信仰者は夢を見る:川上直哉のブログ

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第3回 キリスト教の源(後編)

第3回:キリスト教のみなもと(後編)

0.はじめに

 「キリスト教の歴史」をご案内する授業を続けたいと思います。今日は、主に教科書の11頁を中心にお話をいたします。

 なぜ、私たちは「キリスト教の歴史」を学ぶのでしょうか。これは、センター試験その他の「入試」に関係ない(かもしれない)。あるいは皆さんは、たとえば今、「中間テスト」に精一杯頑張っておられる(この授業は「中間テスト」と関係がない)。そんなときに、呑気に「キリスト教」の歴史を学ぶ必要が、どこにあるのか。

 確かに、もし皆さんの「今」の生活が永遠に続くならば、「キリスト教の歴史」なんて、意味がないかもしれません。「今」だけを取り上げるなら、皆さんの生活する世界に、「キリスト教の歴史」は無意味かもしれない。でも、「皆さんの生活する世界」は、一年ごとに、広がって行きます。皆さんがこの高校に入学されたとき、この校舎は途方もなく広く感じたことでしょう。でも、今高校二年生となられた皆さんにとって、この学校は決して広くない。そしてきっと、あと数年後、皆さんが卒業をした後にこの学校を訪れたら、きっとこの校舎を「狭い」と感じて、思い出を懐かしむことでしょう。

 人間は、成長と共に世界を広げるのです。そして、オトナになったとき、皆さんはびっくりするほど広い世界を自由に闊歩する。その時に役立つ事柄を、私は語りたいと思います。そしてそのためになら、「キリスト教の歴史」は役に立つ。「キリスト教の歴史」というものは、2000年の時間を重ねて、今では巨大な範囲をもつものとなりました。そして「キリスト教の歴史」というものは、現代の世界を説明するのに本当に役に立つ。それは、作り話ではなく、リアルな現実のお話です。前回と今回は、その「キリスト教の歴史」の最初の場面をご一緒に確認しているのでした。


1.復活

 教科書の10頁一番下にこう書いてあります。「イエスは短い公生涯のすえ、ローマ総督ピラトの時代に、エルサレムにおいて十字架につけられて殺された」。時代と場所が明快に書いてあります。今から2000年ほど前の時代。今で言うところのパレスチナが場所。日本から見ると、地球の反対側にあたります。その時・その地域を支配していたのは古代ローマ帝国。ローマは将軍と軍隊を各地に駐屯させて、ヨーロッパや北アフリカなど広大な地域を武力で支配していました。

 ローマは、基本的に地方分権的な支配をしていました。ローマは、自分の軍隊を各地に置いて、反乱がおきないよう、睨みを利かせます。でも、軍事以外のいろいろな事柄は、各地のそれぞれの特性に合わせて、地元の人々に自由に取り決めさせました。ただ、ローマにとって不都合なことをしようとすれば、軍隊が出てきてこれを潰す。その点だけはしっかりと確保しておいて、あとは地元の自由にまかせます。

 軍隊を指揮する将軍を、ローマでは「総督」といいました。イエスが生きていた地方は、交通の要衝でした。だから、ローマは巨大な軍隊をそこに配備していた。その巨大な軍事力を支配したのが総督。イエスの地域の総督は、その名前を「ピラト」といった。具体的に、政治の生々しい現実の中で、イエスは生き、そして殺されていきます。繰り返して言いますが、イエスは思想犯として逮捕され、政治犯として処刑される。テロリストとしての処刑です。だから、ローマ総督ピラトの命令で、ローマの軍隊が、ローマ式の処刑の方法でイエスを殺しました。その処刑の方法が、「十字架」というもので、その説明は前回申し上げた通りです。

 「十字架」という処刑方法は、人々にローマへの恐怖心を植え付ける点で、実に合理的なものでした。十字架につけられた死刑囚は、長い時間をかけて叫び声をあげ、苦しみもだえながら、誰にも助けてもらえずに死んでゆく。死ぬまでも見せしめですが、死んだあとも見せしめです。あんなに勇敢で、あんなに皆に勇気と希望を与えた人も、あんな風になっちゃ、おしまいだね・・・やっぱり、駄目なものは駄目だね・・・やっぱり、ローマは怖い怖い――そんなふうに、「十字架」という処刑方法は、人々の心を挫くものだったのです。

