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>ウオーキングコース。 空を自由に飛ぶことはできないが、自分の力でどこへでもひとりで歩ける。健康といいたいが健常人とまではいえない病気を持っている。完治できないといわれている。薬とも付き合っていかなければならないので、大災害とか何か変事でもあれば、そして薬が切れたらすぐに日常は暗転してしまうだろう。ウオーキングで、その薬を3分1に減らせたのは一日2万歩を続けている理由でもある。 ・好きに歩けるということの悦びは、日々の暮らしのベースでもある。その延長に自分のアクション・フレーム・オブ・レフアレンスもある。今日は。NHKTVの60周年の記念日だという。初めてテレビを見たのは、熊本の済々黌が甲子園の春の高校野球で優勝した時だった。テレビが家に無かったから、近所の家で見せてもらった時だった。 ・へ2・・・個人的に、私を知っている人もブログを読んでくれているかもしれない。あんなことをいっていると笑っているのだろう。それでも好いと思う。好きなことができるだけ平和なのだ。人は一人で歩けること。好きなことができることが大切でもある。謙虚であるべきだろうが、あまり遠慮をしても時間は過ぎてしまう。さて、2月は「にげる」というから、気を抜かずに暮らしたい。
2013.01.31
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「夢十夜」 ・1夜.2夜,3夜,4夜,5夜・10夜,9夜,8夜,7夜,6夜・2分割して、話が対になって描かれている。・5-6、7-4、8-3、9-2、 10-1 が「遊び」の要素がある。・漱石流のジョーク。 ・「1夜」疑うから・・・百合が出てきた。 欺かれたから。・百年待てなかった男。疑ったから夢はかなえられない。・星が霊、百合が肉。・「1夜」「10夜」セックス・ドリーム。漱石にも関心があった。夢である必要がある。・違う世界にする必要があった。・「10夜」豚になめられる男。・「9夜」「2夜」・・・対になっている。・お百度・・・裏切られて夫に対する恨みを晴らすためにお百度を踏んでいるという解釈もできる。他力本願。・自分ではどうにもならない。 ・「3夜」の内の鏡と「8夜」外の鏡。の世界。対になっている。・鏡の中の動くものは卑しい。・水鏡。自分の心を見ようとしない。・金魚売の存在。・「7夜」「4夜」海と川の対。 ・似たような話を「対」にしている。・「5夜」・シ・ラー「人質」 「走れメロス」・あまのじゃく・男が疑う。・「3夜」「文弥殺し」・ハーン「日本海に沿って」・7月下旬~怪談の季節。・「永日小品」・人間にはどうすることもできないこと。・「夢十夜」違う視点。どうすることもできない相手。人間。運命。魔的なもの。総体的に書いている。
2013.01.31
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Suleika(マリアンネ作)Was bedeutet die Bewegung?Bringt der Ost mir frole Kunde?Seiner Schwingen frische RegungKuhit des Herzens tiefe Wunde.Kosend spielt er mit dem Staube,Jagt ihn auf in leichten Wolkchen,Treibt zur sichern RebenlaubeDer Insekten frohes Volkchen.Lindert sanft der Sonne Gluhen.Kuhlt auch mir die heiBen Wangen,KuBt die Reben noch im Fliehen,Die auf Feld und Hugel pragen.Und mir bringt sein leises FlusternVon dem Freunde tausend GruBe:Eh noch diese Hugel dustern,GruBen mich wohl tausend Kusse.Und so kannst du weiter ziehen!Diene Freunden und Betrubten.Dort wo hohe Mauern gluhen,Find'ich bald den Vielgeliebten.Ach! die wahre Herzenskunde,Liebeshauch, erfrischtes LebenWird mir nur aus seinem Munde,Kann mir nur sein Atem geben. Sukeika(マリアンネ作)Ach, um deine feuchten Schwingen,West, wie sehr ich dich beneide:Denn du kannst ihm Kunde bringenWas ich in der Trennung leide!Die Bewegung deiner FluggelWeckt im Busen stilles Sehnen;Blumen, Augen, Wald und HugelStehn bei deinem Hauch in Tranen.Doch dein mildes sanftes WehenKuhlt die wunden Augenlider;Ach, fur Leid muBt'ich vergelhen,Hofft'ich nicht zu sehn ihn wieder.Eile denn zu meinem Liben,Spreche santt zu seinem Herzen;Doch vermeid'ihn zu betrubenUnd verbing ihm meine Schmerzen.Sag'ihm, aber sag's bestcheiden;Seine Liebe sei mein Leben,Freudiges Gefuhl von beidenWird mir seine Nahe geben.
2013.01.31
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刺激のない日常よりも変化に富んだ多様性が人間性を高めるのだろう。どうしたら都会の中で、それが可能になるだろうか。それが問題だ。そこには発想の転換が必要だろう。そのためにコストを払わねばならない。そのための努力は惜しむべきではない。核兵器を製造するよりか、どれだけましだろうか。 ・小手先で政治が行われようとしている。それに加担する者は誰か、国民は目を皿にしてみなければならない。誰が何をしようとしているか。根掘り葉堀りせねばならない。その試練に耐えたものだけが、政治家足り得るのだ。政治家にプライバシーなどはない。彼が支払う対価は小さいものではないだろう。だからこそ、安易に政治家になろうとするものを信じることはできないのだ。 ・へ2・・・明日から2月だ。体がむずむずしてきた。新しい意欲が湧いてくる気がする。地上に這い出してくる生命が、溢れだすのだろう。このエネルギーこそ、あらゆるものを変化させるだろう。もう気の早い樹木たちがざわめいている。
2013.01.31
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人間の進化には、原猿時代に生じた夜行性から昼行性への移行が重要だと言われる。夜と昼の区分は、ひとの物に対する考え方に大きな影響を与えたことは想像できるところだ。時間生物学の研究は、ひとの生体リズムの機序が他の多くの生物の間でも共通していると述べており、測り知れない驚きだ。千葉喜彦「からだの中の夜と昼」は、何度も読んでいるが、読む度に面白い。「文学は、文脈で読む」。これは、まるで、蛙が柳の枝に跳びついているようなものかも知れない。夜は、闘う相手が自分の敵ばかりではない。多くの危険を呼び込んできたことを教えている。夜を安らかに過ごすことのできないものは、現在でも。本来の実力を昼間発揮することができないだろう。殆どの人は、朝がくると起きる。夜の不安が幾分残っていても、それは急速に薄らいで気分が楽になってくる。また新しい気分で生活を始める。一日のはじまりは、日の出だと思っていたが、柳田国男は、むかしの日本人は、「日の入り」を一日の始まりとしていたと言う。夜と昼は別の世界と捉えていたようだ。さて、現代は昼夜の区別が無くなりつつあるが、生活リズムの変化は、物事に対する考えも変化してきているであろう。どうもよくわからない世界がくるのかも知れない。
2013.01.31
