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6月、どんな風に 6月は、ジューンブライドとか。誕生月でもあるし、まあ過去のことは通過した場所でしかなく、自分の将来は少し関係あるが、現在が自分の場所でしかない。一年間で一つの区切りをしている慣習が、どれほどの意味があるか考えたこともないが、竹の節のように、それが空に向かっているかどうかは解からないが、兎に角積み重ねてきたことは言える。それも自分の脳の記憶でしかない。他人の脳とイメージが重なることはあっても、それはすぐに消えてしまう。 ・堀辰雄の小説の中に、(「聖家族」) -どちらが相手をより多く苦しませることができるか、私たちは試して見ましょう・・・。 人生は、ゲームなのだろうか? 自分の人生をどのように考えるのか、この複雑系は、様々な演出を編み出す。過去に遊ぶことも出来れば、未来に夢を追う者もいる。人それぞれの受ける現実は違って見える。地上の69億人近い人が、自分の中にそれぞれじぶんだけの宇宙をもっている。 ・へ2・・・自分の人生に、余力ある時とそうでないときがある。それもそのひとの能力の一部でしかないが、自分のこころとからだを無駄にしないように生きる義務があると思う。父母はいつか過去の人になる。私もいつか月日を重ねて消えていくだろう。
2010.05.31
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上の写真のような仔猫ではないかと期待して待っているのですが、今夜来た仔猫は同じ親の子供ですが、ちょっと違うような話ですが、ついに挨拶に来たようです。仔猫の声がしていたと、何度か、確かめたりしたのですが、見つけることが出来なかったのですが、ウオーキングして帰宅したら、妻が、興奮していまして「ついにきたわよ」。何のことかと思いましたが、仔猫だそうです。 ・どんな顔をしているのだろうか。明日、多分餌を食べにくるのでは?親が毎日来ていますからね。それでもなんで、これまで来なかったのだろうか。猫になってみないと事情が分かりません。が、兎に角諦めかけていたので、明日からが楽しみです。 ・へ2・・・モデルになってくれるでしょうか?
2010.05.31
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年月日曜日気温起床 5月歩数2010/5/1土12 2;5028,2522010/5/2日10 3;3524,9512010/5/3月17 2;4034,4302010/5/4火184;1021,6192010/5/5水18 2;5024,6182010/5/6木20 3;0024,0172010/5/7金208;4023,8852010/5/8土142:1030,5612010/5/9日171;5025,1122010/5/10月193;1020,3152010/5/11火16 3;3023,8462010/5/12水13 3;4027,6172010/5/13木12 2;4025,8642010/5/14金18 2;5030,8512010/5/15土11 3;3035,6822010/5/16日13 3;3026,1212010/5/17月17 4;3020,3912010/5/18火22 2;0521,6472010/5/19水20 0;5520,9152010/5/20木19 2;4024,5412010/5/21金17 2;0523,3582010/5/22土17 2;0021,3332010/5/23日21 2;4021,3582010/5/24月19 2;4025,7292010/5/25火18 2;0528,7002010/5/26水16 3;2025,6182010/5/27木15 1;3025,6632010/5/28金13 1;4031,1242010/5/29土15 1;5032,8712010/5/30日15 1;4031,8962010/5/31月13 3;0531,662合計 814,547 年月歩数日数2008年4月258,124152008年5月461,505312008年6月454,828302008年7月492,053312008年8月479,175312008年9月607,612302008年10月635,399312008年11月562,374302008年12月629,723312009年1月628,603312009年2月587,391282009年3月700,366312009年4月686,126302009年5月704,517312009年6月610,392302009年7月646,126312009年8月655,742312009年9月682,647302009年10月749,592312009年11月682,170302009年12月683,681312010年1月675,525312010年2月637,727282010年3月735,903312010年4月778,075302010年5月814,54731 16,239,923776 目標(2万キロ)28,571,438
2010.05.31
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荘子「人間世篇」で、今は有用の用、つまり役に立つものはかえって自分の身を損なう世である。肉桂の木は香りがいいので伐られるものだという。何の役にも立たないものだけが、無事に無傷に生き延びるという。役に立たぬと思われてこそ生命の燃焼もあることを知るべきだという。ある時、楚の威王が莫大な金品と大臣としてきて欲しいとの要請に、荘子は「私は汚れた溝の中で遊び戯れているほうが楽しいのだ」といって断ったという。繁栄を極めて得意の絶頂にある者も、今苦しんでいる自分も同じだと考える。世の中とは、ひとつの混沌とした塊のようなもので、その中にいるものは、実はみんなひとつのおなじものだという。なぜならば、あいつもわたしも同じひとつのもので、金があってうれしい、金がなくて悲しいといった感情は、どちらも同じまぼろしに過ぎない。そして荘子は、胡蝶の寓話をする。「夢の中でみたのは、私が夢で胡蝶になったのか、胡蝶が私になった夢をみたのだろうかと。」人生は、まぼろしに過ぎないとは思わないが、世の中の役に立つということが、いわれるほどあてにならないことはいえるだろう。何が、いいかも一概には言えないだろう。
2010.05.31
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お隣の国 何度も書いているが、戦後中国の青島から引揚げて来た。両親は、父の実姉の見合いで結婚し、新婚旅行を兼ねて、朝鮮半島を縦断して、赴任地の青島に向かったようだ。それが釜山だったかどうか、もう父母は亡くなってしまっている。何度か、その当時のことを聴いたことがあったが、忘れてしまった。父は、満鉄に就職が決まり、急遽結婚するように勧められたようだ。母も父と血縁ではないが、縁戚に繋がった人でもあった。従兄妹同士の結婚も身近にある。殆ど見合いも形式的であったようだ。 ・とはいっても父と母は面識がなく、いきなりお見合いで相手もよく知らないまま、新婚旅行で戦時下の朝鮮半島を列車で一週間くらいかけて旅をしたらしい。母にとっては長い旅だったのではないだろうか。それこそ、母は義祖母から育てられていて、早く結婚して家を出たかったようだ。当時は船と列車で行くしかなかっただろうし、危険を伴う旅行でもあったはずだ。 ・へ2・・・来月博多港から釜山へ船旅をすることになったが、両親が生きていれば、一緒に行きたいところだ。満州鉄道で、どのルートを中国に向かったのだろうか。図書館で、それに関する本を借りてきたので読んでみるつもりでいる。苦労して集めた家財もすべて失い、戦後青島から引揚げて来た。その苦労が解かるようになった頃には父母はいない。父母たちも戦争の被害者でもあるだろう。中国の温家宝首相が来日しているが、二度と戦争の起きないような相互理解を深めていかなければならないと思う。
2010.05.31
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日本とナチズムの違いを、ともに強烈な拡張主義的態度によって引き起こされたとしながら、何れも担い手は陸軍であったが、日本人は、よりよい世界を作り出すという名目の下に民族的な大量虐殺に邁進したのではない。これに対してナチズムは、アーリア人種というもっとも高貴な民族が支配する帝国を樹立しようとする千年王国的信条であった。 実際には日本人は中国人やフィリッピン人に対して残虐な殺戮をし、「従属民の皇民化」の衝動は日本の優越性の前提に基づいていた。しかしなお彼らを勝利者に仕えるか飢え死にをするしかない、人間以下の存在に過ぎないと考える日本の理論家はいなかった。ヒトラーは正統なん君主であり、サンキュロットであったという。 日本人の国民性をめぐる議論は、欧米の目からみた一定の客観性を帯びているものだろう。しかしはたして正鵠をえたものだろうか。アーリア人の優越は、日本人のアジア人蔑視とどこが違うのだろうか。理由が何であれ、圧殺される側からいえば同じではないのだろうか。精緻な分析は、時として都合の好い論理をも生んでしまうのだろう。 何が罪で、誰が責任を負うべきかを明確にする必要があるだろう。それさえ判断できないようで何が決められるのだろうか。曖昧さがいつも付いてくるだろう。
