沖縄自治研究会

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第5回講座 下



 「北京の蝶々」とは、北京で1羽の蝶々が羽ばたいたら、あ、きれいだわ、2羽が4羽、4羽が8羽、あっという間に世界中を席巻してニューヨークで暴風、ハリケーンが起きたという何の因果関係もない複雑系の理論の話でございます。ノーベル化学賞をもらわれたイリヤ・プリゴジンという有名な化学者がいます。複雑系の理論、北京の蝶々の例え話は大変難しい理論ではありますが、そのイリヤ・プリゴジンが発表した論文の中でこのように書いています。「ある生態系に異質分子が入ったときに、その生態系がすごく強くて、異質分子が弱ければ、異質分子はすぐ駆逐される。しかし、異質分子がものすごいスピードで、ある生態系にどんと入ったとたんに、その生態系は新しい文法によって支配される。」これが複雑系の理論です。きょう、私という北京の蝶々がどんと入って、新しい文法によって沖縄が支配されたらいいかなと思っているわけでございます。そのまま所与の条件の中で、予定調和の中でこんなものだという、そういう社会は、変化が起こらないということです。したがって、外から刺激が与えられ、その刺激に内発的に理解者が増えた組織、地域こそが栄えるというそういう理論でございます。
 異質分子がいい影響をどんと与えて、そこで新しい体制が生まれ変わってくるということが実はとても大切なことです。北京で蝶々が1羽はばたいて、何でニューヨークでハリケーンが、ということは全く因果関係がないということですが、何年か経ってハリケーンが起きたニューヨークから順番にたどっていったら、あ、そうか、あのときの北京で1羽の蝶々が羽ばたいたからいったんだねということを検討するということです。今から10年ぐらい経ったときに、あ、そうか、沖縄は変わったのはあのときの自治研究会で北京の蝶々がぱっと舞った、私がぱっと舞ったらここにいる皆さん方が200匹の蝶々にぱっとなった。1人が10人になり、2,000羽になった。あっという間に日本を変えるということぐらいは、簡単なことだと思います。北京の蝶々に孵化していただいて、そしてここから大いに発展していくという内発的な改革のきっかけになればなとそのように思います。

 北京の蝶々は揺らぎを与えるきっかけ、気づきの道具だというように思っていただいて結構かと思います。私が8年間、三重県知事として心がけてきたことは、当時、三重県庁の職員は6,000人ぐらいでありましたが、6,000人の職員の皆さんに気づいていただくためにいろんな仕掛けするということでした。県の職員はこんなものだという思い込みを打破するために、頭の中を揺るがすためにいっぱい仕掛けをしたのです。そして6,000匹の蝶々が羽ばたいてくれれば、北川正恭という一羽の蝶々がどれだけ羽ばたいても、一羽は一羽ですが、6,000羽の県の職員が全部自立的に、内発的にぱっと飛び出してくれたら、6,000馬力ですから三重県はあっという間に日本一になる。それは簡単なことだと思いました。そして、その次に心がけたことは、三重県には186万もの県民の方がいらっしゃいますが、186万羽の蝶々を飛ばすことです。三重県の進展は県庁がやるわけでは全くありません。三重県民のレベルをして変えるわけですから、県民の皆さん方が本当に目覚めていただいて、自分たちの県は自分たちで全部解決するということにしなければなりません。先送りしないで、決意されたらあっという間に三重県は日本一どころか世界一になりますねということを、県民の方に問いかけたということでございまして、186万羽の蝶々が飛ぶ仕掛けをつくることが行政の仕事であって、補助金分配業や許認可販売業であっては断じてなりません。皆さんが全員羽ばたいてくれたら今年も流行語大賞をとれます。それは沖縄県のおかげだということになると思っているところでございます。

 予定調和、きちんとこうなるだろうという想定、あるいは行政用語では所与の条件ということがあります。与えられた条件の中で、現在のこういう条件の中で考えるということでございますから、こういうことを壊さない限り新しい時代は生まれないということになるという話に移していきたいと思います。では、予定調和というのはどういうことかというと、いろいろな点があります。現在、日本の国は中央集権です。中央集権を前提にして地方自治は成り立っております。中央集権が続く限り、東京一極集中であって、東京栄えて沖縄は栄えることは100%ありません。よって沖縄は廃れているでしょう。日本中全部廃れています。モノが不足した時代とか、未成熟な時代には、中央にすべて、人、モノ、金を集めてやることは効果があり、高度経済成長をとげることができました。よかれと思ってやり続けましたが、モノが充足して、振り返ってみると、今栄えているのは東京だけであります。北海道、沖縄をはじめ全国的に全部だめですから、この矛盾をどう解決するかといったら、今までの所与の条件の中で考えていてはとてもできませんから、仕組みまで変えていかなければいけません。沖縄が再活性化し、沖縄は素晴らしい地域だといわれるには、地方分権しかありません。そこの点に集中して抜本的に体質改善しなければならないのです。補助金をいただくこと、補助金を上げることは予定調和の中でやっているわけで、向こうの都合でもらえるだけです。すなわち予定調和ということは計画された流れの中で動くわけですから、イノベーションが起こるわけはないのであります。政治、行政は管理というアドミニストレーションという言葉で表される仕組みの中で動いてきました。行政は前例主義、法令主義ということになって、変わらぬことをもってよしとしたわけでございます。予定調和というのはそういうことになります。これまでは、異質分子が入っていなかったのです。異質分子が入り始めたのは何かといえば、みなさんの努力によって、モノが充足し始めたからであります。今まではモノが不足していたからこそ、中央集権は機能したし、行政も管理ということでうまくいきました。それが1945年から1985年ぐらいまで続きました。

