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よんよんとともに
(4)(5)(6)(7)
ピョルは、町まで大急ぎでやってきた。
そして、ほこりで、薄汚れた電話ボックスに駆け込む。
何もかも捨てて旅に出た時、
携帯電話も捨ててきた。
しかし、ピョルの記憶の中には、
都会に暮らしていた間
観て貰っていた主治医の
プライベートの電話番号が
しっかりと残っていた。
ストレスとプレッシャーで押しつぶされそうになったときに、
カウンセリングを受けていた
初老の落ち着いた信頼のおける主治医だった。
「先生、ピョルです。ご無沙汰しています・・・」
そして、今までの出来事を簡潔に伝え、相談をした。
主治医はすでに、現役を離れ、
こうして、時折相談にやってくる元患者との
語らいの時を楽しみにしていた。
ピョルが旅に出る時にも、
相談に乗っていた。
その後、連絡が途絶え、心の奥で、
消息を案じていた。
およそ、信じがたいピョルの話を
少しも疑うことなく、
また、興味本位に感じることもなく、
淡々と答える主治医・・・。
「では、来週の火曜日にそちらに・・・・。」
そう言って、受話器を置いた。
その日まであと3日だ。
それほど、ピョルは山深い田舎に暮らしていたのだった。
大急ぎで、家へ戻ったピョルは、
メファに医者を呼んだことを話す。
医者とは何か・・・そこから、詳しく話していった。
メファはただ、ピョルの瞳をまっすぐに見つめ、
頷くだけだった。
次の日も、また次の日も
メファの微熱は続いていた。
やっと食べられるようになったお粥は、
全く受け付けなかった。
せめてもとピョルは、
りんごをすりつぶし、メファの口元に運んだ。
「明日は、先生が来てくれるよ。」
ピョルはそういいながら、メファの頭を撫でていた。
(5)
古木の橋の手前に
行ったりきたり落ち着かない様子のピョルの姿があった。
その場所まではなんとか車が入ってこれる。
主治医の到着を今か今かと待っていたのだった。
やがて、片田舎に似つかないキャンピングカーのような
車が静かに止まった。
「いやぁ~。待たせたね。ピョル君!!」
挨拶もする間を惜しんで、主治医は車から機材を次々に降ろす。
ピョルは橋の向こう側に用意しておいた
リヤカーにその機材を黙々と運ぶ。
自家発電機もあるようだ。
3度も4度も往復した時に、
車の荷物はやっと空になった。
「ピョル君・・・。しかし良いところだね。
今の時代にこんな桃源郷のようなところがあるなんて・・・。
長生きした甲斐があったよ・・・。」
このたくさんの機材を一人で用意して、
何日もかけてやってきてくれた主治医の優しさに
ピョルはすでに、泣いていた。
ピョルの消息がマスコミに少しでも漏れれば、
瞬く間に大勢押しかけてくる。
しかも、メファの事実が知られることになったら、
国中どころか、全世界から注目されることになってしまう。
すこしでも野心のある主治医だったら、
ピョルは決して連絡を取ることはしなかっただろう。
(6)
手際よくピョルの家の1室が診察室に変わった。
コンパクトだが、最新の医療機器だ。
診察が始まってすぐに、主治医は
「おめでとうございます。出産予定日は・・・・、
えーっと、ちょっと待ってくださいね。エコーで調べますから」
そう、にっこり笑って二人に告げた。
熟練の医師は一目見ただけでオメデタを直感したのだった。
そして、おもむろにコンピューターからはじき出された予定日を
二人に告げた。
「8月29日ですね・・・」
「あれ?確か・・・ピョル君の・・・
あっはははは!!これはめでたい!!」
診察のあと点滴をうち、つわりを和らげる薬を処方してくれた。
主治医は外に出た。一服するためだ。
あとから、やってきたピョルに
「無事出産するまで、この医療機器は置いていくよ。
大丈夫!プライベートな物だから・・・。
心配ないよ。
それにしても、いいところだ。
ピョル君が羨ましいなぁ・・・。」
半年ほど前に主治医は妻に先立たれていた。
ふとそばに、妻がいるようなそんな気がするほど、
こころが やすらぐ気がした。
「先生、明日一緒に陶芸やりませんか?」
ピョルもまた心許せる主治医の存在が心地よかった。
その夜、二人は遅くまでさしつさされつの時を過ごした。
まるで、本当の父子のようであった。
翌朝、主治医はピョルに一旦別れを告げ、戻っていった。
早急に調べなければいけない。
それは、メファの血液だった。
ピョルのありえない話を鵜呑みにしたが、
科学的にもきちんと証明してやらないと。
これから先、生まれてくるであろう二人の子供が危険に晒されることになる。
メファが人と同じ成分の血液であることを願いながら、
自宅兼研究所に戻っていった。
(7)
主治医の処方のおかげで、見る見る元気を取り戻したメファだったが、
ピョルは何もせずに横になっているように申し付けていた。
少しでも家事をしようとすると、
すごい怖い顔をして怒る・・・。
メファは主治医が作ってくれたふかふかのベッドに横たわりながら、
外の景色を恨めしく眺めていた。
紅葉がきれいだった・・・。
1月後、雪をかき分けてまたあのキャンピングカーがやってきた。
「ピョル君!雪解けの頃までこっちに居られそうだ。
あっははは。ちょっと長いバカンスに出ると言って、出てきたぞ!」
豪快な主治医だった。
彼は都会に居た時にこの主治医にどれだけ癒されたことだろう。
主治医の優しさにまたしても涙が落ちそうになるピョルだ。
そして、家に入る前にピョルに血液検査の結果の紙を手渡した。
「不思議なこともあるんだな・・・。ピョル君。」
一言だけ、主治医はまじめな顔をして呟いた。
「先生・・・」
そういったまま検査表を握り締めて
ピョルは喜びに肩を震わせた。
その年の暮れはにぎやかだった。
すっかり居づいてしまったかのような主治医と
メファとピョル・・・・。
来る日も来る日も笑いが耐えない。
主治医の轆轤を回す腕もなかなかのものになってきたようだ。
定期健診の頻度ではなく、その都度診察をする主治医。
その表情からは
まるで孫でも生まれてくるような、そんな雰囲気さえ感じられる。
人とのかかわりがいやになって、旅に出たピョルが
今こうして、人と係わることによって、
また安堵し癒されている・・・。
ピョルは時々ふと人間の性というものを考えさせられていた。
やがて、雪が融けだして、里にも遅い春がやってきた。
相変わらず主治医は時折楽しそうな顔をしてやってくる。
メファのために栄養になる食べ物を車に山ほど積んで・・・。
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