ラッコの映画生活

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2008.02.13
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カテゴリ: フランス映画
LE PONT DU NORD
Jacques Rivette
124min
(DISCASにてレンタル)

pdn0.jpg

どうして今もって人々は映画に物語を、物語を語って聞かせてもらうことを、当たり前のように要求するんでしょうね。全然違うものだけれど、絵画にも何を描いたのかわからない抽象絵画があります。ならば何を語っているのかわからない映画があっても良いではないですか。もっともモナリザが来るって言えば観にいく人はいっぱいいても、カンディンスキー展に行くのはごく一部の人でしょうか。色んな映画のところで書いているけれど、映画の面白さというのは様々な要素から成り立っています。その一つの要素、多くの映画では大きな比重を占める一つの要素が「ストーリー」ですが、それがすべてではないわけで、他の諸要素との複合として、観客をエンターテインするのが映画です。ならばストーリー以外の映画の要素に重点を置いた映画もアリですね。そういうストーリー以外の要素を享受することができなければ、きっとこの作品はつまらないと思います。ボクは好きな映画です。DVDなどを所有したい系の映画です。

こういう映画を作る場合の監督の構想っていうのはどういう風な過程を経て、実際に撮影・編集をして、出来上がった作品となるんでしょう。例えばまずは全部ロケで屋外で無照明の撮影なんてのを考える。カメラと同録機材さえあれば撮影できるわけで、映画の基本で作品を作ることですね。そうすると人工照明を必要とするかも知れない室内のシーンが撮れない。そこで主人公ビュル・オジエを閉所恐怖症にする。主人公が室内に入らないのだから室内のシーンもいらない。車にさえ乗れない彼女だから、じゃあ刑務所を出所してきたビュル・オジエはトラックの荷台に乗った姿で登場させよう。パリのメトロは一部地上の高架線部分があるから、閉所中の閉所空間である地下鉄との対比で、この高架部分で彼女をメトロに乗せてしまおう。それでも夜は何処かに泊まらせなければならない。じゃあウィリアム・ワイラーの「広大な空間」(Les Grandes Espaces=『大いなる西部』)って映画を深夜上映している映画館で彼女を寝かせてしまうのもシャレが効いているじゃないか。朝彼女が映画館から出てきたところで、次の上映作クルーゾーの『囚われの女』にポスターが貼りかえられるのもまたまた面白い。

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ビュル・オジエは好みの女優。娘のパスカル・オジエも個性的女優。じゃあ母娘の共演にしてみよう。パスカルはビュル19才の時の子供だから、2人は親子といっても年齢差が少ない。親子ではなく10才くらいの歳の違いの仲間、友達のようなのにしてしまおう。母だから名前はマリーにしようか。前に撮った 『セリーヌとジュリーは舟でゆく』 の2人みたいに偶然出会った女二人の冒険の話がいいな。自分は体制の仕組みの中での個人という、まあ政治的問題とも言えることをもちょっと扱いたいし、あくまで正面から追求するというより背景というか通奏低音のような形だけど、1970年代的な暗殺やら疑獄のような事件をちょっと臭わせて、あとそうだマリーはこの間ビュル・オジエが出ていたファスビンダーの映画『第三世代のテロリスト』から引用して、かつてのテロリストってことにしよう。現体制への不満という流れではスタンダールの『赤と黒』があったな。じゃあマリーの恋人の名前はジュリアンにしよう。ビュルは黒と赤が似合うから、ジュリアンに会いにいく時に赤と黒の洋服着せるってのも面白いじゃないか。それまで黒ずくめだった彼女がジュリアンに会いにいくのに突然スカートだけ赤いのにはきかえるってのがいい。

『セリーヌとジュリーは舟でゆく』はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を下敷きに使ったけれど、今度はセルバンテスの『ドン・キホーテ』にしよう。見えない陰謀の渦巻く体制的権力、それに立ち向かう、そんな役をパスカル・オジエにやらせよう。彼女は背も高くて身体も締まっているから、そうカラテでもやらせよう。それで監視の象徴として「目」に立ち向かうドン・キホーテがいい。カラテの動作で気合い入れて、そうそれで街中のポスター写真の目に戦いを挑む。自分は竜が好きだから、このドン・キホーテの最後の戦いは竜とさせよう。竜の形をした妙ちきりんな滑り台か何かがいい。親子という設定ではないけれど、もちろん年令的にビュルのマリーの方が年長で、その彼女を、(親よりも)世界のわかってる風なつもりで守ろうとする役がいい。こういうのは年老いた母と若い娘の関係であったりするけれど、この実の母娘に友人同志という形でそれをやらせてみよう。名前は・・・?、ビュルがマリーだから、キリストの洗礼者ヨハネからとってバティストってのはいいかも知れない(バティスト=洗礼者の意)。

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Last updated  2008.02.15 00:24:57
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