 戦後40年、一つの節目だったと思いますが、アメリカのプラザホテルで、プラザ合意というのがなされたのが1985年でございました。今の安全保障理事国により、世界の国連がどう動いているかはご承知をいただくとおり、戦勝国側の論理であります。日本はその中でほとんど権利はありません。ヤルタ体制の中で戦勝国側が1945年以来、世界をリードしてきたことはご承知をいただくとおりでございます。しかし、人間というのはそういう仕組みだけではなかなかいかずに、臥薪嘗胆、国が一致してがんばったら変わるところがありました。あの戦争は武力で負けた。だとしたら、「我々は経済でがんばろう」、「戦争で亡くなった兄貴の子供だけは弟の私がなんとしても一人前にしよう」ということになり、親の世代のがんばりによって見事に日本の復興はなされていくわけでございます。

 40年経ってみたら戦勝国側がつくった経済の論理が破綻して、とうとうアメリカ、イギリス、フランスが日本とドイツに負けました。当時は、1ドル240円ぐらいになっていましたが、240円ではだめですねというので、円・ドルレートが変わって、一気に80円まで進みました。すなわちモノが不足していた時代から、モノが充足した時代へとなるときに、そこで転換をするわけでございます。モノが充足をしてまいりますと、実は、供給側が弱くなるということに気がつかなければいけません。モノが不足しているときはつくるほうが強いのです。需要がいくらでもありますから、安い品物をどれだけでも買うという市場があったわけです。だから、僕たちの子どものときの憧れは、白いいい車、あるいは電化製品では冷蔵庫やクーラーでした。だから松下幸之助さんは、「水道の蛇口論」というのを唱えられて、松下ナショナルのミッションは、いい品を安く大量につくることだということで、戦後の日本をリードして、水道の蛇口からどんどん水を安く出してやろうということになったのです。すなわち、日本の国も産業界と結託をして、生産優先をやったのです。そして、トヨタも、ホンダも、日産も、あるいはナショナルも日立も、圧倒的な大企業になったでしょう。あれは、輸出奨励金に代表されるように生産側のほうを政府が味方したからです。それでみんな豊かになったのです。

