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第六章 小悪魔『チビクロ』参上
第六章 小悪魔『チビクロ』参上
俺だけの散歩道
1週間が過ぎた。まだピー助のことが頭から離れない。
今頃はピー助も巣立ちをして、どこかへ飛んでいったはずなのに……。
と死んだ子の年を数えるような気分になる。
ピー助が棲んでいたティッシュの箱も、そのまま置いてある。
朝、目が覚めると、ついつい覗き込んでしまう。
畳の上に、ピー助のフンの痕が白く付いている。
台所の網戸を見ると、ピー助が得意げに止まっていた姿を思い出す。
もう竹の子の季節も終わってしまった。
何とはなしに、焚き火をしていても空しい。
焚き火場所の傍らのケヤキにコゲラがやって来た。
幹をつつきながら少しづつ上へと這い上がっていく。
亀山の小母さんちにも、ここしばらく行っていない。
小父さんの危篤状態が続いていると聞かされた。
お医者様からは桜が咲くころまで持たないと言われたそうだ。
すでに桜は散ったけど、まだ大丈夫なようだ。
もし小父さんが亡くなったら、小母さん、ホントに山の中の1人暮らしとなるな、と気にかかる。
そういえば、裏山の散歩道が完成した。
もともとあった西側の30分コースの道は雑草を刈り払って歩きやすくした。
丘の上には裏山を一望できる休憩場所も……。
眺めも良くなったので、丸太を輪切りにして腰掛けられるようにした。
眺めもいい。
東側の竹や杉の倒木が塞いでいた道も、孤軍奮闘、切り開いてしまった。
15分コースと短いが、起伏に富んで、こちらのコースは、林の中の散策を楽しめる。
でも、ピー助もいないし、次は何をしようかと考える。
いつもと同じ朝なのに
「ミー、ミー、ミー」と何か聴こえる。離れになっている風呂場のほうだ。
覗いてみると、小さな小さな黒猫がうずくまっている。
「ねえ、どうしたの、あのネコ」
台所でNHKの朝の連続ドラマを見ていた清ちゃんに声をかけた。
「オレが朝、起きたら居たんだよ。牛乳を少し飲ませたんだ」
抱き上げてみると骨だらけ、やせ細っている。
広げた両手の手のひらにスッポリと入ってしまうほど小さい。
「こいつ、タンゴの子供だよ。あいつ、子猫を押し付けていったんだ」
くそ生意気な黒猫の『タンゴ』そっくりな、こまっしゃくれた生意気そうな顔をしている。
少し尖がったような顔は、西洋の古い建物にしつらえてある小悪魔そっくりな表情だ。
朝飯のおかずは、急遽、アジの干物になった。
残りものの骨、チョッピリ身も残したが、「ミー、ミー」と声を出しながら子猫が食べている。
ヌボっと、例によって昼近くに起きてきたトンちゃんが、
「飼うなんて言わないでよね。家中臭くなるし、柱は引っかかれるし」
「また死んじゃったら可哀想だし………」
ブツブツと口の中で繰り返しながら、先制攻撃をかけてくる。
清ちゃんも私も、知らんぷり。
かろうじて「家の中には入れないよ」とだけ、誰に言うともなく囁いた。
子猫は、母屋と風呂場の渡り廊下のところに棲みついてしまった。
黒猫の『タンゴ』の子供で、チビクロだから『サンボ』と名付けた。
でもいつの間にか、『チビクロ』と呼ぶようになって、サンボの名前は、雲散霧消してしまった。
風呂場へ行くたびに、トンちゃんは嫌な顔をする。
チビクロもそれが分かるみたいで振り向きもしない。
それに、金魚の仇、タンゴの子供とおぼしきチビクロも許せない幸ちゃんに嫌われているのが分かるみたいだ。
2人を見かけても、三白眼のような、まさしく白い目で、上目遣いに見上げるだけだ。
私と清ちゃんを見かけると、「ミー、ミー」とか細く鳴きながら、恐る恐る近寄ってくる。
チビクロ砦
「渡り廊下のところが臭いよ」
トンちゃんが清ちゃんと揉めている。
やベー、気づかれたか……。実は、4、5日前から、臭いのには気がついていた。
暖かい日には、特に異臭がする。
「どうしても飼うんなら、裏山の木小屋ででも飼ってよ」
トンちゃんの声が、ひときわトーンが高くなった。
2人が揉めているのを尻目に、こっそりと渡り廊下のところへ忍んで行き、チビクロを抱き上げる。
最初見つけたときと比べると、まだ10日くらいしかたっていないのに、チョッピリ重くなっている。
子猫らしい、柔らかな感触が伝わってくる。
裏山の木小屋へ連れて行った。
エサ台用に木の箱を置き、底の浅い小鉢を2つ置いて、エサ容れと水容れにした。
チビクロもここが気に入ったようで、木小屋の中を探検している。
翌朝、見に行ったら、屋根の上まで登ってミーミー鳴いている。
降りてこようとするのだが、降りられない。
しばらく悪戦苦闘した挙句、ボコンと音をたてて落ちてきた。
