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物事の本質 ・質と量 ・本質と現象 ・内容と形式 ・構造と要素 ・原因と結果 ・必然性と現実性 相関関係を究明できるかで、その人の視座やレベルかで決まるのであろう。 この弁証法の基本的カテゴリーとなる。 非日常の中に世界もある。荘厳なその事実に時として驚愕するのだ。
2017.01.31
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世界が複雑化していく中で、そのツールがどうかが問われるようになって いる。記録情報源からさまざまな情報や文献を効率よく求めるには、その手 がかりとして役立つ適切なツールを選び、それを活用するための知識と探 索技術を身に付けることだろう。学生と研究者の違いは、ツールの差でもあ る。昔は、資料も手近なものしか入らず大したことのできない環境であった が、現在は違う。できないのは自分の遣り方や、意欲の問題でもある。また 情報量が違うだろう。論語も、日本文学や日本史も一分野でしかない。 レファレンスブックには、豊富な情報を得ることができる可能性がある。問 題はそのガイドであろう。 どこかで読んだことがある。「いいジャーナリストは、こまかいことは、知 らなくていい、何か課題を見つけたとき、どこをあたればよいかを考えるこ とのできる人間だと。」 人間は、「準拠枠」の中で生きているがその枠組みがみえなければ、本当は 何もできない。潰されるだけだろう。その枠組みがいつも問題だ。
2017.01.31
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人は贅沢なことができると結局は身のためにならないものだ。余計な金があると遣いたくなり、碌な事をしない。美味いものを食べたい。遊びたい。欲望の趣くままをしたいと思いかねない。この社会は怠惰な人間を創らないように仕組まれた社会だが、それでも例外的な人間がいて、社会ルールに反したことをしてあるべき義務を逃れようとするものがいる。天網恢恢疎にして洩らさずだが、卑劣に甘い汁を吸う人間はどこにでもいる。他人を陥れて恥じない。 ・砂糖に群がる蟻さんのような人間はいる。寧ろ欲望を煽って稼いでいる商売が何と多いことだろうか。相撲社会をいつまでも残そうという根性が解からないし、暴力団もあれだけ警察がキャンペーンを張っているのに、なくならないのは何かある。裏があるのだ。表と裏のある社会だし、本音と建前のある国際社会でもある。キリスト教会が何をしてきたか、ダーウィンは怖くて「種の起源」の発表さえできなかったくらいだ。 ・へ2・・・正しいことを言えなかった時代は長い。そのことを忘れてはならない。科学は、昔から有ったのではない。ダーウィンの業績はだからこそ意味があるのだ。ごろりと変わった。自己批判しない人間は駄目になる。進化を遂げたのは其れが出来たからでもある。裸になり、貧乏して、本当の自分に戻って考えることだ。それができるひとは恵まれていると言えなくもない。
2017.01.31
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史書とは、大事なところは寡黙である。それは史書だけではない。一番気にしているとこ ろは書かないからだ。孫子の兵法も分かりやすいのだろう。だから誰にでも熟知できた。孫子 を知っていたからと言って実戦でどう使うかなのだろう。そこは寡黙である。誰にでもわかる ような秘密を明かすはずがない。みな真似をしてしまえば兵法にはならない。要か解釈にあ る。英雄は黙っていても理屈は後でならどうのようでも作ってくれただろう。勝ち残ったから それだけの理由があったはずだと思えば何にでも化けてしまう。白でも黒でもどっちにでもな る。敵か味方かの違いだけだ。毛沢東だって今の中国では評価が以前とまったく違っている。 冷静に考えれば正しいことばかりしていない。金正恩も同じだろう。 ブナの最北限は北海道らしい。なじみの深いブナの林が、北海道まで広がっている。日本はブナの林が拡がる場所でもあるのだろう。落葉広葉樹の森が、一人の人間のゼネレーションに匹敵している気がする。
2017.01.31
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ゲーテとベート-ヴェン ゲーテは63歳、ベートーヴェンは42歳の時に出逢った。 ゲーテは、ベートーヴェンを 「これほど集中力がつよく、これほど精力的で、これほど心情の深い芸術家に、わたしは まだお目にかかったことはない」と評した。 二人の性格を象徴するエピソードが有名だ。 ベートーヴェンはゲーテの腕を取って歩いていた。 その時、道の向こうから、オーストリアの皇后と取巻きが現れた。 ベートーヴェンが、ゲーテに囁いた。 「このまま、彼らの方が私たちに道を譲るべきです。断じて私たちが譲ってはいけません」。 ゲーテは、彼の言うことを訊かず、帽子をとって、道のかたわらに身を寄せた。 ベートーヴェンは、鳥渡肩をすくめてから、悠然と道の中央を歩きつづけ、彼らの真中を突破した。 皇后の前で、鳥渡帽子に触れただけだった。 貴族たちは、礼儀正しく道をあけて、丁寧に挨拶した。 ベートーヴェンは立ち止まってゲーテを待った。 ベートーヴェンは「私がこうしてあなたをお待ちするのは、あなたがそれに相応しい方だか らです。あなたは、ああいう人たちにあまりに丁寧すぎました。」 あとまだ会話はつづくが、ふたりの個性がよく現れていて面白い。偉大なふたりの芸 術家は、惑星がすれ違うように出会い、お互いに相手を人間的には好きになれず、それ ぞれの軌道を進んだ。 萩本欽一(73歳)が、駒大仏教学部に、この四月からボケ防止で入学するらしい。それこそ向学心といえるかどうかは、それは知らないが、しようとすることは間違いではないのだろう。さっさと芸能界をやめればもっとすっきりするのだろう。すべてを捨ててこそ浮かぶ瀬もある。
2017.01.31
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われわれは、ある激しい潮流のなかで、日々狭まる自由の領域の侵食を懸念している。それは、憲 法的常識とされた自明性が形骸化していることに他ならない。即ち、数次の安保闘争が、日本国憲 法に見合うだけの理想の精神を、我がものにすることができなかったからでもある。 すべてがあまりに不充分なものであった。原因は、市民革命というスキルがなかったからだ。 現在の、「体たらく」は実にそのことに尽きるだろう。憲法理念の自明性を完全に失っていた時代に生 まれたものの宿命でもあっただろう。それを安保闘争で解析できなかったのは、学者たちが如何に 無能であったかを暴露するものだ。 その反省がされないまま、現在の「体たらく」があるが、責任は旧世代にあることは間違いない。 その弱味につけこもうとする陰謀が顕在化しだしている。それが憲法改正論議と言われるものでも ある。 憲法的な、それが「堤防」であるとすれば、決壊しようとしている。巧妙な家康が、 大坂城を攻めた時のように内堀外堀が埋められるのだろう。
2017.01.31
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人間社会と違い科学の世界は、次々に多くの知識を手に入れつつある。リンクできないのは何故だろうか? 科学は、人間たちの暮らしの一手段でしかないからだろうか。捩れた社会が齎すものは破滅でしかない気がしてならない。山野を走りまわっていたころの体しかまだ種としてヒトは持っていない。女と男にしても脳は、その特徴をいまだに遺伝子として継承している。然し、いつか主客は逆転するのではないだろうか。その時まで、ヒトが存在しているかという疑問があるが・・・。 ・生物は奇跡ではない。只地球上の生物たちは運がよかったのは確かだろう。火星も当初はそのチャンスがあったが、環境に抗するまでの時間がなかったのだ。生き延びるためには更に大きなチャンスが必要だったのだろう。ヒトがどれだけ生き延びることができるのだろうか。飽くなき関心がある。生まれて死ぬまでの間に感じてきたものが、単なる知識の集積ではなく、知識を超えた何かがあることを感じている。それを安易に口に出したくはない。 ・へ2・・・未来は、科学者たちだけのものではない。一人の人間も類としての人類に繋がっている。私たち個々人は一人ではない。善人もいれば悪人もいる。健気な人もいれば、邪な奴もいる。その総体が人間の姿であり、種としてのヒトの存在である。男でもなく、女だけでもない。脳というシステムを持った生物であり、社会的動物である。地球も生物が死滅した火星のようになる日が来るだろうか。そしてやがて火星に行くだろう。 地球はやがて太陽に飲み込まれてしまう。生命は旅立たなければ破滅だからだ。科学がデッドロックを乗り越えられるだろうか。酸素のない宇宙ではこれまでの常識は通用しない。
