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2024.08.09
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テーマ: 歴史の足跡(80)
カテゴリ: 歴史散歩



ブラじゅんこです


前回、三浦氏の拠点をアップしたので
鎌倉つながりで
まだアップしていなかった
北条義時の地 「江間」 をアップしたいと思います。

かなり前になりますが
写真見るとコート着てます







​北条義時​
鎌倉殿の13人の主役・小四郎くんでございます

小四郎は
江間小四郎義時と名乗っていたように
「江間」の地を拠点としていたそうです

江間はどこかといいますと・・・


伊豆韮山の西側になります

このあたりって
北条氏が拠点にしていたのもそうですし
頼朝が流されていた場所もこのあたり
後北条氏である伊勢新九郎(北条早雲)の城・韮山城があったり
韮山反射炉もあったりと







まずやってきたのは・・





小四郎の居館跡





今は公園になってます

ここは江間村の尋常小学校も建っていたんですねぇ


そうそう
義時と姫の前 (鎌倉殿だとひなちゃんですね)





解説版によると
この居館でひなちゃんと過ごしていたこともあったらしく

江間の地に
1人目の奥さんである八重姫の御堂があり
3人目の奥さんである伊賀の方 (のえちゃん) のお墓があるので
これで3人そろった・・っということみたいです






さて
ここから江間の街をブラブラとしていきます


そうしたら
バス停に「江間」の文字を発見






こういう文字を見ると
テンションあがりますね~~


そのバス停の前に
郷社がありました⛩







豆塚神社

昔は北条郷と江間郷は1つの郷だったそうですが
その後狩野川が間を流れるようになったので
それぞれに総鎮守を置いたそう
そしてその神社を今の場所に義時が移したそうで

それがこの豆塚神社なんですね

豆塚ってかわいい名前だな









てくてく歩いて向かったのは
こちら






北条寺


まんまの名前ですが
義時が創建したそうです

解説板によると
義時の嫡子安千代が大蛇によってなくなってしまったため
ここを墓所として七堂伽藍を建立したそう

・・ん?
でも安千代くんのお墓は分からなかったな






ここには
義時と伊賀の方のお墓 があります





お、ちゃんと矢印があってわかりやすい






この階段を登りますよ






向かって右が義時、左が伊賀の方のお墓


義時は急死しているのですが
毒殺説もありまして
しかも伊賀の方による毒殺説もあるんですよね

鎌倉殿では
のえちゃんが毒をもってましたね


そんな2人が
並んでいるという。。。
実際のところはどうだったのか。
今や真相は闇の中ですね





この小高い場所は
小四郎山って言われているらしい
景色がいいです







江間は小さな街だけど
ゆったりしていて
歩いていてもなんだか気持ちがほっこりする町でした
なんか懐かしい街並みでした

こんな長閑な街で
鎌倉幕府へとつながる出来事が
たくさん起こっていたんですね


このあと北条郷へと向かい
北条氏ゆかりの場所を歩いたのですが・・・

そちらは
次のブラじゅんこで








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最終更新日  2024.08.09 01:56:57
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