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ちょっと本を作っています
第五章 自分の本を売ってみよう
第五章 自分の本を売ってみよう
■自分で直接売れないような本が、売れるわけはない
できあがった本への思い入れが一番強いのは、何といっても書いた本人のはずです。
次には編集者、さらに利害のかかわる発売元の営業担当者と経営者でしょう。
「どんなにいい企画でも、直接自分で売る自信がなければ止めましょう」
著者への私の提言です。
相手がどれほど高名で偉い人でも同じです。
自分で売れないということは、読者対象のハッキリしない本です。
どのような人たちが興味を持ってくれるのかの見極めなしに、闇雲に文章を連ねても、的外れな本ができあがってしまいます。
「あの人に読ませたい」
「こういう人たちに読んで欲しい」
本は、コミュニケーションの手段です。
もちろん不特定多数へと広がります。
でもまず、身近な人たちとのコミュニケーションから始まります。
あなたの周辺の人たちさえも、興味をもってくれない本が売れるわけありません。
最低でも百冊以上の本を、自分で売りさばくぐらいの気持ちが必要です。
知り合いでさえも買ってくれないような本を、見ず知らずの、たまたま店頭で本を手に取った人が買ってくれるとは思えません。
■その本の存在を知ってもらうことの大切さ
まさにPRの必要性です。
その本の存在を知られなければ、誰も買ってくれません。
買ってもらえなければ読んでもらえません。
多くの人たちに、その本の存在を知ってもらうことが大切です。
以前なら、本屋さんの店頭に並べるだけでも、本はそこそこ売れました。
いまでは目にも留まりません。
毎日数百点の新刊がでているのです。
「サンヤツ」と呼ばれる新聞の一面の出版広告が、昔から使われてきました。
全国紙だと、こんな小さな広告でも一回百万円ほどかかります。
数年前までは、私も三大紙に、毎週のように掲載していました。
以前はそこそこの効果もあったのです。
いまでは、その効果も年々減少しています。
問題は、その費用対効果です。
最近では、投じた費用ほどには、売上げにつながりません。
インターネットや口コミのほうが、大きな影響力をもつようになりました。
インターネットや口コミのどちらも、著者発の情報です。
だからPRには、著者自身のアイディアと、こまめな努力が必要なのです。
■本ができてからでは遅いのです
ついつい本を作ることに夢中になってしまいます。
売るための準備ができていないのに、本が完成してしまいます。
戦の準備ができていないのに、宣戦布告するようなものです。
これでは泥棒を捕まえてから、縄を編むようなものです。
まさにドロナワです。
実は、新刊本が本屋さんに並ぶ期間が問題なのです。
以前だと新刊委託期間(新しい本ができて本屋さんに展示してもらえる期間)である五~六カ月は、店頭に並べてもらえました。
だから、それなりの売上げも期待できました。
それがいまでは、二~三週間も置いてもらえればいいほうです。
その間に売上げがあるようだと、追加補充されたり、並べる期間も延長されます。
要は、いまでは本をだしても、以前と違って、その本が読者の目に触れる機会が極端に減ってしまったのです。
本屋さんに長く置いてもらうには、新刊がでて、すぐに売れる仕組みを作ることが、以前にも増して大切です。
そのためには、事前の出版予告や内容の紹介が必要になってきます。
最近私は、本の原稿を完成させてから、一カ月以上は印刷手配もせずに、置いておきます。
その間に売り方をさまざま検討します。
さらに導きだした売り方に合わせて、原稿に手を入れたり、タイトルを変更したり、さらにはデザインにも工夫を凝らしていきます。
販売の準備期間があればあるほど、的確な売り方が可能になることは、いうまでもありません。
■まずはブログで自己PRから始めよう
私はブログを始めて、余りの便利さに驚かされています。
書いた人がどのような人なのかを、垣間見ることができるのです。
私は小説でもビジネス書でも、著者の匂いのしない本は、好きではありません。
文字の裏側から、著者の存在が浮かんでくる本に、親しみと温かみを感じます。
自分と同じように悩み、苦しみ、喜ぶ人であるからこそ共感を覚えます。
自分のような読者のことが分かって書いているな、と実感できるのです。
なぜその本を作りたかったのか。
どのようにして本に仕上げたのか。
さらにはどのような物の見方、考え方をする人が本を書いたのか。
ブログなら著者の人物像を、おぼろげながらでも連想することができます。
数多くある本の中で、違いが一番表れるのは、著者の人柄なのです。
