを口に含んだ。「歯を立てるなよ・・」 千尋が歳三のものを口で愛撫していると、我慢できなくなった歳三が突然彼女の頭を上から押さえつけ、激しく腰を前後に振った。にほんブログ村
2013年10月06日
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「まぁ、素敵。こんな高価な物、わたくしが頂いてもよろしいの?」「ええ。結納品としてどうぞお納めください。あと、これも。」歳三はそう言うと、真珠のネックレスを千尋の前に置いた。「まぁ、綺麗だこと。本当に、こんな素敵なものを頂いてもよろしいの?」そう言った千尋の顔は、とても嬉しそうだった。「奥様、すいませんが千尋さんと二人きりでお話したいんですが、宜しいでしょうか?」「構いませんわ。あなた・・」「では土方様、ゆっくりなさってください。」 清隆と美千留がダイニングから出て行った後、歳三は椅子から立ち上がり千尋の背後に回ると、彼女の乳房を揉んだ。「何をなさるの!?」「かなりデカイな。」歳三はそう言うと、千尋の乳房を揉んだ後彼女の唇を塞いだ。すぐに終わるだろうと思っていた千尋だったが、歳三は執拗に彼女の唇を貪った。「舌を出せ。」歳三の言葉に従って舌を出した千尋は、歳三と激しいキスを繰り返した。キスをしただけだというのに、何だか身体の奥が熱くなってゆくような気がした。「どうした?」「何だか、身体が・・」「そうか・・」歳三はそう言うと、そっと千尋の陰部へと触れた。そこは少し濡れていた。「キスだけで、こんなに感じちまったのか?」「そ、それは・・」「大丈夫だ、すぐ楽にしてやる。」「何をなさるの?」歳三は千尋の陰部にそっと指を一本挿れると、それはすぐに内壁によってきつく締め付けられた。だが彼は躊躇わずに指を二本増やすと、千尋の中を激しく掻き回した。千尋は決して声を出さぬよう、俯いて唇をきつく噛み締めている。歳三はクスリと笑いながら、千尋の中から一旦指を抜き、膨らんだ陰核の皮を剥き始めた。「あ、駄目ぇ・・」「ここが気持ちいいんだろう?」「嫌、駄目・・」千尋は必死に身を捩って歳三から逃げようとしたが、彼は千尋を逃がすまいと彼女の腰を掴んだ。 ほどなくして、千尋は痙攣しながら絶頂を迎えた。その後、薄らと目を開けた彼女は歳三を恨めしそうに見た。「何故、こんな事を・・」「気持ちが良かっただろう?」「そんな・・」「この続きは、また後でな。」そう千尋の耳元で囁いた歳三は、呆然としている彼女を残してダイニングから出て行った。「千尋、どうしたの?元気ないわね?」「お父様、お母様、わたくし先に休んでもよろしいかしら?」「構わないわ。体調が優れないのなら、横になっていなさい。」「ありがとう。」 ダイニングを出て千尋が二階にある自分の部屋へと入ると、そこにはネクタイを緩めてソファに座っている歳三の姿があった。にほんブログ村
2013年10月06日
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「鈴木様、わたくしは土方様を信じます。この方は阿漕な商売をされる方ではありませんわ。」「ですが・・」「お願いですから、このまま黙ってお引き取り下さいませんか?そうなさらないとわたくし、警察を呼びますわ。」伸晃は舌打ちすると、社長室から出て行った。「有難うよ、助かったぜ。」「どういたしまして。土方様、あの方の話は・・」「嘘に決まってんだろ。どうせ俺の成功をねたんだ誰かがあいつにあることないこと吹き込んだに違いねぇ。俺の事を慕う奴も居るが、俺を目の敵にする奴らも大勢いるからな。そんな奴にいちいち付き合っていられるかよ。」「そうでしたか。あの・・お母様から、結納のことで言付けを預かって参りました。」「そうか。お前ぇ、本当に俺と結婚したいのか?」「ええ・・」「嘘吐くな。鈴木の話がもし本当だったら、俺と結婚しなくて済むと思ってんだろ?」「そんな・・」「お前ぇは俺のことを気に入らないようだから、この際はっきりと言わせて貰う。俺ぁお前ぇみてぇなお高くとまった女は嫌いだ。だが、結婚して夫婦になった暁には俺の好きにさせて貰うぜ。」「好きにさせて貰うとは、どのような?」「俺が外に女を囲って、そっちにガキを拵えても文句一つ言うなって意味だよ。」「まぁ・・」怒りで顔を赤く染めた千尋を見て、歳三は何故か彼女をもっとからかいたくなった。「その様子だとお前ぇはまだ生娘のようだし・・結婚したらせいぜい可愛がってやるよ。何だったら今ここでも・・」「無礼者、恥を知りなさい!」千尋はカッとなって歳三の頬を平手で打つと、そのまま社長室から飛び出していった。 一時でも歳三にときめいた己に対して千尋は腹が立って仕方がなかった。 数日後、千尋と歳三の結納が、荻野伯爵邸で行われた。「土方様、どうか娘の事を宜しくお願い致します。」「こちらこそ。」「祝言の日取りはどうなさいますか?」「今は仕事が忙しくて・・それが一段落したら、祝言を挙げようかと思っております。」「まぁ、そうですの。何だか寂しくなってしまうわねぇ。」「まだわたしは土方様の元へはお嫁には行かないのに、お母様ったら気が早すぎよ。」千尋がそう言って美千留を睨むと、彼女はクスクスと笑った後紅茶を一口飲んだ。「今日は千尋さんに、贈り物があります。」「贈り物?何かしら?」歳三は微かに口端を上げて千尋に笑うと、パチンと指を鳴らした。すると、三人が居るダイニングに黒服の男が入って来た。「こちらの方は?」「銀座で宝石店を営んでおられる、高田さんです。高田さん、例の物をお見せして。」「かしこまりました、土方様。」 男はそう言うと、鞄の中からベルベットの箱を取り出した。「開けてもよろしいですか?」「どうぞ、奥様。」美千留が箱の蓋を開けて中身を見ると、そこには10カラットのダイヤモンドのネックレスが入っていた。にほんブログ村
2013年10月05日
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「わたくし、鈴木様のお話を信じることができません。」「千尋様!」「鈴木さん、今日の所はお引き取り下さいな。間もなく主人が帰って来ますし。あなたは主人と顔を合わせるのは嫌でしょう?」「そうですね、ではこれで僕は失礼致します。」伸晃はそう言って千尋と美千留に頭を下げると、リビングから出て行った。「ねぇお母様、鈴木様とお父様はお知り合いなの?」「ええ。昔お父様はね、鈴木様が働いて居らした会社を視察されたことがあったのですよ。その会社は、お父様のお知り合いの方が経営していらしてね、従業員の方は劣悪な労働環境の下で働いていたそうよ。」「それで?お父様は鈴木様と何処で会われたの?」「鈴木様はね、労働環境の改善と給金の賃上げを要求する団体の代表だったのよ。社長では話にならないと、彼はお父様に会社の実態を訴えていらしたの。でも、お父様は鈴木様の力にはなれないと断ったわ。」「結局、その会社はどうなさったの?」「鈴木様が従業員達に対してストライキを呼び掛けて、その結果一年も待たずにその会社は潰れてしまったわ。今、鈴木様はある政治団体に所属していると風の噂で聞いたけれど、詳しくは・・」「あの方がおっしゃっていたお話、本当なのかしら?」「出鱈目に決まっているでしょう。土方様は女の方を騙して女郎屋に売り飛ばすなんてこと、しませんよ。千尋、鈴木様のお話を真に受けてはなりませんよ?」「わかりました、お母様・・」 翌日、千尋が鈴木の話が事実なのかどうかを確かめる為に、歳三が経営する会社を訪れた。「あの、社長はいらっしゃいますか?」「ええ。あなた様は?」会社に入ると、事務員の女性がそう言って怪訝そうに千尋を見た。「わたくし、荻野千尋と申します。」「荻野様ですね。社長からお話は伺っております。こちらへどうぞ。」 彼女に社長室へと案内された千尋が、ドアをノックしようとした時、中から鈴木の怒声が聞こえた。「今あなたがなさっていることは、労働者に対する迫害だ!」「俺が女中に春を売らせているとでも?そんなこたぁしねぇよ。そりゃぁあんたの勘違いだぜ、鈴木さん。」「いつまでそうとぼけていられるのかな?」「社長、お客様です。」 社長室で歳三が伸晃と睨み合っていると、外から事務員の声がした。「誰だ?」「荻野様とおっしゃる方です。」「入ってくれ。」「かしこまりました。失礼致します。」「失礼致します・・」千尋が恐る恐る社長室へと入ると、そこには鬼のような形相を浮かべながら歳三を睨む伸晃の姿があった。「一体どうなさったの、お二人とも?」「千尋様、本当にこの男と結婚されるおつもりですか?」「家を救う為です、わたくしに拒否権はありませんもの。」「この男は、店の女中達に春を売らせて・・」「まぁ、昨日あなたがお話してくださったものとは内容が違いますわね?確か土方様は女の方を騙して女郎屋へと売り飛ばすとかおっしゃっていませんでしたか?」「そ、それは・・」伸晃の目が泳いだのを見た千尋は、彼が嘘を吐いていると勘で解った。にほんブログ村
2013年10月05日
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「もしや、あなたはあの時の・・」 青年の方も千尋の事を知っているようで、彼はそう言うと千尋に一歩近づいた。その時、廊下から数人分の慌ただしい足音が聞こえ、二人の前に数人の男達が現れた。「伸晃、そちらのお嬢さんはお前の知り合いか?」「いいえ。」「そうか。全員揃ったところだし、そろそろ会合を始めようか?」「わかりました。」青年は男達に向かって頭を下げ、千尋に一礼して彼らの後を追った。「あの方達・・何だか嫌な感じね。」千尋はそう呟くと、歳三が待つ座敷へと戻った。「随分と遅かったな?」「ええ。身だしなみを整えておりましたから。」千尋は歳三の隣に座ると、味噌汁を一口啜った。「お母様がおっしゃっていた通り、こちらのお料理は美味しいわね。」「そりゃどうも。」歳三はそう言うと、紙巻き煙草を一本取りだして口に咥え、それに火をつけた。「土方様、ひとつお聞きしても宜しいかしら?」「ああ、いいぜ。」「8年前、あなたはうちの炭鉱で働いていたでしょう?資産家になられたのはいつなの?」「それは結婚してから話す。」「今、教えてくださいな。」「駄目だ。」歳三は何処か不機嫌そうな顔をして、吸い終った煙草を灰皿に押し付けた。「旦那様、またお越しくださいませ。」「ああ。」 “みつき”を出た歳三は、千尋を荻野邸の前で下ろした。「今日はご馳走様でした。」「今度会う時は結納の時だな。」「ええ。お気を付けて。」 千尋が玄関ホールへと入ると、リビングの方から若い男の声がした。「お母様、お客様がいらしているの?」「千尋・・」彼女がリビングへと入ると、そこには料亭で自分とぶつかった青年の姿があった。「あなた、料亭でお会いした・・」「千尋、こちらの方をご存知なの?」「ええ。前に柄の悪い連中に絡まれていた時にこの方がわたくしを助けてくださったのよ。」「まさか、あなたが千尋様だとは気づかずに・・自己紹介が遅れました、わたしは鈴木伸晃と申します。」「鈴木様、今日はどうしてうちにいらしたの?」「あなたに、用がありまして。」「わたくしに?」「ええ。」 青年―鈴木伸晃はそう言うと、突然千尋の前に跪いた。「わたしと、結婚して下さいませんか、千尋様?」「申し訳ありませんが、わたくしは土方様と結婚する事になりましたの。だから、あなたとは結婚できません。」「土方は女を言葉巧みに騙して女郎屋に売り飛ばすような卑劣漢ですよ?そんな男と一緒になって、あなたが幸せになれる筈がありません!」にほんブログ村
2013年10月05日
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「何のご用かしら?」「昼飯、まだだろう?」「ええ。けれど、あなたとは頂きたくありませんわ。失礼致します。」千尋はそう言って歳三にそっぽを向くと、自転車に再び跨ろうとした時、歳三は彼女の腕を掴んだ。「何をなさるの、放して!」「あんまり大きな声を出さない方がいいと思うぜ?」周囲の視線を感じた千尋は、バツの悪そうな顔をして歳三を睨みつけた。「わたくしを何処へ連れて行くおつもり?」「俺が経営する料亭だ。」「言ったでしょう、わたくしはあなたとはお食事は頂きたくありませんって。」「ったく、強情なお嬢様だな。」歳三はそう言うと、車のエンジンを掛けた。「本当に、あなたが経営する料亭に行くんでしょうね?」「ああ。」「どうだか。わたくしを上手い事騙して、女郎屋にでも売り飛ばすおつもりなのでしょう?」「あんたは俺の言葉を信じないのか?」「だって信用できないもの、あなたは。農民出身の癖に、どうやって今の地位にまで成り上がったのかしらね?阿漕な商売をして金を儲けたんじゃなくて?」「はなっから俺を極悪人扱いか。まぁ、あんた達みてぇなお上品な連中に取っちゃぁ、俺みたいなのは胡散臭いだろうよ。」「あら、良く解っていらっしゃること。」歳三が料亭まで車を走らせながら千尋と嫌味の応酬をしていると、料亭の建物が見えて来た。「これは、旦那様。ようこそお越しくださいました。」「暫くだな、松浦。店は順調か?」「はい。あの、そちらの方は?」料亭“みつき”の店主・松浦はそう言うと、土方の隣に立つ千尋を見た。「こいつは荻野伯爵家のご令嬢、千尋様だ。俺の許婚だ。」「そうでございましたか。奥のお座敷をご用意させておりますので、どうぞこちらへ。」「有難う。」 松浦に案内され、千尋が歳三とともにお座敷へと入ると、そこには一組の布団が敷かれていた。「騙したのね、わたくしを!」「どうやら手違いで布団が敷かれたようだ。」「とぼけるのもいい加減になさい!」千尋はそう叫ぶと、歳三の頬を平手で打った。「申し訳ございません、旦那様!布団を直すのを忘れてしまいまして・・」松浦が慌てふためいた様子で座敷に入ってきて、慌てて布団を直すよう女中に命じた。「済まねぇなぁ、あんたを誤解させちまって・・」「いいえ。わたくしの方こそ悪かったわね、手を上げてしまって・・」千尋は歳三と居るのが気まずくて、厠に行くと言って座敷から出た。(何をしているのかしら?)彼女が溜息を吐きながら座敷へと戻ろうとした時、廊下で一人の青年とぶつかった。「ごめんなさい、お怪我は?」「いえ・・そちらこそ、お怪我は?」そう言った青年の顔に、千尋は見覚えがあった。にほんブログ村
2013年10月05日
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「千尋、さっきの土方様に対する態度は何ですか!」「あの方、わたくし気に入らないわ。今は資産家だか何だか知らないけれど、元はといえば薄汚い百姓じゃないの。やっぱりあの方、好きになれないわ。」「それはあなたが土方様の短所ばかり見ているからでしょう?それに相手から好かれる為には、自分も努力せねばなりませんよ?」「わかっておりますわ、そんなこと。それよりもお母様、わたくし土方様と結婚したら、女学校は今まで通りに行っても宜しいの?」「申し訳ないけれど、当分の間あなたには女学校を休学して貰う事になるわ。」「どうして!?卒業まであと2年しか残っていないのに、それはあんまりだわ!」「今うちの家計は苦しいのよ。解って頂戴。」「お母様・・」「明日、休学届を学校に提出なさい。」 美千留の言葉を聞いた千尋は、怒りで顔を赤く染めながらダイニングから出て行った。 翌朝、千尋がダイニングに入ると、そこには歳三が両親の間に座っていた。「あなた、また来たの?」「来ちゃ悪いかよ?」「千尋、まだ学校に行くまでに時間があるだろう?」「ええ。どうかなさったの、お父様?」「お前が女学校を休学することになって、わたしはお前には非常に申し訳ない事をしたと思っているんだ。」「そんな・・家計が苦しいんですもの、わたくしが我慢するのは当然ですわ。」「千尋、会社を建て直したらお前を女学校に必ず復学させるから、安心しなさい。」「はい、お父様。」千尋は両親と朝食を取った後、二人に挨拶をして自宅から出て自転車で女学校へと向かった。「送っていってやろうか?」「結構です。わたくし、あなたと二人きりにはなりたくありませんの。」クラクションを鳴らしながら自分の後をついてくる歳三にそう言うと、千尋は彼にそっぽを向いて自転車を再び漕ぎ始めた。「御機嫌よう。」「御機嫌よう。千尋さん、聞いたわよ、土方様とご結婚されるのですって?」「あら、どなたからそんな話をお聞きになったの?」「一昨日、料亭にご両親といらしていたじゃないの。」「まぁ・・」 教室に千尋が入ると、彼女はたちまち級友達に取り囲まれた。「土方様、何軒かお店を持っていらっしゃるんですって?」「ええ、そのようね。今やり手の資産家とかいうけれど、元々は片田舎から来た農民でしょう?」「それはそうだけれど、素敵な方だとは思わないこと?」「ちっとも思わないわ、そんなこと。」 放課後、千尋は校長室のドアをノックした。「そう・・あなたは優秀な方なのに、休学されるなんて残念だわ。」「申し訳ありません、校長先生。父は会社を建て直したらわたくしを必ず復学させると約束してくださいました。」「今は辛いでしょうけど、しっかりと前を向いて歩くのですよ。」「はい・・」 女学校の正門前で千尋が自転車に跨ろうとした時、歳三がクラクションを鳴らしながら彼女の前に車を停めた。にほんブログ村