2010.05.31
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小さなニッチ 種としてのヒトは、つかの間の地上におけるニッチを獲得した名誉ある地位にあると言える。それでも、ヒトは、ほんの一瞬のニッチである。ニッチは凹みの意味がある。自分の居場所を探している人間にもニッチがないと生きていけない。自分の存在できる居場所を探さすべく奔走していると言えなくもない。生きる意欲は、日々の暮らしの中で自分の存在を認識するところから始まっている。自分の日々は、いくつかのパターンの再生を繰り返すことでもある。
2010.05.31
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概ね良好 他人の悩みは、自分にはわからないし、他人がどのように考えているか知ろうと思うのは、社会的認識についてでしかない。世界観や、人生観と違いは如何ともし難い。私は女性ではない。男性の活き方しかわからないし、独身でも貴族でもない。相手を軽蔑することはあるが、それは内心でしかない。そうなりたくない人物は、自分の反面教師でしかない。すべて自分だけの世界ではなく、みんなの社会でもある。それは時によって見方も違ったりする。 ・雨よりも晴れた時が気分がよいが、雨が降って貰わないと、困ることもある。人間は都合のいい考えをするものだ。独りでいたいときもあれば、他人と一緒の方が楽な時もある。恐らく、長生きすれば、老人ホームでも入ることになりそうだが、それまで長生きできない可能性も高いから、考えても無駄になるかも知れない。過去を振り返ってみて、概ね良好と思う時もあれば、そうでない時もあるから、断定することはできない。 ・へ2・・・過ちもあっただろうし、間違いもあっただろう。自分のしてきた選択が、今日の自分の容でもある。後悔がないかと云えば大いにあるとも言えるし、仕方がないようにも思えなくもない。要するにいい加減だ。まだ所謂、下駄を履いたわけではない。朝のコーヒーを飲んでいると、悪い気分ではない。台所の窓から、明けゆく空が見える。今日で5月も終わる。ウオーキングは、今月も記録更新中だ。
2010.05.30
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急がない 「急がない」とか、「スローライフ」ということばが溢れているが、何を急がないのかよく分らないものが多い。見せかけの「スローライフ」もある。外側ではそういう態度でも中身となると、そうでもないとか。リラックスする必要があるために使われているのはわかるが、商売のためや、相手を油断させるために利用されている節もある気がする。確かに、死に急いではいないが、「こと」を急がなく、何もかもが、スローライフではない。 ・何が果たして、自分に相応しい生き方だろうかと考える。それはこの社会が、私という個人の生存をどのように考えているかでもある。どういう風に生きてくれと言っているのだろうか?その声を訊きたい。聴きたいがだれもはっきりといってくれない。それは個人の問題だからだと。それは時と場所によっては、強制された生き方にもなりかねないことはいえるだろう。モデルは沢山ありますよ、というかもしれない。でもそれは、自分のこととは違う。 ・へ2・・・苦悩の中から得られる真実もあるし、穏やかな暮らしの中から得られる真実もあるに違いない。人の思いはさまざまなのであって、其の人で分からない感情もあるだろう。自分だけで生きているのではない。周囲の人たちとともに生きてもいる。同時代人としてあるべき責務もある。時とともに失うものがあり、得るものもある。すべてを受け入れるしかないのかもしれない。
2010.05.30
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それほど無理をしているつもりはないが、過去2年間で、月間の30日間では、これまでにの最高歩数なのだから、5月は順調に歩いたのだろう。陽射しが強くなっているだけダメージも大きいのだろうか、早く眠くもなるようだ。そろそろ眠い。何やかやしている間に時間ばかりが過ぎている。 ・したいことの半分もできていない感じもあるが、あまり気にしないでいようと思う。家族と仲良く暮らすことが大事なことでもあるのだろう。自分の時間をできるだけ有意義にすることだろう。 ・へ2・・・この社会を、自分の目でどこまで洞察できるだろうか。それを真摯に続けることではないだろうか。反省しながらも、半歩でも前進できるようにしたい。
2010.05.30
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年月歩数日数2008年4月258,124152008年5月461,505312008年6月454,828302008年7月492,053312008年8月479,175312008年9月607,612302008年10月635,399312008年11月562,374302008年12月629,723312009年1月628,603312009年2月587,391282009年3月700,366312009年4月686,126302009年5月704,517312009年6月610,392302009年7月646,126312009年8月655,742312009年9月682,647302009年10月749,592312009年11月682,170302009年12月683,681312010年1月675,525312010年2月637,727282010年3月735,903312010年4月778,075302010年5月782,88530 16,208,261775 目標(2万キロ)28,571,438 年月日曜日気温起床 5月歩数2010/5/1土12 2;5028,2522010/5/2日10 3;3524,9512010/5/3月17 2;4034,4302010/5/4火184;1021,6192010/5/5水18 2;5024,6182010/5/6木20 3;0024,0172010/5/7金208;4023,8852010/5/8土142:1030,5612010/5/9日171;5025,1122010/5/10月193;1020,3152010/5/11火16 3;3023,8462010/5/12水13 3;4027,6172010/5/13木12 2;4025,8642010/5/14金18 2;5030,8512010/5/15土11 3;3035,6822010/5/16日13 3;3026,1212010/5/17月17 4;3020,3912010/5/18火22 2;0521,6472010/5/19水20 0;5520,9152010/5/20木19 2;4024,5412010/5/21金17 2;0523,3582010/5/22土17 2;0021,3332010/5/23日21 2;4021,3582010/5/24月19 2;4025,7292010/5/25火18 2;0528,7002010/5/26水16 3;2025,6182010/5/27木15 1;3025,6632010/5/28金13 1;4031,1242010/5/29土15 1;5032,8712010/5/30日15 1;4031,896合計 782,885 対イングランドに1点リードですが、これからの展開は、どうでしょうか。
2010.05.30
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・ふつう生物は、主観的昼夜を環境の昼夜に同調させている。・人間の場合は、環境とのあいだに社会的時間割りと意志が働く。・研究の趨勢は、根底にある生物時計の実体解明に向かう。・生活リズムの基本的性質が、多くの生物のあいだで共通し、比較ができること。・昼夜の時間的枠組みが、物の考え方に大きな影響を与えていること。・食事・性・物音・時間的夜と空間的夜の関係。・眠りは、決まった場所で取る習性があり、安全な場所であること。・用心棒としての家畜の存在。蚊と野獣への守り。・火の存在。・からだの中にも夜と昼の自転があること。 (千葉「からだの中の夜と昼」より)
2010.05.30
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保湿力 無理をしないことが、長続きの常識でもある。そう心がけているつもりだが、ついむきになる性格がある。まだやれると無理をするのは年寄りの「冷や水」と云う。自分にも嘘をつくというのが長寿の秘訣と聞いたことがあった。適当にやることだ。「八割出来て、できたとする」。実は、80%としかできていないが、「今日は、よくできた」と自分に嘘をつくというのだ。腹八分目で満足した、OKとする。簡単に言うが、小人にはできないかも知れない。腹がでかい。 ・小さいことにこせこせしない。莫迦が利口のふりをしても、笑って遣る。おおらかに生きるということは、生真面目では出来ない。人は日々老いるのであり、同じようには遣れなくなる、それでも「よし」とする。人から馬鹿にされても、一々怒ったりはしない。自分に適応できるルールを自分のために創って遣っている。天に恥じないこととは、真理から逃げることではない。 ・へ2・・・無理に古典を現代に当て嵌めようとするから無茶な解釈もするのだ。自分の頭で翻訳する努力を惜しんではならない。と思う。ひとには保湿力がなければならない。それを自分で考えて補って遣らねばならない。解かる人には解かって貰える信じることも必要だ。それこそ自滅しないために何をすべきか、それが問題だ。