 1985年になってアメリカもびっくりするように日本が豊かになったらどう変わったかといったら、どんなにいいものでも、売ってあげようという商品は売れなくなったのです。買いたいという商品しか売れなくなりました。すなわち、モノが全部豊かになってきたら、今度は消費する側、ディマンドサイドで需要の側のほうが強くなったわけです。だからそこで初めて経営論が変わって、カスタマー・サティスファクション、顧客満足というのが盛んに言われるようになりました。このように経済界が変わってきて、顧客第一主義、カスタマー・ファーストという経済理論が勝ちはじめて、そのカスタマー・サティスファクションをやりきった企業が勝ち組になって、その代表がトヨタやキャノンになってきたというのは事実であります。ところが、地方を見てみると、いまだにお客さんの発想です。国から補助金を取る団体をいっぱいつくっているでしょう。三重県でも、県庁を取り巻く団体が3,000ぐらいあります。農協、漁協、医師会、建設業協会、商工会議所、労働組合、各種団体といっぱいあるでしょう。自分たち非効率な団体つくっておいて、金をよこせと言います。これが戦後の民主主義であって、政治、行政はそういうものだとみんな思ってきたから団体をつくったのでしょう。そして知事の選挙になったら政治資金出しますよ、応援しますよといってたくさんやって来て、団体が大きければ多いほどといいということになりました。それが選挙だとみんな思いましたし、民主主義だと思ってきました。経済産業省が農林水産省の関係団体の応援をしたことが1回でもあったら教えてください。ありません。経済産業省は、農林水産省とか文部科学省所属の団体を徹底的に叩き潰すことが仕事だったのです。文部科学省が農林水産省の味方したことは1回もありません。農林水産省が厚生労働省の応援したことも1回もないでしょう。モノが不足していましたから、個別利益の最大化を図って生産優先をやった結果、各省と業界団体があらゆる規制をつくって、懸命に日本はがんばってきたのでしょう。そのために豊かになったから、その当時は非常によかったのです。そのパラダイムはすごく効果的だったと思います。だからモノがいっぱいなったら、今度は、カスタマー・ファースト、トヨタやキャノンが変わったように、政治も行政も変わらなければいけません。まだ変わりきれていないというところに今日の日本の閉塞感があると私はみています。「タックス・イーター」、日本語にすれば「税を食べる人」、いわゆる各種団体をつくられて税をどうやって山分けしようと考えてきた人たちが、行政のパートナーになってきたわけです。農林水産の仕事するときには農協とか漁協に相談するわけで、消費者とは今まで相談されなかったということでしょう。厚生労働省が川田さんというHIV患者に病気になったから、僕を何とかしてくださいよと言われたときに、厚生労働省はどうしましたか。5カ年門前払いです。そのときに製薬会社の社長や医師会とは何していましたか。毎晩、何をしていたかはだれでも知っているでしょう。すなわち生産優先をして、本当の納税者、本当の国民生活者は徹底的に排除されたのです。米がまずいといって県民が騒いだときに、県庁は一体何をしましたか。消費者団体に対して冷たくなかったですか。結果、タックス・イーターを相手に、政府ができあがり、各省庁ができました。このことをパターナリズムといいます。パトロンとクライアントの関係です。パトロンが庇護するということになります。クライアントは依存するということになります。「よらしむべし、しらしむべからず」です。「権力には寄ってらっしゃいよ、でも世間にばれたらいけないから、情報非公開ですよ」という文化が日本の政治、行政の文化だったということはみんな同じです。この沖縄も例外なくそうです。そこから脱皮しきれていないからこそ閉塞感が満ちてしまったということになりますから、予定調和の中央集権から、地方分権で自ら変わる、情報非公開が情報公開に変わらない限り、沖縄に明日はないというのは自明の理になるという基本的な考え方を申し上げています。そこに至るまでの過程では、いろいろなことあるでしょうけれども、そういうふうに考えたときに、タックス・イーターの立場に立つ政治行政からタックス・ペイヤー、税を支払う人の立場に立って政治、行政改革がなされていかない限り、「官僚の官僚による官僚のための行政改革」になるだけですが、これは1回も成功したためしはありません。私も30年政治の世界にいましたから、我が身を反省してみると、「政治家の政治家による政治家のための政治改革」は何回もありましたが、これも成功したためしは1回もありません。よって、行政改革は、県ならば県民の皆様のための改革、タックス・ぺイヤーのための改革でなければいけませんし、政治改革も「国民のための、県民のための、市民のための改革」でなければ、政治家がいくら改革しても、いいためしはないということはご承知をいただくとおりであります。タックス・ペイヤーが中心になった行政改革がされていかないと、本当に地方はこのままいったら死んでしまう、あるいはもうすでに死んでいると申し上げてもいいかも分かりませんが、そういう状況になってきていると思います。

 政治行政の大きな間違いは、納税者という意味の言葉が日本にできたからかも分かりません。税を納めるということです。このコップはなかなかいいね、色もいい、形もいいから100円で買おうかということですから、私がこのコップを買うときは、後銭で買うことになります。これがいいから100円と、こういうことですね。これが市場の話です。政治行政は違います。黙って100円先に下さいと言います。「100円払わなければ捕まえますよ」というのが税金です。だから圧倒的に強い権利を政治行政はもっているということを自覚しておかなければいけません。ところが、一つの体制が長く続いてしまうと、納めない人が悪いとなるわけです。だから税金を取るということになります。だから言葉としては、英語のほうが正しいです。タックス・ペイ、支払うということです。支払うということは、この価値が100円以上にあると思うから100円支払うのです。「納める」のではありません。嫌だったら納める必要ないのです。嫌だったら買わなければいいのです。だから選択制がもたらされるという前提で、行政はたえず心してやらなければ、そこにイノベーションですとか、最少の費用で最大の効果をという民間の皆さんの努力は生まれてきません。こういうことを本当に考えて、タックス・ペイヤーの立場で行政改革をしなければなりません。所与の条件の中で、タックス・イーターがパートナーで、その人たちと相談して、その人たちにアカウンタビリティー説明責任を果たすということではなく、タックス・ペイヤー、税を納める県民、市民の方にきちんと説明責任が果たせる行政に変えなければいけません。

