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別に悲嘆することもないし、朝気持ちよくしておれるのだから悪くはないのだろう。勿論何があるかわからない、それが明日あるかもしれないが、最悪のケースを覚悟しておけば、慌てる理由はない。恐らくそれは言うだけだろうが。それでもその気持ちがあればいい。戦争は何故あるのか、そこに人間の弱みがあるからだ、 ・屁理屈を平気で言う人がいる、矛盾を感じながら、何も言えない人がいる。自分の人生を他人事のように生きている人もいる。分かっていると思っていることが本当は解っていない。大人が大きく見えた子供時代があるが、自分の愚かさを知ると同時にそれが違うことも分かった。 ・へ3・・・毎日自己管理をするから、からだの現況も分かり、心もそれについてくる。これから何をしなければならないか。それが役にたっていると思う。今朝の血糖値は97mg/dlである。
2013.08.31
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熱帯夜が、なくなって涼しくなっていくが、昨夜は、窓を閉めて薄い布団を腹にかけた。これから釣瓶落としで、日が短くなるが、物寂しくもなる。世の中のことが解ってひとは解っているに違いない。科学を知るものは、社会の根源的な矛盾があるのも分かるに違いない。それを如何に解消していくのか、そのための努力をすべきだろう。 ・何もしなければ世の中は腐ってしまう。このままでは自然遷移にもなる。カオスもあり得るのだろう。日々日照時間は動いてもいる、私たちも自分の時間を費消している。いのちは儚い。一日を我が物にできなければ、一生できない。久しぶりに養老孟司「バカの壁」を読んでいる。 ・へ2・・・今週は、沖縄へ観光に行くが、珍しい写真は無理だが、沖縄美ら水族館に行くのは楽しみにしている。少し雨が残っているが、朝食を摂ってから、様子を見てウオーキングをして来ようと思っている。昨夜は小雨が降っていたが、歩いていて気持ちがよかった。
2013.08.31
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マラリア原虫の複雑なライフサイクルや宿主の概日システムとの密接な相互 作用は、体内リズムの生物学的な意味を解明することは治療に役立つ。マラ リアのほかにも、ガンなどのさまざまな病気について、外科療法や薬物療法の効果を最適化する試みがされ始めている。これをクロノセラピーという。 薬剤等の実験動物としてラットやマウスは夜行性であり、昼行性動物である ヒトに適用することの問題性もある。薬を最も効果の高い時間に投与するの は理に適ったことであるが、殆どの薬は、刻一刻と変化している患者の生理 的、生化学的状態とは無関係に処方され、服用されている。薬の処方は、血 中レベルを維持するのが目標でしかない。本当に薬が効くかどうか。 薬の効果が患者にどれだけ影響するのかを医者は、どれだけ責任をもてるの であろうか。甚だ疑問だ。薬に対してどれだけの知識を持っており、患者の病態をどれだけ把握しているだろうか。医療メーカーのマウス実験の効能だ けの知識を鵜呑みにしただけで医療行為をするのであれば、やぶ医者と言わ れても仕方がないだろうし、現代医療ではないだろう。 人間の生命は、教科書に載っているほど貴重に扱われてはいないし医療もお ざなりで、医師も必ずしも有能ではない。若い連中は傲慢で生意気だし、そうでない人たちも卑屈だったり、無神経だったりするが、誰も時間を止められない。 私たちが時間をどう考え、どう感じるか。これはひとつの世界観だ。 自然から急いで立ち退こうとするか。そこへ飛び込もうとするか。
2013.08.31
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こころ こころということばは遣い方で多様な意味を持っている。からだと対比されている時と、からだと一体になっても使われる。精神だったり、脳のことだったり、書き手のイデオロギーで違いもする。ことばが素直に使われるとは限らない。アイロニカルに遣われたりする。厄介なのは書き手に誤魔化しがあったりすること。カムフラージュもある。何しろ、拠って立つものは多様に過ぎるだろう。訳のわからないものにもなる。 ・こころも精神も、脳のニューロンのしからしむるところでもある。何しろ書いている人間が解かっていない作用の機序がある。何故、こころがこんなのも複雑なのだろうか。変幻自在でもある。どれだけ長い小説だとしても、子の一瞬の出来事を網羅することできない。まして一日、一年のことを、ことばでは表現できはしない。ひとつの風景ですら、誰にも表現できないスペースだろう。こころを伝えようとして、常に挫折を覚えなければならない。それは宿命でもある。 ・へ2・・・日本でも知られた韓国のタレントが自殺したそうだ。9人目だという。日本でも、毎年3万人以上のひとが自殺している。韓国も隣国であり違うところも多いが、似たところもある。ひとつの現象からだけでは説明できるわけではないが、必ず、そうなる背景がある筈だ。何故自殺するのだろうか?自分の問題にしないでいる人間には到底理解できない。理解したいとも思わないでいられる人は、幸運なだけだろうか?それとも、その報いがあるだろうか?それも自分のこころ次第だ。
2013.08.31
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祖先の一種が突然に絶滅した理由が分らないのは読み解くべき化石の少なさである。原因が私たちの祖先が熱帯雨林を中心に生活していたため高温多湿の熱帯のため、死体がすぐに分解され、化石として残る可能性が少なかった。乏しい化石を求めて、多くの研究者が灼熱のアフリカで懸命の発掘をしている。相手は茫漠たる熱砂の砂丘である。見つかる保証はどこにもないが、彼らは見つかるまで続けるだろう。一片の化石を探求し続づけている。それが彼らの仕事だから。 ・暴力を肯定することは決着については近道かも知れないが科学的な答えを得ることはできない。膨大な砂丘で探さねばならないのは、祖先の一片の化石なのではないだろうか。そこで探してもすぐに原油は出てくるかも知れないが、それは科学的真実ではない。 ・へ2・・・それぞれの探し物はあるだろう。そのダイヤモンドのような化石の一片を探す価値はあるに違いない。なぜなら、私たちは「40億年にわたる命のリレーによって支えられた存在」の一つでもあるからだ。
2013.08.31
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祖先の一種が突然に絶滅した理由が分らないのは読み解くべき化石の少なさである。原因が私たちの祖先が熱帯雨林を中心に生活していたため高温多湿の熱帯のため、死体がすぐに分解され、化石として残る可能性が少なかった。乏しい化石を求めて、多くの研究者が灼熱のアフリカで懸命の発掘をしている。相手は茫漠たる熱砂の砂丘である。見つかる保証はどこにもないが、彼らは見つかるまで続けるだろう。一片の化石を探求し続づけている。それが彼らの仕事だから。 ・暴力を肯定することは決着については近道かも知れないが科学的な答えを得ることはできない。膨大な砂丘で探さねばならないのは、祖先の一片の化石なのではないだろうか。そこで探してもすぐに原油は出てくるかも知れないが、それは科学的真実ではない。 ・へ2・・・それぞれの探し物はあるだろう。そのダイヤモンドのような化石の一片を探す価値はあるに違いない。なぜなら、私たちは「40億年にわたる命のリレーによって支えられた存在」の一つでもあるからだ。
2013.08.31
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昼間は残暑が残っているが、木蔭は涼しくなった。木々も色づき始めている。紅葉も好いがどこかさびしさもある。厳しい寒さがやってくることへの予感だろうか。ことしはとうとう海に泳ぎに行かなかった。どうもその気にならなかった。どうも気が向かなかったのは、別に理由がある訳ではない。多くのことに関心がなくなりつつあるのではないだろうか。そういうつもりはないが、あれもこれもが面倒になっていくようだ。何もしたくなることがあるのだろうか。そうなればお終いなのだろう。 ・目が見えなくなれば、視覚からの刺激がなくなって、脳も活動を止める。見えるということは関心を持つことであり。目を向けるということから始まってもいる。本も目が悪くなって読むスピードが落ちてしまった。脳への情報が落ちているのだろう。視るということは脳への刺激になり、考えることでもある。じっとしていないことが大事ではないか。外に出ることではないだろうか。 ・へ2・・・家の中や、限られたスペースで同じことをしているのは刺激がなくなってしまう。新しいことにチャレンジすることでもある。自分を怠けさせないようにしなければならない。考えてみると、熱意がなくなれば同じことをしていても同じ結果は出ないということだと思う。そんなわけで、いつも見ている「天地人」のテレビを見ないでウオーキングしてきます。
2013.08.31