 イエスという人は、もともと、そうした「心の挫けている人々」に希望を与える運動を起こした人でした。「絶望するな、あきらめるな、神様の国はもうここに来ている」と、イエスは繰り返し語っていました。でも、そのイエスは、「十字架」で無残に死に果てた。イエスの周りに集まってきていた人々――ほとんど「負け組」の有象無象――は、これでやっぱり、再び心挫けて、しおらしく家に帰るのでしょうか。

 しかし、事件が起こります。異様で異常なことです。イエスの所に集まっていた「負け組」の有象無象の人々が、口々に変なことを言い出す。「イエスはよみがえった」「イエスはよみがえった」「イエスはよみがえった」・・・そんなはずはありません。この人たちは、アタマがおかしいのでしょう。でも、とにかく、繰り返し、しつこく、この人たちは言うのです。「イエスがよみがえった。」

 「ホントかよ」と、試しに言ってみるとします。「証拠はどこだい?」――でも、そんなことを訊く人は、無駄な質問をしたと、あとで後悔することになります。イエスの周りに集まっていた人々・意気阻喪して家に帰るはずだった有象無象の人々は、みな口々にこう言うのです。「いやホントだって。だって、この目で見たんだもの。この手で触ったんだもの。」

 こうなると、もう「都市伝説」の類になります。私が学生であった頃(そんな昔ではありません)、「人面犬」というものが流行りました。テレビを見ていますと、主婦らしき人とか学生らしき人とか(モザイクが掛けてあって、声も変えてあるので、なんだかよくわかりません)が、「見たんです・・・」と言う。「見たんだ」というのですから、しょうがない、本当なのでしょう。もちろん、それが本当であると証明することはできませんが、同じように、それが嘘だと証明することもできない。「都市伝説」というのは、つまり、そういうものです。

 キリスト教のはじめに、「復活」という不思議な出来事があったと、そう言われています。教科書にも、そのように書いてある。「そんなのバカバカしい。ウソに決まってんじゃん」と思った方、あなたは実にマトモです。合理的な判断とは、まさにそういうものです。ぜひ、その合理性を大切にして頂きたい。ただ、「都市伝説」のようにして、「イエスがよみがえった、私はそれを見た」という証言があっちこっちに出てきた。それは、どうも、本当のようです。

 ただ、この「イエスの復活」は、「都市伝説」一般と、ただ一点だけ、異なっていました。「都市伝説」は、時間が経つと消えてなくなります。「人面犬」の前には「口裂け女」が流行っていたり、「トイレの花子さん」が流行っていたりする。それは、バーッと広がりますが、スーッと消えていきます。そして、次の「不思議な話」が流行る。それが、「都市伝説」というものです。でも、「イエスの復活」という話は、ヨタ話にしては、持続し過ぎる。「復活のイエスを見た」と証言する人たちは、いつまでたっても、その話をやめようとしない。しつこい。ちょっと、変です。

 人々は、考え始めます。これはちょっと変だ。そして、考えます。イエスは、「諦めるな、神の国はもうここに来ている」と宣言した。そして、イエスの弟子たちが、「イエスが復活した」という。二つの事柄は、繋がっているのかもしれない。つまり、「死んでも、大丈夫。だから、絶対にあきらめるな」と、そういうことを言おうとしているのかもしれない。

 「復活」なんて、あり得ないのです。あってはならない。だって、「人は必ず死ぬ」し、「死んだらおしまい」だから、必死に頑張る。テストだって、入試だって、「死んだらおしまい」だから、一度きりの人生だから、必死に・めちゃくちゃに・非人間的にだって、頑張る。でも、「死んだあと復活する」なんてことがあっては、困る。そんなことがあってはいけない。そんなことがあっては、人はいい加減に生きて行ってしまうかもしれない。

 でも、考えてみます。人生がなかなか上手くいかず、「どうせだめだ」と思っていた人の場合は、どうか。「どうせ毎日つまらない生活だ」と思っている人だったら、どうだろう。「こんな学校に入って、こんなクラスに入れられて、もうどうせこんなもんだよ」と、そう諦めて毎日を過ごしている人だったら、どうか。そういう人だったら、「死んだって復活するんだったら、諦めちゃいけないんだ」と、そのように考えることも、あるかもしれません。

 キリスト教徒は(つまり私も)、異様なことに、今でも「イエスは復活した」と(勝手に)信じています。それは、異様なことです。でも、その異様なことは、もしかすると、ある種のチカラを持っているかもしれない。つまり、「絶望」に抵抗する不思議な力が、その「異様なこと」の中にある、のかもしれない。