2017.01.31
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如何やら、ブログネタはどこにもある。もう固定観念がこびりついている。つい常識が先行するが、それは日本人のそれでしかない。広い識見と深い洞察が目標ではあるが、それは実行するのが難しいことでもある。 ・数か月アメリカで過ごしたら、昔のメタボに戻るに違いない。ラスベガスやLAとグランドサークルでは落差が大きいが、それがアメリカでもある。先住民たちを奈落に追いやりながら、平気でいられる神経がアメリカのフロンティアスピリットでもあるのだろう。 ・へ2・・・ドイツ・スイス・フランス7日間もブログを離れるのは寂しかったが、これも偶にはいいのだろう。写真を見ながら「サモトラケのニケ」の項目を読んでいる。ルーブル美術館でガイド本を買ってきたが好い思い出になる。 写真はダメだろうと思っていたが意外と開放されていた。
2017.01.31
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かなり通院を始めてから長い。毎月だったが、6年くらい前から2か月置きになったが、これは良くなったからというよりも、国の方針もある。欧米並みに3か月置きになるという。それだけ自己管理が強化されることになるが、自己責任が増すことにほかならない。 ・病気は、放置すれば増悪化する。勿論自然治癒もあるが、それは病気次第だ。健康管理が確りできれば病気もしないのだろうが、そうはいかない。遺伝子ばかりではなく、環境からの影響もある。食事は,好物ばかり食べていたいが、バランスよく食べなければならない。 ・へ2・・・真面目というのは、正直者だというのではなく、自分の体に適応したものをたべることであり、薬とちゃんと付き合うことだ。薬を使わなくてもいいひとは羨ましいが、そうはいかないひとはおおい。食事をカロリー計算をして食べている人がどれだけいるのだろうか。もうPC管理はしていないのでがたがたになっている。真面目にやらないと後がない。また定期診察がある。
2017.01.31
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奇抜なビルが多かったU.A.E.脳と意識との関係は他のどのような関係とも似ていない。脳が意識を生みだしているとしても、脳の仕事がやっていることを観察などできはしない。どれだけ優れた脳なのか、本当は誰も知らないのだ。ある限られたエリアでなされた結果がそのひとの脳力とされるに過ぎない。 ・昆虫や動物の生態を通じて種としてのヒトの概要が解ってきている。そして如何にヒトの存在が類似性を持っているかもわかってきた。どうして、メスがオスを選択しているか。相手が健康であるかのサインとか、好きなオスだと卵も大きいとか、知らず相手の免疫系を調べている。そして好きになる。成程複雑なプロセスを経由している。 ・へ2・・・複雑なだけではない。それを明らかにするのはシンプルではないだろうか。論理が図式化する試みがされている。膨大な複雑系を翻訳しなければならない。それを解析していけば果しなくシンプルになるのではないだろうか。
2017.01.31
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変異・淘汰・遺伝。 大進化と小進化とある。自然淘汰と適応進化がある。生存し繁殖するこ とで遺伝子を次世代に 伝えること。自然淘汰に目的はなく、進化は価値とは無関係であ ること。身につけたものを失う退化も 進化であること。恐竜の絶滅も進化の過程である。 遺伝子・蛋白質・酵素・神経・ホルモン・脳内物質から行動が機序であり、人間は多細胞 の生物 であること。ある機能を果たすための行動のセットであり、戦略の進化を示す。 ダーウィンの観察によれば、雄間競争と雌による配偶者決定があり、大きな体などが雄に 選択され 雌はシンメトリーや鳴き声など配偶者選択の基準となる。 生物学を学ば ないと。
2017.01.31
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公開講座もしばらくお休みで、大学も受験のシーズンになり市民講座の出番も少ない。春まで何をしようかと思っている。当面は仏典でも漁っていようと思います。問題の所在と宿題はいくつもある。6年間の文学講座も、点を線にしたいが、どれだけのエネルギーが残っているだろうか。「南無阿弥陀仏」は、「南無至心帰命礼西方阿弥陀仏」から来ているのだろうか。「三尊礼」(サンソンライ)にある。仏典の中にあることばが、色んな容で残っているのに気付く。時間を無駄にしないように努力はしたい。忘れやすくなったので、お経をコピーした歩きながら記憶したりしている。これも意外と楽しい。私たちの知識のルーツがどこにあるだろうか。それを考えると、西欧からではないだろうか。それをそのまま受け入れてばかり来た。それでは解決できないことばかりだ。自分の頭でどう考えるか。どう思うのか。今を見直すことだ。
2017.01.31
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怪我をして知る痛みもあり、病気をして、健康の有難さ解ったり、戦争になって平和の尊さが解かるのかもしれない。自分がなってみないと解からないことがある。頭で解かっていると思っていてもその場にいなければ理解できないことさえある。善意と悪意というのは法の世界では、知っているか、どうかだ。知らないが善意で、知ってすることが悪意になる。 ・善意無過失というのは法で保護されるが、それが一般の庶民のことでもある。何も知らないことが好いことなのだろう。「倚らしむべし知らしむべからず」がある。善意の庶民を奨励している。一人で自由に生きることや独立独歩をあまり勧めてはいない。寧ろ自己犠牲が美徳とされていた。上の人たちが目下のものに野蛮な行為をする陰湿ないじめの土壌がある。 ・へ2・・・トラウマを受けたものが、その被害者が加害者の立場になると逆転してしまうことがあるという。大人が大人になりきれない環境が確かにある。それこそ危険な賭けをしたがる企業の社員は、不幸だ。それは国家でもある。皆でやれば怖くないばかりではなく、皆でやれば怖いこともある。
2017.01.31
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自分が詰まらなくなっているのは自分では解かり難い。尊大になっている時ほど自惚れもする。この世界は貧困であって、豊かでも平和でもない。そういう認識が、欠落しているから贅沢も覚える。努力もしなくなる。世の中の役に立たないことばかり考えてしまうようになる。人間がこれまで生き延びることが出来たのは、免疫力を高めてきたからに過ぎないのだ。 ・何でもできると思うほど、何も出来なくなり、そして詰まらない人間にもなる。自分の寿命を全うしようとする努力をしなくなる。朝1時間歩く、夕方も1時間歩くだけだが、それが今になってようやく出来るようになった。もうあと10年くらいしか寿命はないだろうし、或いはそれも傲りかもしれない。ウオーキングが日課である。それだけでもふうふういっている。当然のことさえできない。他の人は、仕事もしているのに、何も出来ない自分がいる。 ・へ2・・・何が贅沢かは一概には言えないが、健気でない人間は、不遜になりがちでもある。詰まらない人間に為らないように努力するしかない。自分を侮っても、甘やかしてもならないだろう。ウオーキングをすることで、自分の体力も判る。それを知りながら暮らして行くことではないだろうか。
