新入りかつ最年少で、外見の柔和さも手伝って何事にも控えめな印象を受けるが、客観的・常識的な視点を生かした冷静な判断を下せることが持ち味であり、70年代後半にクイーン自らがマネージメントを行うようになってからはビジネス面でその手腕を発揮していた。また作曲面では、初期こそ他のメンバーに遅れをとっていたものの、1976年の『マイ・ベスト・フレンド(You're My Best Friend)』で自作2作目にして初のシングルヒットを放ち、以来、全英・全米1位に輝いた唯一のアルバム「ザ・ゲーム(The Game)」の成功の一端を担った『地獄へ道づれ(Another One Bites The Dust)』、特に非英語圏で平和の讃歌として愛唱された『ブレイク・フリー(自由への旅立ち)(I Want To Break Free)』など、寡作ながらも効率的にヒットを飛ばすことに関しては他メンバーの追随を許さない。
気の合う友人同士でのセッションは80年代に幾つか存在し、クイーンが活動休止していた1983年、元フリーのドラマー、サイモン・カークらとプレイした『Picking Up Sounds』という曲をMan Friday and Jive Juniorのユニット名でシングル・カットしたものが最初である。その他、エルトン・ジョンの2枚のアルバム「アイス・オン・ファイアー(Ice On Fire)」「レザー・ジャケッツ(Leather Jackets)」では各1曲づつロジャーと共にリズム・セクションを担当、1988年のプリンス・トラスト・コンサートにはブライアンと参加し、ジョー・コッカーのバックで『あの娘のレター(The Letter)』を演奏している。
お遊び的なものでは、1987年、ブライアンがプロデュースした「バッド・ニューズ(Bad News)」の中の『ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)』においてオペラ・セクションのコーラスに加わっている(ちなみに聴いても分からない)他、1988年、Morris Minor and the Majorsというアメリカのバンドのプロモーション・ビデオ2本に出演(そのうち1本では青いカツラのギタリストに扮装)しているのが御愛敬である。
他メンバーのソロ活動にも協力しており、ロジャーの「ストレンジ・フロンティアー(Strange Frontier)」(1984年)ではクレジット表記は無いが『イッツ・アン・イリュージョン(It's An Illusion)』、ブライアンの「バック・トゥ・ザ・ライト-光に向かって-(Back To The Light)」(1992年)では『ブルーな気持ち(Nothin' But Blue)』(コージー・パウエルの「ザ・ドラムス・アー・バック(The Drums Are Back)」収録のインストゥルメンタル曲に歌詞が付いたもの)でそれぞれベースを担当している。そして他メンバーのソロ作品中、ジョン自ら「最も好きなアルバム」に挙げるフレディとモンセラ・カバリエの「バルセロナ(Barcelona)」(1988年)での1曲、『ハウ・キャン・アイ・ゴー・オン(How Can I Go On)』では、2人の卓越したボーカルに優しく絡むベース・ラインを奏でている。
Man Friday and Jive Junior シン・リジィのスコット・ゴーハム、プリテンダーズのマーティン・チェンバース、フリーのサイモン・カーク、バッド・カンパニーのミック・ラルフスと結成したユニットで、自作『地獄へ道づれ(Another One Bites The Dust)』よりも更にシック寄りのナンバー、『Picking Up Sounds』を演奏、シングル・カット。プロデュースはジョンとロバート・オーワイ。
1984年
Roger Taylor ソロ・アルバム「ストレンジ・フロンティアー(Strange Frontier)」の中の1曲『イッツ・アン・イリュージョン(It's An Illusion)』でベースを演奏。更に、日本未発売7インチ・シングル『Strange Frontier / I Cry For You』のB面のリミックスを担当。
1985年
Elton John アルバム「アイス・オン・ファイアー(Ice On Fire)」の中の1曲『トゥー・ヤング(Too Young)』にロジャーと共に参加、ベースを演奏。
1986年
Elton John アルバム「レザー・ジャケッツ(Leather Jackets)」の中の1曲『アンジェリーヌ(Angeline)』にロジャーと共に参加、ベースを演奏。1985年のセッションと同時期のものである。