そして次の日の朝も、柱に捕まりながら降りようとして、やっぱりボコン。
2メーター以上の高さがあるのだが、やっぱり落ちてくる。
1度など、私をめがけて飛びついたのだが、目標補足失敗。
私の足元へ転がって、「ミュー」と呻いた。
一瞬、私が身を引いてしまったのが悪いのだが……。
『チビクロ砦』と名付けた木小屋で、チビクロの新しい生活が始まった。
風の強い日や余り晴れている日以外は、野外で仕事をしている。
薄曇りの日など、裏山へノートパソコンを持ち出して、木陰で思索しながら原稿を書く。
足元でチビクロがゴロゴロしている。
体力もついたようで、私の膝までなら、ヒョイと飛び乗ってくる。
ときどきチビクロを片手であやしながら仕事を続ける。
肩までよじ登って、私の耳を甘噛みしたり、私の首元に顔を擦りつけたりしている。
ん、膝が重い。うつむくと、チビクロがお腹を上に向けて、万歳の姿勢で寝ていた。
ノートパソコンのバッテリー容量は2時間分程度なので、電池が切れてくると休憩だ。
母屋へ戻って充電のセットをして、散歩に出かける。
チビクロ、戦闘態勢に入れり
裏山の30分くらいのコースをのんびりと散策する。
タラの木も結構ある。
タラの芽のテンプラは酒の肴に最適だが、自分ではテンプラなど作ったことがない。
幸ちゃんやってくれないかな、清ちゃんのほうが頼みやすいかな。
でも幸ちゃんのほうが料理は上手だし……。
いろいろなキノコも生えている。
グロテスクで食えそうもないが、真っ白で網目状に盛り上がった奇妙なキノコもある。
白雪姫と7人の小人のワンシーンに、こんなキノコが出てこなかったっけ……。
チビクロは前になり、後ろになり、あっちこっちへ寄り道をしながら付いてくる。
バッタなどを見かけると、戦闘態勢の姿勢をとる。
からだを低く沈ませ、なぜか後ろ足の片方を持ち上げる。
地バチを見かけると、今度は高いところに身を潜ませる。
一瞬にして飛び掛ると、もぐもぐと食べてしまう。
最近、エサを与えなくてもそれほど騒がなくなった。
自給自足で昆虫などをエサにしているのかもしれない。
街中の野良猫を見ても、肥満児が増えてきた。
チビクロは野生そのもの、からだも子猫ながら引き締まっている。
ただ、バッタなどを捕まえた後で、得意そうに私を見上げるなんて、人間との生活が長すぎるのか……。
最近では、この散歩もパターン化されてしまった。
すいーぴょん、すいーぴょん、軽々と倒木を飛び越えながら、私についてくる。
平らなところでは、一瞬私を行き過ごさせておいて、全力疾走で私のそばを駆け抜ける。
ポコポコポコポコと軽い足音が通り過ぎる。
黒い毛糸の塊が転がっているようだ。
私の散歩コースを覚えたらしい。
いつもの休憩場所が近づくと、すっ飛んでいって、いつも私が腰掛ける倒木によじ登る。
私が座ると膝へと這い登ってくる。
土がむき出しになった崖はチビクロの遊び場。
勢いよく崖を駆け登ったかと思うと、崩れ落ちる土くれを追いかけて、じゃれている。
「チビクロ、行くよ」と声をかけるまで、何度も、何度も飽きずに繰り返している。
お気に入りの草むらを見つけ、先に走って行って草陰に隠れる。
こちらからは見えているのだが、気づかれていないと思っているらしい。
私が近づくと急に足元へ飛び出してきて、得意げに「ミュー」と鳴く。
いつも同じだ。
そうそう、いつも同じだとチビクロも思ったのだろう。
散歩コースの、チビクロがいつも遊ぶ崖下で、チビクロが水浴びをしてしまったことがあったっけ。
雨上がりでやわらかな日差しが差してきた夕方、いつも通り散歩に出かけた。
2日間、雨が降り続いていたので、運動不足のチビクロのはしゃぎようも、尋常ではない。
いつもの崖へ突進したのだが、窪みに水がいっぱい溜まっていたのだ。
倒れた草で表面が覆われていたものだから、落し穴と同じ。
バシャっという音とともに、チビクロの姿が隠れてしまった。
「ミャゥウーン」と鳴きながら這い上がって、私にまとわり付いてきた。
私まで泥水で濡らされてはたまらない。
後ずさりはしたのだが、わざわざ私の前でブルルンとからだを振った。
私も泥水の洗礼を受けてしまった。
子犬の散歩って聞いたことがあるけれど、子猫の散歩もあるんだ。
亀山の小父さんが亡くなったようだ。
お葬式に行こうかと初ちゃんに言ったのだけど、親戚の人たちがいっぱい集まっているそうだ。
よそ者は遠慮したほうがいいだろうと四十九日が過ぎてから出掛けることにした。
第七章 チビクロ砦とチビクロ王国
につづく
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