2013年10月04日
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「お嬢様、何か土方様とあったのですか?」「あの方とは何もないけれど・・あの方とだけは、結婚したくないの!」そうヒステリックに叫ぶ千尋を前に、まさは動揺した。一体千尋と歳三との間に何があったのだろう。「旦那様と奥様を・・」「お願い、二人には言わないで!」「ですが・・」「お父様達はわたくしの結婚を喜んでいらっしゃるの。お二人には、心配をお掛けしたくないの。」「わかりました。」「帰りましょう。ここにはもう、用はないわ。」「ええ。」 まさとともに帰宅した千尋は、リビングで寛いでいる歳三の姿を見て、彼に対して怒りが湧いた。「あなた、図々しいにも程があるわ!わたくしはあなたとはまだ結納も済ませていないというのに、その汚い足をテーブルから下ろしなさい!」「いちいちうるせぇ小娘だな。」歳三は舌打ちすると、テーブルにのせていた両足を下ろした。「一体何の騒ぎです?」「お母様、この方、テーブルに両足をのせていましたのよ!汚らしいったらありゃしないわ!」「そんなことでいちいち目くじらを立てることはないでしょう?千尋、お茶の時間ですから、土方様とともにダイニングへいらっしゃい。」 数分後、千尋は仏頂面を浮かべながら隣に座っている歳三を睨んでいた。「土方様、英国から輸入したフォーナム&メイソンのお紅茶です。お口に合うと宜しいのですけれど。」「お母様、土方様はどのお紅茶を飲んでも同じ味しか感じないと思うわ。だってこんな高級品、土方様には無縁のものだもの。」千尋が歳三に対して嫌味を言うと、美千留がキッと彼女を睨んだ。「頂きます。」歳三は千尋を無視して、紅茶を一口飲んだ。「これは香りが良い紅茶ですね。それに、苦味が少ない。」「そうでしょう。うちの主人は、毎朝このお紅茶を飲まれるんですよ。主人は学生の頃、英国に留学していたものですから。」「ほう、そうですか・・」「それよりも土方様、わたくしあなたが今どんなお仕事をなさっておられるのか、お聞きしたいわ。」千尋はそう言って歳三を見ると、彼は少し肩を竦めて溜息を吐いた。(さっきからこの小娘、俺に絡んできやがる・・そんなに俺が気に入らねぇのか?)「何軒か飲食店を経営しています。」「そうなの。どうせ安い場末の酒場かなにかでしょう?」「奥様、新橋の“みつき”をご存知で?」「あそこなら、観劇の帰りに何度かお友達と食事をしたことがありますわ。お料理がとても美味しくて、接客も良かったわ。」「その店の経営者は、わたしです。」「ま・・」隣で千尋が悔しそうに歯噛みをするのを見て、歳三は少し溜飲が下がった。「ではまたいらしてくださいな。」「ええ。では今日は失礼致します、奥様。美味しい紅茶を有難うございました。」 玄関先で歳三を笑顔で見送った美千留は、ドアを閉めると千尋が居るダイニングへと向かった。にほんブログ村
2013年10月04日
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「失礼致します。」「まぁ、綺麗だこと。千尋、土方様にご挨拶なさい。」 まさとともに部屋に入った千尋は、下座に座っている歳三をチラリと見ると、彼の前にある座布団の上に座った。「初めまして、荻野千尋と申します。」「土方歳三と申します。」「土方様、うちの娘は何かと我が儘で、融通が利かない所がありますが、どうか可愛がってくださいませ。」「お母様!」千尋がムッとした顔をしながら美千留を睨み付けると、彼女は涼しい顔をして歳三の猪口に酒を注いだ。「千尋、あなたも土方様と何か話しなさい。」「土方様は、何故わたくしとの結婚をお決めになれたのです?土方様のようなお方ならば、他にもご結婚したい方がおられたでしょうに。」「清隆さんのお仕事の件がなくとも、あなたと結婚したいと思っておりました。千尋さん、どうかわたしの妻となってくださいませんか?」「狡い方ね、あなたって。わたくしが断れないのをいいことに、そんなことを尋ねるだなんて。」千尋はそう言って歳三を睨むと、彼は悪戯っぽい笑みを彼女に浮かべた。「千尋さん、ご趣味は?」「読書と乗馬です。あと薙刀も。」「薙刀を、やっていらっしゃるのですか?」「ええ。お母様が、礼儀作法を学ぶには武道が一番だとおっしゃって。土方様は、何を?」「わたしは剣術をやっております。」「最近の殿方はフェンシングや射撃を習っておられる方が多いようですけれど、土方様は違うのですね。」言葉の端々に毒を含ませながら、千尋はそう言って歳三を見た。「では結納は、日を改めてということで・・」「ええ、その方が宜しいですわ。ではわたくし達はこれで。」清隆達が部屋から出て行くと、歳三の顔から笑みが消えた。「久しぶりだなぁ、我が儘なお嬢様?」「あなたは・・あの時の・・」「あれから8年経ったっていうのに、俺の事を覚えていてくれていたんだなぁ。」歳三はそう言うと、千尋の隣に腰を下ろした。「あなた、父の会社に何をしたの?」「何もしてやしないさ。あんたの親父が事業を拡大して、勝手に負債を出しただけのことだ。家計が火の車だというのに、相変わらず贅沢三昧な日々を送っているのには驚きだがな。」歳三はすっと手を伸ばし、千尋の頬に触れようとしたが、彼女がその手を邪険に振り払った。「わたくしに触らないで、汚らわしい!」「まぁいいさ、結婚したらいくらでも触れるんだし。」歳三はそう言って笑うと、部屋から出て行った。 千尋は、恐怖に震えながらまさを呼んだ。「お嬢様、どうなさいました?」「まさ・・あの方と結婚するのは嫌!」にほんブログ村
2013年10月04日
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1915(大正4)年1月、東京。 15歳となった荻野伯爵家の令嬢・千尋は、女学校から帰ると自宅の中から荷物を運びだしている男達を見て怪訝そうな顔をしながらも、リビングへと入った。「ただいま帰りました、お母様。」「お帰りなさい、千尋。」「さっきの方達はどなたですの?あの荷物はどなたの物なのかしら?」「あれは、あなたの荷物ですよ。」「わたくしの?」「そうですよ、あなたはこれからお嫁に行くのです。」「まぁ・・そんな・・」母・美千留の言葉に千尋は目を丸くしながらも、気持ちを落ち着かせようと紅茶を一口飲んだ。「何故、わたくしがお嫁に行かなければならないのですか?」「実はね・・お父様の会社が、今危ないのよ。倒産するかしないかの瀬戸際なの。けどね、土方様がお父様の会社に資金援助してくださることになったのよ。」「良かったじゃないの。でも、それとわたくしの結婚と、どういう関係があるの?」「土方様は、お父様の会社に資金援助をする代わりに、あなたを嫁にくれとおっしゃったのよ。」「お母様、酷いですわ!わたくしの一生の大事を、金で売るだなんて!」「言葉を慎みなさい、千尋!土方様の助けがなければ、この家は没落してしまうのですよ?」「顔も知らない方と結婚するのは嫌です!結婚するよりも女郎屋に売られた方がマシだわ!」「馬鹿な事を!」美千留は怒りの余り、千尋の頬を打った。「お父様、わたくしは本当に、土方様という方と結婚しないといけないの?」「ああ。お前には申し訳ないが、会社を守る為にはそうせざるおえないんだよ。」「そんな・・」 夕食の時間に、千尋は清隆の言葉を聞いて絶句した。「わたくし、嫌ですわ。よく知らない方と結婚だなんて・・」「千尋、およしなさい。お父様のお気持ちを考えなさい。」「ですが・・」「止せ、二人とも。今言い合っても、状況が変わる訳がないだろう?」その後、気まずい空気が三人の間に流れた。「ねぇまさ、わたくしはどうすれば土方様との結婚を辞められるかしら?」「お嬢様、旦那様がお決めになったことですから、今更辞めることは出来ませんよ。」翌日、乳母のまさに振袖を着付けて貰いながら、千尋は溜息を吐いて鏡の前に立った。「良くお似合いですわ、お嬢様。」「やっぱり嫌だわ。」「そんな事をおっしゃらず、笑顔を浮かべてくださいませ。」まさはそう言って千尋を励ますと、彼女の手を取って部屋から出た。 一方、清隆達は料亭のお座敷で一人の男と向き合いながら、娘の登場を今か今かと待っていた。「土方様、娘の事をどうぞ宜しくお願い致しますね。」「任せてください、奥様。」美千留にそう言った歳三は、ニッコリと彼女に微笑んだ。にほんブログ村
2013年10月04日
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「何だと、この・・」「千尋、こんな所に居たの?お父様があちらでお待ちですよ。」歳三が千尋を睨みつけていると、慌てて美千留が彼らの方へとやって来た。「お母様、どうしてこの人は汚い恰好をしているの?」「いけませんよ、そんな事を言っては。お仕事をしているのだから、お洋服が汚れて当たり前なのよ。」美千留はそう言って千尋を窘(たしな)めた後、歳三の方へと向き直った。「娘が、あなたに大変失礼な事を言ってしまって、申し訳ありませんでした。娘にはわたくしが厳しく言い聞かせますから、どうかわたくしに免じて娘を許してやってくださいませ。」「いや・・俺は・・」「お仕事、頑張って下さいませ。千尋、行きますよ。」美千留は歳三に頭を下げると、千尋の手をひいて歳三の前から去っていった。「ほう、千尋がそんな事を・・」「わたくしが、さきほど千尋に厳しく言い聞かせましたわ。世の中には、汗水たらして働く方がいらっしゃるからこそ、わたくしたちが生きていけるとね。」「あの子に余り厳しくするな、美千留。」「何をおっしゃいます、あなたは千尋に甘いのです。いくら一人娘だからといっても、出張の度に豪華なお洋服やお人形をお土産に買って来るのは、あの子の教育の為になりませんわ。」 炭鉱を視察した後、宿泊先のホテルへと戻った美千留は、そう言って清隆を睨んだ。「あの子には、ひもじい思いをさせたくないんだよ。」「わたくしは、千尋の母親です。母親として、わたくしは娘を厳しく躾ますから、あなたもそのおつもりでいてくださいな。」 美千留は千尋と泊まっている部屋へと入ると、千尋は既に寝間着に着替えて寝ていた。彼女の愛らしい横顔を見ながら、このまま清隆が娘を甘やかしていたら、千尋は我が儘な子に育ってしまう―そう思いながら、美千留はそっと千尋の髪を撫でると、彼女の隣に寝た。「お父様、今度はいつここに来るの?」「それはわからないな。」「千尋、学校が始まったら、しっかりとお勉強に励むんですよ。」「はぁい・・」千尋は美千留に小言を言われ、彼女にそっぽを向いて黙りこんだ。 やがて長旅を終えて東京駅に着いた清隆達は、自宅がある田園調布へと向かった。「お帰りなさいませ、旦那様、奥様。」「ただいま。」「千尋お嬢様、お帰りなさいませ。」「お腹が空いたわ、何かお菓子でも作って頂戴!」「かしこまりました。」 伯爵令嬢として何不自由なく育った千尋は、父親から溺愛されてすっかり我が儘な子どもになってしまった。千尋にとって、煩く小言を言う母親よりも、いつも豪華な洋服や人形、ぬいぐるみをくれる父親の方が好きだった。「千尋お嬢様、ミルクをお持ちいたしました。」「わたし、ミルクなんて頼んでないわ。お菓子を作ってとさっき頼んだじゃないの!」「申し訳ございません、チーズタルトが完成するまでお時間が・・」「もういいわ、ミルクをさげてここから出て行って!」「はい、では失礼致します。」 メイドに居丈高な口調でそう言った千尋は、ベッドの端に腰掛けた。 一方、筑豊では歳三が冷えた握り飯を食べていた。彼の脳裏には、あの生意気な少女の顔が浮かんだ。いつか必ず彼女を見返してやる―歳三はそう誓いながら、布団に包まって寝た。にほんブログ村
2013年10月04日
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1907(明治40)年1月、福岡・筑豊。この近辺に広がる炭鉱では、日夜老若男女を問わず、汗水流して必死に家族を養う為に働いていた。農家出身で、東京からこの地にやってきた15歳の土方歳三も、その一人だった。 10人兄弟の末っ子として生まれた彼は早くに両親を失い、兄姉達によって養われていたが、物ごころがつく頃になると、幾度か商家に奉公に出され、その度に番頭や店主と喧嘩して帰って来た。「あんた、しっかりしなさいよ。あたしらだっていつまでもあんたを食わせる訳にはいかないんだからね!」「うるせぇ、わかってらぁ!」 母親代わりに自分を育ててくれた姉・信子に勧められ、歳三は嫌々ながらも東京から遠く離れた筑豊へとやって来た。 炭鉱の仕事は過酷で、落盤の危険があるかもしれぬ坑道の中を鶴嘴(つるはし)で掘り進め、トロッコに石炭を載せて外まで運び出すまでの間、歳三はいつも生きた心地がしなかった。 衣食住が一応保障された生活ではあるが、社員寮と呼ぶにはいささか貧相な長屋には、年中隙間風が吹き、この季節になると歳三は朝まで布団に包まっても眠れぬ日が続いた。 食事は社員食堂で食べるそばだけで、たまに炊きたての白米で作られた握り飯がつくと贅沢なものである。 だがその握り飯も、たちまち煤や泥で塗れた手で触ると、黒くなって食べられなくなるので、歳三は握り飯が出る日だけは手巾で握り飯を潰さぬように包んで、夕食にそれを食べた。冷めて固くなってしまった握り飯は美味いとは言えないが、贅沢は望めない。裕福とはいえないが、路上で野垂れ死ぬよりもマシだと、歳三はそう思いながら仕事に励んでいた。「なぁ、今日社長が来よるとね?」「そうみたいや。奥様と娘さんも来られるらしい。」「前に社長の奥様を見た事があるが、まるで美人画から出て来たかのような美人やった。娘さんも、金色の髪に緑の目をしてて、まるで生きたフランス人形のように可愛らしかった。」「へぇ、一度は見てみたいもんだなぁ・・」 昼休み、歳三が同僚達とそう言いながらそばを啜っていると、外から車のエンジン音が聞こえ、食堂に何やら慌てふためいた様子で炭鉱の責任者・清田がやって来た。「社長と奥様がお見えたい!早う正門前に並ばんね!」「こげな時間に・・」「まだ飯も食っとらんとに・・」 同僚達はブツブツと文句を言いながら、正門前に並んで社長夫妻を出迎えた。 黒塗りの車から最初から出て来たのは、この炭鉱の所有者である社長の荻野清隆だった。彼は厚手のコートを羽織り、その下には一流の仕立屋で仕立てた高級スーツをさりげなく着ていた。 後部座席から出て来た清隆の妻・美千留(みちる)は美しいドレスの上に黒貂のコートを纏い、生来の美貌を際立たせていた。その彼女と手を繋いでいる清隆の一人娘・千尋は、フランス製のワンピースを纏い、長い金色の髪をシルクのリボンで飾っていた。「今日は、宜しく頼むよ。」「はい。では社長、奥様、お足元にお気をつけて。」清田は社長夫妻に揉み手をしながら、炭鉱の中を案内した。歳三は食堂へと戻ろうとした時、自分を千尋がじっと見ていることに気づいた。「何だ、俺に何か用か?」「汚い恰好ね、あなた。いつもそんな格好なの?」美しい少女の口から出た残酷な言葉を聞き、歳三は怒りと屈辱で顔を赤く染めた。にほんブログ村
2013年10月04日
