信仰者は夢を見る:川上直哉のブログ

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古代ローマ1:心棒

「古代ローマ世界における宗教的多元性」1:心棒

3月1日、多賀城市で開催された公開講演会
「古代ローマ世界における宗教的多元性」
に、行ってきました。
その概要は、
こちら で、詳しく読めます。

この公開講演会は、
昨年、東北学院大学キリスト教文化研究所主催で行われた公開講座と、
内容において、リンクしていました。

昨年の公開講座、講師は松本宣郎先生で、
お話は、「古代ローマ帝国によるキリスト教迫害」をめぐるものでした。
その内容は、「常識」を覆すものでした。

松本先生の話は、大体、こんな風でした。

私たちの「常識」に従うと、
「古代ローマ帝国」は、最初、キリスト教徒を迫害した。
たくさんの「殉教」の血が流され、数百年の艱難辛苦の後、
キリスト教がローマの国教になるという大逆転劇が起こった。
――そうなります。

でも、「史実」は、もう少し違う様相を語ります。

実は、「帝国としてのローマ」は、キリスト教を迫害したがらなかった。
迫害したがったのは、「民衆」や「市民」であった。
「帝国としてのローマ」を代表する官吏たちは、
民衆・市民たちの憎悪の激情に困惑し、
時に呆れ、時におもねった。
そういう姿こそ、資料から浮かび上がってくる「実相」である。

ネロやディオクレティアヌスといった皇帝は、
確かに、キリスト教徒を「狙い撃ち」にして迫害しました。
でも、それは、実に稀な事例だということです。
古代ローマ帝国の宗教政策は、どこまでも実際的で多元的なものだった。
諸宗教の平和的並存こそ、古代ローマ帝国の政策的目標だった。

ただし、キリスト教徒が、当初、激しく迫害されたことは、本当のようです。

誰が、迫害したのか。
民衆であり、市民が、迫害した。

身分の差・男女の別・出身地の違いを、
いっぺんに乗り越えさせてしまう、未知の宗教・・・「キリスト教」。
それは、「良識ある」一般の人々の顰蹙を買う「宗教」だった。
得体の知れない、「反社会的」宗教として、人々の不安を掻き立てる
正体不明の、気持ちの悪い「新興宗教」。
だから、キリスト教は、嫌われた。

原因不明の社会不安が昂ずる度、
「不安分子」として、キリスト教徒は槍玉に挙げられ、
「スケープゴート」として、なぶりものにされる。

ローマの官吏は、これに困惑していたようです。
そして、状況に応じて、民衆・市民に迎合した。
人々の不安と俗情に媚びる、ポピュリズム政治。
それが、「キリスト教迫害」の実相、だったようです。

秀吉以来の「キリシタン禁令」、
そして、
治安維持法による「迫害」。
そんな記憶に支えられて、
「キリスト教徒迫害」と聞くとき、
私たちはつい、
「上からの迫害」をイメージします。

でも、
「上からの迫害」を支え、あるいは導出した「下からの迫害」がある。

私たちキリスト教徒は、政治よりは宗教を行うはず。
ということは、本当は、
「上から」の事柄よりもむしろ
「下から」の事柄を、真剣に引き受けないといけないはず。

松本先生のご講演は、そんなことを、考えさせるものでした。

“「下からの迫害」に導出され・支えられる「上からの迫害」”

この図式は、イエスの十字架物語と聖書の誕生に、
スッキリとした説明を与えるように思います。

聖書が語るところにしたがえば、
イエスは、ローマ帝国の手によって処刑され、殺されます。
その処断を下したのは、ローマの総督、ポンティウス・ピラトゥス。
でも、この総督、処断を下すことを逡巡します。
適当に痛めつけて、イエスを解放してやればいいと、
そう考える。
でも、群集の熱狂に押され、
「もう知らんぞ、勝手にやれ」と、処断を下す。
聖書には、そんな場景が描かれています。
(詳しくは、来週日曜日の説教で話します。)

学者たちの多くは、口を揃えてこう言います。

>この聖書の書きっぷりには、
>ローマ帝国へのおもねりがある。
>こうやって、聖書はローマに媚びて、イエスの物語を捏造し
>遂に、ローマの市民権を得、更に、国教にまで伸し上がった。

なるほど、と思わせる説明ですが、
松本先生の描き出す「古代ローマ帝国」の様子を重ねてみると、
どうかな?と思います。

ローマ帝国の「支配の空気」は、諸宗教の多元的並存を目指すものであった。
「総督」という地位にまで駆け上がったポンティウス・ピラトゥスであれば、
この「空気」に馴染んでいた筈。
とすれば、なるほど、イエス処刑の処断を下すのに、躊躇して、
最後は放り出すようにする、その所作は、自然なものに見えてくる。

更に、松本先生の描き出す「古代ローマ帝国」の情景は、
イエス以後の「キリスト教」の成立、
なかんずく、「聖書」誕生の背景を、スッキリと説明するものとなります。

イエス以後、ローマ帝国各地で、
キリスト教徒が、イエスと同じように、殺されて行く。
群衆の声に押され、それにおもねる支配者の手によって、
「イエス事件」は繰り返されて行く。
そうやって、「殉教」という出来事が繰り返される。

「殉教」という悲劇に見舞われた時、
キリスト者たちは、イエスの物語を思い出す。
・・・「イエス事件」の繰り返しを、今、自分たちは引き受けている。
キリストの跡を、自分たちは辿っている・・・
この発見が、きっと、悲劇を耐える力となったことでしょう。

そうやって、「聖書」が選び出される。
「福音書」は、十字架を語るものに限定されて行く。
「ユダの福音書」その他、十字架の悲惨を語らないものは、
選から、落とされて行く。

そう考えると、イエスの出来事から聖書の成立まで、
一気に、スッキリ見通せます。

この「スッキリ」の心棒は、
「古代ローマ帝国の宗教的多元性」、です。

ということで、3月1日、私は勇んで出かけました。

あらびっくり。
「出かけました」までで、もうこんなに書いてしまった。
続きは、また今度。


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