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「出る」 とは自然の流れに沿ったものの表現の様に感じる・・・。
例えば 「排泄行為」 は 「出る」 が近い。
「出す」 になると、薬か何か服用しないと出ないから出すのだろう。
「出る」 とは 「自然」 であり、 「一定のリズム」 があるのではないだろうか・・・。
だから習慣化しやすいものは 「出る」 方で
「出す」 方は 「時と場合によって使いわけるもの」 の様に思う。
そう考えると 「出す」 は高度な手段であり
使い方を熟知しないと良くない方向にも向いてしまう。
「出る」 の進行形が 「出す」
無意識の出ると意識化の出す・・・。
「出る」 の進行形の 「出す」 は
「出る」 という土台が出来て初めて 「出す」 事が出来るのだろう・・・。
オーラなんかはそうだと思う。
オーラは消すことも出すことも自由である
場所によっては消して静かに周りを眺めている
日本で代表的なものは
「水戸黄門」 じゃないかな・・・・。
なんか只者じゃない感じは少しは受けるが、
皆の中に溶け込んでいるからぱっと見は解らないもの。
そしてここぞという場面でオーラ全開(紋所を出す)にする・・・・。
(余談だが、出す場所やタイミングを間違うとただの自慢オヤジになるね…)
だから 「出る」 より 「出す」 は高度な感覚が必要なんだろうね・・・。
なんて考えていた今日この頃でした!