信仰者は夢を見る:川上直哉のブログ

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古代ローマ2:図書館の誕生

「古代ローマ世界における宗教的多元性」その2:「図書館」の誕生

乾杯。
やっと、印刷が終わりました。
昨日から専心していた(はずの)論文です。

96945文字。
A4版で、624頁。
異常な、「大作」。

印刷するだけで、半日仕事です。
両面印刷で、厚さがちょうど3cm5mm。
もちろん、ホッチキスでは綴じられないので、
穴をあけて、紐で綴ります。

穴をあけていたら、あける場所を見事に間違えて、
印刷し直していたら、紙が無くなって、
時計を見たら、夜の10時。
近所の文房具屋さんはもちろん、もうお休み。
ヤアレヤレと、テクテク、コンビニ巡りへ行きました。
(体内血中アルコール度数的に、徒歩だったのです。)

歩きながら、考えました。

いったい誰が読んでくれるのかな・・・

とりあえず、私は、読みます。

今、完成品を指導教授の先生にご送付申し上げて、
ホッと一息、やっとお風呂でした。
私は、自分用に印刷した論文をお風呂に持ち込んで、
唸りながら、耽読していたのです。
次々に見つかる粗に眩暈を起こしながら、
でも、どんどん読みます。
どんどん、読める。

自分の書いた文章を読むことは、私にとって楽しいことです。
ナルシスト、なのかな・・・そうかも知れません。
でもそれだけではないようです。

何度も何度も読まないと、粗が消えない。
体の芯まで粗忽なケアレス人間は、
しょうがないから、何度でも、自分の文章を読み直す。

でも、それだけでも、ないようです。

確かに、この論文、面白い、というか、よく調べた。
英国の神学者P・T・フォーサイス の神学を研究した論文。
誰もそれを読みたがらないから、かも知れないのですが、
日本語では、なかなか、その実態は、よく分からない。
でも、この論文には、その情報がてんこ盛りです。
じっさい、溢れるくらい。厚さ3cm5mmになるくらい。
だから、フォーサイス研究者である私にとって、この論文は、「面白い」。

たぶん、フォーサイス研究をしている人にとっては、
きっと、厚さ3cm5mmは、「嬉しい厚さ」でしょう。
でも、そうでない人にとっては、「不愉快な厚さ」かも。
「よく書いたね・・・すごいね」という讃辞は、
「私はこの内容に関わりませんので、失礼!」というナイショの言葉を、
その裏側に潜ませることが、多いのです。

少なくとも、私は、そうです。ごめんなさい。

この論文を読むと、我が家がすごいことになっていることが判ります。
フォーサイスに関する資料が、うなるほど、この部屋に収まっている。
この部屋は、たぶん、世界有数の「フォーサイス資料アーカイブ」になっている。

でも、その「アーカイブ」は、たぶん、ほとんど、公共性をもっていません。
もちろん、このブログで私にアクセスしていただければ、
喜んで、私の資料を公開いたします(法に触れない範囲で)。

でも、私の「書庫」は、公共のものではない。
「私」のものです。
「私」の目的に徹底的に縛られて、私の為だけに、蒐集された文書たち。
私の「書庫」は、「アーカイブ」であっても、「図書館」ではない。

「アーカイブ」という言葉と、「図書館」という言葉。
似ていますが、内容は、相当違うように思います。

「アーカイブ」について、
「アーカイブの役割とは何か」
というブログで、とても丁寧な論究がなされていました。

今から200年前のフランスで、、反動的保守政治に対抗する為に、
共和主義者が武器にしたのが、「公文書館」=「アーカイブ」。
広く人々の「言葉」を集め、あるいは、権力者の「言葉」をしっかりと留め置き、
未来を、そこから切り拓く。
その為に、「アーカイブ」というものが造られた。