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遺伝子に関係する病気でも、発症するのとしないケースがある。遺伝子をも って生まれたから、必ず発症するとは限らない。ナルコレプシーの遺伝子を もった全員が発症する訳ではなく、発症しても完治もあるし、完治に到らな くとも生活上に殆ど支障のない状態に戻ることもある。 双子のケースで遺伝的な素因があるのに、片方はストレスが少なく発病しな かったのに、他方は過度のストレスに晒されたために発病した。睡眠不足やストレスの持 続などの環境因子が発症を促進する。素因があっても発症を予 防できる可能性があるということに外ならない。それは、遺伝的素因と環境因子で病気は発病するのであり、正しい知識さえ あればうまくいけば予防できるだろう。必ずしも私たちの社会が、すべての個人の生命を尊重している社会ではない。 勿論、複雑で且つ多くの難題を抱えながら生き延びてきた生物種でもあるヒ トであるが、無駄な血も流してきてもいる。全方位で生きてきたとすれば、 遺伝子研究は、種としてのヒトの生命の可能性を暗示している。
2013.08.31
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信号で停車したら、レストランにサラリーマン風の中年男がコ ーヒーを飲んでいた。 ふと思い出したが、東京の町田で、出勤前私も数ヶ月だがドトールコーヒー で朝食を摂っていたことがある。単身赴任をしていて、横浜市内から町田支店まで、暫く通勤して都会の通勤生活を体験した。朝7時前にマンションを出て、東蒔田駅から地下鉄に乗り、新横浜ま で行き、JRに乗換えて、町田まで通った。所謂ラッシュアワーだ。大抵座席に座ることはできな かったが、帰りはどうにか座れることが多かった。町田駅周辺の混雑は、宇宙から見れば、まるで黒い川が流れているように見えるだろう。それでも、慣れてくれば大した苦痛でもなく、朝からの モーニングサービスを愉しんでもいた。併し今考えると、それ程こころが豊かであった訳ではな い。多分、辟易しながら過していただろう。僅かなサラリーのために。会社に腹も立てていた。それでも、土日には、公開講座や図書館通いをしていたし、気晴らしにあちこちに出かけた。行く ところは箱根から日光、鎌倉など多かった。 今考えると、もう少し遣れることがあっただろう。カネや体力があるときにはその思慮がなく、痛い思いをしながらこれからはしたいことをしなければならない。若いころに脳にすこしの空地をつ くり考えることだ。すこしの思慮でいい。この社会は、それほど手に負えないような世界ではない。自分が卑屈になっているだけだろう。
2013.08.31
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2012年1月 673,621 312012年2月 616,345 292012年3月 604,563 312012年4月 704,448 302012年5月 750,830 312012年6月 624,713 302012年7月 677,556 312012年8月 631,098 312012年9月 619,321 302012年10月 641,255 312012年11月 613,859 302012年12月 630,942 312013年1月 633,100 312013年2月 583,757 282013年3月 658,179 312013年4月 625,075 302013年5月 665,197 312013年6月 616,699 302013年7月 632,199 312013年8月 636,207 31累計歩数 42,684,895 1,964
2013.08.31
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2013-8月歩数集計表 年月日 気温 起床 歩数2013/8/1 木 28 4;15 23,2702013/8/2 金 27 3;15 26,3452013/8/3 土 28 2;30 18,3952013/8/4 日 28 4;10 14,9252013/8/5 月 26 4;10 18,6472013/8/6 火 25 2;50 25,1252013/8/7 水 28 0;10 16,8322013/8/8 木 28 3;00 28,5712013/8/9 金 28 3;45 25,1162013/8/10 土 28 3;00 23,4462013/8/11 日 28 2;45 23,0182013/8/12 月 28 4;00 21,2332013/8/13 火 28 4;30 23,1502013/8/14 水 28 5;15 19,8822013/8/15 木 27 4;15 28,0532013/8/16 金 28 2;10 21,8072013/8/17 土 28 3;00 22,5842013/8/18 日 28 2;55 25,2822013/8/19 月 28 3;40 22,3052013/8/20 火 28 3;15 23,7922013/8/21 水 29 2;55 23,1832013/8/22 木 29 2;38 23,7092013/8/23 金 28 3;45 11,6222013/8/24 土 27 4;35 3,6422013/8/25 日 26 4;05 13,4432013/8/26 月 24 4;20 22,6782013/8/27 火 22 3;15 22,1512013/8/28 水 23 5;30 20,7652013/8/29 木 26 3;30 17,2132013/8/30 金 27 4;15 12,7862013/8/31 土 25 5;30 13,237合計 636,207ウオーキング歩数累計(2008.4~) 年月 歩数 日数2013年1月 633,100 312013年2月 583,757 282013年3月 658,179 312013年4月 625,075 302013年5月 665,197 312013年6月 616,699 302013年7月 632,199 312013年8月 636,207 29歩数累計 42,684,895 1964
2013.08.31
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いつか、過去の出来事は幻影となり、闇の彼方に遠のくだろう・・・。人は、生きる意味を見出して自分らしく生き 、何れは自分に相応しい死に方で終わりたいと願う。生物は、寿命が尽きて、個体は失われ、分解して 粒子となる運命だ。誰も皆家族や友人たちの記憶となり、いつか消えて行く。地球も、太陽も何れ宇宙の塵に 戻るだろう。そして、終には、宇宙が静止する。それとも The Big Crunch だろうか。 まるで、セルが巨象の話をしているようだと・・・自嘲的になる。だが、人の知識もコピーから始まりいつか真理を見 出すのだ。 ヒトは、ながい過程を経由して、ようやく言葉をもち、科学を手に入れようとしている。しかし、今も深い海を人知れず数隻の原子力潜水艦が、世界を破壊する原子核を搭載して潜行している。知らないところでヒトは、生命の 危機に晒され続けるのだ。この遣り切れない殺し合いが続く限り・・・。
2013.08.31
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芥川賞の楊逸著「時が滲む朝」は、誰も愛国者でないものはいない。国を恨む者がいるのだろうかとさえ、思えても来る。悪い奴が登場しないというドラマは作れるだろうが、それは影のない絵を見るようでもある。然し、こうしてみると、それは平板で観るからでもあるだろう。或いは皮相的な観察でしかないからだろうか。そして日本という舞台が、日本人と違う角度から捉えられている。ゴミゴミとした喧騒が豊かさの象徴であり、尾崎豊がヒ―ローでさえある。自由な社会にも見えてくる。 ・誰も恨んではない国家があり、彼らは愛国者でしかない。国家を愛しながら、他国で生きねばならない。何が私たちと、或いは換言すれば私と違うのだろうか。どちらが視野が狭いだろうか。少なくとも私には自信がない。平凡な記述だが、日本人には容易に書ける話でも、それが22歳で日本に来た中国人作家の作品となると考えさせられる。思いはそれほど単純でもないからだ。 ・へ2・・・何か、五感と違うものをもっているのだろうか。何かそれはパワーに近いもので、否定を肯定に換えてしまうのだろうか。ものは考えようだといわれる。辛いと思うからから辛いのであって、どんな災難も乗り越える人たちもいる。驚嘆すべき忍耐力を発揮してしまうのだ。そして故郷に死ぬまで帰らず、然も望郷の念を棄てない人たち、そして民族がいるという歴史を目にする時、日本人は震えるのである。
2013.08.31
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どうも、これまで弁解や、言い逃れや、無責任という空気を吸い過ぎたのではないだろうか。どうもそれが当り前のようになってしまっている。事なかれ主義でしかない政治や行政ばかりだろう。これではいけないと、誰も言うが、どうしたらいいか具体的な行動が取れないでいる。政治は議員によって運営されるが、その議員が議員に相応しい人材ではない。世襲や、宗教や、圧力団体を背景とした連中ばかりで、ビジョンもあるのかないのか分かったものではない。 ・口から出るのは、弁解や、言い逃れや、或いは屁理屈であり、そして画を描いたような無責任でもある。猫かぶりでしかないではないか。庶民の痛みをどこまで知っているだろうか。選挙制度が齎す弊害はアメリカの大統領選挙ばかりではあるまい。日本もいまだにコネや賄賂が行われてもいる。政治は汚れている。 ・へ2・・・体質改善もまだ初期のステージでしかない。これからできるあと5年先を想定した運動をテストしている。勿論一寸先は闇であるが、まあ、それくらいの想定をしないと面白くない。社会的ステータスがその人の意識を決定する。くらいは知っているが、前提となるコンセプトが揺らいでいる。勝手にやるしかないし、生きるしかないだろう。明日はもう9月である。秋がどっと押し寄せても来るだろう。
