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信仰者は夢を見る:川上直哉のブログ
見天の易・見地の難
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第二回 天を見るの易/地を見るの難
1:はじめに
前回、様々な戸枝義明評に「違和感」を覚えたと申し上げました。しかし、実に多くの方々が著された弔辞に、戸枝先生への愛情と、その人生への共鳴を表す言葉を読むことができます。とりわけ笠原金吾さんが著した「戸枝義明先生のこと」(「志道」第211号、2003年5月5日、1640~1643頁)はしみじみとした情感に溢れ、愛情溢れる文書だと思います。その最後の言葉に、こうありました。
「目を上げて天を見、また下なる地を見よ」
(イザヤ書51・6)―彼の諸活動の基本視点―
戸枝先生の諸活動は多岐に渡っています。ささやかでも学びを続けていく上で、その基本視点を手に入れることは大変有益なことだと思います。今日はこの基本視点を考えて見たいと思います。
2:天を見るの易・地を見るの難
仙台で活躍した作家・島崎藤村の代表作に、『夜明け前』という小説があります。これは、明治維新の動乱の中、中仙道の宿場本陣の当主・青山半蔵の一生を描いたものです。半蔵は平田篤胤(ひらたあつざね:1776~1843。近世後期の国学者・神道家。本居宣長の弟子)門下で国学を学び、徹底した王政復古を通した「ご一新」に、新しい時代の夜明けを期待します。しかし、維新後の世の中は決して半蔵の理想とする世の中ではなかった。むしろ半蔵の下にいる貧しい百姓は、重税と徴兵による厳しい施政によって一層の苦しみを味わうことになっていた。そうした中で、半蔵は最後に発狂、座敷牢で非業の死を遂げる。そういう話です。
作家・安岡章太郎さんは『夜明け前』について解説を書いています。安岡さんによると、「草叢(くさむら)の中から起こってきた」歴史こそが、この小説の焦点であるとのこと(『昭和文学全集2』「島崎藤村と『夜明け前』」1988年)。西郷隆盛でも坂本竜馬でも新撰組でもなく、地べたを這う庶民を通して見た明治維新の姿を描くところに、この小説の味わいがあるように思います。
しかし、小説『夜明け前』は歴史を語っているだけの物語ではない。歴史を問い直そうとしている小説だ、ということを、評論家の松岡正剛(せいごう)さんが指摘しています。
・・・藤村がこれを書いたときのことをいえば、
「中央公論」に『夜明け前』の連載が始まったのが昭和4年、
藤村が最晩年の56歳のときだった。・・・
昭和4年は前の年の金融恐慌につづいて満州某重大事件がおき、
翌年には金輸出解禁に踏みきらざるをえなくなった年、
すなわち日本がふたたび大混乱に突入していった年である。
ニューヨークでは世界大恐慌が始まった。
そういうときに、藤村は王政復古を選んだ歴史の本質とは何なのかと、問うた。
しかもその王政復古は維新ののちに、歪みきったのだ。
ただの西欧主義だったのである。
むろんそれが悪いというわけではない。
福沢諭吉が主張したように、「脱亜入欧」は国の悲願でもあった。
しかしそれを推進した連中は、その直前までは「王政復古」を唱えていたわけである。
何が歪んで、大政奉還が文明開化になったのか。
――
「松岡正剛の千夜千冊 島崎藤村『夜明け前』」
『夜明け前』という小説は、主人公の非業の死を通して、何かが間違っていたのだと訴える。私は、「平田派の国学」に心酔し、その学問的真理が引き出す「ロマン」に全てを委ね、そしてその「ロマン」が「現実」によって裏切られて行く、そういう悲劇として、この小説を理解しました。冒頭の聖句を引用して言うなら、「草叢」から「ロマンチシズム」を通して「天」を見た主人公・青山半蔵は、「地」を見損なって倒れた。そう感じるのです。