ほかの本との差別化の第一歩は著者の人柄にほかなりません。
■ブログなら、本の中身も紹介できる
ブログで紹介して、どのような本をだそうとしているのかを、多くの人に知ってもらうこともできます。
従来は不可能だった、本の製作の過程まで見てもらうこともできます。
その製作過程で、いろいろな人の意見を汲みあげることも可能です。
読者と一緒に本が作れるなんて、いままでには、なかったことです。
さらに利点があります。
いくら普及したとはいえ、本のインターネット通販の最大の弱点は、立ち読みができないことです。
ブログは、インターネットショップでは商品を手にして選べないという欠点もカバーします。
ある日突然、本屋さんの店頭で出あった本ではないのです。
その本の誕生までの息吹を感じることのできる本の登場です。
著者の人物像を垣間見てもらい、製作過程も本の中身も知ってもらえる。
さらにはアマゾンなどのインターネットショップで注文してもらえる。
こんな便利なツールを手に入れたのだから、活用しない手はありません。
私たちは、個人出版の可能性が、一気に広がった時代に生きているのです。
■私の本の場合
自分の本を作りたい人がこんなにもいる……。
でもいまの自費出版業者は著者に負担を負わせすぎる……。
本なんてもっと安くできるのに……。
売ることだってそんなに難しくないのに……。
そのような思いから、ブログに出版業界の裏側を書きはじめました。
そのうちに「これ、このまま本になるんじゃない」と指摘されました。
ブログに書いた内容をまとめたのが、この本です。
発売日も決めて、ブログでカウントダウンしてきました。
ブログに書いた記事に、質問や意見をいただいて書き改めてきました。
ブログの中で、本がでますよというPRもやってきました。
ブログに書いたことの実践例として、三十八万円の予算の中で、この本を完成させました。
実例を見ていただければ、百万遍の言葉にも勝ると考えました。
もちろん、個人出版を前提に考えた小部数出版ですから、印刷部数は千冊です。
さらにこの本が売り切れて初めて、私の提案が実証できます。
■どのようにして本屋さんに本が並べるのか
もちろん個人で、コツコツ手渡しで売る方法もあります。
インターネットを使って通信販売する方法もあります。
ただし本は定価も安いのです。
一冊づつ売っていては、大してさばけません。
それにいくら気に入ってもらっても、一人の人が買うのは一冊です。
やはりある程度は、広く販路を広げざるを得ません。
それが従来からの書店販売、業界で「正常ルート」と呼ぶ方法です。
出版社で作られた本は、卸し問屋である「出版取次」に持ち込まれます。
さらに出版取次から全国の本屋さんへ配送されて、店頭に並びます。
この出版社から、出版取次を経由して本屋さんに並べる方法がいままでも、そしていま現在も一般的です。
この方法を、出版業界では「正常ルート」と呼んでいるのです。
ほかには通信販売の「通販ルート」も使われています。
さらには、割賦販売(ローンによる支払いなどを前提にした高額商品の販売)などの「直販ルート」があります。
■インターネットショップも「正常ルート」の延長
最近急速に普及した販路に、アマゾンなどのインターネットショップがあります。
読者から見ると、自宅へ直接本を送ってもらえるのですから、これは一見、従来の「通販ルート」と思われがちです。
でもアマゾンや楽天ブックスなどのインターネットショップは、出版取次と呼ばれる本の問屋さんから仕入れています。
そうなのです。
ほとんどの本は、出版取次を経由しているのです。
これは、出版社から読者へ直接本を届ける、従来の通販ルートとは本質的に異なります。
どちらかというと、本屋さんがアマゾンや楽天ブックスなどに、代わっただけの話です。
本の小売販売を仕事にする従来の本屋さんに、インターネットショップが加わった形態が、いまの主流といえます。
どちらも「出版取次」経由であることに、注目しておく必要があります。
その背景にあるのが、「多品種少量生産」。
これが出版物の特徴であり、宿命です。
■効率を考えるとやはり「出版取次」利用
この出版取次、「トーハン」「日販」の二大大手企業の寡占化が進んでいます。
私はこの二社で、市場の七割を占めていると見ています。
いま、この「出版取次」と「書店」は多くの問題点を抱えています。
ここで現況を紹介すると長くなりますので、その紹介は、稿を改めることにします。
ここでは、できあがった本が、どのように出版取次に納められるかまでの紹介です。
たとえ数千冊、数万冊の本であっても、ほかの商品と比べれば少量です。
毎日のように、数百点もの新刊が発行されているのです。