2013.08.31
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時々、「これは、自滅かな」と思う。念のため「自滅」を広辞苑で引いてみた・自然に滅びること。・自分の行為が原因となって自分の身を滅ぼすこと。英語では、 its pertishes naturally. 併し、キリスト教では、自殺を認めない。 勿論、自殺は誤った解決策だろう。でも、案外それに近いことを遣っているのではないだろうか。 雨が降れば、気が塞いできてやる気を失くすかも知れない。他人から好かれないからと陰気になる ひともいるだろうし、何の支障もない身体や顔のことで悩むひとも多い。まさに、「自分の行為が原因となって自分の身を滅ぼす」ことばかりしているのではないだろうか。 誰も自殺しようなどとは考えないだろう。併し、日本人は年に何万人も自殺するという。それは、 追い詰められると、普通の人間も、遣るかも知れないということではないだろうか。自分を傷つけ るだけではない。他人を傷つけることにもなるのではないか。意識は脳でつくり出しているから、 脳は自分を守ろうとするだろう。必ずしも、最後まで自分の行為をコントロールできるとは限らない。 学識者が、破廉恥行為をするのも、説明することができるだろう。脳の荒業の為せることだろう。 「自滅」するのは、自分の行為が原因なのだから、そうしないように努力すればいいのだ。ことは簡単だ。自分を好きになり、周囲のひとを大切にして、環境に適応すればいい。自滅しないために。 何てね、いうのは簡単なのだろうか。>新島襄は、函館から海外へ出発したらしい。アメリカへの密航だったが、のちに留学生として認められた。
2013.08.31
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行動の柔軟性は若者の極めて大きな特質だ。そして年をとることは成熟と伴に新しい行動パターンを受け入れ難くする。即ち本質的にこうし た柔軟性は若い動物が環境に適応する為のなくてはならないものだ。コピー はあらゆる複雑な行動を習得するために不可欠でもある。ロールプレイング も同じ。そして、現代は「遊びこころ」があらたな価値を生むかも知れない。ヒトの幼児化は、複雑系に生まれた現象。未来を定めない戦略は、ヒトをぼろぼろにするかも知れない危険な選択だが、敢えて選択し た賭けであろう。この道を辿らねば明日をみることはできないとしたら、こ の道を行くしかない形質を抱えている。同性愛だろうと何であろうと先に辿り着くものが「ニッチ」を得る。
2013.08.31
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福岡市の日照時間と気温 年月日 曜日 日の出 日の入り 最低気温2013/6/1 土 5;09 19;22 202013/8/1 木 5;29 19;18 282013/8/2 金 5;30 19;18 272013/8/3 土 5;31 19;17 282013/8/4 日 5;31 19;16 282013/8/5 月 5;32 19;15 262013/8/6 火 5;33 19;14 252013/8/7 水 5;34 19;13 282013/8/8 木 5;35 19;12 282013/8/9 金 3;;35 19;11 282013/8/10 土 5;36 19;10 282013/8/11 日 5;36 19;09 282013/8/12 月 5;37 19;08 282013/8/13 火 5;38 19;07 282013/8/14 水 5;39 19;06 282013/8/15 木 5;39 19;05 272013/8/16 金 5;40 19;04 282013/8/17 土 5;41 19;03 282013/8/18 日 5;41 19;01 282013/8/19 月 5;41 19;00 282013/8/20 火 5;43 18;59 292013/8/21 水 5;43 18;58 302013/8/22 木 5;44 18;57 292013/8/23 金 5;45 18;56 282013/8/24 土 5;46 18;53 262013/8/25 日 2013/8/26 月 5;47 18;52 242013/8/27 火 5;48 18;51 222013/8/28 水 5;48 18;49 232013/8/29 木 5;49 18;48 262013/8/30 金 5;50 18;47 272013/8/31 土 5;50 18;45 25現代科学が、医学という分野で、これから進もうとしている進路は、ヒトにとって重要なテーマである。人にとって加齢は、避けて通ることのできない我が身の問題でもある。それに対して、どれだけの知識を持っているだろうか。日頃考えていることを整理しておかないと、自分の寿命の短縮を加速しかねない。脳のはたらきがどうして加齢によって鈍くなっていくのかメカニズムを知っておくことは必須でもあるからだ。「神経細胞をつなぐシナプスの可塑性が減って情報伝達がスムーズに行かなくなるから」であって誰にでも起きる。皮膚の衰えは、細胞外基質のセラミドとコラーゲンが減ることであり、筋肉量が減ることが特徴でもある。摂取カロリーが少ない方が寿命は長くなり、生き生きと生きられる。 ・世に流布されている情報が正しいものもあれば、誤解や、勘違いもある。私も紆余曲折で生きている。何が正しいかは容易に知ることができるわけではない。決してこの社会は、甘くはない。日本人の寿命が延びたのは、社会がそうしたからではない。結果的にそうなったというだけだ。平均寿命はすべてのひとに当嵌まる話ではない。私は毎月、専門医に診察して貰っているし、入院して精密検査をしているが、それで長生きできるわけではない。自分でやることをやらないとアウトだろう。 ・へ2・・・自分の庭からだけ世界を見てきた日本人でしかない。世界が日本をどう見ているかを知るべきだ。今度の衆院選の結果を世界は注目している。それは日本の新しい時代だと見ていることだ。単に自民党が民社党に変わっただけではない。まだまだ日本は自分の殻に閉じこもっているとしか世界は見ていない。日本人には覚悟がいる。それは変革だ。意識の変革だろう。
2013.08.31
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カネで踊らない カネに無縁というわけにはいかない。然しカネに負けても、カネに踊らないことはできるのではなかろうか。カネから離れて活きていけることは有難いことでもあるだろう。カネなしでは生きていけないそれは確かだろう。社会で造り上げたルールには従って行かなければ生きてはいけない。現代社会は、どこの国家もカネで踊っている。そうしなければならない処がある。 ・明日は防災の日でもある。天災も人災もある。あらゆる災難が降りかかるだろう。誰にも絶対の安全地帯はない。生まれてすぐつねに死へのプロセスをたどっている。悦びの裏にはつねに哀しみが寄り添っているものだ。得ながら失い。喪失しながら再生しているものがある。これまで生きてきたが、拘ってばかりいて、カネに支配されていないだろうか。 ・へ2・・・求めれば求めるほど、その道は遠のくように思えてくる。地球は球形であり、地球を一周しても、さらに道は続いている。4万キロの円周をどこまで行っても終わらない。地球のどこにいても、カネに踊る人は踊るだろう。カネで踊らない人も何かで踊っているに違いない。何が価値があるかでしかない。
2013.08.31
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食事で変わる人生 何を食べるかで、考え方も変わってくる。人は見かけではないと思うが、からだは見かけの通りだとは思う。尋ねてみると大抵その人の体型の通りでもある。医者から言われて、ウオーキングをしているのだろうと思う人は、おそらく当たっているだろう。みるみる体型の変化していく人もいる。それだけ強い意志があるのだ。本気で遣ろうとしてできないものは少ない。 ・福岡市の今朝の気温は23℃。昨日は最高気温も29℃だったが、過ごし易かった。猛暑日が続いていたから余計そう思うのだろう。今朝は、25℃超える日が数カ月続いた後なので寒く感じる。人間は、その想いでどんなひとにもなるようだ。酒や煙草も辞めようと思えば止められるに違いない。それがなければ生きていけないのではない。体重だって、食事だって、運動だって、そして仕事や生き方だって変えられる。宗教もそうだろう。 ・へ2・・・どんな環境でも生きていけるように人間にはその準備ができているし、そのための遺伝子が備わってもいる。私たちはそのルールを無視して暮らそうとばかりしているのだ。長年暮らしてきた祖先の土地で、それに適応して生き延びてきた自分のからだがある。若い時、中年の時、そして老人になって、そのからだが必要としていることをするしかない。
2013.08.31
