オトキチ日記

我か？　彼か？

北朝鮮旅行記３日目

我か？　彼か？

「骨が別人であつて一番困つたのは小泉さんです。ですから日本政府が嘘をついて別人の骨だと言ひ張つ
てゐるといふことはありません」

「でも」と、更に私。「仮に横田めぐみさんが生きてゐたとして、何故、帰さないのか、その理由がよ
く分りません。国家の重要な仕事をしてゐるからだといふ人もゐますが、それもなんだか」

「さうですよ」と李さん「帰さない理由なんてないですよ。リストに100人ですか？　わが国は豊かで
はありませんね？　そんな100人も食べさせるの大変です。さつさと帰しますよ」

「でも」と更に私。「拉致が認められるまでに、同じ議論がありました。朝鮮が拉致したなんてありえ
ない。14歳の女の子を拉致して何させるんだ？　育てるだけで大変だ、教育するだけで何年もかかる。
そんなことするわけはない」
「さうですよ」と李さん。
「でも、実際に拉致されてゐました」と私。

「いま、日本の論調は拉致がすべてです。これが進展しないと何もできません。しかし、これは日本に
とつても良い状態だとは思つてゐません」

キムさん李さんの言ひ分は「拉致を認めた。謝つた。被害者も帰した。骨も渡した。それなのに日本は約束を
破り、被害者を「帰国」させない。骨は偽物だとなんくせをつける。朝鮮が何をしても言ひがかりをつけてく
るばかりで、関係改善などする気もない。嘘つき、ごろつきの国だ」といふところか。

もちろん固い話ばかりではなくて、キムさんが卓球の愛ちやんに似てゐるといふ話もこのときしました。
「日本のお客さんみんなさう言ひます」と笑ふ。「そんなに似てゐますか？」

さうかうするうちに男の人がひとり入つてきてカウンターで店員さん相手に飲みはじめた。
顔見知りのやうす。しかし、従業員といふには態度が大きすぎる。
「泊まつてゐるのは私たちだけではないのですか？」と私。
「あれは国内観光客ですね」と李さん。

しかし、この答へは偽りであらうといまでも思ふ。一見の観光客の態度ではない。
察するに「監視役」か。
私らだけで暇だし、悪さをするやうでもないから、監視方々飲むことにしたといふところであらうといふのが
私の推測です。

この夜だけの話ではなかつたのだが、キムさんからはホームレスやニートの話題も出た。
ネガティブな報道はよく伝はつてゐるやう。さしづめ日本人の半分はホームレスといふところか？

「日本ではホームレスがたくさんゐると聞いてゐます」とキムさん。「家もない人がたくさんゐるのですよね」
「たしかにゐます」と私。「しかし仕事がないからといふ理由だけではありません。贅沢を言はなければ仕事
はあります。また、病気などで本当に働けないのなら生活保護といふ制度もあります。むしろ彼らは社会と関
はることを拒否してしまつた、あるいは諦めてしまつた人たちなのです」
「それはなぜですか？」
「社会に関はつてゐても、目標がなく、生きがひを感じられないのです」

「若い人がなぜ働かないのですか？」
「日本が豊かになりすぎたといふことが理由のひとつです。働かなくても親の収入だけで暮してゆけるので、
いやな思ひをしてまで働かうといふ気が起きないのです」
「でも、親が死んだらどうしますか？」
「さうです。先のことは考へてゐない、考へることを保留してゐるのです。まだ死ぬのは何十年も先のこと
だし、と」
「働かなくては、結婚もできませんよね？　それで親もゐなくなつて、仕事もなくてどうするのせう？」
「その通りですね。最近の若い人はひとつの仕事を長く勤めるといふ辛抱ができない人が増えてゐます。少し
働いて、すぐ辞めてぶらぶらする。お金がなくなつたらまた少し働く」
「それでは専門的な仕事は覚えられないのではありませんか？」
「さうですね。だから賃金も安い。でも、その安い賃金でもなんとか暮してゆけるのです。日本が豊かになり
過ぎたといふことのよくない点のひとつでせうね」

住宅について。
「わが国では土地はすべて国のものでありますから、個人は土地は持ちません。住宅は国が建てます。人民
はそこに住む権利を無料で得ます。月給の３割くらゐを使用料として払ひます」
「３割ですか？　結構多いですね。すると日本で家賃を払ふのと同じやうなものですね」
「少し違ひますね」とキムさん。「例へば家族が増えて狭くなつたら広いところと交換することができます。
日本のアパートではさういふことはできないですよね？」

仕事について。
「仕事はどうやつて決まるのですか？」
「う～ん、個人の希望によりますね。かういふ仕事をしたいと申請して、それに沿つて決められます」
「希望が全部認められますか？」
「それは、いろいろですね。認められない場合もあります」

離婚について。
「離婚は認められてゐますか？」
「離婚する人はゐますね。それぞれの事情でありますから」

キムさんの話し言葉は基本的に「あります」調なのだが、これが耳に心地よく、聞いてゐるだけでうつとり
としてしまふ。でへへ。

「キムさんが日本に来ることはできますか？」
「それは、申請すれば許可は下りると思ひます。でも、日本の入国許可が出ないでせう」
なるほど、それはさうだらう。

「アメリカが朝鮮を重要な軍事拠点と看做してゐることは確かでせう」と私。「しかし、それだけが理由で
はありません。アメリカは自分の価値観を世界に広めたいと思つてゐるのです。アメリカが考へる国のあり
かたが正しく唯一のものだと信じてゐます。だからアメリカ流のやり方をしてゐない国は許せません。アメ
リカの介入の最大の理由のはさういふことだと思ひます」

つまり、金正日体制が続く限りは現状は打破できないと遠まはしに言ひたかつたのですが、
ここでキムさんは、
「朝鮮がどんな国だらうと、関係ないぢやないですか！」と吐き捨てるやうに言つた。

こんな会話をこの夜ばかりではなくしてゐて、私はますますキムさんに惚れました。

日本の女の子で国家についてこんなふうに考へてゐる子がどれだけゐるのか？
いや、国家について考へようが考へまいが、そんなことはどうでもいい。
なにかを本気で考へることをしてゐる人がどれだけゐるのか？

旅行後、北朝鮮の話をすると、多く返つてきた感想が「洗脳されてゐるんだね」といふものだつた。
これは違ふ。
洗脳とは、本来Ａといふ考へだつたものがＢに変つてしまつたことを指す。
さうではない。
かれらはもともとＢなのだ。
洗脳とは言はない。

ではＢに統一されてゐる実態を「思想統制」と言はうか「教育」と言はうか。
それで？　Ｂに統一されてゐない日本は何なのだ？

言論の自由を謳歌してゐるのか？　自分の考へを叫んでゐるのか？

違ふ。

思考停止してゐるだけだ。
何も考へなくてもいいですよ、ボケッーとしてゐても大丈夫ですよ、豊かで便利な生活は送れますよ、
と言はれて、その通りに白痴の日々を送つてゐるだけだ。何も考へないで済む日々を与へられて、便
利な生活に溺れてゐるだけだ。

どつちがまともなのか？

我か？　彼か？

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