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1869(明治2)年5月、蝦夷地。 仙台での戦いを経て、蝦夷共和国の一員となった土方歳三は、斎藤からの文で千尋が会津で戦死したことを知った。(千尋・・)その前年、長年闘病生活を送っていた沖田総司は、25歳という短い生涯を江戸で終えた。はじめは両親に兄姉達、そして親友だった近藤勇や試衛館の仲間達・・自分と親しかった者が、次々とこの世から去っていく。歳三は、文に同封されていた黒い櫛を手に取り、それを暫く眺めた。 かつて千尋にこの櫛を贈った際、はじめは怪訝そうな顔をしていたが、いつしか彼が密かにこの櫛を眺めては嬉しそうな笑みを浮かべていたことを歳三は知っていた。あのはにかむような笑みは、もう二度と見られない。“歳三様・・”幾度も脳裏を過る千尋に似た女の笑顔。いや、あれは間違いなく千尋本人だった。かつて、自分が愛し、決して結ばれることが出来なかった女。そして再び、歳三は千尋を失ってしまった。(いつまでだ・・俺はいつまで、愛する者を見送らなきゃならねぇんだ?)1869(明治2)年5月11日、一本木関門。 新政府軍は遂に函館へ進撃し、新選組が居る弁天台場が孤立したという知らせを受けた歳三は、すぐさま彼らを救う為に函館山から弁天台場へと向かった。 その途中で、彼は敵の銃弾を腹部に受け、そのまま落馬した。「副長、しっかりしてください!」「俺に構わずに、行け・・」自分に駆け寄ろうとする部下を制し、歳三は彼が敵陣の中を抜けて弁天台場へと向かうのを見送ると、ゆっくりと腹部の傷に触れた。そこからは、絶え間なく血が流れ出てきている。この傷では、もう助からないだろう―そう悟った歳三は、懐から千尋の櫛を取り出した。(千尋・・今行くからな、待ってろ・・) 新選組副長・土方歳三、函館・一本木関門にて戦死。享年35歳。歳三の戦死から4日後の5月15日、榎本武揚(えのもとたけあき)は新政府軍に降伏した。これにより、1年4ヶ月余り続いた戊辰戦争は漸く終結を迎えた。―第一章・完―にほんブログ村
2013年10月03日
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1868(明治元)年9月13日、新政府軍はとうとう若松城への総攻撃を開始した。 一日数千発の砲撃を受けた若松城の美しい白壁は無残にも崩れ落ち、落ちた砲弾が破裂せぬ内に濡れた布団でそれを包む“焼き玉押さえ”を行った藩士の妻が死亡するという惨事が起きた。 籠城戦が始まって5日が過ぎ、食糧も薬も底を尽こうとしていた。「このままだと、敵とはまともに戦えん。」「わたくしが、食糧を調達して参ります。」「荻野、それは危険だ!」「斎藤先生、あなた様がこの会津を守りたいのと同じように、わたくしも会津を守りたいのです。どうか、行かせてくださいませ。」「わかった・・気をつけろよ。」「では、行って参ります。」千尋はそう言って斎藤に頭を下げると、藩士達とともに城の外へと出た。「わたし達も、お手伝いさせてくなんしょ。」「あなた達・・」 千尋が城から出て近くの村へと向かおうとすると、男装した少女達が彼の後をついてきた。「わだすらも、会津を守りてぇのです。決して足手纏いにはならねぇから・・」「単独行動はとらないように。敵の姿を見たら躊躇わずに銃で撃ちなさい。」「はい!」 村はまだ新政府軍による略奪には遭っていなかったものの、全く人気がなかった。「わたくしはあちらの家を見てきます。」「わかりました。」 少女達と別れ、千尋は近くにある民家の中へと入った。その家の住人は、慌てて荷物を纏めて出て行ってしまい、食糧を持ち出す暇がなかったようで、台所には南瓜や米などがあった。千尋はそれらを近くにあった風呂敷で包むと、素早く家を出た。「荻野様!」「皆さん、もう引き上げましょう。じきに、敵がやって来ます。」千尋がそう言って少女達とともに村から出ていこうとした時、一人の少女の背後に何か光る物を彼は見つけた。「危ない!」少女の身体を千尋が伏せさせたのと同時に、一発の銃声が彼の左胸を貫いた。「荻野様、しっかりしてくなんしょ!」「行きなさい・・早く・・」千尋は自分に取り縋る少女から食糧を入れた風呂敷と、歳三から贈られた黒い櫛を手渡すと、彼女に早く行くように促した。「この櫛を、斎藤一様に・・渡してください・・」「はい、必ず渡します!」「居たぞ、会津者じゃ~!」遠くから敵兵が叫んでいる声が聞こえ、千尋は左胸を押さえながらゆっくりと立ち上がった。 少女達は、城へと戻ったのか、もう村には居なかった。(副長、どうやら約束は果たせないようです・・申し訳ございません。)千尋は心の中でそう歳三に詫びながら、刀の柄を握り締め、その上から布をきつく巻きつけた。「居たぞ~!」「敵は一人じゃ、かかれ!」 三角帽子と赤熊(しゃぐま)を被った男達が村へと入ってきたのを見た千尋は、赤熊を被った男の喉笛を切り裂いた。再び、村に銃声が響いた。にほんブログ村
2013年10月03日
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「これからどちらに行かれるおつもりなのですか?」「夜襲に出るのです。朝までに、一人でも多くの敵を討たねばなりません。」「薙刀で銃に立ち向かうのは無理です、お止めなさい。」「このまま城に居ては、無駄に兵が死ぬだけです!どうしてもわたくしを止めるというのならば、ここで殺してくださいませ!」決意が宿った女の目に見つめられ、千尋は一瞬たじろいだ後、彼女にこう言った。「わたくしも、お供いたしましょう。」 暗闇に包まれている城下を、僅かな灯りを持って千尋と女、そして数人の会津藩士達が敵陣へと向かっていた。「それにしても、会津っぽはまだくたらばらんのう?」「賊軍の癖に、いつまでふんぞり返るつもりかえ?」「こん戦は、我らが勝つ。そん時は、女を片っ端から捕えるぜよ。」 篝火が焚かれた場所へと千尋が近づいてゆくと、土佐者と思しき新政府軍の兵士達が口々にそう言いながら、下卑た笑みを浮かべるのを見て、千尋は怒りで視界が赤く染まったような気がした。彼は刀の鯉口を素早く切り、垂れ幕の陰から兵士の一人を背後から貫いた。貫かれた兵士は、千尋が刃を抜いたのと同時に、地面へと転がった。「何じゃ!?」 仲間が気色ばんだ様子で周囲を見渡すと、千尋は垂れ幕の陰に隠れた。「まだですか?」「相手は完全に油断しております。やるなら今です。」千尋の言葉を聞いた女は静かに頷くと、垂れ幕の陰から躍り出た。「女じゃ!」「殺したらいかん、生け捕りにするんじゃ!」戦場に突如現れた女を見て、兵士達は一斉に彼女の方へと突進してきた。だが女はその一人の胸を薙刀で袈裟斬りにすると、間髪入れずにその刃で敵の首を刎ね飛ばした。「敵襲じゃ~!」敵からの不意打ちにうろたえる新政府軍の数は、昼間より少なかった為か、千尋はこの場を切り抜けられるとそう確信していた。援軍がここに来る前に、何とか彼らを討たなければ―そう思いながら千尋が敵と刃を交えていると、突然彼の背後から銃声が聞こえた。 振り向くと、先程の女が薙刀を握り締めたまま胸に銃弾を受け、地面にくずおれるところだった。「しっかりしてください!」「会津のことを、頼みましたよ・・」名も知らぬ女は、千尋に会津のことを託すと、静かに息絶えた。 夜明け前、新政府軍の夜襲から城へと戻ってきた千尋は、虚しさを抱えながら城の柱を殴った。自分の愚かさ故に、女を殺してしまったと、彼は自分を責めた。「荻野、どうした?」「斎藤先生・・」「お前、新政府軍に夜襲を仕掛けたと聞いたが・・」「ええ。ですが、また人を・・味方を死なせてしまいました。」「戦とはそういうものだ。」斎藤はそう言って千尋を慰めるかのように、彼の肩を叩いた。その時、向こうから砲撃の音がしたかと思うと、粉塵が城内に舞い、女達の悲鳴が聞こえた。にほんブログ村
2013年10月03日
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「会津は、雪が降る前に攻め落とさねばならん。」「まずは白河口を落とし、二本松を攻め、そして会津を落とす。完璧な作戦じゃ。」新政府軍は、白河口へと攻め込んだ。「構え、撃て!」 歳三率いる新選組が新政府軍に向かって発砲したが、旧式の銃から放たれた弾は彼らの肩先を僅かに掠めるほどのものでしかなかった。「畜生、これじゃぁ埒が明かねぇ!」「撤退しましょう!」白河口が新政府軍によって陥落した数日後、二本松藩も陥落した。「二本松も落とされて、会津はなじょなるんだ?」「薩長が攻め込んで来んのか?」会津の人々は、会津が戦場と化すのはそう遠くないと確信した。「敵に決して屈してはなんねぇ!」「そうだ!」 新政府軍は徐々に、会津に迫りつつあった。「斎藤、俺は仙台へと向かう。ここに居ても無駄死にするだけだ。」「お言葉ですが副長、俺は会津に残ります。」「そうか・・お前ぇは会津藩士だもんな。故郷を守りてぇってお前ぇの気持ちは良く解る。」歳三はそう言って目を閉じると、千尋を見た。「お前ぇは、どうしたい?」「わたくしも、会津に残ります。」「そうか・・」「副長、必ずあなた様の後を追います。だから待っていてください。」「わかった。」千尋と歳三はそれぞれ刀の鯉口を切ると、互いに鍔を打ち鳴らした。「絶対に、死ぬんじゃねぇぞ。」「わかりました。」会津を去る歳三の背中を、いつまでも千尋は見送っていた。 新政府軍は会津の守りのかなめである十六門橋を破られ、若松城下には敵が攻めて来たことを知らせる半鐘が鳴り響いた。藩士の家族達は城に入ろうとしたが、城門が閉ざされて城の中へと入れなかった者が多く居た。彼らは、味方の足手纏いにならぬよう、そして敵の手に落ちぬように、自刃する道を選んだ。「荻野、二手に分かれるぞ!」「はい!」 銃弾が飛び交う中、千尋は鯉口を切って近くに居た敵を斬り伏せた。懐紙で血を素早く拭きとると、彼は元来た道を戻って行った。城へと入った千尋が見たのは、戦で深手を負った藩士達と、彼らをかいがいしく看護する女達の姿だった。「わたくしも、何かお手伝いできないでしょうか?」「では、そちらの方の包帯を変えてくださいませ。」千尋が近くに居た女にそう声を掛けると、彼女はそう千尋に指示を出すと向こうへと行ってしまった。 その頃、飯盛山では白虎隊士中二番隊19名が自刃した。 城入りした日の夜、柱にもたれて千尋が眠っていると、誰かが自分の傍を通る気配がして目を開けた。そこには、鉢金を頭に巻き、襷掛けをして袴を穿いた一人の女が薙刀を持って立っていた。にほんブログ村
2013年10月03日
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「何だ・・」「一体、何が・・」 歳三達が唖然としながら雄たけびが聞こえた方を見ると、そこには赤地に菊の御紋が刺繍された旗が上がっていた。「錦の御旗じゃ~」「錦の御旗が上がったぞ~!」新政府軍は口々にそう言いながら、歓喜の雄たけびを上げた。「まさか、そんな・・」千尋は錦の御旗を見た瞬間、全身の力が抜けたかのように地面にへたり込んだ。「どうした、千尋?」「あの旗は、薩長が官軍であるという証です。だからわたくし達は・・」「帝に弓ひいた逆賊・・賊軍だというのか?」「ええ、会津も・・」「馬鹿な!俺達は今まで何の為に戦ってきたんだ!」 大阪城で鳥羽・伏見の戦場において錦の御旗があがったことを知らされた将軍慶喜は、松平容保を連れて大阪城から脱出し、航路で江戸へと向かった。命からがら鳥羽・伏見から大阪城へと辿り着いた新選組は、勇から指揮官である慶喜が兵達を置いて江戸へ逃げた事を知り、怒りを露わにした。「指揮官たる上様が、部下を置いて逃げただと?何考えていやがる!」「上様は、賊軍となられたくない為に、中将様を連れて江戸へ向かわれた。」「どの道、もう大阪では戦いはしねぇと、怖気づいたわけか。大した大将様だぜ。」歳三達も慶喜と松平容保を追い、江戸へと向かった。その道中で、山崎蒸が戦死し、遺体は水葬された。「また、仲間が一人減りましたね・・」「ああ。だがまだ戦は終わっちゃいねぇ。必ず、俺は死んだ奴らの仇を討ってみせる!」歳三はそう言うと、水平線の彼方を睨みつけた。 鳥羽・伏見の戦いで敗れた旧幕府軍は、北へと敗走を重ねていった。甲州勝沼の戦いで敗れた新選組は、船橋の商家で潜伏生活を送っていた。「大変です、副長!新政府軍が、こちらに向かってきています!」「何だと!?どこから情報が漏れやがった!」歳三はそう言って舌打ちすると、勇の方へと向き直った。「ここから逃げるぞ、近藤さん。」「歳、お前だけ行け。大将の俺が行けば、何とかなるだろ?」「馬鹿かあんた!殺されるかもしれねぇってのに!」「たとえそうだとしても、時間稼ぎにはなるだろう?」勇はそう言うと、歳三に笑顔を浮かべた。それが、彼と歳三が交わした最後の会話だった。 新政府軍に捕えられた近藤勇は、板橋で斬首の刑に処せられた。 歳三は勇を助けられなかった悔しさと怒りを抱えながら、会津へと向かった。にほんブログ村
2013年10月03日
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1868(慶応4)年1月。「坂本さぁが死んで、これで新しか国造りが出来もんそ。」「坂本君は実に役に立つ男じゃったが、少々目障りじゃった。寧ろ我々にとっては、死んでくれて好都合じゃ。」「これからどげんするとですか、木戸さん?」「決まっとる、戦を起こすんじゃ。」鳥羽・伏見にて、戊辰戦争が勃発し、新選組や会津藩は、薩長率いる新政府軍相手に奮戦した。だが敵よりも数が勝っていた筈の会津藩は、新政府軍の猛攻撃に悉く敗れ、戦場と化した伏見には会津藩兵の死体が転がっていた。「何故じゃ、数はこちらの方が勝っておるというのに!」会津藩主・松平容保は、会津藩が新政府軍に敗れたことに驚きを隠せなかった。 新選組も、会津藩とともに奮戦していたものの、最新式の銃や大砲を持つ新政府軍に対して全く歯が立たなかった。「ここは退け!意地を張っていたら、無駄死にするぞ!」「おう!」歳三達が逃げている間にも、背後で銃声が鳴り響き、次々と隊士達が地面へと倒れていった。彼は最早、刀や槍が主流の時代ではないということを悟った。「副長・・」「畜生、遅かったか・・こっちでも銃の訓練をしていたが、あっちは最新式で、こっちは旧式の銃だ。性能が良い方が有利だ・・」安全な場所に素早く避難した歳三は、必ず死んだ部下の仇は次の戦で討ってみせると胸に誓った。 伏見奉行所へと一時撤退した旧幕府軍だったが、そこにも新政府軍が攻め込んできた。「槍入れぇ~!」会津藩士・林権助の合図を聞いた藩士達が、最新式の銃を放つ新政府軍に対して一斉に槍を片手に突進してきた。だが彼らの大半は銃弾に倒れ、死に間際に彼らが投げた槍が、敵の喉元を貫いただけだった。「ここも危ねぇぞ、土方さん!」「わかってらぁ、そんなこたぁ!」砲撃を受け、大きく揺れる奉行所から脱出した歳三達は、高台へと避難した。奉行所が炎上したのは、その直後の事だった。 淀藩へ援軍を頼む為、淀城へと向かった千尋と歳三だったが、淀藩は新政府軍に寝返った。「畜生、此処も駄目か・・」「早く撤退した方が、身の為です。」淀城から離れた二人が新選組の元へと向かうと、そこにも新政府軍が攻め込んで来ていた。「周平、逃げろ!」何処からか井上源三郎の声が聞こえたかと思うと、その直後に銃声が辺り一面に鳴り響いた。「土方さん、源さんが・・」二人が銃声のした方へと向かうと、そこには被弾し虫の息の源三郎の姿があった。「後は、頼んだよ・・歳さん・・」「源さん・・」源三郎の最期を看取った歳三が涙を堪えていると、突然向こうから雄たけびが上がった。にほんブログ村
2013年10月03日
