よんよんとともに

(2)





翌朝まだ薄暗いうちに、青年は宿を出た。

昨日持ち帰った名もない花には目もくれずに・・・。



青年の向かった先は、もちろんあの梅の老木だった。



やはり見間違いだったのだろうか・・・・。

朝もやに包まれた老木のあたりには

誰も居ない。



ちょっとため息をつきながら、川べりに足を運ぶ・・・。



少しだけ落差のある岩

滝とも呼べぬほどの川の流れがとどまっているあたりから

なにやら水の跳ねる音と美しい歌声が聞こえてくる・・・。



青年の胸は高鳴った・・・。そして鼓動が早くなり駆け出していた。

枝の影から息を殺してそっと、うかがう・・・。



昨日一瞬見かけた梅の精のような美女が沐浴をしているではないか・・・。



青年は次の瞬間じゃばじゃばと水を掻き分け、その美女のもとに駆け寄ると

ずっと以前から恋人同士だったかのようにあつい抱擁を交わしていた。



何度も何度も髪をなで、何度も何度も抱きしめる。

川からあがり二人で寄り添い老木にもたれ掛かる。



そのころには、暖かく柔らかな日差しが二人に降り注いだ・・・。



その日二人は一言も会話もしないままずっと寄り添っていた。

食べることも飲むことも忘れ、時の流れも忘れ、ずっと・・・・。



青年は美女を抱き寄せたまま、まどろんでいた。

カラッポになりかけていた心になにかがみなぎって来るのだけを感じていた。

心が温かくなった・・・。







その日青年は宿には戻らなかった・・・・。



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