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「貧困日ましにせまりて、いまは何方より金かり出すべき道なし」と一葉は日記に書いている。1896年11月、24歳の若さで死去した。その貧しさの質が今とは違うのかも知れない。そうして才能が散って行ったが、一葉の貧困のどん底が、古めかしさや、まずい小説しか書けなかった彼女を追い込み、リアルの世界に目覚めさせたのだろう。一葉と、清張の目の鋭さは日本の作家たちの怠惰を打ち破り、新境地を拓いたのだろう。 ・多寡が知れたもので芸術家気取りに辟易してきたが、それもこれも、発掘の努力さえしないで、「斜陽」に明け暮れている日本の文化人や、その取り巻きの行く先は知れている。自分たちの視野の範囲でしか考えようとはしない知識で、普遍性など生まれる筈もなく、セピアに色褪せたものに郷愁を感じているようで破先はない。胸を食い破って生まれてくるものが新たな時代を形成していくまでは、怠惰な澱みが続くのだろう。水面に映る空しか見ようとはしなかった日本人たちがいたのだ。 ・へ2・・・そして、今も変わらずその小さな池を自分の世界だと信じている連中が、戦艦を浮かべようとでもいうのだろうか。青空は上にある。上さえ見ようとはしない。それだけで一生を終わればいいだろう。それが一生だと思うものは所詮囚われたものでしかないだろう。「近代名作紀行」なんと、愛らしい紀行だろうか。しかも小便の臭いがする。
2013.01.31
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2013-1月歩数集計 年月日 曜日 気温 起床 歩数2013/1/1 火 2 5;10 16,2862013/1/2 水 7 4;10 83862013/1/3 木 1 4;15 23,3122013/1/4 金 0 4;15 23,6602013/1/5 土 2 3;55 22,3092013/1/6 日 1 4;30 9,8562013/1/7 月 6;15 23,6552013/1/8 火 4 4;10 22,7742013/1/9 水 5 5;20 24,3112013/1/10 木 1 2;20 21,5282013/1/11 金 0 5;39 25,5232013/1/12 土 2 2;55 21,5052013/1/13 日 4 5;40 13,8872013/1/14 月 4 2;30 27,6552013/1/15 火 4 4;08 23,3132013/1/16 水 2 4;05 21,5542013/1/17 木 4 4;10 12,5552013/1/18 金 (2) 6;10 21,0422013/1/19 土 2 4;25 22,9402013/1/20 日 2 4;50 20,6732013/1/21 月 5 3;17 14,8822013/1/22 火 8 5;45 16,3972013/1/23 水 5 3;00 21,1562013/1/24 木 7;10 24,6222013/1/25 金 5 6;20 22,4492013/1/26 土 2 3;40 20,5652013/1/27 日 1 3;15 20,7722013/1/28 月 2 4;10 17,8552013/1/29 火 1 5;15 24,1462013/1/30 水 5 3;05 22,2082013/1/31 木 5 4;25 21,324合計 633,100 ウオーキング歩数累計年月歩数日数平均歩数累計38,267,5821,75221,842(26787km) やっと 1月過ぎましたね。
2013.01.31
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静かに時を待った強かな死神は人知れず動いて当然嵐のように襲いかかってくる。何も用意して待つことはない。ファウストのように悪魔との契約など必要はない。環状ではなく直線状のヒトの染色体は、タンパク質と結びついた特別な染色体末端に結びついたDNA配列をもっている。この非コード配列タンパク質であるDNA末端、テロメア telomere は、ヒトの中で唯一接近しやすい染色体複製の構成要素である。テロメアは、150~ 2000の TTAGGG 配列をもっている。 ・染色体の末端はテロメアの核タンパク質によって保護されている。 ・テロメラーゼは老化した染色体を維持している。 何故 telomere crisis は起こるのだろうか。ヒトの分子生物学はパズルだ。テロメアの欠損による染色体末端の欠失は染色体の不安定化をもたらす。つまりそのような損傷は高い割合で組み換えが起こりやすい。 それこそ、精子の如く数億の競合を経て始めてひとの遺伝子は卵子にたどり着くことができる。ヒトの生命の先端で繰り広げられる闘争は、単純でも平易でもない。まさに複雑で熾烈な闘いの場でもあるのだ。そこにこそ、人間の生命の根源があるのであり、私たちの日常はその上に立った社会でもある。
2013.01.31
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現代は数々のストレスとの闘いの中にある。謂わば生まれてから死ぬまでストレスとの闘いが続く。それこそ気圧か水圧みたいなものだ。「ストレスに対してどう闘うか。知らない者は早死にする。」私たちが生きている限り、自己以外からストレスを受け、そして私も他人のストレスの原因になるかも知れない。平気で楽々と耐えている人もいるし、無神経で判らない人もいるだろう、人はさまざまだ。私などは、負けて病気だ。それでも、未だしぶとく生きているのは生への執着だろう。愚かな努力かも知らないが、私は、これまで楽して生きてきたので世間にお返しをしたいだけだ。吸い込んだものを吐き出したい。吸い込んだ思いは、数かずあるから。ひとはいつか炭素に戻り、空気となり、地上に暫く留まりそして、宇宙へと還っていくだろう。ストレスは、生きている証明かも知れない。私たちは、歴史を学んできたが、いつか私たちも歴史になるだろう。 昔、写真集を見たことがある。世界中にある豪華ホテルだ。恐らく宿泊のチャンスなどないだろう。どんな贅沢でもできる人もいれば、そうでない人が圧倒的に多いだろう。宿泊できる人でないと、ホテルの素晴らしさも、エージェントの洗練された接待も判らない。VIP待遇や、スィート・ルームも知らないが少しも羨ましいとは思わない。清潔で、暖かい布団があれば、気持ちよく眠れる。Ritz Carlton名前だけ、印象に残っている。片田舎に、ポッンと豪華ホテルがある。それが崖の上であったりするのはどこが夢があり良いなーと思ったまでだ。カネの苦労もせず食えればそれだけで良いと庶民は考える。城のような家に住み、幾つもの遣わない部屋があっても、不幸なひとは、不幸だろう。狭い部屋に、抱き合って寝れた方が、どれだけ幸せか判らない。
2013.01.31
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あらゆることがこれまでの体験に根ざしたものである以上発想というのもそこからスタートせざるを得ない。資本主義の中で経済理論を学んできた人たちに、新しい理論を容易には創造できない。資本主義の終焉といっても、それは自分の考えている準拠枠の中で考えられることでしかない。資本主義は変質しても消滅はないのではないか、という思想を捨てきれない。希望的観測がある。まさかあのアメリカ経済が・・・、と思ってしまう。経済は循環する。大恐慌を経験してもそれを克服してもきた。産業、金融の次に何かあるのではないか? ・発想の転換と言われながらそれが到頭実を結ぶことはなかった気がする。どうしてできなかったのだろうか?真剣さが足りなかったからばかりではない。物事に確りけじめをつけたことができないまま、問題の先送りをしている。いつか時間がくれば自分ではない誰かが遣るだろう。そんな無責任が通用してきた。他人の遣ってきた成果ばかり追いかけている。解っている人が何もしない社会ではないか。遣った人が莫迦をみるからではないか。 ・へ2・・・公正や、公平が行渡らないでいる。大学でも講演会で、奥歯にものの挟まったようなことを話される。ずばりという先生が少ない。正しいことを言うのに不利なことがあるからと怖れていては何もできない。そういう姑息さがやがて大きな社会の過ちを惹起させる。分からないでいる人たちを覚醒させるには、頭を叩いてでも知らせる勇気がいる。猫の首に鈴をつけねばならないのではないだろうか。
2013.01.31
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何故この部分または他の部分が変異したのかということの原因を特定できない。条件の変化は、普通にただの彷徨変異性を誘発するに過ぎないが、時々直接に明確な効果の原因となることがある。これらの効果は時間の経過とともに極めて明確なものになることもある。習性が体質の特徴を生じ、使用が器官を強化し、また不使用が器官を弱く縮小させる効果は多くの場合に有力であったように見える。相同部分は同じ状態に変異する傾向がある。また結合し、節約し、他の部分に影響を及ぼすだろう。多様に使用し、未発達で、下等な有機構造は変異し易いのだ。自然淘汰はもっぱら有益な変容の保存によってのみ作用する。私たちは、前さえ向いて生きていれば、明日を見失うことはないと言うことか。
2013.01.31
