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自分らしく生きること、相応しくしぬこと。それほど身近にしを感じている訳ではないが。こうして、朝起きて、朝食の準備ができて、自分の目標にしている自己管理に記載する数値目標が達成できていると鳥渡達成感もある。そして、睡眠も充分取れたし、何とか平穏に一日がスタートできそうだという。そうした感情が好きだ。今月下旬のツアーを控えているし、ここまでこれたこととか、今年を越えて、来年を迎えられそうだという感謝もある。 ・その悦びをどれだけつたえられているだろうか。歪んだ心が内在していない訳ではない企みのある社会で活きている。向かうところがどんな世界だろうか。それ次第でもある。この時代というのは、ある軌跡の中の瞬間でしかない。私たちは知っている。今という時間の一周の刹那でしかないことを。 ・へ2・・・みなさん、人生を愉しんでいますか。突然問いかけても仕方がない。自分の時間は他人には視えているようで、見えてはいないのだ。窓をかけていても風くらいしか入ってはこないだろう。自分の耕した畑に花を咲かせるしかない。アプリボワゼ。自分の記憶の磐に刻んだ夢の絵を思い浮かべるだけの心だけ以て・・・。
2010.10.31
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<作品> 「女神」、「フォス・フォレッセンス」、「朝」、「斜陽」、「おさん」・敗戦のあと太宰は死に向かう。マタイ伝に触れる。・アウフへーヴェンすること。・「斜陽」天皇制とのつながり。外側から見ていてはわからない。「斜陽」は「桜の園」ではない。太宰は革命ではなく、解体に向かう。・解釈が安易ではない。MCの解釈。太宰と聖書。・母なる存在。「女神」、・細田の「斜陽」と同じ、人名を使っている。・細君の姿・・・女神。信仰の世界?アナロジー?母なるもの・・存在。・男性がだめになる。病んでいる。・男に欠落したもの・・・女語りの意味。・狂人であろうとなかろうと構わない・・・細君の考え。常識を超えている。・細田は、敗戦後の日本の姿を象徴している。「フォス・フォレッセンス」、・女神から続いている観念がある。母の存在。・現実と夢想。・フロイト。・私・・男。・それが・・・何かを太宰は云わない。全部を言わないで書いている。親友とは?・羽左衛門・・・についての太宰の考え。・芸術家と市民(太宰の生涯のテーマ)トーマス・マン、森鴎外。・「トニオ・クレーゲル」の影響がある。市民になれない・・トラになる。芸術家はトラである。心の中に虎を飼っている。市民にはない。・正気と狂気。・・天才と才能。ある種の異常さ。・漱石・・時々、顔が変わる。・太宰の狂気はこれとは少し違っている。・山の男と芸術家は相似している。街には住めない。・当時の知識人は太宰を信用しない。 そこで市民の存在。・ロマン主義者でありたいという太宰の理想がある。リアリストではない。先鋭的なクールさ。意外に現実家。未だ夢想の側にいる。「朝」、・夜の次の朝の意味。・男の仕事。・「・・・キクちゃんは、じつとしていた。」瀬戸際が去っていく。そして朝になる。・貴婦人が、平気で小便をする。「斜陽」にモチーフがある。・バイブルが出てくる。難事を乗り越える。・「明り」が出てくるのは要注意。 「斜陽」、・「弟」・・・世間と交渉できない。交渉が下手だという。太宰と同じ。・敗戦後の日本の姿を描いている。・「象徴」がわからなければ芸術を理解できない。母・・キリスト・・襟巻・・うけつがれること。第三章が冒頭は、母子像に重要性がある。・「水田が素晴らしい。」当時の太宰の意見は正しい。現在の日本を言い当てている。・数子の胎内の子が問題。継承されるものとしての存在。・太宰の「空」は象徴的表現。「青」梶井基次郎もおなじ。・「趣味の悪い家」・「バラが咲いた」、も象徴的。・「国破れて山河あり」は、中国では、敗戦ではなく、離散することの意。・堀辰雄「あら野」・・・数子の心象。夢が破れていく。・太宰の「怪談好み」・・・蛇が出てくる。・冒頭の貴族の書き方がうまくないと批判された。母の姿が貴族ではない。・貴族の没落。「細雪」「桜園」「ともしび」・弟の麻薬中毒。没落の原因。・「私の恋は消えていた」自分の思いが重要である。片恋。相手の恋はどうでもいいこと。・尋常なモラルでは成立しない。女しか革命は起こせない。自分の子によって。MCの意味。マイ・クライスト。肉体としての子ではなく、精神としての子。没落した家の子ではなく、数子の子として継承するため。子供にすべてが託される。・ピエタのマリア。・数子と直治は象徴的存在として書いている。太宰のロマン主義。・蛇の子・・・まともな子ではないことを匂わせている。・西行の「桜」・・「夏の好きな人は、夏に死ぬ」という。・徒然草の引用がある。「おさん」・女語り。・心中。・自己嫌悪。革命家の犠牲になる。・おさん・・妻の比喩。・細君から見た夫。敗戦後の日本の男の姿。・遠いところを見る夫。魂の抜け殻。・「革命は、平和な家庭を破壊する」・招魂祭とパリ祭。・蛇のモチーフがある。・狂気になる夫。(太宰のこと。)「狂ったほうが、気が楽だ」・家庭の幸福を考えていない夫。・テーマ上で「斜陽」に近い作品。レイルモントフ・・・悪魔・・侮辱
2010.10.31
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<作品>「トカトントン」、「メリイクリスマス」、「母」、「ヴィヨンの妻」、「父」・太宰は、へそ曲がりなので、へそ曲がりではないとわからない部分がある。・「献身」・・聖書・・鴎外・・女性が主題。女語りの存在がある。・太宰は市民の側にいない。・「ちりとてちん」は、師匠は生きるのが怖い・・太宰を連想させる。<トカトントン>、・心象風景・・太宰。ある心理状態をさす。危ない心理。わかることが寧ろ怖い。・危ないサインを送っている。・「マタイ伝」第十章。表面的な理解ではない。・聖書「34 われ地に平和を投ぜんために来たれりと思ふな、平和にあらず、反って剣を投ぜんために来たれり。・・・」 (革命的思想がある)。・キリスト教には、「逆説的論法」がある。 ・戦後の虚脱感がある。 ・プーシキン・ゴーゴリを太宰は愛読した。 ・どう生きたらいいか。内容に包含している危険な思想。 ・単なる生きものとしての子ではない。 ・自殺願望のない作家は信用しない。という見解の作家さえいる。 ・太宰は地獄を見ていたので、「戦争は怖くない」。荒野ただひとり立つ。作品のなかで繰り返しも表現されている。何物を来るのを待っている。・(太宰)時として女になる。 ・当時の青年層には通じる観念があり、理解できた世界なのではないか。 ・明日がない。すぐに、熱が冷める。一時期こういう雰囲気が当時あった。・太宰の聖書理解には問題あり。「メリイクリスマス」、・敗戦後の風景。東京は変わっているだろうと思っていたが変わっていないという太宰の感想を書いている。太宰は変わらないのが異様だと言っている。不気味な異様さ。・「人間は、親子でもお互いに張り合っている」・母は「広島で死ぬ」。一種のシンボル化した意味がある。・主人公はシズエ。表に出さない。沈黙の重さ深さを書いている。・太宰の作品は、自分に還ってくる。・ビートたけし「戦場のクリスマス」の作品は、この作品を読んでいたのではないか。・日本人の戦後のすり抜け方のひとつがある。「母」、・戦後。田舎の宿屋。色を売る女の恥じらい。・襖の向こうにいる。・母というものの存在。母ならぬ母。「ヴィヨンの妻」、・女語りの作品。・ヴィヨンは、泥棒詩人。・太宰そのひとのことではない。誇張して書いている。・マタイ伝10章。(34節以降が重要。)の引用の意味。・自分の肉親を不幸にすることに対する罪悪感がある。・作品を書くために家庭を壊そうとさえする。・太宰は生まれた時から死ぬことばかりを考えている。・すっきりわかるようには書いていない。・作品は、太宰自身とずれながら重なる。自分でもわからないまま死んだ。・太宰は中也を本物だと思っていた。
2010.10.31
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雨の中を歩いてきた。多少ウオーキングもマンネリになって来た観がある。あと今年も2カ月になったが、工夫をしながら愉しく歩きたいと思っている。 2010年10月最終歩数実績 年月日 気温 起床 歩数2010/10/1 金 18 2;35 24,1312010/10/2 土 20 3;55 31,1222010/10/3 日 24 5;10 20,6132010/10/4 月 17 3;55 22,5362010/10/5 火 19 3;10 23,6472010/10/6 水 17 4;05 25,4012010/10/7 木 15 5;10 23,7022010/10/8 金 19 3;50 12,8392010/10/9 土 19 4;20 24,6682010/10/10 日 21 3;35 22,4242010/10/11 月 20 2;55 22,3422010/10/12 火 18 3;40 23,6532010/10/13 水 19 4;25 24,0052010/10/14 木 15 2;55 21,1192010/10/15 金 18 3;17 22,6742010/10/16 土 14 3;15 23,8412010/10/17 日 13 2;55 24,9172010/10/18 月 14 3;45 21,9182010/10/19 火 16 4;30 20,8102010/10/20 水 18 2;15 20,7122010/10/21 木 20 2;38 22,3152010/10/22 金 20 3;10 19,6562010/10/23 土 18 3;55 25,2162010/10/24 日 21 2;21 17,4032010/10/25 月 21 5;50 22,6882010/10/26 火 19 2;55 24,0692010/10/27 水 11 4;20 25,1152010/10/28 木 9 2;05 25,8152010/10/29 金 14 4;25 23,3332010/10/30 土 15 5;20 26,2112010/10/31 日 17 2;51 25,533合計 714,428年月 歩数 日数 平均2008年4月 258,124 15 17,2082008年5月 461,505 31 14,8872008年6月 454,828 30 15,1602008年7月 492,053 31 15,8722008年8月 479,175 31 15,4572008年9月 607,612 30 20,2532008年10月 635,399 31 20,4962008年11月 562,374 30 18,7452008年12月 629,723 31 20,3132009年1月 628,603 31 20,2772009年2月 587,391 28 20,9782009年3月 700,366 31 22,5922009年4月 686,126 30 22,8702009年5月 704,517 31 22,7262009年6月 610,392 30 20,3462009年7月 646,126 31 20,8422009年8月 655,742 31 21,1522009年9月 682,647 30 22,7542009年10月 749,592 31 24,1802009年11月 682,170 30 22,7392009年12月 683,681 31 22,0542010年1月 675,525 31 21,7912010年2月 637,727 28 22,7752010年3月 735,903 31 23,7382010年4月 778,075 30 25,9352010年5月 814,547 31 26,2752010年6月 780,407 30 26,0132010年7月 748,643 31 24,1492010年8月 733,665 31 23,6662010年9月 706,656 30 23,5552010年10月 714,428 31 23,046累計 19,923,722 929 21,446
2010.10.31
