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ちょっと本を作っています
第三章 自分の本を作りたい理由を考えよう
第三章 自分の本を作りたい理由を考えよう
■島崎藤村や宮沢賢治が自費出版に踏み切った理由
島崎藤村の代表作「破戒」が、作家としての起死回生の望みを託した自費出版だったことは有名です。
宮沢賢治が「注文の多い料理店」などの本を、つぎつぎと自費出版したことも知られています。
二人とも、どの出版社からも相手にされなかったのです。
島崎藤村は、奥さんの実家から、「これが最後」といわれながらも、資金を捻出したそうです。
できあがった本を持って、一軒一軒、本屋さんを回ったそうです。
宮沢賢治も本をだす資金を捻出するために、貧しい生活を甘受していました。
たぶん、いつかきっと、みんなは分かってくれるはずだという思いがあったでしょう。
戦後ベストセラーになった小泉信三さんの「海軍主計中尉小泉新吉」も自費出版でした。
真偽のほどはまだ確かめていませんが「ハリーポッター」も最初は自費出版だったと聞いています。
出版社が会社の企画として取りあげないなら、自分で出版するしかありません。
また出版業界のいまの状況では、個人が自ら動かない限り、斬新な企画は不可能です。
こと出版に関しては、待っているだけではチャンスは巡ってきません。
先に自費出版業者の「協力出版」と名づけた商法や、懸賞募集と銘打った客集めの商売のことも紹介しました。
それらの実態を認識していただいて、それでもなお、「本を作りましょうよ」と呼びかけたいのです。
■本でないと伝わらない思いもある
いまやインターネットが、主要なコミュニケーション手段になりつつあります。
でもインターネットには、ディスプレイで見ることの制約がつきまといます。
自分の思いや情報を正確に伝えようとするならば、やはりいまでも本です。
一冊の本の中にさまざまな願いを込めて、自分の思いのすべてを伝えることのできる本には、何物にも代えがたい存在感があります。
また、個人から不特定多数への情報発信手段としての、本作りは楽しい仕事です。
本はまさに自分の分身、思いと願いの集大成です。
私は長年、出版の仕事に従事してきました。
多くの本を作ってきました。
本作りの楽しさを知ってもらいたいと思っています。
しかし本を作ることは、製作経費もかかれば、採算がとれるかどうかも未知数な、リスキーな仕事です。
まして自分の本を自費出版業者に相談すると、だいたい二百万円から三百万円も請求されます。
これでは手軽に、自分の思いを本に込めて発信することなどできません。
■個人でも採算のとれる本作りを提案したい
私がご紹介しようとしているのは、採算のとれる本作りです。
安い経費で、さらにその本を本屋さんで売ってもらって、経費回収をします。
意外と、それほど難しいことではありません。
誰でもできることなのです。
もちろん売れる本作りが、その前提になります。
それもちょっとした工夫なのです。
知りあいに配るだけの自費出版の本は、印刷屋さんに頼めばいいだけです。
わざわざ高額のお金を払ってまで、自費出版業者に頼むこともありません。
多くの人たちに読んでもらいたいなら、売れる本を作る必要があります。
テレビや新聞と違って、本は売れなければ読んでもらえません。
だからといって、羊頭狗肉の売らんかなだけの本も困ります。
まだ会ったこともない不特定多数の人に、読んでもらえる本を作るために存在しているのが、出版社であり編集者だと思います。
いまの自費出版業者のように、本を作りたい人と印刷会社をつなぐブローカーではないはずです。
何かを伝えたい著者と、何かを知りたい読者の橋渡しをするのが、出版社の社会的な存在理由ではないのでしょうか。
■まずはテーマ設定と読者対象の見極めです
私は、本の出版はマスメディアではないと思っています。
でも対象は不特定多数です。
興味をもってくれる、「限られた」不特定多数の人たちへの情報発信です。
たとえばこの本は、本を作りたい人が対象です。
その人たちのニーズが何なのかを一番のテーマに据えなければなりません。
「本は作りたいけど、難しいんだろうな」
「何から手をつけたらいいか分からないよ」
「文章も、こんなのでいいのかな」
「知りあいに、相談できそうな人もいないしね」
「けっこうお金もかかるっていうし、私には無理だろうな」
「本ができたって、売り方が分からないよ」
本を作りたい人の疑問は、いっぱい転がっています。
私は、これらのことを、自分の経験とアイディアで解き明かせばいいだけのことです。
その中に、自分の主張や伝えたい思いを盛り込んでいきます。