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>海側の壁は劣化が早いようです。 社会や、これからのことも考えたい。生活の糧を得ること。自己実現を図ること。社会的な連帯を実現すること。ひとの仕事はある。食べていかなければならないが、それがどんなライフスタイルをもつかでもある。憲法の27条の勤労の権利と義務は必ずしも「すべての国民に実現されている」わけではない。生き甲斐を失くした国民も多いのだ。まだ国会では、レベルの低い議論がされている。 ・やる気のない政治家に任せていられない。国家権力が怠惰の夢に浸っている。国際社会は、日本を見棄てるだろう。自然淘汰される国家を救いはしない。既に日本は、破綻するだろうと言われている。それに対する何のビジョンもない政府だ。そうしたのは国民の責任であり、そのためのどんな報復も甘受しなければならなくなる。「ポイント・オブ・ノーリターン」 は近い。私たちは、崖っぷちだ。 ・へ2・・・火事場のばか力でも出さないと間に合わない。問題の所在がどこにあるか分からなければ正しい対応もできはしない。そのことに気づいていない。やはり真剣にならないとだめですね。金メダルの栄誉はそれを利用するためではない。過去の栄光にしがみついているような人間に他人の指導などできはしない。
2013.01.31
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>博多湾東部。一見澄んでいるように見える港湾も実は、汚濁している。 何者であろうと昨日は昨日であり、過去のことでしかない。真宗では「朝に紅顔ありといえども夕に白骨になれる・・・」という。これまでのことに執着し、固執してはならないという教えでもある。在るものいつか終わり、変質もする。これまでの常識もいつか通用しなくなる。世の移ろいとは何と激しく無情でもある。 ・昨日までのブログも足跡でしかなくなる。いつまで続けられるか、それは社会環境にもよる。送り手と受け手、そしてシステムがある。そのどれかが止まれば、衰退する。多くのことで昨日と違う出来事に愕然としてきたことだろう。父母が死ぬことを予想してはいなかったし、その事実は心の中では、中々認知できなかった。必ず、結果には原因があり、プロセスもある。注意さえすれば見えるだけの機序もある。予兆も知ることはできるだろう。 ・私は、何もあすに期待しないことにしている。目の前の現実に背を向けないようにして生きていきたい。それでも自分の時間と在るのは現実でしかない。多くの人たちや自然と共存してわずかな営みにスペースを探したいと思う。
2013.01.31
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>アヤ・ソフィア モスクとして使用されていたので数百年間漆喰で塗りこめられていたが、最近博物館になってから、顔が出てきたと話題になっていた。 修道女フロツヴィト(935年頃ー1002年)俗名ロスヴィータは、ファウスト伝説に継承される、人間と悪魔の契約「テオフィルス」の話がある。そして、「サピエンティア」では、 信仰深い処女が裸にされ、手足がちぎれるほど鞭打たれ、乳房を切り取られ、皮をはがれ、油鍋でゆでられた挙句、首をはねられてしまう。このヒロインのようにアガタなどウォラギネの「黄金伝説」に出てくる聖人や聖女は、普通なら一度で命を失うような拷問や処罰を繰り返しても死なないのは、途中で神や天使が現れて、その都度いやされるが、最終的には天に召される。 殉教者に加えられる残酷な仕打ちは、ひどければひどいほど、それに耐える信仰者の徳性が裏打ちされ、フロツヴィトの文学も残酷というより、女性の貞潔と魂の救いを賞賛するための手段と見るべきだろう。 聖女アガタの殉教を画題とした一枚がある。両手をしばられ上半身をの衣服をはがされたアガタが、その豊か乳房を二人の男によって大きな剪定鋏で切り取られようとしている場面。アガタには苦痛の表情はなく、口を半ば開いて右手上方を見ている、そこには天使の姿がのぞいている。 アガタは、シチリアの提督の好色な誘いを拒んだため、娼婦の身分におとされ、次にはこの絵のように両乳房を切りとられ、更には熱したガラス片の上を裸でころがされ、殉教してしまう。 絶えず世紀末のトラウマに脅えていたヨーロッパの人たちが、人間性を喪失した行動に走ることが多かったのは何故だろうか。その心理の奥にあるものを探り出すことは、同じ人間として知らなければならない課題ではないだろうか。日本人にも昔も今も、隠された残忍な行為があるであろう。人間性の問題は、私たちが生きている間は、常に注意を払うべきテーマでもあるのだ。
2013.01.31
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何が優雅な日々なのだろうか。それはその人次第でいい。誰にも決められないから好いのだ。勝手に決められたくはない。それを、決めたがる社会は、いい社会ではない。優雅であろうとなかろうと、それは変わりはしないだろう。自分でいいと思うことができる社会が一番豊かなのではないだろうか。できないことだから童話にもなる。うそをついて真実を語るのだ。 ・この社会はうそつきである。だからみんな虚偽なのではない。そのなかに真実がある。つくられた真実の中には真実はないからだ。なかは空っぽだ。宝は実体がないから宝なのだろう。簡単ではないから神秘的にもなるのだ。優雅であることは、果して美しいのだろうか?或いは幻想ではないだろうか。それこそ、すべてを失ったホームレスの暮らしが優雅なのではないか。乞食の生活が悟りの道だと説いたひとがいた。 ・へ2・・・山頭火は優雅な一生だったのかも知れないなあ。 うしろすがたのしぐれていくか
2013.01.31
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何が、現実と言えるのか。その認識がなければならないだろう。ご都合主義では駄目だ。もっと真剣でなければ真実を見失うかも知れない。それは、現在の日本をどう観るかでもあるだろう。「美しい日本」とか、世界レベルだと言えるだろうか。「女性は、産む機械だ」とする発言も単なる失言ではない。それを、言い逃れようとする姿勢こそが問題だ。安易なことばがこれまでも命取りにもなってきた。 柔道連盟が監督を処断できないのは彼らの中にある保守性だろう。だから選手たちは提訴しても駄目だと思ったに違いない。暴力肯定する人に、それは悪いことだと言っても聞かない。薬を使えば不法であり出場できないが、暴力を使えば勝ってもスポーツではない。スパルタがスポーツだと思っている人がいるのではないだろうか。然も女子柔道の監督だというから、尚更だろう。野蛮な行為は、それこそオリンピックの開催を遠くした。 メダリストが必ずしも人格者ではない。教育者のスキルこそ問題だ。
2013.01.31
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<太宰のぼんやり> ・太宰・・・女のマネ・・・女になる。女になることを意味している。「女語りをするものは女である。」女語りを太宰はやめようとしなかった。・太宰と鱒二との相違点 ・太宰も芥川も、生涯にわたり庶民への差別意識をもっていた。・「ぼんやりと待つ」・・・太宰の本質。・太宰:ブルジョアに生まれた。貧困に対して屈折したコンプレックスがある。・太宰は庶民の側にいないから庶民の側に立てない。庶民はケチ臭い。庶民の考えに共鳴できないという思い。・S5.S10年太宰は、鎌倉で自殺を図っている。鎌倉の「実朝」に対する思い入れがあった。実朝と太宰の距離。実朝になりきろうとしながら、距離を置こうとするという矛盾。・「似ている」・・太宰のキーワード。切っても切れない相手に対して使っていることば。 「富士には月見草がよく似合う」・・自分の思いを込めている・太宰は、とめどなく言葉が出てくる天才 といわれる。ロマネスクの変型。・太宰は落語に親しんでいたことで、落語の話芸を知っていたこと。造詣が深い。・太宰は、同じキーを叩き続ける。・太宰のユーモア・・・西鶴との関係。・太宰は「カネのこと」に触れるときは真面目になる。「三界に家なし」。生き方が下手。・太宰は自意識過剰の人。・太宰には負い目があった。憎悪と愛情。兄は議員。貧しさを尊ぶ・・時代にマッチしていた。少しも旅先でも住民と会話をしようとしていない。・太宰の心理的コンプレックス・・あばただった。・堤重久「太宰との七年間」・・なぞるように書いている。作品・・をそのまま評価できない。・作品だけが救い。芸術は私だ。という太宰が、芥川賞に落選した。自分の作品が無視された。才能をのばせないという苦悩があった。自意識と世間の作品評価との乖離と逆比例。・太宰にとって、芸術とは自分のこと。「芸術は私だ」・太宰の読み方は普通(単純)にはいかない。・「人間失格」・・・女性遍歴史がある。「書くものがない」一方的に書いている。・鱒二と太宰の師弟関係。師はいやなもの。オリジナル・・・めざめる。・「ヒューマンロスト」・・・「パピナール中毒」になり太宰は拘りを持っている。・太宰の入院。鱒二に入院させられたことを恨んでいる。・鱒二著「薬屋雛女房」で、太宰の病気のことを書いている。太宰の恨みは続いた。・太宰は、自然のままを書かない。へそまがり。老婆=自分の変型。(太宰の小説の原型)・作家の発想はひとつでしかない。違った作品に見せかけているだけ。それが上手いか、下手かの違いでしかない。それから抜け出せない。・「背後にひそむ何者かがいる」「死は背後にある」・・・気付かない。・太宰の純潔に対する考え方。嗅覚の比喩。悪臭という表現を使う。・文壇・・・ 井伏、川端。 太宰は、疎外されていた。集団嫌い。被害妄想。・富嶽百景は問題作。富士をどう描き分けるか。見方はTPOで変わるのは、見方が変わるから変わる。・小説に使う「私」を使うのを嫌った。大庭葉蔵ペンネームとして気に入っていた。「人間失格」に出てくる。・「滝」をみたら滝を忘れない。 ・「ぼんやり」・・・作家になろう。しかし作家はぼんやりと書くときは実は本気である。 ・恥ずかしことを書く。本当のことはなかなか書けない。作家になりたくない。・「ぼんやり」という表現。・・・アンニュイ。ボードレール。・ストーリーがない。分かり難いのは当り前。・・・太宰の本質。 ・才能のある人間のある話を書く。小説家が、小説家を書く。 ・川端を憎んだ。菊地寛は、当時文壇のボスだった。芥川賞に絡んで太宰は落選。 ・昭和10年は、太宰のターニング・ポイント。 ・道化の華。道化の精神(太宰の道化)