2017.01.31
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世界は、勿論誰かのものではなく、みんなものであり、それは人間だけの独占物でもない。思い上がった人間の奢りが歪なものにしてしまうことがある。平家は滅んだから、「平家物語」が出来たのだろう。NHKで大河ドラマ「平清盛」が始まったが、それはどんな意図があるのだろうか。野球や大相撲にしろ、国民の娯楽のための演出は、どうもローマ以来の飴と鞭のそれだろうか。 ・「ローマの休日」という映画があったが、その本来のローマの休日とは、競技場で、猛獣に奴隷を喰わせるローマ人の娯楽のための休日だったらしい。今でこそ残酷な儀式だが、当時はそうではなかったということだ。人を人とも思わない政治は昔からある。それどれだけ脱却しているだろうか。 ・へ2・・・「平家物語」を読んでいたら、「数寄」という当て字が出てきたが、心「好き」なひとを風流・風雅に心を寄せられる人のことを「心数寄給える人」と書いている。企みのある社会であり、時々、誰のための社会だろうかと解らなくなる。そして、偽りの社会が長く続くと虚偽が本物にすり替えられてしまうのだ。
2017.01.31
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フランシス・ベーコンは「随筆集」で「歴史はひとを賢くし、詩人は発想を 豊かにし、数学は精妙にし、自然科学は深くし、道徳は重々くし、論理学と 修辞学は議論ができるようにする」の述べる。しかし「諸学はそれら自身の 使いかたを教えてはくれない。そのしかたは諸学の外にあり、諸学の上にあ って、観察によって獲得される知恵である。」 この知恵は「古来の哲学者の調和的な知恵」に対して、「相反する極端な動 き」を処する行動の知恵でもある。それは、それ以前のスコラ学的「大全」 との決別の所以である。 「哲学」由来の歴史の流れを知ることは、虚妄と真実の弁別もまた確信の 無い不信と疑いの泥海を行くようにさえ思えてくる。 哲学と科学は分岐しているのだろうか。その始点はどこにあるだろうか。 泥濘の中の迷走が哲学的議論に他ならない。だからこそ、それが不毛の苦役 とも見えるし、不屈の決意を自らに課す所業とせねばならない。
2017.01.31
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ドバイ言いたいことはあるが、どうもどこまで通じているのか。恐らく舌足らず。文才がない。勝手気ままに書いている。一を言えば十を知るひとでないと。そんなことも簡単にあるわけでもないが。知っていると思うことを知らずなのかもしれないのだ。最先端の知識から時代が動いていくのではない。のろのろした民意の中に動かすエネルギーもある。どこに真意があるか汲み取る力こそ重要だろう。 ・エベレストでさえ元をただせば海底だったのだ。今見ている世界がすべてではない。いわばプロセスでしかない。五大陸はまた一つに戻るだろう。私たちのみている世界は束の間のそれでしかない。いいたいこともあってない。ないからといってそれだけでもない。 ・へ2・・・このブログもいつまで遣れるか分からない。自分がやりたくてもシステムが亡くなることだってある。あっても自分がやれなくなることもある。誰が正しいのでもなく、悪いのでもない。私の人生は、他の人には無いに等しい。いつか誰もいないところに立ってしまうのではないのだろうか。それは覚悟している。言いたいことも最期まで訊くのは自分自身だけでしかない。
2017.01.31
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コピーからスタートしている。セルもそうだが、私たちのやっていることと言えば大抵コピーだろう。パクリもある。そうして、いつか突然変異がある。元々その因子を私たちは育てている。無駄と思われているものが、遂に役割をはたすのは、いつかわからない。役割は来ないかも知れない。只管、コピーを繰り返している。歳月も同じだ。地球は46億年の時を刻んでいる。ビッグバンから140億年過ぎた。そして、生命が誕生して30数億年近くコピーを続けて、多細胞となり「ヒトという種」として私たちがいる。アフリカのルーシーがヒトのルーツである。コペルニクスやダーウィンは、科学的真実を指摘したに過ぎない。ひとは知らないのではない。知りながら今なお宗教戦争を続けている。愚かなのは、過去ばかりではないだろう。 ・思えば、人の一生もコピーからスタートしているが、皆同じ人生ではない。少しの違いが夫々の個性になり違う一生を終える。春が来て夏になり秋が過ぎて冬となる。朝がきて昼になり夕方が過ぎて夜になる。人は誕生して、成長し生殖し、移動して死ぬ。人間には、まだ為さねばならない命題があるのではなかろうか。それさえ判らないでいるように思える。肉体の苦痛は、時が過ぎれば消える。そうできているのだから、生物は炭素でできている、自然に還れば消えてしまう。私が今遣っていることと言えば、図書館で先人のコピーをしている。それだけだ。それが生甲斐でもある。 ・へ2・・・コピーでありながら、なぜ生々しい感性があるのだろうかと思う。生きることは喜怒哀楽に満ち、夢を追い続けている。
2017.01.31
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エッフェル塔の建設の意味は、それが鉄の塊であるということのためにパリ市民の反発を買ったが、それは新しい時代のシンボルでもあったらしい。そしてプランス文化の開花でもあった。その存在価値は計り知れないものがある。世界中の人たちが知っているからでもある。その時、なにをしたかで歴史的価値も決まるのだ。 ・EUは、揺れているが経済は経済だというのだろう。観光に打撃を受けたが、観光は、重要産業でもあるパリは世界一の観光地でもある。 私には初めてのパリだったが、セーヌ川から眺める風景は、その装飾された歴史のある美しい街でしかない。就中戦争をしているフランスには微塵も感じなかった。人々は平和に散歩していているように見えた。 ・へ2・・・どちらがバカなのか知らないが、人間の一生は、時間とともに消えてしまう。パリに憧れていた画家の友人がいたが、彼は巴里に行ったと話した。そして東京で個展を開いた。その抽象画のどこにパリがあるのだろうか。おそらくあるのだろう。ルーブル美術館の見学をしたが、彫刻の前で学生たちが模写していた。パリの学生になりたい画家の卵が羨ましがるのだろうと思った。
2017.01.31
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国民の政府への信頼性というのはアンケートでも先進諸国では、かなり低いらしい。小泉首相以来だが、どうも首相がテレビの前でちょこちょこ出てきて、パフオーマンスをするが、軽すぎではないだろうか。必要以上ではないか。マスメディアを利用しているつもりらしいが、どうもタレントのようでしかない。 ・政府の言動を公表することは確かに価値がないことではないが、単なるコメントでしかない。言い過ぎたでは済まないのであり、やはり軽すぎる。「十字軍」は、イスラムでは、略奪を繰り返したならず者の集団のことでしかない。それは視点の違いでしかないが無視することのできない事実でもある。 ・へ2・・・強者にすり寄っているだけでは、これからの世界では選択を誤るのではないだろうか。アジアの存在は、これからますます国際社会では重くなっていくに違いない。10年後、世界はどうなっているだろうか。「あと3分」の意味を考えると、政府は信頼できない。
2017.01.31
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福岡空港―台北ー香港ードバイ帰国してから2週間経過したが、これまでドバイ・アブダビツアーの写真をアトランダムにアップしてきたが、やっと出発日1.12の時の写真にたどり着いた。これは、2500枚の写真のストックが、逆になっているからである。枚数が多いので、逆順ができなかったことがある。 ・これからの世界の動きに注目が集まっているが、それだけ不安定要素が大きいからである。なぜ政府が信用できないのだろうか。それには理由がある。トランプ大統領が信用ならないのだろうか。国際社会に対する見識が高いとは言えなからだ。なぜ、だろうか。何故こうなるのだろうか。 ・へ2・・・それこそウオーキングもできなくなりつつあるが、からだも体力が衰えてきている。好きなことがこれまでのようにはいかないだろう。それでも何かできることはあるに違いない。
