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・分かり難い世界になっている。それは今に始まったことではない。独裁国家でさえ言い分があり、理屈はあるに違いない。戦争にもどちらが悪いとは言い難いことばかりだ。どちらに正義があるか一概に決め難いだろう。ますます世界は複雑化の様相を呈してもいる。一人大統領だけで政治が統治されているのではない。それは多くのプレッシャーグループ間のパワーバランスによって形成される構図できまるだろう。 ・へ2・・・そしてアメリカ政府の中にある暗闘、政策、実施、人事、それらの総括の中で繰り広げられるプロセスを俯瞰すると、ブッシュ政権の7年間の葛藤が見えてくる。ことに極東に関しては、明らかな変化が見られる。もはや日米関係は新たな時代を迎えつつある。そのことの認識を持つべきなのは日本であってアメリカにはないということだ。寧ろアメリカはそれを隠そうとするだろう。うまく隠そうとするかもしれない。しかし米中の接近は加速するに違いない。そして、中国にとってこの10年が正念場ではないだろうか。バブルを回避できるだろうか。高い経済成長が達成され、政治的安定を確保できるかではないか。中国の安定は、世界の平和の要諦になるからだ。 ・アメリカの世界支配はいずれ崩れる。世界をカバーするだけの力はないからだ。新しいモンロー主義が復活するのではないか。しかしアメリカがそうなったときのリアクションが怖いだろう。米軍の核兵器を国連はコントロールすることができないだろうからだ。いまよりも不安定な時代になるのではないだろうか。それと中ソ関係のの不仲が不安材料になるのではないか。EUは、それまでにどれだけの影響力をもつだろうか。 ・へ2・・・どうも必ずしも明るいだけの近未来ではない。少なくとも先見性のある政治を目指さねばならないことだけは確かだろう。
2007.09.30
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・ブッシュのホワイトハウスの周辺で使われる言葉がかなりどぎつく、汚い言葉だということは知っていたし、殺すとか、蠅叩きとか露骨な表現がされているのに悪寒を感じる人も多いに違いない。それは人間軽視、蔑視のなにものでもないことを感じるからでもある。たとえばライスは逆らないからだろう。 ・へ2・・・2001年9月11日の同時多発テロ以降、アメリカは戦時態勢に突入した。同年10月にアフガニスタン空爆が開始され、アメリカ軍による地上作戦が行われ、首都カブールを拠点としていたタリバン勢力が掃討された。しかしアブガ二スタン軍事作戦にめどがつく前から、ブッシュ政権はイラク戦争を視野にいれていたことは「ブッシュの戦争」によって明らかだ。2003年3月、電撃的な作戦行動によるイラク戦争が開始され、フセイン政権は崩壊した。 ・アメリカの「テロとの戦争」は六年以上もつづいている。アメリカの国民はそれを支えてきた。そして、「悪の枢軸」「予防的な先制攻撃」といったドクトリンがブッシュ政権内に浸透していったことだ。アメリカに本当に正義があるのだろうか。大量破壊兵器の根拠もなしに始めたことといい、なにかやりかたが一方的であり、決めつけであり、暴力的だろう。それは汚い言葉で裏打ちされている。 ・へ2・・・いくつかの映画みたたが、少しは事実と違うにしても「敵とみなしたもの」に対する表現は余りにも非人間的な俗語が使われていた。それは政権の実態を現わしてはいないだろうか。そうしたものが底流にある限り、この戦争は、ブッシュ政権では終わらないと思わざるをえない。アメリカは「失われた6年間」を過ぎても、まだこの汚い戦争を続けるつもりだろうか。>ハイデルベルク城内。マリアンネの銀杏の木の近く。
2007.09.30
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・一見利口そうに見える意外にそうではなかったことを後で知るものだ。ブッシュ大統領も同じだろう。権力を掌握しているときは偉く見えるものだ。というよりそう思わせておいた方が都合よくいくからだ。だが、そうはいかないことがある。それでは犠牲が大きくなるからだ。ラストエンペラーは中国政府が造らせたものだろう。そして皇帝とはそういうものだったのだろう。何の根拠もないことがまことしやかに罷り通ったのだ。ブッシュ政権が権力者に対して真実を告げようとしない人間で構成されていることをウッドワードが書いている。彼は著名なジャーナリストで、カール・バーンスタインとウォーターゲート事件をスクープした記者だ。 ・チェイニー、ラムズフェルド、パウエル、ライスといった人たちがブッシュとどういう議論をしたか、すべてが描かれているわけではないが、トップ会談で国家安全保障問題で、経験の浅い大統領が脚をぶらぶらゆすっており、ライスがテーブルの一方で、博識で、本分をわきまえ、礼儀正しく座っている。そして威張り腐った雄牛どもが、それぞれの縄張りを固め、馬鹿にするように鼻を鳴らしている。文句があるなら言ってみろという態度をしている。だが、だれも文句をつけない。(ボブ・ウッドワード「ブッシュのホワイトハウス」) ・へ2・・・超巨大国で世界のリーダーだと言われるアメリカがどういう国家で、その最高責任者がどのようにして政策を立て、巨大組織を統括しているのか興味を持たない人はいないだろう。世界で一番忙しく世界のために働いてくれていると信じている子どもたちも多いに違いない。少なくともそう信じてアメリカでは教育しているのではないだろうか。国旗に対して敬愛の感情を持っているアメリカ人を嫌というほど見てきた。勿論大量のメディアを通してだ。しかし、果たして本当にそうなのだろうか。ベトナム戦争や朝鮮戦争を通じて、或いはアメリカ軍の占領を通して違う側面も見せられてきた。そして、私たちが見ているのは氷山の一角でしかないことを知り始めたのだ。 ・ブッシュ大統領は、時々、言い間違いをするが、それは彼の能力とは関係ないと思ってきたが、彼が45歳まで大統領になるつもりもなく、父親が大統領であったこと、選挙でうまくやっただけで、知事からいきなり大統領になり、ほとんど外交問題に無知だったことなどを知ってショックを受けた。それでも大統領職は務まるのだ。 ・へ2・・・しかしそれは一人アメリカだけではない。日本も同じではないか。大したキャリアもなしに総理になるのだ。福田首相がどれだけやれるのだろうか。引き返しはできない。もうできませんからやめましたで、投げ出すような人物もいる。安心はできない。
2007.09.30
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・60年代に絶望した世代としては住み難い世の中だった気がする。そは私だけだっただろうか。そんなときある講演会で京大の分子生物学という新しい分野の話でDNAの話を聴いた。そのとき最先端科学の先見を感じだ。それはその後の分子生物学の進化を予見しまさに的を離さない話であったことを実感した。 ・へ2・・・社会科学の混乱は実にデータのなさであり、分析力のなさであり、その洞察力の貧困であろう。自然科学の進化はまさにそれをやり遂げてきた成果ではないだろうかと思った。何のデータや証拠もなしに議論だけが先行して実りのない政治がつづき、60年代は学生をそれこそ無力化し、無能化した。大学はその生産工場になった。先見性の欠片もない官僚だけが幅を利かせていた。そして、思想は死んだ。 ・私たちは何に取り込まれただろうか。 ・へ2・・・アメリカの文化だろうか。仕組まれた罠だった。中国は文化大革命で失われた時代があったが、日本にも空白の時間が流れただろうか。私たちの時代を検証しなければならない。何がこういう政治状況を招いただろうか。62年間という時間が、日本人に何をもたらし、何を棄てさせたのだろうか。ヴィジュアルだけにしか目がいかなくなっているだろうか。忘れたものを探しにいくべきだろう。>ローテンブルク城壁周辺。
2007.09.30
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・文学の楽しみ方を文学部教授から学んでいる。それはどう読むかに他ならない。一つの作品だけではわからない。作家の言いたいことは書かないからだ。腐った女(譬え?)のような奴が「作家」なのだ。(女性作家の場合は、腐った男ような・・・。)文学者などというのは土台そんな役割だ。晒し者にされる。石川五右衛門だし、ハムレットだろう。 ・へ2・・・ただでは死ねない人たちなのだろう。幽霊と同じでこの世に彷徨っている。矢鱈こじつけて納得させようとしているのが学者らしい。それで未来はありますか。それが何の予見になりますか。イモ掘りをしているのではありませんか。その根っ子は地殻の層につながりますか。作家の一生のその作品の文脈は日本の未来とつながり、何かをもたらすでしょうか。それは利口の証明ではなく、阿呆の証拠ではないか。 ・いえいえそうではありません。文学はこの世の花でしょう。文学なしにこの怠惰な人生をどうして豊かに生きることができるでしょうか。珠玉のようにあるのです。 ・へ2・・・絶望しているのになぜ書かねばならないのだろうか。絶望を忘れるためですか。絶望から逃げるためですか。「なすべきかなさざるべきか」、だけが人生ですか。それとも「さよならだけが人生だ」ですか。この世に文学を愛して焦がれているのは、何を愛しているのか。それは、人の影を求愛しているのだろうか。錬金術師のように歴史に消えていくだろうか。わからんね。 偉大なる伝承・聖書はまよいつづけるひとびとへの宿題なのか。
2007.09.30
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・誰もみな、少し違うだけの人生を生きている。同じ人はいないだけだ。歩くのは危険が伴うがそんなことは構っておれない。ひとは外に出て歩くことで自分の運命を切り拓いても来た。人生にリスクはつきものだといえる。これではだめだと思えばやり直すだけだ。それが失敗でも仕方がない。何度かそういう経験をしたから慎重になった。そしたら考え過ぎて行き詰まりもした。そして数年前、また方向転換した。何も利口である必要はないのだ。少数点以下が何位であろうと、それが何だろうか? ・へ2・・・誰も、私の評価をするつもりはないのだ。自分の自身の評価が何であろうと無関係なのだ。誰も私に聖人になれと期待してもいないし、命令もしていない。思い込んでいるのは自分自身でしかない。私はこどものころ、自分で言うのも可笑しいくらい内気だった。それはいまなら原因がわかる。環境と素質がそうさせたのだろう。しかしそれが自分では大いなる悩みであったし、内気を克服することが大きな課題だった。それは自分の個性であってどうしようもないことだと気づいたら楽になった。 ・自分が普通の人間だと気づくまでにハードルがいくつかあるのだろう。それを一生超えられないひとがいる。引っ返して来れば何でもない。跳びこえるまでやり直せばいいのだ。静かな雨が降っていて部屋にいて気がつかなかったが、少し濡れながら歩いてきた。ひとは歩いて脳を解放したのではないか。くよくよ考えてもいい考えは浮かばないのではないか。自分を縛りあげるようなことばかりしている。自己卑下していては、明日は来ないだろう。 ・へ2・・・余計なことを考えるから不幸になるのではないか。自分以外のことを心配していればいいのだ。自分のことは何とかなる。ちゃんと守ってくれる自分の脳がある。目がさめれば一瞬にして、数十万か、数百万の情報を処理してくれる。>ハイデルベルク城内。ゲーテの記念塔。