2013.01.31
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有島武郎「カインの末裔」を読んで思ったのは、決してユダヤの民の話ではない。人間は謂わば、それこそ降ってわいたボウフラのように暖かい血を求めて生きているのであり、この地上で失うものなど初めからありはしないということだ。あると思う永遠などありはしないのだ。それを想像しただけでしかない。ボウフラから進化しないものは、短い一生をただ蚊でしかないのではないだろうか。 ・比喩でしかないが、人間には失うものはないのだろう。元々この世に残すものもないだろう。あるのは足跡でしかない。踏みつけられた人間の重みなどすぐに波に消されてしまう。謂わば砂浜の足跡に過ぎない。そして、それは絶望するほどの存在でもないのではないだろうか。あるのは自分のわずかな1クールのカリキュラムでしかない。それこそ運が良くて、温かくて軟かな皮膚に辿りついて得られるものは蚊ほどの小さな腹を満たすだけではないだろうか。 ・へ2・・・ヒトは皮膚の色が違ってもそれこそ同じ形質の種のひとつに過ぎない。やることは変わりはしない。人に差別を作ったのは思い上がった一部の人間の欲望に過ぎない。それがいつしか慣習化しただけだろう。何度も作り替えながら住処を変えてもきた。そして、その果てに、多くの言語と、民族を作り上げたのだ。もうその社会システムも変えなければならない。何故なら、この100年で地球を汚し始めたからだ。科学文明の急速な発展による環境破壊で、温暖化が深刻さを増している。このままでは、あと100年もすれば、平均気温が6度以上も上昇し、生態系はズタズタになるという。そして絶滅する種が増え、それはやがて、種としてのヒトの運命にもなるかも知れない。ヒトが成し遂げてきた足跡でさえ、消し去られる。それでも、それは憂えることでもない。その意味はあるからだ。
2013.01.31
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>博多湾東部 資源は無尽蔵ではない。人間も同じだ。限られた時間と限られた世界で生きている。個人にとって、未だ自分のスペースを選択できるが、いつかそうもできなくなる。のびのびしていられるのにも限界があるだろう。私たちはただ黙って、それを受け入れるしかないのだろうか。一生恙無く生きられれば幸福といえるだろうか。何か今しなければならないことが私にもあるのではなかろうか?それが、正直な気持ちでもある。 ・石炭や石油や、或いは人間の生命でさえ限界がある。自然は、人間の文明や社会的活動を後押ししてくれた。私たちは子孫に誇れるものを残せるだろうか、悩み始めている。彼らの健やかな一生を守るべき資源を残すことができるだろうか?それだけの時間と智慧があるだろうか。生気を失った残骸だけを残すのではないだろうか。勝ち負けや損得だけを追求している社会が、人間の叡智といえるだけの資源をのこせるのか? ・へ2・・・個人主義の限界があるのではないだろうか。無謀な野心がすべての存在を絶滅させ、目的を見失いショートしてしまうかもしれない。そう思い始めてはいないか。少なくとも個人としてそのことを思っている。人間の未来を類としての存在として考えることはある。そろそろ部屋の中にたまった資料を整理しなければならない。このままではゴミの山になる。後継ぎはいないから、妻子はすべて焼却場に捨てるに違いない。消されないためにもこれから少しは残ったエネルギーを使わねばなるまい。明日から2月のスタート。
2013.01.31
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逆境といえども、苦悩を続けているとしても、何かに夢中に打込んでいれば苦痛とは思わない。真剣さとはそういうことではないか。下手に弛んだ時、絶望や悲哀を覚えるのだろう。所詮個人としての自分は、何ものでもない。徒の微力、非力の輩に過ぎない。 只一匹のハエのように囲いの中の狭い空間を、与えられた時間をせっせと自分の子孫を残そうとしている。こっちから見るか、反対側から見るかによって物事は逆転して見える。 宗教は、内に向かう人たちではないか。或いは外に向かって、宇宙から見れば糸にも見えない万里の長城を築こうとしている。 私たちに何ができて、何ができないか? 不可能が何か、困難とは何なのだろうか? 不可能はいつまで経っても為しえないことであり、困難なことは努力次第で為しえるだろう。人は、困難を克服する為に努力しなければならない。常に、その見極めをすべきだ。 やがて夢は覚めねばならない。ひとはいつかその時がくる。自分が遣ってきたものが何かを知らねばならない。それは、個人のなしえることは、すべて果敢ない一事でしかない。短い夢か、長い夢かの違いでしかないだけだ。 それは、「一炊の夢」に過ぎないだろうか。・・・かも知れないし、そうでないかも知れない。東洋人も西欧人もその他の人びとも同じ遺伝子を持った種としてのヒトであって、遣っている来たことも、遣っていることも同じだろう。ただそれぞれが利己的に見えるだけだろう。 私の中の多忙は、自分を夢中にさせただけに過ぎないし 生半可であれば自身の蒙眛に終わる。
2013.01.31
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人間由来何故こうした複雑な世界になったのだろうか。説明の出来ないことはないが、それは簡単ではない。知れば知るほど解からないことも増えてくる。終わりのない議論が繰り返されるのは、視点が違えば評価も変わるからだ。不毛の議論ばかりされて結論の出ない歴史が、更に積み上げられている。厖大な遺物が、人間の未来を塞いでいる。宗教だけでは、この世界は救われない。 ・いつものようにウオーキングして来た。風邪の症状があったが、不快になることもなく、いつものコースを約1万歩、7キロくらい歩いた。これで何とか、今月度の月の目標を達成できた。 ・へ2・・・それこそ、あっという間に状況は変化してしまう。ブログも、それほど注目されなくなったが、消えていく運命だろうか。それはありえる。消えないものはないからだ。生き残る価値が見出し得るかである。単に商品価値があるかないかでもないと思っている。未来への鍵は、意外な所にあるだろう。それは騒がれるばかりがそうではないのだ。人間由来を見詰めることが出来ているかだ。なぜ柔道の選手たちは、全日本柔道連盟ではなく、JOCに改善を求めたのだろうか。それは、それでは駄目と知っているからでもある。自浄能力を失くしていることを、記者会見でもわかる。日本柔道は、お粗末であり、それこそ恥をさらした。
2013.01.31
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暴力 九州でも、3月までくらいは、最低気温は一桁台である。それでも日中の陽射しのぬくもりが違いもする。草木の勢いが出てきて、湧きたつような季節が来る。暴力というコンセプトが世間では中々理解し難いようだ。何故だろうか。それは日本という文化の歴史観がある。柔道界で暴力があったと騒いでいるが、これでは、オリンピック開催の資格がない。オリンピックの精神を欠いたひとたちでは意味がない。 ・オリンピックを商売の種にされては堪らない。スポーツは楽しんでするもので、強要されるものではあるまい。軍隊精神があるとすれば、それはスパルタでしかない。心と体のバランスの一致していない人の指導では、間違った教育がされてしまう。野球とか、マラソンとか、格闘技とか、ややもすれば過剰な指導がされているのは誰でも知っているが、それを黙認してきたところがある。 ・へ2・・・まさしく暴力であるにもかかわらず、それを目的のために見て見ぬふりをしてきたのだ。それはトラウマにもなる。さらに暴力の連鎖にもなる。小さな誤りさえ糺せない人間になってしまうのではないだろうか。強者が弱者をいじめていても知らないふりをしてしまう。卑劣な人間を増産していれば社会は崩壊しかねない。
2013.01.31