戸枝先生の書棚に、『偽満州国論』という本がありました。興味を持って読了し、満州という国もまた、やはりロマンによって彩られていたのだと思わせられました。この本を著した武田徹さんは、多くの満州国否定派の主張(その主張は、満州を「偽満州」と呼ぶ)に触れながらも、中国大陸に一瞬花咲いた幻想の国として、満州を描き出しています。
満州肯定派は、
そこにいわゆる島国根性的狭隘さを超え出る器の大きさがあったという。
五族協和の理想が説かれ、清濁あわせ飲む大きさがあったと懐かしがる。
理想を目指して建国された国家として満州国を見ようとする一群の人々が
それを褒め称える・・・
――
『偽満州国論』15頁
武田さんによると、満州国は「デザインされた国家」であり、そのデザイナーの名は、石原莞爾(1886-1949。山形県出身の天才的軍人。満州事変を主導。後に東条首相と対立、左遷)です。デザインに当たって石原さんがロマンとして掲げたのは田中智学(たなかちがく:1861-1939。日蓮宗の仏教思想家)という人の思想。この田中さんこそ、「国体」や「八紘一宇」といった言葉を発案した人であるとのことです。
武田さんは、満州国が実現しようとしたロマンを否定しません。しかし、そのロマンの裏側に推し進められた暴力を、同時に直視しようとしています。現地の人々の言葉を奪い、日本語を押し付けた暴力。急ピッチで「理想的」に区画され整備された市街地の裏側にあるはずの、先祖伝来土地を受け継いで来た地権者たちの思い。こうしたものを、武田さんは丹念に拾って行きます。終戦時、満州国統治下にあった人々が日本人を必ずしも厚遇しなかったことは、「満州国」が醸し出す「ロマン」の裏側を、私たちに物語っているように思います。
欧米列強の侵略におびえ、これに抗すべく、世界にひろがるロマンを語り(「八紘一宇」等)、その実現として「五族協和」の満州国があり、その「ロマン」の裏側に暴力があった。ここにも、「天」を見て「地」を見落とす危険を、私たちは見ることができるのではないでしょうか。
3:戸枝先生の「天」
ロマンの大地・満州で青年時代を過ごした戸枝義明。そう位置づければ、戸枝先生のスケールの大きさも理解できるような気がします。しかし、私は、どうやって戸枝先生が「目を上げて天を見」るのみならず、着実に「また下なる地を見」ることができたのか、そこに関心を持ちます。
戸枝先生がロマン溢れる「天」を語った最もよい例は、1968年、シカゴのエキュメニカル・インスティテュートでの出来事を紹介する中にあるように思います。「EDI物語」に、インスティテュートのジョセフ・マシューズ所長の言葉がこう紹介されています。
彼は壁に張ってあった世界地図をしばらくじっと睨んでいました。
「イエスの宗教は小アジアから始まって西へ展開し、
終にアメリカへ来た。
しかし、これからの時代は、アジアから東へと展開してくる。」
――
『21世紀への出合い』183~6頁
市民教会での説教で、戸枝先生は上記の考えを更に展開して、「歴史の定型」を語ったことがあります。曰く、パレスチナの地で起こったキリスト教は、西へ進んでアメリカ西海岸まで至った。同様に東へ展開してソビエト・シベリアへと至った。日本はこの両運動の終着点である…。壮大で、いかにも戸枝先生らしい、と言えるかもしれませんし、何という大風呂敷、という批判も可能だと思います。この説教テープを市民教会の礼拝で聞いた時、正直に申し上げれば、私は後者の意見を持ちました。ここにはロマンがありますが、ロマンゆえの危うさもあるのではないか。そう感じたのです。
しかし、戸枝先生の著作をいくらか読み終えた今は、以上のようなロマンが、実に地に足をつけた形で追求されていった、と感じています。そしてその秘訣が、今日のテーマである「出会い」ということだと思うのです。
3:「出会い」の連鎖