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世界には、様々の風が吹き、色んな名前がある。その有名な風だけでも100を遙かに超えるだろう。 日本では「おろし」「やませ」になる。 「セガン」は、フロヴァンス地方の昼間の微風だ。「太陽を追いかける者」の意で、作物の惠みの風になる。フランスの南東部、ローヌ川の東、アルプス山麓から地中海のエリアに吹き、一度はその恩愛に満ちた「太陽を追う風」に触れたい誰しも思うであろう。 何と隔絶された世界で、私たちはそれぞれが感じる風が違うことであろうか。そして、私たちは、世界でどんな風が吹き、ひとびとがどんなふうに生きて いるかを知っている。 少なくとも知ろうとさえすれば、知ることができるだろう。 目先のことのみに齷齪せず、生きようではないか。ケセラセラ・・・と。いつか、自分の心にも「セガンの風」を感じる時が来るだろう・・・と。
2013.08.31
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昆虫学者 東子・カウフマン自伝「虫取りの網をたずさえて」を手に取ったとき、わくわくした。 養老孟司の解説がある。彼の虫好きは有名だが、それよりも何よりも、作者が、私の生まれた中国の青島に生まれており、チンタオの思い出を書いていることだった。ドイツ人の父と日本人の母と の間に生まれた。経歴が凄い。津田塾からヘブライ大学で理学修士、ミュンヘン大学で博士号を取 得。昆虫学が専門だ。世界を広く旅して昆虫研究に従事している。2001年ケニアで死去した。 84歳。青島は、当時はドイツの租界で、何もかもがドイツの小さな町そのもので、アカシアの並 木通り、赤い屋根と白い壁の家々、自然のままの公園や学校、水晶のように透き通った海と柔らか い白い砂の美しい浜辺がありました。と書いている。彼女は、昆虫に魅せられた少女時代を青島で過している。仄見える青島はじつに魅力的世界である。まだ、観光パンフ程度しか知らないので、 何とも興味がそそられる。目次をみると中国、日本、イスラエル、ドイツ、ガーナ、アメリカを経由している。目次から見ると宇宙論まで書かれているようだ。しかも昆虫学者である。本書は青 木聡子訳本だ。 作中に、昔の青島の泥棒市の記述があった。父母からその話を聞いたことがある。なくなった物が それこそ何でも翌日には店先に並べてあったそうだ。なくなった片方の靴まであったという。ミス テリアスでわくわくする。いつか行きたいと思っている。
2013.08.31
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何かに気付くこと人の意味は、この世で何かに気付くことではないだろうか。「奇跡のひと」の映画で見たヘレン・ケラーを思い出す。彼女は、幼い頃何も分からず、闇の世界で、ことばとものの意味を理解することができなかったが、突然「ウオ-!」と大声を上げて、水道の蛇口から迸る水に、言葉とものの関係に理解するシーンがあった。ただ見ているだけの社会の真実を理解ができなければ無為な人生にもなる。その意味を見出してこそ価値もある。それは自分の周囲の何かに気づくことから始まるのだろう。 ・娘が今北海道に行っているが、ツアーではなく、友人たちとレンタカーで周っている。カーナビもあるし、道に迷うことも少ないだろう。問題は天候だが、九州の大雨が東に向かうのだろう。狭い島国だが、日照時間のズレも多少はある。猛暑の九州から北海道は、また違うのだろう。北海道の空気はまた九州と一段と違う。上の写真は。去年の11月のものだ。
2013.08.31
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「愚かな悟浄よ、物凄い生の渦巻の中で喘いでいる連中が、案外、はたでみるほど不幸ではない(少なくとも懐疑的な傍観者より何倍もしあわせだ)ということを知らないのか」(中島敦「わが悟浄」より)。はた眼では解らないものがあるのは事実だ。貧しい庶民が不幸だとは限らないし、どんな人の人生にも、人としての感動はあるのだろう。自分を基準にして、物事を考えてしまう。 ・相手の身になることを知って、相手の気持ちを知り、自分の暮らしている社会を理解することもできる。環境に適応することができなければ疎外されてしまう。自分が社会から疎外されてと知る時が一番不幸でもある。他人には自分のこころまでは解らない。解らないから自分もある。自分でどう考えていようとも、自分で活きようとしなければ生きることは出来ないのだ。 ・へ2・・・孫悟空が観世音菩薩に出会う話もある。そして、隣人愛の教説者の聖人が、自分の実の子を食べてしまう話がある。喰い終わってから、その事実を忘れたかの如くに、再び慈悲の説を述べ始める。彼の意識にはないのだ。中島敦の小説の一説でもあるが、怖ろしい世界でもあるのが、人間の社会だろうか。
2013.08.31
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因果関係あらゆることは原因と結果の相関関係であり、なるべくしてなる世界でもある。こうして眼が覚めて、PCを目の前にしているのも、すべてのことに因果関係がある。科学が齎した恩恵は人間にとっては計り知れない。その一端を享受してもいるが、そればかりではない。喪失しているものもある。エネルギーの消耗によってことは進んでもいる。素晴らしい才能がありながら、充分それを活かせなかった人たちの怨念はあるのだろう。 ・8月も今日31日で終わる。暦の上ではもう秋を始まっているし、明日から秋だというわけではないが、一年、そして一ヶ月と日々を刻んで、感じるものはある。今年もあと4カ月になった。こうしてブログを書いていると、日々の移ろいが厭でも眼に映る。ゆく夏があり、風景は変わりつつある。中島敦「わが西遊記」を読むと、彼が、画家を目指して人物画のデッサンをするように描いている作品だ、と気付く。 ・へ2・・・むかし西欧の裕福な若者たちは卒業記念にヨーロッパの各地に武者修行をするために旅に出かけたという。学んだ学問や歴史を、自分の目で見て回ったのだろう。感受性の豊かな時にそれをする意味は大きい。中島は、広い識見と深い洞察力を持つ恵まれた才能を持っていたが、悟浄のように武者修行の旅から帰ってこない。若いまま死んだからだ。
2013.08.31
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悲観と楽観のあいだ 悲観と楽観の両者は対極にあるのだろうか。その使い分けをしているだけだろうか。モードで変わるのもそのバランス感覚だろうか。何れにしても脳が生みだしているそれらの状況は生き残るための戦略でしかない。現実を直視してばかりでは疲れる。酸化して腐敗もするだろう。最後の晩餐になりかねない。 ・やっていることがちぐはぐなのは経験がないからでもある。誰も初めての人生である。悲観的でもない、楽観的でもない、その間で針が振れるだろう。過ぎた人がババを引くのだ。適当に生きることは、適応には必要なのだろう。相手の言っていることを確り訊かねばならない。ただ相手の目を見なければならないだけだ。こちらを見ていない相手はウソをつくだろう。相手の目の中に自分が写っているかを確かめてみなければ信用はできない。 ・へ2・・・自分は明日へ走っている電車に乗っているつもりでも、引込線に入り込んでいるかも知れない。寝ぼけていては後悔するだろう。外の景色は一瞬にして換わりもするのだ。停まったままの電車に乗り続けている人もいる。電車には動力がいる。しかも人生の電車はない。歩かねば明日は来ないのだ。レールがあるから電車が来るとは限らないだろう。
2013.08.31
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放射能の不安まさか、3.11の原発事故でこれだけの甚大な被害が出るとは誰が予想できただろうか。然し、戦争があり、原発が54もある日本では、攻撃されたらどうなるのだろうか。それは、ありえないことではない。簡単に原発が撤去できるわけではない。平和がいつまでつづくのか、戦争と繰り返した歴史がある。人間の争いが無くなっているわけではないし、国連も、必ずしも平和の守護神ではない。 ・政府は、福島第一原発のメルトダウンを、知りながら公表しないでいた。それが許されるかどうかは別としても、事実は事実であり、ぬぐいようのない事実だ。そして日本政府は、世界から信用されない政府になった。国民の安全を第一に考える国家ではなく、命を軽んじる戦前の国家の汚名に戻ったのであり、安全を無視した後進国になったのだ。 ・へ2・・・今度の巨大津波を東京電力に警告していた学者がいたという話がNHKであっていた。予想していた通りだ。切迫感が無かったという。自然災害だけではなく、アクシデントもテロや戦争もある。絶対などない社会ではなかっただろうか。ためにする安全神話だ。人体には影響が無い放射線というが、これも信用できない。解らないから安全だと言っているだけではないのか。放射能は、日本人にとっては人間の愚かさと悲劇の原点でもあるだろう。それをまた繰り返したのだろうか。
2013.08.31
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むだな努力をしていないか?ドーパミンは直ぐに消えてしまう。セロトニンは気分が明るくなる物質だ。コカインは脳内に侵入する。エンドルフィン は脳で生成して痛みのメッセージをブロックする。麻薬は模倣している。人間は仕組まれた化学物質で支配され ている。アルコールは体内にある限り気分を高揚させ明るくさせる。カフェインは・・・・・。 利己的な遺伝子は、時として人間を支配しコントロールする。自分の身体は自分の物ではない。進化の歴史を刻んでいる遺伝子が自分の子孫を残そうとする戦略が仕組まれている。 何か無駄な努力をしていませんか。そしてそれはおそらく徒ではない。
2013.08.31