 そんなことを考えてみれば、教科書10頁最後の行は、意味がわかってくると思います。なんだかよくわからないけれど、イエスの弟子たちは、「復活のイエスに出会った」。その真偽の程はよくわからないけれど、その何か不思議な出来事で、イエスの弟子たちは「新しい生命への生まれ変わりを経験した」らしい。

 そして、11頁に行きますと、不思議な言葉が書いてある。「聖霊によって神の力を受け」という言葉です。いよいよ、どうも、怪しい言葉が書きつけてあるように見えます。

 「霊」という言葉。最近は、テレビなどでも盛んに取り上げられる言葉です。もともと、この言葉は「風」とか「息」とか「空気」という意味の言葉で、「捕まえどころのないもの、でも、確かにそこにあるもの」といった不思議な神秘を指し示す言葉です。確かに、「風」や「息」は、存在するものですが、捉える事が出来ない。不思議なものです。そういう不思議な力の中には、「聖」なるものもある。イエスの弟子たちは、あとから、自分たちが体験した不思議な出来事(復活、らしいです・・・)を、「不思議な力の働き」として理解して、それを「聖なる霊の働きの結果」と理解して、納得しました(理解はできないけれど、納得だったら、どうにかできる、ということです)。

 そうなると、「私は見た」という人を黙らせることは、なかなか、難しいものです。イエスの弟子たちは、しつこく、「イエスはよみがえった」と宣伝して回る。そのことを知ったことによって、イエスの弟子たちは「絶望」から脱出した。だから、このことは「良い知らせ=福音」だと、そのように思う。それでこの人たちは、しつこく「イエスの復活」を語ってやめない。イエスの教えを人々に語ってやめない。そうやって、キリスト教の最初の一歩が踏み出されることになるのでした。

 11頁9行目に、以上の事柄についての著者(斎藤正彦さん)なりの結論が書いてあります。すこし、読んでみましょう。

 「このように、キリスト教は、人間が頭の中で考え出した思想や教えによってつくられた宗教ではなく」――そりゃ、そうです。「復活」なんて、マトモな頭で考えて語れることではありませ。それは、「人間の頭の中で考え出した思想や教え」から、ずいぶん遠く外れたメチャクチャなことです。

 「イエス・キリストの生涯と十字架、および復活という歴史的な出来事に基づいて生まれたものである」――大事なことを、申し添えます。ここで言う「歴史的な出来事」とは、検証が不可能な事柄である、ということです。それはほとんど「都市伝説」の類に等しい。でも、「それが本当だとすれば・・・」と考えてみると、いろいろなことが説明つく。「歴史」というものは、実は、そうやって説明をつけてみることの積み上げに過ぎません。誰も、過去に戻ることができないのです。ただ、証言と状況証拠だけがある。それをパズルのように組み上げて、人間の足跡を再構成してみること。それが、「歴史」という営みなのです。「キリスト教の歴史」も、そうした営みとして成立しているということを、どうぞ、お覚え頂ければと思います。


2.ペテロ――貧しさと無学

 以上のようにして、キリスト教は最初の一歩を踏み出しました。それは、有象無象の人々の常識はずれな運動であったということです。そして、その運動は「教会」を生み出していきます。

 「教会」というと、何か特別な集まりのような気がすることでしょう。皆さんは、教会においでになって、きっと、そこは特別な場所だとお感じになったことと思います。でも、もともと「教会」というのは、別に特別な場所を意味しませんでした。もともと、「教会」という言葉は「エクレシア」というギリシャ語で、この言葉は、単に「寄り合い」を意味したのです。まず、イエスが運動を始めました。すると、有象無象の人々が集まってくる。その「集まり」は、ひとつの「寄り合い」となる。この「寄り合い」のことを、「エクレシア」と、当時の人々は普通に呼んでいたわけです。そして、この「エクレシア」のことを、現代の日本人は「教会」と翻訳している、ただそれだけのことなのです。