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<作品>「竹青」「惜別」「お伽草紙」(瘤取り・カチカチ山・浦島・舌切雀)、「パンドラの箱」・敗戦をまたぐ形で書かれている。ジャンルが違うものを書いている。(3つ) 「竹青」・中国人に読んで欲しいと書いた。・神女に出会う話。・神の試験には合格した。信じる力。説明し難い情熱。冒険の矛先は世間に向けられている。・太宰は世間嫌いだが、そこに入っていかなければならないと言っている。 「惜別」・魯迅(ろじん、簡体字表記:?迅、ピンイン: (1881年9月25日 - 1936年10月19日)は、中国の小説家、翻訳家、思想家。本名は周樹人(ピンイン:Zh?u Sh?r?n)で、字は豫才。ペンネームの魯は母親の姓だという。浙江省紹興市出身。左翼作家連盟を結成し、その指導者となる。死ぬまでマルクス主義を擁護した。4歳下の弟にやはり文学者・日本文化研究者の周作人がいる。代表作に『阿Q正伝』、『狂人日記』など。・なお、仙台医専時代の魯迅を描いた作品に太宰治の『惜別』がある。この「惜別」ということばは、仙台医専時代に、魯迅に個別添削を授けるなど何かと気を配っていた恩師、藤野厳九郎が最後に魯迅に渡した写真の裏に書いたことば。藤野との関係は、小説『藤野先生』にも書かれている。・太宰の中国観・魯迅論。・キリスト教の問題。・藤野先生の信じる力。・結論魯迅は太宰が協力した。(太宰は非合法活動していた)を念頭に置いている。・アヘン戦争。日本はそこから学んだ。・革命より文学者になった。・竹内よしみ・・・太宰の魯迅観を批判している。虚無主義者ではない。 「お伽草紙」・アンデルセンのように書いた。・桃太郎を書かない。ことを断っているが、「反桃太郎」として触れている。日本一の鬼退治。桃太郎の拘り。・ことは単純には書いていない。・鬼畜米英。鬼・・・これを意識した?米軍の統制に配慮した。S20年で微妙な時期に出版した。検閲があった。・「こぶとり」・性格の悲劇。善悪ではなく。宿命が根底にある。・自分の文壇の位置。生い立ち。・利己主義・「家庭の幸福」。官僚主義。・酒と孤独。太宰は自分の思いを書いている。・お爺さんの捉えかた。童話ではなく大人に対して書いている。 「カチカチ山」・あまり説明の必要のない残酷な話。・グリム童話の話と同じで残酷を描く。・うさぎは、なぜネチネチ虐めるのか。(女が・・)・16歳の処女が残酷であること。・太宰は(うさぎ)16歳の少女の側ではないか?・男女関係についての太宰の考えがある。そういう読み方をする必要があること。 「浦島」・万葉の話・・日本のこの昔話を軽く見ていない。最も古い説話である。・他のはなしより長い。大事にしている。月の世界が海底になっている。・竹取物語との類似性。・「太郎」・・長男。冒険しようとしない。宿命だと太宰の身に代えて書いている。・亀の生きる流儀。・冒険・・信じる力。太宰の受け止め方。・亀の宿命と、人間の宿命の違い。・遊びこころ・・・子供も同化しうるもの。・兼好のことば、「やってみる」。「馬鹿のマネをするのは馬鹿だ」。・文中に、「蒼穹」(梶井基次郎)が出てくる。・竜宮・・・宮廷文化を想像している。静かな世界。 「舌切雀」・日本人はどんなストーリーか知っている。・男対女。・原作とあまり変わらない。本当のことをいう。世間はうそばかりついている。ということに太宰の本音がある。」・色恋沙汰には同情しない。・自他共にわからない情熱があるという。・何故おとぎ話を書いたか。 「パンドラの箱」・玉手箱とパンドラの箱。その相違。玉手箱には余韻がある。・「人間には絶望という事はありえない。人間は、しばしば希望にあざむかれるが・・」。・終戦の日。・無理に死に急ぐ人には気取りが多い。・実話がある。日記がある。・軽み・・・の問題。時間切れ、今日は会議があるので、「パンドラの箱」、「竹青」、「惜別」について、次回でフォローしますとのこと。(教授の弁)<作品>「庭」、「親という二字」、「嘘」、「貨幣」、「やんぬる哉」。 ・前回の説明追加。田中貢太郎訳「聊斎志異」 竹青のヒミツ。・「惜別」魯迅の文学的側面を太宰は書きたかった。文学は役に立たないと太宰は考えていた。献身。エゴイズムに対する献身に興味があった。高貴な精神を言っている。古典の精神にあこがれている。「おのずから・・・」憧憬。実朝・・孤独。太宰の心情。太宰の視点がある。私心をすてること。文学は柔弱。無用の用。魯迅に託して太宰の考えを述べている。・ただ一つのことに専念する。太宰は文学。それが文学だと思っている。「おたく」であること。ゲームの名人・・・こどもが感動する。・・・専門家に通じている。・「パンドラの箱」敗戦をまたいで書いている。一つの作品が太宰の心情がある。冒頭に書いてあるものが20年1月に書いているかどうか。疑問がある。戦争の中が「パンドラの箱」になる。新しい船出の意味が、何を意味するか。絶望とは敗戦のことか。めちゃくちゃに仕事をする。・・・太宰は戦時下の方が仕事をした。危機がもたらしたのではないか。戦時に光が、平時では光らない。太宰の「坊ちゃん」と言われる。竹さんの存在。・鈴虫・・・竹さんの比喩。うわべを超えていく。・太宰自殺。藤村も同じ。「燈台」「夜明け前」象徴的なテーマを扱っている。・新しい時代観を持とうとした。しかし2年間で逆戻りした。・折口信夫「水中の友」・・・・「魚服記」との関連。・水の中の死。・・・白鳥の伝説。海(水)と空は、おなじだという観念がある。書き換えること。・漱石「水底の感」・すべての観念が繋がる。天も海も読みかえることができるという思想。色々な思想が繋がる。・小林秀雄「無常という事」(プリントあり)・・・太宰が引用している。「パンドラの箱」の中の「死生」が同じである。・レッテルではわからない。真の価値とは何か。「源氏物語」は有名だからなのであり、良い作品と感じて読んでいるのではない。見かけに踊らされている。・「竹青」と「魚服記」は書き換えであること。伝染する。・「健康道場」・この「パンドラの箱」はじっくり、読み直した方がいいと思う。・「庭」・・・家庭の意味。故郷には入れたれないという太宰の表象。故郷を忘れかねている。・太宰は、利休が好きにはなれない。濁っている。兄の存在。・しかし太宰は綺麗ごとを書いているのではないか。「嘘」・・ではないのか。・太宰の屈折した考えがある。・「親という二字」・・親という2字と無筆の親はいう。・戦時下、の話。娘が死んで親を助けている。 「嘘」・「男は嘘をつくことをやめ、女は慾を捨てたら、新しい日本の建設ができる」・作家のつく嘘は虚栄ではない。それと違うものがあるのか。きれいに色分けできるのか。見方の違い。「仏は見る人によって変わってくる。」小説はフィクションである。あるがままではない。筆を通して別の物を書いている。文を書いてこそ作家である。世間の人のうそと作家のうそは違うといいたいのだ。 ・自分の胸中に濁っているものがある。ぼんやりとした。濁りのないものが嘘でないものだという。・人間も風景であるという考えとは違う。(太宰・西欧の思想)・「めくら草紙」との連関。・太宰は、多くの作家から盗もうとした。嘘を描こうとする。それが誰もが許容できるかどうかである。どのようなウソになるかである。虚栄や見栄は許せない。・書くのが苦しくなったのではないか。戦時下の方が描きやすく、平時では自殺したのではないのか。 「貨幣」・お札が主人公。人の手から手に渡る。爆撃を受けている有様をかいている。戦争観。以心伝心。鴎外の「ごう光」とおなじ。読み直すこと。・感染する・・・精神が感染する・・・ミームのこと。・女語り。 「やんぬる哉」・疎開中の生活。都会と田舎。太宰は両方を知っている。
2010.10.31
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視点で違う世界それこそ個々人は違う世界にいると言えなくもない。多様性の生物である。各々ドラマテックな人生を活きている。同じ兄弟でも親に対する感情さえ違うのだから、人生を面白いと感じるか、悲惨と思うかも大いに異なるのだろう。恐らく戦争でさえ皆が同じ感情を抱くのではない。異教徒を殺してしまえ、もあるのだ。それが正義にもなった。反日キャンペーンも否定しない国家が在る。一方で互恵関係をいうのだから、ことは単純ではない。共生しなければやっていけない生命活動もある。 ・国家のエゴも、国益という美名のもとに肯定される。必要悪がいわれるが大抵ためにする論理でしかない。違うというから違うのかもしれない。実は同質のことを違うと言っている事もある。皮膚の色がどうであろうと同じ人間であり、男も女も性が違うが同じ人間だ。アメリカ人も多民族の坩堝でしかない。中国人も50ある多民族国家である。同じ日本人でも、男と女の世界は違い、学歴や出自が違えば違う世界でもある。まして異文化の世界では、その考えも多いに違うだろう。人の一生は、ひとつの宇宙を活きて燃え尽きる。 ・へ2・・・もし、トルコに産まれていたら、日本人の私のこれまで学んできたことの常識は通用しないに違いない。殆ど、世界観の違うスペースを活きていくことになるだろう。社会的ステータスで意識も違う。それが幸福かどうか分からないだけだ。満足するかしないか、その時措かれた環境で感情も相違するだろう。将来に不安を感じながら、コンパスのない人生を活きてきたのだろうか。後悔しない人生はないだろうが、自分の人生の、その意味を見出して行くことは1クールが終わるまでつづけなければならない。>和白干潟
2010.10.31
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銀杏の実遠くて実がなっているのかどうか、よく解からなかったがやはり銀杏の実だった。まだ小さいので、鈴生りになっていたのだろう。銀杏の実が落ちているのはよく見るが、こういう風景は初めてだ。ゴルフ場の周辺を歩いていて見つけた。前の写真の柿の実も自然に落ちていた。近くに蜜柑畑もある。自宅から、100m も離れていない場所にある。どんよりと曇っており、少し雨も降ったようだ。昼から雨になる予報である。 ・娘の友人が、魚を釣って彼氏と一緒にお裾分けに来てくれた。先日のコンサートのとき、私に挨拶をしたいと言っていたイギリスに留学した女性である。綺麗な女性なので驚いた。評判通りのようだ。私は前唾だと思っていたが、話して見て人柄も良さそうだった。態々、西区の前原の方で釣った魚を、東区の和白まで届けてくれた。 ・へ2・・・娘は、彼女のお宅に何度も泊めて貰っている。留学した先から、珍しいものを送ってくれたりした。裏表のないどこかさっぱりしていて鉄火肌の玄界灘の匂いがするひとだ。小アジが、今夜の夕食のおかずに為りそうだ。そろそろ銀杏の色づくころになった。
2010.10.31
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眼のさきの倖せあるのに知らないというのは哀しいことだ。他人から羨ましがられるような幸運なひとが不幸だったりするのは、人間の心持でもある。当然だと思うようなことが意外とそうではない。水も空気も、家庭も、そして家でさえ。何か足りないものが在ると、そればかり考えてきたところがある。青い鳥なのだろうか?創られたイメージが先行して、素直な自分の心を見失いがちだ。人はみな同じではない。成長の速度も違うし、自分を活かすのは容易ではない。 ・社会が期待した人間になろうと努力しても、切り捨てられる人たちが大半だ。期待されない人間が出来てしまう社会システムが出来上がっている。いま科学の恩恵を受けていないひとはいないだろうが、社会から切り離されている人びとが居るのも事実だ。人を人とも思わない人が居るのは社会が創り出した。鳥渡仔猫を見ようとデジカメを持って外に出たら、つい周辺を歩いてしまった。 ・へ2・・・外に出て歩けばなにか発見できる美しい造形がある。私たちの物理的な眼が視ているものは、再生され脳でイメージしている。創り出されたものだ。人間は幸福でさえ自分の脳で創り出すのだ。そして不幸も同じだ。60兆の細胞と100兆の微生物が共生し、人間は動いている。眼のさきに愛するものや美しいものをそう創作する能力が備わっている。幸せを作るのは自分自身である。
2010.10.31
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<作品>「雀」、「たづねびと」、 「薄明」、「親友交歓」、「男女同権」戦時下の疎開中の出来事が中心。「雀」、・冗舌がなく描写が適確という評価がある。・親の目が忘れられない。娘を傷つける。・殺伐とした人間の心理。戦争が背景にある。残忍さ。・人間の深層心理。スズメを撃つように娘を撃つ。・いきなり撃つ。現実性。瞬時のこと。表現のうまさ。人間は一変しないという太宰の普段の考えと違うことを書いている。辻褄が合わないことを書く。・「戦争がいやになった」戦争によって戦争がいやになったのではなく、女を撃っていやになったと書く。・太宰の戦争に対する思想。常人とちがう視点をもっている。太宰は戦場に出ていないが、その心情を上手くとらえている。「たづねびと」 ・くせものの作品。・二人のコントラストが問題。・目立つようにくだものをもっている。・太宰の女性への心理をつかむのがうまい。わざと関心を示さない。・太宰のデリケート。女の心理を知っている。好感をもたれる。・「・・・天からきこえました。」・・・みかんのパクリ。奇跡。宗教的表現を使っている。・「ぼんやり・・・」は、ぼんやりではない。重要な意味をもつ。・夕焼けに映えて森が真っ赤に燃えていました。(比喩)・・・私の心理。象徴的表現。・好感をもつ。その人に逢いたい。一種のにくしみ。「あの時の乞食は、私です」あまりにも自分が惨めだという意味か。・・・色魔の問題。・「美少女」文末で悪徳物語という。「にくしみ」は悪徳を指している?・太宰は何を言いたいか?太宰の心情について。好感がもっている。燃えている?恋心。しかも、妻の前で・・・の恋愛感情。どうも単純には理解できない不思議な文章・・・「美少女」。「薄明」、・昭和20年4月。妻の実家の甲府に疎開した。爆弾と焼夷弾の違い。寧ろ一瞬で死ぬ爆弾が怖いと書いている。一番酷い時期の話。甲府も爆撃された。・彼の作品には長男の話が出てこない。触れないのは障害者か?・「太宰は無頼漢」と世間には思われていたなかでの、太宰の心情を吐露している。・明るさは滅びの美しさ。・「薄明」のタイトルの付け方が太宰は上手い。単純ではない。・津島家の存在。自然主義ではない。深刻と滑稽の両方あったほうが深い。まじめさだけでは、浅くて駄目。・疎開は生き延びることで、太宰の「死にたい」思いとは矛盾する。しばらくという意味。西郷、乃木とおなじ。普通の太宰ではない。非常時・・まともな時代ではないのが太宰には生きやすかったのではないか。自分が目立たない。・太宰は周辺を軽蔑していた。・無心さ・・無残でもある。・ひとの子の親としての心情。・右大臣実朝との関連。「親友交歓」、・「威張るな」相手は、太宰が軽蔑しているのを見抜いていた。そういう自分を書いている。・他の作品に比較して、ずばぬけている作品。・いやな男。・神崎与五郎。木村重成、茶坊主。イヤミなキザなものしか感じない。・太宰の視点は違う。・鴎外の最期の一句。「お上のすることに間違いはないのですから・・・。」・相手は鈍感な男ではない。軽蔑されていることが判っている。・皮肉な一面。「男女同権」・皮肉に書いている。逆の評価が考えられる。太宰の考えがどうか。・民主主義。の意味。・太宰自身のことではない。・「にんじん」の母は、にんじんに対してだけ意地悪であること。自殺まで考える。あれは実話だった。父は自殺や母も事故で死ぬ。現実は悲惨であること。・きれいごとではないか現実。・陽の当るところだけの、「男女同権」である。実態とは違うというこということをいいたい。・女にはおそるべき残忍性があること。・言論の自由。・太宰と女性とのかかわりについて、うそとフィクション。当時の発言としては異彩を放っている。・戦後の太宰の視点。次回もう少し掘り下げること。<つれづれ草> 第117 友とするに悪しき者七つあり ・ひとつには、高く、やんごとなき人。ふたつには、若き人、三つには病なく、身強き人、四つには、酒を好む人、五つには、たけく、勇める兵、六つには、虚言する人、七つには、欲深き人。
