５．精神科薬を飲み始める
５．精神科薬を飲み始める
3年目にはいるころには、職場の人から見ても分かるぐらいに、
｢表情が暗い、口数が少なくなった｣という状態になっていた。
ふっと気づくと、どっか遠くに行ってしまいたいとか、
死を考えるようになっていた。
ある日、私は心に深い傷を持った患者さんの話をじっと聴いていた。
患者さんは、つらい状況を話しているうちに興奮し、痙攣を起こして
倒れてしまった。
その後、患者さんの状態は落ち着き、仕事が終わり自分も家に帰った。
しかし、部屋でくつろごうとしたら、私は患者さんと同じように
体が震えてきて、恐怖と孤独感で体を丸めてうずくまった。
それは今まで体験したことのない感覚で、世界と自分が
分断されたような恐ろしさだった。
階下の部屋で両親が会話しているのが分かるのだが、私だけが
別世界にいるような気がした。
それからは、恐ろしいことばかり頭に浮かんだり、突然、
涙があふれたりして、「もう限界」という状態になってしまった。
そこまでいって、上司である医師に打ち明けた。
上司から、坑うつ薬と抗不安薬、睡眠導入剤を処方され、飲み始めた。
上司に打ち明けたことで、気分も楽になった。
しかし、事務員や薬剤師の人にも知られたことや、
絶えず薬を切らさないようにもらわなくてはいけないことが、
苦痛に感じるようになった。
それまで患者さんに「うつ病は誰でもなる可能性があるし、
必ず治りますから」とか「薬は、メガネのようなもので、生活を
しやすくする道具だと考えてはいかがですか？」などと言っていた。
自分がいざ、精神科薬を飲み始めると、患者さんがどんな気持ちで薬を
やめたがっていたかが、分かった。
なんと軽々しい言葉だっただろう。
薬を飲むたびに、自分が普通でない、病気なんだ、不完全なんだと
いうことを意識させられるのだ。
一生薬を飲まなければ生きていけないのだろうか、そんな不安が
心をよぎる。
これでは、結婚もできないだろうと、そんなことまで
考えていた。
自分が、心の病に対して、世間の人と同じように、いやそれ以上に、
偏見を持っていたことに、気づかされた。
本当は、心病む人は、サポートされるだけ人ではないのだ。
彼ら自身の中に、強さや自分で回復する力があり、
苦しい状況にチャレンジしている、尊敬すべき人たちなのである。
彼らこそサポートする側を助けているのに、当時は、そんなことすら
本当には気づいていなかった。
いらいらと焦りも多少減り、睡眠は取れるようになったものの、
薬のせいなのか、いろんなことを感じないようになっていった。
つらいこともあまり強く感じない代わりに、うれしいとか楽しいとか
いう感情も感じなくなり、ご飯もおいしくない、何をしても楽しくないと
いう状態だった。
季節の変化も分からないし、まさに、砂をかむような生活がつづいた。
薬は、回復を助けるものであるが、薬だけでは回復できない。
薬は、むしろ、回復の道を歩むためのエネルギー補給に過ぎないと
考えている。
眠れない、食べれないでは、何もできないのである。
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