ラッコの映画生活

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2008.05.02
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カテゴリ: フランス映画
Les Contes des quatre saisons
CONTE D'HIVER
Eric Rohmer
114min
(所有VHS)

hiver00.jpg



昨日5月1日付の日記 の続きなので、そちらから読んで下さい。



hiver7.jpg

昨日付の日記 に書いたように、この作品は「本当は」あるいは「本当の」ハッピーエンドではなくって、実に懐疑的なラストです。シェイクスピアの『冬物語』にかけてあるから冬の物語ですが、ここでクリスマスという時期が選ばれているのには色々含意があると思います。そもそも、すれ違いカップルの再会のハッピーエンドの物語ならば、クリスマスに再会する方がロマンティックです。しかしここでは大晦日の再会です。新年から何かが始まるという意味でもあるのでしょうが、昨日書いたように、その新しい門出は必ずしも明るくは感じられません。日本ではクリスマスはとうの昔に宗教性を離れてしまいました。(ちょっと余談ですが、ボクが子供の頃は、クリスマスカードと言えば、半分以上が宗教的図柄でしたが、今ではそんなものを探す方が困難です。一方では飲んだくれお父さんの「パー券」とかいう非宗教的な世界も既にあったけれど、街の小さなルター派教会とかでのクリスマス会へ非信者が行くなんてのもありました)。

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余談はさて置き、クリスマスというのはそれでも1年のうちでいちばん宗教を感じる時期です。必ずしも抹香臭い意味での宗教(キリスト教)というわけではないけれど、この映画は宗教を扱ってもいます。それは文字通りカトリック信仰でもあり、もっと一般化して信じる何かとか価値観ということでもあり、あるいは超自然的直感とかいうようなことでもあります。フェリシーが別れを告げにいったロイックの家に来ていた客との会話(議論)も、超自然や信仰の問題が話題でした。ロイックという人物自体が観念的カトリック信者のインテリとして描かれています。そんな会話の中に「あなたはルルドを信じるの?」というのがありました。

hiver9.jpg

ルルドというのはスペインとの国境に近い南フランスの小さな町。1858年、ここでベルナデットという当時14才の少女に聖母マリアが出現したとされる。そこから湧き出た水は奇跡の水とされ、難病を治癒するものとして多数の巡礼者や観光客が訪れている。ボクも実際に行ったけれど、洞窟の上の方には治癒して不用となったという松葉杖がたくさん吊るされていた。ベルナデットは騒がれることを嫌い、8年後にある修道院に入って静かに余生を送った。そしてこの修道院のある地こそ、映画の舞台の一つであるヌヴェールなのだ。彼女は後に列聖され、聖ベルナデットとなるが、彼女の遺体は防腐処理をしていないにもかかわらず現在まで腐敗せず、ガラスの箱の中で眠るその姿を我々は見ることができる。週末にヌヴェールを訪れたフェリシーもマクサンスに案内されてその聖ベルナデットを見に行く。(実際に間近で見ると、死んだばかりの遺体というよりも、厚化粧を施されている感じだった)。

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マクサンスの故郷がヌヴェールで、そこに美容室を開く。しかしこれはヌヴェールでなくても、パリから直通の幹線列車で2~3時間で行ける場所なら何処でも良かったはずだ。そんな都市は他にもある。その意味でこのヌヴェールも意図的に選ばれた都市なのである。(ヌヴェールと言えばデュラス/レネの傑作 『二十四時間の情事』 never を連想する都市として無意識のうちにヌヴェール( Nevers )使っていたと回想している)。

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映画の冒頭で5年前夏のフェリシーとシャルルの幸福が描かれる。このほとんどサイレントに近い映像は、ロメールには珍しく(と言ってもロメールだから控え目で上品な描写だけれど)ベッドでのシーンも描かれていた。そして「冬」物語として5年後の世界は灰色を中心とした暗い色調で、屋外撮影ではたぶん人口的補助照明の使用もほとんどない。それと比べれば、冒頭のシーンは夏の光と色彩が美しい。(映画のラストでこの輝かしい色調が戻ってこないことも、このラストが決してハッピーエンドでないことを暗示している)。この光り輝く世界(映像)は天国、あるいは神の象徴であるとも捉えることができる。映画の大部分にシャルルは登場しないが、常に存在している。娘の部屋には会ったことはない父親シャルルの写真が飾られているし、フェリシーの行動を規定し、あるいはロイックやマクサンスの運命を規定しているのも、不在であるシャルルだ。フェリシーにとって毎日娘エリーズを見ることは、その背後にシャルルを見ることでもある。例えば姉が言うように「決して再会などあり得ないシャルル」を追い求めることは、神の存在・不存在という信仰の問題でもある。そしてフェリシーはいみじくもヌヴェールの教会で「再会を信じる」(=神を信じる)啓示を受けるわけだ。

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この映画のフェリシーは、本人も言うようにインテリ(知識階層)ではない。しかしロイックが分析するように、フェリシーが無学ながら自分の言葉で語ることは、パスカルの思想であり、プラトンの思想だった。( 『春のソナタ』 ではカントが一つのテーマとなっていた)。直感でものを理解する女性と、言葉というロジックで理解する男性(ここではロイックがその象徴)という男女の違いを、ロメールは描いている。「気分屋」という言い方で表現しては女性に失礼かも知れないけれど、まさに気分ないし直感で男を振り回すのが女だ。やや誇張はされているけれど、その辺の女性観を良く表現した映画であるとも言える。そしてその女性を演じたシャルロット・ヴェリーは素敵に名演だ。ロメール映画で彼女に近いのは『緑の光線』のデルフィーヌだろう。そのデルフィーヌをやはり素敵に名演したのはマリー・リヴィエールなのだけれど、この『冬物語』の中でもほんのちょい役として、ロメールはちゃんとこのマリー・リヴィエールを登場させ、バスの中でこの姉妹を出会わせていた。

以上は昨日5月1日付の日記からの続きです。

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Last updated  2008.05.09 04:36:26
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