信仰者は夢を見る:川上直哉のブログ

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仙台市民教会・戸枝義明研究

仙台市民教会・戸枝義明研究

1:はじめに

 「ドイツ人の議論好き」という言葉があります。この言葉は、1984年に催された東ヨーロッパ邦楽演奏旅行を振り返って使った、戸枝先生の言葉です。この旅行は琴の家元・坂本勉氏の依頼を受け、次のような意図をもって企画されたものでした。(以下は『21世紀への出会い』所収「東ヨーロッパ邦楽演奏の旅」より引用。)

・・・「平和」は議論をするだけではなく
  国民と国民がじかに心を通わせることから始まるのだし、
  「誤解」の壁が戦争を惹き起こすなら、
  音楽は民族の心を言葉なき言葉として伝える役割を担い、
  「相互理解」のこの上もない媒体となる・・・


この旅行準備は、まさに「曲線」を描くことになります。まず、戸枝先生は日本国内の東ドイツ、チェコスロバキア、ハンガリーの各大使館を訪れるのですが、そのうち特に東ドイツの大使館員に「牧師がどうして邦楽団を紹介するのか」理解しがたく訝しがられ、存分に「官僚制の弊」を見せつけられます。更に、頼りの東ドイツ当地にある平和委員会からは、ついぞ一切の返信がないままに終わる。これを振り返り、おそらくは議論好きのドイツ人のこと、

「平和と音楽の関係について」終わりなき議論が繰り返されていたのであろう。

と推量し、皮肉を一言。「ドイツ人の議論好き、議論倒れは有名である。」

 ルカ伝に「搭を築こうとする人のたとえ」があります。塔を築こうとする人は誰でも、まず座って、十分な金があるかどうか、完成にこぎつけられるかどうか、全体の見通しを充分考える。「この人は、建て始めはしたものの、完成できなかった」と人から言われる不面目を避けるために。そういうたとえです(ルカ15章28節以下)。これから私たちは「戸枝義明研究」を始めようとしています。実り豊かなものとなるために、少し腰を落ち着けて、私たちも全体の見通しを考えてみたいと思います。ただし、「議論倒れ」に終らないように、15分の持ち時間内で、ご一緒に考えてみたいのです。

 15分の持ち時間ですから、議論を絞らなければなりません。まず、研究の動機(私はなぜこの研究をしたいと思ったのか、私はこの研究の何に惹かれているか)を申し上げます。そして私の発表の方法と、皆さんのご協力について提案します。(文末に現在構想している研究の見通しをまとめておきます。)


2:研究の動機

 動機、モチーフは、時間と共に少しずつ変化するものです。最初の取っ掛かりと、学ぶうちに引き込まれる重心とは、微妙に位置を異にします。この一ヶ月間の準備期間に、多くの著述に目を通しました。そのうちに全体を貫く線を見出し、そこに重要な意味を見出したつもりになっているのですが、これは次回に回します。今は、私がこの研究を始めようとした最初の動機について、2点にまとめて申し上げます。

(1)違和感
 事の起こりは、記念会用に製作が企画された戸枝先生の説教CDの準備にありました。教会の棚に整然と積み上げられていた説教テープを整理し、一覧表にすることを目指し、作業は開始されました。しかし、教会堂に置いてあったテープの束はほんの氷山の一角であることが程なく判明、母屋から止め処無く溢れ出てくるテープの山に圧倒されることになります。(整理作業は現在も進行中=未完です...。)日の高いうちに始めた作業は日が暮れても延々と続く。退屈しないで続けるために、私は説教テープを次々と再生し、聞きながら作業を進めました。すると、退屈どころか、実に作業は楽しいものとなりました。宮崎先生の「不思議な味の」説教や、ラメント司祭の、フィリピンの人々の痛みが響き伝わってくるような説教など、バラエティー豊富。そして戸枝先生の説教の刺激的に楽しいこと。少しばかりの驚きをもって、この作業を行うことは喜びとなりました。