戸枝先生の最も中心的な業績といえば、おそらくEDIということになるでしょう。そのEDIの歴史を語る「EDI物語」が、「出会い」の連鎖として描かれていることは興味深いことです。
「EDI物語」は、まず、EDIの唱導する理念「出会い」が、前回ご一緒に確認した「ドイツ・アカデミー運動のターグンク」によって特色付けられていると語ります。そしてその後、具体的に、EDIが成り立つ過程に連鎖して起った「出会い」を物語って行きます。概略すれば以下の通りです。
1967年、日本基督教団東北教区がアメリカ・カナダの宣教師を招く。「四十代の知的なそして活動的な人、夫人も知性豊かなヤンキー娘といった人」即ち「バイロン・クロジェとその夫人エリザベス」も招かれた中の一人。この人との出会いが、最初の出会いとなる。このクロジェ牧師に招かれ、アメリカへ向かうのが、戸枝先生のアメリカ初体験となる。そしてそのアメリカ旅行の最中、「不思議な出会いが機縁となって」1968年12月に三週間のヨーロッパ旅行に向かい、東欧諸教会との交流の下地を作ることになる。(この「出会い」については詳細を知りません。どなたかお教えくだされば有難いのですが。)上述したシカゴ・エキュメニカル・インスティテュートのマシューズ所長との「出会い」も、この旅行の行程の中にある。
帰国後、参議院選挙に惜敗した後、曲折を経てEDIが活動を開始しますが、その際にも鍵となったのはジェフリー・バインズさんとの出会いだ、というのです。この方との出会いを通して、アメリカでの戸枝先生の経験がEDIとして結実してゆく。そう「EDI物語」は話を展開しています。
注目すべきは、自分自身の歴史を「出会い」によって纏め上げて行く、戸枝先生の姿勢です。天才的なヒラメキとか、思想の展開や深化、新しい発想、あるいは偶然の織り成す出来事ではなく、まして「神様のお取り計らい」でもなくて、「出会い」こそが強調点となります。華々しく成功している事業の根幹に、地味で卑近な「出会い」を見る。大掛かりな成功の強調ではなく、ささやかな一点一点の重視。ここに、「天」を見、且つ「地」をも見るための、戸枝義明流の「型」があるような気がします。
こうした「出会い」の連鎖は、EDI成立後の1970年代、80年代においても続きます。「1977年の出会い」ではアフリカの人々との出会いが語られ、「80年代の出会い」では、将来に眼を向けて「イスラム教との出会いを体験したいと願っています」と語られる(いずれも『21世紀への出会い』に所収)。この「80年代の出会い」には、「出会い」についての総括のような言葉が、以下のように綴られています。
ひとつのいのち、ひとりのいのちとの出会い。この意図小さき出会いから、
“世界との新しい出会い”がはじまるのです。
――
『21世紀への出会い』219頁
4:初期の「出会い」
「天」を仰ぎ見るロマンは、私見ですが、若い時分のほうが比較的奔放であり、年齢を重ねるごとに御し易くなるものではないかと思います。『21世紀への出会い』は1988年の著作であり、1980年代の論稿を纏めた本ですから、上記の論述は60才以降を中心とした、比較的「円熟」した時期の文書ということになります。それでは、若き日の戸枝義明は、どうであったか。戸枝先生の最初の著作は1971年の『政治と人間性』です。71年といえば、戸枝先生46才。この著作に所収されている文書は早いもので1968年の発表(雑誌「信徒の友」「月刊キリスト」)とされていますので、40才代前半の思想が表されていると言う事ができます。この書の中から「出会い」について考え、次回の学びに繋げて行きたいと思います。
(1)「疑問」と「不安」
まず、「1971年春」と記されている「はじめに」を見てみますと、そこには牧師となる機縁と動機(所謂「召命」)が書かれています。こうあります。
私が伝道を志すようになったはじめの機縁は、
敗戦後のいいようのない“混乱”であった。
当時、満州のハルピンの医科大学の医学生として、私はあの敗戦をむかえた。