読んでもらえる本は、読者のニーズを土台にした、著者の主張のある本です。
■定価換算原価率、四十%以内でないと採算がとれない理由
一般書に多い、四六判(この本の大きさです)の本で、千冊は作ろうと思います。
さらに作った本を売って、採算をとれるようにしようと考えました。
それが三十八万円の予算ワクの根拠です。
部数を千冊と決めたのは、千冊なら売り切る自信があるからです。
さらに、この本のような装丁(本の体裁)の本ならば、定価は千円ってところが限界だと思ったことが出発点です。
一般的な本屋さんのルートで売ることを考えています。
その場合、出版社からの、本の卸し問屋である出版取次への卸しの金額は、表示した定価の六十七%程度です。
もし全部売れたとしても、出版社に入る売上げ金額は、六十七万円になってしまいます。
さらに歩戻し(ぶもどし)と呼ばれる配本手数料がかかります。
新刊を本屋さんへ配本してもらうと、定価合計の五%程度の歩戻しが売上げから控除されてしまいます。
さらに個人の発行者が出版社へ販売を依頼するならば、相手の出版社へも、取扱い手数料を払わなければなりません。
■まだまだかかる営業経費
運賃や倉庫代などの経費まで差し引くと、売れた本の定価合計の五十%程度が、本を作った個人に入る実際の回収金額です。
細かい経費内容や計算の内わけまで知っておく必要はないのですが、個人で出版すると、販売上の諸経費が定価の五十%くらいかかると覚えておいてください。
個人で直接、一冊一冊を売る方法もありますが、手間ひまを考えると、気の遠くなるような作業です。
講演会の講師などをやりながら売るとか、自分の教室で売るなどの場合をのぞけば、あまり期待もできません。
やはり本屋さんで売る方法が効率的です。
本屋さんルートで、千円の定価の本を千冊売って、手元に入る回収金額は五十万円程度です。
さらに販売上のロスや、本を書いたり、編集するための経費を考えなければなりません。
だからリスクヘッジを考えると、製作予算は定価合計の四十%以内となります。
でもこれも全部売れての話です。
それほど世の中は甘くありません。
ですから当然、百万円、二百万円と原価をかければ、永久に採算はとれません。
「協力出版」なんていっている自費出版業者が教えてくれない仕組みです。
原価の回収を匂わせて「本屋さんで売ってあげますよ」の言葉がいかに嘘にまみれているかです。
■私が「個人出版」と呼ぶ理由
たしかに経費は自分もちです。
ですから自費出版と呼んでもおかしくありません。
あえて「個人出版」と呼ぶのは、個人で採算がとれる本作りをしようということです。
さらには個人発の出版物の意味あいを込めています。
「協力出版」なんて言葉を作ったのは、自費出版業者のまやかしにすぎません。
経費とリスクを、本をだしたい個人とその出版社が、共同で負担しているかのような幻想を与える狙いです。
でも実際は本を書いた人に、経費どころか自分たちの利益も上乗せしています。
いまのままでは、本をだそうと思った人が、みんな被害者になってしまいます。
そうならないために、まず掛けられる経費を考えて欲しいのです。
そうでないと、最初に作った一冊の本が、新しい世界への旅立ちではなくて、はかない夢の終焉になってしまいます。
あなたがいくら持っているかの話ではありません。
費用対効果、採算がとれるかどうかの問題です。
十万円の価値しかない商品作りに、百万円の投資をする人はいないでしょう。
費用対効果を考えて、投資すべき限度額の設定をすることがまず大切です。
そのうえで、作った本をどのようにして読者の手元へ届けるかを考えていただきたいのです。
これものちほどご紹介しますが、インターネットの利用や本屋さんへ並べる方法など、さまざまあります。
つぎにご紹介したいのは、出版人、編集者として、本作りに取り組む一人の社長の話です。
本を書きたい人、自分の本をだしたい人も多数いますが、同じように本作りに人生を賭ける人もいます。
私は、これからは「個人出版」と「一人出版社」の時代だと思っています。
この二つのことが絡みあいながら新しい本の世界を作っていくように思っています。
■ある出版社の話
誰もが気づかない、小さな出版社の話です。
国際書院という出版社があります。
名前だけは大きいのですが、石井さんという社長一人だけの出版社です。
社長兼、編集部長兼、営業部長兼、経理部長兼、雑用係。これが石井さんの役割りです。
ほとんどの人には一生関係のない、国際法と国際政治学の本をだしつづけています。
この石井さん、十数年前までは、有信堂という出版社の社長をしていました。
有信堂は法律書関係では老舗の出版社ですから、ご存知の方も多いと思います。