 しかし、この喜びは微妙な違和感へと変わります。転機は記念会でした。口々に語られる「戸枝義明像」と、私がテープで聞いた人物との間に、言いようのないギャップを感じたのです。この違いはどこから来るのか。この問いが、研究への端緒となりました。


(2)民間神学的関心

 戸枝家を探索させて頂き、資料を集め、ボツボツと読み進め、慶子さんや正輝さんからお話を聞くなかで、CPECと日本宣教会議に興味が惹かれました。この二つとも、神学者や大牧師先生の集まりではなく、市井の市民、地方の牧師、一人一人の信徒が構成している会である点に、興味を惹かれたのです。私は神学の師に、「民間神学」ということを教わりました。これは歴史学者・鹿野政直氏の提唱する「民間学」に注目し、<アカデミズム神学>への対抗として提示したものです。その特色は、次の5点にまとめられます。

[1]市井の人々の「生活本位」に主題をおく。
[2]資料を市井の人々のうちに探り、生活者が参加する。
[3]運動として展開する。
[4]日常的な世界から出発してそれを積み上げる。
[5]日常語を多用する

――CPCが「外国語を話す大先生」方ばかりであったことを反省し、CPECは一般市民の運動とした、と聞いたとき、私はそこに、「民間神学」のひとつの可能性を感じたのです。その可能性とは、「中央」や「論壇」に胡坐する者ではなく、「周縁」や「現場」に汗する一人一人の信仰の業を喚起し、切り拓く作業、そうした神学の可能性です。そして、そうした「民間神学」の実例を掘り起こすことに、この研究がたどり着くのだとしたら・・・そう考えると胸がときめきます。


3:研究の方法

 以上のようなモチーフで研究を進めようとした場合、どういう方法がとられるべきか。二つに絞って申し上げます。

(1)「思想」の「批評」
 第一に、私は“「思想」の「批評」”ということを申し上げたい。これは、第二次世界大戦中・戦後のキリスト教界の動勢についての反省から考えた事柄です。

 今月の教会カレンダーには、「日本基督教団設立記念日」が記されています(6月24日)。この日を私たちはどのように考えるか。この「設立」は、太平洋戦争勃発直前の1941年(昭和16年)6月24日、富士見町教会で宣言される。これは明らかに、戦時下の総動員体制、所謂翼賛体制にキリスト教を組み込まんとする国策に従った結果でした。ナチス・ドイツで同様の事態が起きたとき(教会法への「アーリア条項」導入)、心あるキリスト者達は、国よりもキリストを奉じ、国策に抵抗して「告白教会」を結成しました(1933年)。世に有名な「ドイツ教会闘争」です。ファシズムとの戦いという観点からして、「設立記念日」は日本キリスト教界の敗北記念日である。注意したいのは、この「設立」以前に、日本のキリスト教徒の少なくない人々は「告白教会」の闘争を知っていたことです。しかしその知識は、「教会闘争」を生み出さなかった。なぜか。「知識」としてのみ、知っていたからではないか。このことを思い、「思想」ということを掲げました。「思想」という言葉を、私は特別な意味で使います。辞書によると、「思」とは「意志」を含意し、「想」とは「見ること・聞くこと」を含意するそうです。そして「思想」という言葉は「考えたり判断したり推理したりして得られた筋道のたった意識」という意味とのこと。ここから私は、「思想」という言葉で、「知・情・意」という人間の総体を考えます。つまり、文書に表わされた「知識」だけではなく、直接触れ合って人物を見・聞きし感じ取る「情緒」だけでもなく、業績から跡付けられる「意志」だけでもない、そのすべてをひっくるめた「思想」というものを考えたいのです。「戸枝義明」という人の総体を考える。それは「戸枝義明」という人を支え・立たせた力を考えるということです。それは結局、その人物の一番基底にある所の、素朴で単純な信仰の力だと、そう思います。そうした単純・素朴な信仰の力を、この研究では戸枝先生から学びたいと思うのです。

