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信仰者は夢を見る:川上直哉のブログ
第三章 第六節:芸術論
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第六節:『現代の芸術における宗教』
1888年、フォーサイスはマンチェスターからイングランド中部のレスターへ異動し、町の南に位置するクラレンドン・パークの教会で六年間牧師の職に付く。
フォーサイス1889年の書『現代の芸術における宗教:ロセッティ、バーン=ジョーンズ、ウォッツ、ホルマン・ハント、そしてワーグナーについての解説的講義 』は、クラレンドン・パーク在任中の出版である。『幼き聴衆のための説教寓話』出版時の共著者ハミルトンが校正を手伝ったという この書は、フォーサイスの生涯における「継続」と「転換」についての示唆を与える、重要な書物である。
第一に、その副題が示すとおり、この書は主にラファエル前派の芸術について解説したものであり、これはマンチェスターにおいて開講した講義を出版したものである。既述した通り、既にロンドン・ハクニーにおいて、フォーサイスは芸術に関する講義を行い、評判となっていた。この書はロンドン・ハクニーの時期からの「継続」の成果と捉えることができる。
第二に、これも副題に示されているが、この書の最後の二つの章はワーグナーを扱っており、章題を「リチャード・ワーグナーとペシミズム」「ワーグナーのパルジファル」として全体の約三分の一の分量を当てている。明らかにここには“フォーサイスをワインのように酔わせた”ロンドン 以来「継続」するフォーサイスの関心領域における成果が見られる。
第三に、この書冒頭に記されている献辞である。ラテン語で「我ガ最初ノ書物ヲ、第一ニ母ヘ 」とある。1886年までに既に三冊のパフレットと共著書を出版していたフォーサイスにとって、この書は「最初ノ書物」であった。このことは複数のフォーサイス評伝において注目されている 。フォーサイスの中で、この書は一つの出発点を画するものであったと言える。
第四に、この書が受けた評判である。『クリスチャン・ワールド』は以下のように述べる。
すぐにこの書は評判となった。
自らの寓話的絵画がもつ宗教的教説について、フォーサイス氏が見事に解説してくれたことに、
G・F・ウォッツは恩義を感じていたという。
この書は現代宗教美術が持つエリシュオンの扉を、
多くの若い読者達の前で開いてみせずにはおかなかった。
註:同様の指摘として、「この書にはG・F・ウォッツの絵画に関する強力な鑑賞が含まれていた。この偉大な芸術家はフォーサイスについて『私の作品を完全に理解してくれる、イングランドでただ一人の人』と言い切っていた。」
この書をきっかけとしてウォッツ(Watts, George Frederic, 1817-1904.)とフォーサイスの間に生まれた親交については、ジェシーが以下のように述べている。
・・・この書は父とG・F・ウォッツとの間に個人的な親交をもたらしました。
ウォッツは自らの絵画が持つ意味について父と話し合い、
そして父を最善の解釈者と認めるようになったのです。
『現代の芸術における宗教』は1889年にロンドンとマンチェスターにおいて初版が発売され、更にホッダー・アンド・ストウトン社が1899年にロンドンで初版を再発行し、続いて同社が1901年に改訂増補版として第二版をロンドンにて発売。同年、同じ版はニューヨーク でも同年発売され、1905年には、第二版と内容を同じくする第三版 が、ホッダー・アンド・ストウトン社から再び発売された。
第一版と第二版に対して複数の書評がある
(現在確認しているだけでも、初版に対しては八つ、第二版に対しては四つの書評が発表された)
。
とりわけ文体についての論評と内容についての論評には、フォーサイスの生涯における「継続」と「転換」に関する興味深い指摘を読み取ることができる。
A.文体への毀誉褒貶
第一に、文体に関する論評から。
1889年に出版された『現代の芸術における宗教』第一版に対して、以下のような評価が著された。
ここには大変な熱意が疑いなく感じ取られる。
著者は自らの見解を、明瞭にして巧みな形で読者の前に提示している。
(
Manchester Examiner and Times
, 16 Feb. 1889.)
的確な表現を用いて、この講師は画家達の手法を解釈し、絵画が持つ物語を語っている。
この講義は、その絵画批評によって目と魂に魅力的なものとなっていると同時に、
そのスタイルによって耳と心にも魅力的なものとなっている。
(
Liverpool Daily Post
, 28 Feb. 1889.)
フォーサイス氏は歯切れの良い、美しい言葉を持った人で、
芸術的な諸テーマを扱う為によく練られた構成のスタイルを採用している。
氏の文章の多くは、その形態において宝石のようであり、
際立って警句に富み引用価値があるものだ。
(
Scotsman
, 11 Feb. 1889.)