2010.05.30
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どうも買い替えないとテレビが観れなくなるということで、今日新しいテレビが来た。今日が返却日なので午前図書館に行っていたが急いで帰って来た。別にすることはないが、居てくれとのこと。アンテナ工事をする予定もあるので、屋根に登らなければならない筈で、時間もかかりそうだと思っていた。処が、有線から、古いアンテナに切り替えたら、どうやら使えそうだと言うので、アンテナ工事はしないでよいことになり、何か得したような。古いテレビを引き取って貰い、今度は随分薄型のテレビである。 ・別に中身が変わるわけではない。ついでに部屋の模様替えを妻が始めている。今朝の配達で、今度のツアーの日程表が送られてきた。韓国は近くて遠い国でもある。直線距離にしたら福岡から200キロくらいしか離れていないが、殆んど何も知らない。時も時、南北の対立が表面化しようとしている。スケジュール通りに行くのかどうか分からないが、旅行社からは特別のコメントはないようだ。 ・へ2・・・今日明日で、5万歩を歩きたいと思っているので、今朝ルートを変えて、和白干潟の周辺を歩いてきた。晴天で陽射しは強かったが、散歩している人も多いようだ。もうすぐ梅雨になり、九州は暑くもなる。爽やかな空に雲雀が鳴いていた。長閑な田園風景と博多湾の景色に見惚れながら歩いてきた。新しいテレビで、今夜の「龍馬伝」が楽しみである。
2010.05.30
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他人は鏡 他人の表情やことばは自分の鏡でもある。自分がどう生きているか、どんな態度をしているか知ることができる。知ろうとしなければ解からないことばかりだ。自然と自分がいるが、自分と自然との境界を自覚するのは赤ん坊にはできないし、恐らく人間以外の動物では難しいことなのだろう。自分を自然の一部のように思っているに違いない。だから自分のするすべてのことは当然のことであって善も悪もない。腹が減るから食べるし、子孫を残そうとそれだけを優先するのだ。 ・ひとも動物の一種であり、人間性に目覚めない人間もいるかもしれないし、普遍的真理を理解しない人もいるだろう。自分の都合のいいように考えるエゴイストもいる。他人を騙し、自分自身さえ騙してしまう。苦しんでいる人をみるとひとは自然に顔がゆがむ。相手の痛みを脳が知らせてくれるから痛みを感じるからだ。利他的行動が、この社会を発展させてきた原動力でもある。平和や、人権宣言は、人だから掴んだ智慧でもある。叡智を活かす事を目指している。 ・へ2・・・自分だけでない世界だ。自然と共存し、他人とともに創っていかなければならない。他人をよく観察すれば自分の顔が視える。
2010.05.30
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気紛れ拘ったり、拘らなかったり。適当であるということも時には必要。昨日は、拘って、32,800歩を歩いて、5月累計75万歩のラインに。明日までの、80万歩がかかっており、それが原因だ。今考えると、何で拘ったのだろうと思ってしまう。リラックスしながら歩くのが信条なのに。ストレスのないものはないが、自分で拘って創ってしまうものもある。俺が好きなのだから、相手も好きになって欲しいと思ってしまう。それができないと腹を立てる。相手は自由なのだから、どう思おうと勝手な筈だ。 ・自分は勉強が好きなのだから、成績が上がって当然だと思ってもそうはいかないように、様々社会には、個人ではどうしようもないことが起きる。それを一々怒っても仕方がないのだ。環境に順応して生きるために新生児の過剰なシナプスの形成があるように、仕組まれた遺伝子は、多分現在の私たちのレベルでは理解のできないくらい多いに違いない。何故、自分がこうしたいと思うのか、理解できないが、したいと思う気持ちを抑えられないものがある。 ・へ2・・・それは性欲ばかりではない。愛し、愛されたいというのも、そればかりではない。損得ばかりでは、未来はない。善い方に導いてくれるものが私たちには備わっているのではなかろうか。それを素直に受け入れていれば善い結論になって行くのではなかろうか。別に一つの宗教でなくとも、普遍的な真理はあると思うし、見つけられるのではないだろうか。
2010.05.30
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気紛れ 拘ったり、拘らなかったり。適当であるということも時には必要。昨日は、拘って、32,800歩を歩いて、5月累計75万歩のラインに。明日までの、80万歩がかかっており、それが原因だ。今考えると、何で拘ったのだろうと思ってしまう。リラックスしながら歩くのが信条なのに。ストレスのないものはないが、自分で拘って創ってしまうものもある。俺が好きなのだから、相手も好きになって欲しいと思ってしまう。それができないと腹を立てる。相手は自由なのだから、どう思おうと勝手な筈だ。 ・自分は勉強が好きなのだから、成績が上がって当然だと思ってもそうはいかないように、様々社会には、個人ではどうしようもないことが起きる。それを一々怒っても仕方がないのだ。環境に順応して生きるために新生児の過剰なシナプスの形成があるように、仕組まれた遺伝子は、多分現在の私たちのレベルでは理解のできないくらい多いに違いない。何故、自分がこうしたいと思うのか、理解できないが、したいと思う気持ちを抑えられないものがある。 ・へ2・・・それは性欲ばかりではない。愛し、愛されたいというのも、そればかりではない。損得ばかりでは、未来はない。善い方に導いてくれるものが私たちには備わっているのではなかろうか。それを素直に受け入れていれば善い結論になって行くのではなかろうか。別に一つの宗教でなくとも、普遍的な真理はあると思うし、見つけられるのではないだろうか。
2010.05.29
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脳の中では新生児の脳では、1秒間に30億個のスピードでシナプスが形成される。生後8ヶ月で、約1000兆個のシナプスができる。この数に達するとシナプスの数は徐々に減少し、10歳頃には半減する。その後の人生を生きるための約500兆個が残されるらしい。何故過剰なシナプスが形成されるのだろうか。そして何故半減するまで消滅しなければならないのだろうか。恐らく人間社会の環境レベルでは遣われることのないシナプスなのだ。食べること、喋ること、文化に順応するのにはそれだけを必要としないからだろう。・新生児は、どんな環境でも生き残れるだけの能力を持って生まれてくる。つまり、どんな情報でも受信可能な配線が余分に準備されている。脳の仕組みを理解しないで、外国語を覚えねばならないというのは、効率の悪い話だろうか。何か人間は無駄なことばかりしているような気がしないでもない。 ・へ2・・・今夜は頑張って、32,000歩。これも無駄な努力かなあ。
2010.05.29
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寝ることと食べることが脳を最大限に引き出す重要なポイントである。「サーカディアンリズム」と呼ばれる生体時計からの命令でリズムを刻んでいるそうだ。最低体温で目覚め、最高体温に達すると眠くなる。長年の習慣で生体時計のベースは昼間起きていて、夜寝るようにできている。いちばん目が覚めているのは午前10時から12時までくらいで、14時くらいには眠くもなる。交通事故等もこの時間帯に多いようだ。メラトニンは、覚醒14~16時間後に出てくるホルモンで睡眠に関連しており、抗酸化作用、リズム調整作用、性的成熟の抑制作用がある。老化を防ぐこと、抗がん作用あるとされ、眠気をもたらすはたらきがある。 ・高齢者で日中の受光量が増えると、夜間のメラトニン分泌が増えて、睡眠の質が改善したという研究があるようだ。メラトニンは目覚めて、14~16時間後に暗くならないと出てこないので、夜になっても明るくしておくと、すとんと分泌量が減るのだという。(神山潤著「国民よ、脳のためにもっと眠れ」より)朝の光も重要な意味をもっている。朝の光の中にセロトニンのはたらきを高める作用があり、精神を安定させるという。セロトニンは、こころを穏やかにする神経伝達物質でもある。 ・へ2・・・夜遅くまで起きていることや、朝の光を浴びないことが、健康に良くないことくらいは一般的な常識だろうが、それが脳にどれだけの影響があり、やがてホルモンにダメージを与えて、それが<がん>を発症させるスイッチを入れることにもなる。どうしても、そういう生活をしなけれならない人がいるかも知れないが、これにも対抗策はあるに違いない。どうしたら、よりよい環境をつくれるのか、その努力を最低限すべきだ。