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もう一時間ばかりPCの立ち上がりができないでいる。なにしろ・・・色々ある。あるのはこればかりではない。今日も福岡市は暖かいらしい。15℃くらいになるとか。春を思わせるが、まだ寒さが終わった訳ではない。朝から、久しぶりに「星の王子さま」の話を書こうと思っていたが、時間が経過し過ぎたこともあり、意欲がうせた。童話が面白い。それは作品の中に含まれている意味の深さを知るからでもある。この世を浅く見るものには浅いものでしかないということだろう。視点を換えれば違う。解かる人だけにしかわからないエリアがある。さて、遅くなったが、朝は今日も来てくれた。陽射しのぬくもりが感じられる一日になりそうです。福岡市の日照時間 年月日 曜日 日の出 日の入り 気温 起床 備考2013/1/1 火 7;22 17;20 2 5;10 2013/1/2 水 7;22 17;21 7 4;10 2013/1/3 木 7;23 17;22 1 4;10 日の出最遅日2013/1/4 金 7;23 17;22 0 4;15 日の出最遅日2013/1/5 土 7;23 17;23 2 3;55 日の出最遅日2013/1/6 日 7;23 17;24 1 4;30 日の出最遅日2013/1/7 月 7;23 17;25 - 6;15 日の出最遅日2013/1/8 火 7;23 17;26 4 4;10 日の出最遅日2013/1/9 水 7;23 17;27 5 5;20 日の出最遅日2013/1/10 木 7;23 17;27 1 2;20 日の出最遅日2013/1/11 金 7;23 17;28 0 5;39 日の出最遅日2013/1/12 土 7;23 17;29 2 2;55 日の出最遅日2013/1/13 日 7;23 17;30 4 5;40 日の出最遅日(11日間)2013/1/14 月 7;22 17;31 4 2;30 2013/1/15 火 7;22 17;32 4 4;05 2013/1/16 水 7;22 17;33 2 4;10 2013/1/17 木 7;22 17;34 4 410 2013/1/18 金 7;22 17;35 -2 6;10 2013/1/19 土 7;21 17;36 2 4;25 2013/1/20 日 7;21 17;37 2 4;50 2013/1/21 月 7;21 17;38 5 3;15 2013/1/22 火 7;20 17;39 8 5;45 2013/1/23 水 7;20 17;40 5 3;00 2013/1/24 木 7;19 17;41 7;15 2013/1/25 金 7;19 17;42 5 6;20 2013/1/26 土 7;18 17;43 2 3;40 2013/1/27 日 7;18 17;43 1 3;15 2013/1/28 月 7;17 17;44 2 4;10 2013/1/29 火 7;17 17;45 1 5;15 2013/1/30 水 7;16 17;46 5 3;05 2013/1/31 木 7;16 17;47 5 4;25
2013.01.31
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数値管理 定期検診で、採血と検尿をしているが、出てくる検査の結果は正直でもある。からだは嘘をつかないし、化学反応もパニックにならない限り正常な結果を出す。一時的か継続するのか。体重が100g単位で、自分の現在の健康状態を知らせてもいる。ベストではないがベターを目指すしかない。すべてがうまく行っていても肝心のものが悪ければアウトにもなる。それが怖い。 ・一寸先は闇。「白い巨塔」の財前教授も癌死する。手術に成功して患者は死んだもある。幸福でも目立ち過ぎると他人から怨まれるかもしれない。そんな事件がまた起きているようだ。訳の分からないことがあり、何を信じたらいいか分からないところがある。患者のことばよりも医師たちは、検査の結果を重要視している。それでいいのかどうか分からないが、数字を信じるしかないのだろう。 ・へ2・・・何をしなければならないか具体的な目標が必要だ。一日2万歩のいまの私には最優先の課題である。それがどういう意味があるのか、それは後から解かるかもしれない。やっと夜の7キロをフル・ジョギングできるようになった。ひとりで乾杯している。今夜は気持ちよく眠れそうだ。
2013.01.30
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教育とは、知識の習得ではなく、これから起きるあらゆる課題に対して、それを「自分で解決できる能力」を養うことだという。世界で最も教育レベルが高いというフィンランドの教育関係者のことばだ。知識の蓄積だけが重要視されるべきではない。寧ろ自分で想像し、考える力をどうしたら伸ばすことができるかだという。記憶力はコンピュータに勝つことはできない。それをどう効果的に使いこなすかでもある。自分の脳のパワーを引き出すことができなければ、勝ち残れない時代だろう。 ・これまでのやり方を真似ていただけでは先に進めなくなっているのではないだろうか。哲学者でさえ数学ができなければ数式を立てられない。小さな国が、巨大国をリードするようになるのではないだろうか。それは、優れた思想家が、どこで生まれるか分からないからでもある。知識は共有化すべきだろう。それがEUでは始まっているのではないだろうか。まず教育の一元化に取り組んでもいる。日本はどうなのだろうか。アジアはどうなのだろうか。アメリカは孤立化するのではないだろうか。 ・へ2・・・日本はアジアの中ではいち早く西欧の知識を学ぼうとしたが、現在はどうだろうか。新しい知識に対して貪欲であるだろうか。目先の損得ではなく、長い目で教育を考えるべきだ。そして、どんな事態が起きてもそれに果敢に取り組んで解決できる能力を幼児教育から始めねば間に合わない。
2013.01.30
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森の如く生きよ森の中にいると安らぎを覚える。これは人間のルーツに根差している。森の中から出てきたからだろう。いつも出掛けている宗像大社も森の中にある。日本の寺社というのは森の中にあるのが普通だろう。それだけ森という存在はひとを安心させるところでもある。全国には8万の寺社がある。 ・古代日本の世界観が感じられる。宗像神社には高宮という建造物のない神域があって、そこにあるのは本殿があっておかしくない空間と樹木しかない。古代宗教では、樹木には神が宿るとされた。樹木は保護するために剪定されて太陽を目指して空に伸びて行くが、ここでは手を加えないようだ。そのまま枝が伸びている。その形が何とも興味深い。樹木の枝の強さというのは驚異でもある。 ・へ2・・・宗像大社境内の樹木をブログに載せているが、自分の興味はそこにある。自然のままにされた樹木がどのように成長するのか、それは人間の姿にも視える。
2013.01.30
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大進化と小進化・自然淘汰と適応進化がある。・生存し繁殖することで遺伝子を次世代に 伝えること。・自然淘汰に目的はなく、進化は価値とは無関係であること。身につけたものを失う退化も 進化であること。・恐竜の絶滅も進化の過程である。 ・遺伝子・蛋白質・酵素・神経・ホルモン・脳内物質から行動が機序であり、・人間は、多細胞の生物 。・ある機能を果たすための行動のセットであり、戦略の進化を示す。 ・ダーウィンの観察によれば、雄間競争と雌による配偶者決定があり、 ・大きな体、 ・シンメトリー、 ・鳴き声など、が配偶者選択の基準となる。
2013.01.30
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>博多湾2013-1月歩数集計 年月日 曜日 気温 起床 歩数2013/1/1 火 2 5;10 16,2862013/1/2 水 7 4;10 83862013/1/3 木 1 4;15 23,3122013/1/4 金 0 4;15 23,6602013/1/5 土 2 3;55 22,3092013/1/6 日 1 4;30 9,8562013/1/7 月 6;15 23,6552013/1/8 火 4 4;10 22,7742013/1/9 水 5 5;20 24,3112013/1/10 木 1 2;20 21,5282013/1/11 金 0 5;39 25,5232013/1/12 土 2 2;55 21,5052013/1/13 日 4 5;40 13,8872013/1/14 月 4 2;30 27,6552013/1/15 火 4 4;08 23,3132013/1/16 水 2 4;05 21,5542013/1/17 木 4 4;10 12,5552013/1/18 金 (2) 6;10 21,0422013/1/19 土 2 4;25 22,9402013/1/20 日 2 4;50 20,6732013/1/21 月 5 3;17 14,8822013/1/22 火 8 5;45 16,3972013/1/23 水 5 3;00 21,1562013/1/24 木 7;10 24,6222013/1/25 金 5 6;20 22,4492013/1/26 土 2 3;40 20,5652013/1/27 日 1 3;15 20,7722013/1/28 月 2 4;10 17,8552013/1/29 火 1 5;15 24,1462013/1/30 水 5 3;05 22,208合計 611,776
2013.01.30