2007.09.30
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・地球を1とすれば、この地球でこの45億年に起きたことは1未満である。私たちは少数点何位を生きているだろうか。それを調べたとして何になろうか。やっていることは果てしなく無に近い。あのゲーテでさえ、一人の詩人でしかなく、愚かさを衒いつづけて去った。その前で立ち尽くす人たちがいる。自分は微生物以下だと知って何になるのだろうか。 ・へ2・・・酸素になるまでどれだけの時間があるのだろう。自分の内から入るものと出るもののバランスシートさえできない。個人のデータさえ捉えられない。たった66億人だ。何をしているのだろう。まだ殺しあわねば気が済まないのだろうか。もうそんなに時はないというのに。 地球は1でしかない。すべては1未満。
2007.09.30
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・太宰があれだけ繰り返した自分の生い立ちへの拘りと告白はどこか哀れでならない。それは彼だけではない日本人に共通するその生い立ちの貧弱ではなかろうか。それは情報量の欠乏でもある。それはやはり文化の枯渇であろうか。太宰はありふれた自分の出自を膨らませようとする。その拘りは異常に見えるのは彼の作家たる、日本文学の作家たる所以だろうか。 ・へ2・・・彼にとってそれは、唯一体験した現実であり人生の遍歴であって、皮膚感覚として残っていた温かさでもあったのではないか。それがたとえ汚物として吐き出すものであったとしても。彼には大冒険だったのだろう。それは太宰の特質であり、拘りであり、限界ではなかったか。 ・過去は過去でしかなく明日へは連れて行けないものであり、即ち棄て去るものでしかない。生物は明日に突き進むことでしか生きることはできない。過去は記憶でしかない。感慨でしかない。それは明日にはいらないものだ。しかし太宰は子どもの玩具のように棄てられずにいたのではないか。何故か。それが自分の唯一のルーツであったからだ。その観念が彼を自虐へと駆り立てて、そのたびに当時の時代の絶対的世界観から打ちのめされ続けた。そしてそこにとどまり続けたことで、疲れ果て自傷的感傷に嵌ったのだろうか。しかし彼は文学的作品を残した。そこに太宰の世界を創ったのだ。 ・へ2・・・太宰は、自分の生い立ちに確信を得ようとしたが確信を得ることはできただろうか。その迷いはキリスト教へと求められただろうか。しかし過去への回帰を捨てれなかったがゆえに、彼のおもいは彼の小説の中だけに終わったのではないか。太宰の限界はそこにあると思う。たとえ欧米人といえど、青春とは、後悔の時代でしかないスープの海ではないだろうか。ゲーテはまさに生い立ちにおいて迷い続けて、しかしゲーテとして不朽の大詩人の名を残したのだ。>上の写真は、ハイデルベルク城内にあるGoethe とマリアンネとの記念碑。
2007.09.29
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・自転車に乗るなどここ数年なかったが、医師から勧められてこともあり、娘の自転車で夜の町を走ってきた。少しふらふらした危ない。どうも夜は少しリスキーのようだ。自転車を買うかどうか、まだ決めかねている。大学まで自転車で行けるといいのだが。時間は十分あるので、自転車がいいのだが。 ・へ2・・・色々体を動かしてみると体が硬くなっているのに驚く。どこも変わっているのだろうがじわじわでは自覚がしにくいらしい。油断していたら、誰かに日本人も、それこそ「ハエ叩き」で殺されるかも知れない、と認識しなければならないだろう。何でもあり、というではないか。それくらいの厳しい意識を持つべきだ。現実はもっと厳しいかも知れない。 ・サバイバルの経験をしておくべきなのではないか。日本の穀物の自給率は28%というデータがある。主要先進国で最低だ。カロリーに置き換えた自給率は40%しかない。これでは、何かが起きれば一番にお手上げになる。 ・へ2・・・能天気なことでは思いやられる。密室で決めることはいつもクモの巣だ。上の写真はホーチミン市でみた。元大統領の官邸内だ。歴史の中に埋没して沈黙した遺物だ。
2007.09.29
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・ビン・ラディンに対する秘密工作は「蠅叩き」をしようとしているだろうか。そうはしない、ブッシュはいうが、本音かどうかはわからない。度々ビン・ラディンや副官の暗殺するという計画が実施された。政府による暗殺計画があるという露骨なものだ。米メディアは公然とそれを支持している。アルカイダはアメリカの権益に攻撃を仕掛けているので戦略警告に相当するというのが、彼らの主張である。 ・へ2・・・私たちの常識は通用しないのだと、つくづく思うときがある。世界の現実を理解しない限り、どれだけ平和を願い、行動し努力しようと空しいだろう。すなわちアメリカには、「敵と味方」しかいない。その論理を受け入れるか、どうかでしかないないのだ。「問答無用」なのだ。就中ブッシュはキリスト教徒である。キリスト教を信じる者のために政治をしている。 ・福岡はいま摂氏23度。これから朝晩涼しくなる。 ・昼から関口知宏「中国鉄道大紀行」をBS2で春紀行分をみていた。いいですね。政治的背景を考えなければ、懐かしい風景や暮らしがのこっている。明日から秋シリーズがスタートするらしい。どこか旅をしようと思っています。
2007.09.29
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・何が基準で大統領に当選するだろうか。ブッシュが大統領の資質があるのかどうか定かではなかった。あまりにも経験が浅い。アーミテージは妻やパウエルに、ブッシュ知事は世界の超大国のアメリカ合衆国の重要な影響力を理解しているとは思えない、と打ち明けた。それに、あれだけ教育を受けたにもかかわらず、ブッシュには外交政策がまったくなかった。 ・へ2・・・それでもブッシュ政権がイラク戦争をここまで引っ張ってきたのはただ事ではない。国民は魔法にかかったのだろうか。ブッシュ・シニアの影の力だろうか。ハードルの低いホワイトハウスがもつシステムの所以だろうか。個性豊かなブレーンやスタッフたちのエリート軍団の為せる技なのだろうか。世界中に張り巡らされたネットの優秀性だろうか。どうもわからない。私たちに知らされていないエリアがまだ多くあるのではないだろうか。 ・この7年間で、ブッシュがやってきたことはどう評価されるだろうか。それが日本にどうかかわるかだろう。米国の外交政策がブッシュひとりのものでなかったことがあるとしてもライスのリーダーシップは発揮されたか。アメリカがなぜ北朝鮮を気にしなければならなかったか。それは韓国に駐留している米軍の4万人近くの生命だ。そして米軍の撤退が始まった。アメリカの外交政策は極東から手を引くことだろう。それが対中国政策になった。米中の親密化が進むだろう。日本は門外漢にされた。その傾向はこれからますます強まるだろう。チーズは消えようとしている。 ・へ2・・・アメリカの外交政策の極東におけるシフトが変わった。もうアメリカは北朝鮮で悩まなくて済むようになるだろう。六カ国協議もアメリカは若手の外交官がやっているのはそのせいだろう。
2007.09.29
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・最高裁判所から、2000年12月12日、ジョージ・W・ブッシュは大統領当選を認められた。シニア・ブッシュには、就任した時、行動計画がなかった。クリントンの場合は、軍と閣僚の政治指名でゲイを認めるかどうか、だった。大きな政治目標ではない。そして、息子のブッシュは行動計画を探していた。45歳まで自分が何者かさえ分かっていなかった男が、いまや大統領になったのは恐るべきことだ。それがアメリカだ。シニア・ブッシュ夫妻が、この世に送り出したのは、ただの息子ではなく、アメリカ合衆国大統領だった。それをサポートしたのは父親とブレーンたちだ。 ・「新政権が発足した瞬間は、時がわれわれの味方だ」ブッシュはカール・ロープに言った。「どこかの時点で、それが敵にまわる」勢いをつけなければならない、と強調した。(「ブッシュ・ホワイトハウス」より)そして、ブッシュは「9.11」の時の勢いを利用して、イラク戦争に踏み切った。 ・へ2・・・自分の足りないものを知ることは如何に大事な資質であるかを物語っている。ブッシュは決してひとりではない。アメリカの強さはそこだろう。ブッシュ政権はひとりでは身動きできないのだ。それを知る者だけが大統領のハードルを超えることができる。日本の政府にはそのハードルさえない。ブレーンがお粗末だからだ。安倍晋三が期待されながら潰れたのはブレーンを作れなかったからだろう。あるいはブレーンの選択を間違えたのだ。 ・子は親からの投資が得られないと生き延びることが難しい。自分が何者かさえ知らない男に政治を委ねることはできない。日本の政治家のカネに対する甘さは致命的ではないだろうか。それができないような奴に何ができるのだ。自分の身辺も整理することができないで一人前の政治家ではない。まさに、日本は嘆かわしい事態だということを肝に銘じねばなるまい。 ・
2007.09.29
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・なんじ断食するとき、偽善者のごとく、悲しき面容をすな。彼らは断食することを人に顕さんとて、その顔色を害ふなり。・・・」「微笑もて正義をなせ!」(マタイ伝) ・へ2・・・「隠れて祈れ」なのだろう。慈善の行為も表立っているのは偽善がないとはいえない。ひとは自分の中の悪と闘い苦悩するものだ。際立って為すものほど強くはない所以だろう。ひとは帰る故郷を持たないものはすぐに枯渇するだろう。 ・お座なりに生きてはいないか。 ・へ2・・・一本のゴーヤの苗の成長は凄かった。今年初めて庭に植え付けたのだけれど、20本近く採れた。そして気がつくと熟れたゴーヤが隠れているのを見つけた。中を開けると真赤な実が出てきた。それを水で流すと褐色の種が現れた。鳥が実を食べ遠くに運んでくれる。そして種は翌年大地に芽を出すのだろう。ゴーヤの目的は子孫を残すことであり、種を広げることにある。動物たちはそれを餌とし、そして彼らの生き残りに加担している。 ・「ご利益」も、思えば深い意味がある。鍛え上げられた強健な肉体よりも、生まれたばかりの赤子が生き残れる可能性は高いだろう。それは愛されるからだ。人間は知らずその自然の摂理に委ねられている。 ・へ2・・・ひとは普段に思うように素直であればいい。自然と身についた感情が正しい生き方を教えてくれる。歪めているのは自分の置かれている環境に原因があるのだろう。務めを果たすだけだ。別に教会に行き、人に見られるような善行をすることはない。心にゆがみが起きないようにすればいい。 微笑もて正義をなせ!