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1867(慶応3)年11月18日。近藤勇は七条の妾宅に伊東を招き、酒宴を開いた。「珍しいね、近藤君が酒宴を開くなど。」「いやぁ、伊東先生とこの国の未来を語り合いたいと思いましてなぁ。」「ふふ、そう言われると嬉しいねぇ。今夜はとことん飲もう。」妾宅を出た伊東は、泥酔しながら鼻歌を唄い、提灯を片手に提げて油小路へと差しかかった。 その時、角から身を隠していた原田左之助率いる十番隊が伊東を取り囲み、大石鍬次郎が槍の穂先で伊東の脇腹を突いた。「おのれ・・この奸賊ばら!」近藤に嵌められたと、伊東が気づいた時にはもう遅く、深手を負った彼はやがて本光寺前で絶命した。「伊東先生が、油小路で殺された!」「何だって、それは本当なのか!?」 伊東殺害の報せを受けた藤堂達は、伊東の遺体を回収する為油小路へと向かった。そこには駕籠に乗せられた伊東の遺体があった。「伊東先生・・」「早く伊東先生を・・」御陵衛士達が伊東の遺体を回収しようとしたまさにその時、新選組隊士達が一斉に彼らに襲いかかって来た。「畜生!」「先生の遺体を囮に使うとは、卑怯なり!」藤堂は次々と衛士達がかつて仲間であった者達に斬られていく姿を目の当たりし、自らも彼らと刃を交えた。「何してやがる、逃げろ!」「左之さん・・」「俺は土方さんから頼まれたんだよ、“平助だけは逃がせ”ってな!」「俺は・・もう新選組には戻れない。」平助はそう言って左之助に微笑むと、彼に背を向けて走り去ろうとした。その時、平助の配下にいた三浦が、彼に一太刀浴びせた。「平助、しっかりしろ!」「ごめん・・」原田達に看取られながら、藤堂平助は23年という短い生涯を終えた。「そうか、助けられなかったか・・」「済まねぇ・・」「俺の所為だ。」原田から藤堂の死を知らされた歳三はそう言うと、拳を握り締めた。 油小路の変から数ヶ月後、大阪城から屯所へと戻る途中、伏見街道で馬上の近藤勇は御陵衛士の残党により狙撃され、右肩を負傷。病状が悪化した沖田総司とともに、大阪へと護送されることとなった。「歳、後のことは宜しく頼む。」「わかってるよ、勝っちゃん。あんたは怪我を治すことだけを考えろ。」「ああ・・」新選組局長という大黒柱を失った新選組は、副長である歳三が束ねることとなった。にほんブログ村
2013年10月02日
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「どうやら、驚かせてしまったようだな?」「すいません・・斎藤先生は、伊東先生の側についたものだと・・」「俺は、副長に命じられて密偵をやっていた。」「そうでしたか。では、わたくしはお茶を淹れて参ります。」「宜しく頼む。」「では、失礼致します。」 副長室から下がった千尋は、茶を淹れに台所へと向かうと、数人の隊士達が何やらヒソヒソと話をしていた。「どうかなさいましたか?」「いや・・」「何で斎藤先生がここに戻ってきたんだろうなって・・」「斎藤先生は、お仕事であちらに参られただけです。」「お前、何か知ってるのか?」「さぁ、詳しいことはわかりかねます。それでは失礼。」千尋は自分にしつこく絡んでくる隊士を上手くあしらうと、副長室へと戻った。「失礼致します。」「それで斎藤、何か情報は掴んだのか?」「はい。どうやら、伊東は近藤局長の暗殺を企んでいるようです。」「何だと!?」「恐らく、夏に起きた事件に対して伊東は局長を恨んでいるのではないのかと思われます。」「そうか・・」 斎藤が言った、“夏に起きた事件”とは、伊東一派が新選組から離隊して数ヶ月後、新選組隊士10人が伊東を慕って新選組を脱隊、伊東達が居る御陵衛士の屯所へと向かったものの拒絶され、新選組にも戻ることもままならなかった彼らは、会津京都守護職邸へと新選組脱退の嘆願を申し出た。その結果、10人の隊士の内6人はおとがめなしとなったが、茨城司、中村五郎、佐野七五三之助、富川十郎の4名は自刃するという後味の悪い結果となったのだった。その事件の事を未だに伊東は恨んでおり、近藤勇暗殺を企んでいるという。「その情報が確かなら、もう伊東の野郎を放ってはおけねぇな。」「とおっしゃいますと?」「こっちがやられる前に、向こうをやるしかねぇだろう。」そう言った歳三は、斎藤を見た。「斎藤先生、お帰りなさいませ。密偵のお仕事、お疲れ様でございました。」「ありがとう。皆は今回の事について何か言っていたか?」「皆動揺しております。ある者は、何故敵方についた斎藤先生が平気な顔をして新選組に戻って来たのか、あの事件で死んだ中村様達の無念は一体何だったのかとおっしゃっておりました。」「そうか・・」「わたくしは、今回の事について何も存じ上げません。」「総司は、どうしているんだ?」「沖田先生なら、屯所の離れで療養しております。ですが容態は余り芳しくないと・・」「そうか。少しあいつを見舞って来る。」 斎藤が総司の居る離れへと向かうと、総司は少し怪訝そうな顔をして斎藤を見た。「斎藤さん、新選組に戻って来たの?」「ああ、事情があって戻って来た。」「そう。平助は、どうしてるの?元気にしてた?」「ああ。それよりもお前、痩せたな。ちゃんと飯は食っているのか?」「食べているんだけど、食欲が湧かなくて・・」「無理にでも食べろとはいわんが、体力をつけないと病は治らんぞ。」「わかっていますよ、そんなの・・」総司はそう言って、子どものように頬を膨らませた。にほんブログ村
2013年10月02日
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1867(慶応3)年11月15日、近江屋。 薩長同盟を締結させた坂本龍馬は、中岡慎太郎とともに暗殺者の凶刃によって斃れ、33年という短い生涯を終えた。二人を殺害した犯人は、未だに解っていない。「坂本龍馬が近江屋で殺されたんやて。」「殺したのは壬生狼に違いないわ。」「そうや・・」「会津の者が、殺したのと違うか?」「噂やと、薩摩と長州との間で仲違いしたて聞いてるえ?」京の人々は、根も葉もない噂を話しながらも、この国の行く末を案じていた。 その頃から、民衆が踊り狂いながら練り歩く“ええじゃないか”騒動が全国各地で起こるようになった。度重なる重税や、不安定な情勢のなか、物価は高騰し、庶民の生活は苦しくなるばかりだった。その度重なった不満を、彼らは踊り狂うことで発散させようとしていた。「幕府倒れてもええじゃないか!」「ええじゃないか、ええじゃないか!」 千尋が洛中を歩いていると、突然角からひょっとこの面を被ったり、顔を白粉で塗ったりした男女が太鼓や鼓、笛などを鳴らしながら口々にそう叫んでは踊り歩いた。はじめは面食らっていた千尋だったが、次第に彼らの姿にも慣れて来た。日没の前に屯所へと帰ろうとした彼の前に、一人の男が現れた。「千尋。」「あなたは・・」 3年振りに会った初恋の人は、少しやつれていた。「お前は、これからどうするつもりなんだ?」「それは、どういう意味でしょうか?」「いずれ幕府は滅びる。滅びゆく幕府に対して、いつまで忠義を貫くつもりだ?」「あなた様は、変わりましたね。」「変わった、わたしが?」そう言った義久の目は、何処か虚ろだった。「目を見ればわかります。以前のあなたの目は、きらきらと輝いていましたが、今のあなたの目は、死人のよう。わたくしが憧れていたあなたは、もう居りません。」「・・まさかお前にそんな事を言われるとはね。」義久は千尋の手を掴むと、自分の方へと引き寄せた。「これから、わたしと共に生きないか?」「それは出来ません。」「そうか・・達者でな。」義久は哀愁に満ちた笑みを千尋に浮かべると、彼に背を向け雑踏の中へと消えていった。(さようなら、義久様・・わたくしの初恋の君・・)「ただいま戻りました。」「荻野、少しいいか?」「はい・・」 副長室に入った千尋は、そこで伊東の元に居る筈の斎藤の姿を見て思わず目を丸くした。にほんブログ村
2013年10月02日
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1867(慶応3)年10月、15代将軍・徳川慶喜は、政権を朝廷に奉還した。その事によって約700年余り続いていた武家による政治と、徳川家康によって開かれた江戸幕府は、約265年余りの長い歴史を終えた。「漸く、時代は我らに味方した。」「じゃっとん、まだ新しか国造りの為には、もう少し頑張らねばなりもはん。」 長州から上洛した桂小五郎は、名を木戸孝允(きどたかよし)と改め、天皇を中心とした国造りの為に日夜薩摩の西郷吉之助(隆盛)、井上馨らとともに奔走していた。「西郷さんは、何か策を考えておられるのか?」「慶喜公が政権を朝廷に奉還したといっても、それは一時的なものに過ぎもはん。いずれ慶喜は、再び政権を握ろうとしちゅう。」「そんな事になったら、あいつの思うつぼじゃ。」「それに、今回の事で不平不満を漏らす者も多い。国造りの為には・・」「戦を起こすしかないか・・それは、仕方のないことじゃ。」木戸は、そう言うと溜息を吐いた。「伊東先生、長州の木戸さんから文が届いております。」「ありがとう。そこへ置いておいてくれたまえ。」「はい・・」 高台寺に屯所を構えた伊東は、自室で藤堂平助から木戸の文を受け取ると、すぐさまそれに目を通した。「木戸さんは、何と?」「・・藤堂君、君は元々近藤君の仲間だったね?」「ええ、そうですけれど・・」「君にこんな質問をするのはどうかと思うのだが、このさいはっきりと聞いておこう。」伊東はそう言うと、藤堂を見た。「君は、山南さんの死についてどう思う?」「それは・・」 自分と同門であった北辰一刀流の山南敬助の脱走と切腹を平助が知ったのは、歳三が隊士募集の為に江戸へやって来た時―山南の死から数ヶ月後のことだった。「君は、山南さんを土方君が殺したと思っているのかい?」「そんな事は思っていません。」「そうか・・ならば、江戸の同志と袂を分かつ決意は出来ているかい?」「出来ていなければ、俺はここには居ません。」「頼もしいね。ならば、僕と共に新しい時代が産声を上げるその瞬間を見届けようじゃないか?」伊東はそう言うと平助に微笑んで、彼の肩を叩いた。「大政奉還とは・・これからなじょなるんだ?」「薩長の奴らから、会津は恨みを買いすぎた。もしかしたら、戦になるのかもしれねぇ。」「だけんじょ、たとえ戦になったとしても、数はこっちの方が勝っている・・」大政奉還を受け、会津藩士達は自分達がこの先どうなるのだろうかという一抹の不安を抱き始めていた。それは、新選組も同じだった。「一体、これからわたくし達はどうなるのでしょうか?」「さぁな・・」にほんブログ村
2013年10月02日
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1866(慶応2)年6月。幕府は漸く重い腰を上げ、長州への攻撃を開始した。 しかし、旧式の銃や槍、刀などで武装する幕府軍に対し、英国の武器商人達から購入した最新式のゲーベル銃や大砲などで武装し、その上西洋式の軍事訓練を受けた長州軍の前に、幕府軍は大敗を喫した。「幕府軍が長州に負けただと・・一体どうなっていやがる!?」歳三は長州征伐の戦況を知らせる文を読んだ後、悔しさの余り歯噛みした。 長州征伐から約5ヶ月前、長年対立していた薩摩藩と長州藩が同盟を結び、その二藩を中心とした倒幕運動が再び勢いを見せ始めていた。「長州と薩摩が手を結んだとなれば、こちらとしては不味いですね。」「ああ。今まで幕府や会津藩は長州を賊軍とみなして戦ってきたが、これからはそれも変わるかもしれねぇ・・」その歳三の嫌な予感は、的中した。長州征伐からほどなくして、14代将軍・徳川家茂公が死去。その年の12月には、孝明天皇が急死し、東と西を治める二人の王が死んだことにより、薩長は新時代に向けての新たな目論みを企てていた。「帝も将軍も死んで、こっからは我らが時代を作るとじゃ!」「新しか時代を作るには、会津を討たねばならん!」「そうじゃ、そうじゃ!」長州は、自分達を京から追い出した会津藩への恨みを、日に日に募らせていった。「また、京で年を越したな・・」「ああ・・」「いつ国許に帰れんだべか・・」 黒谷にある会津本陣で、新年を越した山本覚馬と神保修理は、国許に残した家族の身を案じた。「土方君、僕は新選組と袂と分かつことにしたよ。」「と、申しますと?」「僕達は、帝の御陵を守る衛士として高台寺に屯所を構えようと思う。」「そうか。」「そこでだ、何人かこちらから隊士を連れて行きたいのだが、構わないかね?」「お好きなように。しかし、一度そちらに入隊した者はこちらでは受け入れないということで宜しいか?」「ああ。新選組を一度離隊した者をまた受け入れるなど、あってはならないことだからね。」 1867(慶応3)年3月。伊東甲子太郎達は新選組を離隊し、数人の隊士達を引き連れて高台寺へと向かった。その中には、斎藤一と藤堂平助の姿もあった。「斎藤先生、どうしても行かれるのですか?」「ああ。ただ、俺は正式に向こうに入隊した訳ではない。」 伊東が屯所を出る前日、千尋は斎藤を呼び出し、そこで彼が歳三から“ある”密命を帯びていることを知った。「お気を付けて。」「お前も、達者でな。」 千尋は、徐々に遠ざかってゆく斎藤の背中を、黙って見送った。にほんブログ村
2013年10月02日
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「突然そちらの都合も考えずに伺ってしまって、申し訳ありません。」 千尋に抱きついた異人―もとい英国海軍将校・アンドリュー=ハーネストは、流暢な日本語でそう言うと勇と歳三に向かって頭を下げた。「あなたは、荻野君とはどのようなご関係なのですか?」「わたしはチヒロの実の父親です。今回上洛したのは、チヒロを引き取りに来たからです。」そう言ったアンドリューは、千尋の方へと向き直った。「今まで放っておいて済まなかったね、チヒロ。」「申し訳ございませんが、わたくしはここを離れるつもりはありません。どうぞ、お引き取り願います。」長年生き別れた実子から拒絶の言葉を聞いたアンドリューは、落胆した様子で屯所から出て行った。「あれで良かったのか、荻野君?」「わたくしの親は、荻野の両親しかおりません。今は縁を切っておりますが、あの方が実の父親だと知っていても、情が湧きませんので・・」「そうか・・」実の父親が目の前に現れても、千尋は彼に対して何の感情も抱かなかった。何故長年自分を放っておいたのだという恨みも何も湧いてこなかったのだ。それは、訳あって実家とは絶縁しているものの、やはり自分の親は血が繋がらない混血児の自分を育ててくれた荻野の両親しか居ないと千尋が思っているからだ。親を蔑ろには出来ない―そう思った千尋は、アンドリューを拒絶した。「まぁ、お前ぇの気持ちは解るな。今までお前ぇを捨てた親父が突然父親面してやってきたら、どうすればいいのかわかんねぇしな。まぁ、俺の親は俺が小さい時に死んだがな。」「副長のご両親は、何故亡くなられたのですか?」「労咳だよ。親父は俺がお袋の腹の中に居る時に死んで、そのお袋は俺が5つの時に死んだ。それに、俺の兄貴や姉貴も、ふた親と同じ病で死んだ。」「そうですか・・」「この俺も昔、その病に罹った。あの病に罹った者でしか、自分が世間から突然隔離されたような気持ちはわからねぇ。だから俺ぁ、総司の力になってやりてぇんだ。」「副長・・」歳三の過去を知った千尋は、ただ黙って彼の話を聞くことしかできなかった。 総司の病状は良くなるどころか、ますます悪化するばかりだった。「このままでは他の隊士にもうつっちまう。沖田は隔離した方が良い。」「そうですか・・」松本良順医師の助言を受け取った勇は、総司の部屋へと向かった。「総司、お前に話がある。」「何ですか、そんなに神妙な顔をして?」「実は、お前を当分他の部屋に隔離する事になった。」勇の言葉を聞いた時、総司はこの世の全ての音が消えたような気がした。「仕方ないですよね、僕の病はうつるんだから。」「済まない・・」「謝らないでくださいよ、近藤さん。近藤さんは、何も悪い事はしていないのに。」無理に笑顔を作ってそう勇を励ました総司だったが、本当は悔しくて堪らなかった。にほんブログ村
2013年10月02日