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本地垂迹(ホンジスイジャク)は、平安時代ごろからの神仏習合の思想でもある。時の権力者によって利用された宗教がある。宗教国から視れば日本の宗教は訳のわからないものに見えるのだろう。クリスマスだったり初詣だったりする。何でも都合のいいように考えている。素性のわからない民族だと思うだろう。それは言えないでもない。外国の良いところを自分たちに同化して利用して来た。 ・解かっているからできることと解かっていないからできるものもある。良いが悪いになり悪いも好いにもなる。良いと思ったがその時で変化もするからだ。日本にとって、アメリカも中国も、その時の風の向きで違うだけだろう。敵に味方にもなる。まあ国家とは似たようなものだが。成功が没落の原因にもなる。日本の時代も今では嘘のようだ。中国もバブルになるだろう。 ・へ2・・・栄枯盛衰。どんな人も社会的ステータスで変化する。老人は老人のような考えになるし、どこから視ても若くはない。老醜というが、どんな綺麗な牡丹だって最後は萎れて行く。五百羅漢の石仏を見て感じることはある。先日宗勝寺の露天の石仏も風雨にさらされていたがあれもあのままで好いのだろう。祖母が五木の子守唄をよく唄って呉れた。・・・雨は天から貰い水。
2013.01.30
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知識は古くなる過去にどれだけ学んだとしても、通用しない知識もある。というよりも常識が常識ではなくなっていくサイクルが短くなったり、早くなってきた現代では、5,10年といえども昔のままではない。孫たちがどんなことを学校で学んでいるかを観察して視ればすぐに解かることでもある。他人を軽蔑する前に自分はどうか検証してみるべきなのだろう。 ・自分は本当は何も知らないことに気付く筈だ。少なくとも私はいつも思う。知っていることを話す講師の話を聴いて、安心もするが、知らないことを聴くともっと嬉しくもなる。自分の知識も役に立たなくなりつつある。自分が頓珍漢な事を考えているといわれかねない。社会は変動し、人は老いるのであって、自分の時代も終わっていく。誰にも止められな不可逆の時間がある。 ・へ2・・・天に唾するものは、自分の顔に還ってくる。他人を蔑むものは自分もそうなる。社会が貧しいままでは、自分の老後も安泰ではない。自分の足で歩いて、夜明けの道で明日を目指す。
2013.01.30
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「ひとはしばしば愛から野心へ移行するものである。しかし、野心から愛へ戻ることはない」(ラ・ロシュフコーの「マクシム」)戦争・飢餓・パニック・大災害などの極度の社会的混乱は、恐怖・疑心・自信喪失・無気力・狂乱の状態を惹起する。そこにあるのは意味など存在しない狂気であろう。然もそれは、コトの一つでしかなく単なる事象でしかない。ヘーゲル的な見方に立てばコトそのもの。コトとは、次のようなモノを指す・事由、事宜、事理・事実、事況、事情、事象、事態・事件、事故、事変・事例、事項、事務、事業ものの世界とは、客体としてのものと、事物化されたコトで成立つ。「こころ」の多様性とは、・こころは、知・情・意の根本の働き・思考、志、思惟、思慮・中心・根本・思い遣り、情け・趣向、工夫 etc感知・認識・思考の能力を意味している。想像力を豊かにし、知性を活性化することでもある。デカルトの「コギト・エルゴ・スム」が出てきたので、まあそのあたりの本であろう。それほど興味はないが、面白いフレーズが出てきた。「青春とは、絶えざる陶酔のことである。即ち、それは理性の熱に浮かされた状態なのだ。」「おおかたの女性たちの才智は、自分の理性よりも自分の狂気を強めるのに役立っているだろう。」どうも暗い室内で目を悪くしたのか、本が読めなくなったので止めるけど、あとで推敲します。
2013.01.30
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気がつけばもう明日で2013年1月も終わる。31日間も過ぎる。当り前のように日々は過ぎてしまう。無事もあれば、そうではないこともいる。何事もないというのは平穏を意味しており、悪いことを指してはいない。寒いと思う日が続いている。南国九州というが、夜明け前の寒さで零下になることは殆どない年が増えている。 ・2.26事件のこともその日を気付かないかもしれないとふと思った。大事件があった日も時間とともに薄らいでいく。3.11も、そのうち忘れられる日が来るのだろうか。過去のことをどんどん忘れてしまう。そのことにあとで気付く。事件に巻き込まれ無残に犠牲になった人たちは、残された記録になっていくだけなのだろうか。どんな優れた叡智もそれを活かして遣うかでもある。穴のあいた靴下を捨てずに使っている。一々棄てていたら靴下はいつも買っていなければならない。 ・へ2・・・毎日15キロ歩いているから、靴下はすぐに破れてしまう。踵の皮が角質化して靴下はすぐに破れてしまう。穴のあいた靴下は以前は履く気にはならなかったが、今は平気で履いている。穴のあいたシューズも雨の時に困るだけで、舗道を歩くので、けがの心配は殆どないが、穴を見付けた妻が絶句していた。自分の人生を活きている。他人からどう思われようと気にしてはいられない。
2013.01.30
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>別に立入り禁止の標識もなかったが、やはり危険な場所ではある。ホームレスの人が到りもした。流石に冬はここは寒いので避難場所には寒過ぎる。一番先まで歩いたら、鉄格子があって錠がかかっていた。 個性が確立しなければ自己主張もあったものではない。曖昧な態度は自分の考えが明確でないからだろう。これは幼児教育から養成されなければ至難なことでもある。それがない社会であったことも事実だ。個性を重視した教育ではなかった。社会の歯車としての人づくり優先されていたからだ。これは占領政策下の戦後教育の日本の悲劇でもある。 ・人権意識も、民主主義の思想も皮相的なものに過ぎない。人材育成の欠落も将来に禍根を残すだろう。現在国会議員たちが国民の代表者として国会活動をしているが、どれだけ国際社会で通用する人たちだろうか。党利党略で自己保身の器ばかりではないだろうか。金権や当選回数で総理が決められているだけではないのか。未だに出自やカネで当選しているではないか。頭は空っぽではないか。 ・へ2・・・何のための二院制だろうか。都合のいい解釈で政治がされている。現代を正確に理解した頭脳集団であり、真剣に政治がされ、国民による、国民のための政治だろうか?国民が真に期待している政治が行われているとは誰も思っていないのではないだろうか。それほど偏頗になってはいないか。何故雇用情勢は悪化し続けているのだろうか。それを黙って政府は見過ごしている。
2013.01.30
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>博多湾東部 ウオーキング歩数累計年月歩数日数平均歩数累計38,224,0501,75021,842(26,756km) 何度か、ウオーキングで靴を履き潰している。最初は足に肉刺が出来たりした。一日2万歩を5年近く続けている。距離にすると2万キロを超えた。こうなったら地球を一周4万キロを達成したい。1日15キロと試算すると、10日で150キロになる。一月は、昨日までで62万歩を超えている。 ・ウオーキングをしていると解るが、どんな靴を履くかで気分も違う。どんなに寒くても、足の裏から温かさを感じてくる。これまで自分の足が、それほど関心がなかったが、毎日歩いていると、自分のからだを支えてくれる存在の重要性が解かる気がする。 ・へ2・・・ヒトは二足歩行をすることで巨大脳を可能にしたのだし、重力に逆らって運動することが、健やかな暮らしの基本でもある。そのための快適な靴は、大事なポイントでもある。さて今朝は新しい靴で気持も新たに頑張りたい。
2013.01.30
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>155年の歴史のある堤防。 暖かい一日になりそう どこがどう補修されているのかよく解らないが、かなり古そうなコンクリートの壁がある。風化したような壁もある。太陽の光というのは、紫外線など余り浴びると生命さえ危なくなる力がある。強い風と光で、風化していく。海の波もある。赤くなっている壁を見ていると年月の経過を感じてくる。全長は2.5キロあるらしい。中国人の技術者が指導して維新の10年前に完成したようだ。博多の商人たちの出費だったらしい。黒田藩は藩命を出しただけだったのだろうか。和白塩田はそれだけ有名だったのだろう。堤防は月日を重ねてきたが、地元の人たちは波切り不動尊をつくり長い年月を堤防の破壊を免れた。
2013.01.30
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博多湾東部真正面の遠景が立花山山系で、微かみえるテレビ塔周辺が和白干潟になる。最近は和白奈多堤防あたりも和白干潟と言っているようだ。今越年した渡り鳥の姿も見ることができる。干満の差があるので、潮が引いたときに集まってくる。博多湾は海底が平均10メートルの浅い港湾で、閉塞した海域でもある。右手に人工島ができている。海底はかなり汚れた悪臭のするものらしい。いつも出掛けている女子大が、定期的に小舟をチャーターして海底からヘドロを調査をして報告会を遣っている。人工島の影響がないわけはないのであり、やがて干潟も危なくなるのではないだろうか。アサリの稚貝が少なくなっているということだった。豊かな干潟でなくなれば渡り鳥も来なくなる。博多湾は、かなり埋め立てられており、将来はなくなってしまうかもしれないなあ。