 中央と地方の関係でいえば、今まで、市町村や県は、国に対して説明責任を果たしてきました。あの市長は、公民館建てるときに文部科学省からも厚生労働省からもがんばって補助金を取ってきたのでいい市長ということになります。立派な公民館が建ったけれども、補助金は2カ所からもらいましたから、この入り口のほうは文部科学省の予算、こっちの入り口は厚生労働省の予算というような事例がいっぱいあるでしょう。補助金の体制がそうだから、文部科学省と厚生労働省に説明を果たさなければいけないから2箇所に入り口ができたのです。一軒の家なら一つの入り口で済むわけですから、もしその二つが一つなくなったら、700兆円の借金はしなくてよかったということをみんなが自覚し始めなければいけません。タックス・ペイヤー、税を納めた皆さんに説明するのではなく、国に対して説明しますから、道路予算をみても分かりますが、車がたくさん通るところは4車線いるでしょうが、田舎では道路を1.5車線にしたらどうでしょうと言っても、構造令があって国の補助金はこういう基準で4車線にしなければおりてこないからということで、無理につくってきたのです。予定調和や所与の条件の中で、県も市町村もみんな縛られ、そして700兆円の借金をつくりました。こういうことになりますから、ここを変えていくためには、公民館の入り口はだれが考えても一つでなければおかしいでしょう。「一つにしましょうよ」というのが自治です。自分たちの負担に対して、適切な受益効果があったということになったときには、パラレル、いわれる身の丈にあった借金のない、そして立派な行政ができるのです。これからの政治、行政改革は、こういうことでなければいけないのに、いまだに国に補助金をいっぱいもらってくることが仕事と思っている行政体に明日はないことは確実なことであります。

 自らが自立をして、そして子どもを鍛えなければなりません。子どもが勉強しないからというので、机を与え、個室を与え、小遣いもいっぱいやり、そして甘やかして、その子どもが育ったためしがありますか。場合によっては千尋の谷に突き落とし、場合によっては厳しく躾ける。場合によっては叱り飛ばし、こういうことがなければ子どもは育ちません。国に一生懸命陳情に行った県庁の職員、市役所の職員が出世するのはなぜか。それは、中央官庁に沖縄の名物を持っていって、ものをとってくる、そういう職員が出世しただけです。「北川さん、もっと出世した人もいますよ」ということも聞きます。県庁の職員が東京へ行ったときに、局長を赤坂か新橋に接待できる、官官接待の上手な人はもっと出世します。それは当たっているかもしれませんが、そんなことで本当に明日はありますかということを問いたいのです。こういうことをだれかが真剣に問うていかなければなりません。地方自治体の職員で政策立案し、真剣に提案した人は、余計なことをするなということになります。一生懸命国に通いに行けということです。国の予算をとってくることだということですが、これは全く違います。すなわち国の仕組みをどう考えるかという枠組みのことを考えなければいけないのにもかかわらず、まだまだ現在の状態で少しでも何とかというのは分からなくはありませんけれども、本当に明日を考えるとしたら、自立できるような体制をどうやってつくりあげていくかということこそが問われなければなりません。私も30年間政治をやっていますから、現実の政治の厳しさというものは百も承知をいたしておりますけれども、長い目で見て基本的には自立した地域こそが生き残っていくということ、自立した誉れのある地域こそが本当に素晴らしい地域になるという意識を皆さん方と共有しあっていければ本当にいいのではないかと思います。

 今までは、情報非公開でした。しかし、いろんな人の努力でだんだん情報公開が浸透しつつあります。しかし、なかなかまだそこまでいかずに情報公開というのは、言われるから、オンブズマンがうるさいから仕方なしに出そうかというのが多いでしょう。その考え方は原則非公開です。行政政治に都合のいいものだけは出してあげようかということで、嫌なものは出さないということです。それではだめですから、これから重要ことは、情報公開は原則公開です。行政や政治にとって嫌なことでも県民のためなら出すということに変わっていかなければ、当然いけなくなります。三重県知事のときに、情報公開はちょっと言葉のイメージが悪いから情報提供に話を格上げしました。情報公開と情報提供の言葉の違いをビジュアルに説明しますと、情報公開のイメージでは、予算編成過程は見せずに、予算編成が終わってから県議会を通じて県民に予算の状況を示すということです。情報提供は、予算編成過程から全部出してしまうというというイメージになります。三重県の一般会計予算は、年間約8,000億円ありました。三重県知事は8,000億円の予算の裁量権をもっていると皆さんが思っていらっしゃるから、その8,000億を取ろうと思って陳情団がみえました。私に8,000億の裁量権があるとしたら、ある部長は800億円ぐらい持っているので、いろいろな団体がその部長を責めます。次には、その1割の80億円をもっている課長のところへまた団体が行くことになります。これが陳情でしょう。主権在民といいます。主権者が主役でということですが、これでは違うでしょう。立派な社長さんが係長のところへ陳情に行くのです。だから陳情要望という言葉を日本からなくさない限り、本当の官主導はなくならないといことになるわけです。仕組みから変えたらどうかというのが情報提供で、8,000億円の裁量権は知事のものですというのは違います。予算編成過程で8,000億円は全部皆さんにお見せします、情報は提供します。そしてその8,000億円の中身を決めるのはタックス・ペイヤーの皆さんです。今までの政治行政は情実で決まってきました。知事に政治資金を、徒党を組んで団体で推薦をもって選挙運動した人たちに情実でこっそり分け前をあげようということです。タックス・ペイヤーは全く無視されてきたのが、今日までの日本の政治行政じゃないでしょうか。それをひっくり返すとタックス・ペイヤーに説明責任とアカウンタビリティーということになるのです。

