よんよんとともに

(3)・(4)



黄金色に輝く稲の穂が秋の訪れを告げていた。

その日は、朝から蒸し暑く異様な色の雲が流れてきては

またちぎれていく。

台風でも近づいてきているのだろうか。

ピョルの心が波立った。
なんともいえない不安な気持ちになっていた。

だんだん風が強くなってくる。

外回りの飛びそうなものを片付けて、
自家発電装置の点検もした。


空はいつしか鉛色に姿を変え、
裏の木々は大きくうなり声を上げている。
不安そうな顔をしているメファを元気付け、

主治医が置いていったラジオをかけてみる。


雑音だけが聞こえてきて役にたたない。

夕方に近づいた頃から雨も激しさを増してきた。

まるで小石でもぶつかっているような雨音だ。

何かが外で飛んでいく音が聞こえる。
トタンがパタンパタンと激しい音を立てている。

登り窯の屋根が気がかりだったが、この嵐の中では、
外に出ることがどれだけ危険かピョルは良く知っていた。

幸い地形的に土砂崩れや鉄砲水が発生しそうなところはない。

家が壊れれば、嵐が通り過ぎてから直せば良い。

ピョルは、メファとミレの傍にずっと居た。


ミレのちいさな手の指に自分の指をつかませて、
うれしそうにメファを見るピョル。

ほっぺをつついてメファにとがめられるピョル。

メファが怖がらないように、笑わせてみる。

「目が覚めれば、嵐も過ぎ去ってるよ。安心してお休み。」

メファの髪を優しく撫でる。

やがて、メファもミレも眠りに着いた。
(4)
いつしかピョルもうとうとしてしまった。

鳥のさえずりで目が覚めたピョル。

ミレが無邪気に手足を
バタつかせている。

メファがいない。

慌てて飛び起きたピョルは家の中を探し回った。

今までに何度も目覚めた時にメファの姿がないことがあった。

一人で沐浴に出かけた時もあった。

ただ、ミレが生まれてからは一度もなかったことだった。


得体の知れない不安がピョルを襲う。
家の中にはどこにも居ない。

慌てて外に出ようとして、
ハッとした。

頑丈に閉められた戸がそのままなのだ。
家の中にいるはずだ!!

もう一度、落ち着いて、ゆっくりと探す。

「メファ? メファ?どこにいるの?」

どこにもいない。

ピョルは杭をはずして戸を開けた。

まだ、外は吹き返しの風が吹いている。

その時、飾っておいたあの写真がひらひらと舞い落ちてきた。

拾ってその写真をみて、
ピョルはそのまま力なく膝からがっくりと崩れてしまった。

その写真にはピョルしか写っていなかったのだ。

ピョルは、すぐさま血相を変えて、ミレを抱き上げ外に飛び出していった。


道路にはちぎれた木々が散乱していた。
古木の橋にも木の葉がびっしりとへばりついている。

その橋を渡る前にピョルは歩みを止めた。

あの老木が・・・・・。

あの老木が無残にも手の施しようのないほどに折れていた。


折れたさきは川の中まで飛ばされている。

折れ口を見ると、ぱらぱらと木屑が落ちていく。

木の幹はとうに朽ちていたようだ。


震える足を橋に乗せ、一歩一歩老木に近づく。

しっかりとミレを抱きしめながら・・・・。

折れた老木に手を触れた途端、

ピョルはメファの声が聞こえた気がした。
辺りを見回して、叫ぶ。

「メファ!メファ!!」

何も聞こえない・・・。


もう一度、震える手で老木をさわってみる。

メファの香りがしてきた。


ピョルはそのままその場に泣き崩れた。

目の前の出来事をすべて受け入れて泣き崩れていた。


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