2017.01.31
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福岡空港 2017.1.12生物は環境と遺伝子の産物だという。漸く人は神に似せて作られた存在では ないことを知った。過ちを繰り返しながら社会規範のなかで生きていかなけれ ばならないし、強者と弱者が存在し、様々な構図がある。平等でもないし、 必ずしも自由でもない。損益という論理が、国家でも個人でも共通項として 国際通貨となっているゲゼルシャフトである。併しそれだけが総てではな い。それは氷山の一角でしかないが、それだけで物事を処理してしまおうと するところに紛争があるだろう。人間関係に於いても男と女という存在だけ でことを済まそうとすると軋轢が起きるだろう。そこに思いやりがあるかだ ろう。然も相互に必要なのではないか。思いやりのない社会は不幸であり、 思いやりのない、夫婦や親子や友人関係においてもうまくいかないだろう。 どうしたら、おもいやりのある人間になれるのだろうか。そう簡単ではな い。スキルがなければならないだろう。社会環境の整備が必要だろう。 そしてなによりも私たち一人一人の努力も要る。
2017.01.31
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ドバイ・アブダビツアー出発西欧中世史事典「国制と社会組織」ハンス・K・シュルツェ著。本書はドイツの歴史学部で中世史入門の教科書・必読文献として広く知られているとのことだ。日本語訳の序文に「ヨーロッパの中世史が日本で強い関心をひき、ドイツで人びとを大変に驚嘆させています。・・・ドイツと日本の国制と社会組織にはよく似た現象が見られますので、この著作は、比較研究の手がかりとして役立つでしょう」とある。折目正しい丁寧なことばが寄せられている。 それは、明治政府は、ドイツから学んで立憲政治を目指したのだから国制は似ているはずである。併し、その後西洋と東洋との相違がそれぞれ屈折した進化をし、やがて第二次世界大戦では、両国は敗戦という悲惨な経験をした。 国制と社会組織の「基本構造」は、基礎となる知識といえるものだ。それを学ぶことは必須ななことだと思うからだ。そして、日本人にとってドイツを学ぶことはルーツを知ることであるだろう。歴史の空間が体系化されたときひとつの時代の社会秩序をみることになる。 ドイツ人と同じ本を読むことは、意味があることだ。翻訳本が、どんどん紹介してくれる時代がくるだろう。同じ教科書を勉強することが、やがて価値観の理解にも通じるに違いない。相愛のマリアンネをもっと理解していけば、やがて偉大な詩人ゲーテにつながる道をたどることになるだろう。 如何に歴史が、狭い空間の中に拘束されていたかを知ることが重要なのだ。西欧人のヨーロッパの中世が、内なるミームの中にあるとしたら、それを知るべきではないだろうか。
2017.01.31
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・ストレスは、神経系、内分泌系、免疫系のシステムと病気の発生と進行に関わること。 ・厚生労働省の16年度基礎調査で「自分の健康・病気・将来・収入・家計・借金」の順でアンケート。 ・戦後の社会環境の変化に因るストレスが見られること。原因:人間関係の希薄化・家族の崩壊など。 ・ストレスとは、当初は、物理学で、物体に歪みを生じさせる外からの刺激をストレッサーといい、歪みを生じる状態をストレスと言った。 ・セリエは、ストレスとは、外界からのあらゆる要求に対する生体の非特異的反応。ストレッサーは、引起す刺激や要因であると言った。 ・ストレス度について。配偶者の死が最大。 ・心理的要因・身体的要因に分類される。 ・日本人の現在60歳余命・・・平均男22.17歳: 女27.74歳。 ・ストレッサーに対するホメオスタシスの個人的資源により個人差がある。 昨夜NHKの教育TVで、ネコ学という番組があり、猫の習性についてかなり面白い話があっていた。猫を観察しているので勉強になった。猫はストレスには頼もしい助っ人になる。
2017.01.31
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「老化」は「加齢」だけの問題ではない。生命に係る問題でもあるが未だ解 明されていない。基本的特徴は、アメリカのストレーサー(1982年)に よれば、4つある。 ・老化とは、斬進的、不可逆的である。 ・老化とは、生体に有害で、機能の低下を齎す。 ・老化とは、生命体の内因に由来し、環境要因によらないこと。 ・老化とは、種の全構成員に等しく起きること。 ヒト正常細胞には寿命があることはわかっても、何故生命が誕 生するのかのメカニズムが分からなければ意味がない。老化も同じ。 老化するが、答えは一つではない。人間も相手を好きになったり嫌い になったりする。嫌いで堪らなかった相手が急に好きになったりする。一葉 の作品や、古典文学でも飽きるくらいに同じようなストーリーがあるが、現代でも同じ ことが繰り返される。況して、人生は不可解だらけだし、「老化」もそうだ ろう。一寸甘い汁を吸って世の中が甘いなどと勘違いしている向きが多いの はそのうち泣きをみる。恋愛に飽きない形質は、ヒトの誕生に関係する。
2017.01.31
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どんな巨大な木造建築物も白アリたちには敵わないだろう。それこそ本物の白アリたちの方が謙虚に生きてもいる。ひとというこの得体の知れない動物は、私利私欲という欲望に変態すると、どんな社会も食潰してしまう。巨大国家に巣食っているクールな姿の白アリたちが、その成功ゆえに没落する日も遠くはない。 ・日本から、中国文化や西欧社会からの輸入を差し引いたら、何が残るのだろうか。肥え太ったように視える姿の実は、みすぼらしいものでしかない。豪そうに国際社会で先進国を気取っているが内実は火の車でしかなく、よその国の智慧でしかない経済社会なのだ。平家物語も、浄瑠璃も、浪花節と同じで、回りくどい物言いであり、何の話でもない。そういえば歌謡曲にしろ流行り歌にしろ、あれは日本語ではなく思想も何もない。 ・へ2・・・私利私欲の歌で、なにが得られるのだろうか。真面目な人間の活き場が無くなり、国際社会も白アリたちの社会でしかない。絶望を掻きたてるようなことばかり起きている。遊ぶことしか知らない子どもたち。大学も本当の教育を忘れている。ロシアも中国ももはや社会主義ではない。私利私欲の白アリの社会だろう。
2017.01.31
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ドバイは、日中24℃くらいあったが、どこでもブーゲンビリアが咲いていた。 マイケル・ボウルター「生物多様性は複雑な系(システム)だ。2億年前のジュラ紀でさえ、生物多様性はピークを過ぎていたものの、複雑さの度合いを着実に増やしつつあった。大陸が移動した為に気候と生態環境がわずかに変わり、食物連鎖にも変化を生じた。二酸化炭素の濃度が上がり、気温も上昇した」。 生命は「破壊されて粉々になり、無にすることだってある」地質時代というタイムスケールを理解することは困難に近い。このような変転きわまりないシステムの中へほうり込まれたとしたら、どうだろうか?自分のいる場所の状態を把握できずに立ち往生するに違いない。 2億年前は、ビックバンからの約138億年の内の2億年間だ。たとえば、天気予報でさえ、どれだけ長く気象データを蓄積しているかによって、精確さのレベルが決まってくる。種としてのヒトが誕生したのは、余りにも近時に過ぎない。タイムスケールがショートしている。 かって大陸移動や、破壊されて消滅した生命もあった。これから「人類の絶滅」だって、あっても少しも不思議ではない。人類がタイムスケールをもつには、あまりにも地球や、宇宙の時間は厖大過ぎるだろう。少しの知識を驕るべきではない。 問わなければならない人たちの声を聴かないでもいる。叡智だけでは足りない。ヒトの生きてきた歴史など取るに足りないからだ。私たちが持っているタイムスケールなど幼稚なものでしかない。 人間と菩提の間にあるのは超えられない壁ではないだろうか。般若心経に書かれている意味を考えていた。大昔に書かれた教えである。無智亦無得 をそのまま肯定することはできない。色と空もある。どう解釈したらよいのだろうか。それこそ現代は宗教を敵とするのか。そこから這い出しているだろうか。極楽浄土があるとして考えられ、神はいるという前提でスタートしている考えは手強い。