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「頼みたい事って、何どすやろか?」「もうすぐ長州征伐の命が下ると思います。長州は長崎まで出向いて外国の武器商人達から最新式の銃や大砲を購入して、軍備を整えていますが、それだけでは足りぬかと。」「そこでうちが千尋の実父を説得して、そちらさんに武器が流れるようにして欲しいいうことやろうか?」「こちらの話が解る方でよかった。」「まぁ、何とかしてみまひょ。けどなぁ、あのお方はすぐに首を縦に振れへん頑固者どすさかい・・」「千尋君は、実の父親のことはご存知なのですか?」「あの子には、知らせてまへん。もう家を出た子やさかい・・」「わたしが彼に知らせましょう。それに、あなたとは色々と話したい事があります。」「話したい事?」「ええ・・今後の日本の未来についてね。」伊東はそう言って正春に微笑んだ。「あなたが留守にしている間に、土方さんがこちらに来ましたよ。」「ほう・・もしかして、あの女と久保坂のことを嗅ぎ付けてやって来たのかい、彼は?」「ええ。わたしはシラを切って、向こうはあっさりと諦めました。」「多分それは見せかけなんじゃないのかな?土方君があの件を有耶無耶にするような人ではないからね。」屯所へと戻った伊東は、そう言って内海を睨んだ。「もう証拠の品は、処分してあるんだろうね?」「ええ。」「まぁ土方君は簡単には僕の仕業であるということが突き止めることが出来ないだろう。証拠も証人も消したのだから。」伊東は嬉しそうに笑うと、空に浮かぶ月を眺めた。「大変だ、土方さん!」「どうした、新八?」「“よしの”が火事だ!」「何だって?」新八から祇園の置屋“よしの”の火災の一報を受けた歳三達が現場へと向かうと、紅蓮の炎に包まれた“よしの”の周辺には沢山の人だかりが出来ていた。 火消しが消火に当たったものの、火の勢いは強く、瞬く間に置屋全体を炎が包み込んでしまった。煤と瓦礫と化した置屋からは、女将と芸舞妓達と思しき六人の焼死体が発見された。「一体誰がこんなことを?伊東先生のやり方にしては、少々派手過ぎやしませんか?」「口を慎め、千尋。何処かで伊東の手の者が俺達の会話を聞いているかもしれねぇぞ。」「すいません・・」千尋がそう言って歳三に向かって頭を下げた時、背後から突然馬の嘶きが聞こえた。『チヒロ。』千尋がゆっくりと背後を振り向くと、そこには馬に乗った異人の姿があった。彼は千尋と目が合うなり、馬から降りて彼の華奢な身体を抱き締めた。『チヒロ、会いたかったよ。』金色の髪と、翡翠の瞳―この異人は、自分の実の父親に違いないと千尋はそう確信した。にほんブログ村
2013年10月01日
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久保坂が何者かに蔵の中で殺害されたことを千尋が知ったのは、その翌日の事だった。「確かなのですか、それは?」「ああ。あいつは頸動脈を鋭利な刃物で斬られてた。」「下手人は、まだ・・」「捕まっちゃいねぇ。あの女の事といい、久保坂の件といい、誰かが俺達の裏をかいているようにしか思えねぇ。」歳三はそう言うと、軽く舌打ちして千尋を見た。「お前なら、誰が犯人だと思う?」「そうですね・・伊東先生が、犯人だと思います。」「何故そう思う?」「伊東先生は、勤皇派の方です。長州と繋がりがあるという噂も聞いておりますし・・それに・・」「それに?」「久保坂さんは、誰かにわたくしの実家が勤皇派の公家であることを聞かされたようでして・・」「伊東の野郎が一番怪しいってことか。」歳三は低く唸った後腕組みすると、今回の事件を整理した。 長州藩士の妻と思われる“きぬや”の女中は、恐らく伊東と長州との連絡役だったのではないか。それを知られたくない女は、歳三達に追い詰められた時自害した。そして久保坂は―「副長?」「伊東に会って来る。」 副長室を出た歳三が伊東の元へと向かうと、彼は外出中だった。「土方さん、あなたがこちらにおいでになるなど珍しいですね。」「伊東殿は外出中でおられるのか。ならばちょうどいい、あんたに話がある、内海さん。」「わたくしに、何の話でしょうか?」「“きぬや”の女中の件と、久保坂の件・・伊東とあんたが仕組んだことだろう?」「藪から棒に何をおっしゃいます。わたしは何も知りませんよ?」そう言って内海は歳三を見て笑った。「そうかい。どうやら俺の見当違いだったようだ。失礼するぜ。」歳三が部屋から出て行った後、内海は苦虫を噛み潰したかのような顔をして彼の背中を見送った。 その頃、伊東は千尋の実家である荻野家を訪ねていた。「これは伊東先生、お久しぶりどすな。」「暫くですね、正春様。上洛してすぐにそちらへお伺いしようと思っておりましたのに、色々と忙しくてご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。」「いや、ええのや。それよりも伊東先生、今日はどのようなご用件で?」「実はあなたの義理のご子息・・千尋君のことでお話がございます。」「お言葉ですが先生、千尋はもう実家に戻らないと思いますさかい、うちはもうあの子の事は諦めてますねん。」「そうおっしゃらずに、正春様。千尋君の父親は英国海軍の将校だとか。」伊東はそう言って正春に微笑むと、彼の顔が少し強張った。「何で、そないなこと・・」「正春様に、是非とも御協力していただきたいことがございます。」にほんブログ村
2013年10月01日
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「長州の間者が土方君達に身柄を拘束されただと?それは確かなのか、内海!」「ええ。」「まったく、久保坂には逸まった行動はしないように言ったのに・・」伊東は悔しさの余り歯噛みしながら、扇子を乱暴に閉じた。「これから、どうなさいますか?」「どうするもこうするも、久保坂が我々にとって不味い事を言う前に始末するしかないだろう!」「そうですね・・」内海は、溜息を吐いて久保坂の身を案じた。 一方、土方達に身柄を拘束された久保坂は、同僚達によって拷問にかけられていた。「さっさと白状したらどうなんだ?」逆さ吊りにされ、鞭打たれながらも、久保坂は決して口を割ろうとはしなかった。「久保坂は?」「強情な奴で、口を割りません。」「そうか・・ならば、俺の“とっておき”で、奴の口を割らせてやろうか・・」歳三はそう呟くと、書類を書く手を止めた。「副長、それは・・」「あいつは敵だ。敵に情けは不要だ、そうだろう山崎?」「は・・」 歳三が久保坂が入れられている蔵へと向かうと、そこには殴られて顔が赤紫色に腫れあがり、苦しそうに呼吸をする彼の姿があった。「副長・・」「どうだ、全てを吐く気にはなったか?」久保坂の顎を掴んで自分の方を向かせた歳三がそう言って彼に尋ねると、彼は首を横に振った。「そうか、なら仕方ねぇな・・」歳三は狂気じみた笑みを浮かべると、久保坂を睨んだ。 蔵の方から久保坂の絶叫が聞こえ、井戸で洗い物をしていた千尋はビクリと身を震わせた。「一体蔵で何が行われているのでしょうか?」「さぁな。土方さんの拷問は、かなり残酷なもんだって聞いてるぞ。」「ああ、池田屋での時もかなり、なぁ・・」原田と平助がそんな話を聞いた後、千尋は洗い物の続きをした。その日、歳三は蔵から一日中出て来なかった。「久保坂君、わたしだよ。」「伊東・・先生・・」蔵に監禁された久保坂は、腫れあがった目を微かに開いて伊東を見て安堵の表情を浮かべた。「可哀想に、こんなに痛めつけられて・・でも心配は要らないよ、わたしが君をここから助け出してあげるからね。」「ありがとう・・ございます・・」やっとここから出られる―そう思った久保坂が再び伊東を見ると、彼の手には脇差が握られていた。伊東はニッコリと久保坂に微笑むと、躊躇いなく彼の頸動脈を脇差で切り裂いた。「な・・ぜ・・」「お前が、ヘマをするからさ。お前は所詮、我々にとってはトカゲの尻尾に過ぎないんだよ。」最期に聞いた伊東の声は、氷のように冷たかった。にほんブログ村
2013年10月01日
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西本願寺の屯所から脱走した女を追って、三条にある呉服問屋“きぬや”で再び彼女を確保しようとした歳三と原田だったが、女は彼らの目の前で自害し、誰が彼女を逃がしたのか、その真相は結局わからずじまいとなった。「何だか今回の事件、腑に落ちねぇなぁ。」「あんたもそう思うだろう、土方さん。俺はちゃんと女を逃がさねぇよう、つっかえ棒を戸口に挿し込んだんだ。それが外されているってことは・・」「内部の者の犯行に違いねぇ。お前があの女を捕らえたことを知っているのは、俺達しかいねぇ。」「だとしたら、一体誰が彼女を逃がしたんだ?」「それはこれから探す所だ。」歳三はそう言って険しい表情を浮かべながら、西本願寺の境内へと入っていった。「お帰りなさいませ、副長、原田先生。」「何か変わったことはあったか?」「いいえ。それよりも、あの女の方はどうなりましたか?」「あの女は、俺達の前で自害した。誰があの女を屯所から逃がしたのか、わからずじまいだ。」「そうですか・・今、お茶をお持ちいたしますね。」「頼む。」副長室に入った歳三は文机の前に座ると、再び書類仕事に取りかかった。「千尋、ちょっといいか?」「何でしょうか?」湯呑みを盆に載せて台所から出ようとした千尋は、突然一人の隊士に話しかけられた。「ここじゃぁ人目につくから、井戸の方へ行かないか?」「ええ・・」 彼と共に井戸へと向かった千尋は、突然彼に抱き締められた。「何をなさいます!」「千尋、俺の念友になってくれないか?」「お断りいたします。」千尋はそう言うと、その隊士を突き飛ばした。「俺は、今までお前の事を想っていたんだ。お願いだ、話だけでも・・」「あなたとはこれ以上、お話したくはありません。」「そうか・・だったら、俺にも考えがある。」「考え?」千尋がそう言ってその隊士を見ると、彼は狂気じみた笑みを口元に浮かべていた。「お前の実家、長州と深いつながりがあるんだろう?それなのにどうして、新選組に入隊しようなどと思ったんだ?」「誰から聞いたのですか、その話?」「そ、それは・・」「わたくしの実家の事をご存知なのは、斎藤先生と沖田先生、そして原田先生と副長だけです。何故、あなたが・・」そう言って言葉を切った千尋は、彼こそが長州の間者なのだということに気づいた。「まさか、あなたが長州の・・」「バレたんなら仕方が無いな。」彼は鯉口を切ると、刃を千尋に向けた。「お前には、ここで死んで貰う。」「そうはいきませんよ。」千尋はそう言うと、間髪入れずに隊士の股間に膝蹴りを喰らわした。「野郎!」彼が痛みに呻いている隙を狙って、千尋は襷を外して彼の両手首を拘束した。「おい、どうした?」「彼は長州の間者です!」「何だって!?」原田と千尋によって副長室へと連れて行かれる隊士の姿を、伊東は木陰から見ていた。(不味いことになったな・・)にほんブログ村
2013年10月01日
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「それで?千尋に斬りかかって来た女は、祇園の茶屋で殺された男の情人だって言うんだな?」「ああ、監察方の報告を聞くと、荻野に殺された男には妻が居た。」「その妻が夫の仇を討ちにわざわざ上洛して来たってのか。だとしたら、どうやって千尋の事を知ったんだ?」「さぁな。それよりも、俺が女を取り押さえてそのまま部屋に閉じ込めておいたんだが、いつの間にか逃げられちまったんだ。」「女の行方は掴めたのか?」「いや、まだだ。引き続き、監察方には女の消息を追えと命じている。」「そうか・・」歳三は渋面を浮かべると、腕組みして溜息を吐いた。 翌朝、歳三が文机に向かって会津藩に提出する書類を書いていると、副長室の前に誰かが立つ気配を彼は感じた。「誰だ?」「副長、山崎です。」「入れ。」「昨日屯所から逃げた女の消息が掴めました。」「そうか、女は今何処に居る?」「三条近くの呉服問屋“きぬや”です。」「そうか・・すぐに向かうぞ。」「承知。」書きかけの書類を文机の上に残し、歳三は一番隊と十番隊を率いて原田とともに三条近くの呉服問屋“きぬや”へと向かった。「新選組である、主はおるか?」「主は所用で出かけております。ご用件は何どすやろか?」“きぬや”の暖簾を歳三がくぐると、帳場から番頭が出て来て彼に頭を下げた後、そう言って歳三達の様子を探るような目をした。「ここに、女は居るか?」「女はここには沢山居りますが・・それがどないしはりましたか?」「そんな事を聞いているんじゃねぇ。ここに長州の女が居るのかと聞いてんだよ!」歳三は番頭を怒鳴った後彼を睨み付けると、彼は腰を抜かして情けない悲鳴を上げた。「女でしたら、奥の女中部屋に居ります。」「そうか。」歳三は原田と目配せすると、隊士達を率いて女中部屋へと向かった。「ご用改めである、神妙にいたせ!」女中部屋に彼らが向かうと、数人の女中達が彼らの顔を見て悲鳴を上げて次々と部屋から逃げていった。その中で一人、彼らを睨みつけている女が居た。その女が、例の女だと歳三は確信した。「お前が、昨日の・・」「壬生狼、覚悟!」女は帯の中に隠していた小太刀の鞘を抜くと、歳三に突進した。だが女の手に握られた小太刀は歳三によってすぐに弾き飛ばされ、追い詰められた彼女は懐剣で喉を突いて果てた。「きゃぁぁ~!」「しずさん、しっかりしておくれやす!」「早うお医者様を呼んどくれやす!」「もう手遅れだ。お前ぇ達には乱暴はしねぇ。」歳三はそう言うと、原田の方へと向き直った。「帰るぞ。」「おう・・」“きぬや”の前には、既に沢山の人だかりが出来ていた。「結局、女は何も言わない内に自害したな。」「ああ。生け捕りにして誰が屯所から逃がしたのか尋問したかったが・・失敗した。」歳三は舌打ちすると、前髪を鬱陶しげに掻きあげた。にほんブログ村
2013年09月30日
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千尋の実の父親は、英国貴族・アンドリュー=ハーネスト侯爵といって、彼は赴任先の長崎で丸山の遊女であった千尋の母親と恋に落ち、彼女と結婚して千尋を出産したものの、彼女は産後すぐに亡くなった。アンドリューは千尋を連れて英国へ帰国しようとしたが、英国領事館は千尋がアンドリューと共に帰国する事を許さなかった。彼はやむなく、千尋を日本に残して単身英国へと戻っていった。「そうか・・そんで、そのアンドリューっていう人はどないしたんや?」「実は、そのアンドリュー様が来日しているのだそうです。」「ほう、アンドリューはんは確か商人やと聞いてるえ?日本に来たんは、商談か何かやろうか?」「それが・・千尋様を迎えに来たと・・」部下の言葉に、正春は怒りで顔を赤く染めた。「自分で勝手に捨てた癖に、平気な顔をして千尋を迎えに来るとはどういうことや?」「それは、わたしにもわかりませぬ。」「この事は千尋には伝えたらあかん。あの子はもう実家とは縁を切ったんや。もし実の父親がうちに来ても追い返してや。」「かしこまりました。」 千尋は溜息を吐きながら、空に浮かぶ月を見た。「どうした?」「原田先生・・」「あの女、どうやら長州者と繋がりがあったそうだ。」「“あった”とは?」「ほら、この前お前が潜入捜査した茶屋でお前が斬った男―あれが、女の情人だったらしいぜ?」「情人・・あの方は、わたくしに“夫の仇”と叫んだのです。」「そうか。じゃぁ、違うかもしれねぇな。」「原田先生、本当にわたくしはあの人の夫を殺してしまったのでしょうか?」「もし斬ったとしても、それは仕方が無い状況だったんだろう?自分を責めるなよ。」「わかりました・・」「まぁ、もう遅いから寝ろ。」「お休みなさいませ。」「お休み、千尋。良い夢見ろよ。」原田はそう言うと、千尋の頭を撫でた。「左之さん、荻野と仲良いよなぁ?」「なんだよ平助、嫉妬か?」「別に。」「まだあいつは新入りだから、色々と相談に乗ってやってんだよ。」「荻野って、剣の腕は強いけど、ちょっと繊細な所があるからなぁ。あの茶屋での事、まだ気にしてんのかなぁ?」「そうだろうな。」「さてと、今日も島原で飲むか!」「俺は遠慮しとくぜ。」「え~、何でだよ、いいじゃん。」「行くんなら、お前と新八の二人だけで行けよ。」「んな事言われてもさぁ、新八さん酒癖悪いの、知ってんだろ?頼むよ、左之さん!」「でもなぁ・・」「てめぇら、夜中に廊下で何してやがる?」背後で聞きなれた声が聞こえ、原田と藤堂が振り向くと、そこには怒りに満ちた目で二人を睨みつけている歳三が立っていた。「ひ、土方さん・・」「戻るの、明日だったんじゃ?」「仕事がすぐに終わったから、船に乗ってすぐに帰って来たんだよ、悪いか?」にほんブログ村
2013年09月30日