さらには数十万点にも及ぶ既刊本(過去にだされた本)のバックオーダーもあります。
これだけの多品種をさばきつづけるには、それなりのシステムも、流れも必要です。
本屋さんへ直接持ち込んで、扱ってもらうこともできますが、気が遠くなるくらい非効率的です。
私の経験では、本屋さんとの直接取引きで採算がとれたことは、皆無です。
やはり出版取次利用を前提に、話を進めたいと思います。
■このようにして本屋さんに本が並ぶ
詳細は知らなくても大丈夫ですが、概要だけは、つかんでおいてください。
出版業界では、長年の歴史の中で、さまざまな商習慣ができてきました。
まずは新刊の流れを見てください。
新刊ができると、出版社は新刊の見本を出版取次に届けます。
その場で全国の本屋さんへ、何冊ぐらい配本するかの交渉となります。
このときに、出版社のほうはできるだけ多くの本を書店に並べようとします。
出版取次は、返品率を上げたくないので、極力小部数に押さえようとします。
著名な著者の本や、話題を呼びそうな本の場合には、この逆もあります。
出版取次は多くの本を確保したがり、出版社は部数を押さえにかかります。
当然、地方の本屋さんや、小さな本屋さんには、その本は出回りません。
■出版社と出版取次の取引き条件
新しい本ができると、このような出版社と出版取次の攻防戦が始まります。
毎日のように、出版取次の仕入れ窓口で、悲喜こもごもの担当者同士の駆け引きがつづきます。
取引き交渉の前提として、出版社と出版取次の間の、取引き条件の問題があります。
その根幹にあるのが卸し価格(出版取次の立場では仕入れ価格)の問題です。
本の取引きは、すべて表示された定価が計算の基礎になります。
とうぜん卸し価格も、定価の何割りで引き取るかといった計算になります。
本という商品を、定価の何割りで出版取次が仕入れるかを、「卸し正味」と呼んでいます。
この条件は、出版社によってまちまちです。
一般的に古い出版社ほど、卸し価格は高率で有利です。
定価別正味といって、本の定価の価格帯によって、何段階かに分けている例もあります。
最近できた新しい出版社だと、「卸し正味」は定価の六十七%というのが一般的です。
その場合、千円の本だと、出版取次は六七〇円で仕入れることになります。
■卸し値だけでない取引き条件
問題は、この「正味」だけではありません。
「歩戻し(ぶもどし)」というものもあります。
主に新刊配本のときに、配本手数料の意味を込めて、出版社が負担する経費です。
これも新しい出版社だと、配本する本の定価合計の五%ぐらいです。
定価千円の本を千冊配本してもらうと、五万円の歩戻しを負担することになります。
この歩戻しと呼ばれる経費も、出版社によってまちまちです。
古くからつづいている出版社だと、この歩戻しを払わなくてもいいところも結構あります。
売上げ金の清算の時期も、出版社によって異なります。
ほかにも「地方格差是正協力金」だとか「返品梱包料」など、取引き口座によって、さまざまな経費がかかってきます。
「取次口座」と呼んでいますが、これらの取引き条件を包括した口座があります。
よく出版社が売り買いされるのは、この取次口座がついているからです。
■売り買いされる取次口座
幽霊口座の売買といって、会社の売買で取次口座を収得する方法です。
一種のM&Aと思っていただいていいと思います。
以前は、卸し正味六十八%、歩戻し三%ぐらいの取引き条件をもつ出版社だと、二千万円程度の値段がついていました。
当然、取引き条件のいい口座は、売買価格も高額です。
雑誌の口座がついていれば、もっと高額です。
私も、数千万円程度の口座売買に、幾度もかかわりました。
取次口座が売買される背景には、出版取次が、なかなか新規の口座を開設しないという事情があります。
実績のない会社に新規口座を開くことは、出版取次にとって大きなリスクを伴いますから、これも当然です。
古くから出版業界にいて、出版取次に知人の多い私でも、新規の口座はもらえても、厳しい条件がついてきます。
最近では、卸し正味六十八%、歩戻し三%の条件を確保するのが、精一杯でした。
それでも、いまの新規の口座の中では破格の条件です。
ましてコネもなく実績もなければ、丁重にお引き取り願われるのが実態です。
■個人で作った本を書店に並べるには
前置きが長くなりました。
さて本題です。
自分で作った本を、本屋さんやインターネットショップで扱ってもらう方法です。
個々の本屋さんに個別に持ち込んで、お願いすることも不可能ではありません。
でも一軒一軒の本屋さんと交渉して、品物を納めて、売れ残った商品を引き取って、さらに請求書を届けて、集金するなどしていては、その手間たるや大変です。