2017.01.31
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ドバイの朝 脳は先入観から「錯覚」を起こしている。これが「ハンディキャップ」だ。私たちに備わった知性こそ、自分たちが霊長類として神から授けられた生れながらの最良の解決策を見つけられるという信仰でもある。それと死闘を続けて科学は来たのではなかったか、それが奇妙なメカニズムに結びついている。そのトリックを見破られるか。 ・思えば誰でも漠然とわかっている。だが近づくことができない。「ハンディキャップ」は時には致命傷になる。おいそれとは克服できないことを肝に銘じておかねばならない。見せかけの道化と生きることは容易だが、それが何になる。。「ハンディキャップ」を乗り越えてこそ真実をみることができるだろう。そのためには「無意識の盲目」である楽観的な視覚の働きによる自分に都合の好い点だけを引き出していることを自覚しなければならない。 ・へ2・・・雨が降るのはその要件が満たされた時に雨が降る。雨が降れば人間は一つだけの情報を得ているだけではない、もっと数えきれないものを感じている。それはひとつの「ハンディキャップ」にもなる。自分が見ているものは視覚だけではない。もっと多様で、豊かな感性がある。それは真実ですか?何か自然の匂いがありますか。どんな色をしているだろうか。赤い円い実だろうか。ヒトの人生は穏やかではない。ゼロからの出発でもない。そして自分の寿命は短い。
2017.01.31
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ドバイのホテルに到着したのは、午前2時を過ぎていた。その日は9時出発で、3連泊でもあったので楽だったが、桂林の時は、午前3時に着いて、仮眠して7時出発だったこともある。ツアーでは何があるかわからない。<心理療法とストレス> 論理療法・ABCDE理論 ・ Activating event ・ Belief ・ Consequence ・ Dispute ・ Effect 「非合理的・非論理的な思考(過度の一般化、どうせ思考、べき思考など)に対して、有効な反論をすること。合理的・論理的思考の導入。 安らかに死にたければ、自己中心的な思考ではなく・・・。
2017.01.31
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ドバイ到着イスタンブール<ストレスの対処法>・ストレッサーの軽減 ・認知的評価の修正・・・心理療法など。 ・生体反応のコントロール・・・リラクゼーション法バイオフィードバック など。 ・ソーシャルサポート・システムの確立。 <対処のポイント>・心配や不安の原因の究明・自己能力の限界を正確に見極める。・エンドルフィンの効用。笑うこと。・楽観的思考をもつ。・ウオーキングと講座などの気分転換を図る。など。
2017.01.31
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・ストレスは、神経系、内分泌系、免疫系のシステムと病気の発生と進行に関わること。 ・厚生労働省の16年度基礎調査で「自分の健康・病気・将来・収入・家計・借金」の順でアンケート。 ・戦後の社会環境の変化に因るストレスが見られること。原因:人間関係の希薄化・家族の崩壊など。 ・ストレスとは、当初は、物理学で、物体に歪みを生じさせる外からの刺激をストレッサーといい、歪みを生じる状態をストレスと言った。 ・セリエは、ストレスとは、外界からのあらゆる要求に対する生体の非特異的反応。ストレッサーは、引起す刺激や要因であると言った。 ・ストレス度について。配偶者の死が最大。 ・心理的要因・身体的要因に分類される。 ・日本人の現在60歳余命・・・平均男22.17歳: 女27.74歳。 ・ストレッサーに対するホメオスタシスの個人的資源により個人差がある。
2017.01.31
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<ストレス依存症>とは、 ・物質摂取依存のケース・・・アルコール・ニコチン・薬物・食事など。 ・プロセス依存のケース・・・ギャンブル・仕事・買物・PCなど。 ・人間関係依存のケース・・・恋愛・Sex・親子関係など。 <ストレスの個人差>とは、 ・罹りやすい性格とは、Aタイプ(野心家など)・過剰適応・プライドや面子にこだわる人など。 ・高齢者は、心身の機能衰退によるストレスが発生し易いこと。 ・夫婦関係のストレス・・・男女差があること。夫が想うほど妻はいい夫とはみていない。意外なアンケート結果など。
2017.01.31
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私は私なりの伝統を学んでいるつもりでいる。どこを掘ってもこんこんと出てくる冷たい泉があるような気がする。それを誇らしく思う気持ちがあるが、それが不生不滅、不垢不浄、不増不減の教えもある。これまで繰り返されてきた伝統とは、封建社会や身分社会を背負ってきたものでもある。それこそ脳外科のメスのような繊細な眼を以っていなければならないのだろう。 ・一つ切り損なったらアウトになる。名を残したいという野心はないから、衆生ともに死ぬ覚悟さえあればいい。極楽浄土も要らない。悟りが無くてもいい。生臭坊主にならなくとも、己を知ることはできるだろう。音楽を聴き、テレビを視て、できる範囲の事をして生活を楽しめば好いと思う。 ・へ2・・・どうも家族と一緒だと、自分の時間が減ってしまうが、これもまあ楽しくない訳ではない。愚かに過ごしていくのも人の世の常なのだろう。ブログもPCも講座もいつまで続けられるか解らない。できることをして、自分なりに活きて行くしかない。いつかどこかの海に辿りついて水面の上から何が視えるのだろうか。いつの間にかネコたちはいなくなったが家の中のどこかにいる。こちらから見えないだけだ。よくもこんな狭い家の中に5匹も生きていけるものだと思うが、賢く共存しているのだろう。人間も自己主張はかりではやっていけない。おそらく日本のような島国では、トランプ大統領のような人間は生まれない。世界が統一されるためには、共存共栄のできる形質を持った人がリーダーになるに違いない。贅沢をしようとは思わないが、したい人もいるのだろう。この社会の現実は、差別社会である。ツアーをしているとよく理解できる。それでも誰が次代を担うのだろうか知らないが、他人に手を差し伸べる人であってほしい。弱い人への同情のない人ではない。猫を飼うようになってから、知ったことは多い気がする。毎日猫の糞の処理が大変だが、それをしなければ大変なことになる。何時か体中ネコ臭くなっているのだろう。片目の見えない子猫ちゃんも、あちこち小便をして回るので困りものだが、という私も同じような存在でもある。
2017.01.31