2013.01.30
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>奈多付近の堤防。博多湾。 >上の写真のところを、別の角度から。下の船は放置されたもの。 生活の本拠地めぐり そろそろウオーキングを始めて5年になるが、一日2万歩を何とか歩いている。自宅から約10キロくらいを目途にいくつかのコースをつくり、シーズンと天候を考えながら、気ままなウオーキングを愉しんでいるが、できるだけ違う視点を狙ってもいる。今回は、和白・奈多の堤防(155年前に建設された海の万里の長城と呼ばれた)を、海側の側道を見つけて歩いたので、その写真を紹介する。
2013.01.30
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バランス 松が枯れていたが、松くい虫だろうか。隣の木にもその兆候がある。近くにある三苫にも松林があるが、大きな被害を受けている。ここは和白奈多の堤防に沿って松が植えられている場所であるが、かなり成長している松だけに気になった。どうも対応が遅いのではないだろうか。被害が大きくなり、あとでは間に合わなくなる。行政の腰は重い。厳しい経済的状況があるが、事が起きてから動くようでは遅くなる。 バランスの悪い社会は、どこかちぐはぐでもある。こころと体のバランスもある。健康でも動かないでいると病気にもなる。世の中には害虫もいる。早く駆除しないと手遅れになってしまうだろう。さてそろそろ朝のウオーキングの準備をしよう。
2013.01.30
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今日も爽やかに それこそ、爽やかに生きることは段々厳しいが、だからこそでもある。口ばかりで終わるのが常だが。自分がそうありたいと思うだけではつまらない。有能な指導者と思われているひとが暴力を遣っていたりする。それを反対できないでいる選手は、毎日は爽やかだろうか。練習の厳しさと、コーチや監督に逆らわない体罰という名の暴力とは違う。自覚のある選手であればそれが厳しさか暴力かは理解できる筈だ。 ・暴力を正当化して戦前の軍国主義は推進された。志願して将兵になった少年が、年配の招集された兵たちを軍事訓練したと聴いている。それは階級の名を遣った暴力だったという。それがかたちを変えているに過ぎない。体育系の伝統はそうした名残ではないだろうか。金メダリストが、持て囃されて、美名のもとになされた卑劣な行為がある。一流のスポーツ選手が必ずしも健全な精神の持ち主とは限らない。 ・へ2・・・それこそトラウマになった練習があるのではないのだろうか。どうも聴くだに痛々しさを感じる。プロ選手になろうという若者を持て囃す社会がある。どれだけのプロ選手が、幸せな人生を送っているのだろうか。スポーツは自分の健康のためにするものであり、プロはたまたまのヒトではないだろうか。人を人とも思わない人間が指導者の資格はない。
2013.01.29
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>塩浜海岸。対岸は海の中道大橋。 福岡市の日照時間年月日曜日日の出日の入り気温起床備考2013/1/1火7;2217;202 5;10 2013/1/2水7;2217;217 4;10 2013/1/3木7;2317;2214;10日の出最遅日2013/1/4金7;2317;2204;15日の出最遅日2013/1/5土7;2317;2323;55日の出最遅日2013/1/6日7;2317;2414;30日の出最遅日2013/1/7月7;2317;25-6;15日の出最遅日2013/1/8火7;2317;2644;10日の出最遅日2013/1/9水7;2317;2755;20日の出最遅日2013/1/10木7;2317;2712;20日の出最遅日2013/1/11金7;2317;2805;39日の出最遅日2013/1/12土7;2317;2922;55日の出最遅日2013/1/13日7;2317;3045;40日の出最遅日(11日間)2013/1/14月7;2217;3142;30 2013/1/15火7;2217;3244;05 2013/1/16水7;2217;3324;10 2013/1/17木7;2217;344410 2013/1/18金7;2217;35-26;10 2013/1/19土7;2117;3624;25 2013/1/20日7;2117;3724;50 2013/1/21月7;2117;3853;15 2013/1/22火7;2017;3985;45 2013/1/23水7;2017;4053;00 2013/1/24木7;1917;41 7;15 2013/1/25金7;1917;4256;20 2013/1/26土7;1817;4323;40 2013/1/27日7;1817;4313;15 2013/1/28月7;1717;4424;10 2013/1/29火7;1717;4515;15 2013/1/30水7;1617;4653;05 福岡市の日照時間を毎日アップしているが、これは殆んど説明しないので、どれだけ感動を伝えられるか知らないが、去年から毎日記録していると解かることがある。元旦から、今日まで全く日照時間が同じである。当り前だと思われるだろうか。多少ズレるのが普通だからだ。昨年の30日は2℃で、今朝は5℃。気温までは同じではない。昨年の31日の日照時間は、7;15~17;47 である。同じだろうか。 ・昨日は暖かい一日だった。このまま暖かくなっていくのだろうかと思ったくらいだ。未だ寒い日はあるのだろうが、節分も近くなった。また恵方巻の季節だ。鳥渡風邪ではないかと思ったので早く寝てしまったが、妻がインフルエンザにかかって5日間家の中にいたが、どうも感染したらしいが、まだ何とか。白血球が高い。 ・へ2・・・風邪にかからないように注意しているが、どこからやってくるか見えるわけではない。何とか頑張っていますねと検査結果を見て担当医が言ってくれたので、ほっとした。改めて、これからも遣りたいことはある。
2013.01.29
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親父の存在 赤ん坊の頃、父が髭の残っている顔で、顔をすりよせるのがチクチクして厭だったことを思い出した。可愛がってくれたのはいうまでもないが、それでもそれに相応しい親孝行もしていない。母は50歳を過ぎたころ胃癌の手遅れだった。自分のことしか考えられなかった頃で、せめてと一年間付き添った。ひとの死の厳しさを教えて貰ったと思う。それ以上に父のことは想い遣ることをしなかった。 ・親子というのは、余程環境が恵まれているか、そうでない厳しい暮らしでもない限り形成され難いのではないだろうか。平凡な家族ではそこそこの関係でしかない。一緒に旅行するとか、食事に出かけれこともなかった気がする。丁度戦後の貧しい暮らしの中だったこともあるのだろう。青島から戦後引き揚げてきて、その日暮らしの生活だった。 ・へ2・・・親たちがどんな苦労をしたのか、殆ど知らないこともある。子どもだけは見せまいとしたのだろう。優しい両親だった。戦時中に熊本で結婚して、ハネムーンを兼ねて朝鮮半島を北上して満鉄で青島まで赴任したらしい。そして敗戦直後、引揚げて来たが、親戚を頼ってあちこち引っ越した。親父と一緒に暮らしたのは、父の最後の数年間だった。親父は、こどもからは煙たいだけなのだろう。これも趣味の遺伝の繰り返し。
2013.01.29
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価値を発見する人はみな偉大な生き物だと思うが、その価値を見出し得るかという課題もある。人だけではなく、生命が偉大でもある。それを活かしきれずに大抵終わるのも事実だろう。詰まらないものにしているのは、身を守るという使命の難しさでもある。ネコは自分のミッションを理解しているとは言えない。人間にはそれが解かるという違いはある。その差は小さいものではない。深く洞察できるという能力は、それだけの脳を所有しているものの価値でもある。 ・自分にある数値目標を以って生きるということを足掛かりにしている。病院では、採血や採尿をして検査をし、患者と面談して、その診断をする。検査結果は、その間のからだとメンタルの記録の結果でもある。正常値と自分の目標値と、巧くいったりいかなかったりする。言えることは化学反応の結果でもある。そして思うのは、人間のからだの複雑さであり、それは一つの証明でもある。 ・へ2・・・それこそそろそろ4年間毎日朝夕1万歩を歩いている。休みなしだ。雨の日は止めている。歩いていると、自分の気分や体調や、環境や季節やどんな世界に自分が住んでいるかなど、これから何をするか考えている。目標の数値は、自分のからだの状態を、意識だけでは解からないものを教えてくれる。数値管理が目安になる。
2013.01.29