たとえば、 西山太吉さん のことを思います。
最近の記者会見の様子は、
「ビデオニューズ プレスクラブ (2008年02月20日)」
で、見れます。

西山さんは、1972年の沖縄返還の際、
米国と日本政府との間に「密約」が交わされていたことを暴きました。
「核抜き本土並み」なんて、全部、嘘っぱちだった。
とにかく、佐藤栄作さんがノーベル賞を取る為に、
国会にウソをついて、きれいな物語をでっち上げて、
「沖縄返還」を、おカネで実現した。
その結果、今に至るまで、沖縄は「基地の島」のままです。
全部、ウソでできた「沖縄返還」だったのだから、
今の状況は、なるべくしてなったのだと、
これが、西山さんの主張です。

そして、2002年、米国の公文書館(アーカイブ!)で、
西山さんの主張が実証される資料が出てきました。
「動かぬ証拠」があったのです。

そして、西山さんが動きました。
日本政府は、密約を結ぶという巨大な犯罪を犯した。
このことを認めろ。

でも、日本政府は認めません。
のみならず、裁判所も、「公文書館」の「動かぬ証拠」を無視する。
この「無視」への抗議こそ、
如上の記者会見です。つい先週のことです。

権力者にとっては、たぶん、過去の「言葉」は邪魔なのです。
そんなものが残っていては困る。
あっても、無視する。
そして、私たち日本人も、過去の「言葉」を無視している。
どこにも、「おかしい」という声があがっていない。

私たちは、「公文書館」=「アーカイブ」というものの力を、
全然、使いこなせていないようです。

「アーカイブ」について論究を深めている先ほどのブログ、
ちょっと、トゲトゲしい物言いがキツい感じがしますが、
なるほど、「アーカイブ」というものが民主主義の武器であることを、
よく、説得的に語っています。

ただ、このブログでは、
200年前のフランスに代表される「アーカイブ」と
遥か古代の時代に遡る「図書館」とを、あまり区別されていないようです。
でも、たぶん、両者は決定的に違う。

「アーカイブ」というものは、蒐集されるべきものを限定しています。
たとえば、私の「アーカイブ」は、フォーサイス研究に絞って形成される。

「国立公文書館」は、おそらく間違いなく、
現在から未来へ展開する政治の為に、文書を蒐集する。
それは、「公共性」を獲得しようとする方向性を持っているでしょうが、
必ずしも「公共」のものではない。というか、しばしば、そうではない。
実にしょっちゅう、本当にしばしば、
「今現在の権力」が、自己保身の為に、文書を蒐集してしまう。
「政治的」である以上、というか、
ある一点に目的を定めている以上、
それは、しょうがないこと、かも知れません。

他方で、「図書館」というものは、それ自体、徹底的に「公共」そのものです。
それは「目的」を定めずに、無定形に、節操なく、文書を収集する。

「国立国会図書館」は、日本における典型的な「図書館」でしょう。
「国立国会図書館」は、雑誌をすべて、分別なく、集めまくる。
「ムー」と「ナショナル・ジオグラフィック」を、全く等しく、全巻収集する。
私の論文が博士論文として認可されれば、
たぶん誰も読まないかもしれない(!)この分厚い神学研究書をも、
「国立国会図書館」は、収蔵することになる。

なんでもあり、だから、誰の為でもない収集がなされる。
そこでなされるのは「収集」であって、「蒐集」ではない。
図書館は、無原則・無節操な渉猟をおこなう。
でも、だからこそ、
すべての人の為の場所=公共の場そのものに、図書館は、なり得る。

こういう「図書館」は、どうやって、生まれたのか。
先日の公開講演会は、その点に注目する講演を、その嚆矢として始まりました。

御講演くださったのは、出村みや子先生。
その講演の内容は、一昨日書いたアドレスから、詳しく読めます。

出村先生は、アレクサンドリアの図書館に注目されました。
この図書館に「古代ローマ世界の宗教多元性」がはっきりと看取できる。
出村先生の御講演は、とても刺激的なものでした。