国家権力といわれるものが、音をたてて崩れていくのをまのあたりに見た。
(中略)
しかし、敗戦後の混乱で、これまでの社会的な地位、外面的な誇りが転倒され、
全ての人々の“人間”がむき出しになった一種の限界状況の中で私は、
人間が永遠にふれること、日本人が永遠に出会うことが一番大切なことと確信した。
――
『政治と人間性』3頁
「出会い」をもたらすことが、牧師になる目的として挙げられています。「永遠との出会い」です。しかし、出会うべき対象であるこの「永遠」とは、上述の「天」あるいは「ロマン」と変わらないのではないか?そこには危険は無いか?同様の問題意識を、どうやら戸枝先生もお持ちになったようです。小樽・木更津・仙台と20年余の伝道・牧会を振り返り、次のような「疑問と不安」が吐露されます。
・・・「永遠」を語るキリスト教は「永遠」を語りながらも
実は時代の制約をいつの間にか破ってしまっているのではないだろうか。
キリスト教に、“脱時代”の努力が必要なのではないか。
それには、「永遠」に触れた視点から時代を見、分析することが大切なのだ。
――
『政治と人間性』、3~4頁
「永遠」や「絶対」や「聖」といった「神」をまず措定して、そして「人間」を考える。これはK・バルトなどが取った方法、所謂「正統的」神学作法です。こうした作法は伝統に則っており安定感がありますが、一方、気をつけないと「教義」や「教理」に閉じ込められて、世界を見なくなってしまう危険があります。それは「ロマン」や「天」に目を奪われてしまうのと同じです。戸枝先生もこの危険から決して遠くは無かった。むしろ、その危険に「疑問と不安」を抱く程度に、その危険に近くあったのでしょう。それ故にこそ、戸枝先生は、時局の分析・評価(時評)に留まらず、積極的に世界に関わっていったのだと思うのです。
(2)神のヒューマニズム
1971年3月と記された論稿「深みからの政治」に、「神のヒューマニズム」という言葉が出てきます。神がイエスにおいて人となられた。それは全ての人の救い主としての出来事である。とすれば、
・・・全ての人間の背後には、
その人のために人となった神がいるということなのである。
人間は、そのような支えによって
人間としての存在権をもっているのだということである。
私たちは、これを「神のヒューマニズム」と呼んでいる。
――
『政治と人間性』39頁
出典を明らかにできるだけの準備が無いことを、予めお詫びします。「神のヒューマニズム」とは、明らかにバルト神学の言葉です。(それ故「私たちはこれを…と呼んでいる」となっているわけです。)注目すべきは、この「神のヒューマニズム」を基礎として、「マリアの歌」として有名な次の聖句が解釈される点です。
「神が人となり給うた」というクリスマスの音信に応じて、
母マリアが歌った歌は興味深い。
「主はみ腕をもって力をふるい心の思いのおごり高ぶるものを追い散らし、
権力あるものを王座から引きおろし、
卑しい者をひき上げ、飢えている者を良いもので飽かせ・・・」。
マリアは驚くべき政治洞察をしている。
キリスト者にとって信仰か政治かの二者択一はない。
信仰のあるところ、
そこに「神のヒューマニズム」の実現を図る以外にはない。
――
「社会の窓」『政治と人間性』53-54頁
「神のヒューマニズム」においては、いのちは等しく肯定される。そこにおいては、もはや高い者も低い者もない。この平等性こそが、戸枝先生をして一つ一つの「出会い」を大切にさせたのではないか。雑誌「であい」1980年10月号には、以下のような記述があります。
ところで最近、
私は“であい”について新しく考えさせられる出来事に出会いました。
栃木県で行われたある会議で、インドのクリフォードさんという方が、
インドの飢餓の状況を話してくれました。
終わって日本代表が、
「では、私達はあなた方に何をしてあげられるでしょうか?