 さて、イエスの生きていた頃のこと。イエスの「寄り合い」の中で、いつのまにか、発言力の大きな人が中心的な役割を果たすようになり始める。その人の名前を「シモン」といいました。シモンの元気な様子を見ていた師匠のイエスは、シモンに“あだ名”をつけます。イエスがつけた“あだ名”は「ペテロ」でした。これは、「ペトラ」という言葉を崩したものでした。「ペトラ」というのは、「岩」という意味の言葉です。だからイエスは、シモンに「イワオ」とか「岩太郎」とか、そんな名前を付けたわけです。もしかすると、シモンという人はゴツゴツした風貌だったのかもしれません。でも、イエスとしては、ちょっと真面目に考えたようです。つまり、イエスの所に成立した寄り合い(エクレシア=教会)を家にたとえて、その「家」の土台として、シモン、よろしくたのむよ、と、そんな意味を込めたようです。当時は勿論コンクリートなどないわけですから、家を建てようとすれば、大きな岩を据えて土台とする。そんなふうに、イエスはシモンに期待して、「ペテロ」という名をつけて呼んだのでした。

 さて、このシモン=ペテロ。教会の土台石になるような人物だったか、どうか。教科書には何と書いてあるでしょうか。「ペテロはもとの名はシモンといい、ガリラヤの貧しい漁師であった」と書いてある。ここに、「ガリラヤの貧しい漁師」とある点に、注目しましょう。

 ガリラヤという場所が、シモンやイエスが生きた国にとってどんな地域であったかは、前回お話ししました。そこは、東北地方の「辺境」だった。「負け組」の地域だった。そのことを思い出しながら、更に今日は、「貧しい」ということに注目しましょう。

 皆さんは、今日も学校に出てきて勉強しています。なぜ、そんなことをしているのでしょうか――そう質問するなら、二つの答が可能です。第一に、「“学”を身につけるため」。第二に、「お金があるから」。この二つの答は、実は、繋がっている一つの事柄なのです。

 皆さんは、今、英語や数学や古文や、そして「キリスト教の歴史」までも、学んでいる。これら全ては、社会人になった時に、皆さんを助ける「学」です。では、これらの「学」が、いったいどうやって、皆さんを助けるのか。

 世の中に出ると、皆さんはお金を稼がなければならない。では、どうやってお金を稼ぐのか。方法はいくつかありますが、大切なのは、誰かとチームを組むということです。たとえば、既にお金を持っている人と組んで仕事をする。あるいは、既にコネを持っている人と組んで仕事をする。そうやって、お金を稼ぐ。

 誰かと組む、という以上、誰かに自分を認めてもらわなければなりません。どうやって、認めてもらえるか。これはとても残念なことですが、人間は他人を正しく認めることができません。いろいろな偏見や先入観がたくさん邪魔をする。そんな中で、人が人を認めるための手段として流通しているのが、「学」というものです。「こいつ、こんなことも知らないのか」と、そう思われると、「危なくて、こいつと一緒に仕事はできねーな」となる。「無学」というのは、人から信用されないという結果をもたらす。これは、本当はおかしなことです。「無学」だって、立派な人格の人がいる。でも、世間というものは歪んでいて、「無学」な人をアタマからバカにする。信用しない。だから、皆さんは必死になって「学」を身につけないといけない。

 でも、「学」を身につけるためには、先生に教えてもらわなければならない。英語であれ、数学であれ、そして「聖書」であれ、専門の人に教わらなければ、なかなか「学」を身につけることはできない。でも、そのためには、もちろん、お金が要ります。先生だって、生活しなければならない。生活のためには、先生だって、お金が必要です。だから、「学」を身につけるためには、お金が要る。つまり、貧しいと、先生を雇って教わることができない。皆さんは、お金持なのです。だから、授業料を払って、ここで先生を呼んで、授業をさせている。これは、お金があるからです。

 だから、貧しいと、「無学」になる。そして、「無学」だと、信用してもらいにくい。信用が得られないと、お金儲けができない。お金が稼げないと、ますます貧しくなる。貧しいと、「無学」になる・・・ここに、悪循環があること。このことは、とても大切なことです。

 イエスの周りに集まってきた有象無象の人々は、ほとんどすべて、貧しく「無学」の人々であった。このことは、とても大切なポイントです。だからこそ、そのリーダーというか中心人物というか「ボス」というか、そういう役割は、「貧しい漁師」であったシモン=ペテロが担った。ペテロは、イエスの所に生まれた「寄り合い(エクレシア=教会)」の性質をよく表わした人物だったということです。

