1950年最年少の19歳で米国に留学した比嘉幹郎氏は、ニューメキシコ大学やカリフォルニア州立大学で学んだ。バークレー校のスカラピーノ(Robert A. Scalapino)教授の下で博士論文を書き、それが65年に『沖縄―政党と政治』(中央公論新書)として出版された。上記の論説を執筆した当時は久場氏と同じく琉球大学教授であったが、その後、79年から西銘県政の副知事を務め、さらには沖縄振興開発金融公庫副理事長を経て現在はブセナリゾート(株)社長である。「私は米国留学で民主主義と自立的・効率的な生き方を学んだ」と語っている(20)。 沖縄の米軍は、無制約の基地を維持するために、絶対的な施政権まで掌握していた。しかし住民の盛り上がる自治闘争に直面して、この軍事優先策のためには施政権を日本へ返還するのが得策だと判断したのである。だが間近に迫る沖縄の施政権返還に伴って、これから沖縄の自治権の問題が浮彫りになる。なぜなら日本では敗戦直後、米占領軍が意図したように伝統的な中央集権体制が排除され地方自治が確立されなかったからである。そして次のように述べている(21)。