2010.05.29
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公園で子どもの声がしていたが、どうやら昨日伸びていた野草を業者が整備したので遊びに来たのだろうと思っていた。庭に出たついでに覗いてみると、5,6人のグループの中に珍しい小学生の顔をみつけた。実は、捨て猫を連れてきた少女である。「おしっこをしてくる」と云っていなくなった子である。丁度1年くらい前になる。学年を訊いたら小三になったらしい。明るい子で、捕まえてきた蛙を見せてくれた。田圃に水が入り、そろそろ田植えが始まる。水が入った田んぼに蛙の声が聴こえていた。 ・女の子でも虫が好きが子どももいる。従妹たちが皆元気がよいで、元気な女の子には慣れている。近所に住んでいるが、近くに比較的大きな公園ができたのでそこに行くらしく、家の前の公園には子どもたちがあまり来なくなっている。いまの子どもたちは、蛙を捕まえたりしないと思っていたが、元気な子どもはいるようだ。 ・へ2・・・蛙の餌を訊いたら、パンだという。そろそろ逃がしてやるように話したが、聴いてくれるかどうかわからない。家の猫を観たいと言って聞かないので、探してみたが猫は隠れて出てこなかった。また来るそうだ。
2010.05.29
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病気になって考えること セカンド・オピニオンが必要だという。先ず病気の内容が複雑なものが多いことでもわかる。医学知識がないととても理解できないことが多いこともある。病気の数がこれからも増え続けることある。知らない病気もある。遺伝子の数だけ突然変異が起き、病気も増える。新しい薬が開発され、化合物も増える。化学反応がより複雑化して行く。 ・選択肢は必ずある。 ・症状の伝え方が、いくつもある。例えば痛みの伝え方は、50以上ある。 しんどい。しびれるなど、診断がし難いものもある。 手術する時に対する心構えとしては、誰が手術をするのか、主治医に執刀医はどのくらいの経験があるかを必ず訊いておくべきだ。オペをしたらどうなるかだけではなく、オペをしなかった場合どうなるかも必ず訊いておく。病院とのコミュニケーションが大事であり、できれば自己管理カルテを作っておくべきだ。常に医師に対して、自分が現在、良くなっているか、何をすべきかを確認すること。 医師も人間であり、間違いも欠陥もある。精確な情報を得るためには、それだけの条件を整える必要がある。手術は成功したが、患者は死んだにならないために。
2010.05.29
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悲しみと癒し 一般的にいって悲しみの中で配偶者の死が「100」らしい。生きる上の対象喪失に対する反応がそのひとの哲学にもよる。その打撃も突然であればあるほど強烈になるだろう。ひとが生きることで一番大事なのは人間と人間の関係であり、そのなかでも夫婦や親子の関係がある。親密であればある程、永遠の別離は深いダメージにもなる。悲しみはやがてフラストレーションになって、悲哀の仕事をする。悲哀を抑圧するために何ができるだろうか。癒しとは時間の経過でしかないのだろうか。 ・「話す」というのは、「離す」「放す」とも書くが、他人と触れ合い「話す」ことで、喜怒哀楽から、「離れる。解放される」という。 ・「聞く」というのは、「聴く」「効く」「利く」とも書く。「聞く」という行為も、考え方、使い方では、色んな意味をもつ。話したり聞いたりして、悲哀やフラストレーションから解放されて行く、癒しのための時間の経過が必要なのだろう。 ・へ2・・・一つの生命が、1クールだとすれば、やがてそれを引き継ぐものたちが現われる。生命現象とは絶え間のない営みでもある。配偶者を大切にしないと自分も長生きできないだろう。ひとは、哀しみと癒しの連鎖の中で生きている。
2010.05.29
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ある部分は不透明 解かったりわからなかったりする。ある部分は解かっているがそのほかの部分は全くわからないこともある。民主党と民社党の関係も、与党連合と云うが何のことやらわからない処がある。民社党の護憲は日和見的なのだろうか。その時次第でどうにでもあるのか。民主党の事なかれ主義も自民党と変わらない。政治のネタは底なしだ。韓国ツアーに行く予定だが、戦争が始まるのではないだろうか。いつどういうことになるのかわからない。 ・始まってみないと解からないし、それまでは何もしない。企業や国の態度は起きてから考えることになっているらしい。中国の態度も解からない。北朝鮮の全面的な支援をしながら、一方で韓国の機嫌もとる。土台中立などありようがない。国際世論を見極めてから、どうするか決めるのだろう。正義も「へちま」もない。まあ、他国も同じところがある。まっ暗と、薄暗いでは多少ニュアンスは違うが、似たようなところもある。 ・へ2・・・まあ、何もなければ行きたいのは行きたいが、行かなければよかったに為らないとも限らない。事件は、いつも唐突に起きる。事件に巻き込まれるのは部屋の中だから安全だというわけではない。強盗だっている。一部の警官も安心できないし、神父だってレイプをするひとがいる。概ね安心が一番怖かったりもする。だからといって、家で寝てばかりもいられない。
2010.05.29
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今朝の里山 土日になると、何となく体が軽く感じるというのはこれまでの長い習慣からだろうか。今朝は、ゴルフ場を一回りしてから、里山を歩いてきた。今、行商のおばさんもいつものように来て、野菜や果物を買ったところだ。気温は高くなりそうだ。歩いて汗を掻いたのでシャワーを浴びてまた一眠りしたので余計朝の空気が清々しく感じられる。紫陽花が綺麗に咲いている。去年の写真を見たら、今年は、寒さもあって野菜の成長が遅いようだと思っていたら、おばさんに訊いたらやはり農家でも同じらしい。出荷の遅れているものがあるそうだ。 ・自分の人生は、自分で選択できれば一番だがそうはいかないのが世の中でもある。家族のために、したいこともせず我慢している親たちも多いだろう。家族に病人がいれば猶更辛いこともある。好きなことができる人はみな豊かに生きているとは限らないとしても自ら招いている結果の責任がある。納得のできる時間を過ごすことが重要でもある。 ・へ2・・・兎に角優先順位を間違えないことではないだろうか。ここ数年、自分なりに考えて後悔しないように努めてはきた。それは飽くまでも自分の選択でしかない。誰に強いられてもいない。だから何があっても其の責めを負わねばならないと思っている。
2010.05.29
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写真 デジカメを使いだして、それはブログに載せるために買ったのですが、それから3年経過したようです。前の写真を視ておりました。その前の、は、カメラで撮ったものをCDにして、PCに入れていますので、その以前のものもある。ツアーに行って、やはりデジカメが欲しくなり買いましたが、鳥渡遅れたので、あとから思うと残念なものもある。日頃見つけているので、それほど感じませんが、随分5年も経過すると違うものが見えてくる。 ・人間の記憶と云うのは忘れやすくできている。次々に新しい情報が入ってくることもある。ネガのように前の、が消えてしまうようでもある。たった3年間の出来事ですが、懐かしく思えたりする。視覚の記憶と云うのは意外と鮮明でもある。生命に関することは忘れないというが、無意識の世界は厖大なものでもあるのだろう。写真のある生活と暮らしは、あるのとないのとでは違うようでもある。いつもデジカメを持参して歩いている。 ・へ2・・・「カメラを持った日本人」と云うのが代名詞にもなっているが、その一員になろうとしている。人の思いは多様だが、写真に残してあとで視る悦びは癖にもなる。手間の掛けないで簡単に見れるというのは有難いことだろう。人間の脳の中にある記憶も、いつか写真のように整理されて、自由に引き出せるようになるのだろうか?おそらく、まだ随分先のことだろう。
2010.05.28
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くだらないこと 勝ち負けではなく、なんでもない。下らないからよい。少しでも価値のあるものをと、追いかけすぎて疲れた。そういえば「スギ」は、この同字の「杉」は、墓場に植えてあると十三陵に行った時ガイドが説明していた。そういえば日光東照宮にも杉が植えてあった。何故戦後それを全国に植林したのだろう?それでいま花粉症か? ・まじめなのか、ばかなのか、訳のわからない政治家たち。そいつらが権力者で、とばっちり。プアな国民にもされてしまう。自分も相当くだらないが、世の中もくだらないのではないだろうか。何故、真夜中に起きているのだろうか?目が覚めてしまう。寝ていられないから起きている。迷惑でなければ、図書館で本でも読んでいたいのに。真夜中の図書館はない。何故だ。 くだらないことばかり言っているのは、自分もだが、世間も同じ。 夢を見なくなるから、記録力が低下する。夢のネタがない。無意識の分野が狭まり、はじけてあの世に行く。 ・何もしないで、お茶を飲んでいる。