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「脳と心の地形図」には、まだ解からないところが沢山あるように、自分の人生にも知らない 自分がある気がする。眠っている部分があると思う。それを全部知ることはできないとして も、少しでも知ろうとすることがこれからの自分なりの課題でもある。何があるか分からない のが人生でもある。思えば、こんなつもりではなかったが、こうしてブログを書いているのも それはそれで為れの果てだ。自分に相応しく死にたいと思うが、そうはさせてはくれない世の中がある。ほんの束の間の時間を如何にも永遠のように感じてしまうのは人間の愚かさだろうか。権力者たちも一時の栄枯盛衰でしかないのに、偉そうなことばかり言って居る。カネをかければどんなものでもできるのだろうが、それは一瞬のことでしかない。いまネコたち5匹が周囲をうろついている。猫は夜型でもある。人間たちが寝ている間に活動している。どうやら起きている私が邪魔らしい。決してネコは逆らわないが、心が通じているわけではない。気に入らない時は爪だって立てる。元夫から腹を20数か所も刺されて死んだ妻のニュースが流れていたが、妻はまだ28歳らしいが、どんな思いをしたのだろうか。身の毛もよだつ話だが、妻の悲しみが痛い。トランプ大統領の難民拒否も、そのために嘆き悲しむ人がどれだけいるのだろうか。憎悪は時に悪魔のようになるのだ。
2017.01.31
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シェイク・ザイード・モスク(アブダビ)毎日体験しているこの日常が自分の人生のすべてであって、それ以上でもそれ以下でも、以外でもない。自分の言葉を吐きだす事は自分の私見の範囲でしかない。若さが美であり正義であることが、いつか行き詰ってくる。それが解かっていながら、若さが主張されるのを止めることができないで、やがて自分自身さえ否定されるようになるのだろう。50歳くらいしか平均寿命が無かった時代が、あ或いは肯定される時代が訪れるのではないだろうか。 ・今の常識は、否定される時が来るかもしれない。自然を愛する人間がいなくなれば、この世から自然は消えて行くだろう。それが淘汰のルールでもある。価値を見出す事が出来なくなれば、そこに愛が無くなるのだ。人間はどこへ向かって駈けているのだろうか。そして私も。 ・へ2・・・「無智亦無得 以無所得故」でしかないという。人間はどこまでも「菩提薩?」にはなれない。なぜそのことを般若心経を書いた人は知っていたのだろうか。「般若波羅蜜多」その何なのか。神とは何か?その神はいくつもあるのだろうか?始まらなければ終わりもないという、疑問に答えられない。私という存在も始まってしまっているのであり、それは終わらなければならないのだ。
2017.01.31
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ラーの神話 秘密を知ろうとする。「どんな神にも、人間にも、知らせない一つの秘密の名があった。」それがラーの秘密だ。中島敦の「セトナ皇子」の講座。 「セトナ皇子」 ・大きな疑いを抱く。・この世の初め。ラーはどこから生まれたか。「ラーの神話」。・みんなが信じて疑わないものを疑う。そのことに不安を感じて行く。「文字禍」も同じ。・疑い始めて、「木偶」のようになる。「名人伝」。結末に似ている。中島の木偶がキーワードである。・にやりとわらった。自分を見て、何故お前は笑うのか。・参考にした本。原典を突きとめた人はいない。つづきがある。・ラーの前。そこからの不安が起きる。見過ごしていたものに気付くと不安になる。同じテーマ。・疑う。知恵が動き始める。疑いから始まる。・聖書で言うなら、知恵のリンゴを食べること。 ・セトナ皇子・・・英文の文献。かなり前の作品。ミイラ。「セトナ王子物語」。先行論文はない。・ミイラとの対話。・余り調べられてはいない。 ・ショーペンハウエル・作家がどの本を読んで書いたか?・怠けものにはできない。・段々勉強しなくなっている。 殆ど手を付けていないので、ラーの秘密の解明は・・・?それは、疑問に立ち向かおうとする人のテーマでもある。何も考えていない時間が増えている。其のまま時間ばかり過ぎるのだろう。気付いたら100年も過ぎているとか、そして1000年にもなる。からだはどこかへ消えている。幻想は子供のころから付いてくるものらしい。こうしていると実は何も考えてはいないのだろう。
2017.01.31
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造形美の高層ビル群のドバイ人間はつねに進化している。生物学では退化も進化である。或いは反動も前進である。負けることも、勝ちに繋がる。人民は、負け続けているが、懼れることはない。人類は何れ、本当の意味で合理性を獲得するだろう。どうするかを悩む必要はない。その時は、人類には未来が消えている。 私たち人民は、何ものかに従属しているだろうか。追われし者たちだろうか。そうあらねばならないために何を為すべきなのだろうか。 苦悩することには慣れている。これまでもそうして来たし、これからもつづく。それは、常に人民のサイドにいることだ。自分の信じる正しいものが何かを考え続けること。 敢て、他人を傷つけたいとは思わないが、そうなるかも知れない。相手は、所謂「敵」でも「味方」でもない。 季節は巡ってくるだろう。繰り返されるシーズンは、ヘイフリックの限界のように、やがて細胞分裂を終わりにするように、めぐり来る季節の中で人生を終わりに導くだろう。真冬の寒さは、そのことを知らせてくれるのかも知れない。今朝の寒さは、凛としている。段々と重くなる身体と、萎縮していく脳があるとしても、まだ噛み砕くだけのエネルギーがあることはうれしいことではあるだろう。何を食べても旨いだろう。 親しくした多くの知人たちと、このまま逢えないままかも知れないが、悲しむことはない。人として、繋がっているだろう。多様な人生があり、人民のサイドに立てばいい。どうも昼夜が反対の生活になっている。昨日は二度干潟を見に行き、それから買い物をしたりしたので、夕食に缶ビールを飲んだので、食後そのまま寝てしまったので、23時過ぎに目が覚めて起きてきた。3時間くらい眠ったのだろうか。これでまた朝まで起きているかもしれない。眠くなればまた短い睡眠になるのだろう。BSで長友のインテルが出ているので中継を見ながらである。
2017.01.31
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ドバイどこにいようと、私は私であり、それ以下でも以上でもなく、この二つの目の奥の歪な形の脳の中で描いているイメージこそ自分の本体でもある。数百万の昔から種としてのヒトが誕生して、累々と続く遺伝子が、設計した通りに生きているが、自我に目覚めたときから、へばり付いている喜怒哀楽とともにある。神さえ創り出した。21世紀は、人間の怨念の炎の中で揺らいでいる。 ・いくつかの都市を観たが、そこにみたものは容の変わった相に過ぎない。みな呪わしく生きているだろう。人類が汚した異物で満ちている。過去の残影を視ているだけではないだろうか。「おまえ、既に死んでいる」と告げられるまで、分からないような、そんな人間ばかり増えている。動いているのは自働人間でしかない。本当の自分を利益社会に売り渡した吸い取られた人間どもだ。 ・へ2・・・貪り食べた物を排泄して、悦んでいるだけの醜いものたちよ。お前の視ているものは幻影でしかない。その造形の美は、美でない。化粧した仮面の下で腐っていく臭いさえ気付かないでいる。何のために生きているかさえ知らない。踵の高い靴は直ぐに崩れてしまうだろう。それがお前の人生だ。
2017.01.31
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修道女フロツヴィト(935年頃ー1002年)俗名ロスヴィータは、ファウスト伝説に継承される、人間と悪魔の契約「テオフィルス」の話がある。そして、「サピエンティア」では、 信仰深い処女が裸にされ、手足がちぎれるほど鞭打たれ、乳房を切り取られ、皮をはがれ、油鍋でゆでられた挙句、首をはねられてしまう。このヒロインのようにアガタなどウォラギネの「黄金伝説」に出てくる聖人や聖女は、普通なら一度で命を失うような拷問や処罰を繰り返しても死なないのは、途中で神や天使が現れて、その都度いやされるが、最終的には天に召される。 殉教者に加えられる残酷な仕打ちは、ひどければひどいほど、それに耐える信仰者の徳性が裏打ちされ、フロツヴィトの文学も残酷というより、女性の貞潔と魂の救いを賞賛するための手段と見るべきだろう。 聖女アガタの殉教を画題とした一枚がある。両手をしばられ上半身をの衣服をはがされたアガタが、その豊か乳房を二人の男によって大きな剪定鋏で切り取られようとしている場面。アガタには苦痛の表情はなく、口を半ば開いて右手上方を見ている、そこには天使の姿がのぞいている。 アガタは、シチリアの提督の好色な誘いを拒んだため、娼婦の身分におとされ、次にはこの絵のように両乳房を切りとられ、更には熱したガラス片の上を裸でころがされ、殉教してしまう。 絶えず世紀末のトラウマに脅えていたヨーロッパの人たちが、人間性を喪失した行動に走ることが多かったのは何故だろうか。その心理の奥にあるものを探り出すことは、同じ人間として知らなければならない課題ではないだろうか。 日本人にも昔も今も、隠された残忍な行為があるであろう。人間性の問題は、私たちが生きている間は、常に注意を払うべきテーマでもあるのだ。