 更に、ペテロという人は、性格的にもずいぶん「ダメ」な人であった様子です。これは教科書の11頁下から7行目以下に書いてあることなのですが、ペテロは、自分が代表を務めている教会が暴力的に襲われたとき、仲間を置き去りにして逃げたという伝説が残されています。あんまりみっともなく逃げるものですから、見るに見かねて、復活したイエスが現れて、「お前が逃げるから、私が仲間の所に行ってくる」とペテロに言い捨てる。ものすごく恥ずかしくなって、ペテロは暴力に襲われている仲間の所に頭をかきながら帰っていく――という伝説です。この伝説が語られている背景には、ペテロという人のヘナチョコ・ヘタレぶりがよく表れています。でも、そんな人が、イエスの弟子の「寄り合い」の中心人物でした。


3.ユダヤ教の仲間への伝道

 ペテロたちの「寄り合い」は、イエスの復活を信じて、運動を開始しました。それは、ユダヤ教の仲間たちに「イエスはすごいんだよ」と言って回るという運動でした。ペテロも、イエスも、みんな、ユダヤ教徒でした。「キリスト教」というものは、まだありません。でも、「ユダヤ教」という宗教は、当時、大変尊敬されていた宗教でした。

 皆さんの多くは、日本人だと思います。もし違っていたら、おゆるし下さい。さて、皆さんは今、「自分は何教徒だろう?」と考えてみますと、きっと、あまり「これ」という自覚はないと思います。でも、「自分は何人だろう」と考えてみると、「日本人だ」と即答されるでしょう。現代の世界は、「国籍」で自分の所属を考えます。でも、これはほんの200年程度の歴史しかない考え方です。人類は数千年にわたって、「自分は○○教徒だ」ということで、自分の帰属先を決めていました。宗教が弱くなったので、今の私たちは「国籍」で自分のことを説明するようになったのです。

 イエスの時代は古代の末期、今から2000年前です。そのころは、「ユダヤ教徒」であることと「ユダヤ人」であることとは、同じことを意味していました。

 さて、皆さんは「日本人」だとします。「日本人」だと、とても有利でラッキーです。だって、「日本人」であれば、「日本」の福祉を受けることができる。病気になったり怪我をしても、生活保護その他の形で、日本政府が助けてくれます。これは、すごいことです。「日本人」であるということは、とても便利なこと。

 さて、そこで質問です。皆さんは、どうして、そんな便利な「日本人」になれたのでしょうか?――日本に長く住んでいるから?・・・違います。皆さんよりもはるかに長く日本に住んでいる人でも、なかなか、日本人になれない人がいます。在日韓国朝鮮人は、その典型でしょう。それでは、どうして皆さんは「日本人」になれたのか?――日本にたくさん税金を納めているから?・・・それも、違うでしょう。まだ皆さんは消費税以外の税金を納めていないはずです。

 それではなぜ?――答は、「親が日本人だから」です。日本は、日本人から生まれた人を自動的に「日本人」と認めるのですが、それ以外の人を「日本人」とすることに、極めて消極的な国です。だから、日本人はだいたいみんな同じような顔をして、同じような性格をしている。

 でも、「ユダヤ人」は、その正反対です。どこで生まれようと、どんな生活をしていようと、誰の子どもであろうと、どんな体臭をしていようと、一切まったく関係なく、「ユダヤ教の教え」を守れば、本当に誰でも「ユダヤ人」になれる。「ユダヤ教の教え」は、法律形式で書かれています。それで、「ユダヤ教の法律(「律法」といいます)」を守れば、誰でも「ユダヤ人」になれる。「ユダヤ人」になれば、「ユダヤ人ネットワーク」の福祉やコネを使うことができる。「ユダヤ人」は「ユダヤ人」を助けてくれる。これは、とても便利なことです。

 それで、「ユダヤ人」は世界中に広がりました。すると、いろいろな人が「ユダヤ人」になってくれますから、様々な文化がそこに混じりあいます。そして、時間をかけて、世界中から尊敬される宗教としての「ユダヤ教」が作り上げられることになる。

 今から2000年前の世界でも、「ユダヤ人」はローマ帝国全域に広がって住んでいた。その頃既に、「ユダヤ教」はある種の尊敬を集めていた。イエスの運動も、そうした「ユダヤ教」の中から起こってきた。そしてイエスが殺されて後、ペテロを中心に、「教会」は活動を開始します。ペテロたちは、世界中にいるユダヤ人たちに、「イエスというすごい人が我々の中から出てきたんだ」と宣伝しようとする。そして、イエスが教えていた“人の生きる道”を伝えようと努力する。「人の生きる道を伝える」ので、これを「伝道」といいます。具体的には、イエスから知らされた「福音(良い知らせ)」を伝えることが、「伝道」ということになる。その「福音」とは、「死んだって大丈夫、諦めてはいけない、神の国はもうここに来ている」というものでした。

