そんな静かなチュイルリー駅のホームのベンチに一人の外国人観光客が座っている。ルーヴル美術館を見物してきたらしい。英語のガイドブックを開いて「パリは文化の街、美食の街、そして恋人たちの街」等と書かれているのを読んでいた彼がフと視線を本から上げると、線路を隔てた反対側のホームのベンチで愛し合うカップルが目にとまった。そしてその女と目と目が合ったとき、男は気付いて線路越しに文句をつけ始めた。日本的に言えば「ほら、何見てんだよ、もの欲しそうに人の女見てんじゃねぇよ!。」ってな感じ。言葉もわからず、慌てて観光客の男がガイドブックを見ると、メトロは便利だけれど、スリなどに注意することと、決して他人と目を合わさぬこと、と書かれている。巻末のフランス語会話集を見て、ホームの向こうで男が叫んでいる言葉を探すと(まあそんなのが日常フランス語会話集に出ているはずもないけれど)「Qu'est ce que tu regardes, connard?」=「What are you looking at, cunt(cunt person)?」とある・・・。いちおうストーリーのあるショートなので、この先のネタバレはしないでおきます。
第5話『16区から遠く離れて』ウォルター・サレス&ダニエラ・トマス監督 LOIN DU 16E Walter Salles & Daniela Thomas
この第5話は個人的にはいちばん好きな1編です。監督はブラジル出身の二人。他にも共同監督しているらしいですが、作品は見たことはありません。主演女優のカタリーナ・サンディノ・モレノは、監督のブラジルと同じ南米のコロンビア出身の人です。パリ郊外に住む貧しい移民の役で、子供にたぶん故郷の子守唄を歌ってやるのだけれど、その言葉がわからないので、何処人という設定なのかの特定は出来ませんでした。でも気持ちとしてはベトナムにしたいところです。何故ならこのショートのタイトル『16区から遠く離れて』(Loin du 16e)は、明らかに1967年の映画『ベトナムから遠く離れて』(Loin du Vietnam)を文字っているからです。この映画は北爆も盛んであったベトナム戦争に関して、遠くベトナムから離れて(主に)パリからベトナム戦争を考えるというものだったわけです。ベトナムは旧フランス植民地であり、またベトナム戦争も米国がフランスから引き継いだものだし、南北問題というか西側先進国の資本主義構造の世界、反共という意味での米ソの対立等が背景にあって、単純に批判だけできるものでもなかった。