本の販売は、出版取次を利用しなければ、広範囲に広げることができないのが現状です。
でも出版取次は、口座のないところの単品商品は、扱いません。
だからといって先に紹介したように、取次口座を買ったり、新規に開設することは無意味です。
事業として取り組みたい人が、自前の取次口座の出版社を作ることさえ、いまは止めたほうがいいでしょう。
「毎月四点以上の新刊がだせる保証がなければ、取次口座の収得は止めなさい」と私はいっています。
■効率的なのは、既存の出版社の利用
日々のバックオーダーに対応するための、商品管理も大変です。
毎日のように出版取次に納品したり、請求書を起こしたり、返品を受けたり……。
ほかにも、出版取次との交渉や、本屋さんからの注文の電話受けなどもあります。
とうてい、個人でこなせる範囲の仕事ではありません。
また、そのようなことに忙殺されていては、肝心の本作りがおろそかになります。
個人では、おのずと既存の出版社に依頼することになります。
取次口座のある出版社から、取次店に持ち込んでもらって売る方法です。
また、既存の出版社の、過去の出版傾向にあわせ、それぞれの得意分野の販売上のノウハウを提供してもらうことも可能になります。
■「本屋さんに並べます」には踊らされないでください
自費出版業者は、本を作ることと販売ルートの提供をセットにしています。
「あなたの本を全国の本屋さんに並べてあげますよ」
これが謳い文句です。
たしかに千冊くらいの本が、二百軒から三百軒の本屋さんに配られます。
でもそんなのは、毎日配本される本の、千分の一にもなりません。
本の洪水に押し流されて、お終いです。
ときには店頭に並べもせずに、返品されてしまいます。
それなのに「本屋さんに並べます」という業者には問題があります。
大切なことは、売るためには、どうすればいいかです。
いまでは、本屋さんの店頭にちょっと本を並べたぐらいでは、よほどの有名な著者か、大宣伝でもしないことには、本は売れません。
そのために、インターネットショップや、本屋さんで取扱ってもらうことができるように、環境を整えてから、さらにお客さんである読者に、その本を買ってもらう努力、働きかけが不可欠となります。
■協力してくれる出版社はいくらでもある
漫然と出版取次から本屋さんへ配本してもらっても、売れるわけがありません。
一緒になって、本の売り方を考えてくれる出版社を探すことが第一歩です。
取次口座をもつ出版社は、約三千社もあります。
その中で、自分の本の出版傾向にあった出版社を探せばいいのです。
本屋さんで、自分のだしたい本の傾向にあった本を探して、直接交渉してもいいでしょう。
出版社の選択の方法は、自分の出版したい本に似た分野と傾向の本を、本屋さんで探して選ぶのが一番いい方法です。
さらにここが最適だと思ったら、手紙か電話で、自分の本を扱って欲しい旨を伝えて交渉すればいいのです。
ただしその前提となるのが、売れる本を作るための努力です。
読者対象を見据えて、どのように本としてまとめればいいかを追求した本作りです。
誰が考えても売れそうもない本は、いくら販売手数料を払うといっても、断られて当然です。
出版社にとって、売れない本を扱って返品率が上がれば、その後の出版取次との交渉に、マイナス要因となるからです。
■印刷にかかる前に、発売元出版社との打ち合わせが必要になる
出版取次や本屋さん、さらにはインターネットショップなどで扱ってもらうには、ISBNと呼ばれる国際図書コードが表示されていなければなりません。
この本の裏表紙にも印刷されている、数字とアルファベットの羅列のようなものです。
このISBNコードの数字は、発売元の出版社の登録番号や、一点一点の本ごとの番号、定価の基本となる本体価格、さらにはその本の分野が何なのかを、記号化しています。
さらに最近では、このISBNをバーコード化して表示するようになりました。
この表示がなければ物流ルートに乗りません。
取扱ってくれる発売元の出版社が決まれば、このISBNを決めてもらって、カバーなどに印刷することとなります。
また、売上げスリップと呼ばれる短冊も本に差し込みます。
ですから、本ができてから発売元を探したのでは、対応できなくなります。
その意味でも、印刷にかかる前に、発売元の出版社との、きっちりとした打ちあわせが必要です。
■発行元と発売元を分けることもできる
私は最近になって、自分の持っていた幾つかの出版社を整理しました。
いま持っているのは、「発行元」の出版社だけです。
発売元は、すべて他社に依頼することにしました。
自分のだしたい本だけを作りたい。
これが会社整理の出発点でした。
当然、新刊をだすのは、不定期でも大丈夫です。