必要なことをおっしゃってください」
と言いました。
するとクリフォードさんは、
「いや私は、日本の人から何かをもらおうといっているのではありません。
パートナーシップが大切なのです」と答えました。
パートナーシップ ―― これは難しくは契約相手と訳されます。
(中略)
一体、今迄私達はアジアの人でも、アメリカの人でも
パートナー・相棒として考えてきたでしょうか。
本当の<であい>はお互いがパートナーとなることなのです。
同情をよせたり、おもいやったりするのは自分がどこかで優越感を持っています。
逆に甘えることは劣等感なのです。
パートナー(相棒)として相手を見出したときに本当の仕事ができるのです。
よし、私達はこれからどこの国の人とも“パートナーの出合い”、
“相棒としての出会い”をしよう、と新しく決意した次第です。
――
「パートナーシップの出合い」『21世紀の出合い』220頁
出会いを妨げるのは、相手と自分との立場の違いです。しばしばそれは、相手と自分に対する何がしかのレッテルによって引き起こされるものでしょう。レッテルに眩惑されて実際の相手が見えなくなる、ということを考えれば、この「レッテル」も、「ロマン」「天」と変わらない類の、まさしく「危険なもの」です。さて、上記のとおり、栃木県でのクリフォードさんとのやり取りを見て「新しく考えさせられ」たのですから、戸枝先生もこの「危険なもの」と無関係ではなかったということです(果たして私達はどうか?)。兎も角、このやり取りの中で戸枝先生はハタと大切なことに気が付く。その気づきの基盤となったものこそが、おそらく「神のヒューマニズム」なのではないかと。そう思わされます。
(3)『資本論』と「委員会制」
以上から、戸枝先生が「上なる天」に目を奪われてしまわずに「下なる地」を見た、そのキッカケがどこにあったのかが見えてきました。「正統主義的」神学の危うさ(教義に囚われて世界を見失うこと)を、その神学の実践(クリスマス⇒神のヒューマニズム⇒出合いの尊重)によって避けようとした ―― その試みは、ある程度成功したと言ってよいでしょう。それは、「実践」によって「思想」の暴走を食い止め、「地」によって「天」を引き留め、「現実認識」によって「観念」を修正するたゆまない努力であった、と言い換えてよいのではないかと思います。以下で、その具体例を、政治理念・活動に見てみましょう。
戸枝先生は日本社会党の党員として活動しました。日本社会党の理念は、一応、その基盤にマルクス主義を置いています。(共産党と違い、その受容には幅が認められますが。)それでは、マルクス主義についての、戸枝先生の理解はどうか。はっきりしていることは、所謂「教条的」なマルキシズムに対して、戸枝先生ははっきりとした拒否を表明していることです。ところで、マルクス主義は「科学的」であることを標榜します。それでは「科学的」とはどういう意味か。そもそも「科学」とは何か。非キリスト者を読者と想定して書かれた『資本論』についての小文で、戸枝先生は以下のような「科学」理解を展開します。
1000年にもわたるゲルマン世界へのキリスト教の定着は
「資本論」をして経済事情の説明のためにキリスト教の用語、習俗を動員させました。
これは、マルクスが民衆の所有となっている「古い知恵」を有効に用いて、
「科学的な知恵」を組み立てようとした深慮によると思います。
こうしてマルクスを読んでみると、
「資本論」・・・第一版「序文」(1867.2.25)の末尾に記した
あの言葉の意味が判るような気がします。
「私は科学的な批判なら、どんな批評でも歓迎する。」
マルクスにとって、自分の文章を羅列して権威付けようとする教条主義も
・・・民衆が歴史的にどういう段階におかれているかを客観的に把握することなしに、
自分の信念や教養を主張する立場からの批判は、
「科学的な批判」とは言い得ないのです。
人間の営むさまざまな事情を、相互の関係、脈絡をさぐり出し、