先のブログが、とても分かり易く提示していますが、
図書館の歴史は、とても面白いものです。

古代オリエント世界を代表する大帝国アッシリアが、
今から2700年前に、巨大な図書館を造っています。
粘土板が、そこから多数発見されました。
いわゆる「楔形文字」の文書群です。

同時期、オリエント世界と地中海世界の両方に接するエジプトでは、
やはり、文字によって記録が残され、それが図書館に収められました。

オリエントの図書館は、王による、王の為の図書館でした。
エジプトの図書館は、
神官・祭司による、神官・祭司の為の図書館であったようです。
両者は、閉じられたものでした。
目的は権力者によって定められ、アクセスできる人は限られていた。

この両者とまったく異なる種類の「文書群」を納める施設が、
地中海世界に生まれます。
ギリシャです。

ソクラテスが何一つ書き遺さなかったように、
もともと、ギリシャの伝統では、
「知」は「伝授」あるいは「感染」「伝染」されるものでした。
文字に表して誰かに読ませるものではなかった。

この伝統が崩れるのが、プラトンの時代だそうです。
プラトンは、文字に思想を留めることを始める時代に居合わせた。
そして、師匠ソクラテスの言葉を後世に残したわけです。

ここで、ギリシャに、全く新しい「文書」が生まれます。
「権力者による・権力者の為の文書」ではないもの。
「神官による、神の為の文書」でもないもの。
そんな「文書」が生れ、残され、あるいは蒐集される。

その典型例こそ、「ソクラテスの弁明」でしょう。

あれは、アテーナイの権力者や神官にとって、不愉快な文書です。
ただひたすら、あれは、アテーナイの若者の為に書かれている。
名もない、何でもない、「若者」の為の文書。
「教育」という公共の事柄の為の、文書。
それが、ギリシャに誕生したのです。

そして、決定的な出来事として、アレクサンダー大王の遠征が起こります。
これによって、
エジプトとオリエント世界とが、ギリシャ世界に飲み込まれる。
三つの世界は渾然一体となる。
主導するのはもちろん、戦勝国・ギリシャ世界です。

そうやって、アレクサンドリアという大都市が生れ、
そこに、巨大な図書館が誕生します。
出村先生の御講演の要旨にある通りです。

ここで、出村先生が興味深いことを語っておられました。
アレクサンドリアの王は、図書館を造るに当たって、
あらゆる文書を掻き集めるように命じた、というのです。

「あらゆる文書」ということ。
その命令は、徹底されました。

アレクサンドリアという都市は、
地中海からナイル川に入る船が、必ず寄港せざるを得ない、交通の要衝でした。
そこで、王の官吏が、恐らく軍隊を連れて、すべての船を臨検する。
船の中に書物があれば、何であれ必ず、全部残らず、一時没収する。
「一時」とはいっても、大概はそのまま永遠に「お蔵入り」となる。
こうして、ものすごい数の文書群が図書館に収蔵されることとなる。

この、暴力的なまでに「なんでもあり」の図書館。
ここには、あらゆる「知」が収集される。
そこは、まさに「多元的宇宙」そのものとなる。

そこには、「権力者の為に」という作為も、
あるいは、「われらの神の為に」という排他性も、
とりあえず、排除されている。
宗教的多元性は、ここに足場を確保する。

そこには、当代の俊英が参集する。
そして、この図書館において、後の文献学の基礎が形造られることになる。

19世紀、聖書が文献学によって分析されることになり、
それ以来、「聖書」は「古典の一つ」となって、世俗に開放されて今に至る。
それは、「文献学」という道具があったればこそです。
この「道具」が誕生した地こそ、アレクサンドリアでした。

「図書館」の誕生――それは、
ギリシャの理想と、オリエントの権力と、エジプトの宗教的信念が
見事に混交した奇跡、なのかも知れません。

ずいぶん、書きました。
この続きは、また今度。


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