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総司の部屋から出た千尋は、巡察に出る原田に同行する事となった。「最近長州の奴らは鳴りを潜めているが、いつ何が起きるかわからねぇから、周囲に目を配るんだぞ?」「わかりました。」千尋はそう言うと、原田達とともに歩きながら周囲に不審者が居ないかどうか気を配った。その時、千尋に一人の女が近づいて来た。「あなたが、千尋様ですか?」「そうですが、あなた様は?」女は千尋の顔を見ると、懐剣を彼に突き付けた。「夫の仇、ここで討ちます!」「お待ちください、あなたは一体どなたなのですか?」「あなたはわたくしの夫を殺した癖に、シラを切るおつもりなのですか!?」千尋は興奮した女を宥めようとしたが、それはかえって逆効果だった。「おい、どうした!」「わかりません、いきなりこの方が・・」原田はそう言うと、千尋と女との間に割って入った。「おい姉ちゃん、一体荻野に何の用だ?」「あなたには関係ありません、そこをおどきなさい!」白装束を纏い、白い襷を掛けた女は怒気を孕ませた声でそう原田に怒鳴ると、彼を突き飛ばそうとした。だがその前に彼が女の手から懐剣を取り上げた。「誰かこの女を頼む!」「放しなさい、無礼者!」怒り狂った女は泣き喚き、自分を羽交い締めにした隊士達を蹴った。 女を連れて屯所へと戻った原田達は、彼女を自分達の部屋に閉じ込めた。「なぁ荻野、あの女とは面識があるのか?」「いいえ。あの方とは初対面です。」「そうか・・じゃぁ、相手の人違いかもしれねぇな。まぁ俺があの女の話を聞いてみることにするから、お前はそこに居ろ。」「わかりました。」千尋は原田にそう言って彼に頭を下げると、自分の仕事へと戻った。「原田先生、彼女は?」「女は逃げた。」「え!?」「確かにつっかえ棒を戸に挿し込んだっていうのに・・誰かが逃がしたに違いねえ!」原田はそう言って舌打ちすると、壁を拳で殴った。 原田の部屋に女が居ることはわかっていたので、内海は戸に挿し込まれたつっかえ棒を外すと、中に閉じ込められていた女を外へと逃がした。「感謝致します。」「いえ。それよりも早くここから逃げた方があなたの身の為だ。」「では、またお会い致しましょう。」女は武士の妻らしく内海に頭を下げると、西本願寺から去っていった。「副長には、この事をご報告なさいますか?」「決まってんだろ。女の正体を探らないとな。」「そうですね・・」「まぁ、土方さんは明日に戻る予定だし、それまでに俺達が女を見つけねぇとな。大事になる前に。」原田は険しい表情を浮かべながら、広間から出て行った。「そうか、千尋はまだ実家に戻っておらんのか。」「はい。」「頑固な子や。一体誰に似たのやろう。」正春は溜息を吐くと、脇息にもたれかかった。「大殿、その事でお話がございます。」「何や?」「千尋様の実の親が、見つかったという報せが先程ありまして・・」にほんブログ村
2013年09月30日
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「お話とは何でしょうか、伊東先生?」「この前の話だが、君は僕達の側についてくる気はないかい?」「いいえ。局長にお仕えすると決めた以上、わたくしはその道を変わるつもりはありません。」「そうか。」「では、わたくしはこれで失礼致します。」伊東に頭を下げると、千尋は彼の部屋から出て行った。「全く、あの子は御しがたいねぇ。頑固な子だ。」「荻野家は勤皇派の公家であるというのに、千尋君は佐幕派ですね。」「だから必死に家の者が彼を実家に呼びもどそうとしているのだろう。まぁ、あの子と話した限りでは、あの子は実家に戻るつもりはないだろうがね。」伊東はそう言って笑うと、扇で顔を扇(あお)いだ。 翌朝、目を覚ました総司は自分の枕もとに歳三が居ることに驚いた。「何でそんな顔をしていやがる?」「いつから居たんですか?」「昨夜からだ。どれ、熱が下がったかどうか俺が確かめてやる。」歳三はそう言って総司の額に手を置いた。「下がってるな。辛かったら、呼べよ。」「わかりました。」「それじゃぁ、俺はこれで行くぞ。」「すいません、お手を煩わせちゃって。」総司がそう言って頭を下げると、歳三は彼の額を軽く小突いて部屋から出て行った。「沖田先生のご様子は如何でしょうか?」「昨夜高かった熱が下がって、食欲も湧いてる。ただ病みあがりだから、焼き魚は胃にこたえるだろうから、粥でも作ってやれ。」「承知しました。」「俺は所用があって大阪まで行かなきゃなんねぇから、後を頼んだぞ。」「わかりました。気を付けて行ってらっしゃいませ。」歳三を屯所の門前で見送った千尋は、そのまま台所へと向かった。「なぁ荻野、今日は食事当番じゃねぇだろう?」「そうですが、沖田先生に粥をお作りしろと副長に言われましたので・・」素早く襷(たすき)掛けをして千尋はそう原田に言いながら、粥を作り始めた。「随分と手際が良いな。公家のお坊ちゃんだから家事は使用人任せにしているんだろうと思ってたが・・」「わたくしは動くのが好きなのです。」「そうか、変わった奴だな、お前って。」「変わっている奴で結構です。」千尋はそう言うと、出来あがった粥を盆の上に載せ、台所から出た。「沖田先生、いらっしゃいますか?」「荻野君、入って。」「失礼致します。」千尋が総司の部屋に入ると、彼は穏やかな顔をしていた。一昨日の夜、自分を殺そうとした時の狂気じみた顔とは程遠い、穏やかな表情を浮かべていた。「どうしたの?」「いえ・・」「大丈夫だよ、取って食ったりはしないから。」「そうですか・・」「一昨日は済まなかったね。お粥、ありがとう。」「では、わたしはこれで失礼致します。」総司に頭を下げると、千尋は静かに彼の部屋から辞した。にほんブログ村
2013年09月30日
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「誰か医者を呼べ!総司が倒れた!」「総司が倒れただと!?」勇は食事の最中であるというのに、広間を飛び出して総司の部屋へと向かった。 総司は、口端に血を滴らせながら意識を失っていた。「総司、しっかりしろ!今医者を呼ぶからな!」「近藤・・さん・・」総司は薄らと目を開けると、苦しそうに息を吐いた。「喋るな、総司。ゆっくりと呼吸するんだ。」「はい・・」近藤の手を握りながら、総司は安堵の表情を浮かべた。「・・総司は?」「今は安心して眠ってるよ。俺が来て手を握ったら、嬉しそうな顔をしていたよ。」「そうか。やっぱり、勝っちゃんは頼りになるな。」「あいつにとって、俺は実の兄のようなものだからなぁ。」「俺には一向に懐かなかったんだよな、総司の野郎は。勝っちゃんと一緒に居る時、恨めしそうな目で俺を睨んでたし・・」「多分、お前に嫉妬していたんだろうさ。その頃からあいつは嫉妬深かったからなぁ。」「なぁ、京に来たばかりの事を覚えてるか?俺が総司に、“江戸に帰れ”って言った日のこと・・」「ああ、覚えてるぜ。あいつ、頑として“江戸には帰らない”と言い張ったんだよな。」勇はそう言うと、まだ自分達が京に来たばかりの頃の事を思い出した。「僕に江戸に帰れって・・本気ですか、土方さん?」「ああ、本気だ。」「どうしてですか?どうして僕を除け者にしようとしているんですか!?」総司はキッと歳三を睨み付けると、立ち上がって次の言葉を継いだ。「僕は絶対に江戸には帰りませんから!意地でも京に留まって、近藤さんの力になってみせます!」あの頃の自分達は、ただ己の名を世間に広めるということしか考えておらず、歳三は心ない言葉を総司にぶつけてしまったことを今になって後悔していた。「診察が終わりました。局長と副長に医者がお会いしたいとのことです。」「わかった。行こうか、歳。」「ああ・・」 別室で医師の説明を受けた勇と歳三は、総司の病状が深刻な状態であることを知った。「今年の冬を越せるかどうか、わかりまへん。」「総司は、そんなに弱っているのか?」「まだ沖田はんは若いし体力がありますから、希望はあります。けど、このままやとますます彼の寿命が縮まります。」「そうか・・では我々は、どうすれば?」「何処か空気の良い所へ療養させれば宜しいんやないかと。」「そうですか・・」医師が去った後、歳三と勇は暫くその場から動けずにいた。「沖田先生のご容態は?」「さぁ、俺にはわからない。だが、総司の容態は余り芳しくないようだ。」「そうですか・・」「荻野、お前はもう休め。後の事は、俺がやっておく。」「わかりました。お休みなさいませ。」千尋はそう言って斎藤に頭を下げると、台所から出て行った。「荻野君、今いいかな?」「はい、構いませんが・・」副長室へと入ろうとした時、千尋は伊東にそう声を掛けられ、彼の部屋へと向かった。にほんブログ村
2013年09月30日
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「総司、居るのか?」「何ですか、今いい気持ちで寝てたところなのに。」 歳三が総司の部屋に入ると、既に寝間着に着替えた部屋の主がそう言って布団から出て来た。「夕餉を食わねぇってどういうつもりだ?お前ぇは今・・」「普通の身体じゃない、って言いたいんでしょ?そんな事をわざわざ言われなくても、わかってますよ。」そう歳三に言った総司は、何処か自棄を起こしているように見えた。「お前ぇ、何を焦ってんだ?」「もどかしいんですよ、僕は。時代が大きく動いているというのに、僕は剣を握ることすらままならない。」「総司・・」「土方さんには解らないでしょうね、こんな僕の気持ち。僕には、剣の道しかないのに・・」「総司・・」歳三は、思わず総司を抱きしめた。 彼は9歳の頃に江戸の試衛館の内弟子としてやって来て、師である勇から剣術を教わり、めきめきと頭角を現した。それから、彼は剣の道へと邁進していった。総司にとって、剣を握ることは己の存在意義を確かめることだった。それが出来ぬ今、彼は焦燥の念に囚われているのだ。「総司、お前ぇが今どんな思いをしているのかはわかる。」「じゃぁ、どうしてあの子を・・」「千尋との関係はお前の誤解だ。俺は何もしていねぇ。」「本当に?」「俺が今まで、お前に嘘を吐いたことがあるか?」「いいえ。」「ねぇ土方さん、僕はどうすればいいんですか?このまま畳の上で死ぬのは武士として恥です。」「俺が、何とかしてやる。絶対に、お前の病を治してやるから、安心しろ。」歳三は、そう言って総司を見た。労咳に有効な薬がないこの時代、歳三はそんな嘘を吐いて総司を励ますことしか出来なかった。「頑張ります。再び剣を握るようになれるまで・・」「その意気だ。」「夕餉、部屋に運んでくれませんか?何だか急に、お腹が空いちゃって・・」「わかった。」歳三は総司に微笑むと、台所へと向かった。「副長。」「総司の膳は?」「はい、こちらに。」「有難う。」歳三は総司の膳を運ぶと、総司の部屋へと戻った。「総司、夕餉だぞ。」「有難うございます・・」そう言って総司が味噌汁に口をつけようとした時、彼は激しく咳き込んだ。「総司、大丈夫か?」「ええ、大丈夫です・・」そう言って歳三に笑顔を浮かべたものの、総司は再び激しく咳き込んだ。ふと自分の掌を見ると、そこは血で赤く染まっていた。(このまま、僕は・・)絶望に囚われた総司は、そのまま意識を失った。にほんブログ村
2013年09月30日
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「そうかい?君は今まで僕に黙って隊士をあの茶屋へ潜入させたと聞いているが?」「ええ。大した収穫は得られませんでしたがね。」伊東は歳三の言葉を聞くと、小馬鹿にしたような笑みを彼に浮かべた。「確か君は、荻野君といったね?」「は、はい・・」「土方君の小姓などやめて、僕の所に来ないかい?」「お断り致します。」「ふん、つれないねぇ。」「伊東さん、他に話がなければお引き取りいただこうか?」「今日の所は失礼するよ、土方君。」伊東は少し悔しそうな顔をしながら、副長室から出て行った。「ったく、あの野郎はどうも信用が置けねぇ。」歳三はそう言って溜息を吐くと、文机の前に座り直し仕事へと戻った。「お茶を淹れて参ります。」「ああ、頼む。」 千尋が茶を淹れに台所へと向かうと、そこには斎藤の姿があった。「斎藤先生・・」「副長に茶を淹れに来たのか?」「ええ。あの・・斎藤先生は沖田先生と同室なのですよね?」「ああ、そうだが。総司だったら今は落ち着いている。」「そうですか・・」「荻野、余り気に病むことはない。総司が勝手にお前と副長が恋仲になったと思い込んだだけだ。」斎藤はそう言うと、千尋の肩をそっと叩いた。「ありがとうございます、そう言ってくださって・・」「副長の所に行くのならば、これも持って行くといい。」斎藤は千尋に大福を手渡すと、台所から出て行った。「副長、お茶が入りました。」「おう、そこに置いておいてくれ。」「はい・・」「大福か?」「斎藤先生から頂きました。」「気が利くな、あいつは。俺が甘い物が好きなの、覚えていたんだな。」「副長はてっきり甘い物が苦手なのだと思いました。」「まぁあんまり食べねぇが、甘い物は好きだ。お前ぇは?」「好きですよ。わたくしもいつもは食べませんが。」「そうだろうな。鬼の副長が甘い物好きだと知られたら、俺の立場がねぇ。」「そんな事を気になさるだなんて、可愛いお方なのですね。」千尋がそう言って笑うと、歳三は少しムッとした顔をして大福を平らげた。「あれ、総司は?」「気分が優れないので、夕飯は要らないと申しておりました。」「そうか・・」広間で皆が夕餉(ゆうげ)を食べていると、歳三は総司の姿がないことに気が付いた。「総司、まだ風邪が治っていないのか?」「そうみてぇだ。まだ身体が本調子じゃねぇってのに・・」歳三はそう言って舌打ちすると、広間から出て行った。「まぁた総司ん所だよ、きっと。」「歳は総司が絡むと過保護になるなぁ。」にほんブログ村
2013年09月29日
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「ご用改めである、神妙にいたせ!」「おのれ、新選組!」「幕府の犬が!」 祇園の茶屋に歳三達が向かうと、店の奥に潜んでいた数人の長州藩士達が彼らを睨みつけながら刀を抜いた。だが、彼らは歳三に向かって斬りかかる前に、千尋に斬られて力なく床に転がった。「済まねぇな、荻野。」「いえ・・わたくしは二階を見て参ります。」「そうか。」 千尋が二階へと上がり部屋を一つずつ見ていくと、奥の部屋には小雪が長州藩士と談笑していた。その藩士は、千尋が潜入捜査で舞妓に化けてお座敷に向かった際に少し会話を交わした者だった。「あなたは・・」「小雪、壬生狼と知り合いだったのか?」「うちは・・」「騙したな、裏切り者!」その藩士は激昂すると刀を抜き、そのまま小雪の胸を袈裟斬りにした。小雪は信じられないといったような顔をしながら、畳の上に倒れた。「何故・・」「死ねぇ!」千尋は自分に対して闘志を剥き出しにしながら向かって来る藩士の動きが何故か読めた。彼の刀が千尋の胸に届く前に、千尋が彼の胴を薙ぎ払っていた。襖や千尋の顔に、男の返り血が飛び散った。「荻野、どうだった!?」歳三が二階にある奥の部屋へと向かうと、そこには“よしの”の舞妓・小雪が畳の上に転がって事切れていた。その近くには、胴を薙ぎ払われ腸が腹から飛び出した長州藩士の姿があった。「まさか、小雪さんが長州の者と繋がっていたとは知りませんでした。」「道理で“よしの”が俺達に協力してくれたわけだ。裏で長州の奴らに俺達が会合場所を探っている事を知らせていたんだろうさ。」「“よしの”の皆さんは?」「俺達は、正しい事をしているまでだ。行くぞ、千尋。」「はい・・」千尋は小雪の冥福を祈って合掌すると、歳三とともに二階を後にした。「土方さん、二階はどうだった?」「奥の部屋で、“よしの”の舞妓が胸を袈裟斬りにされていた。どうやらそいつは、長州の者と密会していたようだ。」「成程ねぇ。土方さんが睨んでいた通りだな。」逃げ遅れた長州藩士を補縛した原田はそう言って溜息を吐いた。「引き上げるぞ。これ以上ここに長居する必要はねぇ。」「承知。」 茶屋から歳三達が外へと出ると、いつの間にか野次馬が集まっていた。「小雪、小雪!」 筵(むしろ)を掛けられ、戸板に載せられた小雪の遺体を見た“よしの”の女将が泣きじゃくりながら駆け寄って来た。「何でこないなことに・・」「おかあさん、気をしっかり持っておくれやす。」覚束ない足取りで置屋へと戻ろうとする女将の身体を、すかさず“よしの”の芸妓が支えた。「土方君、聞いたよ。祇園の茶屋で大暴れしたようじゃないか?」「大暴れとは人聞きの悪い。わたしは長州の者を補縛しようとしただけです。」歳三はそう言って伊東をジロリと睨んだ。にほんブログ村