 でも、当時のユダヤ教は、世界各地の文化がまじりあった結果、大変洗練された宗教として知られていました。だから、「また、新しい思想が現れたか」と、最初はみんな関心を示したかもしれませんが、そのうちすぐに、みんなが怒り始めます。「なんだ、“人面犬”みたいな話だな。冗談じゃない。我々は皆から尊敬されているユダヤ教だぞ。そんなバカな話をするのはやめろ」と、そう煙たがられる。そしていつか、イエスの弟子たちは、激しい「いじめ」を受けることになります。そのうち、ローマもこの「いじめ」に乗っかってきます(その辺りのことは、また次回以降にお話しすることになります)。そして、ペテロは最後、死刑囚として殺されていきます。以上が、教科書11頁の内容の説明になります。


4.パウロ――「キリスト教」の誕生

 教科書12頁からは、パウロという人の話が始まります。このパウロという人が、「キリスト教」を今のカタチに整える重要な役割を果たすことになる。そして、このパウロという人が、「イエスの教え」をユダヤ人以外のすべての人に伝えて行く働きの中心人物となる。そんなお話です。

 パウロは、最初「サウロ」という名前の人でした。この人は、シモン=ペテロとは本当に対照的な人物です。まず、この人はお金持ちの子どもでした。そしてこの人は、当時のユダヤ教の最高の教育を受けます。つまり、本当に「学のある人」となる。そして更に、この人は本当に勇敢な、英雄的な人であったようです。この人は、「人面犬のような珍妙な教えをうるさく唱えて回る連中」に、敵意を燃やします。ユダヤ教の教えによると、「木につるされて殺された人は呪われたものである」とされている。それなのに、この連中は「木につるされたイエス」を「すごい人」だとか「キリスト」だとか言って宣伝している。とんでもないことだ――そう考えたサウロは、まるでジャイアンのように、弱くヘナチョコでうるさいだけの「イエスの弟子たち」を捕まえて、宗教裁判にかけて行く。それも、ずいぶん乱暴な仕方で。血気盛んな若者たちをひきつれて、次から次へと「イエスの弟子」の家を襲い、イエスを偲ぶ礼拝をしている人たちの家を荒らし、その主だった人々を「思想犯」として逮捕する。連れて行った若者たちは、「自由に暴れていい」のですから、本当にめちゃくちゃに暴れる。そういう一群を率いるサウロ。この人は本当に「英雄的」な性格をもった人物であったようです。

 ユダヤ教の長老たちは、このサウロの行動を支持します。それで、サウロは、ダマスコという隣町まで、若者たちをひきつれて大遠征を計画し、実行します。しかし、その遠征の途中で、事件が起こる。旅の途中、突然、サウロは倒れてしまいます。気がつくと、サウロは目が見えなくなる。そして、ダマスコに就いた後、突然、パウロは自分の軍団を解散してしまう。そして、人が変わったかのように、まるで別人になってしまう。ひとりで「イエスの弟子」の家を訪れて、「すみませんが、イエスの教えを教えてください」と頼む。

 サウロ自身の証言によると、このとき、サウロは超常現象を経験したのだそうです。突然、激しく眩しい光がサウロを包み込む。そして、その光のなかで、男の人の声がする。「サウロ、サウロ、いったい何をしているのか。トゲの出た棒を足でけるのは、あなたにとって痛いことだ」――恐ろしくなったサウロは、その声の方に向かって訊ねます。「あなたは誰ですか。」すると、答えがある。「私は、あなたが迫害している、イエスだ」。それで、サウロは人が変わったようになってしまう。

 そんなこと言ったって、ついこの間まで乱暴の限りを尽くしてきたサウロです。誰も、サウロの言葉を簡単には信じません。でも、サウロは本気であったようです。自分の名前を「サウロ」から「パウロ」に変えて、本当に、生まれ変わったつもりで、イエスの教えを勉強しました。そして、この「パウロ」が「キリスト教」のカタチを作っていきます。