2010.05.28
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私の闘い私は知っている。が知らいない方が多いことを・・・。私のこの闘いは戦いではない。自分との闘いは戦いではない。他人との諍いではない。だから「ヘイフリックの限界」。ドンキ・ホーテだって、こんなことはしない。道化を演じた作家たち、わけのわからない先覚者もいた。そいつらの遺伝子の血が騒ぐ。どうせ私の脳の仕業だ。何れ破れていくことを。疲れて眠り、腹が減って食べているが、煩わしいのは自分のこころだっていることを、知らないのだ。 ・何も知らないのは誰だ。時々、水面まで上がって溜まったガスを吐きだす。サンショウウオになっている自分がいる。アハハ。ばかたれ。リラックスすれば、みんなはばかだ。こんなに歩いたのは生まれて初めてだろう。こんなにばかなのも。他人から嗤われることも平気。そういえば、どんなに真面目な顔をして歩いているのだろうか。よく挨拶されるようになった。たった2年間毎日朝晩歩いているだけだ。屹度、変人だと思うだろう。用もないのに歩いている。暇なのだ。きみの眼は、5年前の私の目でもあった。いつか、おれのまねをするやつがいる。
2010.05.28
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年月 歩数 日数2008年4月 258,124 152008年5月 461,505 312008年6月 454,828 302008年7月 492,053 312008年8月 479,175 312008年9月 607,612 302008年10月 635,399 312008年11月 562,374 302008年12月 629,723 312009年1月 628,603 312009年2月 587,391 282009年3月 700,366 312009年4月 686,126 302009年5月 704,517 312009年6月 610,392 302009年7月 646,126 312009年8月 655,742 312009年9月 682,647 302009年10月 749,592 312009年11月 682,170 302009年12月 683,681 312010年1月 675,525 312010年2月 637,727 282010年3月 735,903 312010年4月 778,075 302010年5月 718,118 2816,143,494 773目標(2万キロ) 28,571,438 年月日 曜日 気温 起床 5月歩数2010/5/1 土 12 2;50 28,2522010/5/2 日 10 3;35 24,9512010/5/3 月 17 2;40 34,4302010/5/4 火 18 4;10 21,6192010/5/5 水 18 2;50 24,6182010/5/6 木 20 3;00 24,0172010/5/7 金 20 8;40 23,8852010/5/8 土 14 2:10 30,5612010/5/9 日 17 1;50 25,1122010/5/10 月 19 3;10 20,3152010/5/11 火 16 3;30 23,8462010/5/12 水 13 3;40 27,6172010/5/13 木 12 2;40 25,8642010/5/14 金 18 2;50 30,8512010/5/15 土 11 3;30 35,6822010/5/16 日 13 3;30 26,1212010/5/17 月 17 4;30 20,3912010/5/18 火 22 2;05 21,6472010/5/19 水 20 0;55 20,9152010/5/20 木 19 2;40 24,5412010/5/21 金 17 2;05 23,3582010/5/22 土 17 2;00 21,3332010/5/23 日 21 2;40 21,3582010/5/24 月 19 2;40 25,7292010/5/25 火 18 2;05 28,7002010/5/26 水 16 3;20 25,6182010/5/27 木 15 1;30 25,6632010/5/28 金 13 1;40 31,124合計 718,118
2010.05.28
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時計の針が止まった時がお終いでしかない。生きていることは走り続けることでもあるだろう。休もうとするものではない。過去を打ち捨ててきたではないか。過去は事実でしかない。為したことは消えないだけだ。傷痕がどうであろうと今の目が澄んでいるかだろう。 言葉を失いつつあるのだろう。段々と話す言葉もなくなるのではないか。会話のない人間関係が広がり、黙っていても電車に乗れるし、誰とも喋らなくても仕事が出来るかも知れない時代だ。ネットで何でも用事が済んでしまうようになるだろう。歩くことも、動くこともしなくてよくなったら人間はどんな姿をしてくるのだろうか。 自然も要らなくなるだろうか。空想は妄想にもなる。バベルの塔ではないが、いつかとんでもないことになるのかも知れない。海にもひとで溢れるようになるのだろう。もうすぐ6月だ。夏も近い。6月ハワイに行ったら、もう夏休みのシーズンでアメリカ本土から引切り無しにハワイにジェットが飛んできていた。ホテルは満員だった。もう、今年も半年過ぎたと思うと月日の早さにショックだ。大きな忘れものを沢山しているような気分がする。
2010.05.28
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報酬系でドーパミンが大量に分泌されると快感を惹起する。だが神経伝達物質が流れている間しか続かない。それは、強い恐怖や、怒り、悲しみが入らない時だ。これらが入ると、快感があっても忽ち減少する。「躁病」は活発になり過ぎだし、「鬱病」は停滞する。「鬱病」は、かっては、生きのこりに必要な価値があっただろう。エネルギーの節約と過剰な対立とリスクを回避さ せた。そして、現代では、不要であればいつか消滅するだろう。加齢などで、ドーパミンの 分泌が少なくなれば幸福感も薄らいでくる。然し、感覚的、性的な興奮だけではない、愛 するものをみつけても「脳内ドーパミン」は分泌するのだ。「幸福感」は、左脳の活動が深く 関係していると言われる。「感情」も化学物質が関与しているとすれば、その条件をつくる のは、私たち自身であり、私たちの知恵や努力でコントロールは可能だ。
2010.05.28
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映画のことは殆んど何も知らないので、ドイツ映画の表現主義もよくわからないが、サイレント映画を観てきたが、これまで見たのは恐らくそんなには無い。チャップリンの映画くらいだろう。「ドイツの映画史」で、初期の作品で題名もよく解らなかったが、ストーリーは近いできたから、サイレントもカメラワークで表現豊かな作品だった。ホテルのドアーマンの話だった。全6回で、次回は、「会議は踊る」。題名くらいは聴いたことがある。 ・恐らく映画に興味のある人なら、今日の作品も、それこそ観たい名作のひとつなのだろうと思う。カメラが新しい動きをする解放されたカメラというのが講師の表現主義の作品として選んだ作品でもあるのだろう。1895年映画が誕生し、ドイツとフランスは映画の製作を競った。映画俳優と舞台役者は区別されていた。そんな中で第一次世界戦争が起きてドイツは破れた。現実そのものではなく、絵画的な表現主義が重要視されたのだ。 ・へ2・・・サイレント時代は言語はないし、どんな言語も問題ではない。欧州には弁士というものがなかったらしい。そこで字幕に短い挿入句と、進行役に生演奏がされた。言葉を遣わなくて意志を伝えるというのは容易なことではない。これから紹介される映画が楽しみである。次回は、韓国から帰国する日で、この講座と堀辰雄の講座があるのは厳しい。
2010.05.28