その法則を発見し、全体の発展の姿を透視する努力、
そして何よりも「人間 ―― 抑圧された人間」を解放する努力が、
本当の科学性といえるのではないでしょうか。
――
「忘れられぬ言葉・カールマルクスの言葉」『政治と人間性』129頁
以上には、あくまでも具体的な「人間」、それも厳しい状況にある「人間」へのまなざしこそが、およそ「科学的」であるための必要事項、絶対に必要な事柄である、との理念が語られています。
この理念故に、戸枝先生の政治活動は身近で具体的な所に位置づけられます。
1965年の宮城県知事選挙を戦い、1971年の参議院選挙への立候補を控えた、最も「政治的」であったはずのこの時期に、戸枝先生の勧める「政治参加」はとても地味なものでした。1968年に雑誌「月刊キリスト」に連載された「現実を見つめる目」を見てみましょう。ほとんど2004年の現在と見まがう程の右傾化の動き(「緑の日本列島・明治百年祭」、中教審の根幹となる「期待される人間像」、「神々は復活するか」と言われた日本神話の社会科教科書編入企図、吉田茂元首相の「国葬」、そして「靖国神社法案」)をしっかりと見据え批判しつつ、戸枝先生が勧めるのは「委員会制」の活用でした。教育委員会、選挙管理委員会、国家・地方公安委員会といった事柄です。こうした委員会制に目を向け、次のように勧めます。
委員会制度は、戦後、国民がもった行政への積極参加と監督のチャンスであった。
政治イデオロギーや大衆運動のように目に付きやすいものではなかった。
しかし、国民の日常生活に網の目のように張りめぐらされている行政に対する
国民の権利を行使する格好の場所なのであった。
今からでも遅くない。わたしたちは、ここに目を注ごうではないか。
――
「現実を見つめる目」『政治と人間性』124~125頁
ロマンに溢れた派手なものではなく、地味でも地道な活動を勧める言葉は、「出合い」を機軸とした戸枝先生の諸活動と符合するように思われます。
(4)市民教会の理念
戸枝先生の最初の著作『政治と人間性』には、先に参照した1968年のアメリカ訪問の様子も窺うことができます。1970年1月1日以降『キリスト新聞』に連載された記事「アメリカから日本を見る」は、まさにこのアメリカ訪問経験を語ったものでした。
この旅行は、戸枝先生にとって「個人として自由に」実行されたものでした。これは自由な「対話」を可能ならしめるために必要なことだったと、戸枝先生は力説しています(『政治と人間性』68~72頁)。注目すべきは、この旅行を通して、戸枝先生が「市民教会」という理念を論じている点です。おそらく、「市民教会」という理念はこのとき初めて公にされたのではないかと思われます。
「市民教会」を論じるくだりはおおよそこうです。アメリカで多くのキリスト教の様子を「対話」を通して直に見た経験から、日本のキリスト教はどう見えるか。万博問題その他で右往左往する日本基督教団は、さながらハエ取紙にもつれるハエの群れの様である。「ほどなくしてこの家のあるじ帰りきたり、近来にないハエの収穫にほくそえみ、油をかけて暖炉中に燃焼せしめるのである。あとには空気ほどの、ささやかな肺の一片が残るのみ。」(「アメリカから日本を見る」『政治と人間性』88頁)
万博問題その他、日本基督教団の問題は後日に譲ります。混乱する日本のキリスト教界の様子を分析するために、戸枝先生は墨谷三喜男さんの『現代日本のキリスト教』を批判しつつ取り上げ、問題を以下のように解析します。
・・日本のキリスト教が、
神学はドイツ、アメリカ神学の追従と模倣にとどまり、
教会制度は二十世紀初頭のアメリカ的であり、
説教の核は日本的情緒、
教会の社会的構成(信徒の交わり)は、日本的家族主義の複合形態であると見る。
明らかに明治開国以来の天皇制
(「国家と神社」の結合は、
伊藤博文がドイツにおけるカイザートム=皇帝制と、
ルタートム=ルター派教会の結合から学んだのである!)