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何が優雅な日々なのだろうか。それはその人次第でいい。誰にも決められないから好いのだ。勝手に決められたくはない。それを、決めたがる社会は、いい社会ではない。優雅であろうとなかろうと、それは変わりはしないだろう。自分でいいと思うことができる社会が一番豊かなのではないだろうか。できないことだから童話にもなる。うそをついて真実を語るのだ。 ・この社会はうそつきである。だからみんな虚偽なのではない。そのなかに真実がある。つくられた真実の中には真実はないからだ。なかは空っぽだ。宝は実体がないから宝なのだろう。簡単ではないから神秘的にもなるのだ。優雅であることは、果して美しいのだろうか?或いは幻想ではないだろうか。それこそ、すべてを失ったホームレスの暮らしが優雅なのではないか。乞食の生活が悟りの道だと説いたひとがいた。 ・へ2・・・山頭火は優雅な一生だったのかも知れないなあ。 うしろすがたのしぐれていくか
2013.01.29
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従士団は、原則的には主君のまわりに集った自由人男子の戦士たちの共同体である。従士制についての具体的な叙述が中世の英雄叙事詩のなかに、すなわち、北欧のサガ、アングロサクソンのべオーウルフ、ニーべルンゲン伝説、グードルーン伝説の中に見られる。これらの叙事詩は、「従士叙事詩」ともいわれる。従士を率いていたのはたいてい国王や太守たちであったが、北欧では、従士団がこれらの者たちに独占されていたとはいえない。むしろ従士団への加入は自由意志に基づき、自由人男子であれば誰でも加入は可能だった。若者のなかには名声と資産を得る為に、信望ある従士団の首領の屋敷に行って、しばらくの間仕える者もいれば、高齢まで主君の屋敷にとどまる者もいた。デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの王権の強化は、従士団の拡大を齎した。親衛隊として君主の宮廷で生活するものは一部に過ぎず、従士たちは自己の所領に居住した。このアルカイックな組織は、国王の支配権や国家構造の重要な構成要素となっていた。フランク王国の建設は、ゲルマン人の民族移動の中で最も重要な出来事のひとつであった。ヨーロッパのその後の発展に影響を与えたからだ。ゲルマン人とローマ人の共存により、ゲルマン、ローマ末期、およびキリスト教に由来する制度、生活形態および理念の融合が招いた。フランクの従士制はゲルマン起源の要素のひとつである。しばしば、奸計と暴力が行なわれた。国王は自分の競争相手の家来を唆し主君を裏切らせた、それが成功すると今度は、不忠な従士には贋物の金で十分だとした。騙しのテクニックは、詐欺や強迫の類であり、それが人々を翻弄させた。他人を信用できない歴史的体質だ。西欧社会のそうした歴史が、彼らの複雑な人間関係を創り上げていったのではないだろうか。他人を信用しない体質でもある。
2013.01.29
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和白干潟は、80ha の国の鳥獣保護の指定でもある。236種1万羽といわれる野鳥が棲んでいる。以前は26千羽いたのが、今は1万羽に減少してしまったのは、これも人工島や、環境破壊の所為であろう。生き物の小宇宙が展開して何とも素晴らしい世界でもある。遠くヨーロッパや中国から飛来する野鳥たちの楽園だ。クロツラヘラサギは、絶滅危惧種で100羽のうち10羽が飛来している。中国奥地が開発のため追われて来たらしい。もう14年経過した。あとスグロカモメもいる。ミヤコドリも30年飛来している。コウノトリも。ここは、福岡市内の東部である。ひとと野鳥が仲良く共存できるかが問われるのでケースになる。自宅から500mも離れていない。然し、喜んでばかりはいられない。博多湾は赤潮で汚れがひどくなりつつあるそうだ。人口の増加などで和白干潟は生態系を乱されている。いつまで野鳥の楽園として生き残ることができるのだろうか?近くにある女子大でも、定期的に舟を借りて調査を続けている。県や市も調査を続けているらしいが、限定的なものでしかない。鳥インフルエンザが心配されているが、それに対する手立てがあるのだろうか。病気が発症してからでは遅い。干潟は私の散歩コースにしており、時々心配になる。
2013.01.29
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>和白干潟 2013-1月歩数集計 年月日曜日気温起床 歩数2013/1/1火2 5;1016,2862013/1/2水7 4;1083862013/1/3木1 4;1523,3122013/1/4金0 4;1523,6602013/1/5土2 3;5522,3092013/1/6日1 4;309,8562013/1/7月 6;1523,6552013/1/8火4 4;1022,7742013/1/9水5 5;2024,3112013/1/10木1 2;2021,5282013/1/11金0 5;3925,5232013/1/12土2 2;5521,5052013/1/13日4 5;4013,8872013/1/14月4 2;3027,6552013/1/15火4 4;0823,3132013/1/16水2 4;0521,5542013/1/17木4 4;1012,5552013/1/18金(2)6;1021,0422013/1/19土2 4;2522,9402013/1/20日2 4;5020,6732013/1/21月5 3;1714,8822013/1/22火8 5;4516,3972013/1/23水5 3;0021,1562013/1/24木 7;1024,6222013/1/25金5 6;2022,4492013/1/26土2 3;4020,5652013/1/27日1 3;1520,7722013/1/28月2 4;1017,8552013/1/29火1 5;1524,146合計 589,568
2013.01.29
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>和白干潟の朝 昨日とは違う 頭と体が必ずしも一致しない、ずれてきている。その認識はあるが、つい忘れてしまいがちだが、段々と思い知るようにもなってくる。失っているものを余り気にしていたら遣りきれなくもなるのだが。微妙なバランスの上に私たちは存在している。今日という日は、過去にも明日とも違う。一日の重みは増している。それは他人には問うものではないのだろう。自分は他人とは違う。自分の今日のエリアを探している。 ・カネと時間をかけてやっと日本のサッカーもこれまでになったと言えなくもないが、それでもスポーツの話であり、どちらを向いても暗い話ばかりではある。こんな世の中で、明るく生きていられる人は、どんな人間だろうか。 ・へ2・・・アイロニカルや、ドッペルゲンガーばかりでは、閉塞してしまいもする。悲しい時ばかりでは切ない。日常の中に見出し得るだけの明るさが大事でもある。それは文学であろうと何であろうと構わないのだ。朝の気分の好さを味わえるだけ幸福なのだろう。それさえ得られない日も来る。それ程スキルがあるわけではない人生を活きてきたのだから、大して我慢性もない。忍耐力もなく逝くのだろう。今年一番に為るかも知れない寒気が朝の道に立ち塞がっているようだ。それでも今日一日の日課を果たしたいと思っている。
2013.01.29
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>和白干潟の野鳥たち。 鳥になってみたいなどと軽薄なことを言うつもりはないが、空を飛んでいるとどんなふうに見えるのだろうかとは思う。鳥は、豊かな視力があると言われている。人間にない能力があるらしい。鳥が恐竜にもなっている。恐竜もヒトと違う世界を見ていた筈だ。人間だけに優れた能力があるわけではない。退化していく感性が人間にもある。海からヒトの祖先は旅立ち、更に森から出てきたのだ。いくつものデッドロックを超えてきたが、地球で終わる運命だろうか。
2013.01.29
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小さな冒険和白の塩浜海岸から奈多にかけての堤防の道は、これまでも何度も歩いているウオーキングコースで、結構愛好者も多いようだ。博多湾東部に位置し、和白干潟のある場所でもある。渡り鳥の姿を見ることができるところで、然も広々とした空間の中で夕陽をみることのでき貴重な場所でもある。今朝は、いつもと違い、堤防の写真を海側から摂りたかったので、初めて海側の側道を歩いてきた。堤防越しに見るのと違い、これは迫力がある。それこそ足を踏み外せば海の中でもある。誰もいないので、これは落ちたら危ないが、結構立派な側道だった。おそらく堤防全体で2.5キロの一部だろう。
2013.01.29
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和白干潟の野鳥。ほんの今朝の一部ですが。
2013.01.29
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