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<作品> 「闇への書」、「闇の書」 ・レジュメ3部梶井ノート第9帖・「冬の日」・心 中 ・前回の「冬の日」のフォロー説明。・レジュメは、大学院の資料。・「冬の日」梶井の構想の特徴。楽に書いてはいない。中々先に進めないでいる。苦悩している。<7>が削除されている。構想ノートと作品との間に混淆がある。・妹の死・・・梶井は引きずっている。<7>作品にはない構想があった。梶井は、いいわけやごまかしができなかった。・・・モラルがある。感覚派的側面がある。・梶井は、知識ではない感覚優位。こだわりがある。感覚に拘りをもつ。新感覚派・・・梶井は真の意味で。・平気・・・感覚がない。手続きに参加しているだけ。伊丹「お葬式」と同じ。・一般人は平気である。わかっていない。・「冬の日」重要な作品。転換点。この作品で梶井がわかるようになる。以下の作品は、梶井の台所事情を書いている。それまでの彼の作品は梶井の言いたいことではない。・「闇」が・・・本物の「闇」である。凄さがある。夜の見えない世界。視力と聴力。梶井には絶対音感があった。耳が良い。水音。見えるものとみえないものが混淆する。・知識と感覚の違い。・書いてあることを信じてはならない。妹の私に平気であったことに正直に拘り続けている。梶井の複雑な心理。一般には、理解することが難しい。 ・「心・中」・・・川端「心中」を主題とするヴァリエイション・分かり難くしている。・梶井が下記作品の中で説明している。草稿・・・構想段階にある作品である。・川端「心中」・・・拘りが「冬の日」になっている。時空を超えている。・「ある」のに見えない。共通するものがある。梶井の川端「心中」のパクリ。頭の中にあるもの。気づかれないように書いている。・中也「冬の日」・「何をしに自分は来たのだ・・・」。繰り返す。リフレイン。・凧・・・・中也の「帰郷」の存在。 「闇への書」 ・梶井は無題。編集した。此処で説明し「蒼穹」では省いている。・日記の中の作品として書きためられた構想。メモ。・作品と日記ノート(公表していない)の中で繋がり反復がある。作家の内面の混淆がある。・「蒼穹」などの草稿として。・テキストでは編集している。削られている個所がある。・みえないものほうが素晴らしい。 芭蕉 霧時雨不二見ぬ日ぞ面白き 「・兼好・・・花はさかりに月はくまなきのみ見るものかは・「月」は、当時は不吉なものとされていた。平安期。・西行・・・それまでの「月」に対する常識ではない。 願はくば花の下にて・・・望月のころ。 ・空を見ている。・日向へ寝転べばそこは常に海の突角だった。「蒼穹」説明の省略。・説明したくない・・・知識だから。客観性がある。・感覚は説明し難い。空が、海に見えてくる。雲が船になる。 ・「二」空欄。(付け加えられた。編集された)・視覚と聴覚。 「闇の書」 ・日記メモの第11帖。(昭和2年)・遺稿。・母の変貌。昔の母の姿。想像している。・谷崎「母を恋ふる記」・・・イメージ。夢の世界。若い母。・母に対する想い。母子関係の複雑。・ルナール「にんじん」・潜在的要素がある。母に対して、屈折した感情をもっている。・「あの道を歩いていこう」・道・・・モチーフが梶井にはある。別の道ではない。・前の梶井ではない。他人の目を気にしない。母の言葉。・最後で心境が変わる。母と子。説明が省略されている。母より自分に傾斜している。母と自分との違い。自分は、闇の中から見ている。母は反対からみている。・一対一 母と自分。向き合うべき相手として見ている。・何故、若い母なのか?・「蒼穹」に関係している。闇の絵巻に関係がある。
2013.08.31
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まだ午前中は雨で、雨雲が空を覆っている。窓の外を見ながら、これから朝食にするが、妻子は今日は休みで、遅い朝起きになるだろう。いつも今頃は外を歩いている時間である。毎日3時間くらいウオーキングをしているが、しているのとしないとではその違いが歴然としている。そう思い込んでいるだけだと思われるかもしれないが、それは、長年自己管理表を作成しての私の感想でもある。 ・怠け易い自分の性癖とか、メタボの経験もある。ストレスにどう向き合うか。それが出来なければ長生きできない。自分のことは自分が一番分かっている。知ろうとしなければ解らないだけだろう。自分の前頭葉だって都合の悪いことを忘れさせようとさえする。企みのある世界に生きていることを忘れてはならないのだ。 ・へ2・・・また強い雨になっている。これまでの熱帯夜や猛暑が嘘のようにさえ思えてくる。私たちが今見ているものは脳のイメージでしかない。いつもは牛乳200ccとパン一切れと在りあわせのものしか食べないでいるが、今朝は歩かない分ゆっくり朝食を食べている。これも中々いい。
2013.08.31
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台風15号は温帯低気圧になったようだが、昨夜から福岡市は、断続的な大雨になっていたが、予想したように大雨警報が出ているようだ。気温がどんと下がって、うとうとしながら雨の音を聴きながら今朝は遅くなってしまった。急いで起きてもウオーキングができないだろうと思っていたが案の定降水確率は80%で、大雨洪水警報が福岡県全域に出ている。 ・如何やら午後までのことで、夕方には東へ抜ける予想のようだ。昨日娘は北海道へ出かけたので、今度は、娘が雨に悩まされることだろう。台風の影響は、毎年日本の悩みの種でもある。雨は恵みの雨にも、災害の原因にもなる諸刃の剣にもなる。土砂災害のおそれが非常に高くなっているようだ。 ・へ2・・・雨くらい何とかならないものだろうかと思うが、まだそれほど科学も進んでいるわけではない。まだ力の及ばないことばかりある。ひとの努力は尽くされているわけではない。勿論これで終わるとも思わないが、間に合うのだろうか。私たちはまだ未央の中でしかない。 >和白干潟に流れ込んでいる和白川の河口。
2013.08.31
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「外の自由だった世界の花や小鳥や蝶や林を恋い慕いながら子どもたちは、家族と死にわかれ、ひと りひとり孤独のうちに死んでいった。」 朝日選書のベストセラー物語を読む進む中で、「アンネの日記」にたどりついた。光ほのかに、 「隠れ家」で書かれた25ヶ月とある。家族が打ちひしがれていた中でアンネだけがこの歳月を冒 険と感じとっていたという。アンネが生きつづけていたら、どんな障害を前にしても自由な飛躍を とげたであろう精神が、無残に断ち切られた。大きく目を見開いた14歳の少女のままで。ポーランドのユダヤの少年ダヴッド・ルビーヴィチも「ダヴッドの日記」も迫害を受けて、最後に は命を奪われた。ポーランドの作家イヴァシェキューヴィチは述べている「ダヴィドの迫害者たち は頭をもたげつつある。われわれは、断乎たる「ノー」をもって彼らに応えねばならない。」と。 第二次大戦中に死んだサン・テグジュペリも、「星の王子さま」の中で大人の身勝手な常識を否定して、死と生の問題、精神的な深い愛を描いて、幼さと清純さを通してこころある人びとに問いか けている。
2013.08.30
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潮目を視る時代の潮流を読むことの難しさは、ますます複雑化し平坦ではない。当然の帰結でもあるのだろう。親子関係を始め人間関係の錯綜もある。ストレスとどう対峙すべきか、意識が高まればその分、高い障害が待っているだろう。昨日までと違う状況に対して、今日はどうあるべきかが問われもする。体力と知力と、そして意欲もある。生きようとする活力がなければ、すべてはマイナスにベクトルは暗転もする。・毎日ウオーキングしているが、家を出る時間で毎日違う。何が違うか。その違いを上げていけば、大袈裟にいえば何百とあるに違いない。そして自分も昨日とは違う体調でもあるし、思考もモードも違う。この複雑系の存在は、言葉では言い尽くせない。何に興味を持っているかで、一日も無限の価値があると思えてくる。高い所に昇らなければ、見渡せる場所も違ってくる。自分を砂漠に連れて行けば、いつか乾燥してしまうだろう。・へ2・・・ある場所に連れて行く能力があるかだ。それは時代によって違う場所にあるに違いない。寧ろ昇るのではなく、潜らねばならないかもしれない。進むのではなく、その反対に行かねばならないこともある。目に見えることではなく、視えないかもしれない。匂いもしない。聴こえもしない。何もない場所かもしれない。未来を感じることのできるのは、何も知らない子どもかもしれない。潮目は本当にあるだろうか。それさえ分からないが、人間は未来を目指している。
2013.08.30
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措かれた環境で、政治的動物にも、経済的動物にもなる。人間は本来社会的動物である。政治が一部の者の特権に属していた時代ではない。社会を構成する国民の主権に基づいて政治が行われねばならない。 人民の人民による、人民のための政治だからだ。 (government of the people, by the people, for the people ) ・選挙の日だけが政治を考える日ではないが、政治への参加が多くある訳でもない。闘争ではなく、平和的に政治行動をするためには、現在は選挙を通じて政治的行動するしかない。さて、国民の見識がどのように表現されるのだろうか。「責任力」という何を責任と言っているのか分からない政党のスローガンがあったが、少なくとも政治的環境が悪くなるばかりでは困る。 ・へ2・・・これから、参政権の義務を果たしに投票をしに行こうと思っている。宅から1kmくらい離れた公民館に投票所がある。災害の時は地域の避難場所に指定されているが、それほど安全な場所にあるとも思えないと、行くたびに思ったりする。知らない人ばかりが管理しているのは、以前より投票の地区が広範囲になったこともある。いつもはもっと早い時間に行っているが、今日はウオーキングをして疲れたので遅くなってしまった。