軍事・警察権力国家の圧制のもとで、
日本キリスト教は
特殊日本的形態
を生み出さざるを得なかった。
――
「アメリカから日本を見る」『政治と人間性』91~92頁
この「日本的家族主義」が、教会の「家族的構成」を生み出す。この「家族的構成」とは何か。戸枝先生の説明は以下の通りふるっています。
・・・牧師、役員、信徒、求道者の人間関係を規定しているのは
人格尊敬を基にもった経済合理的なものでも、社会機能的なものでもない。
家産的情愛関係が主となり、底に流れているのである。
牧師と役員がどんなところで結合しているか。
親類関係のような親しさが要求されており、情緒的結合が主である。
ある企画を牧師なり役員なりが提出する場合、
往往そのことの良否よりも、手続きが問題になる。
誰に話して誰に話さなかったことが、
暗黙のうちに牧師に対する信、不信を形作るのである。
家の子郎党を引きずって歩いているのが日本キリスト教会のいつわらざる姿であろう。
そこでは、名門が何となしに尊ばれる。
(中略)
家族主義的な人間関係を基底にすることは、
ひとつの教会において複数の牧師が長く協力して教会運営に当たることの
きわめて困難なことが、これを物語っている。
家産社会では、その集団が拡大して社会機能を果たすよりも、
その家産の維持のために努力が集中され、
往々にして家産を支える正統主義を反覆し、確守することが唯一の仕事とされる。
(中略)
このような家族型集団もまた、天皇制的圧制社会のなかで、
それに
抵抗することなく
過ごしてきた日本キリスト教が、
知らざるうちに身につけて来た、天皇制社会のアナロギーなのである。
ここからは
個人の徹底的な自由と、個人の総合的協力の場である社会を結合する
ダイナミックな思想や活力は出て来ない。
――
「アメリカから日本を見る」『政治と人間性』93~95頁
日本基督教団以外の、所謂「福音派」諸教会の内実を見てきた私にとって、「家の子郎党を引きずって歩く」という描写は、まさに私が見てきたものそのものように思われます。組織内で権力を握った人が「親分」となり、「子分」たちを従える。あるいは、上手な根回しこそ最良の教会政治となる。しかし、「日本のキリスト教会はここから脱皮すべきである。」(同上、95頁)その通り!それではどうすればよいか。戸枝先生は「市民意識」を持つよう訴えます。「市民意識」とは何か。「およそ人間に関わるならばすべて教会の関心事であるという」意識である。「市民が自由に責任を持って共存し、社会を形成するダイナミズムを教会は創出すべきである。」
それは当然、
近来復旧の可能性を言われてきた天皇制を根本的に変更する必要をもたらす。
不完全ながら共和的民主制の社会制度の枠をも日本キリスト教は、
望見すべきである。エクレシア〔呼び集められた者―引用者注―〕としては、
日曜日ごとに神の民の自立をもつものが集い、
神の言葉を聞きつつ予言者自覚を持ち、
祈りにおいて社会全体の代表をなし、
ここにのみ主のあることを確認する。
これが礼拝である。
しかし、ひとたび散らされたからには、
ディアスポラ(散在の神の民)として、
社会の隅々にまで神の真実の貫くごとく実在し、社会を動かすのである。
これが教会の市民性への基本的理念である。
――
「アメリカから日本を見る」『政治と人間性』95頁
4:まとめ―市民として
以上、「目を上げて天を見、また下なる地を見よ」との戸枝先生の「基本視点」を入り口に、戸枝先生の思想を「出合い」によって貫かれたものとして見てみました。「出合い」の重視は「神のヒューマニズム」に基づく水平な人間関係によってもたらされる。そうした人間関係を、教会の中で築いて行くこと、それが「市民教会の理念」なのだ、と言えるでしょう。具体的に「市民教会」が戸枝先生の中でどういう位置づけを持ってきたのかは、次回ご一緒に学びたいと思います。最後に、「市民」の「出会い」がもたらす可能性を謳った言葉で、本日の学び会を終わりたいと思います。
・・・政治が本当に自分たちのものであるためには、
今日新しい市民組織を必要とする。誰かが呼びかけ、
つくってくれるのを待つのではなく、
日本のいたるところの市や町や村で
「政治はわたしたちのものだ、
だから私たちが市・町・村の仕組みや仕事を批判し、注文することは、
わたしたちの義務なのだ。
さあ、組織の上手な人は市民・住民の組織をつくろう。
社会分析の得意な人は、事がらを客観的にとらえてわたしたちに教えてくれ。
市長とも議員たちとも話し合おう。
教授も、主婦も、店主も、学生も、働くものも、そしておまわりさんも
みんな一個の市民として集まろう」。
こういう事態が起こったとき、
日本の政治情勢は大きく変化するのではないだろうか。
草の根民主主義がどうしても日本全土に広がらねばならなくなったのである。
――
「現実を見つめる目」『政治と人間性』106頁
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