2017.01.31
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ドバイの高層ビル群 少々細かい気分の問題ばかりになってしまったが、社会や、これからのことも考えたい。生活の糧を得ること。自己実現を図ること。社会的な連帯を実現すること。ひとの仕事はある。食べていかなければならないが、それがどんなライフスタイルをもつかでもある。憲法の27条の勤労の権利と義務は必ずしも「すべての国民に実現されている」わけではない。生き甲斐を失くした国民も多いのだ。まだ国会では、レベルの低い議論がされている。 ・へ2・・・やる気のない政治家に任せていられない。国家権力が怠惰の夢に浸っている。国際社会は、日本を見棄てるだろう。自然淘汰される国家を救いはしない。既に日本は、破綻するだろうと言われている。それに対する何のビジョンもない政府だ。そうしたのは国民の責任であり、そのためのどんな報復も甘受しなければならなくなる。「ポイント・オブ・ノーリターン」 は近い。私たちは、崖っぷちだ。宗教を信じない私たちの心の支えは日本国憲法の精神であった。それが押し付けだとか様々なことが言われて否定されようとしている。これまで法の法として根幹にあると信じていた。すべてが幻想でしかなかったのか。平和も夢でしかないのだろうか。
2017.01.31
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・人間の遣って来たことは、個人的には小さなドットに過ぎないが、全体から視えれば陳腐な相になっていたりする。文字を知らなければ、絵でしか伝えられなかった時代もあるし、今も他人の意見に従うしか知らない人さえいる。「帝国」も、色んな国家の政治形態があり、古代、中世、近代と時代の推移がある。広い意味で、中国も日本もかってはそのカテゴリーに入るだろう。 ・へ2・・・西欧中世史も中々思うように読み進めないが、ルーツを探れば、人間の考えることと言えば大した違いはないのだろう。目の前の日常に追われて、全体である森を見ようとしないで活きてもいる。何でもない日常にこそ、真実がある。それを認識できないでいる。ハリー・ポッターも外国人女性を殺した男も愛読していたらしい。何を考えていたのか解らないが、ぞっとする。人は、悍ましい存在でもある。
2017.01.30
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新しい殺虫剤が医学衛生面で初めて使われたのは1943年。イタリアを占領した進駐軍がチフス撲滅をしている。その後マラリアカを駆除しようと残効性の強いDDTをおしみなく散布した。わずか1年経つか経たないうちに、不吉な兆候がでた。イエバエとイエカ属に蚊が抵抗しだした。1948年には、クロールデンがDDTの効果を高める為に使われたが1950年になると、抵抗性のある蝿が出てきて、すぐにイエバエ全部、イエカ属のすべてが、クロールゲンに抵抗するようになった。次から次へと新薬が使われるにつれて、昆虫は抵抗しだした。 1945年から46年にかけての冬には、日本と韓国では「しらみ」がりにDDTが使われた。200万人近い日本人と、韓国人にしらみに取り付かれていた。1948年にはスペインのチフスが流行し、このときにもDDTが使われた失敗した。このときは昆虫学者は、しらみは抵抗しないものと思い込んでいた。(実験室馬鹿だ)1950年から51年の韓国で起こって出来事に度肝を奪われた。韓国人の兵隊にDDTの粉末をかけたら、しらみは逆に増えていたからだ。東京の浮浪者も同じだった。 「沈黙の春」は誰にでも判るように書かれている。いくら新しい殺虫剤を発明し、新しい使用方法を考えだしても、昆虫たちはいつも1ラウンド先を走っている。人間は、それこそホモ・サピエンスといえるだろうか?どうも怪しい。自分の狭い観念のスペースの知っているところだけを喋る学者のような半端なことでは、単細胞の細菌に対してさえ先を越されるだけだろう。
2017.01.30
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毎日体験しているこの日常が自分の人生のすべてであって、それ以上でもそれ以下でも、以外でもない。自分の言葉を吐きだす事は自分の私見の範囲でしかない。若さが美であり正義であることが、いつか行き詰ってくる。それが解かっていながら、若さが主張されるのを止めることができないで、やがて自分自身さえ否定されるようになるのだろう。50歳くらいしか平均寿命が無かった時代が、あ或いは肯定される時代が訪れるのではないだろうか。 ・今の常識は、否定される時が来るかもしれない。自然を愛する人間がいなくなれば、この世から自然は消えて行くだろう。それが淘汰のルールでもある。価値を見出す事が出来なくなれば、そこに愛が無くなるのだ。人間はどこへ向かって駈けているのだろうか。そして私も。 ・へ2・・・「無智亦無得 以無所得故」でしかないという。人間はどこまでも「菩提薩?」にはなれない。なぜそのことを般若心経を書いた人は知っていたのだろうか。「般若波羅蜜多」その何なのか。神とは何か?その神はいくつもあるのだろうか?始まらなければ終わりもないという、疑問に答えられない。私という存在も始まってしまっているのであり、それは終わらなければならないのだ。
2017.01.30
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作用には反作用がある。何でも一番でなければならないひとは、或いは一番悪い籤も引く。何時も好いばかりではない。塞翁が馬もある。幼いころ贅沢した人が、あとで貧乏になって人一倍辛い目に遭うのは、よくある話。普通の人にとって何でもないようなことが辛い、辛さも余計に感じるだろう。「成功ゆえに没落する」というのは資本主義の世界ばかりではない。マラソンで、トップで走る人が30キロ過ぎて抜かれてしまうのをよく見た。風の抵抗を受け易いので、疲労も出易い。初めから、オーバーペースになってしまって、あとで足が動かなくこともある。 ・毎日歩いていると、つづけるにはどうすればできるか、少しはわかるようになったのは、自分の体力が理解できるようになったからだし、住んでいる土地の自然環境の四季の移ろいも判るようになるからだろう。三度、歩いている場所の同じコンビニに強盗があったが、立地条件で成程と思えた。コンビニはいくらもあるが、その場所で、強盗も狙うのだろう。人の考えることに大差はない。体も脳も、化学反応である。 ・へ2・・・上も下もないが、中という考え方は、上と下の間ではある。ゼロという数字は、人間の考え出した優れた発明である。ひとの根幹にあるものは、あまり違わないのではなかろうか。吐き出さなければ、吸い込むこともできない。人は呼吸しながら活きている。
2017.01.30