2013.08.30
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「世紀風雪」とは怪奇だ。「世紀」と「風雪」は接点がない。もし世紀に風雪があるとすればイメージの世界でしかない。漠然とした観念の延長でしかない。それが東洋の世界観の特徴なのだろうか。 ・へ2・・・人生には風雪がある。然しそれは「世紀」は区切りでしかないだろう。清国の崩壊は、封建社会からの脱皮でもあったがその巨大さゆえに多くの血を流したのだろうか。世界の飢えた野獣に苛まれ続けた。もっと多様な多方面で深い分析が必要だろう。そうでなければいつまでも中国人の本質が見えてこない気がする。 ・急がないことだ。損得で始めるべきことではない。ゆっくりやるべき研究だろう。どうも皮相な現象に捉われているものが多いだろう。現象とは一時的なものでしかない。まだ過渡期の中国であろう。 ・へ2・・・犬猿の仲では、日中だけでなく、世界にとっても不幸だろう。互いに尊重しあい是是非非の精神が必要だ。悪いものは悪い言いあってこその互恵関係だろう。どこが違うのか。それを知ることは、またお互いに世界を知ることでもある。
2013.08.30
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・変な夢を見ていました。しかし夢分析をすれば何らかの連想はあるのでしょう。経験したことやそうでなくても脳に無関係のことはあり得ない。ざぶりと残り湯につかり、福岡の気温を見たら25℃でした。これから暫くは爽快な秋になるでしょう。 ・へ2・・・つくられたヒーローが時々話題になりますが、ハムレットがそうであるように悲劇は喜劇になるものです。それは繰り返される虚像でもあります。ある人はそれは、悲惨な悲しみと早く別れるために喜劇にするのだという。まだ西太后の話を読んでいますが、清国からみた西欧列国と日本が描かれている箇所がいくつかある。負けるはずのない小国の日本に負けたとある。日本の勝利は、中国には敗戦でしかない。日本人の英雄は中国人には大悪人でしかない。日本人が揶揄することが中国人は大切なことになる。 ・悲惨な現実と対峙しなければならないとき、物事を黒白で単純化しがちです。西欧人は卑劣で狡猾な「毛唐」であり、魯鈍な中国人であり、残虐な日本人であるのでしょう。創られた虚像が喧伝される。 ・へ2・・・昨日のテレビでは朝青龍の治療のための帰国が報道されていたが、各社はどれだけ真実に迫っているだろうかと思いました。虚像が入り混じって実像が描かれていないのではないか。おそらく現実はそんなに複雑ではない。彼の常識が日本の常識ではなかったというだけではないだろうか。それに拘り続ける日本の相撲界は斜陽でしかない。逃げていく夕陽を追いかけているようなものでしょうか。相撲界はバターはどこへ消えたか?なのでしょう。 ・もう虚像が働く時代ではない。けちなヒーローが物事にタッチすべきではない。真の実力が問われねばならない。大清国の崩壊はそういう意味では教科書ではないだろうか。 ・へ2・・・これからの日本は坂道を転がっていくのでしょう。それが緩やかな軌道を描くことになるか。それこそ、ポイント・オブ・ノーリターンなのかは、国民の意識次第でしょう。
2013.08.30
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英米文学と日本文学の領域で自然をテーマとして扱いまとめた本だ。多くのエッセイ集も含まれて いる。英米文学でも「自然」はもっとも重要なテーマの一つだ。イギリスでは、パストラルと呼ば れる田園文学の長い伝統がある。アメリカ文学も「白鯨」や「老人と海」や「ハックルベリー・フ ィンの冒険」等の名作も多い。勿論日本にもある。「おくのほそ道」「武蔵野」「山の人生」など がある。本来山里の民であった日本人は、自然は身近な存在であり、自然の事物のなかに魂のあり かを認めようとさえした古代シャーマニズムがあった。平安時代の花鳥風月や老荘思想に影響され た隠者的自然観を持ち、やがて西欧文化と交わるのだ。日本的自然観と環境論的自然観とは基本的には相違している。 同じネーチャーでも、何故こうも違うのだろうか。ながい宗教観の違いに由来するだろうか。全く手に負えなかった祖先持つものたちと、シャーマニズムをもたなかった文化の相違だろうか。イザベラ・バードは、1873年(明治11年6月)東北および北海道を旅して「日本奥地紀行」を書いているが、当時の日本はまるで、未開地の劣悪な環境でしかない。農民たちの食べ物といえ ば生魚か半分生の焼魚と野菜の漬物だ。男はふんどし姿で、若い女たちも石鹸を使うことがない。 併し、彼女は書いている。 When Japan gets the sunshine,its forest-covered hills and garden-like valleys are turned into paradise. In a journey of 600 miles there has hardly been a pantch of country which would not have been beautiful in sunlight.
2013.08.30
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過去最大級のハリケーンは、ニューオーリンズを直撃している。自然災害は どこにでも発生する。ひとはその度に無力を思い知るのだ。ひとは、自分た ちが他人よりマシだと思い込もうとしているだろうか。実はそれは思い上が りに過ぎないだろう。世界中のひとたちは、多くの人が劣悪な環境に拘わら ず自分の役務を果たしすこやかに生きているのだ。あらゆる不当なものと闘ってさえいているだろう。Katrina は、アメリカに警告しているのかも知れない。「平和を忘れるな」と・・・。 権力に驕るものを歴史は幾度も叩きのめしてきた。それに気づかないものは あっという間もなく破壊されるだろう。ひとは、注意深く生きねば生き残れないのだ。 例えば「地球温暖化は氷河期を招く」だろう。全ての自然現象は、そのこと をあらゆる手段で警告しているが、驕れるひとたちは見ようとしないだろ う。自分たちに都合の良い勝手な理屈で押し通ろうとさえしているだろう。 人類は、他人を押し退けては生きて行けないのだ。唯一の真理など幻想に過ぎない、あるのはあらゆるものとの「共存の隘路」しかないのでは ないだろうか。未来に到る道は狭く険しいように思えてならない。ひとは、自然を学びながら進化してきたのだ。もう八月も終わろうとしている。
2013.08.30
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かつて栄えたバーミヤンやシルクロードの古代都市を埋め尽くした風だ。 「ヒトという種」の栄華も永遠ではない。宇宙すらも限界が来るだろう。ひ とは自分が「何もの」であるかを解ろうとはしないのだろうか。自己の狭い視野で生きることを何度繰り返してもそれこそ「蟻の一歩」でもないだろう。 宇宙から見れば、ひとつの小さな風ですら Afganetez になる。そして、ひと つの文明を消し去りもする。自己撞着して人生を無駄にはしたくない。少なく とも他人を惑わせてはならないだろう。スケールの小さな考えで、この世界を誤解していないだろうか。多寡だか、ひとつふたつのことでうまく凌いだ としてもそれだけのことではないか。謙虚な気持ちさえ持たない人が目に余るような気がしてならない。まだ死ぬまでに為すべき努力をすべきではない か。「個」とは、科学的事実として何かが、解明されようとしている。漸く ここまで来ただろう。勿論これからという意味だ。自分の古い服を脱いでAfganetez に立ち向かう準備ができているだろうか。 風はだれも待たないだろう。
2013.08.30
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降水確率は80%あるし、雷鳴が聞こえている。これで今夜はウオーキングもできないが、何とか今月も、一日2万歩の目標だけは達成できたので諦めることにした。明日の夕方に台風15号が九州に最接近しそうである。明日も歩けそうにないが、仕方がない。それでもウオーキングをした時としない時では、血糖値も違う。 ・ウオーキングをするとしないとでは、その影響があるというのはリアルでもある。体重も鳥渡の違いで変化もする。作用と反作用の中で活きている。要らないものは消えていく。忘れてしまえば帰らないものがあるに違いない。これからどうするのか、決めるの自分であり、その取捨選択を日々している。 ・へ2・・・もう8月もあと一日になり、どんどん月日は過ぎていくが、できることは少なくなっていく。毎日見ていたものもすぐに過去になってしまう。もう二度と会えないかもしれない知人や友人もあることだろう。猛暑の夏も過ぎてしまえば懐かしくもある。
2013.08.30