 戦争中、教会の権威筋はこぞって伊勢神宮を参拝し、アジア各国のキリスト教徒に「大日本帝国の良民たれ」と書き送る恥ずべき罪を犯した(「日本基督教團より大東亜共榮圏に在る基督教徒に送る書翰」)。これらは夙に知られている史実ですが、他方で、ごく僅かですが、迫害され苦しんだ人々がいたことも事実です。二つの事例を考えます。ホーリネス系の牧師が96人一斉に検挙されたこと(1942年6月26日、これも6月!)、そして燈台社の幹部5名の逮捕・投獄です。両者とも日本のキリスト教界における記憶されるべき出来事ではあります。しかし――。

 前者は戦後、ひたすらに苦難の殉教者として自らを位置づけ、投獄された人々は殉教者的英雄となりました。ただし、後世の研究者は見逃しませんでした。一斉検挙の少し前、一人のホーリネス系の若き牧師が、東北地方だったと思いますが、積極的に神社参拝に抵抗し、特高警察に検挙され、獄中で変死した。その「事件」について、ホーリネスの権威筋は一様に困惑と迷惑の意を表したのです!つまり、ホーリネス系のキリスト教徒たちは抵抗する意志なく、むしろ翼賛に加わる意志を持っていたのに、「理不尽にも」迫害された。いささか喜劇的ではありますが、彼らこそ、ある意味では本当の「ファシズムの被害者」なのかもしれません。

 そして後者。燈台社の5人の人々は、まことにはっきりとファシズムと戦いました。天皇制ファシズム日本に立ち向かい、戦い抜いた。公判の最終陳述で述べた、灯台者の責任者・明石順三氏の言葉は白眉です。「現在、私について来ている者は4人しか残っていません。私とともに5人です。1億対5人の戦いです。1億が勝つか、5人が言う神の言葉が勝つか、それは近い将来に立証されることでありましょう。私はそれを確信します。」そしてこの証言の3年後に、5人は勝った!わけです。しかし、この後この五人を待っていたものは、新たなる絶望と挫折でした。獄から解放され、再び伝道活動に励もうとした明石氏らは、戦勝国・米国の親教会・ウォッチタワーの在り方に問題を感じ、手紙にて異議を申し立てました。ウォッチタワーはこれに拒絶を以て応じ、明石氏らを破門して「ものみの塔」を設立、現在に至るわけです。

 前者・後者は、共に実に素朴で単純な信仰者たちでした。正にそこに当局は危険なものを見、前者は意図せずして、後者は抵抗しつつ、迫害されるに至りました。そして前者は自らを批判せずにいる為、そして後者は正しく評価されなかった為、いずれも迫害という重要な出来事から、良きものが後世に継承されませんでした。

 このことを思って、私は「批評」という言葉を用います。「批評」ということばで、私は「批判」と「評価」の両方の意味を重ねて考えています。 非難-批判-評価-礼賛 と並べると、左から右へ、「辛口」から「甘口」へのグラデーションが描けると思います。素朴な信仰に裏付けられた信仰の業・言葉を、「思想」として検討する際、先達の誤りから学びたいと思うのです。「批判」と「評価」が欠けて継承がおろそかとなったことを覚え、「批評」ということを、念頭において進めてみたいと思うのです。


(2)ターグンク

 最後に、研究の方法として、「ターグンク」ということを提案したいと思います。以上に述べましたとおり、「批評」を目指して私は学び、発表します。しかし私の弱点は、戸枝先生への愛情に欠けるということです。愛情は直接触れ合う中で生まれるもの。私は文書を読み思いを巡らすばかりで、どうしても愛情には至らないように思います。この結果、「批評」というときに「評価」よりも「批判」へと傾斜する危険性を伴う可能性があります。また、「思想」というとき、ことば(知識)と業績(意志)に関心が偏りがちになると考えられます。そして何より「市井の学」としての可能性をこの研究に見出そうとするならば、それは市民教会の皆様のご協力なしにはありえない。従いまして、少なくとも私が報告としてしゃべる以上の時間、皆様のお声を聞かせていただきたく願います。そこで思い出すのが、東北各地で盛んに行われたというターグンクです。戸枝先生はターグンクを以下のように説明しています。(以下は「EDI物語」より引用。)