 アカウンタビリティーという用語が出たので、少し英語を使って申しわけないですが、説明しておきますと、責任という言葉があります。普通の英語に直したらレスポンシビリティーということです。最近ではアカウンタビリティーということになります。法律の専門家はライアビリティーという言葉を使います。このように、3つの言葉を使います。ライアビリティーというのは、法的に説明責任が果せるということです。ただし、法的に責任を果たしても、道義的にどうかねということもあります。そこで、法的にも、道義的にも責任をとるというのをレスポンシビリティーといいます。アカウンタビリティーは、主役は皆さんですから法的、道義的なのは当然ですが、説明して分かってもらう責任までも果たさなければいけないということになります。アカウンタビリティーの語源はいろいろあるそうです。子どもが親にもらった小遣いを説明することが、アカウンタビリティーだということになろうかと思います。したがって、アカウンタビリティーを県庁の例で考えると次のようになります。知事が部長に、人、モノ、金という経営資源を渡します。部長はそれに対して成果を上げなければならないので、成果をどのような手続きによってやるかという説明責任を知事に果たさなければなりません。私は県民との公約によってあがってきたわけですから、当然そうなります。部長は課長に対してこういう資源、定数を与えるから、これだけやってきなさいということになったときに、手続き上のこうなって、こうなってという説明責任が課長に生じます。課長は係長に、係長はと、下の者が上の者に説明責任を果たしていくというのがアカウンタビリティーということになるわけでございます。洗いざらい全部、道義的にも、法的にもきちんと分かっていただくような努力をしなければいけないにもかかわらず、守秘義務、情報非公開で「よらしむべし、しらしむべからず」できたというのが今日までの政治行政ですから、情報公開を情報提供まで格上げして、情実の政治行政からルールによって決まる政治行政へと変えていくということがものすごく重要だということをご理解いただきたいと思います。

 情報提供したら、今度は、どんどん情報を提供しようということになりました。そうなったときに、広報課というのがありましたが、その名前がすぐに変わりました。「公聴」、先に聴くということになりました。行政は今まで聴くということはほとんどありませんでした。文句を言ってきたら、3カ月でできたものの許認可を半年に延ばしましょうかということです。文句を言ってきた人はうるさいから、予算をつけませんよということです。これが世にいう、「泣く子と地頭には勝てぬ」です。江戸の敵は長崎で討たれるから役人には逆らったらいけないとみんな思ってきました。そのことを言ったら、「江戸の仇は長崎」というのは間違えで、「長崎の仇、江戸で討たれる」だとある知事にいわれました。なかなか真剣に考えている人はいると思いますが、そんなことを言われて、恥ずかしくないのかということを本当に問われなければ、地方自治体の職員にやる気が起こるわけはありません。知事在職中の8年間に、1年間が2,000時間として、のべ1万6,000時間の労働時間がありました。私が知事を辞めるときに職員が封筒に入れて持ってきた書類があります。僕は褒めてくれるのかなと思っていたら、嫌味が書いてありまして、「知事、あなたは在職中に、私ども職員と対話で1万2,000時間費やしました」と書いてあったのです。1万6,000時間のうち1万2,000時間、徹底的に対話、それが仕事だと思って頑張ってやってきましたから、私は知事在職中に、結婚式、葬式、テープカットにはほとんど行きませんでした。知事、市長、村長さんには、冠婚葬祭に行く回数の少ない人を選んでください。その決意が市民の中になければ、俺の子供の結婚式だから知事出てこい、市長出てこいといっている間は絶対によくなりません。民主主義とは全く違う問題です。情実の世界でしかありません。こういうことをみんなで考えてみませんか。地縁、血縁、利権で選ぶのが選挙だと思い込んできたでしょう。選挙公約が、選挙までの公約ということはみな知っているのです。だから破ることを約束した政治家は、絶対信用してはいけません。私はほかの政治家について言う資格は全くありません。私は9回、自分で選挙をしてきましたから、我が体験から言って政治家は絶対信用してはいけません。自信をもって申し上げます。それと全く同じことですが、私ども政治家も住民や皆さんを全く信用していません。それは、あなた方が選んだからです。一国の民主主義の権化者たる総理大臣が公約を破ってもたいしたことないと言ったときに、皆さん怒りましたか。そんなものだって納得したでしょう。これが日本のレベルです。だから700兆円の借金できたのです。要求型の民主主義で、町長、市長に公民館建てるから予算取ってこいと言ったでしょう。それが民主主義と思ってきたでしょう。取ってこいと言われて、取ってこなければ落選だから、政治家も国に行って予算を取ってきたでしょう。無責任な政治のことを衆愚政治といいます。愚か者の政治ということです。みんなが無責任でやって700兆円の借金をつくったのです。政治行政で、私も責任者をしてきましたから反省します。ただ、皆さんも反省しなければいけないと申し上げておきたいのです。政治や行政は、住民のレベルによって決まるということです。それが民主主義です。緊張感のあるパートナーシップというものをきちんとつくらなければいけません。みんな双方向に責任をもたなければいけませんから、私は自分の体験から反省して、選挙の公約を守っていくものに変えようということで、政権公約、マニフェストを提唱しました。
 2002年4月に統一地方選挙がありました。ほとんどの知事選候補者に電話してマニフェストをやってくれるようお願いしました。そうしましたら、かなりの方がやっていただけることになりましたが、その中で何人か方が、「マニフェストは書けない」と言いました。どうしてかと聞いたら、期限とか財源がついていたら、国に財源が握られているから書けませんと答えました。そのとおりだと思いました。そこで、「選挙で公約はしましたか」と聞いたら、「公約は書いた」と言うのです。できないのに約束したら、日本では詐欺と言うのではないでしょうか。みんなでお互いに詐欺をやった選挙公約ができたということは、言葉のもつ意味合いが大切だということを教えてくれます。期限や財源を明記し、守らなければいけないと思ったら、書けないということになったのでしょう。そして、選挙公約ならと納得したから書けたのでしょう。ここを直さない限り、日本に明日はないということを理解しなければなりません。民主主義はもろいものです。民主主義はたくさん欠陥をもっています。ちょっと間違ったら、ちょっと為政者や国民のレベルが低かったら、あっという間に700兆円の借金ができてしまいます。ここにいる世代はいいですが、我々がつくった借金の責めは皆さんの子どもや孫に全部いきます。この沖縄、この日本、この地球は、ご先祖から預かった場所です。だから我々の親はがんばりました。700兆円の借金を残しておけばいいという無責任はいけません。民主主義は双方向なのです。権力者が長く続けて、権力をどうするかということを怠ったら、すぐに独裁国家に陥ります。日本は幸い、まだいろいろな方がいらっしゃるので、ここまでもってきたということを理解し、今ここでがんばったほうがいいと思います。