じゃあナゼそんな老舗の出版社の社長を辞め、たった一人の出版社を始めたのでしょうか。
別に経営が行きづまったわけではありません。
それどころか石井さんは中興の祖ともいえます。
行きづまった有信堂を再建した功労者なのです。
■一人出版社
「もうすべてが面倒になった」
「自分の作りたい本だけをやりたい」
彼が十数年前に有信堂の社長を辞めたとき、「エッ、なんで」という私への答が、この言葉でした。
「ここまで来れば、有信堂も大丈夫だよ」ともいっていました。
いま、東京の本郷にある彼の事務所は、彼のネグラでもあります。
一年に一、二回しか家に帰らないのです。
わずか一部屋の事務所には、次から次へと寄せられる原稿が山積みになっています。
石井さんは一人で、それを一つひとつていねいにチェックして、疑問点や問題点を赤ペンで書き込んでいきます。
「博士号を取るための論文よりも、石井さんのチェックのほうが厳しかった」
多くの大学の先生たちが、そのようにいっています。
「国際書院から本がだせれば、すごいことですよ国際法の世界では」
このようにいう大学教授もいます。
でも出版社としては、まったく儲かっていません。
私に経営相談を幾度も持ち込んだくらいです。
わざわざ想像するまでのこともありません。
事務所には、いつもヨレヨレの一張羅を着て、ドンと座り込んでいる石井さんの姿があるだけです。
国際法の重鎮、横田洋三先生や国連大学元副学長の武者小路公秀先生が、自腹を切って協力してくれるので、かろうじて維持しているような状況がつづいています。
■出版事業もまた自己表現なのかも知れない
「オレはヨー、バカだからヨ、コレしかできねえんだ」
これが、石井さんの口ぐせです。
彼も、すでに六十歳を過ぎてしまいました。最近、体調が思わしくないようです。
「頼みがあるんだ。M君ヨ、オレのところの役員になっておいてくれないか」
「オレになんかあったら、代わりにやって欲しいんだ」
「残したいんだよ、国際書院」
「遺言状も書いておくから、なあー頼むよ」
このような話を半年ほど前に聞かされました。
そうなのです。
この会社が石井さんそのものなのです。
国際書院という看板と営々と作りあげてきた百点以上の、大して売れない出版物が石井さんの分身なのです。
出版という事業もまた、詰まるところ自己表現の場であるのかも知れません。
あるいはその仕事に魅せられた人の人生そのものです。
より自分らしい事業を手がけようとすると、結局最後は、自分一人でやらざるを得なくなります。
利害のカヤの外の仕事には、誰も協力してくれません。
マスコミという広大な海の隅っこのほうで、このように自分の城と夢を守っている出版人もいるのです。
多様性が求められる出版文化の原点が、ここにあるように思うのは、私の偏見でしょうか。
■個人出版も一人出版社も、自己表現。そして編集者も
いまの時代、自分らしさを維持しながら生きていくことは至難のワザです。
それも周辺の人たちや社会との関係を維持しながら、自分らしさを表現しなければなりません。
大げさかもしれませんが、この世に生きた証の形になったものが本のように思います。
一人ひとりの思いがいっぱい詰まった本だからこそ、出版人としての私は、ないがしろにできません。
ついつい夢中になりすぎて、赤字覚悟で、仕上げてしまうはめに陥ります。
とくにこの編集という仕事、人の努力と時間だけが求められます。
一冊の本を一日で仕上げるのか、一カ月かけて仕上げるのかで、本当は人件費は大幅に異なるはずです。
「かける日にちに余裕をもって、編集費を多い目に決めとけばいいじゃないか」
このようにもいわれています。
でもついつい金額を決められないのです。
それは原稿を持ち込んでくれた人よりも、私自身が夢中になってしまうからのようです。
著者が「この程度でいいですよ」といってくれても、まだ何か手を加えて、良くする方法があるのではないかと深追いしてしまいます。
さんざん考えて、結局はそのままということもあります。
いい本にしたいと夢中になるのは、編集者としての自分の勝手な思い入れともいえます。
だからつい、かけた時間ほどには請求できません。
せめてもの慰めは、これは自分の手がけた本だと実感できることぐらいでしょうか。
先にご紹介した国際書院の石井さんといい私といい、道楽の極みといわれても、反論できない生活を送っています。
「オレはヨー、バカだからヨ、コレしかできねえんだ」
石井さんの言葉は、多くの編集者の気持ちかもしれません。
第四章へとつづく
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