2007.09.29
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・最近寝覚めが悪いが、どうやらすぐに友だちになる。友だちでいられることは何と幸運なことだろうか。少なくともそんなに長く仲が悪かったことはなかった。夕方ころから少し悪友になる。最近禁酒しているので小康状態だ。自分の人生を苦界にするのは難しくはない。欲望のままに生きればいいだろう。朝からの友人も失うことは簡単だろう。逢わなければいいだけだ。 ・へ2・・・今年は酷暑だったが、朝からは毎朝のように逢うことができた。体調も悪くはなかったからだ。さて、これからだんだん寒くなるが裸で寝れなくなっていくのは辛くはないが、やはり南国育ちには裸が一番だ。それでも夜よく眠れるようになるかもしれない。 ・さて今日のメニューは、ブッシュのホワイトハウス周辺を読んでみるつもりだ。なぜブッシュ大統領が拡大解釈されるかと言えば、そういうシステムになっているからだ。みんなが寄ってたかって担ぎ上げる。御神輿に担がれている。ホワイトハウスは虚像であろう。それこそ腹の中は黒いだろう。 ・へ2・・・夢に見た21世紀は期待を裏切っている。私の朝はそれほどいい天気ではない。友人も気分が悪そうだ。日本には未来を背負うような人物がいない。人材を育てないからいるはずもない。中国は潰れるだろう。目先の成果に性急で、真の未来の投資をしようとはしないからだ。これからは、見せかけの研究で通用するはずもない。私たちは安易であり過ぎたのではないだろうか。反省することはやまほどある。
2007.09.28
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・自分ではいまの私を拘束しているものはないと思っているが、実はそうではないかもしれない。そう思わないとすれば寧ろ可笑しいのではないだろうか。事実は自分の認識と違うことはある。「自由からの逃走」もある。ある意味で不確実な社会でもある。勝手にしているがそうは思えない人たちもいる。true かどうか、チェックされている。 ・へ2・・・評価をするのは自分ではない。少なくともブロガーではないと思っている人たちがいるのだ。そういう意味では謂わば狭い社会の制約を受けているに違いない。下手なことを書けば排除される。ここは自分の脳の空地ではない。欲望と渇いた砂漠の果てが存在している。自分のコストを無駄にしない人々が巣食うエリアであろう。 ・何も分析などするつもりはない。体調がベストではないだけだ。欲張りで、吝嗇は嫌いだが、それがこの社会の大半ではないだろうか。そこで生きていく決意がなければならない。エゴイストが堂々と暮らしている。メルヘンではないからだ。私たちは生臭い日常を生きていかねばならない。然しブッダのいう「苦界」ではない。そう思う心が「苦界」にするのだろう。太宰を読んいるとその時代の天才も、今ではありふれた作家でしかない。 ・へ2・・・それは、私たちが彼よりもより多くのデータをもっているからに他ならない。太宰治の限界が見えるからだ。それが時間の経過の所以でもある。私たちは後から来たゆえに彼らを知るものでもある。拘りも持つものは、自分を拘束している。それは重力のようなものだろうか。ある意味でそれは自分の限界であり、境界でもあるだろう。ぼろぼろ何かをまき散らしながらあるかも知れない存在でしかない。それはヘイフリックの限界を表白している。そして、エネルギーが切れたらそれまでだ。私はダンプカーではない。臆病な観察者にして人知れず飛び回る昆虫でしかない。あはは、そういうもので私はありたい。
2007.09.28
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・「さよならだけが人生だ」の鱒二と太宰の違いは庶民の側に立つかどうかだろう。太宰の自分へのこだわりは不幸を待ち望んでいる漠然とした不安である。滅びていく側に自分を置くものでしかない。繰り返される恥ずべき半生を告白することがそれを示している。第二次世界大戦の背景として軍国主義が文学をも自由を弾圧した。そのなかで作家たちは酸欠状態を呈していくが、太宰はむしろ元気である。 ・へ2・・・太宰は戦争の中でむしろ作品への意欲が高まった言われる。戦争の受け止め方が、いわば滅びのこころに通じていたのだろう。女性語りという手法で時代の制約を外そうとした作品が「十二月八日」だろう。戦争反対をそのまま書けないから、妙に姑息な「女性語り」を使ったのだろう。当時のインテリの弱さは、精神力の脆弱さだろう。暴力の前で無力でしかない。 ・時代の閉塞はねじれた文学を増殖し続けた。哲学なき、あるいは宗教なき、文学が夢を失ったのだろう。吝嗇な経済が文学者の心を貶めたのではなかったか。その証拠に世を動かす胎動はなかった。 ・へ2・・・それこそ、短小軽薄にすぎるだろう。明治以後、近親相姦的作品群でしかない文学が蔓延している。のではないか。>ローテンブルクのブルク庭園。
2007.09.28
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・「どんど晴れ」の今日の放送でドイツのローテンブルクの城壁のことばは、 来る人たちに安らぎを、去りゆく人たちに幸せを!! どこにあるのかはわからない。どこかで見つけることができるだろうか。まああるのは確かなのだろう。テレビで言っていたくらいだから。テレビを見た人たちが関心をもって現地で探すのではないだろうか。それともポピュラーなのかもしれない。ガイドブックを見直していたら、タウバー渓谷からブルク庭園を歩いてマルクト広場へまわり、クリスマスマーケットの屋台を見て歩いた。中世の宝石に名にふさわしいロマンテックで、おとぎ話に出てくるような個性豊かな塔や城壁が見られた。ワインを買って、妻と乾杯したが、上のことばがある城壁を知らなかった。惜しいことをした。それでも、いい話を聴いた。 >上の写真は、ブルク庭園に至る散歩道から振り返ったローテンブルク城壁の眺望。昨年の12月初め。
2007.09.28
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・月二回の日本文学の女子大での講義を楽しみにしている。一葉、龍之介、太宰とつづいている。一葉は半年、龍之介は1年、太宰は今春からで、今日で11回目来春まである。日本文学の専門家である文学部教授の講義なので知識は及ぶべくもないが、作品をどう読むかの視点を重点的に説明されるので、社会人にも理解できるスペースはあるようだ。20数名の聴講生の中には女性も多くみな熱心で毎回欠席者も少ない。 ・へ2・・・あれこれやらずに一人の作家を読むというテーマで1年間を1クールでやられているので、大体2週間に1度のペースである。それでも太宰は多作である。全作品153冊だ。多い時は10篇以上になったりする。バラバラに読むのではなく、関連のあるものを選び出して、しかも作品のネタ本や、日本の作家だけではなく、太宰に影響を与えた西欧の文学となると準備も容易ではない。今日のメイン作は「正義と微笑」だった。今回もネタ本があり、太宰が脚色して作品に作り上げたものだ。マルキシズムをキリスト教に置き換えて書いているという離れ業の作品だ。太宰のこの才能はとびぬけて異才だろう。 ・文脈を読むというのは、幅広い文学的素養と読書量が裏打ちされていないと話にならないが、さすがに文学部教授であり、一流の研究者でもあるので簡単に手が届くものではないが、私たちにもわかるように丁寧に話されている。今日の話の中で、藤村と太宰の比較論が面白かった。それと女が描く男の漫画は男ではない。また男の描く女も違うというのがあった。 ・へ2・・・「女性語り」の表現とか、上記の「正義と微笑」が、「太宰の坊ちゃん」であり、キリスト教に関心を持ち始めた太宰の伏線があるなど興味深い話があった。文中、 「微笑もて正義を為せ!」 ・太宰も、読み取り方の違いが文学の妙味でもある。そして文学者には作品の評価を曖昧にせず、はっきりさせていくことが重要なテーマでもあるのだ。。
2007.09.28
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・朝ドラの「どんど晴れ」のハッピーエンドも近い。今朝のドラマの中でローテンブルクが出てきた。「…、去る者に幸せを!」だったか、ドラマで頻りと「おもてなしのこころ」というフレーズが出てくる。「来る人帰るがごとし」の精神がローテンブルクにもあるというのだ。そうすると、昨年に暮に行った私たちも幸福になる夢が持てることになる。「中世の宝石」のローテンブルクのどこに書かれていたのだろうか。 ・へ2・・・聴き間違いだったかもしれないが、フリータイムで妻と二人で半日過ごしたがいいことを聞いたと思っている。今夜帰宅したら聴かせてやろう。また行きたいというだろうか。それが、狙いでもあるが。そういえば、こせこせしていなくて、いい街だった。日本人も20数名住んでいるとことだった。それでも公衆便所が汚かったが、あれは悪いのは観光客なのだろうか? ・さて、でかける。太宰の昭和17年の作品であるが、そこにやはり彼の影がある。真珠湾攻撃の話も出てくる。庶民の様子が描かれている。そして西欧の知識がちらほらでてくるが、当時のインテリたちの寄る辺なき思いがみえるようだ。そして圧倒的な体験のなさであり、文学に囲われた羊でしかない。 ・へ2・・・杖をついて石橋を渡ろうとする用心深い臆病な人々だろうか。それなりに才知があろうとも、軍国主義に踏みつぶされた虫けらたちだろうか。ひけらかすものありはしない。そういう意味では私たちの臆病さはどこからきているのだろうか、知る価値はあるかも知れない。さて、独演会を聴きに行こうか。
2007.09.28
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・ブッシュの話を読んでいて思うのは、ひとはどの空を飛ぶかではないか、ということだ。ブッシュは戦闘機のパイロットだった。敵機をみたら、旋回計が目を離すな、それから片時も敵から目を離さない、と彼の先輩は忠告したという。まさにこれだ。これが日本人の政治家には欠けているのではないか?アメリカ人は、かって日本人を皆殺しにしようと思えばできたのだ。そうすれば、私たち日本人は生きてはいなかった。いまアメリカ人を皆殺しにしようと思うほどのスケールを持った人間がいるだろうか。 ・へ2・・・片時も敵から目を離さず、日本人を守ろうとしている人がいるだろうか。それだけの集中力を持って、自分の生命と民族を守ろうとしたナショナリストが安倍晋三だっただろうか。何とも歯痒い連中だろうか。戦争も知らない、知ろうとしない奴が防衛などいうのもおこがましいのではないか。おもちゃの国の空を飛んでいるのではないか。空はどこにでもあるが、現実の空はそうあまくはない。 ・日本人は、アメリカから占領され、こころまで占領されたのではないか。相手から殺されるかも知れないのに、何も備えようとしないのか。いつでもどうぞ!、と夜でも窓を開け放しにして眠るというのだろうか。それこそ、旋回計から目を離さず、一瞬も敵から目を離さないタフな外交をしていると言えるのか。 ・へ2・・・気概のない民族は滅ぶに違いない。逃げ出すしかないのではないだろうか?
