お茶かけごはん と ねこまんま

お茶かけごはん と ねこまんま

2006.01.06
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カテゴリ: 年寄りと暮らす
日に日に精神状態が悪くなるじいちゃんは、酒を飲んで茶碗をばあちゃんの方へ投げてよこしたり、ドアを叩きつけるように締めたりするようになり、ばあちゃんとは口を利かなくなった。


週に2度、ばあちゃんは決まって出かける用事があり、その日はじいちゃんの昼ごはんを私が用意することになっている。
じいちゃんは食べ物に独特の癖があり、ひとつのメニューが気に入ると当分の間、徹底してそれしか食べない。
その頃のお気に入りは素うどん。
鍋の中で溶けてしまうのではないかと思うほど、クタクタと煮た麺をスープの中に入れるだけだから、手がかかるものでもない。

その日私は午後から用事があり、じいちゃんのうどんを作って声をかけた後、急いで自分の昼食を食べて出かけた。
ところが家に戻ってじいちゃんに「ただいま」と声をかけると、ジロリとにらんで返事をしない。いつもの事ながら何が理由かわからないが、どうも私にもだんまりモードになっているようだ。
気にしないでおこうと思った。辛いのは結局本人だ。

「うどんが冷めていた。」

猫舌のじいちゃんは、できたてを食べられない。ばあちゃんも気をつけているのだが、それでも「こげな熱いもん、食われるか!」と文句を言う事が時々あった。
それで私はうどんの器をわざと温めなかった。「うどんができたからどうぞ。」と声をかけてから、なかなか食べに現れなかったのは自分じゃないか。
それを、「うどん作ってから自分の昼飯をゆっくり食べて、それから俺に声をかけたに違いない。」とご立腹だ。
確かに、じいちゃんが居間に現れるのと同時に私は家を出たが、それだけ急いでいただけの事。自分は呼ばれてから何をそんなにぐずぐずしていたんだ。
そもそもそれだけの理由で、よくもまあ人ひとりの存在をまるっきり無視するようなことができるものだ。

私は、じいちゃんの昼ごはんは作らないと決めた。やってられない。いい年したじいさんの子供じみた我がままに振り回されるのはごめんだ。
向こうも口を利かないだけに、昼時になると自分で勝手にカップ麺を作って食べるので、これ幸いとお気に入りのカップ麺を山ほど買って置くことした。
好きにしておくれ。私はしらない。

いつもならターゲット以外の者とは口を利くのだが、このときじいちゃんはとうとう誰とも口を利かなくなった。みんなもじいちゃんが部屋に入ってきても何も言わない。そんな日が数日続き、ある朝ボソッと私に「おはよう」と声をかけてきた。でも私は返事をしなかった。私の中で積もり積もった気持ちが意地悪に形を変えていた。

そんなある日、事態は急変した。

ガタガタと椅子が激しく動かされる音に続いてドアのけたたましい音がして、ばあちゃんの「痛い、痛い!」という悲鳴が。
ただ事ではない。あわてて階段を駆け下りると、うずくまるばあちゃんにこぶしを振り上げるじいちゃんの姿があった。

「何してるの!」
とっさに私はじいちゃんを羽交い絞めにした。
「はなしてくれんね!こいつは、こいつは、こげんでもせんと分からんとたい!」

そこへ二階から中学生の長男が、何事かと降りてきた。
そうだった。今日は熱を出して学校を休んでいたのだ。夫の職場に急いで帰るよう電話をするように言った。

そう遠くない職場からとるものもとりあえず夫が帰ってくるまで、私はずっとじいちゃんを押さえていなければならなかった。
夫がなんとかなだめてじいちゃんを居間のソファーに座らせた。ばあちゃんは自分の部屋で泣いていた。
義妹も電話で呼ばれて飛んできた。そしてこんな日がくるのではないかと恐れていたと涙を浮かべた。

ソファーに座ったものの、獣のような恐ろしい声でわめき続け、隙があればばあちゃんを殴りに行こうとするじいちゃんを見ながら、義妹は私にこっそりと言った。
「救急車を呼んで。だめなら警察に電話して。」





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Last updated  2006.01.06 11:25:57
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