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日本の社会から生み出された環境の産物が私たち一人一人の人格形成もしている。だから私もその端くれである。欠片かも知れしないが。今朝は庭の胡瓜の1本目を収穫して、どれくらい採れるか、カウントしたいと思っている。記録に残すという習慣を続けたい。物事を客観的に視るという生活観が必要ではないだろうか。今日は、元旦から何日目だろうか。何週目だろうか。ドイツで購入した日記には毎日ちゃんと書いてあった。あれをみてドイツ人が、日頃からそういう生き方を日常的にしているのだろうと思ったものだ。アバウトに生きているのではない。 ・漠然と物事を見てしまっている。そのうち神風が吹くだろうか。吹きはしない。偶然を当てにしても中てにはならないだろう。童話の世界をいつまでも追っているのは子供のころだけで充分である。日々モードを切り替え、時には一日に何度も切り替えて暮らして行かなければならない。こうして、時々何をしたか、時々のモードを書いているが、それは、自己管理票を別途作成しているので、それと見比べる為だ。 ・へ2・・・毎日が、試練であり、刻々事態は変化もする。後悔しないようにしなければならない。講義は面白い。どんな話も聴き方次第でもある。重要の話を腐らせるのは自分の教養の欠如でしかない。自分を活かすのは自分であり、時間ほど貴重なものは無いのだ。
2010.05.28
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今年の胡瓜1号 鳥渡天候不順があったりして、胡瓜も一休みしている。今年は、胡瓜をメインにして5本植えている。その最初の苗から第一号の胡瓜ができた。少し小さいが、最初は小さいうちに採れとどこかで聴いたことがある。朝から庭に出て、見て歩くのが日課になっている。水をやったり、弦の伸び具合をみたり。それこそ星の王子様のアプリボワゼをする。 ・曇っていて少し寒いが、昼の講座には自転車で行く。昨日は、その自転車のパンクの修理をしたが、つい金槌で、自分の指を叩いてしまった。ゴムを密着させるためだが、手元が狂ったようだ。少し爪が痛い。まあ、自転車に乗るのに支障ない。本当は歩きたいが、同じ道を何度も歩いているので、それほど魅力がないこともある。 ・へ2・・・真面目な大学で、真面目に聴く講座も悪くは無いが、堅苦しくなるところもある。目的をもう少し、市民と話し合いをしたらどうだろうか。お互い知らな過ぎるような気がしてならない。封建時代ではないのだから、身分がどうのでもあるまい。同じ市民として触れ合っても悪くは無い。どんな悩みを持っているのか理解するのも好い。学問だけでは人生は語れない。
2010.05.28
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問題の提起 何をテーマにするかは、悩みの種である。そのひとの発想力が試されるものでもある。今日の昼からの講座は、ドイツ人の講師で、日本の古典文学を研究している研究者。今回の集中講座は全6回「ドイツの映画史」のテーマで、第1回目「表現主義の映画」。前回は、講師が京大の留学時代に収集された京都の商家の古文書を基にした解説があって面白かった。小さな教室で、和気藹藹として、和やかな雰囲気がとてもよかった。 ・どうやら大学でも人気のある先生のようだ。好きになる先生がいるというのは勉強にも張りができる。この先生を目当てに受講される人も多いのではないだろうか。受講者の中に卒業生のひとたちもいる。自由講座でもあるので、或いは映画は先生の趣味なのかもしれない。何もいつも研究の成果を講義するばかりではない。気楽に遣ることも大切だし、リラックスして遣ることも必要だ。垣根のない大学こそ求められている。高い塀と権威を巡らせた大学が大学ではない。 ・へ2・・・ハイデルベルク大学で、どこからどこまでが大学の敷地なのかわからなかった。確か構内でワインや名物の長いソーセージを売っていた。市民が本当に勉強したいときに大学に行けるような環境こそ理想ではないかと思ったものだ。
2010.05.28
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この狂気の時代に正気であることは容易ではない。何が狂気であるのかを確りと認識する必要があるからだ。個人ではどうすることの出来ないことがある。そういう空気が漂ってもいる。人々は諦観しているだろうか。そうかも知れない。この病に冒された者は流れを拒否できない。多くの理性が水没してしまう。 ・夜明け前と、日没前にウオーキングしている。道路から見える朝日と夕陽がある。和白周辺はそれほど工場もないせいか比較的朝晩の空気は澄んでいる。車の多い日中とは違い、晴れた空は綺麗だ。何かほっとするものがある。 ・へ2・・・小さな喜びかも知れないが、こころをときめかす風景がある。自分にとっての正気の時代にしなければならないのだろう。そのチャンスがあるのに見逃すべきではない。できる人とできない人がいるだろう。この世に美しい時代があったことを、忘れてはならない。
2010.05.27
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わたしの5年間 こうして朝のひとときに勝手なブログを書いているが、将来に不安がないわけではないし、一人前に喜怒哀楽もあるが、この5年間にひとつの安らぎを感じてはいる。好きなツアーや、公開講座を中心に、色々学ぶことはあったと思うからだ。資料を収集する習癖があり、随分大学から戴いたものが5年間でいくつかのノートになり、ファイルにもなっている。まだ充分整理していないのが宿題でもある。定年後の人それぞれの生き方があるだろうが、私には後悔はない。 ・全くないかと云われれば嘘かも知れない。それでも、恐らく恵まれた方ではなかったかと感謝している。それほど実になったともいえないが、微かに脳には残っている。これから、まだ遣ることはあるが、出初の旅としては上々というべきだろう。欲を言っても仕方がない。あるべくしてあるだけだ。大学が門戸を開くようになり、学ぶチャンスが増えたことは有難いと思う。生涯学習の精神こそ、あるべき姿でもある。 ・へ2・・・自分に相応しい生き方とはどういうものであるか。それはどういう死が自分に相応しいかのテーマが隠されている。一面ではない多面的な要素があるのであり、一概には言えない人間の心情もある。この5年間を活かせるかどうかが私のこれからの課題である。
2010.05.27
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忙しいのが幸福 その場になってみないと解からないことはいくつもある。学生になって解かることもあり、サラリーマンで苦労して悲哀も覚えた。こうしていると為って見ないと解からない方が多いのではないかとさえ思える。便増になったことのない総理が、国民のために何ができるのだろうか?疑問だ。親から援助して貰ってそれを知らなかった人だ。恩を仇に返すのではないだろうか。早く暇になり自分のしたいことばかりして暮らしたいと念願していたが、なってみると結構ばかりではない。だが、その中で生きていくしかないと解かった時、遊び心も生まれるのだろう。 ・親からは優しくして貰ったが、社会が悪いので、人間も捩じれている。正直そうにしていて、そうでもない。素直で良い子だと言われたことがないわけでもないが、余り利口には育たなかった。他人が言う反対のことを考える癖も付いている。他人が遊ぶ時に学び、他人が勉強しているときに遊びたいと思う。天邪鬼でもある。ひとは、何かに夢中になって忙しいと思う時が、その人の幸福な瞬間でもあるのだろう。余計なことを考えて自滅する人は多い。それこそ夢中に為れない人が多いのではなかろうか。 ・へ2・・・学問も一つの遊びではないだろうか。その遊びに夢中になっているから、幸福でもあるのだろう。そこから離れれば、この社会が厭になるに決まっている。陸に上がった魚のようになってしまうだろう。そこにあるべき人が、そこにいないで、そこにいるべきでないひとが社会のリーダーになっている気がしてならない。皮肉な社会だ。 >一つ前のブログに書いている。「遊」の字が、サンズイになっている。桂林で。
2010.05.27
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遊び心 中学生の時、漢字のテストで「あそぶ」という設問があり「シンニュウ」を入れるのは解かっていたが、「遊び」の隣の二字の左右が解からなくなってしまい、何度も書き直したのを覚えている。結果正解を書いたかどうか覚えていないが迷ったことだけは印象深い。確り覚えていないと肝心な時に迷うという反省がある。そういえば、一昨年、桂林ツアーした時に、広告に「遊ぶ」のシンニュウがサンズイになっていたのをみたが、意味は同じなのだろう。 ・「遊ぶ」というと「勉強」の反対語のような遣い方をしていて、愉快にやっているとすぐに「遊んではいけない」と思ったりした。遊びが「悪だ」という固定観念があったようだ。そういう風に教えられていたからだろう。学校で教えられることを覚えなければならないという金縛りにあっていたようだ。ストレスを背負いこむことだけを詰め込もうとしたのではないだろうか。 ・へ2・・・旅行や、ウオーキングなどは、もちろん遊びであり学問とは違うかもしれないが、それでも「学ぶ」という要素はあると思う。学ぶという意味を付けられるかどうかではないだろうか。大学で受講していると、講師に遊び心がないと聴いていて面白くない。アカデミックを肩苦しく考えているからだろう。人生は、学びながら遊び、遊びながら学びのではないだろうか。
2010.05.27