2013年09月29日
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咄嗟に身体を反転させて総司の攻撃を避けた千尋だったが、彼は執拗に攻撃を繰り返してきた。「土方さんを僕から奪おうなんて許さない!」「止めてください、沖田先生!」「うるさい、黙れ!」総司は千尋にそう怒鳴ると、脇差を振り上げた。「止めろ、総司!」騒ぎをききつけた斎藤と原田が部屋に入って来て、総司の手から脇差を取り上げた。「どうして止めるんですか!?」「目ぇ覚ませ!」原田はそう総司に怒鳴ると、彼の頬を張った。「沖田先生、わたしは・・」「僕は君を認めないから。」血走った眼で自分を睨み付ける総司の顔を見て、千尋は恐怖に震えた。「総司が、そんな事を・・」「土方さん、あんたも悪いと思うぜ?総司は荻野とあんたの仲を疑って嫉妬に狂ったんだ。あんたから、荻野とは何の関係もねぇと説明してくれよ。」「そうだな・・」 翌日、歳三が総司の部屋に行くと、総司は恨めしそうな目で彼を見た。「昨夜の事は、原田から聞いたぞ。」「土方さん、あの子を殺したら僕の所に戻ってくれます?」「俺と千尋は何もない、信じてくれ。」「そうですか・・じゃぁわざわざ僕があの子を殺す必要はなかったんだぁ。」そう言って気味の悪い笑みを浮かべた総司は、歳三に抱きついた。「僕を裏切ったら、許しませんからね。」「わかってるよ・・」(どうしたもんかなぁ、あの嫉妬深さは・・) 総司の部屋から出て副長室へと戻った歳三は、溜息を吐きながら仕事に取りかかった。「副長、山崎です。」「入れ。」「失礼致します。」襖が開き、山崎が副長室に入って来ると、歳三は彼が文を持っていることに気づいた。「それは?」「長州藩士達が会合を開いていた祇園の茶屋に関する情報です。」「そうか・・」山崎から文を受け取った歳三がそれを読むと、そこには祇園の茶屋の女将と数人の女中が、長州藩士と深い繋がりがあるという内容が書かれてあった。「茶屋を今すぐ調べるぞ!」「承知。」 祇園の茶屋では、一人の長州藩士と女中が布団の中で戯れていた。「いややわぁ、そないな所触って・・」「いいじゃないか、減るものでもないし。」藩士がそう言って女の陰部へと手を伸ばそうとした時、突然一階が騒がしくなった。「壬生狼や、早う逃げぇ!」「しず、行くぞ!」「へ、へぇ!」急いで脱いだ着物を着た二人が裏口から外へと逃げようとした時、新選組隊士達が彼らを取り囲んだ。「神妙にせい。」にほんブログ村
2013年09月29日
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副長室の中からくぐもった呻き声が聞こえたので、不審に思った千尋は障子に小さな穴を開けて中を覗き見た。するとそこでは、歳三の股間に顔を埋める総司の姿があった。総司の口には、大きく怒張した歳三のものがあった。「ねぇ土方さん、僕とあの子、どっちが上手いですか?」「馬鹿野郎、何言ってやがる。あいつとは寝てねぇよ。」「そうですか・・」総司は少し残念そうな顔をすると、歳三のものを口から抜いた。「ねぇ、もう我慢できませんよ。」総司は寝間着の裾を捲りあげると、濡れそぼった穴に歳三のものを挿入した。「総司、やめろ!」「嫌ですよ、やめません!」総司はキッと歳三を睨み付けると、激しく腰を上下に振った。「あなたを誰にも渡さない、絶対に!」「止めろ、総司!」歳三はそう叫ぶと、総司を乱暴に突き飛ばした。「土方さん・・」「出て行け。」「土方さん、僕は・・」「出て行けって言ってるんだよ!」総司は悔しそうに唇を噛み締めながら、副長室から出て行った。「ざまぁみろと思ってるんでしょ?」「わたしは・・」「言っておくけど、土方さんは君には渡さないから。それだけは覚えておいてね。」総司は千尋を睨み付けると、彼に背を向けて去っていった。「副長・・」「放っておけ。それよりも、当分の間潜入捜査は中止するぞ。」「はい・・」「千尋、当分俺の傍を離れるな。」「え?」「山崎から先程報告を受けたが・・桂とお前の義兄は、知り合いらしいな?」「ええ。まさかバレてしまうのは思いもしませんでした。」「桂がお前のことを知っているというのは、こちら側にとっては何かと不都合だ。そこでだ、お前は新選組に潜入している間者を炙りだして欲しい。」「わかりました。」千尋は歳三に向かって頭を下げると、副長室から出て行った。「千尋、総司と何かあったのか?」自分の部屋へと戻ろうとした時、原田がそう言って千尋を見た。「いえ・・」「まぁ、あいつは嫉妬深いから、土方さんをお前に奪われちまうんじゃねぇのかと思って、焦ってるんだよ。」「わたくしは、そんなつもりは全くないのに・・」「余り気にするなよ。」「はい・・」その日の夜、千尋が部屋で寝ていると、誰かが部屋に入ってくる気配がした。誰だろうかと思いながらも千尋はそのまま目を瞑ったままでいると、不意に胸の上が重くなった。誰かが自分の上に乗っているような感覚がして、千尋がゆっくりと目を開けると、そこには自分に馬乗りになり、抜き身の脇差を握り締めている総司の姿があった。「許さない・・」血走った眼でそう言って千尋を睨みつけた総司は、彼のすぐ横に脇差を振り下ろした。にほんブログ村
2013年09月29日
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翌朝、歳三と千尋が祇園の茶屋を後にして西本願寺の屯所へと戻ると、原田達が二人の前にやって来た。「土方さんも隅に置けねぇなぁ。」「てめぇら、俺を怒らせたいのか?」「いや、別に。」「それよりも荻野の舞妓姿、サマになってるな。」千尋は藤堂平助にそう言われ、着替えを済ませていないことに気づいた。「それで、昨夜は何があったんだ?俺達に詳しく聞かせてくれよ?」「何もございませんでした。」「本当か?」「本当です!」歳三と一緒の部屋で寝たのは事実だが、原田達が考えているような疾しい事はしていない。「まぁ、土方さんに限ってそんな事はしないよな。」「だよな。土方さんは総司一筋だし。」「あの・・副長と沖田先生は、一体どのようなご関係で?」「一言じゃ簡単に説明できるような関係じゃないな。」「まぁ、総司と土方さんは、江戸に居た頃からの長い付き合いだからなぁ。土方さんにとっては、実の弟以上の存在なんだよ。」「実の弟以上の存在・・」原田の言葉を聞いた千尋は、総司と歳三の関係が深いものなのだと察した。「原田さん、どうしたんですか朝からそんなに嬉しそうな顔をして?」「そ、総司・・」「あ、荻野君も居たんだ。」そう言って総司は千尋にニッコリと笑ったが、目は全く笑っていなかった。「聞いたよ、山崎さんから昨夜の事。土方さんと一夜を過ごしたんだってね?」「わたしは・・」「どうしてそんなに怯えているの?僕は、君の事を何も責めてはいないよ?」総司はそう言うと、そっと千尋の肩に手を置いた。「沖田先生、昨夜副長は泥酔していらっしゃいました。」「そう・・あの人、何か考え事があると下戸の癖に酒を浴びるように飲んじゃうんことがあるんだよね。それで、君は泥酔した土方さんを介抱したの?」「ええ。」「本当に、それだけ?」「そうです。」「そう。だったらいいや。」総司はそう言って千尋の肩から手を退けると、急に興味を失ったかのように踵を返して自分の部屋へと戻って行った。「おっかねぇな・・」「ああ。あいつの目、見たかよ?かなりヤバかったぜ。」「わたしは、沖田先生を不快にさせてしまったのでしょうか?」「さぁな。まぁあの様子だと昨夜のことで怒ってはいないだろうよ。」「そうですか・・」「土方さんは色男だから、江戸に居た頃から散々浮名を流しててなぁ、土方さんに女の影があると、決まって総司は癇癪を起こしたもんだぜ。」「沖田先生が?」「一見温厚そうに見えても、あいつはかなり嫉妬深い性格なんだよ。だから荻野、くれぐれも総司には気をつけた方がいいぜ?」「わかりました・・」 原田達が去った後、千尋は溜息を吐きながら副長室へと向かった。「副長、失礼致します。」そう千尋が部屋の中に居る歳三に声を掛けた時、中からくぐもった呻き声が聞こえた。にほんブログ村
2013年09月28日
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「ねぇ、土方さんは?」「副長は、あちらに泊まるそうです。」「そう・・何かあったんだね、その様子だと。」総司はそう言って山崎を見ると、彼はバツの悪そうな顔をした。「土方さんの事だから、つい飲み過ぎて潰れちゃったんでしょう?」「まぁ、そんな事がありまして・・」「まさか、一人って訳じゃないでしょう?」総司はチラリと山崎を見ると、彼は総司から一歩後ずさった。「教えてよ、土方さんが今誰と一緒に居るのか?」「それは・・」根負けした山崎は、歳三が千尋と居ることを総司に白状してしまった。「そう・・荻野君なら大丈夫だよ。」「沖田さん・・」「僕が嫉妬していると思ってるの?大丈夫だよ、僕はそんなことで嫉妬するほどの人間じゃないから。」「そうですか・・では、わたしはこれで。」 山崎が部屋を出て行った途端、総司の顔から笑顔が消えた。(土方さん・・もしかして僕の事、嫌いになったの?) 一方祇園では、歳三と一泊する事になった千尋は溜息を吐きながら花簪と櫛を髪から抜き、だらりの帯を緩めた。「失礼しますぅ。」突然襖の外から女中の声が聞こえたので、千尋はビクリと身を震わせた。「何どすやろか?」「お水をお持ちしました。」「おおきに。そこへ置いといておくれやす。」「へぇ。」女中が水の入った湯呑みを部屋の外に置いて廊下から立ち去る気配を感じた千尋は、さっと襖を開けて湯呑みを手に取った。「副長、起きて下さい。」「何だよ、うるせぇな。」「お水です。」歳三は乱暴に千尋から湯呑みを受け取ると、水を一気に飲み干して再び横になった。「何故泥酔するまで飲んだのですか?」「お前ぇが長州の奴らに何かされるんじゃねぇかって思ったら落ち着かなくてよ・・つい飲み過ぎちまった。」「お願いですから、余り無茶はなさらないでください。」「何だよ、そりゃ。まるで口煩い女房のような口ぶりじゃねぇか?」「そんな・・わたしは・・」千尋はそう言って頬を赤く染めると、歳三はニヤニヤと笑いながら千尋を突然自分の方へと抱き寄せた。「何をなさいます!」「いいだろう、減るもんじゃねぇし。」「おやめください!」二人が揉み合っていると、襖が静かに開いて一人の女中が部屋に入って来た。「湯呑みを取りに来ました。」「わざわざ持って来てくださっておおきに。」「いいえ。ほな、失礼します。」女中はチラッと歳三と千尋を見ると、部屋から出て行った。(完全に誤解されたな・・)にほんブログ村
2013年09月28日
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「君は確か・・千尋君だったね?」「何故、わたくしの名を?」「君の義兄上様と親しいのだから、君を知らぬ訳がないだろう?」桂はそう言うと、少し小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。「君はどうして舞妓に化けてここに居るんだ?」「それは・・」「まぁいい。今回は見逃してあげるよ。」千尋が安堵の表情を浮かべながら桂を見ると、彼は何かを企んでいるかのような笑みを湛えていた。「君は、荻野家には戻らないの?」「ええ。わたくしは、もう家とは縁を切りました。わたくしは・・」「新選組とともに生きると?それが君の意志なのか?」「はい。」「本当に?」「どういう意味でしょうか?」「噂では君は、新撰組副長の小姓になったと聞いたよ。もしかして・・」「お言葉ですが、あなた様が疑うような関係ではありません。」「そう。まぁ君一人が頑張っても、我々も君達と同じような事をしているからね。」「そうですか。」歳三から、長州が新選組に間者を放っているという話を聞いた千尋は、さほど驚きはしなかった。「君も、我々の仲間に入らないか?」「お断りいたします。」「残念だな、君のような優秀な人材が敵側に居るとはね。」桂はそう言うと苦笑した。「先生、どちらに居られますか~?」「こんな所で無駄話をしている暇はないな。そろそろ行かなくては。」桂はそう言うと、千尋が髪に挿している櫛を見た。「その櫛、良く似合っているよ。」 数分後、千尋が歳三達の居る部屋へと再び入ると、歳三は苦しそうに呻きながらも一向に起きる気配がなかった。「まだお目覚めにならないのですか?」「まったく、どうしてこんなに飲んでしまわれたのか・・」山崎は溜息を吐きながら、歳三を揺り起こすと、漸く彼はゆっくりと目を開けた。「山崎・・」「副長、帰りますよ。」「くそ、頭が痛てぇ・・」歳三がそう言って起き上がろうとした時、後頭部を金槌で殴打されたかのような激痛が走った。「申し訳ないが荻野君、今夜は副長とここで泊まってくれないか?」「え・・」「置屋と店には、わたしが事情を説明する。宜しく頼むよ。」「はぁ・・」唖然とする千尋を部屋に残して、山崎はさっさと店から出て行ってしまった。(これからどうしようか・・) 店の者に布団を敷いて貰ったのはいいものの、これからどうすればいいのか千尋は解らなかった。歳三は再びいびきをかいて寝てしまっていた。にほんブログ村
2013年09月28日
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「まだ桂は現れておりません。」「そうか。くれぐれも正体を見破られぬようにしろよ。」「わかりました。」 長州藩士達が集まる次の間に控えている歳三は、そう言うと部屋に入って来た千尋を見た。「では、わたくしはこれで。」「ああ・・」「副長、そんなに心配なさらなくても、荻野君なら大丈夫ですよ。」歳三の隣で酒を飲んでいた山崎がそう言って彼を見ると、彼は少し険しい顔をしていた。「そんなこたぁ、言わなくてもわかってる・・」「何故、そんな顔をしているのですか?まるで、おつかいに行かせた子どもの帰りを待っているかのような母親のような顔をしていますよ?」「うるせぇ!」羞恥で歳三は顔を赤く染めると、猪口に酒を零れんばかりに注いでそれを一気に飲み干した。「桂先生がお見えになったぞ!」 一方、千尋が潜入している部屋に、漸く桂小五郎が入って来た。「みんな、久しぶりだね?」「桂先生、ご無事でよかった!」「君達も・・」桂はそう言うと、藩士達から千尋へと視線を移した。もしかして正体が見破られたのかと思い、千尋は身がまえたが、桂はふっと彼に微笑んで千尋の手を握った。「君は?」「六花(りっか)と申します・・」「そうか、美しい名だ。」「六花、桂先生に舞を見せよし。」「へぇ。」 三味線の伴奏とともに、千尋は桂の前で舞を披露した。「素晴らしかったよ。」「桂先生、兵器の調達は・・」「順調だ。長崎のグラバーから最新式の銃を購入した。」「そうですか。では幕府軍に攻められても大丈夫ですね!」「そうだね。しかし、油断は禁物だ。この会話を敵方の人間が何処かで聞いているかもしれないから、気をつけないとね。」桂はそう言うと、チラリと千尋の方を見た。「ほな、うちらはこれでお暇させて貰います。」「六花、行くえ。」「へぇ・・」雪千代達とともに部屋から出た千尋は、雪千代に厠に行くと断ってから歳三達が居る部屋へと向かった。「副長、山崎さん、失礼致します。」そう言って千尋が襖を開けると、そこには泥酔した歳三が畳の上に大の字になって寝ころんでいびきをかいていた。「一体これは・・」「副長は酒が弱いのに、先程から浴びるように飲んでしまって・・困ったものです。」「誰か店の者を呼んで来ます。」千尋が部屋を出て店の者を呼びに廊下を歩いていると、誰かが急に自分の袖を掴んで来た。「何をなさるんですか!?」「やはり、さっきから怪しいと思っていたが・・やっぱりな。」頭上から冷たい声が聞こえたので千尋が俯いていた顔を上げると、そこには冷たい目で自分を睨んでいる桂が立っていた。にほんブログ村