2007.09.28
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・前に行くだけが道ではないし、進化ではない。時に踏みとどまり、あるいは後退だってある。そうしなければ生き残れないことだってある。カネを稼ぐだけが仕事ではない。自分のためにならない仕事だってある。目先の利益に走って自滅する人はいまだに後を絶たない。利益社会が見直されるのは当然の成り行きだ。だって、生きている者たちが、それでは生きていて面白くない人が多すぎるからだ。一部の者の為に大勢が苦しまねばならない道理はない。 ・へ2・・・まるで童話のような話を鵜呑みにするハッピーエンドで満足できる話はない。生きている間は忍耐と服従で、死んでから天国に逝ったっていいはずはない。この世で「神の前の平等」もまやかしに過ぎない。馬鹿の一つ覚えのような水戸黄門をつづけているスポンサーの愚かさ、が世の中に蔓延するようでは進歩はない。ハリウッドは潰れるべくして潰れたのだろう。あとにはエンドマークだけが残った。 ・「どんど晴れ」も約束通りあと一日だろうか。いつものありふれた現状肯定の脚色だった。踊らされてのは役者だろうか視聴者なのだろうか。それとも案外脚本家ではないだろうか。受けを狙ったテクニックでしかない。すべてが仕組まれた罠に嵌るだろうか。いなもうはまらない。嵌ったふりをして嘲笑している。嘲笑は誰に向けられているだろうか。タフな交渉をもたねばならないだろう。それは、愈々厳しくなる。油断すると持っていかれる。それがどこに持っていかれるかは相手次第だ。それが地獄だって天国だって変わりはない。何故か、利用されただけだからだ。 ・へ2・・・ひとはうそをつくことで生き延びた祖先の子供たちである。だからうそをつくがオオカミ少年になってはいけない。うそは生き延びるために使うべきだろう。虚構のハッピーエンドのためではない。うそつきの戯言に惑わされない見識を持つべきだろう。健やかであることは何も身体のことだけではない。
2007.09.28
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・2kg のダンベルを一つ持って散歩にいってきた。ひとつは歩くこと。昨日歩けとの医師の指示があったのと、もう一方の手に買い物袋を提げてくるつもりだった。ただ歩くだけというものどうも目的がないと歩けないタイプだ。今日は牛乳が切れかかっているので補給するという目的があったから出かけた。 ・へ2・・・以前愛犬が生きていたころは散歩をさせるという大義名分があったので毎日寒くても散歩した。ところが最近それができなくなった。今日は満月だからとか、和白干潟で渡り鳥をみようとか、ないと中々体が動かない。どうも健康のためだだけでは脳は動こうとしないのだ。歩けば少しはひらめきでもあるのだろうが根が怠け癖ができてしまっている。さて、昼から女子大の太宰の講座があるが今朝は並行してボブ・ウッドワードの「ブッシュのホワイトハウス」上下巻(”STATE OF DENIAL”)を読むつもりだ。 ・ダンベルを振り回しながら歩いていたら、散歩をしている人たちからの挨拶を受けた。常連さんと思ったのだろうか。それでも朝の散歩は気持ちがいい。やっぱり朝から汗をかくのは正解だろうか。オアフ島に出かけたころは運動療法に嵌っていたころで、早朝に公園を歩いたら、現地のひとから<モーニン>と声をかけられていい気分になったのを思い出した。好いものだ。知らない人から挨拶を受けるというのは、なにか親密感がわく。それはいいが、折角牛乳を買おうと思ってマートまで行ったのに、突然24時間営業ではなくなっていた。知らなかったいつも行くのに。7時から12時までになっていた。セブンイレブンじゃあるまいし。 ・へ2・・・これで近くの24時間営業はコンビニしか無くなってしまった。今朝の散歩は空振りだったのか、また散歩を始めるきっかけになるのかわからない。最近腕力がなくなってきた。生き残るためには筋肉も必要だ。
2007.09.28
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・ミャンマーで僧侶のデモがあり、日本人が巻き込まれて死亡したとの報道が流れた。どうしてそうなったのか詳しい内容はまだわからない。それが何であれ、ガソリンの値上げは中東の不安材料がさせているだろう。イラク戦争がかかる事態を生みだしている。これは仕組まれたガソリンの値上げであり、それにミャンマーの軍事政権の失政の破綻だろう。 ・へ2・・・世界経済は、一部の巨大石油資本のオイルマネーにつき動かされている。それに世界は翻弄されている。経済地盤の弱いところからそれは起きてくるのだ。そして多くの血が流されることになる。いつもの決まり切った法則に従っているだけだ。その津波をまともにうけて犠牲者が出るのだ。石油の値上げに政府は反対しない。それを止められるのはミャンマーのように大衆のデモしかないのだろうか。それこそ石油に一番遠い僧侶が命をかけて闘っている。 ・へ2・・・ミャンマーの僧侶は国民の怒りを代弁しての抗議デモなのだろう。どこかの国と同じでねじれたいるのだ。そして圧殺されるのか。軍隊から追い回される人々に何もしないのか。インド洋のアメリカ軍への自衛隊の給油支援がそんなに大事なのか。それは本当にアメリカではなく、世界なのか。軍事に使う石油が、値上げの原因ではないのか。 戦争は、仕組まれた経済のかたちである。
2007.09.28
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・生きている以上は個性だろうと思っている。要は向上心でもある。どうせ思いはショートすることだろう。力のないものは力尽きれば終わりである。生命はミラクルであり、更には炭素化されるだろう。そしてエントロピーの第2の法則だ。あるものは華々しく花火のように去るが、凡人は線香花火のように消えていく。絶叫することもない。すべてはかけていく月のように消えていくのだ。 ・へ2・・・だからといって存在を否定されるいわれはない。同じ人間としての存在を個として生き抜くのだ。それが現代に生きる者の務めでもある。そして、この社会を支えるのだ。なぜ高齢化社会になるのだろうか。それは結果でしかないのか。何か大きな役割があるだろうか。子孫を残す仕事を終えた者たちが何故生きているのだろうか。それは、種としてのヒトの新たな状況なのだろう。しかし生物学ではヒトには本来目的はない。 ・朝を迎えると昨日のダメージが消えてしまっている。人はどんな苦悩にも耐えられる生命力があるのだろう。それがなくなれば終わるしかない。それはDNAがさせているのだろう。 ・自己完結はあっても、社会にはそれがない。あるのは突き進む明日があるだけだ。たとえ暴君だろうと、凡人だろうと同じ一日であり、同じ24時間である。あるものは仕事に没頭し、あるものは怠惰に過ごすだろう。病のものは病気と闘わねばならないながい一日になる。私は、生きる意味を母から教えてもらった思っている。しかも身を持って教えてくれた。母は52歳で胃がんで死んだ。私は、そのとき闘病に疲れて痛みも忘れて安かに逝くひとの死に様をまじかに見たのだ。おそれるものはなにもない。 ・へ2・・・置かれた環境で穏やかにあればいいだろう。能力があろうがなかろうが目の前にあるのがミッションであり、自分の感性の核心が個性だろう。ゴーイング・マイ・ウェーだ。新たな一日のスタートだ!!