 もともと、パウロは“超‐エリート”です。大変な教養と学識がある。そして、性格的には英雄的で、リーダーシップ満点です。このパウロが、イエスの弟子の仲間に加わった。それは、“イエスの弟子の寄り合い=教会”にとっては、画期的な出来事でした。パウロは、世界宗教となったユダヤ教について、スミからスミまでよく知っていました。その長所と弱点も、よく知っていたのです。そして、その長所を活かし、弱点を補うようなことを、「イエスの弟子の寄り合い=教会」に組み込みます。

 ユダヤ教の長所というのは、世界宗教になれる間口の広さでした。誰でも、ユダヤ教の教えを守れば、ユダヤ人になれる。だから、世界中の人がそこに入ってきてくれて、宗教の内容が洗練される。ただ、弱点がありました。ユダヤ教の教えは、「律法」と呼ばれる法律の形式をとっていた。だから、「形だけ」法律を守る「ユダヤ人」もたくさんいた。「心」は昔のままで、「形だけ」法律を守って「ユダヤ人」のネットワークを利用する。そんな人がいることが、「ユダヤ教の弱点」でした。

 そこで、パウロは、イエスの教えを研究し尽くして、ユダヤ教の弱点をひっくりかえして新しい宗教を作り出しました。それは、「形」や「生活」は何も変えなくても、「心」だけを問うものです。つまり、本気でイエスを信じるなら、その人は「キリスト教徒」になれる、というもの。本気で、「福音」を信じるなら、その他のことはさておいて、とにかく誰でもそのまま「キリスト教徒」になれる。生活の変化は、その後にゆっくりやればいい。

 これは、ユダヤ教の正反対を行うものでした。ユダヤ教では、とにかくユダヤ教的な法律を守って、ユダヤ教的な生活をすれば、「ユダヤ教徒=ユダヤ人」になれる。そして、心の中のことは、あとからゆっくり変えていけばいい。でも、パウロの考えた新しい宗教は、まず「心」で信じることを求めます。信じさえすれば、生活のことなどは、あとで考えればいい。これで、パウロは新しい宗教としての「キリスト教」を作り上げることに成功しました。パウロのおかげで、「イエスの教え」を奉ずる「寄り合い」であった教会は、「ユダヤ教」の殻を破って、まったく新しい宗教に変身したのでした。

 以上、ユダヤ教の中で始まったイエスの運動が、脱皮して「キリスト教」になっていく様子を説明しました。今年は「国際パウロ年」ということで、パウロを見直す運動が世界中のキリスト教徒の間に見られます。その年に、パウロのことを振り返っておいたことは、きっと意味があることだと思います。


5.まとめ

 最後に、大事なことを二つ、申し上げます。キリスト教の教えの根本と、キリスト教の中心についてです。そして、その二つの大事なことは、キリスト教の儀式の中に組み込まれ、今のキリスト教の中に大切に伝えられてきています。

 キリスト教の教えの根本は、「絶望をやめること」です。これを、キリスト教では「回心」という言葉で呼びます。そして、そのことを示すために、「洗礼」という儀式を行います。それは、人を水の中に沈めて、「一回死んだこと」にする、少し乱暴な儀式です。乱暴なものですから、今では「聖水」を頭に振りかけることで済ましているところが多い儀式です。でも、教会によっては、今でも人を水の中に沈める儀式をしています(私もされました)。それは、人は死んだつもりでやりなおすことができるのだということを、とても印象的に示すものです。それは、「死んだって大丈夫」ということを、イエスの「復活」という事件(?)から引き出した、キリスト教の儀式なのです。それが示しているのは、「絶望するな」というメッセージです。

 キリスト教の中心は、イエスの十字架の処刑です。そのことをいつも思い出すために、教会は、「聖餐式」という儀式を造りました。これは、イエスが逮捕される直前の食事の様子を思い出す儀式です。それは「イエスの死」を教会が忘れないように、という意味を込めて、今でも行われている儀式です。

 キリスト教は、この二つの儀式を核にして、すべての人に、大切なメッセージを送っています。それは、人は心ひとつでいつでも新しい出発をすることができるというメッセージです。本当に、人はいつでもリセットしてやり直しができる。そのことを示した強烈な出来事こそ、イエスの逮捕と処刑だったのだ――そう信じて、イエスをキリスト(救い主)と認めイエスを師匠と仰ぐ人々を「キリスト教徒」といいます。そして、このキリスト教徒たちが、一つの歴史を作って現代まで至る。次回以降、その具体的な展開をご案内することになります。今日の授業は、これで終わります。

第4回は こちら からどうぞ。


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