 今までの選挙公約は政治家が悪かったのです。だから今度はまだ不十分ではありますが、首長、政党、党首がマニフェストという、期限、財源、数値目標が入った自分の任期期間における政策の情報公開をしたわけですから、今度は皆さん選ぶほうの責任問いますよということになります。双方向の責任ということにしておかないと、衆愚政治になるということを心がけなければなりません。衆愚政治でどうやってもだめだということになったら、独裁が生まれます。東京に頼って、そしてそこから何か恵んでもらおう、管理して何にも変わらないけれども、何とかよそよりもらおうというような精神だけで、本当にその地域が栄えるかといえば違うと思います。統一地方選挙後に、マニフェストを掲げて当選した知事の方に集まっていただき、国に財源を握られているからマニフェストが書けないという意見があるので、本当にマニフェストを書けるように、我々から、地域から補助金の返還運動をやろうと言いました。今まで100億円補助金がきていました。それを目指して一生懸命東京に通っていました。自分たちの懐から出た金だったということに気がつかなければいけません。財布は自分でつくらなければいけないということに気がついたときに、自主財源が80億円になっても、それでもいいのだという決意を地方自治体がして、それを訴えかけたときに、みんなの感動を呼んで、そして地域自立が始まるのです。だから自ら潔く、我々は補助金に頼ることなく、みんなと力を合わせて、自分たちでがんばってやっていくという決意がなければいけません。「独立、自立の気概なき者に国を語る資格はない」と福沢諭吉が言いました。もらいものをして、たくさん取ってきて、できるだけ県や国にいって予算を取ってこいという人々の心の中に自立する気持ちは皆無でしょう。甘えることだけじゃないでしょうか。そこでみんなが自立をして、自分たちの努力によってどんどん社会を変えていこうという仕組みに変える必要があるのではないかと考えるところでございます。
 中央と地方の関係もパターナリズムです。パトロンとクライアントの関係です。官と民もそうです。だからそこを断ち切って、タックス・ペイヤーサイドに立って、皆さんと本当にどうするかということを考えたときに、情報公開から情報提供へいきました。6,000人の県職員が情報提供を始めたときに、私はこう言いました。「なんで我々だけが先に情報提供するのか。主権者である県民の方からも情報を提供してもらいましょう」となりました。そして、そのときにだんだんと変わってきて、県の広報課が、公聴広報課になりました。公聴、聴くというのが先にきました。そして、聴いてきちんとわかっていただく説明責任を果たして、そのうえで政策を考えようということで、公聴・広報政策課に変わりました。自分で政策立案すると、組織が変わってきたのです。そうしましたら、県庁の中から苦情処理係、クレーム処理係がなくなりました。苦情処理とかクレームというのは、自分が上位に立って、言ってくることは文句だととっていたのです。圧倒的権力があったからです。ところが、苦情とかクレームと職員が考えてきたことは、実は素直な主権者の意見だったのです。聴くべきテーマだったのです。だからカスタマー・ファースト、優れた業界の民間の人たちは、そのクレーム、苦情というものを神の声と聞きました。宝の山と聴きました。ある企業はどんどん聴こうということで、わざわざ広聴機能を拡充しました。これが生活者を優先していくという発想です。それで、クレーム係というものがなくなるのは当然であるとなったときに、情報はお互い同士が提供をしますから、情報が共有されました。さらに、その共有した情報の中に、あの地域の団体の方から、すごくいい案が出ましたねということになりました。そんないい案ならば県庁は受けて、補助金はないけれども一緒に考えてサポートしようよということになり、県が立ちあがりました。「県庁も変わったね、民間も県庁もお互い変わって感激しましたね」ということを情報共鳴というのです。情報公開・情報提供・情報共有・情報共鳴までいったときに、官と民の関係がやらされ感から、自分たちでやろう、そういう努力に対して県も市も応援しようとなります。こうなったときに、県の職員数も予算は半分になり、効果は倍上がるでしょう。よって補助金分配業ではなしに、情報共鳴を起こさせることこそが行政の仕事になります。今までとは全く違うそういう仕組みがつくられてこなければ700兆円の借金はまもなく1,000兆円へいくことは確実でして、「協働」、英語で言えばコラボレーションで地域の問題を考えるということでなければいけません。