2007.09.27
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・突然のトロントなのだけれど。何の脈絡もない。然し出来るかも知れない。トロントからバンクバーまでどれくらい時間がかかるのだろうか。世界地図を出してみている。偏西風があるとすれば時間がかかるのだろう。 ・へ2・・・多動性があるのではないか。新しいことばかり考えている。どんどん忘却の彼方に消えているのではないだろうか。近時記憶がさっさと飛んでいるのではないだろうか。それでもいい。何かヒントを探している。 ・伸びきった神経の先にあるものの中に何かがあるだろう。それを手に入れるのは並大抵ではない。探しているものを探している。疲れた。途方もなく眠くなった。「アクション・フレーム・オブ・レファレンス」を感じている。 ・へ2・・・今夜は、トロント夢でも見ますか。
2007.09.27
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・明日の講義の分を読んでいる。やはり戦争には無関心ではないにしても、その深刻さを白とせず逃げているのだろう。太宰は戦争から逃げている。そのことが自分でもわかっているのだろう。だから自分にのめりこんでいる。自分の内面に向かってばかりいるのだろう。昭和17年という時代の陰鬱さがあるだろう。 ・へ2・・・ヒルを裏返したような気分がしてきた。そのぞっとする感情がたまらなかった。しかしそれを何度も何度も繰り返してばかりいた。なぜこどもは、あんなに非常なのだろうか。そして自分にもそういう時代があったのだ。けたけたと笑ってばかりいた。何もできない自分が惨めでしかなかった。 ・何も苦痛ではない。これしきの短編など、屁でもない。おへそで茶沸かす。粗筋をつかむだけでいい。それができないでもそれがなんだろうか。男と女がいて、差別と偏見があるだけではないか。戦争から逃げているだけではないか。 ・さあ、眠ろう。・・・恥をかいちゃいました。ひどい恥をかきました。顔から火が出る。などの形容ではなまぬるい。・・・。
2007.09.27
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・太宰治「新郎」より、 一日一日を、たっぷりと生きて行くより他はない。明日のことを思ひ煩ふな。明日は明日みづから思ひ煩はん。けふ一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮らしたい。青空もこのごろは、ばかに綺麗だ。舟を浮かべてみたいくらい綺麗だ。山茶花の花びらは、桜貝。音を立てて散っている。こんなに見事な花びらだったかと、ことし始めて驚いている。・・・。 ・へ2・・・太宰も意外なことを書いている。これも太宰なのだろう。しかし彼には風景はものでしかなく見えるのは人間ばかりだ。もともと関心がないのだろう。綺麗か、そうでないかしか風景はない。西洋人の美の原点はシンメトリーでしかない。おそらく太宰もそうだろう。明日の講座は、太宰の昭和17年の作品。10作品だ。 ・29日に柿右衛門磁器の有田市で現地研修がある予定だった。応募が多くて申し込んでいたが抽選に洩れてしまった。楽しみにしていたが残念だ。案外老人には人気があるのだろう。どうも美術品にはそれほど関心はない。 ・へ2・・・自分が読んでいる感じるものと、文学部教授の講義が相当違うのが面白い。専門家に感心することが多いが、何でそんなに思うのだろうというところもある。自己撞着した男がなぜそんなに書くのだろうか。自家中毒してみせて快感なのだおるか。よくわからない。死ぬのが美学だと思っているとしたら、幼い。世界一周でもすれば良かったのではないか。そういえば世界一周などする必要のない人たちが行っているのではないだろうか。世には皮肉なことばかりではないだろうか。 ・ミャンマーのデモ弾圧の報道が流れているが、日本人が巻き込まれて死亡したらしい。
2007.09.27
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・旅行社の雑誌を見ております。オフシーズンのどこかへ、行きたいですね。エコノミック・シンドロームになってみたいですね。まあ今日の担当医の所見ではサドンダイの可能性も少ないらしいし、そう思っているのは私だけかもしれないけれど。まあいいか。 ・へ2・・・夢を見るだけでも楽しい。さて。私はもう一度クリマルでもいい、のですが、やはりまだ5番目で初心者ですからね。違うとこがいいのだそうです。ナイアガラなのだそうですが。それもどうかと。 ・カネがあれば、船で世界一周がいいでしょうね。北九州の先生は夫婦で昨年行ったらしい。それにしても、まだ、心の旅も続いていますが。
2007.09.27
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・今朝の日経で福田首相は衆参のねじれ国会で安倍前首相の「負の遺産」に苦しめられるだろう云々とあったが、それは皮相的な捉えかたではないか。ひとり安倍だけの責任ではない。安倍を祀りあげた自民党の不明でしかないからだ。首相が「背水の陣内閣」だというが、それは何を言っているのだろうか。国会乗り切りを最優先にすることでしかない。福田首相のあいまい発言はビジョンのなさを示してはいないか。それを易々と総理にしてしまうところに危うさがあるのではないだろうか。 ・へ2・・・1ヶ月前まで何の前触れもなかった福田内閣だ。彼に出来るとすれば調整役でしかない。それが上手くいかなかったら、また振り出しに戻るだろう。しかしその間の政治は動いているのであり、森氏が特使として国連に行く破目になったのだろう。何故そうなったのか。責任は自民党にある。けちな自民党宣伝部隊が総裁選を演出して、今朝の新聞の福田内閣支持率59%をつくりあげたのであろう。勿論サポートしているのはメディアだろう。 ・ミャンマーでもデモ弾圧で死者が出たと報道されている。国際社会は一刻も目が離せない状況が続いている。政治の空白は許されないのは世界の常識だろう。それを権謀術数の小手先でかわそうとすることで立ちいくはずはないのだ。安倍はすなわち龍頭蛇尾でしかなかった。 ・へ2・・・安倍内閣は1年しかもたなかった。発足時の支持率は小泉内閣は80%。安倍内閣は71%だった。それが正確な国民の支持率と言えるかは問題だが、少なくとも調整型でいいのだろうか。どうも民主党とアメリカ政府の調整役では困るのではないか。日本は独立国であり、福田首相はその国の総理であり、アメリカの属国ではない。
2007.09.27
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・朝9時過ぎに病院に行って、午後3時ころまでかかった。これが現実。予約時間は10時で、診察の予定時間は12時だった。何と3時間近くそれでも待たされたわけだ。腹も立たない。これがこの病院の医療レベルの患者サービスなのだ。これでも公立病院医療センターなのだから、病院も医師たちもその程度の認識なのだろう。患者はどうでもいいのだ。 ・へ2・・・お陰で読書だけはできた。「完全なる代謝」という発想という本だがエッセイ風なものだ。縄文時代が豊かな時代だったという話だ。縄文文化の成熟がはじまるのは、6000年前である。主食は、ドングリだった。「ドングリ」とは、ブナ科の常緑樹や落葉樹の実の俗称である。ドングリという固有名詞の木の実があるわけではない。シイの実などのかたい皮に包まれたいわゆる堅果類の実を、全部まとめてドングリという。ブナ科の木々は日本中に自生しており、秋になると何をしなくても枝から落ちてくるのだ。縄文人は、これらの堅果類を採集して食べていた。 ・縄文人は、秋、ドングリが実るころに、山に出かけて一年分の採集した。勿論狩猟もしたし、川で漁もした、海では貝を採っただろう。まわりには豊富にある野菜や果実類もあっただろう。(「縄文時代の食糧と地域差」)イノシシ、シカ、ヤマドリ、マスのタンパク質もあっただろう。しかし、動物を捕獲するのはかんたんではない。人口支持力は非常に少なかったのが石器時代の日本だった。そして土器の出現で、土器と火の利用で生のままでは食べられなかったドングリを調理できるようになり、栄養の確保ができるようになった。ある論文では、 ・縄文前期の関東地方の人口密度は、・1平方キロメートル・・・0.03人。だったが、縄文中期では人口密度は2.98人に急増したという。 ・へ2・・・鬼頭宏「人口から読む日本の歴史」によれば、 ・弥生時代の日本の総人口は・・・・・ 60万人 ・奈良時代 ・・・・・ 450万人 ・平安時代前期 550万人 ・西暦1600年 ・・・・・1,227万人 ・江戸時代になると、日本の人口は急上昇した。わずか120年ほどでのあいだで、3000万人を大きく上回った。縄文時代は緩やかに人口は増加した。自然が供給してくれる秋の恵みのドングリには、年に1度の収穫というサイクルの制約があったからだ。 ・へ2・・・この1カ月間の禁酒を医師から意志がかたいといわれた。
2007.09.27
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・何も今更言うまでもないが、早朝にもかかわらず、アクセスが多い。それぞれのマイ・ビジネスなのだろうか。そうかも知れないし、そうでないかもしれない。それは両面あるに違いない。そして、私は再び眠気を覚えてきた。何せ甲斐なき所業をつづけている。何れ自然淘汰されるだろう。それは明日かもしれないし、1年先かも知れないが。書いていると思うのだが、やはり癖がでるようだ。…かも知れない。…だろう。・・・多いも多い。さて、ゲストが多いのは何でだろう。どこからのアクセスがあるのだろうか。不特定多数ばかりなのだろうか?そんなことはあるまい。どうでもいいけれど。 ・へ2・・・ひとはおのれを知る者のために働く、というが世間ではそういうことはあると思った。しかしいまは、他人を知ろうとしなくなったのではないだろうか。生きるために他人を知ることは大事な生きる上の前提条件であり、そうしなければ生きていけなかったに違いない。いまはどうだろうか。それほど他人に頼らなくても、社会のシステムを理解すれば結構他人に患うこともなく生きていけるようになったが、逆に世間を知らない人間がふえて大人こども増えている。それが社会問題にもなってきた。あるいは相撲部屋の事件も大人こどもが起こした事件だといえなくもない。気に入らないからやるのだろう。子どもと同じだ。 ・まあ、アクションがあれば必ずリアクションがある。人間の活動もある意味化学反応に過ぎない。代謝によって生きてもいる。膨張して、縮小もする。やがてエントロピーの法則がくる日があるのだろう。それまでの束の間の時間を楽しくやろうではないか。あまり他人のことにかまけていると、自分を失ってしまうものだ。タダ情報ほど高くつくものだ。
2007.09.26
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・十六夜の明るさで目が覚めた。月光も流石に明るい。夜道にも明るいくらいだから大した明るさである。少しは窓からの月光に目が反応したのだろう。西の空にぽっかり十六夜の月面が浮かんでいた。時を見たら3時を回っていた。昨夜は眠くてたまらず早く寝てしまったらしい。 ・へ2・・・2階から下りてきながら、もう一度眠ろうかとも思ったが、それも今日は朝から病院に行かねばならないから、少し迷ったが、折角の十六夜のことを書いてみようとブログを開いたところだ。もう気温も福岡市の24℃らしい。PCによると画面に出ていた。大陸から冷たい空気が流れこんでくるのも近い。あちこちから秋を伝える話題も増えてきたようだ。 ・スフィンクスの謎ではないが人間は老いてやがて杖をつくようになるのだろう。それも時の流れの所業であり、人間はそれを受け入れるしかない。それにあがらうことなどできはしない。やがて朽ち果てるまでが人間の運命であり、自分のコストを支払うことでもあろうか。置かれた環境で生きていくしかないだろう。しかしそうは移動するという選択肢をなくしたわけではない。ひとは動いて自分の可能性を開いても来たからだ。然し、それも選択肢をなくすのだ。 へ2・・・夜暗くなり、昼間の疲れで眠ってきたが、それも昼間の仕事がなくなってくると夜も昼もなくなった。時間を自由にできるというのは死にゆく者に対する僅かなくつろぎの時間であろうか。まあそういうことを言うのも放言でしかないだろう。だがいうことがないわけではない。ここで休憩を一度入れる。 P.S. ここで休憩を入れたのは、メンテにかかって投稿できなかったことが何度かあるので、取り敢えずテストのためだが、ついでに外に出てみた。十六夜の月がだいぶん西の空に傾いていた。そこにもう新聞配達のバイクの少年は目の前を走り去った。もう今日のスケジュールは始まっている。これでも山の中に暮らしているのではないから街の喧騒の中にいる。 ・なんと狭いスペースに生きていることだろうか。愚痴もないわけではない。仙人ではない。まあ隠遁に近い生活をしているが。どうも早いが取り柄の生活だと思っているが、やることがのろくもなっているのだろう。時々間抜けもやる。ブログの写真もマンネリで2000枚近くをぐるぐる回しているだけでそろそろ新しいのに換えねばならない。分かっているが面倒なのでやらないだけだ。それにして楽天ブログは、いつまでも容量(50MB)を拡大する気はないのだろうか?