2010.10.31
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<作品> 「十五年間」、「未帰還の友に」、「冬の花火」、「苦悩の年鑑」、「チャンス」、「春の枯葉」・戯曲は2作。戦後の作品。この時点でなければ書けないことを書いている。戦時中には書けなかった。戦後の文章であるという特徴。この時期の太宰の評価がされている。・太宰は、盗み方がうまい。「たづねびと」・・「みかん」のパクリ。・近代文学は、すべて比喩である。そのままを書いていない。「十五年間」、・津軽の百姓。「津軽通信」との連関。単なる自然ではなく、自分に繋がっているものの存在。そのことを太宰は気づいている。津軽に生まれたコンプレックス、何故彼はそう思ったのか?・太宰は、文壇サロンを否定する。サロンから孤立していた。・<献身、エゴイズムの否定、隣人を愛する>・「津軽の拙さ」、津軽気質。文化人ではない。文章で書いていること、と太宰の心と一致しない。・太宰の文化とは?・サロン(集団)・・・疎外感と孤独(太宰)サロンを認めない。津軽気質と太宰の内面の不一致。「未帰還の友に」、・徒然草の関連。友にするに悪しきものとは。<健康で強い人は弱い人に同情ができない傾向がある。酒を好む人。虚言する人。兵隊。慾深き人。など>自分が如何に悪しき友であるかを書いている。・太宰の小説は、逆説的に読む必要がある。・慾深き・・自分のこと。・未帰還とは・・・戦争で帰ってこない友人(戦死)と太宰の自責の念。・ざッざッざッという軍靴・・・音に敏感。・酒が飲みたい。卑しさ。「冬の花火」、・評価が高い。「春の枯葉」よりも。・小説はある意味みなワンパターンである。・戦後風俗の批判。・持ち上げて落とす・・・義母(あさ)のことは、太宰の結末への拘り。・あさの浅はかさに対する・・・評価。ただ希望だけでない。させない。時代が変わろうとも変わらないという意味にも取れる。太宰は、あさ(義母)にシミをつけている。「苦悩の年鑑」、・私は天皇が好きである。天皇の「人間宣言」に対する太宰の考え。言動が一般人と違う。・「十歳の民主派、二十歳の共産派、三十歳の純粋派、四十歳の保守派。」・津島家の息子としての立場。名家の生まれ。・太宰の後世の評価される点。昭和21年には、ぶれていない。・太宰は、自分のデモクラシーの概念をもっている。・・・そして、新しい思想とは?・浄土真宗。漱石は、革命と言っている。親鸞は考えを大きく変えた人。逆説の人という意味で、太宰の考えに相似する。漱石「こころ」・個人の歴史が重要だという。P768下段。・俗物批判。「雨後の筍」のような思想を信用しない。・「ギロチンのない革命は意味がない」・・・落伍者としての立場で書いている。・中野重治の存在。・「・・・更衣の季節で、オサダは逃げながら袷をセルに着換へた」・天皇に対する一般人の見方が違うという。「チャンス」、・恋愛にチャンスはない。(漱石は、違う)・太宰は、チャンスではなく恋愛は、意志だと言っている。・戦後の広がった風俗に対する批判。・片恋・・ストーカー的存在。・背後に「徒然草」がある。155段。「春の枯葉」・善悪の彼岸・唐人お吉の話、戦後の売春婦の存在。・戦前の話(国民学校)。の体裁を取りながら、青い目の外国人と唐人お吉を重ねる。・菊代・・アナーキー的思考。菊代的生き方が生き残る。光を当てている。野中と菊代の生き方・・・太宰の考えがある。・「あなたを待っていたんじゃない」・田舎だけでもない太宰。但し田舎を知っている。・「現金があるかないかで、物事を決めるのは田舎である」。・戦後を、はっきり割り切っては書いていない。・次回の「たずねびと」に今回分につながるものがある。複雑な感情。自分の惨めさ。純粋かどうか。
2010.10.31
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私の時間自分を続けること。自分らしくあること。考えてみたら、このコンセプトも怪しい。自分がこの葉の如く浮遊し動くからだ。「自分」という存在は不確かなものでもある。いい加減であり、そうでない時があるだけだ。いま大事なことだと思っても何か起きると、一変する。朝と夕方と1万歩ずつ、一日約15km歩くことを日課にしている。雨も降るし、これから寒くもなる。それでも平均で毎日そのノルマをつづけて30カ月になる。まあ、続いている。わが人生でこれほど熱心に続いたためしはない。 ・ここ数年、夜の睡眠は3時間くらい。免疫異常の原因は恐らく睡眠にあると思う。最近は、5時過ぎ朝食 7単位。6時ころから一時間ウオーキング。帰宅して寝る。9時ころ起きて、午前中はフリータイム。12時に必ず昼食 7単位。娯楽タイム。講座のない日は、14時から昼寝約2時間。フリータイム。18時から夕食 7単位。一日の摂取カロリーは、1800キロカロリー。19時から一時間ウオーキング。シャワーをしてフリータイム。その間随時ブログをしている。 ・へ2・・・別にどこに行かなくても、自分の一日のノルマを熟していれば満足何をしなくても文句はない。予定を入れると却って気になる。今月は、どうもしまりのない一ヶ月に為ってしまった感じだ。来月は、学園祭や、トルコツアーもあるので、気合を入れて、できるだけウオーキングを休まないようにしたいと思っている。
2010.10.30
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おまえから先にやれ! COP10「名古屋議定書」も国家エゴが優先した論理から抜けられなかった。「おまえから先に減らせ!」の人間の弱さを露呈した。国際社会は、核戦争さえ起りかねないエゴイズムを抱えている。それは他国を信用しないからできない。自爆テロにせよ、独裁国家にしろ、一つ間違えば、破滅への道にもなる。これだけ地球温暖化が、地球の危機を誰もが認知しながら、成果を得ることが出来ないのだろうか?思えば共通の利益がないのではない。生きるという前提の条件さえ共通の理念に為らなければホモ・サピエンスの資格はない。懐疑主義が続く限り問題の解決を引き出すことはできない。 ・先日、「日本人はもっと自信をもて」、というイギリス紙の記事が出たが、日本経済の斜陽の中で、日本には、未だ他国には負けない、国民皆保険や、インフラ、長寿、安全などあるではないか、自信を持ってできることがあるではないか、ということらしい。少し小恥ずかしい話ではあるが、成程、拳銃をもって暮らさなければならない国とは違うし、徴兵制度もない。どこの水道の蛇口からも人が飲める飲料水も出る。数え上げればまだいくつもある。問題がないわけではないが、一応安心してそれほど警戒せずに眠ることもできる。 ・へ2・・・自爆テロが起きてはいない。過去あったような、軍事力を背景に他国への侵略や強制もしてはいない。国民に安全や自由を保障できないほど恥ずべきことはない。それは政治体制が脆弱だからできない。国民大衆の善良な意識を信用できないからだろう。国民に不安を与え、安心して暮らせるだけの生活を保障できないからできない。必ずしも、華やかな国際舞台に立たなくとも、穏やかに暮らせる社会に為ることが、寧ろ一般国民のねがいであろう。>博多湾東部
2010.10.30
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・柿右衛門磁器の背景には有田焼の現況があったわけで、時代の変化に対応できなければ生き残ることはできないということを痛感させられます。いま商品の差別化とか新商品とかイメージの開拓とかというテーマで取り組んでいるわけですが、必ずしも競争力や将来性が明るいとはいえない。それは一言でいえば、そのスケールにあるのではないか。それだけの人材や環境が整っているかでもある。美しい陶磁器も貴族隊が贅沢品として愛好していた時代とは違ううからでもある。新しい価値を生み出しうる下でもあるだろう。 ・へ2・・・有田焼は「究極のラーメンどんぶり鉢」として商品しヒットしたとの話だったが、私はまだ手に取ってみたことがない。いま「至高の焼酎グラス」が作られ、やがて「至福の徳利と盃」が販売予定だとの話だった。少なくとも大学の調査によると有田陶器の基盤は脆弱でしかなく先行きも明るくはない。このまま消えていくのだろうか。世界一流の柿右衛門様式の磁器の世界が生き残ることができるのか。自然淘汰されるのだろうか。 ・ふとマホメット軍の強さを思い出した。ジハードという宗教的モチベーションを背景とした蛮勇のほかに、戦闘員は敵のもっているものを分捕って自分への正当な報酬にしたといわれるその利得への強い欲望も彼らを勢いづけずにはいなかった。10年間に70回ほどメッカ軍と戦ったのだ。死を恐れない彼らはメッカ軍に対して圧倒的に数が少なかったにもかかわらず勝利したという。630年、マホメット軍は2万人の兵を連れてメッカに入り、住民をすべて改宗させた。2年後、マホメットは63歳でメディナで病没した。彼には男子の子供がいなかったので後継者問題が起き大きな分裂となった。そのときシーア派が生まれた。イスラム教は東方世界の殆どを軍事力によって制圧した。 ・へ2・・・何を武器として戦うかでもあるだろう。時流に乗ることができるかでもある。大なり小なり、課題を克服できなければ消えていくのだ。
2010.10.30
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サクセスの共通ルール 「サクセス・マガジン」社のリアル・サクセスの共通ルールという本がある。エジソンやビル・ゲイツの成功には共通のルールがあるという。そして、その根源にあるものは「セルフ・ヘルプ」だ。成功者と言われるものたちにしてきたことをインタビューするのだから一番確実で手っ取り早い方法だろう。即ち「やる気のある者」が残る。「成功するまで止めないこと」だという。屋根裏で偶然みつけたサクセス本が、人生のターニング・ポイントとなったのだ。まるで、貧しい男が金鉱を掘り当てたように・・・。これが、アメリカの夢なのだろう。金持ちになることが彼らの唯一のサクセス・ストーリーなのだから。成功者と失敗者しかなく、成功することだけがあるだけだ。そして、散漫な努力しかできないものに成功の望みはないと、成功しないものにいうだろう。成功は集中力だとも。彼らのいう成功者とはどんな人間をいうのだろうか。こころの優しい、思い遣りのある、誰からも好かれるような老人のことだろうか。目標を達成し、深々としたベットで身を横たえて死を待つばかりの人のことか。成功の共通ルールとは、他人を押しのけて富を独占して恥じない大富豪なのだろうか。もし、世界中のひとびとがアメリカ人の生活レベルを維持しようとしたら、地球があと4ついるという話を聞いたことがあるが、もしそうだとすると、米国型のサクセス志向はどうなのだろうか。彼らの言うサクセスとは、世界にとってとんでもない危険なものにならないだろうか。アメリカの2割の者が、8割の所得を得て、のこりの8割の者が、2割の所得を分配する社会が、公平だと言うのであろうか。「貧富の差」が無視されて成立つ社会で、サクセスのための共通ルールとは、何なんだろうか。金持ちは、現状の変革を望まないだろう。自分が生きている限り。彼らは死んで天国に行きたいとは思わない人たちだ。
2010.10.30
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・たとえば、メスのダニは交尾を終えると適当な灌木の枝先に登り、その下を通る小動物を待つという。ダニには目も耳もない。ただ彼は一つだけ哺乳動物の出す「酪酸の匂い」だけは知っていて敏感に嗅ぎ分けることができるのだ。運が良ければ小動物が近付くと枝から落ちて動物の皮膚に密着し血を吸うのだ。そして血を吸い終わると地面に落ち、産卵して死ぬ。 <酪酸菌は皆さんもご存知のビフィズス菌、乳酸菌の発育を助ける働きをもっています。 酪酸菌はヒトや動物にとって必要な有機酸を作ります。> ・へ2・・・この話は、有名な事例なので何度も聴いていることだろう。そしていつも感動する。生命な不思議なパワーを感じるからだろう。メスのダニにとって、この世界の他の一切のものは捨象され、酪酸の匂いだけが重要であり、現実なのである。 ・ダニばかりではない。すべての生物は、トンボもハエもイヌも特殊な知覚器官と作用器官を持ち、甚だ抽象的な世界に生きているとユクスキュルはいう。彼は植物については言及していないが、植物も同じような抽象的な世界に生きているのであろう。つまりすべての動植物はそれ独自の歪んだ世界をもっていることを理解すれば、私たちを取り巻く環世界の驚異に満ちた、実に豊かな世界であることがわかるとユクスキュルはいう。 ・へ2・・・考えてみれば、人間の中にも特殊な能力を持った人がいるのではないか。カネを儲ける人の中にダニのような人がいるからだ。辛抱強く待ち続け酪酸の匂いにのみに敏感なダニのように獲物を見ると跳びかかるような人間がいる。そういうひとはダニ世界のみが現実の世界であると思っているのではないか。それはカネ以外のものが捨象されていることでもわかる。そういう社会に寄生した人物をよく<ダニのようだ>というのだろう。それしかできないとすれば人間という優れた能力を持ちながら、小動物と変わらないなんと無残な生き方だろうか?