 住民の皆さんに、「あなた方にも責任がありますよ、責任とってくださいよ」と言い切り、政治、行政が情報公開をし、タックス・ペイヤーにきちんと説明責任が果せる、すなわち透明な組織と運営によって行われていくという強い決意がなければ、住民の方は全く信頼してくれないということになろうかと思います。私は8年間三重県の職員と本当に何万時間という議論を重ねました。私より頭がいい人はたくさんおります。公務員の人は使命感も倫理観も強いと思います。しかし、体制が出来上がってしまいますと、国の言うことを聞くということになったときに、誉れがなくなります。上下主従の関係になりますから、県庁のいうことが絶対となったときに市町村の考え方が姑息になります。組織のもつ怖さを本当に変えなければいけないと思います。せっかくの倫理観、使命感を、縦割り、ヒエラルキーが壊しているということを痛切に感じました。市町村、県をあわせまして320万人の自治体の職員がおります。その320万人の方が自己実現、達成感を名実ともにするためには、国の下請けで、国に官官接待することから脱却しなければなりません。「そんなこと言ったって無理だよ」という予定調和の中で考えるのではなく、そういうことこそ本当に立ち上がってがんばってやらない限り、今の日本のこの閉塞感、この矛盾、東京だけ栄えて沖縄はさびれるという矛盾はなくなりません。

 ここにコップがあります。このコップの水をこぼしてはいけないということで、こちらまでコップを持ってきます。これは、結果の改善です。こういう努力は要ると思います。みんなそういう努力をしてきました。しかし、それだけではく、これがこぼれないためには、ボトルの中に水を戻して、蓋をしたらといいというのはプロセスの改善です。これでしたらこぼれなくなりました。しかし、これをふんづけて壊れたら、ひょっとするとまた漏れるかもしれないということになれば、この水自体をなくせばいいのです。これが仕組みの改善です。結果の改善、起こったことを事実前提といいますが、事実を一つ一つ解決していくというミクロの努力はとても重要なことです。ここでひっかかる範囲のところから遠くへ持って行く。結果の改善をしました。しかし、私がこの机をひっくり返したらこれは飛んでいくわけですから、こぼれてしまうかもしれないので、容器を移し変えました。これがプロセスの改善になります。そして、全部すっかりなくせば、世の中がどう変わってもきちんと動いていきます。仕組み、システムの改革になるということです。これを断行したのがトヨタです。源流、原点に戻ろうということです。よってトヨタは5回Whyをいいます。なぜだと、なぜ壊れたと。壊れたところを直すのではなく、元へ戻っていったら、ここの原点があったから壊れたのかということを5回やります。これが仕組みの改善です。1割の補助金を2割に上げるということは、それは必要な努力かも分かりませんが、その補助金に頼るという仕組みから変えていかないと、本当の改革にはならないということに気がつかなければいけないのです。この気づきは難しいです。