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マラリア原虫の複雑なライフサイクルや宿主の概日システムとの密接な相互 作用は、体内リズムの生物学的な意味を解明することは治療に役立つ。マラ リアのほかにも、ガンなどのさまざまな病気について、外科療法や薬物療法 の効果を最適化する試みがされ始めている。これをクロノセラピーという。 薬剤等の実験動物としてラットやマウスは夜行性であり、昼行性動物である ヒトに適用することの問題性もある。薬を最も効果の高い時間に投与するの は理に適ったことであるが、殆どの薬は、刻一刻と変化している患者の生理 的、生化学的状態とは無関係に処方され、服用されている。薬の処方は、血 中レベルを維持するのが目標でしかない。本当に薬が効くかどうか。 薬の効果が患者にどれだけ影響するのかを医者は、どれだけ責任をもてるの であろうか。甚だ疑問だ。薬に対してどれだけの知識を持っており、患者の 病態をどれだけ把握しているだろうか。医療メーカーのマウス実験の効能だ けの知識を鵜呑みにしただけで医療行為をするのであれば、やぶ医者と言わ れても仕方がないだろうし、現代医療ではないだろう。 人間の生命は、教科書に載っているほど貴重に扱われてはいないし医療もお ざなりで、医師も必ずしも信頼できない。若い連中は傲慢で生意気だし、そうでない 人たちも卑屈だったり、無神経だったりするが、誰も時間を止められない。 私たちが時間をどう考え、どう感じるか。これはひとつの世界観。 自然から急いで立ち退こうとするか。そこへ飛び込むか。 時間は直線と考えるか。
2017.01.30
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私たちは、自己認識による苦しみと、罪の意識や、羞恥心や、疎外感 や、フラストレーション等と闘っており、そのために甚大な代価を払い続け ねばならない。そのコストを埋めながらも他人のために尽すという誇り高い 精神を持っていることを忘れてはならないだろう。この利他的行動が、人類 の進化になくてはならない原動力でもある。 新生児は、自分と周囲の世界の間に境界があることに気づかない。自分が介 添えをする人たちから独立し、切り離されていることを理解しない。 例えば、「いないないばあ」で劇的に証明される。母親が手で顔を隠すと子 供はその真似をする。併し子供が手を下ろした時、母親がまだ顔を隠してい ると、子供は、びっくりしてしまう。 2-3歳の子どもなら、1歳の弟妹がかくれんぼをしてもすぐ見つかること を知っている。1歳児は、見つかる前に隠れたところから飛び出してくるだ ろう。1歳児は、自分と他人との意味が判らない。これらは、脳の発達のプ ロセスが関与している。 3歳児が屋根の上にトナカイがいたといっても、うそをついているわけでは ない。その子は、ほんとうになにかを見たのか、話を聞いただけなの か、たんに想像しただけなのかをおぼえていない。その子がおぼえて いるのは、頭のなかで考えたというだけなのだという。 「幼いこどもはうそをつかない」 人間社会も、こうしたまだ未成熟な脳のプロセスを進んでいるのではない か、やがていずれ「うそをつく脳」と出逢うことになる。
2017.01.30
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和白干潟 2017.1.30ツグミとハクセキレイ人間の価値を測る尺度はあるだろうか。多くのサインを見逃すまいと皆眼を皿にしているのだろう。人は皆タイムリミットをもっており、たいてい挫折感を味わって死ぬことになる。そのことを覚悟しておくべきだろう。自分と他人との間の関係ではなく、自分と自分のフレームワークの境界までの距離の問題だろう。 ・それは足跡が示すに違いない。しかも死ぬまで分からない人生だ。自分で満足できるかだろう。そして、冷静で客観的な評価がされるかでもある。まあ、その社会的評価が、自分の身の丈に合うスケールに相応しいもであるかではないだろうかだろう。内実をどれだけ充実できるかでもある。 ・へ2・・・さあ、これまでを締めくくろう。そして、つめたい明日を手招きしよう。
2017.01.30
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完璧はない。すべてを自分のものにしようとする者は早く潰れる。この世で見届けられるものは殆どない。子孫は次々に生まれてくる。人の一生はいつか「ヘイフリックの限界」がある。物を見て第一印象で感じたものが、当たるのは、何度も経験しているからだ。それを信じようとしないのは信じたくないからでしかない。空を見てそのうち雨が降るだろうと思うのは、多くの情報を持っているからだろう。それを分析できないから信用できないだけだ。目に見えているだけが情報ではない。人の感性は自分が感じているのはほんの一部でしかない。 ・いま自分で感じているものを思い通りにできない人は、自分の気持ちを裏切ることになる。自分の遣りたいことが分からないで、生きる意味など解かるはずがない。小説は終わらない物語だ。果てしなくつづく。何人かの物語にすぎない。人間の在り様がどこまで描けるだろうか。一日でさえ、完全に生きることが出来る人はいない。すべてを見届けている訳でもない。いつも中途半端で終わってしまう。 ・へ2・・・道を究めることは到底できない。不可能を可能にすることは人間にはできない。毎日夕陽を見て、一日を惜しむだけだろう。朝見る太陽も、あっという間もなく沈んでしまう。万物には始めがあり終わりがある。私たちは「道」という散歩道で、太陽が水平線から昇り山の彼方へ沈んでいく風景を見ているだけなのだろうか。 今更何を見ても同じだが、ジタバタして暮らしていくのだろう。踊るあほうとみるあほうというから、しないよりかはいいに決まっているという思い込みもある。世界観が変わっても仕方がない年齢でもある。若いころに見ておけばよかったが、家庭の事情でそういかなかった。卒業して、バイロンのように世界を見て歩くこともできなかった。グランドサークルも冷めたコーヒーでしかないが、見てきます。
2017.01.30
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子供の頃から空想癖があったのは物心ともに貧しかった時代だったからだ。親の苦労も知らなかったが、親の気持ちが解る時には、両親はいない。妻子とも一緒に暮らしているが、心が通っているとは言えないだろう。気紛れで、自己本位でもある。自分がそうだから相手を責める気もしないが、これも背景には社会環境もあるに違いない。 ・利益社会だからだろう。個体はそれぞれ独立した存在であり、だれとも入れ替われない。「アメリカ大自然紀行」のツアーに来週から行く予定にしているが、あまり高揚がないのは、短いこともあるが、行って見るだけだからだろう。それほど関心があったわけでもない。偶々の偶でしかない。同じ旅行社で、グランドキャニオンで近所の人が行方不明になり大々的に報道されたりしたが、その後がないか調べたが解らないようだ。 ・へ2・・・30分待っても集合場所に来なければ他の人でツアーは続けるらしい。何とも非人情のツアーである。結構そういう人が多いらしい。時代の世界観がそこにある。戦争で死ぬことはなくなったが、世間の冷たさに凍え死にする人はいるのだろう。殺されることはあるかもしれないが、まだこの世に未練がある。
2017.01.30
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アポートシスがあるから細胞の進化が可能だった。不能の作家が溢れていることに絶望を感じなければならないのかも知れないが、それを誰も認めようとはしない。子殺しは種の絶滅につながるのだろうか。サインを見落としているのではないか。女たちが男を恐れなくなっている。それは復讐につながるのであるか。増えすぎた種は一挙に絶滅するか。魅力を失いつつある男は存在価値を失いつつある。 ・この社会を頽廃させているのは誰でもない私たちの油断だろう。油断する者は自然淘汰されてきた。そのルールはいまでも当て嵌まるに違いない。そのことを誰も気づかないのは頽廃しているからに他ならない。かっての中国がそうあったように疲弊して崩壊している。現代の作家たちがなにをしているのだろうか。政治家になったり、タレントになったり、社会批判さえしなくなっている。読者は古典しか読むものが無くなり、こどものようにしか喋れない。 ・へ2・・・何を誇れるのだろうか。そんなものは何もない。まだ立ち上がることができるかを考えているだけだ。まだ歩いてさえいない。歩かねばならないということだけを知ったところだ。これからいくつもの山を越えて行かねばならない。この世界を読み解く汀に届くだろうか。それは知らない。立ちはだかる岸壁をどう登るかだろう。
2017.01.30
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