2010.10.30
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人間は進化して今日を築いたのであり、子は親を凌いで更に進化する。私たちの世代よりも親たちはもっと幼稚な科学だったし、私たちも現代のような科学を学校で学んではいない。社会科学では一概に進化と言えるかどうかは分からないが、生物学者は退化も進化のうちだというだろう。時代認識も個人によってばらつきはあるとしても、若者たちが未来のカードを持っている。それは単に年齢だけで決されないが、コンセプトしては言えると思う。 ・金太郎飴であったとしても、歴史ドラマも受け手が違う認識を持っている。製作サイドがどうであろうと、それを変えることはできない。ただ、その意図するものが何であったかを明確にすべきであり、それが公平に批評されるだけのものでなければならない。人物に対する偏った思い入れは排すべきだろう。史実に基づいてなされるべきだ。 ・へ2・・・既成概念でものを考えている人間たちはそこにおいて行かれる。他の人が書いたものでものを考えるようでは、新しい視座は生まれない。自分の頭を使うべきだ。そうすれば必ず時代認識が違う。それを無視してはいないか。新鮮さのないものには感動はない。
2010.10.30
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老人学もあってない徐々に人は、老化しているのであり、それを中々自覚できないだけだ。産まれてすぐから老化は始まるという。死までのプロセスは、産まれてから成長を始めながら、死への伏線を持っているのだろう。春になりその中に夏や秋や、そして冬の設計図が仕組まれてもいる。生命現象は、そうした遺伝子のデザインが施されたものだろう。人生を儚いと視るのは単純な発想に過ぎない。そんなモノクロの世界ではない。老化現象も、若いころは感じることさえできないくらいだが、「人生50年」とはよく言ったものだ。平均寿命が50歳もなかった頃から、ひとはからだの老化の激しさを感じていたのだ。 ・自分の口では言わないが、自分のからだの変化は誰も感じるだろう。或る時点で劇的に下降し始めるのだ。鈍感な人と敏感な人の違いでしかない。手足が硬直し始めたのは、いくつからだったろうか。それさえ忘れている。視野の衰えや、聴力も、筋肉も、あれもこれもある。認めたくないだけだし、それを一々把握しても何の歓びにもならない。ネガティブ・マインドは、長い人類の歴史の中で仕組まれた罠でもある。 ・へ2・・・日記を書いていた中世の日本人たちも、裏にあるのは自己卑下でしかないのだろう。科学の低かった時代では、それは謎のままだっただろう。人はなぜ老化するのか圧倒的な不安だったに違いない。科学が進化し、医学も漸く遺伝子まで知るようになったが、脳は、未知の世界でしかない。老人学もあって無いようなものだ。生殖年齢を過ぎた人間の役割はまだ解かってはいない。生きている間が自分の存在のすべてだろう。
2010.10.30
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講師田吹長彦氏は、バイロンの研究家「ヨーロッパ夢紀行」第一巻―詩人バイロンの旅―を刊行されている。「詩人バイロンとナポレオン」というタイトルだったが、バイロンは、21歳の時に、貴族子弟が当時流行りの grande tour をして書いた長編詩“Childe Harold’s Pilgrimage. Canto I-II”(1812)が爆発的に売れた時、 先に出したフレーズが、 “I awoke one morning and found myself famous.”今回は「戦争と文学」というテーマにそって、バイロンの2回目の旅で、1816年に書いた同上のIIIの長編詩の詳細な解説をされた。バイロンは戦いの一年後の生々しい戦場に立って、ナポレオンのワーテルローの決戦について触れている。バイロンは幼い頃は、ナポレオンを崇拝していたが、皇帝になってからは嫌悪感を示すようになる。詩文の中にそのことが織り込まれている。バイロンという詩人の “「幸福」は夢ではないと思いたいのだ”。というフレーズは重い。
2010.10.30
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何が不幸か?ある講師の話では、アフリカのある貧しい国では40代が平均寿命にも拘らずみんな楽しくやっているように見えたそうだ。貧困でばたばた死んでもいる。そんな中でも元気で、人生を楽しんでいるように見えたという。日本の平均寿命は「世界一長寿」と言われるが、その人生は、それほど愉快ではなく苦しみながら生活しているように見えてならない。日本人は心身ともに欲が深すぎて「不健康」ではないだろうか。どれだけ長寿でも人生がながく憂鬱で苦しいだけでは価値がない。 ・日本では、物欲社会であり、24時間、いつでも食べられる。都会では、コンビニはどこにでもある。碌に体を使わず、動かないで生活できるだけで、不満ばかり言っているし、健康で、人生は楽しく、幸福なのだろうか。自分の体や心が本当に悦んでいるだろうか、と考えると、どうもとんでもない勘違いさえしている気がする。>博多湾東部 ・日本では、栄養学の教科書が、50年変わっていないそうだ。昭和28年版の「治療食とその作り方」という本に書いてあることが、いまでも変わらず通用するのだそうだ。この社会の人びとが、ただ長生きするだけが目的で、本当に人間として活きることに関心があるのだろうか。見せかけの政府や愚衆政治があり、それを護持しているだけではないか。人間にとって生きる意味という大切なものが視えずにいるのではないだろうか。
2010.10.30
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めしいた者から視覚の秘義を学ぶようにコーランの引用であり、ソロモン王の眼も気にせず、「一匹の蟻が、目の前の巨大な砂山から砂を一粒ずつ運び続けていた・・・」という比喩が語られる。「王よ、どうかこのかよわき蟻から愛の力をお学びください」という前節がある。味わい深いフレーズだ。コーランのことばという本を読んでいた。スルメから烏賊の姿をイメージする科学という言葉を思い出した。私たちの現実の暮らしの中にも、単純には理解できないことが多い気がする。 ・広い視野と深い洞察力ということばを大学で何度も聴いているうちに、この社会の暗い部分が在ることを思わずにはおれない。スポット的に思われることも実はラインの一端であり、歴史的背景が在ることを学んでもいる。日本文学と通して視えるものがある。ひとつの小説では解からないものがある。一人の作家が書いた作品にしてもルーツがあり、変遷があり、ツールもある。同時代の人々が何を考えていたかさえ視える。視るだけではなく、叩いてみたり、触ってみたり、嗅いでみたり。事実を書かないで、堀辰雄の「ように」という雰囲気を書く作家さえいる。そして、いまや視覚は秘義ではない。 ・へ2・・・私たちの知識は、モザイクのように壊れ易い。まだ強力な接着剤がない。アジアでアメリカの真似をして、アメリカのようになった国家はない。中ソもむかしの中ソではない。日本人でアメリカ人になろうとして、なったひとも日本にはいない。まねはまねでしかない。サクセスストーリを真似てすべて上手く行くとは思えない。イチローでさえ、今風の若者で軽く見える。環境に適応しただろうか。寧ろ弱い人の生きたから学ぶべきなのではないか。
2010.10.30
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・ブッダがのべた解脱の方法は誰にでも可能なのであり、それをあからさまに八正道として教えている。それを当時の人々は別に何か特別の修法が隠れているのではないかと誤解したというのだ。「スッタニパータ」という経典。 「・・・どうか理法を説いてください。それをわたくしは知りたいのです、この世において生と老衰を捨てることを」 「ピンギヤよ。人々は妄執に陥って苦悩を生じ、老いに襲われているのを、あなたは見ているのだから、それゆえに、ピンギヤよ、あなたは怠ることなく励み、妄執を捨てて、再び迷いの生存にもどらないようにせよ」 ・へ2・・・ブッダは何も答えずにただ励ましているだけだろうか。この問答では、 ・「理法を知り、よく気をつけて行い、世間の執着を乗り越えよ」 ・「怠ることなく励み、妄執を捨てて、再び迷いの生存にもどらないようにせよ」 といっている。つまり、 ・「この世界がどういうものであるかという理(ことわり)を知り、そのうえで世間的執着から離れた生き方をせよ」と解脱ヘの道と、自己を救う道を教えている。この世界を正しく認識せよというのだ。これはなにも特別な修行をせよとはいっていない。ブッダを神秘化したのは仏教を利用して神秘の濃い霧の中に投げ入れた既成概念や因習を持った人々たちである。
2010.10.30
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行商の小母さん久しぶりに小母さんの声がしたので外に出たら、笑顔で迎えてくれた。どうしたのと聞いたら、股関節を痛めて40日位自宅療養していたそうだ。農作業で痛めたようだ。近年御主人が亡くなり、蜜柑山から野良仕事までひとりで遣っているので無理をしたのだろう。近隣に農協に勤めている後継ぎの息子が居るが、勤務先が遠いので一緒に暮らすにはあと数年かかるらしい。早生のミカンと芋とネギなどを買った。動けるようになったから行商を始めたらしい。 ・小母さんの顔を見るとほっとする。農家の匂いがする。化粧した女性ばかり見ていると厭になる。自然のままの人の顔が表情が豊かで好きだ。能面のような顔がどこが好いのだろうか。エコの肉の話を昨日講座で聴いたが、霜降り肉が旨いと思う舌に為らされている。あれはメタボの牛の腹部の肉なのだそうだ。無理に作っている肉だ。態々赤身の肉を作らないのだ。高く売るためだ。それを食べて悦んでいる方が可笑しい。 ・へ2・・・国が奨めるものが良いとは限らない。戦後のパン食もGHQやアメリカ政府の陰謀であり、それに従属した日本政府がさせたことで、日本人のからだや食生活には適応しないのではないだろうか。コメの給食が必要だが、安定した食生活になるには、30年から50年くらいはかかるらしい。地産地消と言われているが、掛け声ばかりでは詰まらない。行商の小母さんの野菜や果物は美味しい。>和白干潟
2010.10.30
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和白界隈和白は由緒のある地名である。日本で初めての会議が開かれた謂れで「わじろ」になった。江戸時代には大規模な干拓工事もおこなわれ長い堤防も出来ている。現在の堤防はその後改修されているが、現在の堤防の下にそのまま埋められているそうで、図面は残っているようだ。昔に比べれば渡来する渡り鳥も半減しているらしい。近いので、和白干潟には30年前くらいから、時々野鳥を見に出掛けている。 ・今日は曇っていて、あまり写真を撮るには適していないが、久しぶりに干潟の周辺を一回りして来た。潮は引潮だったようだ。前回の時は9月ころだったが、殆ど野鳥を見かけなかったので心配したが、今日はいつもいる。排水溝のちかくに沢山いたので安心した。奈多に近い海岸で、有機物が流れ込むので小魚や魚介類もあるのだろう。 ・へ2・・・和白も最近外国人が増えてきた。それはマーケットに行くと出逢うようになったのでわかる。アジア系の人たちが殆ど。横浜に6年前同じマンションにも外国人が居たし、そのうち横浜では日本人は淘汰されるのではないだろうかと被害妄想も感じたものだ。それが福岡でも。先のことだろうが、福岡もならないとも限らない。何れ干潟もなくなり、和白の様相も50年後にはどうなっているか分からない。
2010.10.30
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多くを望まず自分に期待過ぎると挫折もするし、ダメージになることさえある。今朝は、5;20に起きた。どうやら二度寝した。気温15℃で眠るには最適な温度だ。睡眠時間も5時間以上であり、良く眠ったようだ。ウオーキングのスタートが遅くなるが、日の出は6;30ころだろう。まだ外は暗い。昨夜NHKでトルコの街歩きのスケッチが結構長く放映されていたので、興味深く見ていた。来月下旬からトルコのイスタンブールから、西部の世界遺産4つを見学しながら、カッパドキアを周る10日間のツアーに行く予定である。 ・多くを望んでも昔も同じだができることとできないことはある。衰える能力もある。せめてアルツハイマーにはなりたくない。そう思ってはいるが、なる時はなる。どうして避けられるかだろう。その努力はしたい。メタボにならず、適度の運動と、脳を休ませないことくらいしかできないが、ストレスト闘いながら、肩の力を抜いて頑張ろうと思う。その意味では良好な睡眠も悪いことではない。 ・へ2・・・ここ5年くらいで、いつ倒れても、半身不随になっても、じっとして脳と手さえ使えればしたいことのテーマは死ぬまである気がしている。どれだけ集めても無駄になるかも知れないが、まあストックしているだけでも安心はする。昨日の講演で、味覚でさえ、作為のある社会であることを知った。自分のからだに入るものが、みな安心できるものではない。それこそ贅沢は身の破滅なのだろう。慎ましく生きることは悪いことではない。