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殆んど毎日歩いている。ウオーキングしているというべきか。歩くのは誰だって歩いている。今日は、25,600歩。歩幅70cmとすると、略18km。 ・普通男性の平均歩幅は80cm 1時間 6.4 km。 らしいが、謙遜して 歩幅を 70cmで試算している。記録をPCで管理していると、簡単にできるので、2年以上続いている。1万キロを達成し、2万キロに挑戦中だ。体質改善という目標がある。 ・自分の関心が他人とは違うのは仕方がない。今月のあと4日間になったが、今月は、現在、 27日間で、687千歩。 目標の800千歩の達成は無理のようだ。 ・へ2・・・どうも「二兎を追うものは一兎も得ず」で、ウオーキングとブログは、どちらかにシフトしないと。強風が吹いていたが、気持ちよく歩けて満足した。6月は旅行と講座があるので忙しそうだ。ツアーから帰った日に講座が二つあり、翌日も二つ。毎週土曜日講座もある。
2010.05.27
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学問と真理とをたずねることに熱心だった知的大衆にとって哲学は、西欧哲学認識後どのくらいまで共感的理解をしていただろうか。日本への哲学の紹介は「ヒロゾホ(哲学)ということばの意味は、人間というものは、新しいことを見て驚嘆し、そしてその訳を知りたいと思うものである。たとえば日蝕、月蝕を見ると、その訳を知りたいと切におもう。そういうところから、ヒロゾハル(哲学をする)ということはおこったのである。これでみると、ヒロゾホということは、根元を知ることなのである」という。明治以前の西欧文化は、ポルトガル・イスパニア人は、先ずキリスト教、天文、航海、語学の知識を。オランダ人は、医学、測量、冶金、物理、化学などの知識を教えたが、そのもとになる学問である哲学を伝えていない。哲学の研究を始めたのは、日本人が西欧に出むいて研究してから後である。従って、明治以後だ。ギリシャ語で「フィロ」は、愛すること。「ソフォス」は、賢または知である。フィロソフィーとは、つまり「知を愛する」ことである。ピタゴラスに始まり、プラトンによって確立された。それは、本能的な欲求が「知る」ことへの要求と言われる。それでは、儒教や仏教に、フィロス「愛」なるものが、知識と結びついていただろうか。論語では、知的な「愛」とは、「親しむ」「惜しむ」といった意味に通じるであろうか。三浦梅園は「愛は令徳なり。而して小人の愛や愛に溺る」(玄語)仏教では、「愛」は「愛楽」に通じるが、寧ろ愛着、愛染に近い。それは迷いであり、迷妄であって、修行によって取り除かれて慈悲に至るべきものであろう。従って、東洋では「知を愛する」という想念はないといえるだろう。それは、「知ること」を愛するという思想の実践とか、学問の中でうたわれることはなかったのだ。東洋と西欧の思想文化の大きな開きがあるのであって、単なる訳語上の小さな問題とみるべきではない。私たちが、西欧思想移植前の日本哲学を調べてみると、それは殆どすべて儒教の教養のもとであった人びとにおいて発展した。
2010.05.27
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「源氏物語」、或る意味底なし沼のようなもの。それとも入ったら出て来れない迷宮の原生林のようなもの。ほんの一握りの上流貴族の物語でしかないフィクション。高い評価もあれば、マイナーでしかないとも。ただ庶民の暮らしとはかけ離れた世界。ことばの海に呑み込まれてはいないか。 ・文学が政治と男性社会が長く存在し、女性が人間扱いされていなかった時代の文学。男性が女性の立場で詩歌を創作したものまである。女性の心情というものが、安易に扱われていた。 ・へ2・・・「待つ女」とは男の野望だろう。それに洗脳されてしまった女性たちの子孫がいる。女性が美しくあらねばならない理由もない。
2010.05.27
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優しい社会 親切な人が多いことは知っている。利害を超えた付き合いが何度もある。損得の関係が一般的である資本主義社会で暮らしているのも事実だ。日本は極東にあり、他国の影響を受け難い島国でもある。鎖国が300年も続き、近代化が遅れたが、それを必死になって列強の植民地支配を排除して来たという歴史がある。そのために国民の自由を抑圧してきたこともある。従属し易い形質はそうして形成された遺伝子でもあると思う。 ・拠って立つ歴史があり、私たちの民族性もある。私たちの身体に残っている遺伝子は、飢餓に耐えてきた人びとの痕跡が残っている。貧しい食べ物に耐えて、厳しい労働に従事しながら生き延びてきたのだ。農耕と近海の魚介を食べながら今日を築いた。狭い国土で肩を寄せ合って生きてきた民族でもある。そこには親子の情愛や、兄弟姉妹の親密さや、血族、親族との強い絆によって基礎づけられた社会でもあった。時代によって社会体制は変化し、弾圧や搾取は容赦がなかったことも事実だろう。 ・へ2・・・利害を離れて、ひとは優しさを求めるものだ。それに応えてくれる人たちがいる。誰もがエゴイストではない。利他的行動の人間らしさをみんな持っていると思う。それに触れられる人たちは幸運でもある。そういうチャンスを拡げていくべきだろう。明日は、ドイツ人講師の奉仕の市民講座がある。それをメールで知らせてくれる女子大がある。
2010.05.27
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肥料投入 携帯用のキャンターを持って近くのナフコまで行き鶏糞等を買ってきた。昨年は牛糞を遣ったので、鳥渡替えてみた。肥料の効果は経験済みだ。化成肥料は先日やっている。あとで管理の差が出る。ぼんやりしていたら、すべて手遅れにもなるのは人生にも似ている。日々をどれだけ整理できているだろうか。どうもいけない。段々我儘な性格が顕著になっている。自由な時間があるというのは必ずしも善いばかりではない。人間を間抜けにもする。 ・肥料を遣り過ぎても、少な過ぎても、あるいは遣る相手を間違えても枯らしてしまう。敵を知らないと闘いにも敗れる。気象とか、土壌とか、あらゆる条件が前提にはある。ゴーヤの種から今年は10本くらい芽が出たが、半分以上は出て来なかった。時期が悪かったか、芽の出るところをカットして遣らなかったこともある。何か障害があったのだろうし、こちらに確たる資料がないし、知識もない。行き当たりばったりでは、可能性は少ない。 ・へ2・・・病気を治すのは、殆ど自分の決意で違う。治す気があるかだ。もともと高齢になれば死に易い条件は増えてくる。それと戦う気力がなければならないし、病気になる前から、努力をすべきなのだろう。病気になる人は、もう大半負けている。マイナスを取り戻すのは容易ではない。肥料を遣る時期を間違えては、枯れるしかない。それを何とか誤魔化して長生きするには、のんびりと遣れるはずはない。
2010.05.27
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気になる朝鮮半島 朝鮮半島は、韓国と北朝鮮の緊迫した関係が続いている。来月上旬に釜山ツアーを控えている事もあるが、どうなるか分からなくなった。一昨年の桂林の時は中国で大地震があったし、去年のバンコクの時は、空港の閉鎖の直後だった。今度も、戦争の危機が起きないとも限らない。恐らくそこまではいかないだろうが、想定外のことは起きるだろう。平和に暮らしたいという素朴な願いが裏切られて、戦争や紛争が世界中で絶えないのも現実である。 ・建前と本音を使い分けている社会であるが、情報が限られた処しか聴こえて来ないとなると余計、疑心暗鬼になる。戦前の日本が、いまの北朝鮮ではないだろうか?何をするかわからないという、懸念が国際社会にないとはいえない。国連は、大国のいうままであり、時には強硬な見解が出され行き過ぎもある。多数決が必ずしも正論とは限らないが、意見に従わない国家もある。国際ルールはあってないようなものだ。 ・へ2・・・大国が、国連の決議に従わないこともある。五大国の拒否権というのも問題だ。国連は、利用されているだけでは平和に寄与したとはいえなくなる。朝鮮戦争の休戦違反だということばを聴いたが、まだ朝鮮半島は戦争が完全に終了してはいないことの証だろう。確かに分裂国家のままである。
2010.05.27
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独りで面白がっていても仕方ないが、何が違うかわからないと面白はないだろう。他人と自分との違いはそこにある。自分の関心のあることが他人には見えない。勿論すべて見えてしまっては困るところもあるからほどほどでいいが、解からないから誤解も招く。ひとは壊れ易い生き物でもある。 宮沢賢治の妹に寄せる詩は、切ない詩でもある。死んで逝く者に対するひとの哀惜が籠っていると思う。それほどに触れ合う兄と妹がいるのだろうか。 「おらはおらで一人で逝くもん・・・」 「今度生まれてくるときは苦しまないように生まれてくる・・・」 無念をこの世に残して死んでいった人たちのことを忘れてはならない。詩人は、伝える言葉を残している。
2010.05.26
