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2013.07.06
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カテゴリ: 夕張
 畠山氏は、中学卒業の若干15歳で父の勤める北炭(北海道炭鉱汽船株式会社)に坑員として就職した。大家族の長男として、進学をあきらめての決断だったと思う。氏の凄いところは、過酷な炭鉱勤務をこなしながらも絵を描き続けたことだ。絵を愛する先輩や仲間たちと活発に活動していたという。
 さらに驚くべきことには、就職からわずか5年目(昭和21年)に坑員から職員に登用されていることだ。北炭では、従業員を坑員と職員に明確に区別しており、坑員から職員になることは、かなりの大出世だった。まず、職員になるためには鉱山技術員養成所で学ばなければならなかったし、そこで学ぶメンバーに選ばれることさえ大難関だったはずだ。なにしろ、坑員と職員は、居住区、住宅、銭湯も別であり、給料日とその受け取り方も区別されていた。したがって、畠山家は、沢向かいの職員住宅へと移り住むことになる。この時の父上や畠山一家の喜びは計り知れないものだったのではないだろうか。





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最終更新日  2013.07.07 01:18:37
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