2010.10.30
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昼間に眠気や集中力低下、集中持続困難や倦怠感が起きてくるケースでは、慢性疲労症候群と診断されることがある。患者の内因性リズムが関与している。睡眠も人間にとって重要な健康のバロメーターでもある。人間の持っている睡眠相の生体リズム一日25時間であることが地球の自転と衝突している。人間が長い時間をかけて、地球環境に適応してきたがまだそれができない人もいる。自由に生きてきた時代では好きな時に寝ていたに違いない。それができなくなった。日中起きて働き、夜眠ることで、この世界を造り上げてきたのだ。 ・周期的な不眠や覚醒困難が引き起こす深刻な社会的不適応をきたしている。そういう悩みを持ちながら暮らしている人もいる。それが病気の原因になり、Non-24シンドロームにもなる。その予備軍もいるに違いない。それが社会に確りと認識されているだろうか疑問だ。 ・へ2・・・社会人は、拘束された時間で労働し、対価を得て暮らしているが、それがスムーズにやれない人たちがいる。それがいつか深刻な事態を惹起さえする。よく睡眠できないことが、その人の人生にも大きな影響を及ぼしかねない。住む場所でも日照時間の違いからくる原因で、ある地域では冬期うつ病の多い地域と少ない地域の差が顕著であるという。明るい陽射しの中で暮らすことができるのは、人間には生きやすい環境でもあるのだ。
2010.10.29
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歩数の記録を始めて、あと1000日まで73日。今年は、あと63日間ということは、来年の1月10日で、1000日になる。年月 歩数 日数 平均2008年4月 258,124 15 17,2082008年5月 461,505 31 14,8872008年6月 454,828 30 15,1602008年7月 492,053 31 15,8722008年8月 479,175 31 15,4572008年9月 607,612 30 20,2532008年10月 635,399 31 20,4962008年11月 562,374 30 18,7452008年12月 629,723 31 20,3132009年1月 628,603 31 20,2772009年2月 587,391 28 20,9782009年3月 700,366 31 22,5922009年4月 686,126 30 22,8702009年5月 704,517 31 22,7262009年6月 610,392 30 20,3462009年7月 646,126 31 20,8422009年8月 655,742 31 21,1522009年9月 682,647 30 22,7542009年10月 749,592 31 24,1802009年11月 682,170 30 22,7392009年12月 683,681 31 22,0542010年1月 675,525 31 21,7912010年2月 637,727 28 22,7752010年3月 735,903 31 23,7382010年4月 778,075 30 25,9352010年5月 814,547 31 26,2752010年6月 780,407 30 26,0132010年7月 748,643 31 24,1492010年8月 733,665 31 23,6662010年9月 706,656 30 23,5552010年10月 662,684 29 22,574累計 19,871,978 927 21,423
2010.10.29
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旅行で「グリューワインカップ」と、各都市のガイドブックを揃えたいと思うようになった。ニュルンベルクで宿泊し、ホテルの近くの中央駅にあるのではないかと思い、朝食を済ませた後独りで行くことにした。ホテル出発が8;30と早いので、ゆっくり探すことはできなかったが、何とかなるだろうと思った。行ってみて分かったが、駅はすぐ隣だった。駅構内の店舗は、土曜日で休日らしい。それとも7時前で開店まで早過ぎるのだろうか、どの店舗もライトさえ点けていない。休日でも、電車に乗る人もいるらしく、荷物を持った旅行者が多いようだった。改札口を探したらすぐに見つかった。どこ国も駅のレイアウトは同じらしい。本好き国家だと聞いているから、日本の駅と同じで本屋はあるだろうと思ったこともある。予想にたがわず本屋が開店しており、顧客も溢れていた。同市の「ガイドブック」を探したが、規模が大きい書店だったので、中々欲しい本が見つからなかった。観光コーナーは、一番奥にあった。ドイツでは、小銭から先におつりが払われる。ガイドから聞いていたが、成程おつりがその通りだった。 ・HOFMANN VERLG NURNBERGChristkindlesmarkt in Nuremberg・8:20 予定より10分早く出発した。これも同じドイツ人の運転手で体も大きいが、声も大きい男だった。バンベルクまで、約60キロ、約1時間の予定だ。今日の予定は、バンベルク、ヴュルツブルクと周るルートで、今夜は、先日のフランクフルトのホテルで宿泊する。・少し、曇って来ていた。バスの外は寒そうでもあった。バンベルクは街全体が「世界遺産」である。ガイドブックでは「ドイツ一の美しい街」と賞賛されている。日本の京都と同じように第二次世界大戦の戦禍を免れた1000年前の街並みが残っている旧市街には、皇帝、大司教の居城都市でもあるからだ。まあ、このあたりは、どこのガイドブックにも載っているので、これ以上は書かないが、ここだけは、シーズンオフというのに、ニュルンベルクのクリマルと同じように中国人、日本人だけではなく、その他の国からの観光客も多いように思えた、・バンベルクの旧市庁舎の近くの駐車場に着いた。車外に出たら、流石に旅慣れた人が多いのだろう。皆防寒服を着ている。私たち夫婦も一応準備だけはしていた。此方にきて有料トイレが多かったが、ここは無料トイレがあった。外が寒いこともあり、トイレの中で動かないでいる人もいたようだ。さて、周辺レグニック川の風景は素晴らしかった。勿論、冬景色なのが残念だったが、それでも、その美しさは心にしみこむような感動だった。バスに帰ると、現地ガイドとの手違いがあったらしく、その人が、別の場所にいることが分かり、このバスで迎えに行くことになり、私たちは、30分間くらい待つことになってしまった。そこで、私は周辺を散策することにした。突然のフリータイムができた。少し風が冷たく雪が降りそうだったが、私は自由に歩けるのが嬉しかった。素晴らしい時間を過ごすことができたのいうまでもない。その時の光景の記憶が脳裡にあり、何度も噛みしめている。
2010.10.29
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味覚よ、お前もか?自分の味覚でさえ操られたものであるという。戦後、国やGHQが、学校給食にパンや霜降り肉など味覚教育や、牛肉の売り込みを行ったのだという。牛や豚や鶏の飼料は殆どがトウモロコシなのだそうだ。それはアメリカ産である。牛肉にするためにどれだけの飼料が必要か、国産牛肉1kgを作るためにトウモロコシ7kg必要だという。30年~50年かかって味覚教育された結果が今日の日本人の霜降り肉が美味いという味覚になった。 ・牛乳や霜降り肉が、人体にどのような影響を与えているか、実は余り明らかにされていない。研究することが出来ないからなのではないだろうか。グルメ志向にしろ、たくらみのある経済理論は背後になるのだろう。脂好きの人が増えているが、その分メタボも増えている。なにしろ健康でない肉から生まれる製品でもある。牛乳を飲むように幼いころから進めれたが、1型糖尿病に関係が在るかも知れないとアメリカのDMのガイドブックに指摘されていた。 ・へ2・・・国の政策にあまり口を出すと、まだ干される可能性があるのだろう。それがもの言わぬ研究者を作ってしまうのだろうか。ことは、人命に関することでもある。手遅れにならないようにできないものだろうか。エコの講座が終わったが、ゆっくり考えてみたい。
2010.10.29
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まだ遠いエコ太陽電池は、素材のシリコンの高価過ぎて大量生産が出来ず、代替物でも見つからない限り将来性はないようだ。つまり多結晶シリコンウェハ製造をするまでに大量のエネルギーの消費による大量の二酸化炭素を排出してしまう。必ずネックになる問題が在り、それを克服するまでに時間もかかる。太陽光発電も前途多難である。然し、石化燃料の枯渇が確実となった現在新しいエネルギーの開発は避けられない問題でもある。 ・大学の「エコ講座」を聴いてきたが、参加者が少なかったようだ。市民にも関心がないわけではないが、その意味を図りかねて、どうももう一つ盛り上がりを欠いている。便利で豊かな社会を目指して、世に溢れているのは贅沢指向でもある。太陽エネルギーを利用するまでの科学も始まったばかりだ。コペルニクス的発想が必要なのだろう。美食とか、セレブとか、社会が偏った考えを持ち過ぎてもいるのだろう。 ・へ2・・・国家を始め拠って集った利益社会が在る。目先のことに構い過ぎている。大学は広い知識と、深い洞察が求められるところであるが、その責任をどこまで果たしているといえるだろうか。疑問に思う。2コマ目の肉の話が面白かった。しもふり肉は、人間で言ったら、メタボの腹部の肉で、無理に造られた健康ではない肉のことらしい。味覚は学習であるという話であった。また整理して。
2010.10.29
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一葉の目で作品を読むことは並大抵ではない。一葉の目線は、上を見ていない。唯文学への思いは感じられるだろう。年譜を見ると明治16年高小を首席で卒業する。困窮のため進学できなかった。一葉12歳である。16歳から日記を始める。「塵の中」で、「・・・只利慾にはしれる浮よの人あさましく厭わしく、これ故にかく狂へるかと見れば、金銀はほとんど塵芥の様にぞ覚えし。十二といふとし、学校をやめけるが、そは母君の意見にて、女子にながく学問をさせなんは、行く行くの為よろしからず、針仕事にても学ばせ、家事の見ならひなどさせんとて成き、父君は、しかるべからず、猶今しばしと争ひ給へり、汝が思ふ処は如何にと問ひ給ひしものから、猶生れ得てこころ弱き身には、いづ方にも定かなることいひ難く、死ぬ斗悲しかりしかど学校は止めになりけり。・・・」もし、学校を止めずにいたら、どうだったであろうか。明治中期に生きた時代の女子が、ここまでの仕事をし得ただろうか。一葉の視点は、誰もその身にかえることのできないものであろう。一葉には、明治は、「塵の中」でしかない。しかし自分を、「猶生れ得てこころ弱き身には」と分析しているのだ。そして、平成の現在が、まだ「塵の中」だろうか。時代が変わろうと変わったものも多いが変らないものもある。一葉の視点と決意があればこそあれだけの作品が生まれたのであろう。奇跡は、非常時でなければ生まれないのであろう。だらだらと過すものには到底感じられない境地であろうと思う。一葉の文脈を探す旅に何れ向かいたい。消えないうちに。
2010.10.29
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やらかくそして厳しく 硬軟あって人生だ。小さいものが大きくはならない。小さいものでも寄せ集めることができるかだろう。日本人の1億3千万の人口より、中国の13億は大きいし、世界人口の69億はそれより大きい。多く大きいほどまとめるのは容易ではない。それができれば大きな力になるのは当然だ。一人一人はそれだけで自分の中に脳という宇宙を持ってもいる。自分で自分をコントロールすることさえ上手く行かないで苦しんでいる。今日は、午後からエコの勉強。「新エネルギーによるエコライフ」「エコなお肉とエコでないお肉」の2コマ。 ・何が下らなくて、何が価値が在るだろうか。思い込みは間違いの因だ。大学で講座を遣るのだから、それほど意味のないことはない。というより、成程と思わせるものが殆んどだ。今日の二人の講師は、博士である。市民に解かり易いように翻訳しながら話をされるだろう。折角近くに大学が在るのに、そして門戸は開放されているのに行かない手はない。できれば、何所かにもぐりこみたいが、鳥渡遅い。 ・へ2・・・何時も講座に行っている大学が国際化へシフトされるらしい。改悪にならないように祈っている。これまで5年間聴いてきた文学講座が無くなるかも知れないと心配している。日本文学の未来は厳しい。文学部が国文である日本文学を差別してはいないだろうか。異なる文化との激しい闘いが在る。私たちはどう活きるべきかを教えて貰っている。
2010.10.29
