よんよんとともに

第3章 (1)(2)


いのち・・・そして

(1)

いつかのように、また老木に花が咲き始めた。

その年の色は一段と深紅に見える。


もう、すっかり住人らしくなった主治医を共だって、
ピョルはメファと老木までやってきた。

華奢な身体におなかのあたりだけが、少し膨らんでいるメファ・・・。

雪の間は、外を一歩も歩かせてもらえなかった。

老木にやってきていた目白がさえずる。

久しぶりに見る景色にメファの瞳が輝いて見える。

妊婦となったメファだが、
相変わらず透き通るように美しい。


そんなメファを見つめながら、初めてここで出逢ったときのことを

思い出していた。

ピョルの心は震え、そして少し熱くなった。


「おぉ、そうだ!ピョル君。この木のところで
二人の記念写真を写してあげよう。」

主治医は手にしていたデジカメで、二人を写そうとした。

二人の写真は一枚もない。

写真の腕もなかなかだったピョルだが、

メファに出逢ってから1枚も写していなかった。

メファにレンズを向けることが怖かったのだ。



そんなことを何も知らない主治医は、

二人の立ち位置まで指図して、

今シャッターを切ろうとしている。

パシャっというシャッター音が2度3度と聞こえた。

ピョルはあえて、自分の心の心配を
主治医に言わなかった。


デジカメはその場で写した絵を見ることが出来る。

主治医ももちろん確認しながら次の1枚を写していたのだ。

確かにそのデジカメの中にメファは写っているのだと、ピョルは確信していた。

そして、それがとてもうれしかったのだった。

メファは老木に腕をまわして
何か小声でささやいている。

そしてやさしく頬を寄せて挨拶をしていた。
そのメファの手の上にピョルは自分の手を重ねた。

ピョルもまた、小さな声で何かを話しかけていた。

ピョルの手は少しだけメファの手をぎゅっと握った。


そして、少しの間二人は黙って見詰め合った。

その時、つがいの目白はどこかにさえずりながら飛んでいった。


「いや~。本当に気持ちのいいところだ!!」

何度もそう呟きながら、色々な角度から老木の写真を撮る主治医。

とても楽しそうだ。

「水も冷たくてきれいだ。心まで洗われる様だよ。」


「先生、そろそろ戻りましょうか。メファが冷えてはいけないので・・・」

ピョルが話しかけると、主治医は慌てて答えた。


「おお、そうじゃった。私としたことが、あっはははは。

さぁ、戻ろう、戻ろう。」


翌日、また都会へと主治医は戻っていったが、

主治医のパソコンデスクのところに、

一枚の写真が
プリントアウトしておいてあった。

まるで、古代王朝の
美しい王妃と凛々しい王の写真のようだった。

二人は確かにそこに写っていた。


ピョルとメファはいつまでもその写真を眺めていた。



(2)

青葉の季節も何事もなく順調にすぎ、

ギラギラと輝く季節がやってきた。

そのころには、メファのお腹はもうかなりの大きさになっていた。


8月の中旬に、また主治医はやってきた。

今度は助手席に婦人が乗っている。


迎えにでたピョルはその婦人の顔に見覚えがあった。

軽く会釈をしながら、考えていた。

『どこかでお見かけしたことがあるんだけど・・・』


「あら、あなた。いつか傘をお貸しした方よね・・・。」

そう。以前町に買い物に出かけた時に雨に降られ、
傘を貸してくれた親切なご婦人だったのだ。


彼女は助産婦の仕事をかつてしていたのだそうだ。

世間は広いようで狭く、主治医とも旧知の仲だっだ。


都会から、看護師を連れてくるわけにもいかず、

出産の手伝いを頼んでくれたのだった。


ピョルの家からも1時間ぐらいの距離にすんでいるので、

急な容態の変化でも駆けつけてくれる。

ありがたいことだった。


「よろしくお願いします」


深々と頭を下げて挨拶をした。

「傘を返してくれた時に頂いたすてきな一輪挿し、

大切に使わせて貰ってるわよ。」

そしてその婦人はにっこりと笑って、

「心配しなくてもいいわよ。私がついているからもう大丈夫よ。」

と胸を叩くのだった。

メファも思わず微笑んだ。

診察の結果、順調におなかの赤ちゃんは成長していた。

あと1週間もすれば産声が聞けるはずだ。

主治医はもう性別は分かっていたが、二人にも助産婦さんにも教えなかった。

そして、予定日の3日前には、車に山ほどの産着や
育児に必要なありとあらゆるものを積んでやってきた。

助産婦さんは、自転車で毎日やってきてくれていた。


主治医の用意した産着をみてにやりと笑った。

「まるで、先生のお孫さんのようだわねぇ~。」

「はっはは。そうだよ。私の初孫だ。」


主治医は、自分の子供を若い頃に病気でなくしていた。

なおさらピョルが自分の子供と重なって見えたのかもしれない。


そして、予定日の8月29日の明け方に

かわいい女の子、ミレが生まれたのだった。

ピョルと同じ誕生日に生まれためぐり合わせにも不思議なものを感じていた。


主治医と助産婦さんの付きっ切りのお産で、

母体のメファも何事もなく生むことが出来た。

生まれたての我が子を抱いて、メファはとにかく泣いていた。

ピョルもしゃくりあげながら泣いていた。

メファの手を握り、主治医の手をとり、
助産婦さんにすがりながら泣いていた。

そして、メファから受け取った我が子に頬ずりをして
またむせび泣いた。


満面の笑みを我が子に贈った。

「ミレ・・・・」

我が子は何も分からずただただ、「おぎゃぁおぎゃぁ」と手足をバタバタさせている。



「お父さんとお母さんに似て、顔立ちのきれいな子だこと・・・」

助産婦さんは、ミルクの用意をしながら呟いた。

その場で一番冷静に対処していたのだ。


「先生、体重と身長とちゃんと計ってくださいよ・・・。」




実りの秋を迎えた頃、メファの体調ももとに戻り、

主治医のやってくる回数も減ってきた。

そのかわり、時々自転車で助産婦さんが顔を出してくれる。


日に日に表情が豊かになってくるミレを
二人は目を細めていつまでも見ている。

ミレの血液検査の結果もなんの異常もなかった。


ピョルは毎朝、毎晩幸せを噛み締め、感謝していた。

そして、いつまでもこの幸せが続くことを願っていた。




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