ヤンキ-母校に生きる


著者名:義家弘介
出版社:文芸春秋

感想:
 TVドラマ『ヤンキ-母校に帰る』の元になった、ノンフィクッション本。しかし、ドラマよりもはるかにいい。以下は、読後に書いた日記での感想

 大きな問題を抱えて、本来の自分のよさを出すことが出来なかった子達が、学校と言う集団の中で、彼、彼女らのエネルギーやよさを出していく実例がたくさん出ている。
 だから、感動や笑いをくれる。

 そして、彼の教育に対する考えも書かれている。

「生徒達に『学ぶ』事を要求する教師こそが、目の前の生徒達一人一人のことをしっかり学ぶべきである。それが教師の勤めである」

「子供達が失敗を繰り返すのは『あたりまえ』、失敗したら反省するのが『あたりまえ』、怒鳴りつけたら怒鳴ったほうも悲しいのが『あたりまえ』、大切に思うなら正面から向き合うのが『あたりまえ』」

「私は必ず生徒達に自己開示を求める前に、自ら自己開示をしようと思っている。そこからしか本当の関係は生まれないと私は信じている」(大人はよく「何でも話してね」と言うけれど、自分のこと、自分の弱さを語らない人に、何でもはなすことなんて出来るわけがないということ)

「学校とは、集団の中でさまざまな試行錯誤を繰り返しながら、互いに互いを認め合い、そして、その中で自分の価値や未来を探していく場所である。『成績を競い合う場所』ということが唯一の答えであるとするならば、もう学校などいらない」

「学ぶと言う楽しみを思い出させる。授業のすべてはそこから始まる。」

「授業者である自分が、楽しんで授業をしているか…授業者が楽しくないのに、受けている生徒が楽しいはずなど決してない。生徒一人一人の目の輝きを見ながら、より楽しく、意義のある教材をつむぎだし、それを手がかりに授業というときを共有していく、とても幸せな営みに従事していると私はいつも感じている」

「授業時間が保証され、精一杯伝えているにもかかわらず、生徒達にテストで点数をとらせることができない。それはある意味、自分の授業の敗北を意味するのではないだろうか」(かの数学教師に教えてやりたい。彼の数学の定期テストの平均点は、いつも50点以下だ。中学でこんなに低いなんて考えられない。)

「教育とは『権威や制限』による導きなどでは決してない。教育とは『真の思いと情熱』の導きに他ならない」(暴言暴力教師で有名な、でも陸上指導で生徒が優秀な成績を取ったことで市で表彰されている彼に言ってやりたい。力で抑えた貴方の指導の鬱憤がすべて担任にぶつけられていることを知っているのか!貴方の指導からこぼれた子供達が、心をぼろぼろにして壊れていく原因があなたでもあるということを分かっているのか!)

「自分を大切に出来ない人間は、本当の意味で相手を大切にすることはできない。自分が幸せじゃなければ、本当の意味で相手を幸せにすることはできない。」


  彼はまだ教師になって数年だoでも、経験を積んでやっと実感できるようなことを既に分かっている。それだけ若い頃苦労と言うか、心が苦しんできたのだろうo
 優等生で教師になっちゃった人は、心が苦しんでいる生徒にぶち当たって、自分も真剣に悩まないと、分からない。

 ただ、この本の中でも、ドラマと一緒で、先生達のご苦労にはあまり触れられていない。殆ど全員が何がしかの心に傷を負った子供達をあずかっているのだから、どれだけ体と心のエネルギーを使ってきているのか、荒れた現場を経験した人でなければ、たとえ教師でも分からないだろうなあ。





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