ドイツのアカデミー運動は、国民みんなで話し合う運動ともいえましょうか。
  敗戦の色濃い1944年秋…深刻な対話から生まれたのです。
  ドイツ国民は秩序を重んずる。上からの命令にはよく従う。
  いわば縦社会です。
  お互いに話し合ってその中から道を選ぶ民主主義は苦手なのです。
  だからヒトラーが出現すると
  その権力者の手の中にドイツ全体が握られてしまったのです。
  ・・・人間にとって何が大切か、人間の作る社会をみんなの知恵と合意で動かし、
  しかも人間の知恵が傲慢にならぬために
  「神の言」を迎え入れるという・・・「話し合いと出会い」の運動を始めたのです。
  ・・・アカデミー運動は国民運動である。
  アカデミー運動は教会の革新の運動である。
  ・・・この二つの柱を堅く立てて、私たちはこの運動を進めました。
  ドイツ流の講義・質疑・散策・・・をそのまま実行することは困難です。
  そこで私たちは、
  グループ討議の諸方法(バズ、パネル、ロールプレイ)などをふんだんにとり入れ
  「出会い」と「話し合い」の実現を図りました。
  ・・・これが後にターグンク方式と名づけられるものに発展するのです。


「みんなの知恵」で展開される学び。「民間神学」が目指すひとつの目標として、私の心は惹かれます。こうしたものを、私たち市民教会で復活できないものでしょうか。




戸枝義明研究 全体の見通し

1. 研究の動機
(1) 違和感
(2) 民間神学的関心
(3) 島崎藤村「夜明け前」と「出会い」の皮膚感覚(次回)
2. 研究の方法:
(1) 「思想」の「批評」
(2) ターグンク
3. 研究の課題:
総論:課題三層
(1) 諸言説:文献目録(未完)のとおり
(2) 業績
(3) コンテキスト(社会的・文化的背景)=国際社会・国内情勢・キリスト教界
各論:「思想の批評」検討テーマ
(1) 生涯を貫くもの:「出会い」
(2) 中心にあるもの1:
     「ささやかな」市民教会(すべてに対して)=ネットワーク教会・仙台市民教会
(3) 中心にあるもの2:単純な信仰(諸活動に対して)=「信仰論」
(4) 中心にあるもの3:キリスト教会(国家・世界に対して)=「教会論」
(5) 平和活動1:戦後日本のキリスト教平和活動の文脈から~土肥昭夫さんの問いかけ
(6) 平和活動2:「ソ連脅威論」下の日ソ平和会議
(7) 平和活動3:アジアへのまなざし
(8) 宣教論・伝道論1:総論としての宣教論・伝道論
(9) 宣教論・伝道論2:農村伝道について
(10) 宣教論・伝道論3:日本宣教会議について
(11) 宣教論・伝道論4:日本基督教団について


あとがき?

目指されるべき「知」とは一人川上が「知ったこと」ではないと思います。
ましてや
それを皆さんに分け合ってもらってお土産のように持って帰ってもらうことでもないと。
「川上が知ったこと」が、皆さんの記憶と思想を刺激して、
皆さんそれぞれに戸枝先生に教わった事柄を思い出す。
あるいは、普段から考えている事柄が展開する。
そうした事柄が響きあって、市民教会が進むべき道筋が浮かび上がる。
それが、「目指されるべき知」だと思うのです。
果たして、どうしたらそこに辿り着けるか?

ひとつ先に進む


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