 私は三重県庁からごみをなくそうと思い、部長会議を招集しました。「三重県庁からごみをなくそうと思うが、どうか」と言ったら、環境部長が反対しまして、「知事、そんな荒唐無稽なパフォーマンスみたいなことはいったらいけません」と叱られました。私たちは毎朝、整理、整頓、清潔・・・という5S運動をしています。これが普通の努力ですというので、そうではないことを納得させるのに、3時間半かかりました。そしてとうとう三重県庁のごみ箱をゼロにしました。三重県庁では、机の下にごみ箱はないのです。これが仕組みの改善です。ごみ箱を取ったらなんとごみは80%なくなりました。これまで、紙の表だけ使って、裏は使いませんでした。ところが捨てる場所がなくなりましたから、裏も使い始めました。県庁のごみはほとんど紙ですから、50%近くごみが減りました。それは元をなくしたからです。ごみ箱がないからです。みんな勉強して、環境の学習はだいぶいきわたってきましたから、混ぜればごみ、分ければ資源ということを勉強しました。使った紙はごみではなく、資源に再生紙にまわるようになって、80%、現在では90数パーセントまでごみはなくなりました。私が言いたいことは、ごみ箱をなくすことです。皆さんの予定調和、所与の条件で考えることを一度入れ替えてみるのです。中央官庁の役人を沖縄に陳情に来させることです。沖縄の県庁の課長が、財務省の事務次官か主計局長になってあげることです。やってみませんか。やったらできます。情報公開条例というのは、各県や市町村が先にやりました。国は遅れてきました。地域が変えたのです。行政評価も三重県が最初に始めました。これは、成果から見るという考え方です。プラン・ドゥー・シーというサイクルで、企画をしたら実施してそれを評価するということです。こういうプラン・ドゥー・シーという流れは私ども地方がつくって、国を動かし、行政評価法はできたのです。国がやったわけではありません。地域から変えたのです。

 マニフェストも国がやったわけではありません。知事や市長たちががんばってやり、国に影響を与え、国を変えたのです。これからは国に一生懸命甘えていくというのも場合によっては必要なことかもしれませんが、本質的には違います。皆さんが北京の蝶々になることです。皆さんが本当にいい案をつくり、政策立案するのです。そして実施するという勇気をもつことです。県や市役所にも自治研修所というのがあります。全く無意味だと思います。所与の条件の中で、「お上の言うことをよく聞けよ」、「国へ行ったら官官接待してこいよ」という自治研修なんか全くいりません。ほとんど総務部、人事課の所管になっています。全く意味ありません。総務部の財政課と人事課の仕事は何か、県民のことなど知ったことではありません。庁内の自分たちがうまく生きようという内向きの組織です。よって三重県では財政課と人事課をなくしました。やったらできます。研修は、知事直轄か企画が担当すべきです。守秘義務の中で、できるだけ県民にばれないようにして、せっせと特勤手当てを取って、カラ出張やって来いという文化を残した自治研修所なんか何でいりますか。そこを変えない限り、公務員は絶対に信頼されない。「官僚主義のようなことをいうな」と、みんなにばかにされてきた言葉を平気であなたの子供さんにも譲るのですか。隠れて一生懸命しこしこやってばれなければいいのですか。そんな組織は確実に死にます。間違いないです。だからこそ、みんなに誉れがあって、尊敬されるということになるならば、県民の幸せがあってはじめて県庁の職員が幸せになれるのです。職員満足はイコール県民満足です。職員満足のことをESといいます。エンプロイー・サティスファクションです。県民満足は、カスタマー・サティスファクションです。今までは情報非公開ですから、県民にばれさえしなければ特勤手当ては取り放題で、取ったほうが得でした。特勤手当を本当にもらわなければならない職場なら、今の倍もらってもいいと思います。しかし、同じ職場で危険困難手当をもらっている人をみてみると、こっちの部は組合が強いからもらえて、こっちは組合が弱いからもらえていないということはいくらでもありました。もらっている人はうつむいてもらっているじゃないですか。もらってない人は軽蔑していました。そんな組織が一つになれるはずはないですから、覚悟を決めて、情報公開をして、説明責任はタックス・ペイヤーに果たして、「私たちもがんばるから、皆さんもがんばってください。出てきた案を一緒になって汗かきながらやりましょう」ということになったときには、どこであってもよくなるでしょう。このことを本当にだれか、どこかで言わなければいけません。沖縄の良識的な声をこの自治研究会から出してもらえたらすばらしいという期待を申し上げているところです。知事を辞め、プータローになると、これほど自由に喋れるというありがたみをかみしめながら申し上げました。

 民主主義では、行政も政治も反省しなければいけません。中央も悪かったけれども、県、市町村もそれに甘えていたから、反省しなければいけないと思います。男性に聞くと女性が悪いといいます。女性に聞くと男性、中央に聞くと地方、地方に聞くと中央、官に聞くと民、民に聞くと官。みんな相手が悪いと言います。そして、自分は正しいとみんな言う。みんなが正しかったら、沖縄は今頃栄えていなければいけないのに栄えてない。結局、みんなが悪かったのです。こうなって自己否定、自己否定できる個人や組織こそが本当にイノベーションを起こして、次の世代に確実な沖縄を、確実な那覇を渡すことができるということを、問題意識として共有しあうことができれば幸いです。そしてそれぞれの先生方、優秀な職員の方がそれを現場に落とし込んでスキルにしてもらい、形に表していただき、運動を起こしていただいたときに、この沖縄から日本の曙は始まるということは本当に可能だと心から信じております。


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