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いまのうちに これまで生きてきたが、はたして自分の受けてきた教育がどれだけの価値のあるものであるかよくわからない処がある。それは食べ物に似ているようだ。なにがどのように栄養素が作用して、どのような形になって、自分の体に作用しているか隅々まで理解しているわけではない。たんぱく質とか炭水化物とかビタミンといったところで、恐らくミクロの世界になれば専門家だってどこまで解かっているかわからない。或るものは他のものと混ざり、そしてさらに他のものと溶解して変化もする。 ・梶井や堀辰雄は、これまで殆ど読んだことはない。作家と作品くらいはテストで覚えたが中身までは知らない。そういえば教育と言っても入門編を遣ったくらいだろう。社会で役立ったことがどれだけあるだろうか。刷り込まれた道徳があり、親の真似をし、友人との遊びの中で学んだし、学校で自分より優秀な人間が大勢いることしり、博学の研究者に頭を叩かれもした。それで学んだと言えるわけがない。一葉や漱石や芥川など講座で一読して来たが、少し読書の仕方を教えられたと思う。 ・へ2・・・日本人が日本文学を学ぶことは考えてみれば、到って当然のことであり、老化して行く中で、私にとっても、ことばの世界は残された処女地でもある。自分にできることをすべきであり、できないことをしようとしてもできはしない。おそらく70歳になれば何も出来なくなる。今のうちに。
2013.08.30
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甘やかせているもの 自己保存の法則が、生物としての自分を守っているのだから、それはどうしようもない。加齢による免疫の低下は避けようがない。こうしていつもの朝を迎えられるのは、ある一定の条件の下で繰り返されているに過ぎない。何も奇跡でもなんでもない当然のことが、因果律によって起きてもいる。自分で独りで悦んだり悲しんだり。人間の存在が「複雑」だ、という意味をどこまで理解しているかの程度の差でしかない。 ・その人の裡で起きている感情は、複雑過ぎてことばには到底表現できないでいる。然し作家たちはそれをやろうとして、様々な表現力で人間の複雑さを文章にしようとする野心家たちでもある。読者はそれが高く上がり、大きくて優美であればある程悦んで賞賛するが、それは花火のように一瞬で消えてしまう。それは僅かな人の瞬間のことであり、人間のすべてではない。 ・へ2・・・物語は遍く針小棒大に過ぎない。人間には美しい時も醜い時もあるだけだ。どんな天才も、どんな凡才も跡形なく消えてしまう。人びとの記憶にあるものはそのひとだけの脳細胞の中でしかない。もう朝晩虫の声が高くなってきた。然しその声は、昨日と同じではないだろう。私にはその違いが解からないだけだ。豊かな自然の営みをすべて嗅ぎわけるだけ能力などない。だが知っている。私は奇跡の種としてのヒトの末裔でもある。
2013.08.30
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アメリカの活力は、異文化の坩堝だからだ。然も黒人差別と女性差別の克服をずっと続けてい る。変動への動力は、同質ではなく、異質を取り入れることで活力化が可能となり、進歩が生まれる。差別を克服しようとして、アメリカは勢力の拡大を可能にしてきた。日本の場合は、 同質な文化を守ろうとし、異質を排除したために政治的動態が閉塞している。 世襲は、衰退の幕引きをする。北朝鮮もそのことに何れ気付くだろう。日本も異文化を積極 的に導入して行くべきだ。純血主義は、リスキーな選択に過ぎない。かって、教養のない下級武士が明治をリードしたように、地方出身者が、躍り出て、国を活性 化した。世襲を以て謀ろうとしても、ことは成立しなかったに違いない。 日本の政治も、旧弊を捨て切れないようでは、真の活性化は望めない。 日本の政治が低迷し、疲弊しているのは、政治家が多く世襲でしかないからに他ならない。 勿論政治ばかりではない。異質を拒絶しているセクトはどこも同じだろう。
2013.08.30
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このごろは、一日に、日の出1分遅れていき、日の入りが1分早くなっている。一日2分のスピードで日照時間が減っている。早朝歩いていると、東の空から太陽が昇ってくる位置が、北から南へとずれ始める。それをこれから毎日確かめながら、ウオーキングすることになる。ここ数日晴天で、爽やかな空気を吸いながら、こんな親父になって歩くのではなく、もっと元気の良かった頃に何故歩かなかったのだろうと思ったりする。 ・歩けない理由はいくらでもあるが、そんなことはどうでもいい。遣らないのが馬鹿なのだ。何が自分に大切なことなのかを少しも解っていなかったのだろう。口実は何でもつけられる。だからと言って何だろうか。要するにしなければならないことを後回しにしていたにすぎない。あとのまつりになるだけだ。 ・へ2・・・人間は何時も後悔しながら生きているのだろう。あとで気付くことばかりだ。それをいつまでもくよくよ考えている。時は不可逆に過ぎていく。今朝の太陽を見て死んでも構わないとみんなどうして思わないのだろうか? >十和田湖
2013.08.30
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肺年齢 肺機能も特徴的な年齢による衰えがある。老化は外部だけではなく内部でも起きている。殊に肺機能は最盛期の2分の1,3分の1までにもなるが、使い方次第では生命を維持できるからすごい。肺活量も漸次、減少していく。肺には痛みを感じる神経がないそうだ。私は、鼻茸ができて鼻が詰まり手術したことがある。その後も長い間、呼吸がスムーズにできず苦しんでいたが、嘘のようにそれが治癒したようだ。 ・肺に色んな病気を持っていたようだが、それが原因で、肺機能も落ちていたようだ。走るとすぐ息切れがした。いつの間にか走るのが好きだったのに、山歩きさえしなくなった。運動は嫌いではなかったが、気が付いたら殆どしなくなり、それがメタボの原因でもある。肉体的なだけでなく、メンタル面もあったのだろう。ひとつやふたつのことではなく、多重の原因が自分の体に蓄積されて行ったに違いない。 ・へ2・・・体質改善を心掛けたのは、かなり以前からだが、頭と体が一致しだしたのは、数年前からであり、それまで長い時間がかかった。気になっていたのは肺年齢でもある。頻脈の傾向もあったからだ。歯が大事だとか、足が第二の心臓だとか、色んなことばを聴いても、その意味が解かってきたのは、自分の体験がある。本当に理解することは難しい。よく美容の話がテレビであっているが、大切なのは肺でもある。呼吸が旨く出来なければ、どれだけ見かけに拘っても自滅するだけだ。
2013.08.30
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ヒトのルーツを知れば、だれもみな野蛮の血が流れていることを知るのである。そしてそれが未だにあるのだろう。「社会的ステータスがその人の意識を決定する」という法則があるが、オバマ大統領もやはりその分類から漏れないようだ。そしてアメリカの伝統は受け継がれている。人は野蛮なのであって、時に理性を取り戻すのだろう。 ・柔よく剛を制すも、じつは偶々でしかない。野生と理性と言えば、理性が常に勝つのではない。動物には理性がないだけだ。腹いせでヒトを八つ裂きにした犯罪者たちがいまだに後を絶たない。そして、憎しみに駆られて自分を見失う者もいる。復讐にも燃えた犬を止めるには骨が折れる。ショックでも与えないと止まらないものだ。 ・へ2・・・余程不利益を与えないと止まらない人は理性があるとは言えない。そしてそれは誰もが陥るだろう。正義の名のもとにことは為されて、多くの犠牲者がそのために出ている。戦争になれば罪もない人たちが死ぬことになる。タリオの法則が、さらに大きな犠牲者を出すだろう。
2013.08.30
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教義の下で多神教徒をみつけしだい殺し、またはこれを捕虜にし、拘禁し、あらゆる計略でこれをまちぶせよ。(第9 悔悟章5) ・・・そのとき、なんじらは、彼らの首をはね、また彼らのそれぞれの指先を打ち切れ。・・・信仰するものよ、なんじたちが不信者の進撃に遭うときは、決して彼らに背を向けてはならぬ。(第8 戦利品章12~)・イスラム教では来世は現世のつづきであり、そしてアッラーのために死ぬならば楽園行きが保証される。ジハードに参加することは宗教的美徳の証とされたのだ。どうやら日本人の常識をはるかに超えている世界がある。・コーランの詩文は(伝統的な韻律詩文は複雑だったが)単純な韻律の散文詩で、誰でも唱えやすく、そのコーランの音楽性にも魅了されるといわれる。しかしそれよりも重要なのは、ムハンマドが無学文盲にもかかわらず、これほど美しい詩文をつくりだせるはずがなく、にもかかわらず、だからこそ、確かに神からの言葉なのだ、とアラブ人たちは信じたことだ。 ・メディナに住んでいた人々は農業で生計を立てていたが、ムハンマドが連れてきたイスラム教徒は農業になじみのない人々であった。そこで彼らは飢えないために、メッカからくる隊商を襲って金品を強奪した。事実上の強盗であるが、何かを生産するという観念がまったくないため、金品や女子を強奪することは正当な経済的行為として認められており、彼らの冒険であり、娯楽でさえあったという。彼らはこういう戦いを「ジハード」と呼んでいた。・私たちは自分の育った環境で、自分たちの世界観を作り上げる。それは生物の宿命でもある。神が存在すると教えられ、その教義を学べばそれを信じてしまうのは当然の帰結だろう。それでも、違う世界が存在し、違う言語ともに全く反対の教義があるかも知れないこともある。