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<作品> 「永日小品」 ・元日 ・「蛇」 ・「泥棒」 ・柿 ・火鉢 ・下宿 ・過去の匂い ・猫の墓 ・暖かい夢 ・印象 ・人間 ・山鳥 ・「モナリザ」 ・火事 ・霧 ・懸物 ・紀元節 ・儲口 ・行列 ・昔 ・「声」 ・「金」 ・「心」 ・変化 ・クレイグ先生。 ・漫然と見ていたら分からない作品。・大阪朝日から依頼された。・「元日」、「紀元節」・・・別記載された。その日に合わせて記載された。・「蛇」から始まる・・・意味がある。伯父と甥の関係。覚えていろ。伯父さんの声。漱石の作品には裏がある。「金」、「こころ」・何故、「蛇」の次が、「泥棒」か。伯父が泥棒。・金のこと・・・丸を書く。「こころ」にもある。・「永日小品」は、簡単な作品群ではない。・「夢十夜」と違い「永日小品」は、無構成のように見えるが、そうでないところもある。・よくある解説のような、漱石の単なる身辺に題材をとった作品ではない。・「神々の復活」を漱石は読んでいる。・「三四郎」・・・モナリザ・・・火事。連関。・「モナリザ」・・・女性の秘密がある。・男に興味がある。「三四郎」。男のことしか書かない。圧倒的に男である。・「声」・・・小説的。幻想が破れる。単なる事実ではない。・「心」・・・百年の恋。結婚と恋愛は違うと漱石は考えていた。・漱石には、差別意識が強くある。・作品群には、いくつかのカテゴリーに分類でできる。ロンドンの回想など。・キーちゃん・・・漱石の実在の友人。「柿」 に出てくるこども。・heirloom 家宝・Procession 行列・キルト・ピトロクリ の間違い。・「山鳥」・青桐・・・梧桐・「儲口」 メモがある。・"I am a man!" おれは人間だ。 人間の意味。作家は話の種が増えた側にいるか。・漱石はどこにいるのか。漱石の意識はどこにあったのだろうか。現実を冷ややかに見てはいないか。・「柿」・・・友人キーちゃんの側に漱石がいるのではないか。金持と貧困。貧富の差。落差を書いている。・「毬と柿」 仕返しをする。「泥棒」の後に柿がくる。連句。連想。連想中枢が漱石は発達していた。・「蛇」から「泥棒」・・・「柿」へ。「蛇」はどこからくるかわからない。「泥棒」は手の内が分かっている。対比がある。・「蛇」・・・明解に読み説いた人はまだいない。蛇のような心。印象的に書いている。暗示している。・「アダムとイブ」。まっすぐな人間がある時からねじれてくる。変化を書く。・「渦」ということばの描写が出てくる。伯父と甥の財産をめぐる争い。漱石のメモがある。・「それから」の後に「門」がある。連想タイプが漱石にある。・「泥棒」・・・「柿」にも泥棒が出てくる。「毬」を泥棒され、そのあと仕返しをする。・「元日」は別。1年前の話。メモ。元日だから目出度いわけではないと漱石は考えている。・「元日」の仕返しに「蛇」をわざと書いた。・1月15日ころ・・・女の正月。「蛇」「泥棒」。蛇から始まる意味がある。・「永日小品」・・・佐々木充「漱石推考」 永き日や太鼓打つてのゆるむなり(漱石の俳句)・・・本妙寺。・無限の時間を閉じ込める。・ロンドンの回想。・「変化」交友関係。・漱石は、敬愛している。「変化」・「クレイグ先生」。現実から過去の回想に戻る。・「永日小品」には、回想が織り込まれている。・百年・無限時間・無時間。恋愛のモチーフ。・「文鳥」女の比喩。文鳥の死。鳥が女のモチーフ。・異界への導きとして獣が出てくる。・「金」現実的な側面を描いている。尊い仕事を得たものは色を付ける。金・・・唯物史観。仕事には貴賎があるという考えを漱石は持っていた。・金の物神化。・マルクス「資本論」・・・漱石は賛成しないと書いている。「こころ」。恋愛と金と「変化」が隣り合わせになっている。・連関性・・・連想的。・「火鉢」・・・灰に丸を書く。「金」にもある。・はたして「永日商品」に構成はあるのか。・「火鉢」・・・庄野潤三「火鉢」論。湯に行って気分が変わる。「とうとう湯に行った。」・俳句的な表現。蕪村にもある。感覚的。どう文章にするかを漱石は考えている。・どう読むかが分かる。・「とうとう・・・」が重要。・変化を書いている。湯に行ったことによる変化を書いている。・他の作品にもこの変化がある。敏感であるかどうか。作家的な発想があるかどうか。・「下宿」・・・異教の女と男。男・・・だけが生気がある。男の登場で変化する。アグニスとの関係。物語を隠している。「門」に繋がる。・「過去の匂い」・・・アグニスをどう読むか。この小説が動く。Kがアグニスを引き取ったのか。関係は。Kが必要な理由はないか。・「印象」ネルソン提督の像。印象派の絵画風に書いている。ターナーを知っている。抽象的に書く。意図的に書いている。具象性を排除している。・「山鳥」・・・人間のこと。「モナリザ」もひとのこと。・「火事」・・・夢のような話。昨晩と違う。「霧」につづく。夜の話から始まっている。「夢十夜」の構想。・「懸物」・・・三代の違い。それぞれの違いを書いている。・「紀元節」・・・関係がないが、分岐点にしている。・ロンドンは漱石には忌まわしい思い出だったが、「ピトロクリの谷」は違っていた。・「変化」・・・「クレイグ先生」に繋がる。・「変化」あとにもの「変化」がある。キーワードがある。「変化」。
2010.10.29
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信賞必罰法律は守らなければいけません。守らなければそれ相当の罰も待っています。しかしながら、よその国の法律ともなると、それほど詳細に知らないことが多く、悪気はなくとも違法行為だったということもありますトルコで古美術品の売買自国に持ち帰るためのトルコのお土産を見つけたとします。それがもし「アンティーク」のカテゴリーに入ろうものなら、そしてそのための正式な書類を持っていないとなると、刑務所行きのために出国が遅れることになります。(グーグルニュースから)普段に当然のように日本で暮らしている事も、トルコへ行けば事情が違う。毎日薬が在るからQOLも続けておれるが、当然無くなれば命にかかわることにもなる。ハイリスクの病気持だ。病人はごろごろいるが、患者にならないと医者の治療を受けられない。国民皆保険があるから日本にいれば、一応治療はして貰える。薬もある。医療過誤もあるだけだろう。 ・外国にツアーに行って思い知ることは多々ある。それを日本に帰って好い事をまねしようとしてもなかなかできない。文化の違いとは、考えるほど簡単ではない。信じている事を容易には変えられないからだ。それでも変えられる物はある。それは意識だろう。小さな人の考えも、何れは大きな潮流にもなる。たった三隻の蒸気船を見ただけで日本の鎖国は終わったのだ。俳句や短歌のように生きたくはない。夢で終わらせたくない人生である。
2010.10.28
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<太宰の特徴> ・太宰・・・女のマネ・・・女になる。女になることを意味している。「女語りをするものは女である。」女語りを太宰はやめようとしなかった。・太宰と鱒二との相違点・太宰も芥川も、生涯にわたり庶民への差別意識をもっていた。・「ぼんやりと待つ」・・・太宰の本質。・太宰:ブルジョアに生まれた。貧困に対して屈折したコンプレックスがある。・太宰は庶民の側にいないから庶民の側に立てない。庶民はケチ臭い。庶民の考えに共鳴できないという思い。・S5.S10年太宰は、鎌倉で自殺を図っている。鎌倉の「実朝」に対する思い入れがあった。実朝と太宰の距離。実朝になりきろうとしながら、距離を置こうとするという矛盾。・「似ている」・・太宰のキーワード。切っても切れない相手に対して使っていることば。 「富士には月見草がよく似合う」・・自分の思いを込めている・太宰は、とめどなく言葉が出てくる天才 といわれる。ロマネスクの変型。・太宰は落語に親しんでいたことで、落語の話芸を知っていたこと。造詣が深い。・太宰は、同じキーを叩き続ける。・太宰のユーモア・・・西鶴との関係。・太宰は「カネのこと」に触れるときは真面目になる。「三界に家なし」。生き方が下手。・太宰は自意識過剰の人。・太宰には負い目があった。憎悪と愛情。兄は議員。貧しさを尊ぶ・・時代にマッチしていた。少しも旅先でも住民と会話をしようとしていない。・太宰の心理的コンプレックス・・あばただった。・堤重久「太宰との七年間」・・なぞるように書いている。作品・・をそのまま評価できない。・作品だけが救い。芸術は私だ。という太宰が、芥川賞に落選した。自分の作品が無視された。才能をのばせないという苦悩があった。自意識と世間の作品評価との乖離と逆比例。・太宰にとって、芸術とは自分のこと。「芸術は私だ」・太宰の読み方は普通(単純)にはいかない。・「人間失格」・・・女性遍歴史がある。「書くものがない」一方的に書いている。・鱒二と太宰の師弟関係。師はいやなもの。オリジナル・・・めざめる。・「ヒューマンロスト」・・・「パピナール中毒」になり太宰は拘りを持っている。・太宰の入院。鱒二に入院させられたことを恨んでいる。・鱒二著「薬屋雛女房」で、太宰の病気のことを書いている。太宰の恨みは続いた。・太宰は、自然のままを書かない。へそまがり。老婆=自分の変型。(太宰の小説の原型)・作家の発想はひとつでしかない。違った作品に見せかけているだけ。それが上手いか、下手かの違いでしかない。それから抜け出せない。・「背後にひそむ何者かがいる」「死は背後にある」・・・気付かない。・太宰の純潔に対する考え方。嗅覚の比喩。悪臭という表現を使う。・文壇・・・ 井伏、川端。 太宰は、疎外されていた。集団嫌い。被害妄想。・富嶽百景は問題作。富士をどう描き分けるか。見方はTPOで変わるのは、見方が変わるから変わる。・小説に使う「私」を使うのを嫌った。大庭葉蔵ペンネームとして気に入っていた。「人間失格」に出てくる。・「滝」をみたら滝を忘れない。・「ぼんやり」・・・作家になろう。しかし作家はぼんやりと書くときは実は本気である。・恥ずかしことを書く。本当のことはなかなか書けない。作家になりたくない。・「ぼんやり」という表現。・・・アンニュイ。ボードレール。・ストーリーがない。分かり難いのは当り前。・・・太宰の本質。・才能のある人間のある話を書く。小説家が、小説家を書く。・川端を憎んだ。菊地寛は、当時文壇のボスだった。芥川賞に絡んで太宰は落選。・昭和10年は、太宰のターニング・ポイント。・道化の華。道化の精神(太宰の道化)
2010.10.28
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<太宰の特徴> ・太宰・・・女のマネ・・・女になる。女になることを意味している。「女語りをするものは女である。」女語りを太宰はやめようとしなかった。・太宰と鱒二との相違点 ・太宰も芥川も、生涯にわたり庶民への差別意識をもっていた。 ・「ぼんやりと待つ」・・・太宰の本質。・太宰:ブルジョアに生まれた。貧困に対して屈折したコンプレックスがある。・太宰は庶民の側にいないから庶民の側に立てない。庶民はケチ臭い。庶民の考えに共鳴できないという思い。・S5.S10年太宰は、鎌倉で自殺を図っている。鎌倉の「実朝」に対する思い入れがあった。実朝と太宰の距離。実朝になりきろうとしながら、距離を置こうとするという矛盾。・「似ている」・・太宰のキーワード。切っても切れない相手に対して使っていることば。 「富士には月見草がよく似合う」・・自分の思いを込めている・太宰は、とめどなく言葉が出てくる天才 といわれる。ロマネスクの変型。・太宰は落語に親しんでいたことで、落語の話芸を知っていたこと。造詣が深い。・太宰は、同じキーを叩き続ける。・太宰のユーモア・・・西鶴との関係。・太宰は「カネのこと」に触れるときは真面目になる。「三界に家なし」。生き方が下手。・太宰は自意識過剰の人。・太宰には負い目があった。憎悪と愛情。兄は議員。貧しさを尊ぶ・・時代にマッチしていた。少しも旅先でも住民と会話をしようとしていない。・太宰の心理的コンプレックス・・あばただった。・堤重久「太宰との七年間」・・なぞるように書いている。作品・・をそのまま評価できない。・作品だけが救い。芸術は私だ。という太宰が、芥川賞に落選した。自分の作品が無視された。才能をのばせないという苦悩があった。自意識と世間の作品評価との乖離と逆比例。・太宰にとって、芸術とは自分のこと。「芸術は私だ」・太宰の読み方は普通(単純)にはいかない。・「人間失格」・・・女性遍歴史がある。「書くものがない」一方的に書いている。・鱒二と太宰の師弟関係。師はいやなもの。オリジナル・・・めざめる。・「ヒューマンロスト」・・・「パピナール中毒」になり太宰は拘りを持っている。・太宰の入院。鱒二に入院させられたことを恨んでいる。・鱒二著「薬屋雛女房」で、太宰の病気のことを書いている。太宰の恨みは続いた。・太宰は、自然のままを書かない。へそまがり。老婆=自分の変型。(太宰の小説の原型)・作家の発想はひとつでしかない。違った作品に見せかけているだけ。それが上手いか、下手かの違いでしかない。それから抜け出せない。・「背後にひそむ何者かがいる」「死は背後にある」・・・気付かない。・太宰の純潔に対する考え方。嗅覚の比喩。悪臭という表現を使う。・文壇・・・ 井伏、川端。 太宰は、疎外されていた。集団嫌い。被害妄想。・富嶽百景は問題作。富士をどう描き分けるか。見方はTPOで変わるのは、見方が変わるから変わる。・小説に使う「私」を使うのを嫌った。大庭葉蔵ペンネームとして気に入っていた。「人間失格」に出てくる。・「滝」をみたら滝を忘れない。 ・「ぼんやり」・・・作家になろう。しかし作家はぼんやりと書くときは実は本気である。 ・恥ずかしことを書く。本当のことはなかなか書けない。作家になりたくない。・「ぼんやり」という表現。・・・アンニュイ。ボードレール。・ストーリーがない。分かり難いのは当り前。・・・太宰の本質。 ・才能のある人間のある話を書く。小説家が、小説家を書く。 ・川端を憎んだ。菊地寛は、当時文壇のボスだった。芥川賞に絡んで太宰は落選。 ・昭和10年は、太宰のターニング・ポイント。 ・道化の華。道化の精神(太宰の道化)