2013年09月28日
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「おい六花、こっちへ来い。」「へぇ・・」長身の藩士が、そう言って千尋を手招きした。彼は初めて見る顔だった。「可愛いなぁ。」「六花ちゃん、せっかくの機会やさかい、舞を披露してあげよし。」「へぇ、お姉さん。」雪千代に助け船を出された千尋は、彼女に黙礼すると屏風の前に立った。やがて三味線を小雪が奏で、千尋は舞扇を取り出して舞い始めた。「ほう、見事な舞だな。」「雪千代、あの舞妓ははじめて見る顔だが、本当に舞妓なのか?」「へぇ、そうどす。あの子は和歌や茶道にも通じてますさかいに、皆さんを飽きさせはしまへんえ。」「そうか。頼もしい妹舞妓が出来て嬉しかろう。」「おおきに。」雪千代はそう言うと、藩士に愛想笑いを浮かべた。 千尋が宴席へと戻ると、丁度廊下から誰かが入って来る気配がした。「おう、西田、来たか。」桂小五郎ではない事に内心落胆した千尋は、新しく入ってきた藩士の顔を見た。余り見覚えのない顔だった。「渡辺さんは、まだ来てないか?」「ああ。まだあの人は、萩に居るらしい。」「そうか・・いつ戻られるのか、聞いていないか?」「もうじき、文が届く筈なんだが・・どうしたものかな。」西田と藩士の会話に耳を傾けながら、千尋は客に酌をした。「六花、国はどこなんだ?」「さぁ、わかりまへん。うち、捨て子どしたさかい。」「そうか、それは不憫だったな。」酒に酔った赤ら顔の藩士は、千尋の言葉を聞くといかにも彼に同情しているといったような口調で言うと、彼の肩を抱いた。「でも京に来て、おかあさんやお姉さんたちに可愛がってもろうて、うちは幸せどす。」平気で嘘を吐いたが、相手は全くその事に気づかない様子で、嬉しそうに相槌を打っていた。相手が油断している隙に、情報を引き出そうと考えた千尋は、彼に微笑みながらこう言った。「なぁ、渡辺はんって、どないなお方なん?」「あの人は攘夷派の公家でなぁ、以前は三条さんと親しくしてたんだが、二年前の政変で三条さんが京落ちしてからは袂を分かったらしい。それよりも、また新選組が長州への監視を厳しくさせてるとか・・」「そうらしいどす。お姉さんたちから聞いたんやけど、最近我が物顔で祇園界隈にまで壬生狼が巡察に来てはるそうどす。迷惑でかなんわぁ。」藩士の口から新選組の名が出たので、千尋は彼らを嫌っている素振りをしながら、藩士の猪口に酒を注いだ。「あやつら、会津の後ろ盾があるからと威張り散らしおって。最近では西洋式の軍事教練を取り入れているとか・・」「へぇ、そないなものに手をつけはるやなんて・・また京で暴れるつもりなんやろか?」「さぁな。それよりも、近々幕府が長州征伐を考えている事の方が我々にとっては脅威だ。何が何でも幕府は我々を賊軍としたいらしい。」男は酒を飲んで上機嫌になり、長州征伐に向けて長州藩が武器・弾薬を集めている事、またそれらがアメリカの内戦で使われた最新式の銃であることを千尋に話してくれた。「今夜はいささか飲み過ぎたな。」「横になった方がいいんと違いますか?」「そうしよう。」男は座布団を枕代わりにして、ごろんと横になった。 厠へと立つ振りをして、千尋は一旦座敷から出ることにした。にほんブログ村
2013年09月20日
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その夜、千尋は“よしの”の舞妓として、長州藩士達が出席する会合に潜入する事となった。「六花(りっか)、早う歩きよし!」「すいまへん、お姉さん・・」履きなれぬ“おこぼ”で凍った路面を四苦八苦して歩く千尋に、すかさず小雪が罵声を浴びせ、足早に彼の前から立ち去ってしまった。小雪の物言いに少し腹が立った千尋だったが、今ここでもめ事を起こしたら潜入調査が台無しになってしまう。千尋は凍った路面を何とか歩きながら、茶屋の前まで来た。「えらいゆっくりやったなぁ、六花?」既に小雪は茶屋の中に入った後だったらしく、姿が見えなかった。その代わりに、芸妓の雪千代が千尋に話しかけてきた。「すいまへん、余り・・」「うちらかて舞妓の時、おこぼで歩くんは苦労したえ。慣れれば大丈夫やし。」雪千代はにっこりと笑うと、千尋の肩を励ますかのように優しく叩いた。「まったく、遅いやないの!」「すいまへん、お姉さん。」「そう謝られてもなぁ、うちは気が利かん妹舞妓押し付けられて迷惑してるんよ!」雪千代とともに茶屋の中へと入った千尋に、小雪はそんな言葉を浴びせて渋面を浮かべた。「小雪、あんた偉そうに六花を叱ってるけど、あんたかて昔は六花のように他のお姉さん達に叱られてたん、もう忘れたんか?」「それは昔のことどす。今は違います!」「いい加減にしなはれ!」雪千代が厳しい声で小雪を窘(たしな)めると、彼女はまるで雪千代に平手で頬を打たれたかのように大人しくなった。「お客様が居てはる前で、妹舞妓を怒鳴りつけるんが姉さん舞妓の仕事なんか?妹舞妓に対して仕事を丁寧に教えるんが、あんたの仕事やろ?」「すいまへん、うちが間違ってました。」「謝る相手はうちと違うやろ。六花に謝りよし。」「きついこと言うてしもうた、堪忍え。」小雪は、“お前の所為で恥を掻かされた”と言うように千尋を睨みつけて彼に頭を下げると、座敷へと案内する女中の後をついていってしまった。「ほんまにあの子は悪い子やないのやけど・・どうも自分が主役でないと気が済まん性格なんよ。堪忍え。」「いいえ、わたくしが小雪さんの気に障るようなことをしてしまったから、悪いのです。」「あの子はうちが後で厳しく叱っておくわ。ほな、行こうか?」「へぇ。」 長州藩士達が集まる部屋の中からは、酒を飲み騒いでいる男達の声が聞こえ、千尋は緊張した面持ちで襖の前で腰を下ろした。「こんばんわぁ~、雪千代どすぅ。」「雪千代か、入れ!」「ほな、失礼します。」雪千代がゆっくりと襖を開けると、そこには20人ほどの男達が赤ら顔で彼女と千尋を見つめていた。「この子は、今夜店だしした六花といいます。どうぞ宜しゅうに。」(長州藩士達は、まだ京に残っていたのか・・)千尋が彼らを観察しようとすると、雪千代が肘で彼の脇腹をそっと突いた。「早う挨拶しおし。」「六花と申します。宜しゅうお頼申します。」「六花というのか?二人とも、こっちに来て酌をしろ!」「へぇ。」千尋は雪千代ととともに、部屋の中へと入っていった。偵察はいくらでもできる。正体を決して見破られないように気を配らなければならない。にほんブログ村
2013年09月20日
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歳三に連れられ、千尋は祇園の置屋“よしの”の暖簾をくぐった。「土方はんどすか。お話は会津さんから聞いております。どうぞ宜しゅうお頼申します。」“よしの”の女将・しずはそう言うと、二人に頭を下げた。「お初にお目にかかります、荻野千尋と申します。暫くこちらにお世話になりますので、なにとぞよろしくお願い致します。」「まぁ、まるで美人画から抜け出てきたような方どすなぁ。さ、奥へどうぞ。」二人が女将の部屋がある奥へと進むと、襖を開けて彼らの様子を覗いていた一人の舞妓が彼らの視線に気づき、慌てて襖を閉めた。「まったく、無粋な子やわ。勘忍しておくれやす、後できつく言い聞かせますさかいに。」「いえ、お気になさらず。それよりも、荻野に舞妓は務まりますでしょうか?」「確か荻野はんは、和歌や茶道にも精通してはるんどしたな?」「はい。」「そやったら、何も心配する事はありまへん。もうそろそろお座敷の時間どすさかい、お支度を。」「はい。」 歳三と別れ、千尋は女将とともに支度部屋へと入った。そこには、数人の芸妓達が支度をしている最中だった。「みんな、今夜からここでお世話になる千尋ちゃんや。仲良うするんえ。」「へぇ、おかあさん。」鏡台の前に座った千尋は、結っていた髪を解くと、彼の近くに居た芸妓が嘆息を漏らした。「いやぁ、綺麗な髪をしてはるわ。」「ほんまや、肌も肌理が細こうて羨ましいわぁ。」「あんたら、口を動かさんと手を動かしなはれ!」「すいまへん。」女将に一喝され、芸妓達はそそくさと自分達の席に戻ったが、ちらちらと横目で千尋を時折見ていた。「全く、落ち着きがない子らや。勘忍しておくれやす。」「いえ・・それよりも、わたくしに舞妓が務まるかどうか不安で仕方がありません。」「何言うてはりますの、荻野はんやったらよう務まります。せやから、余り気張らんでもよろし。」「はい・・」「さぁ、出来ましたえ。」鏡台を再び千尋が見ると、そこには白粉で彩られ、割れしのぶを結った一人の舞妓が首を傾げていた。「今から男衆を呼んで来ますさかい、少し待っておくれやす。」「わかりました。」しずが出て行った後、千尋は暫く鏡台で自分の顔を見つめていた。化粧でこんなに変わるものなのかーそう思いながら千尋がそっと頬を触ろうとした時、支度部屋に誰かが入って来た。「あんたが、表でおかあさんと話してはった方?」「はい、そうですが・・あなたは?」千尋が振り向くと、そこには少し吊り目気味の舞妓が彼を品定めするかのような目つきで彼を見ながら立っていた。「うちは小雪といいます。さっきおねえはん達があんたのこと美人画から抜け出てきたような美人やぁって言うってはったから、どないな顔をしてはるかここに見に来たんえ。」初対面であるにもかかわらず、小雪と名乗った舞妓の口調はどこか刺々しく、千尋に対して敵意を抱いているように見えた。「それで、わたくしに何かご用でしょうか?」「あんた、和歌や茶道が出来るからって、あんまり威張らんとき。まぁ、せいぜいお気張りやす。」小雪はそう言うと、さっと支度部屋から出て行った。にほんブログ村
2013年09月20日
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「渡辺義久は、祇園の茶屋で会合を開いているという噂を聞いたことがございます。そこでは、桂小五郎も参加しているとか。」「何としても、その会合に潜り込みたいところだが、難しいだろうな。」「一度隊士を女装させて会合場所である茶屋に潜り込ませましたが、詳しい話は聞けませんでした。」「そうか。土方、今宵そなたの小姓をわたし達に紹介したのは、何か策があるのであろう?」「ええ。実は、荻野を茶屋に潜り込ませようと思いまして。」そう言った歳三の目が、きらりと光った。「そうか。では聞くとしよう。」容保は、歳三の前に身を乗り出した。「それでは・・」 歳三と容保が長州の動きを探る為の策を話し合っている頃、千尋と修理が談笑していた。「神保様は、ご結婚は?」「2年前に。国で、わたしの帰りを待っております。」「そうでございますか。奥方様にはよくお文を送られるのですか?」「忙しくてなかなかできません。妻には寂しい思いをさせているかと思うと、後ろめたくて。」「それならば、早う文を書かれませ。」「そう致します。」修理はそう言うと、はにかむように笑った。「荻野殿は?」「わたくしはまだまだ未熟者です。それに、家督が兄が継いでおりますゆえ、結婚などせずとも良いのです。」「そうですか。荻野殿、その髪と瞳の色から察するに、もしや異人との混血でおられますか?」「さぁ・・実は、わたくしは捨て子なのです。実の親は、存じ上げません。」「そうですか・・申し訳ございません、そちらのお気持ちも考えずに。」「いいえ。それよりも神保様、男に櫛を贈るというのは、一体どういう意味なのでしょうか?」櫛を意中の相手に贈るというのは、求婚の意味を持つ。歳三には江戸に許婚の女性が居ると総司から聞いたのだが、彼はその女性ではなく、自分に櫛を贈った。それがどういう意味なのか、千尋はわからずにいるのだった。千尋にそんな問いを投げかけられ、修理は眉間に皺を寄せ、低い声で唸っていた。「それは、わたしにもわかりかねます・・」「そうでございますか。申し訳ございません、変な事を聞いてしまって。」千尋はそう言って頭を下げた時、歳三が彼を呼んだ。「荻野、こっちに来い。」「はい。それでは神保殿、失礼致します。」修理に頭を下げると、千尋は歳三達の元へと向かった。「何でしょうか?」「実はだな、お前に頼みたい事があるんだ。」「頼みたい事とは、何でしょう?」「祇園の茶屋で長州の奴らが会合を頻繁に開いているという噂を聞いたんだ。そこで、お前に舞妓としてその会合に潜入して欲しい。」「舞妓、としてですか?女中としてではなく?」「ああ。俺達に協力をしてくれる祇園の置屋とはもう話がついている。やってくれるな?」「はい、わかりました。やらせていただきます。」千尋はそう言うと、歳三と容保に向かって頭を下げた。「何故、わたくしが?」「お前ぇは渡辺と顔見知りだ。潜入するなら怪しまれないと思ってな。」「そうですか。では、抜かりのないよう、務めさせていただきます。」「頼んだぞ。」歳三は千尋を励ますかのように、彼の肩を叩いた。にほんブログ村
2013年09月20日
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(この方が、松平肥後守様・・)千尋は自分の前に座っている切れ長の目をした男を暫く見ていた。歳三にもひけをとらぬ程の美青年は、じろりと千尋を見ると口を開いた。「そちらの者は?」「こちらはわたくしの部下の、荻野千尋でございます。」歳三はそう言うと、肘で千尋の脇腹を突いた。「申し訳ございませぬ、お初にお目にかかります、荻野と申します。」慌てて千尋が頭を垂れると、会津藩主・松平容保は少し呆れたかのような溜息を吐いた。「ほう、そちが噂の小姓か?よく出来た者だと言われておるが、そうではないらしいな。」挨拶をしなかったことを遠回しに責めているのだと千尋は気づき、慌ててこう言った。「申し訳ございませぬ、余りにも肥後守様が凛々しいお方だと思われましたので、つい見惚れてしまいました。」「ほう、そうか。」千尋のあからさまなおべっかに対して、容保は少し気を良くしたようで、猪口に酒を注いだ。「二人とも、部屋に上がるがよい。今宵は冷えるゆえ、いつまでも廊下に座っていては寒かろう。」「では、お言葉に甘えて・・」歳三と千尋が部屋に入ると、隅の方では一人の青年が控えていた。「そなたらに紹介しよう。この者は軍事奉行行添役の、神保修理(じんぽしゅり)という。神保、この者どもは新選組副長の土方と、その小姓の荻野だ。」「お初にお目にかかります、神保様。なにとぞ宜しゅうお願い致します。」そう言って挨拶する千尋を、修理はじっと見つめていた。「何か、わたくしの顔についておりますでしょうか?」「新選組の土方副長が急に男色に走ったという噂が藩内に広まりましたが、荻野殿のお顔をこうして拝見する限り、そういった噂を立てられるのも無理はないなと思いまして・・」「おや、そうでございますか。何処にでも噂好きのお方がおられるのですね。」千尋は修理の言葉に朗らかな笑みを返しながらそう言うと、彼の猪口に酒を注いだ。「どうぞ、おひとつ。」「これはかたじけない。」修理と千尋が楽しそうに話している様子を見ながら、歳三は酒を飲んだ。「どうした土方、そちのような者が悋気を起こすとは、情けない。」「悋気など、起こしておりません。」容保にそう言われ、つい反論してしまった歳三を、彼は鼻で笑った。「そうムキになるでない。それよりも今宵そなたらを呼んだのは、色恋のことを話す為ではない。」「と、申しますと?」「最近、長州の残党どもが妙な動きを見せておる。」「桂小五郎が京に戻ってきたという噂を耳にしましたが、それはまことなのでしょうか?」「それはない。近々幕府は長州征伐を考えておる故、桂はその準備に追われて居るころだろう。桂が京に居らぬ間、別の者が何かを企んでいることだろう。」「別の者・・」歳三の脳裡に、自分を襲ってきた渡辺義久の顔が浮かんだ。彼が一体何を企んでいるのかはわからないが、一度彼と剣を交えた時に、歳三は彼がよからぬことを考えていることに気づいた。「その者の名は、ここで言わずともわかるだろう。」歳三が俯いていた顔を上げると、容保は険しい表情を浮かべていた。にほんブログ村
2013年09月20日
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