2013.08.30
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<作品> 「永日小品」・元日 ・「蛇」 ・「泥棒」 ・柿 ・火鉢 ・下宿 ・過去の匂い ・猫の墓 ・暖かい夢 ・印象 ・人間 ・山鳥 ・「モナリザ」 ・火事 ・霧 ・懸物 ・紀元節 ・儲口 ・行列 ・昔 ・「声」 ・「金」 ・「心」 ・変化 ・クレイグ先生。・漫然と見ていたら分からない作品。・大阪朝日から依頼された。・「元日」、「紀元節」・・・別記載された。その日に合わせて記載された。・「蛇」から始まる・・・意味がある。伯父と甥の関係。覚えていろ。伯父さんの声。漱石の作品には裏がある。「金」、「こころ」・何故、「蛇」の次が、「泥棒」か。伯父が泥棒という設定は、漱石の実体験がある。・「金」のこと・・・「丸」;「○」を書く。「こころ」にもある。・「永日小品」は、簡単な作品群ではない。・「夢十夜」と違い。「永日小品」は、無構成のように見えるが、そうでないところもある。・よくある解説のような、漱石の単なる身辺に題材をとった作品ではない。・「神々の復活」を漱石は読んでいる。・「三四郎」・・・モナリザ・・・火事。連関。・「モナリザ」・・・女性の秘密がある。・作家は、男に興味がある。「三四郎」。男のことしか書かない。圧倒的に男である。・「声」・・・小説的。幻想が破れる。単なる事実ではない。・「心」・・・百年の恋。結婚と恋愛は違うと漱石は考えていた。・漱石には、差別意識が強くある。・作品群には、いくつかのカテゴリーに分類でできる。ロンドンの回想など。・キーちゃん・・・漱石の実在の友人。「柿」 に出てくるこども。・heirloom 家宝・Procession 行列・キルト ・ピトロクリ の間違い。・「山鳥」・青桐・・・梧桐・「儲口」 メモがある。・"I am a man!" おれは人間だ。 人間の意味。作家は話の種が増えた側にいるか。・漱石はどこにいるのか。漱石の意識はどこにあったのだろうか。現実を冷ややかに見てはいないか。・「柿」・・・友人キーちゃんの側に漱石がいるのではないか。金持と貧困。貧富の差。落差を書いている。・「毬と柿」 仕返しをする。「泥棒」の後に柿がくる。連句。連想。連想中枢が漱石は発達していた。・「蛇」から「泥棒」・・・「柿」へ。「蛇」はどこからくるかわからない。「泥棒」は手の内が分かっている。対比がある。・「蛇」・・・明解に読み説いた人はまだいない。蛇のような心。印象的に書いている。暗示している。・「アダムとイブ」。まっすぐな人間がある時から捩れてくる。変化を書く。・「渦」ということばの描写が出てくる。伯父と甥の財産をめぐる争い。漱石のメモがある。・「それから」の後に「門」がある。連想タイプが漱石にある。・「泥棒」・・・「柿」にも「泥棒」が出てくる。「毬」を泥棒され、そのあと仕返しをする。・「元日」は別。1年前の話。メモ。元日だから目出度いわけではないと漱石は考えている。・「元日」の仕返しに「蛇」をわざと書いた。・1月15日ころ・・・女の正月。「蛇」「泥棒」。「蛇」から始まる意味がある。・「永日小品」・・・佐々木充「漱石推考」 永き日や太鼓打つてのゆるむなり(漱石の俳句)・・・本妙寺。・無限の時間を閉じ込めること。・ロンドンの回想。・「変化」交友関係。・漱石は、敬愛している。「変化」・「クレイグ先生」。現実から過去の回想に戻る。・「永日小品」には、回想が織り込まれている。・百年・無限時間・無時間。恋愛のモチーフ。・「文鳥」女の比喩。文鳥の死。鳥が女のモチーフ。・異界への導きとして獣が出てくる。・「金」現実的な側面を描いている。尊い仕事を得たものは色を付ける。金・・・唯物史観。仕事には貴賎があるという考えを漱石は持っていた。・金の物神化。・マルクス「資本論」・・・漱石は賛成しないと書いている。「こころ」。恋愛と金と「変化」が隣り合わせになっている。・連関性・・・連想的。・「火鉢」・・・灰に丸を書く。「金」にもある。・はたして「永日商品」に構成はあるのか。・「火鉢」・・・庄野潤三「火鉢」論。湯に行って気分が変わる。「とうとう湯に行った。」・俳句的な表現。蕪村にもある。感覚的。どう文章にするかを漱石は考えている。・どう読むかが分かる。・「とうとう・・・」が重要。・変化を書いている。湯に行ったことによる変化を書いている。・他の作品にもこの変化がある。敏感であるかどうか。作家的な発想があるかどうか。・「下宿」・・・異教の女と男。男・・・だけが生気がある。男の登場で変化する。アグニスとの関係。物語を隠している。「門」に繋がる。・「過去の匂い」・・・アグニスをどう読むか。この小説が動く。Kがアグニスを引き取ったのか。関係は。Kが必要な理由はないか。・「印象」ネルソン提督の像。印象派の絵画風に書いている。ターナーを知っている。抽象的に書く。意図的に書いている。具象性を排除している。・「山鳥」・・・人間のこと。「モナリザ」もひとのこと。・「火事」・・・夢のような話。昨晩と違う。「霧」につづく。夜の話から始まっている。「夢十夜」の構想。・「懸物」・・・三代の違い。それぞれの違いを書いている。・「紀元節」・・・関係がないが、分岐点にしている。・ロンドンは漱石には忌まわしい思い出だったが、「ピトロクリの谷」は違っていた。・「変化」・・・「クレイグ先生」に繋がる。・「変化」あとにもの「変化」がある。キーワードがある。「変化」。
2013.08.30
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自分の病は、自分で治さねばならない 中島敦の「悟浄出世」の中で、上のフレーズを見付けた。「愚者が己に就いて知る方が多いもの故」につづくものだ。現代医学に頼ってもできることはそれほどないと日頃思っている。万病というくらいに病気はあり、次々に病気の連鎖もある。薬に頼っても万病に効くものもない。余りにも体の細胞複雑すぎるからでもある。ミクロの世界はミラクルだ。 ・生命を守るためのアポトーシスがあるように、修復細胞の如何が病気の原因にもなる。自分の病は、自分で創っていると言えなくもない。病気のリスクを減らさなければ、副作用のない薬もないのであり、病因は増加し続ける。免疫系を高める努力をした方が効果もあるだろう。摂食や運動もそして良質の睡眠もそのために前提条件になる。 ・へ2・・・どこにいても病気には為るだろうし、リスクの高い社会環境がある。ストレスや、澄んだ水や空気や、汚染の少ない食や免疫力を高める運動もある。細胞の定期券タイプは仕方が無いとしても、回数券タイプは、自分の努力でできることはある。そのためには健康的な環境にわが身を措くことであり、自分のからだの持つ遺伝子由来の治癒力を信じるしかない。毎日、ウオーキングをするのもそのためだ。
2013.08.30
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泥舟 日本丸は泥船になったのではないだろうか。私には、その最期のシーンを視ることはないとしても一抹の不安はある。まもなく野田佳彦氏の首班指名がある。解ったようなことが淡々と進んでいるが、それがまともなのだろうかという疑念はある。政界や財界に野田氏への期待があるようだが、それだけ庶民から遠いのではなかろうか。 ・公約には経済優先の政策がいわれているが、災害復興にしても官僚には確たる長期ビジョンは見られない。国や政府に期待する方が間違いではないだろうか。期待すればするほど期待は裏切られてきた歴史がある。無いのにあるような話で、政治が行われ、蔭のある社会でもある。 ・へ2・・・独りの政治家で変わるような社会ではない。演説でも動かないものはある。普遍的真理がなければならない。組閣がおこなわれるが派閥の色濃いものになるのではなかろうか。そうなれば元の木阿弥でもある。少なくとも、内側から政治は変わらない。新しい発想が生まれるにはそれだけの条件がある。
2013.08.30
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父母はかなり前に亡くなったが、思えば親たちができなかったことを私たちはしているのだろうという認識はある。身内の人たちの多くが亡くなってしまったが、彼らとは違う暮らしをしているのだろう。自分がどんなに恵まれているかとかいっても始まらないが。いまだからできることがある。 ・いいことばかりではないが、できることをするしかない。父母は親の投資のない苦しい日々を過ごして、息子だけはそういう暮らしをさせたくないと言っていた。引揚者でもある。戦後の混乱期で苦労しながら育ててくれた。それを思えば、現在の自分の暮らしに不満を言う気にはなれない。 ・へ2・・・親たちの犠牲の上に私たちの暮らしもある。それに感謝しない訳には行かない。楽しさに浮かれるのではなく、すべきことを忘れないことだ。親の背中で学んだことはある。その意志を伝えなければならないと思う。 ラジオの朗読の時間で、鴎外の「阿部一族」があっていたが、熊本が故郷ということもあって中学生のころから何度も読んでは、切ない。なぜ殉死があるのだろうか。意地で死ぬことがあるのだろうか。そんな片意地は意地ではない。肥後はモッコスといって他人の話を聴かない頑固者が有名だが、屁理屈では仕方がないし、他人の悪口を安易にする傾向があるのは郷土の悪しき風習だ。それを鴎外は見抜いている。
2013.08.30
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