即ち、1889年の『現代の芸術における宗教』第一版において、フォーサイスの文体は好評を博していた。
更に、フォーサイスの文体は、フォーサイス独特の雰囲気をこの時既に読者に与えていた。上述の通りこの書を高く評価する『マンチェスター・イグザミナー・アンド・タイムズ』の書評者は、冒頭次のように述べている。「著者は本書を『解説的講義』と呼ぶが、むしろ『信徒説教』と呼んだ方が良いかも知れない。 」
以上の通り1889年に評価されたフォーサイスの文体の特異性は、しかしながら、1902年になると「判り難さ」として批判されることになる。
序言においてフォーサイス氏は、この講義が雑多な聴衆を対象としていたこと、
そして意図的に信徒説教のスタイルを採っていたことを説明している。
芸術を学ぶ学生や専門家向けの糧を提供する気のまったくないこと、
また芸術と縁のない人々に、ある芸術家の霊的使信を普及させることを目指していると、
氏は明言しているのだ。
この書に集められた題材は、氏の直感が本物であることを証明している。
しかしこの直感は、曖昧なレトリックによって判り難くなっていることが惜しまれる。
(中略)
氏が無知な大衆に語りかける時、
氏の口語体の語り方と大げさなメタファーの対比は途方もないものとなるが、
そこに示される全般的な推論が示す識別力と理解力は、
間違っていると言うよりもむしろ明らかに正しいものだ。
ここで指摘される「序言」の内容は、『現代の芸術における宗教』第一版(1889年)には見られず、第二版(1901年)に加筆されたものである 。これは、既に引用した『マンチェスター・イグザミナー・アンド・タイムズ』紙上の批評 を受けたものと推測される。即ち、第一版において自書が得た評価をフォーサイスは引き受けた上で、改訂増補版として第二版を出版した。
しかし、第一版に与えられたその文体への賞賛は、第二版において失われたのである。むしろ、第二版の文体に対しては、酷評が加えられた。それは例えば以下の通りである。
率直に言って、本書は今までに見たことがない程、冗長でくどい。
しかも、
一つの小さな概念を多くのページに亘って拡散するという本当に注目すべき能力を、
著者は本書で示している。
ある程度の加筆がなされた新装版に対するものとはいえども、同じ書物の文体についての評価が、1889年と1902年との間に、これ程隔たっている。
既述したとおり、ロンドン・ハクニーにおけるフォーサイスの「継続」と「転換」を検討した際、フォーサイスが変化したことよりもむしろ、周囲が大きく変化した可能性について述べた。フォーサイスの文体を巡る評価の変化は、同様の事態の推移を推測させる。フォーサイスの生涯における「継続」と「転換」を考察する際、このことは注目すべき事柄である。
B.芸術論の展開
第二に、内容に関する論評について。ケイヴはフォーサイスの芸術への関心が持続したことについて以下のように述べている。
子供向けの講話をJ・K・ハミルトンとの共著で出版したことを除けば、
フォーサイス博士の最初の著書は『現代美術における宗教』であった。
この書は博士の母に捧げられたものである。
1889年、博士がレスターに着任した後すぐに出版されたこの書は、
マンチェスターでの牧会中に行った講義を拡充したものである。
(中略)
そして芸術はフォーサイス博士の生涯を通じた関心の一つとなり続けた。
1911年、つまりフォーサイス博士が神学的活動の最盛期にあった時になってようやく、
博士の芸術と宗教の関係についての議論は、一冊の本において終了した。
その本が『パルナッソス山上のキリスト』である。
註:「1911年に芸術の議論を終了した」というケイヴの理解は、事実を正しく伝えているとはいえない。何故なら、1919年にフォーサイスは新しく音楽論を展開しているからである。Forsyth, “Music and Worship,” Homiletic Review, v. 67, Jan. 1919, pp. 18-22.
ケイヴが指摘する“1889年と1911年の間”(あるいは、“マンチェスターから最盛期の間”)には、どのような繋がりがあったのか。1889年の書の内容に対して為された二つの批評から、そこに、フォーサイスの生涯における「継続」の相の存在が浮かび上がってくる。
先ず、1889年3月1日付『ブラッドフォード・オブザーバー』は、「宗教が芸術を創造する」と主張するフォーサイスの書に対し以下のように反論する。
もし「宗教が芸術を創造する」とするなら、
ヘブライの宗教はまさにそのような役割を果たしたはずである。
もしそうであるなら、多くの詩人が輩出されたのと同様に、
ヘブライ人の中から多くの画家が生まれたはずだ。
確かに宗教は芸術に影響を与えずにはおかない。
しかしたとえそうだとしても、
宗教が芸術を創造したり壊したりすることはないのだ。
1911年、フォーサイスは新たに芸術解説書『パルナッソス山上のキリスト:芸術・倫理・神学講義 』を著し、まさにこの問に答えようとする。ギリシャの宗教と芸術の関係は豊穣である。一方でヘブライ人は何故芸術において「貧困」であるか。そしてキリスト教と芸術の関係や如何。これが1911年の書における主題となっている。
また、1889年の書について、ニコルは追悼文中に以下の通り評価を下す。
フォーサイス博士の最初の著作は『現代美術における宗教』であった。
ヘーゲル美学に徹底的に精通した最良の書き手として、
我々は博士の名前を挙げることができるだろう。
この書は多くの点で非常に力強い書であり、版を重ねることになった。
事実、この類の書籍の中で、この書は疑いもなく最高の一冊である。
“ヘーゲル哲学に精通した書籍としては最高”の一冊をその初期に著したフォーサイス。「しかし」とニコルは続ける。
しかし、何か危機的な事柄が彼の人生に起こった。
彼の初期の教説のうち、重要な事柄は何一つ変わらなかったのだろう。
それでも、彼はある種の大転換を経験したようだ。
それ以来、
彼は十字架上の主イエス・キリストによる罪の償いに関心を寄せるようになった。
ヘーゲル的な、「回心前の」フォーサイスの傑作、というのが、1889年の書に対するニコルの見立てである。しかし、1911年の書の序言においてフォーサイスは以下のように語っている。
ヘーゲルの『美学』は、あるいは、その業績の中でもっとも美しいものである。
(中略)
それ故に、本書の前半部分において私はヘーゲルを説教しているのだ。
望むべくは批判なしにではないが、しかし明らかに、
本書はヘーゲルのテキストの解説を行っている。
(中略)
以下展開される美学哲学のうち、ヘーゲルが為した以上の事柄は何もない。
1889年の『現代の芸術における宗教』第一版と同様、1911年の書にも、ヘーゲルの影響が色濃く反映していることに注目している先行研究は少ない 。しかしここには、フォーサイスにおける「継続」の相が明らかに存在するのである。
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