2010.10.28
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ロバート・マーシャル著「図説 モンゴル帝国の戦い」騎馬民族の世界制覇。著者はBBCのドキュメンタリーを手がけた人で、西欧人が見たジンギス・ハンが興味深い。騎馬民族の強さは日々の狩猟によって鍛え上げられた強靭な体力と忍耐強さにもあるだろう。元寇によるモンゴル軍とは中国や朝鮮の敗残兵を招集した寄せ集めの軍団でしかなかった。 著者が指摘するように、13世紀に吹き荒れた嵐の意義は、アジアとヨーロッパの政治的境界をぬりかえ、人びとをその住み慣れた地から追い払い、イスラム、仏教、キリスト教の影響力を根本から変革させ、モンゴル人が東西の通路をひらき、世界についての知識を拡大させたことであろう。そして果てしなき殺戮の歴史をも積み上げていく。 何故あんなにモンゴル軍は強かったのだろうか。彼らの侵略は巧妙であり、虐殺によって敵を沈黙させ、ふきつさらしの荒野にした。彼らは世界を牧草地にでもするつもりだったのだろうか。やはり騎馬民族による世界制覇なのだろう。 「ものごとは結末を見るまでは、栄光とはいえない」その途上で多くの人は気力を失ってしまう。故にことは為し難いというべきなのだろう。ジンギス・ハンは少なくともそのことを知っていたが、遂に生涯は彼をさえ、それを待ってくれなかった。
2010.10.28
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記憶力について、ラットの実験で、豊かな環境・・・道具や、遊び仲間、学ばねばならないことの多い環境で育ったラットと、そうでない刺激のない空っぽの檻の中で育ったラットの比較研究がされ、前者のラットが後者のラットよりも大きな脳になり利口になったという。つまり樹状突起や、シナプスの数が多く、学習経路も多様で、知能も高かった。人間でテストしたわけではないが共通点はあるだろう。同じ実験で、刺激のない環境で育ったラットでも、年を取ってから豊かな環境に戻すと、脳がより大きくなり利口になった。それだけ脳が柔軟性があるということだ。新しいライフスタイルと環境に劇的に反応できたのだ。 ・成人期の仕事以外の知的、身体的活動の頻度と多様性が、痴ほうの予防の効果を持つが言われている。最近の研究では、知的活動が最も重要な要因であること、殊に外国語の勉強が成果が顕著であるという。アルツハイマー病に効果があるかも知れない。根拠があるだろうか? ・へ2・・・知的活動が脳細胞の蓄えを殖やし、それを老後に必要に応じて引き出すことができるという。加齢による構造上の低下が起きても、余分のニューロンやニューロンの回路が、その埋め合わせをするのに役立つのだ。多様で刺激的な活動の経験も新しい脳細胞の発達のサポートをするらしい。どうやら「海馬」に関係があるようだ。海馬は学習と記憶の中枢だからだ。 >太閤水
2010.10.28
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毎日続けられること。あと今年も2カ月と3日間になった。一日2万歩で10月の、月度の目標62万歩をクリアーした。満足できる数字ではないが、ぼつぼつやっている。体調管理をして、ツアーに備えたい。 年月日 気温 起床 歩数2010/10/1 金 18 2;35 24,1312010/10/2 土 20 3;55 31,1222010/10/3 日 24 5;10 20,6132010/10/4 月 17 3;55 22,5362010/10/5 火 19 3;10 23,6472010/10/6 水 17 4;05 25,4012010/10/7 木 15 5;10 23,7022010/10/8 金 19 3;50 12,8392010/10/9 土 19 4;20 24,6682010/10/10 日 21 3;35 22,4242010/10/11 月 20 2;55 22,3422010/10/12 火 18 3;40 23,6532010/10/13 水 19 4;25 24,0052010/10/14 木 15 2;55 21,1192010/10/15 金 18 3;17 22,6742010/10/16 土 14 3;15 23,8412010/10/17 日 13 2;55 24,9172010/10/18 月 14 3;45 21,9182010/10/19 火 16 4;30 20,8102010/10/20 水 18 2;15 20,7122010/10/21 木 20 2;38 22,3152010/10/22 金 20 3;10 19,6562010/10/23 土 18 3;55 25,2162010/10/24 日 21 2;21 17,4032010/10/25 月 21 5;50 22,6882010/10/26 火 19 2;55 24,0692010/10/27 水 11 4;20 25,1152010/10/28 木 9 2;05 25,815合計 639,351
2010.10.28
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「共感」とは他の誰かが何を感じ、何を考えているかを知り、さらにこれに反応して適切な感情を引き起こす傾向だ、という。相手が考えていることや感じていることをただ機械的に推測する(マインドリーディング)のではなく、またサイコパス(反社会的な人格障害)でもない。もともと女性型の脳は、共感する傾向が優位にできているという学説がある。どうやら、普段にみられる女性の行動はそれを裏付けているようでもある。併し、必ずしも当たらないと思うのは、世界には、サッチャーなど「鉄の女性」と呼ばれている人たちもいるからだ。あれは特異的な存在なのだろうか。何れにしても「共感」する脳は、これからの世界、人類にとって欠くことのできない資質になるだろうことだけは確かだろう。それを妨げるものが多いのは、これまでの進化の歴史が証明するだろう。「共感」だけしていては多くの場面で生き残れなかったかも知れないからだ。併し、核を手に入れ、狭い地球に溢れた人口を抱えた種としてのヒトは、あらゆる場面で欲望にブレーキをかけなければならない事態を認識すべきだろう。安易な楽観論は命取りににもなるからだ。ふやけた心に楔を打たなければならない。誰が、これからヘゲモニーをもつべきなのかを選択すべきだろう。少なくとも利殖に心を奪われし者たちであってはならないだろう。ブレイブ・ハートをもち、人々の平和に対する願いに共感できるひとでなければならないだろう。小さな愛ではなく、類的な愛でなければならない。それは、どうして育まれるものだろうか。それは、誰もが知りたい。
2010.10.28
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デジカメのバッテリーを注文していたので取りに行ったついでに、周辺を歩いてきた。帰途太閤水の水場に行き20Lの水缶を満タンにしてきた。20kgを車のトランクまでそれほど長い距離ではないが、段々へっぴり腰になってきた。香椎の不老水を汲んでいるときは、100mくらい駐車場から離れているので、流石に辛くなったので、キャンターを購入して、それを使用していて、いつもリアトランクの中に入れている。それを使えないことはないが、それを遣う程遠くもないので、エイヤアと抱えているが、いつまでやれるのだろうか。 ・トルコの電圧は220Wのようなので、こち炉の充電器は使えない。デジカメでできるだけ沢山撮りたいが、変圧器を買うかどうか考えているところだ。余り余計に撮ってもあとで整理も大変ではある。ドイツの時はバカチョンだったので、それをCDにしている。デジカメの分はPCで保存しているので、万一の時は、CDに保存した方がいいのだろうが、そこまでしてはいない。このノートPCもいつまでも使えるわけではない。 ・へ2・・・それこそ自宅から10分もかからないところに里山や博多湾や、玄界灘もあるのだから、住まいとしては好い所なのだろう。コスモスも咲いているらしいし、あちこち黄葉も始まるのだろう。生きたいところはあるが、往かなくとも別に焦りはしない。型の力を抜いて、時の流れのままでいたいと思う。>遠景は立花山。見る角度によって二つに見えたり四つになったりする。
2010.10.28
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下らないことが好きで凡庸に生きてきたので下らないと思われることが好きで。猫のことは最近の知り合いですが、中々可愛い。仔猫が可愛いのは当然というか。強かな遺伝子の為せる業というか。意外と面白いものがこの世には多くあると思えてくる。法に反しない限り、何をしてもいいが、それが難しい。寧ろどうするかは自分次第であり、下らないのは、自分が下らないからでしかないが、その中に見出すものがないとは言えない。 ・猫など詰まらないと思っていたが、それなりに妙な生き物というか。こちらが好きにならないと猫も、こちらを好きにはなってくれないよう。猫は半年で子どもを産むようになるらしい。産まされるのだろうか?一年に2回も。3回だってあるらしい。10年の寿命も条件さえあれば何回でも産むのだろう。人間からいえば「モラルも糸瓜」もないが、それがミッションだと言えなくもない。 ・へ2・・・人間が上品だと言えるだろうか。遣っている事はあまり変わりはしない。都合が悪いからタブーがあるだけだし、そのタブーさえ守らない人間も多い。変質者がとこにでもいる。地球温暖化の原因が解かっても、いつまでも利益追求を止めない。兵器を作り続け、軍隊を強化している国家さえある。数億人の人たちが飢餓に苦しんでいるのに何もしようとはしない。私たちはホモ・サピエンスに価する存在か。下らないことを好きになって、その中で生きていた方がましなのではないだろうか。
2010.10.28
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後悔しないためにそんなことが出来る筈はない。後悔するに決まっているが、それでも後悔を少しは和らげられるかも知れない蓋然性はあるだろう。そう思いながら、出来ることはしようと思ってはいる。アスベルガー・シンドロームではないが、波長の合わない社会に生きている気がしている。これまで生きて来たのだから、人並みの人生だと言えないことはない。我慢もしたし厭なこともあったし、恥も掻いた。運が好かったとは思うが、不運だと思ったことはない。これも父母の御蔭なのだろう。 ・少し寒いが庭に面した居間の硝子戸を開けて、窓際に座布団と炬燵のテーブルを持ってきて、座っている。ここが南側で明るいし、テレビも近いし、ノートPCに向かってブログを始めた。昨日図書館から借りてきた本は10冊。大体2週間に一度借りてくるが、最近は目が悪くなったこともあり、完読はできないでいる。 ・コーラン ・コーラン1 ・道半ば ・コーラン入門 ・メッカ ・ウェーバーとイスラーム ・イスタンブールとトルコの大地 ・イスラムの言葉 ・ニュートン 2冊 ・へ2・・・私たちの時代は過ぎようとしているのだろうか?何をしただろうか。トルコの軍艦が日本の沖で難破して、島の住民が献身的に船員を介護し、救助された70名近くの乗組員をトルコまで秋山真之たちが軍艦二隻で送り届けたという秘話がNHKであっているのを興味深く見たが、トルコとの関係は意外と深いようだ。東の端と西の端に位置している両国だが、その間にあるユーラシア大陸は余りにも長い。ジェットで12時間かかる。来月そのトルコへ行ってきます。
2010.10.28
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予定なしいまウオーキングの準備をしている。外は真っ暗。全国的に真冬並みの寒さだそうだ。今朝は2時起きで、そのまま歩く。朝食を食べたので、そろそろ出かける。カメラを持って出ても暗過ぎるので、ギガビートを持参することに。手袋とマスクも始めた。寒さ対策はOK.予定はないと書いたが、デジカメのバッテリーと太閤水の水を汲みには行こうと思っている。まあ、用事ということでもない。 ・歩きだすと、直ぐに足が温かくなってくる。3年目の冬で不安はない。今月も何とか累計で70万歩、約500kmは、クリアーしたい。1日多いので何とかなりそうだ。それにしても、まとめ歩きが出来なかったのは意欲が薄れている。予定がないのでほっとするようでは意欲の減退だろう。来月は、講座や講演会もあるし、下旬にトルコツアーも控えている。歩数は伸びないだろう。今年もあと2カ月になったが、どうにか1日2万歩を続けて来れた。 ・へ2・・・油断したら元の木阿弥にもなる。体を鍛えるというほど運動をしているわけではないが、どうにか苦にしないで歩けるに過ぎない。足の怪我でもしたら、途端に元に戻れなくなると思う。暗い所を歩くのでそれだけは気を付けている。コースは、比較的ましな歩道を使っているが、前から来る自転車に何度もぶつかりそうになったことがある。あるがまま自然に生きることが目標でもある。