2007.09.26
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・参勤交代の絵画をみたことがある。現代の大名行列を初めて見たのは熊本の上通りという繁華街を中曽根康弘が歩いてくるのを見た。それからも、あちこちで見たことがある。それは政治家ばかりではなかった。もちろん大名行列の本物ではないが、・・・らしいものだ。 ・へ2・・・ボデーガードが必要なのは分らないではないが、この度の福田首相の・・・行列もあまりいいものではない。どこの国も同じようなものかもしれない。しかしどうも違和感がある。それを何とも思わなくなった人たちが取り巻いているのだろうか。それともステータスシンボルにでもなるのだろうか。どこかミーハータレントのカメラ目線があったりする。 ・少しも変わらない意識がつき纏っているのではないだろうか。次々と反動的な事実が明らかになっている。福田の大名行列もまださまになっていないようだ。少なくと華があるものではない。オーラでもない。この国のリーダーとして国際社会の荒波を切り開いていくようには見えない。最近のカメラは精巧であり、頭髪の薄さや、71歳の老化現象が映しだされてもいる。 ・へ2・・・「白い巨塔」の財前教授が大名行列をして巡回しているテレビ映画を見たことがある。それを、病院で実際見たことがある。日本はどうなっているのだろうか。そういえば明日は病院に行かねばならない。
2007.09.26
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・これだけ時代が変わっているのに、いまどき「しごき」もない。まだ17歳の少年に加えられる暴力でしかない。むしろ先輩をかさにした傷害事件だろう。理由が何にしろ被害者が死亡したというのは酷すぎるだろう。解剖されるそうだが、相撲界はどうなっているのだろうか。 ・へ2・・・一つの現象は、やはりどこかその社会の一側面であり、時代を表象するものだろう。相撲界が存在するのもそれを支えるものがあるからでもある。どこか暴力を鍛練と履き違えるものがあったのではないだろうか。反抗もできなものを捉まえて暴力を加えることは卑劣なことだと思う。どれだけからだが大きくなろうと17歳は成人ではない。それを周囲がまもってやれないのは社会の責任でもある。こういう事件を起こすようでは少年を相撲部屋に任せるべきではないのではないか。 ・朝青龍の事件もある意味で相撲界に対する反感があるのではないだろうか。時代遅れの社会なのではないだろうか、それを隠しているのではないか。訓練としごきは違うだろう。しごきはいじめであろう。苛めに対してはっきりものがいえることが大人になる前提条件であるが、それができない反強制もあるの悲しいこの社会の事実だろう。 ・へ2・・・どうやら伝統を守ろうとするあまり人間の痛みを忘れた人たいがいるようだ。そういう人や社会があるのは、日本の文化の後進性を示していると、世界は見るだろう。
2007.09.26
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・収支はトントンではなく、ぴったり一致しなければならない。生物の場合は、食べた分と出した分は微妙に違う。カラダに入れるものはわかるが、出すものは、出すものは排泄物ばかりではない、汗や吐き出している二酸化炭素もある、そういうところまで厳密に調べることができれば、おそらく収支決算はは一致し、いわば、完全な代謝があるにちがいない。 ・へ2・・・入院したとき、数日間、24時間の排泄物を検査されたことがあるが、それを徹底してつづければその人の健康状態がより精密に解析できるだろうに、何故しないのだろうか思った。多分コストも、手間がかかるからだろう。口からいれるものでほとんどの病気が起きている。それをどのようにスムーズに代謝し、外に排泄するか、のバランスシートが問題だろう。生き物の収支決算も、植物の収支決算も、そして地球上の水のバランスシートもある。 ・地球上の生物は大きな循環を構成して、ひとつの代謝をつづけている。人の一生もいわばこの大きな循環の一部なのだろう。人々はこれまで飢餓と闘い食べ物を分け合い援けあって生きてきたが、経済の格差という問題に直面して、ややもすると食物の汚染や飽食や住環境の悪化で本来の健康を損なうところまで来てしまっている。人間の体は出入りのバランスが崩れて悲鳴を上げるようになっている。 ・へ2・・・口から入れるものと、排せつするものと、代謝するものと、それを動かすカラダものと、まだ十分な連関のメカニズムが解明されない。どうも遠回りばかりしているのではないか。そして道に迷ってしまっている。くだらないことが多すぎるのではないか。
2007.09.26
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・詰まる所「存在理由」があるかないか。それが客観的に理由づけられるかで悩んでいる。しかしそれは容易でない。すったもんだした揚句に何も見つからないことが多いからだ。見込はたいてい当たらない。そんなに簡単に他人と違うことを考えることは中々できない。きょろきょろ目配りしている人間は、先ばかり見ていて足元をすくわれてしまう。そうして、大概は自滅していく。スキルが足りないのは教育システムに問題がある。大量生産の「道具」ばかり作ろうとするからだろう。 ・へ2・・・何でも枠を決めて分類をすれば整理しているような気持ちになるのは、クモの巣理論でしかない。現実は蜘蛛の糸をドンドンすり抜けてしまう。蜘蛛の巣にかかるだけであればいいがそうはいかない。ネットにかかることばかり考えていると、案外場違いな場所に網を張っているものだ。私は子供の頃よく女郎クモを探して歩いたものだ。それが人目の付くところにはいないものだ。虫の通り道を知っていないと餌は捕れはしないからだ。 ・それこそ誰が利口なのだろうか。それは下駄を履くまでわからない。言えることは努力が報われるとは限らない。謂わば減数分裂が、人間を含む細胞の戦略でもあるからだろう。多様性の中で無駄を惜しまないことが生き残る戦略のすべてだからだろう。それこそ個々の存在理由は絶対ではありえない。 ・へ2・・・生き物の食べた分と出した分は、微妙に違うという本を読んでいる。生き物は、自分のカラダを維持するために、食べたものや飲んだものの中から栄養になるものを摂り込んでいる。それによってあたらしい血液や皮膚をつくりだし、毎日の活動を支えるエネルギーに生んでいる。それは代謝によっている。そのメカニズムがこの世界に適応できるかでもある。人間の存在も拠って立つ理由が必要だ。いわば「完全なる代謝」ができるか。
2007.09.26
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・F2 のニュースで、安倍はナショナリストで、福田は保守派の穏健派だと紹介していた。成程、そんなところだろう。外国の評価というのは率直なものが多いのではないだろうか。ずばりと評価するものある。日本ももっと世界で日本人はどう見られているか、知るべきだろう。そして、何が日本人に足りないかを考えるべきだ。 ・へ2・・・それこそ相撲界の代表的な相撲部屋である時津風部屋の17歳の少年が、親方からビール瓶で叩かれ、先輩達から暴力を受けて死亡したというニュースが流れている。何故今頃なのだろうか。「しごき」が相撲社会には昔からあるといわれる。しかしこれは暴行であり、傷害事件だろう。或いは場合によっては殺人にもなる行為だ。また、汚点が出てきた。まだ色々あるのではないだろうか。世間の知らないことが、隠されているのではないだろうか。 ・世界の情報が、ディリーに知ることができるようになった。翻訳の技術も高まり、どこの国からのニュースも知ることができる。もちろんすべてではないし、公平かどうかは別問題だが。 ・へ2・・・何をしても、世界中に配信されることを覚悟しなければならない。もうそういう時代を私たちは生きているのだ。既成概念でいつまでもやれるはずがない。伝統を重んじるという相撲界も社会に適応できなければ消されるのだろう。福田新内閣は大丈夫ではない。
2007.09.26
