maki5417さん

どうなんでしょうか?
特に子供の頃父に五箇山に連れて行ってもらったわけでもなく。
去年に行ったのが思いがけずに良かったのか。
であれば良いのですが。 (2016年11月17日 22時03分23秒)

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2016年11月17日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
父の話の続きです。
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/joeshow/KA.Blog/20161016.html


9ヶ月前に歩けなくなって以降、急速に父は衰えてきました。そして結局昨年車いすの父を乗せて五箇山に行ったのが、最後の家族旅行となりました。

まだ今年の寒い時期に、父に何か楽しみを持たせようと母が「今度どこに行きたい?」と聞くと父は「五箇山」と。「え、去年行ったばかりなのに?」と聞き返すと「うん」と。ただ理由に関しては聞き返しても、残念ながら発音がハッキリしないのでよくわかりませんでした。

私は「北陸新幹線は乗りたくない?」と聞きましたが、「別に乗りたくない」という返答。電車好きの父だったのに意外な回答でした。何か遠慮していたのかも知れません。父と数年前に北陸新幹線が出来る前、加賀温泉に旅行に行ったのが最後の電車旅行。その時に車いすで移動したのが大変だったと感じたのでしょうか。

「PTEG」の処置をして首に管を通してしまうと、もう外出はできません。こうなるならば、春にもう一度五箇山に行っておけば良かった。結局父は肺炎こそ治ったものの、もう食事をとることはできず、車いすに移乗することも無くなり、遂に完全な寝たきり状態になってしまいました。一時少し回復を見せて「これなら多少は良くなって、少しは食べられるようになるかも」と思った淡い期待は瞬間的に打ち砕かれました。

そうして「PTEG」の処置がなされました。処置自体は1時間もかからないそうで、万一のことがあった時のための同意書はいつもながら書かされましたが、そんなに難しいものではないとのこと。なので術中の家族の立ち会いすら不要でした。

それから数日して、父の容態は相変わらずでしたが、顔色は少しずつ良くなってきていました。やはり今までの点滴での栄養摂取よりは、効率的にカロリーを採ることができるようです。

ある時私が見舞いに行くと、父は目を開けており、相変わらず「あー」としか聞こえない返事しかできませんが、比較的調子が良さそうでした。

恐らく「母ちゃんは?」と私に尋ねているのだろうと思いました。と言うのも、前の施設にいた頃、私と母のどちらかだけが顔を出すと、必ず第一声は「もう一人は?」と聞いていたので。






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Last updated  2016年11月17日 17時03分28秒
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Re:父との別れ その9(11/17)  
maki5417  さん
富山の人は、五箇山と越中おわら節に思い入れがあるのでしょうか。 (2016年11月17日 21時25分25秒)

Re[1]:父との別れ その9(11/17)  
てけてけ0  さん

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