納得がいかないと、発売は延期します。
これは発行元に特化したからできることです。
発売元でもあろうとすると、無理をしても毎月数点の新刊が必要です。
月ごとの売上げが不安定では、固定経費はまかなえません。
固定経費のかかる発売元までやろうとすると、事業として不安定です。
だったら固定経費のかかる発売元は、アウトソーシング(外注化)すればいいだけの話です。
いつも気に入った企画が目の前にあるとは限りません。
自分で「よしこれはやりたい」と思う本だけに集中したいのです。
■発売元を使い分けています
私はメインの発売元は、この本の発売元である太陽出版というところを使っています。
でもそのときどきの企画内容によって、ほかの発売元も使っています。
それぞれの発売元出版社の、出版傾向を考えながら選んでいます。
個人出版や一人出版社にとって、この方法が一番いいと思っています。
個々の自分が作る本の費用や経費、さらにはリスクまでは、自分もちです。
でも事業を継続するための固定経費は、大幅に削減されます。
人件費もいらなければ、事務所さえ不要です。
だから三十八万円の超安値で本ができるのです。
固定経費を考えると、印刷代や製本代だけの計算では成り立ちません。
一人出版社の私は、情熱をかき立てられるような企画のないときは遊んでいます。
あとはさらに、自分が作った本を売るための情熱の問題です。
著者の話ではありませんが、ある編集者のことをご紹介します。
■ある女性編集者の思い出
二十年ほど前、ときどき深夜に私を呼び出す女性がいました。
もちろんこれから書くのは、浮いた話ではありません。
彼女は年上で、さらに体重が私の二倍、胴回りは三倍(四倍かな)はあったと思います。
名前は岩本恵子、講談社に勤めていました。
「ねえ、飲みにこない。私、いつもの店にいるから」
忘れたころに電話が架かってきます。
そこで私は、そそくさと池袋のオルゴールなる店へと駆けつけます。
それほど高い店ではなかったのですが、いつも彼女のオゴリでした。
「本ができたのよー。買ってくれる」
満面の笑みを浮かべて、一冊の本を差しだします。
カウンターのところにドンと陣取り、おもむろに大きなカバンから本を取りだすのが常でした。
カバンには同じ本がいっぱい詰まっています。
あるとき、彼女は一躍、有名になりました。
あの世紀の大ベストセラー、黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」を企画・編集したからです。
「私も窓際族だから、黒柳さんに、この名前にしてもらった」と嬉しそうに話していました。
後日、「私、テレビにも出たのよ。見た?」と電話が架かってきました。
■手がけた本への思い入れ
彼女、自分が担当した新刊が出るたびに、大きなカバンにいっぱい詰めて、持ち歩いていました。
会う人、会う人に「買ってください」と薦めるのです。
飲み屋でぐうぜん隣り合わせた人にまで。
私は、千二百円くらいの本代を払うだけで、たっぷりとご馳走になれます。
酒にいぎたない私は、いつも飛んでいったものです。
「窓際のトットちゃん」を手がける前に、彼女は「功、大好き」という本を手がけていました。
その本ができたときも、当然のように買わされました。
そしてご馳走になりました。
「功、大好き」は、映画俳優の木村功氏の未亡人の手になる本です。
結果的には、そこそこ売れたみたいです。
私も興味もないのに読まされました。
でも企画段階では、「死んだ人間の未亡人のノロケ話なんて、売れるわけないだろう」と猛反発を受けていたと聞かされていました。
それでも出したかったのだと。
彼女自身が新婚間もないときに伴侶を事故で失ったことを、あとになって知りました。
病的なぐらい太り始めたのも、そのときかららしいのです。
彼女は木村功氏の未亡人に、自分を投影していたのかも知れません。
■一冊でも多くの本を読者の手元へ届けたい
自分の手がけた一冊の本があります。
それも天下の講談社です。放っておいても、ある程度は売れます。
それなのに彼女は、たとえ一冊でもいいから、多くの人に見せたいと心底思っていました。
そして行動したのです。
彼女にとって、自分の手がけた本は、愛しい自分の分身みたいなものだったのですね。
その彼女、まだそれほどの年でもないのに、あっけなく旅立ってしまいました。
何冊かの自分の手がけた本を残して。
「ねえ、一冊でいいから買ってよ」
自分で作った本を売り歩いていた編集者がいたことを、私はいまだに忘れられません。
第六章へとつづく
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