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・史書とは、大事なところは寡黙である。それは史書だけではない。一番気にしているところは書かないからだ。孫子の兵法も分かりやすいのだろう。だから誰にでも熟知できた。孫子を知っていたからと言って実戦でどう使うかなのだろう。そこは寡黙である。誰にでもわかるような秘密を明かすはずがない。みな真似をしてしまえば兵法にはならない。要か解釈にある。 ・へ2・・・英雄は黙っていても理屈は後でならどうのようでも作ってくれただろう。勝ち残ったからそれだけの理由があったはずだと思えば何にでも化けてしまう。白でも黒でもどっちにでもなる。敵か味方かの違いだけだ。毛沢東だって今の中国では評価が以前とまったく違っている。冷静に考えれば正しいことばかりしていない。金正日も同じだろう。それは昨日までも酷暑と違い、今朝は福岡も気温は摂氏24℃になった。うそのようだ。まるで一変した。そして、昨日までの暑さもいずれ忘れてしまうだろう。 ・それにしても、寡黙は金だろうか。安倍前内閣は、大事なことに対して寡黙であった。だから彼の本音がどこにあったのか、表明していない。あるいははじめから言うつもりはなかったかも知れない。かれのストイックな側面は政治的資質ではない。いまや政治は寡黙ではいられない。それでも何もしようとしない内閣もだめだろう。なにが非常事態内閣なのだろうか。戦争でもしようというのか。どうも安易で軽薄に見えてならない。「棚ボタ内閣」ではないのか。 ・へ2・・・誰もやらないからやりましょうではお寒い。日本の内閣制度とはそんなお粗末な組織なのだろうか。人づくりと言いながら何もしてこなかった証明でもあるのだろう。いささか滅入ってしまう。ヒトラーの「最期の12日間」のなかで彼の側近が、「ドイツを中世にもどすつもりか?」というシーンがあるが印象的だ。当時のドイツ人は、中世から這い上がってきたのだ、という思いがした。そして、現在、その中世の風景を大切に残しているドイツ人の奥深さを思った。
2007.09.26
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・曹操は命拾いをした。危機一髪で助かった。「この日、ちよなかりせばほとんど危うし」だった。馬超は、天下の形勢を一変させることができる戦いとは、まさにこれであったのに、かれは不満足な戦い方をしてしまった。長駆したので、圧倒的な優勢のうちにありながら、矢も尽き、食も尽きていたのである。曹操軍を河岸に追い込みながらも、あとひと押しの力を出すと自軍が一転して惨敗することを恐れて、兵を徹したのだ。 ・へ2・・・二度とない絶好のチャンスを逃した馬超は曹操を殺すことができなかった。曹操は「今日は、小賊のために、あやうく困窮させられるところであった」と哄笑した。その声を聞いた兵卒は、曹操が神にちかい強運をもっていることを痛感したという。ここにもチャンスを逃した男がおり、小賊にされてしまった。人は知らないうちに自分の運命の選択をしているのかも知れない。 ・自分の一生もいわばチャンスの中にあるのだろう。どこまで客観的事実を把握しているかであろう。喜怒哀楽も二度とはないチャンスだろう。よく笑うものは周囲から好まれる。それが心地いいからだ。素直でいられることが何よりも大切なのではないか。あとひとつができれば運命が開かれたかもしれない。できないことで再び這いあがれないこともあるのだろう。 ・へ2・・・大事な時に疲れてしまって何もできない人生の終わりもあるに違いない。運命の岐路で何ができるかでもある。戦略の甘さが運命を決するとすれば、福田新内閣の領袖をたのむ姿勢とは小次郎が武蔵との巌流島の決戦で、鞘を棄てているようなものではないだろうか。ふとそんな気がした。
2007.09.26
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・標記の「A」は「ちょ」であるが、多分私のPCでは出てこないし、出てきても楽天ブログが弾くだろう。怪力の「許ちょ」のAは「ちょ」だ。「三国史」に出てくる。 ーーー是の日、A 微かりせば幾ど危うし。 曹操のいのちは危なかった。敵を知りおのれを知って策を立てる曹操は、この上陸作戦がこれほどきわどいものになるとはおもわなかっただろう。馬超の軍事的鋭敏さが、曹操の予想をうわまわったいえる。・・・反逆者の若さは、初老の曹操には脅威であった。と宮城谷昌光の「三国志」で書いている。 ・へ2・・・だから、本当は、「この日、ちょ(A)なかりせば、ほとんど危うし」だ。Aは人物である。却って混乱したかもしれない。ひとつのフレーズでさえこれだから文脈を読み解くことなど至難になりつつある。真意が伝わらなくなっているんではないか。それを邪魔しているのは、所謂削除や抹消や、合理化なのではないだろうか。あるいは標準化というやつだ。 ・論じても始まらないほど、文化は歯抜けになっている。それだけの価値がある方向に文化は進みつつあるだろうか。そのことを誰が守り、精査しているのだろうか。人間の蓄積された宝が永遠の闇の中に消えていくのだろうか。昨日の名月は、私には崇高にみえた。かけがえのない清らか月面の十五夜だった。ベットに淡い明かりが射していたのでふと開け放した窓を見ると月がみえた。私をここまで追いかけてくれた、としばらく見入った。 ・へ2・・・曹操が、すこし大きく見えた。
2007.09.26
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・「ヒトラー ~最期の12日間~」のDVDを見ていました。外に出たら、十五夜は雲に隠れていた。映画ではこの大戦で5000万人の死者とあった。その中にはユダヤ人の600万人のホロコーストもある。おそらく世界中での大戦での死者数のことだろう。 ・へ2・・・これまで見たことのないヒトラーの最期の姿が描かれていた。ドイツ人の証言に基づいた映画なのだろう。それこそ事実に近いのではないだろうか。そこにみられるのはいつもの精悍なドイツ軍人の姿ではない。追い詰められて行く人間の哀れさであり、残酷さだろう。無残に殺されていく子供たちが戦争の悲惨さを浮き彫りにしていた。もう自分が何をしているかさえわからなくなった集団がパニックになっていたのだろう。その狂った時間が戦争の現実でもあるのではないだろうか。つい引き込まれて時間を忘れていた。 ・月見の宴も、戦争の前では擦れてしまうのだろう。そしてそういう時代を確かに踏み越えてきたのだという現実を認識しなければならない。だからこそ月の美しさが際立つのではないか。誰も月を見ていたのだ。ヒトラーも「総統」でないときは、ただの男だったのだ。 ・へ2・・・政治という狂気の世界が人間を狂わせもするのだろう。そういうものが確かにあるに違いない。創り上げられた仮想現実があるだろう。その中身を時にはさらけ出して世間にみせてやらねばならない。それが唯一の芸術の価値でもある。
2007.09.25
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・時々外に出て十五夜を楽しんでいますが、皆さんはいかがですか。少し雲がかかりだしましたが、虫の声が聴こえてすこし涼しい風も出てきたようで、好い月見の夜になりました。月見には酒があいますが、何せ禁酒中です。それでも月に酔っていますが・・・。 ・へ2・・・ぼんやりしているのがいいかもしれない。オリバー・ハーシュピーゲルのヒトラー・~最期の12日間~のDVD を少し見たところです。ヒトラーの女性秘書の証言でつづられた映画のようです。その緊迫感が事実に近いのではないかと感じさせます。どうも十五夜とヒトラーの最期では、それこそ、「月とヒトラー」になってしまいますね。 ・まあ、私的には、仲秋の名月も、・・・そのようなものかもしれない。美しい月面もうさぎがもちをついているようにはみえません。冷たい世界のシルエットにしか見えない。それで、驚いたことにテレビが、突然画面が出て元に戻りしました。何で、だろうと、妻が又ぞろ中国の居庸関長城でのホテルであったハプニングを持ち出して騒いでおります。あの時は消したはずのクーラーが突然、動き出したのです。結構面白いことも起こります。 ・へ2・・・ちゃんと原因と結果があるでしょうが、それを知ったからと言ってどうなるものでもない。一緒に面白がっている方が楽しいではないか、主義もいいのではないか。他愛のないことですからね。いつか、名月に相応しい夜を過ごしたいという気持ちはありますが、今夜の博多の夜の名月を、そしてこのいまを楽しんでおります。
2007.09.25
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・博多は晴天になり、夕暮れを待ちかねて名月を鑑賞して来ました。少しかすんで見えるのはだいぶん目が悪くなったようですが、まあ白く、円く、優しい月です。間違いなく満月、十五夜、ススキと饅頭がないことにいまごろ気がついても遅い。今日は一日、家で衆院と参院とテレビ中継をみて過ごしました。どうやらうちのテレビも寿命がきたらしい。 ・へ2・・・テレビのない生活がしばらく続きそうです。それもいいかも。DVDでもレンタルして来ようかと思っています。テレビは二台ありましたが、次々とダウンしたようです。まあ、うちは何でもスローですから・・・。自分に世間を合わすことはできない。そのうち何とかなるようになる。自分の好きなことは大抵世間は好きではないと思えばいい。 ・名月をみていると今夜は、どこでもみていることでしょうね。韓国でも、中国でも、今日の月を見て喜ぶ風習があるらしいですね。月をみていたのでしょうね。太古のひとたちも、そして色んな思いに耽ったに違いない。私も穏やかな気持ちでいつまで見ていることができるのだろうか。そう思うと感慨深い。幼いころから見ていた同じ月なのでしょうからね。 ・へ2・・・はるかかなたの月から、また人間が見ることができるのはいつのことでしょうか。人間の進化がよくいわれるが、科学の進歩さえ、遅々として進まないようにも思えてくる。どうも、加齢のせいでしょうか?
