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普段の早朝のウオーキングは wife
と一緒に出かけていますが、家内の勤務先が休みの日だったり、早い勤めのときはひとりでウオーキングにでかけます。

(日の出の風景)
<ウオーキングのコースはほぼ決めています→決まってきました>
毎朝のウオーキングコースは、ほぼ3kmの人家の少ない所、茶畑などのコースです。住宅地や団地の中でない方がなぜか落ち着きます。
富士山も見える景観の気に入っているコースです。

(ウオーキング途中の大規模宅地開発風景、ホテルの向こうに富士山が見えます)
<ウオーキングは体調管理のバロメーターにしています>
ウオーキングで、体調チェックもしています。すなわち、①まっすぐに歩けるか、②坂道などは息切れはしないか、③足首やすね、大腿四頭筋、腹筋などは痛くないか、もう少し速足やスロージョギングしようかなども考えます、④すれ違う方に積極的に挨拶をするようにしています。でも、返事は期待しない方がいいですね。自分がしたいから挨拶するだけです。
<ウオーキングはwifeとのコミュニケーション時間でもあります>
普段は、 wife
と一緒です。これは実は貴重なコミュニケーションの時間でもあると思います。いつも一緒に生活をしているにもかかわらず、意外に会話が少ないものです。子どもや孫のこと、体調のこと、これからのことなどとりとめなく会話しています。
<一人で歩いていてふと感じたこと・・・>
早朝、一人で歩いているときには、ふと「自分が一人であること」や「自分しかいない」と強く意識することがあります。「自分がいろいろとおもうことは、自分が生きている、存在している」証拠なんですね。ちょっと偉そうで恐縮ですが、「我思う、故に我あり」は確か、デカルトの「方法序説」の中にあった有名な命題でしたね。
でも、よくよく考えてみると自分は「一人ではないのですね」、最近年をとって、人生のゴールが近くなってきたこともあるせいか、先祖様特に亡くなった父母や姉などがいつも身近にいるような感じがします。
わたしは、元来信心の深い方ではありませんので、墓参りや供養や法事などやるべきこともあまりできておらず、反省ばかりです。先祖様に背中越しににらまれているような気がしておどおどしています。毎朝仏壇に手を合わせますが、やっていないときは何か落ち着きません。やはり、やるべきことはしっかりやらないとだめですね。
自宅は弘法大師様の真言宗です。
真言宗には「ご詠歌」「和讃」と言われるご唱和があります。母が特に「ご詠歌」が好きだったので1年間お世話になっている近くのお寺にご詠歌を習いに行ったこともありました。そのなかに大師様と一緒にという「同行和讃」というものがあります。。よく意味するところはわからないところもありますが、人生一人ではなく弘法大師様と一緒に歩んでいるということではないかと自分なりに理解しています。

(盆供養風景)
<生きていることに感謝です>
感謝はどこから湧いてくるのかを考えると、「つらいこと、苦しいことでどん底」をみると、ありがたさがわかるといわれます。そんな、かっこよいことを言える人間ではありませんが、でも人生今に至るまでには、自分として悩み、苦しみなど多々ありました。よく今があると感謝しています。
些細なことですが、例えば、今の時期は防寒対策をして防寒ズボン、ダウンのジャンバー、キャップに毛糸の帽子で耳隠し、手袋、毛糸の首巻です。寒いときに薄着でいる時のつらさはきついものです。さらに、空腹やしもじい思いをしていると、食事ができるありがたさを感じます。なんでも当たり前でないのです。当たり前でないから、感謝の心が必要なのかと感じます。皆さんはいかがでしょうか? 以上
深い箴言です☆彡 2023.07.02
ウクライナ戦争でよくロシアがいう「戦術… 2023.06.22
「サクラの花の咲くまで」、感動です。☆彡 2023.04.01