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<作品>「水族館」「死の素描」「鼠」「窓」 ・昭和5年(1930年)の作品。・資料4枚。 ・「水族館」と「雪国」との関係。・レズビアンの話。谷崎風。「卍」との関係。・母の悲惨な死の影。・谷崎は関東大地震で引っ越した。・堀の「水族館」は、自分の年譜から削除したかった。・芥川の「浅草公園」。「浅草モノ」ブームに乗って書かれた。・谷崎「刺青」。川端「浅草紅団」。堀に影響を与えている。・「糞尿譚」火野葦平。芸術至上主義。・大衆芸能の発祥の地・・・浅草が舞台。現代では唯一、ビートたけしが継承している。 「水族館」 ・同じ年に、川端「水族館の踊子」を書いている。・この作品では、水族館そのものがメインではない。・「雪国」について、三島は、「川端は、胃弱で長編は書けない」。作品の構成が短編の集積。・作品中の「雪中火事」「天の河」から結末まで苦労している。 ・花火とピストルの音。結末。が似ている。・「水族館」は・・・三島・川端作品。文学史の流れから重要な作品である。・芥川・・・鹿鳴館・・・。堀は、芥川の弟子。 ・「水族館」は、レズビアンの世界。女同士。時代性。・谷崎「卍」の痕跡がある。・堀の精神は、寧ろ病弱だが図太い作家であること。世間のイメージが違う。・浅草が舞台になる。当時文壇で流行していた場所。・狂った女。・文中で、「生きてるぞ」と叫ぶ。「雪国」との比較。 「鼠」 ・最近、大学のセンター試験に出た。・中村真一郎は堀の弟子。ロジェカイヨワ「遊びと人間」・遊びのプロセス。遊戯の秘密。・恐るべき子どもたち。・ばらばらになった石膏を集める。頭部がない。・堀辰雄の母のイメージがある。母親の顔。震災で惨たらしく水死したらしい。・メリメ「イールのヴィ-ナス」・鴎外「舞姫」。 ・鼠のようにして、モグラのような遊び。 「窓」 ・芥川「沼地」「蜜柑」。芥川のイメージ。・唯一の「窓」。・無い筈のものが見える。・下絵が浮かび上がってくる。・「芥川と恋人片山広子」の関係のイメージが浮かぶ。・或る人の目を通してものを見る。間接的にみるという堀と云う作家の狙いがある。片山は堀を相手にしなかった。 ・「聖家族」の冒頭。 「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった。」 「死の素描」 ・詩的に書いている.・天使・・・看護婦のこと。・肺を病む患者。「聖家族」のデッサン。芥川の世界。・これは、小説ではない。・愛し合うことが苦しめあうことである。芥川的。・芥川譲りのモチーフ。・脳貧血・・・死の素描(デッサン)。・ドフトエフスキー「てんかん」。・不器用な天使。・詩的に美化している。そして、不注意によって救われる。・「現実を詩化」した作品。実験。言い換えている。・生死にかかわるミスを看護婦がする。そしてその看護婦のミスで救われる。・生活の芸術化。・堀にとって、谷崎の存在は大きい。・苦しめゴッコ(遊戯)。・演技的でもある。・梶井は遊戯をしない作家。堀とは違う面。質の違い。梶井は志賀直哉に近い。・現実と夢のけじめがつかない。・現実をありのままには受け入れられない。江藤淳は批判的な考え。・麦わら帽子。・堀の病気の受け止め方。母の死の受け止め方。実父と養父がいた。 川端の「雪国」との比較。 ・「水族館」の結末。花火・ピストル。どのように結末をまとめるかに迷っている。・「雪中火事」「天の河」。結末に迷っている。川端も同じように迷った。 ・小松葉子が出てくる。 次回は「聖家族」。 P.S.左足が前に出ると右足を出したくなる。生きてることはどこへ向かって歩くことでは ないだろうか。生きることをやめられないようにひとは歩いていかねばならない。
2010.05.26
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新しい発見の旅 自分の準拠枠から離れられないが、旅を続けている。ひとに備わった脳は自分の世界を拡げも狭めもする。私も時々真面目になるが、怠惰でもあり、堕落もする。ひとはその時によって変化する。それができなくなれば自分は無くなるのではないだろうか、とさえ思えてくる。あとのひと善人だ、悪人だと言うが、いつもそうではない。或る時善人であり、悪人にもなる。何でも決めたがるのは社会がそうしたいだけだ。私は自由だとは思わないが、自由でないこともない。それは視点で違いもする。私は私であって私ではない。そういう議論は、できる時とできない時があるだけだ。 ・新しい発見の旅を始めるか、続けるか。それはその人が決めることでもある。多面性をもつ、多様性のあるしゃかいでもある。ひとつの顔で生きていける人はいない。赤ん坊、少年、学生、それから普通は社会人になるが、女性であれば、また違う。ひとも措かれた環境で違いもする。私も相当社会的立場が変わった。そしていつも前向きに生きていたわけではない。挫折もしたし、後退もした。悲観もしたし、病院から帰れなかったかもしれない。 ・へ2・・・旅を続けられる人は幸運なのかもしれない。少なくとも、こうしておれるのは不幸の証明ではないだろう。日々の中で新しい発見をする悦びを味わうことができるのは悪くはない。不幸にならない努力をしなければならにだけだ。遠くまで行く価値があるだろうか?あると信じるしかない。
2010.05.26
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病人と患者 その呼び方で違うものは沢山あるに違いない。例えば病人はこの世に溢れているが、患者は、その中の「何分の1」か、でしかない。病院にかかれば病人も患者になる。医者は、病人は診ないが患者は診る。病人と患者には大きな違いがある。同じ人でも扱いが違う。国家機関も、国民と外国人とではその国の法秩序の下に差別をする。国家があれば、当然国家を形成している構成員とそうでない人を区別するからだ。選挙民と被選挙人とも違う。同じ市民であり、国民だが、人はいくつかの顔を持ち、その呼ばれる名前で違いもする。社会的ステータスで違う。 ・このストレス社会で、病人は増え続けている。子どもも大人もその影響を受けている。赤ん坊から出発して、学生になり、社会人になり、やがて老人となり死んでしまう。その社会的役割によって、そのひとの待遇も違う.寧ろ落差があるというべきかもしれない。そして、その呼ばれる名前で運命も違うからだ。国民が兵士になることだってある。悲惨な最期が待っているかもしれないからだ。 ・へ2・・・この真夜中、風呂に入って来た。喉が渇いたのでコーヒーを飲むことにした。いまそれを飲んでいる。いつもより早く起きたのは、昨夜は疲れて早く眠ったからだ。雨の中を歩いた。別に歩かねばならないことは無い。だが、食後の運動は必要な日課である。私はそれでどうにか健康を維持しているし、それで保たれているQOLがある。他人が聞いてくれなくとも私は喋るだろうし、こうしてブログも書く。病人で終わりたくないからだ。
2010.05.26
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大気汚染の発生源・・・アメリカでは、テレビで汚染の状況を知らせてもいるらしい。 問題は、 極小粒子の人体への影響だ。人の肺の奥まで入り込んでくる。肺胞に極小粒子が付着する。 ・炎症-肺胞損傷-慢性呼吸器症-喘息。 ・毛細血管-毒性物質の流入-血液粘度増-血管収縮 ・人の肺は、酸素を吸い炭酸ガスを出す。 ・地上のオゾンによる影響。胡瓜の葉が汚染で白くなる。写真添付あり。 主要な大気汚染事例 ・1930 Muse事件 ・1946 LA Smog事件 ・1946 横浜喘息 ・1948 Dorona事件 ・1970 東京 Smog事件 <自然発生源> 火山爆発、大規模山火事、黄砂、植物による炭化水素の発生源、花粉。アレルギー発症。 春に木、秋に草による花粉 <人工発生源> 家庭の暖房、製造による汚染、自動車の排気ガス、ゴミ焼却、火力・ガス発電による汚染。 ダイオキシンの問題。 生活の中で発生している極小粒子が人の肺の中に入り込んでいる。 殊に、Road Particles が問題。 ・排ガスだけでなく、道路のアスファルがタイヤによって削り取られ空中にまき散らされる。 ・タイヤの摩耗。 ・排ガスが太陽の熱で変化する。 自然から発生する土地や海などの極小物質は無害だが、人工的なものは有害になる。 <室内空気汚染物質> バイオエアゾル 粒子上物質、ガス上物質、微生物、その他騒音、放射線。 コピー機や事務用品などによるオゾンが人体にどのような影響を及ぼすか?
2010.05.26
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今日の記録(5-26) ・起床 3;20 ・気温 16℃ ・天候 曇天、強風。 ・歩数 25,618歩 (距離 略 18km) ・月累計 661,331歩 (距離 略 463km) ・体重 52.2kg ・血圧 115/58 ・摂取カロリー 1,800キロカロリー(22.5単位) ・BMI 18,5 途中で雨になり、ウオーキングを中断して来た。残念。天候不順が続いている。
2010.05.26
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