2007.09.25
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・どうやら中国の皇帝もそのルールはあったのだろうか。土台ちやほやされて人間まともに育つはずがないのだ。三代も続けばいいわけがない。どうやら日本の税制もそういうところは織り込み済みと見えて、親、子、孫までで金持ちもお終いになるようにできている、暗黙のルールがあるのだろう。親の苦労を知っているの子どもまでで、孫は生まれた時から、ちやほやされて育ちがちだ。苦労を知らないから騙されるに決まっている。 ・へ2・・・中には逆バージョンもある。家光は、俺は生まれた時から将軍だと威張っていた。それで続くケースもあってのだろう。然し、そういくのはレアケースでしかない。「宦官に潰された大帝国」というステージに入ったが、そもそも宦官をつくったのが「肝がん」だろう。せこい制度を創ったからだろう。数十人もの女性を一人の皇帝のものにして置くなどと考えるがことが阿呆なのだ。ところがどっこい中国だけではない。女性を産むマシーンだという日本に21世紀の閣僚がいた。どこでもそういう理性のない野生の好きの人間がいるらしい。 ・驚いたね。安倍氏も、麻生氏も、今度の福田康夫新総理も世襲なのだ。何代目かは知らないが。そういう人しか偉い政治家になれないのなら、どこか可笑しいのではないか。よってたかって国民を愚弄しているのではないか。また身分社会の復活があるのではないだろうか。かの中国でさえ、素手で立ち上がって天下を取った皇帝は、長い中国の歴史でも朱元璋と劉邦の二人しかいない。日本では秀吉ひとりだろう。 ・へ2・・・安倍晋三は間だ50代で燃え尽きて病気で限界だったというが、福田は71歳で大丈夫だろうか。余計な心配だろうか。それにしても調整役でタフな外交交渉ができるのだろうか。
2007.09.25
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・痒みのメカニズムがわからないのだそうだ・先端科学をしても解明されていない。なぜされないのか。その理由が揮っている。ひとが痒みで死んだことがないからだそうだ。そんな痒みなど後回しだというのだろう。もっと大事なことが世の中には溢れていると言い訳する。養老孟司も書いているが、東南アジアの奥地に虫捕りに行くと、「ああいう地域では医療も限界がよくわかります」、なのだそうだ。 ・へ2・・・物事をただ凡庸にみているだけでは何も感じることができない。自分の感性が埋没して右から左へと脳処理しているだけだろう。それは味覚を失くしたものが御馳走を食べているようなものでもあるだろう。何を食べても感動しなくなるに違いない。何も感じないからだ。一つ一つの素材の旨さがわからない人間たちが増えている。この社会で現代科学が知っているものは、ただひとは生まれ、成長し、生殖し、移動して、死ぬという。わずかな時間の知識でしかないだろう。知っているものだけしか知らない。それで、もう何もすることがないと思うとしたら、それまでの、そこまでの生命ではないだろうか。 ・関心のあることしかやろうとしない社会だろう。自分のことだけしか考えようとしない。それでいいと思っている。 ・へ2・・・「あまり知られていないが、じつは歴史上、社会的な禁煙運動をはじめておこなったのはナチス・ドイツだった」という養老孟司のはなしを読んで愕然とした。ヒットラーもムッソリーニもたばこは吸わなかった。そういえばチャーチルやルーズヴェルトは愛煙家だった。世の中は面白い話の泉である。
2007.09.25
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・文春に徳本栄一郎「吉田茂VSチャーチル会談秘録」を読む。1954年10月27日ロンドン。敗戦後初の首脳会談だった。吉田は占領下で首相を務めたワンマン宰相だった。話し合われた内容は”ショッキング的”だが、どうも徳本のジャーナリストとしての特質もある。 ・へ2・・・少なくとも学者ではないということか。会談は、双方の共産主義への警戒心について、から始まった。チャーチルは、吉田の全体的な目的については共鳴した。その中での吉田の「満州再占領」の話は事実とすれば相当物騒だ。当時の日英は共産主義の問題が、共通の最大の関心事でもあった。吉田は破防法を成立させ、暴力的破壊活動を行う団体の取締りを強化した。その対象が共産党傘下の労働組合にあるのは明白だった。これに対して「血のメーデー」が勃発した。英国政府は、吉田の対中国政策に懸念を持っていたようだ。英情報機関は、日本の国内情報を密かに追っており、チャーチルは、インテリジェンスの重要性を熟知している政治家の一人だった。チャーチルは吉田に自分の手の内は見せなかった。 ・日英は、立憲君主制こそ最高の政治形態だとチャーチルは主張し、吉田も自身も立憲君主制の信奉者で、日本の不幸は経験の欠如によるものだったと語る。当時英国人捕虜虐待の記憶が新しく英国内は友好的とは言え図、反日運動が起こり、一部新聞の同調する動きがあったが、チャーチルは「外国使節を気持ちよく迎えるのは、英国の伝統の礼儀だ」として一喝したという。それができた時代なのだろう。 ・へ2・・・日英同盟は英の「光栄ある孤立」の唯一の例外だと言われる。この裏には英国がいかに極東に進出するロシアへの警戒と不信感があった。吉田が、エリザベス女王に対して、「いずれ英連邦に加盟したい」といったというのは、吉田のジョークにしては俄かに信じ難いはなしではある。これまでの吉田の強烈な尊王思想もあやしいことになる。また吉田が自国の皇室を尊敬している印象を受けなかったと英外務省から駐日英国代表部に送られた報告書にあったという。どうも吉田は、民主主義を甘く見ているのではないかと英国から評価されていたようだ。 ・それと吉田の政策は、娘の麻生和子ら個人的な側近の助言に依存しているとも見られていたらしい。吉田が先見的な理想を持ち、世論を擁護するという者はいない。英外務省が作成した「吉田ファイル」は、詳細な分析をしているものだ。吉田がなくなる1年前の1966年7月19日の英外務省報告は、吉田を日本の「グランド・オールド・マン」と表現している。それは大長老の意味で英国ではウインストン・チャーチルの愛称でもある。これをどう考えればいいのだろうか。考えさせられた。この53年前の機密ファイルが物語るものはなんだろうか。
2007.09.25
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・明治初年の所謂「廃仏毀釈」の影響は今も残っている。日本の文学もまた宗教性を捨ててしまったものが多い。近代の日本文学者は少数を除いて概ね無神論者たちである。 ・幸田露伴 ・尾崎紅葉 ・夏目漱石 ・森鴎外 ・志賀直哉 ・谷崎潤一郎 ・芥川龍之介 ・川端康成 ・太宰治 ・三島由紀夫 はっきりした宗教を持っていない作家ばかりだ。そういう人たちが日本の文学をリードしたというのは、日本人の読者の不幸ではなかっただろうか。それは何ゆえにそうなったんであるか。それは彼らの識見のなさと言っていいだろうか。それとも世に迎合しただけだろうか。利口者のゆえだろうか。ただの無定見だろうか。ひとり宮沢賢治だけだろう、違うのは。 ・へ2・・・かって天皇の位に就くことができなかった皇子たちの多くは僧職に就き、由緒ある寺の門跡となった。天皇自身も仏教徒だった。しかし「廃仏毀釈」によって天皇家の人たちは僧職につけなくなり、天皇も国家神道の信者になった。その国家神道も敗戦で禁止され、天皇家の人びともまったく無宗教になったのである。天皇が無宗教になり、国民の多くも無宗教にならざるを得なくなった。仏教も公教育から締め出された廃仏の政策は消えたいるわけではない。これが宗教の自由であろうか。そうかもしれない。しかし、そのプロセスが問題ではないだろうか。国民は宗教的にはそれは精神的棄民ではないだろうか。
2007.09.25
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・仕事をしていた時は朝飯をあまり食べていなかった気がする。それほど気にもしなかった。そういえばかなりのうっかり屋だ。いまごろになって色々気づくことがある。若いころに酒も煙草も飲まなかったから、どうやら未だ生きているのだということや、あまり仕事をしなかったのでまだやる気がのこっていることとか。勿論自己判断に過ぎない。自己本位は生まれつきだろう。両親の投資も充分だったから、この世にあまり不満もないが、実はそうでもない。 ・へ2・・・鈴木大拙は、自力で簡潔で美しい英語の著書を書く能力を持ち、世界に「禅と日本文化」をはじめとする著書をあらわした。謎めいた魅力のある国だと紹介した小泉八雲があるが、鈴木は、日本文化の中心に禅の存在を示した。西欧の知識人には、文献学的仏教学が解明したような釈迦仏教はあまりに論理的すぎて魅力がないものであったろう。しかし西欧人にも鈴木の描く、日本の禅文化の、おそらく科学と矛盾しない理性的で、しかも神秘的な宗教を知ることができただろう。今日の西欧の禅ブームにもつながっているかもしれない。 ・最近の朝餉は、自分で作っている。そして毎日食べているから皮肉なものだ。精神的には今の方が仕事をしていた頃より健康的でもあることは間違いない。ストレスもないことはないがどこかで昼寝でもしているのだろう。 ・へ2・・・まあそう甘くない社会ではないにしても、確かに私はあとで苦労するタイプだろう。
2007.09.25
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・月は今夜は中秋の名月である。昨夜は雲の合間からちらりと見えただけであったので、今外に出て覗いてきたが、雨が降っていた。さて、今夜は月見ができますやら。で、スッポンは、食いついたら離れない頑固者。誰かに似ている。死ぬまではなれないというから、相当な困りものでもある。「月とすっぽん」と二つの存在を並べると、新たなコンセプトが生まれる。何が「月」で、なにが「スッポン」なのか、どうやらほど遠い違いの意味になる。例えば、出自のことだったりする。 ・へ2・・・川口慧海は堺の桶屋の息子で、ひと時を除き一生貧乏に苦しめられ、生きるためにいかがわしいこともした。しかるに大谷光瑞は、生まれた時から生き神様で、親鸞上人の直系の家に生まれ、39歳で本願寺住職並びに官長を辞任して隠居したが、死ぬまで贅沢三昧の生活を送った。この二人の関係は必ずしも当然よろしくはなかったが、自分のなすべきことを自覚して猪突猛進し、それなりの成果をあげながら世に評価されず、むしろ不遇とみえる人生を送った。 ・どちらが、「月」で、「スッポン」なのだろうか。そのひとの視座で見方は、違ってくるだろう。偉大な仕事をしたという人がいる。河口は、1866~1945。大谷は、1876~1948。前者の功績は「チベット旅行記」の刊行と、日本におけるチベット学の基礎を造ったこと。後者はヨーロッパに学び、三度にわたり西域探検をした。仏典、絵画、彫刻など持ち帰った収集物は分散してしまった。 ・へ2・・・二人が見直されようとしている。人間の評価は死んでみないとわからない。ひとの目はいつも節穴であろう。そして評価も違ってくる。どちらが「月とスッポン」か、さえ違ってくるのだ。私にとっての、今日の名月と、それからスッポンは、随分前になるが福岡の市内に住む弁護士とのスッポン料理の血を呑みに行く約束である。
2007.09.25
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・生憎雲が多くて合間からちらりと十四夜が見えた。月光に誘われて散歩でもしようかと思ったが、明日まで待ってみようと思い直した。何も慌てることもない。十五夜は逃げはしない。そろそろ眼が痛い。PCばかりしているので目が疲れたようだ。どうも気が急いてしまうのは悪い癖だ。さっさと終わらせてしまうのも早漏と同じだろう。 ・へ2・・・何も慌てて読了するのがいいことではない。近代の仏教者を知るのも悪いことではあるまい。これまで関心がなかったこともある。成果があったのだろうか。日本の仏教とはどうなのだろうか。宗派が多すぎて共食いしているのではないのか。日本で最多の信者をもつ東西本願寺がわからない。 ・ちょこちょこと眠ったり起きたりしている。どうも眠いところを見るとどうやら限界だ。やはり寝た方が良さそうだ。明日はできれば中秋の名月をゆっくり鑑賞したい。
2007.09.24
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