2010.10.28
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私たちは日ころから一応「普遍性」について理解していると思っている。そして疑おうとはしないものらしい。周囲の人々がその世界観や価値観をもっているという期待をもってもいるが、それが確信といえるか?というとどこかで不安もある。常に検証しないと安心できない人間もいる。人々は或る種の共感の上に成り立つ社会の環境を夢想しているのかも知れない。少なくともそれでは挫折するのは目に見えている。 ・然し時々姿を現す現実社会に落胆もする。「普遍性の確信」が途端に崩れてしまうかも知れない。教育システムは「現実」と「理想」の存在を証明しようとはしなからだ。現実は、理想社会ではない。テキストに書かれたものと違う環境にさらされている。 ・へ2・・・幼児教育から「普遍性の確信」についてのスキルを受けていないが、これからでも、学ぶ努力をすべきだ。何が「普遍性」といえるかを検証しなければならない。それは社会と個人の問題でもある。そして国際社会で通用するものかだ。世界から孤立しては意味がない。小国であろうと大国であろうと・・・。
2010.10.27
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私の時間は、平和である自分を続けること。自分らしくあること。考えてみたら、このコンセプトも怪しい。自分が動くからだ。「自分」という存在は不確かなものでもある。いい加減でもあり、そうでもない時がある。いま大事なことだと思っている事が何か起きると、一変もする。朝と夕方と2回、1万歩、約15km歩くことを日課にしている。雨も降るし、これから寒くもなる。それでも平均で毎日そのノルマをつづけて30カ月になる。まあ、吾ながら続いている。こんなに続いたためしはない。 ・ここ数年、夜よく眠れなくなってきた。大体3時間くらい。今日はおそらく2時に起きたから、3時間内。眠くなれば、また寝るが、惹干寒いがどうやら朝まで持ちそうだ。5時前に朝食を摂る。約一時間季節で変わるが5~6時ころからウオーキングする。そしてまた寝る。本当は休息なのだが、思い切って寝ることにしている。睡眠時間にするため。9時ころまた起きる。ブログと読書をする。12時に必ず昼食を摂る。テレビを見て、何もなければ2時から昼根をする。2時間くらい。これで睡眠時間は合計6時間くらいになる。というのが大体の計画だ。 ・へ2・・・別にどこに行かなくても、自分の一日のノルマを熟していれば満足なので、何をしなくても文句はない。予定を入れると却って気になる。別に美食の趣味もないし、できもしないことをしたくもない。家族がいるので寂しいこともない。他人と付き合うのは面白くない訳ではないが、面倒さが先に立つ。このままでいいが、いつまで続けられるだろうか。終わりのないものはない。続ける努力をするだけだ。寒くなれば厚着をして、部屋の中でもその場で走る。私の時間は、平和である。
2010.10.27
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目が覚めて昨夜寝る前に水分を取り過ぎたようで、夢の中で、トイレを探していた。変な話だが、ホームレスの人はどこで用をたすのだろうか。道路沿いの空き地で近くにコンビニはあるけれど、そこに行くのだろうか?汲み取り式の日本式便所を昔は使っていた。悪臭といい排便はいつも困っていた。何が恥ずかしいのかよくわからない処があるが、自分の身体が動けなくなって、下の世話をどうするだろうか?母は他人にして欲しくないと言い張っていた。誰もそうなりたくはないが覚悟は要る。 ・朝から変な話になったが、昨夜の尊厳死のことが頭にある。11月号の文春を読んだ人は、誰のことか解かったのだろうが、そうでない人もいる。何のことか分からないのではないだろうか。夜のウオーキングをして、疲れもあって、夜分になるといい加減にもなる。半分頭が空っぽで書いていたりする。朝からは比較的疲れも除かれているが、夜は引き摺っている事が多いので何を書いているか怪しいと自分でも思う。 ・へ2・・・目が覚めていても夢を見ているような暮らしをしているのだから、朝も夜もない。少し疲れを感じないので、トイレのついでにブログを始めた。今朝は福岡市は久しぶりの9℃になっているが、4月ころの気温である。こうして、それほど不自由もなく暮らしていけるのは、有難いことなのだろう。然し安全地帯にいるわけではない。いつか「雨が槍に・ならないとも知れないだろう。それまでは、好きなことをしたい。
2010.10.27
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尊厳死あるタレントの尊厳死について記述が、文春に載っていた。癌体験者としての苦しい体験があったのは事実なのだろう。一人の患者としての闘病が華やかな芸能生活と無縁のものだけにその落差が読者の興味を引くのだろう。美人のタレントの髪の毛が抗がん剤のために抜け落ちてしまうというのは確かに悲劇であるに違いはない。絶望の淵に追い込まれてみなければわからないこともある。 ・雑誌が読者の眼を引く興味本位な記事を扱うのは、多くの読者を得るためにすることだろう。人間の尊厳死とは、そんなに軽い問題ではない。それこそ難病に罹り、生死の境から長い闘病を経て帰還した人は沢山いるだろう。若いタレントの死生観が、どれだけの意味があるのか知らないが、それを記事にし、扱う雑誌のそれは有名人だからだろうか。無名人の英雄的な闘病は無数にあるのだ。そして安易な尊厳死に対する意見がどれだけの価値が在るのだろうか。 ・へ2・・・死を綺麗事で済まそうとする人間は大嫌いだ。看取るものが苦しいから早く死ねではないだろう。人間の忍耐は、終わるまで続けねばならない。
2010.10.27
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<作品> 1925[大正14]年 「檸檬」、「城のある町にて」・梶井の代表作「檸檬」・日記、須山の話。関連。・ポーの作品との関連。「鐘楼の悪魔」 13時・・・打つはずのない13回目の鐘が鳴る。秩序の破壊。天の邪鬼。共通するテーマ。・萩原朔太郎・・・「猫町」。ファシズム・・髭。・三好達治は友人。・檸檬爆弾が生まれるのは文学的には歴史的意味がある。・Raven 大鴉。恋人が亡くなった。・昨夜 妹 死んだ。・・・宮沢賢治の妹・・・との違い。悲しみの在り方の相違。・梶井の良心・・・自分は妹の死に際して親身になっていなかったこと。・「雨蛙」・「檸檬」、・刊行された後、小林秀雄らに高く評価され、梶井自身が文壇に認められる作品となった。また、梶井は同じような内容の詩も書いている。・病人の心情や、人間の誰もが抱くいたずらな感情を描写した作品。梶井自身結核に冒されていた(後に結核により早世)こともあり、梶井の作品には本作のほかにも肺病の主人公の作品が多い。・画集を積み上げたうえに時限爆弾に見立ててレモンを置いて立ち去る。その後「私」は、私を不安にさせた様々な物事が、爆弾に見立てたレモンによって爆破される様を思い浮かべて、一人興奮する。・心の彷徨を書いている。・借金、肺尖カタル・・・否定していない。・気持は特定されないもの。特定し難いもの。得体のしれないもの。・・・答えはない。・伊東静雄・・「問いはそのままで答えであると知れ。」・この作品は危険な作品。危険をはらんだ作家。[梶井]・不吉な塊。・・・梶井のこと。・私は檸檬だ、と言っている。私が爆弾だ、という意味。・「瀬山の話」 ・漱石の母に対する気持ちは複雑。 ・梶井も母と子の関係は複雑。・「町歩き」のテーマ・谷崎の「秘密」・ポー「鐘楼の悪魔」・小説は、終わりがない。果てしなくつづく。・「瀬山の話」の方が上。「檸檬」を超えている。・凝縮的に書かれている。「城のある町にて」・非人情。高いところから見る。・梶井のユーモア。・気持ちをモノにする。表現できるか。深刻なものほど滑稽。・死なれた妹のことを書いているのに滑稽に書く。・妹の死が背景にある。・人間でなく虫で表現する。・鮮烈さ。・昼と夜。昼の顔、夜の顔。・三島好みの作品。・梶井・・・子供に還ることで洗浄になる。自然に同化しようとする。・洗濯する女性・・・水がこぼれる・・・少年のころを思い出す。・絵画風に描かれている。・太宰治「葉」。構成法は太宰好み。・死んだ妹のことを書こうとしたのに、書かない。死の反照としての生を書いている。妹の死が潜伏している。・気付かないように書いている。手の内を見せようとしない。・「太郎と街」・「そして彼は心が清く洗われるのを感じた。」観念ではなく、レトリック。・漱石「文鳥」のパクリ。「チン、チン」「チン、チン」・康成「伊豆の踊り子」のイメージがある。・「舞姫」鴎外。黄なる面。差別される民。差別される踊り子。・梶井は川端を読んでいた。川端的に書いている。相互に影響された。レトリックの感化しあった作品でもある。・信子の手の傷。・聴覚表現。・断片的に書いている。ストリー的ではない。「一面、一面」が書かれている。
2010.10.27
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ヨーロッパウォッチャーのクライン孝子「統一ドイツその知られざる素顔」(1992年7月)の中で、世界最大規模のキリスト教の信者は、推定16億7千万人うち、ローマ・カソリック約10億人、プロテスタント5.5億人、その他1.2億人。ユダヤ教は、2千万人とある。そして、ホロコーストのユダヤ人虐殺の下手人であったドイツ人の正体は、「キリスト教徒」であったという指摘がある。スケープ・ゴートにされたのは東ドイツだという。よく「知られざる素顔」が登場するが、大抵本当は、作者がそう思っているだけに過ぎない。知っているものが云わないだけなのだ。それは、都合が悪いからで、それだけに過ぎない。ヒトラー独裁が、ひとり狂ってユダヤ人をホロコーストしたのではない。根源には宗教戦争がある。ユダヤ教は、数において、バチカンの比ではない。ユダヤ教の本音は、戦後、バチカンの責任を追及し問いただしたかったのだ、という。現在世界のあらゆるメディアの基本となる形成を考えると、所謂「力の均衡」にある。歴史の細い糸をたどって行くと、幾つかの壁がある。それを突き破らない限り、前に進めなくなる。一見、恵まれた人ほど、実は、最も真実から遠い存在でしかない。人権を奪われ、考えることが抑圧されているものが、実は明日の「鍵」を手にしているが、そのことに気付こうとはしない。そこに容易に突き崩せない悲劇があるだろう。 P.S. やっと「潜行三千里」を読了した。後味が悪い。辻政信は、青島経由で引揚げたそうだ。私も同じルートで引揚げているが数年あとから帰国しているようだ。
2010.10.27
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ある倭人伝の本で、邪馬台国までのルート図をみていると、韓国の釜山周辺から宗像地域のルートが推定されているようだ。先日、同じルートを、グーグルアースで興味を持ったばかりだったので、面白いと思っている。 年月日 気温 起床 歩数2010/10/1 金 18 2;35 24,1312010/10/2 土 20 3;55 31,1222010/10/3 日 24 5;10 20,6132010/10/4 月 17 3;55 22,5362010/10/5 火 19 3;10 23,6472010/10/6 水 17 4;05 25,4012010/10/7 木 15 5;10 23,7022010/10/8 金 19 3;50 12,8392010/10/9 土 19 4;20 24,6682010/10/10 日 21 3;35 22,4242010/10/11 月 20 2;55 22,3422010/10/12 火 18 3;40 23,6532010/10/13 水 19 4;25 24,0052010/10/14 木 15 2;55 21,1192010/10/15 金 18 3;17 22,6742010/10/16 土 14 3;15 23,8412010/10/17 日 13 2;55 24,9172010/10/18 月 14 3;45 21,9182010/10/19 火 16 4;30 20,8102010/10/20 水 18 2;15 20,7122010/10/21 木 20 2;38 22,3152010/10/22 金 20 3;10 19,6562010/10/23 土 18 3;55 25,2162010/10/24 日 21 2;21 17,4032010/10/25 月 21 5;50 22,6882010/10/26 火 19 2;55 24,0692010/10/27 水 11 4;20 25,115合計 613,536
2010.10.27
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