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ノイシュヴァシュタイン城私たちは日ころから「普遍性」について理解していると思っている。そして疑おうとはしないものらしい。周囲の人々がその世界観や価値観をもっているという期待をもってもいるが、それが確信といえるか?ということがどこかで不安もある。常に検証しないと安心できない人間もいる。人々は或る種の共感の上に成り立つ社会の環境を夢想しているのかも知れない。少なくともそれでは挫折するのは目に見えている。 ・然し時々姿を現す現実社会に落胆もする。「普遍性の確信」が途端に崩れてしまうかも知れない。教育システムは「現実」と「理想」の存在を証明しようとはしなからだ。現実は、理想社会ではない。テキストに書かれたものと違う環境にさらされている。 ・へ2・・・幼児教育から「普遍性の確信」についてのスキルを受けていないが、これからでも、学ぶ努力をすべきだ。何が「普遍性」といえるかを検証しなければならない。それは社会と個人の問題でもある。そして国際社会で通用するものかだ。世界から孤立しては意味がない。小国であろうと大国であろうと・・・。マスメディアにも問いたい。「そのニュースに普遍性の確信はあるか?」と。
2017.06.30
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その軽さを感じて生きているが、振り返ることのできない現実がある。こころの寒さを感じているだけでは、何もできはしない。苛立ちだけでは、一歩だって進みはしない。ひとびとの悲鳴が聞こえる。 苦しみを生みだしている悪臭はどこから来るのだろうか。我慢して食べているひともいる。日々の単調な旋律は脳細胞を狂わせてしまうのでしょうか。いつまでも繰り返している。ドアーを開くフレーズは、いつも同じで無ければならないだろうか。捩じれてしまったコンセプトで世界を語ることができるのか?世界で争い続けている人たちの中に入って行き、「もうやめろ!」と説得出来る力などどこにもない。腹を空に向けて足をバタバタしているだけだ。 日本人の感性は、どこに行ったのだろうか。底の浅いことばで、喜怒哀楽を表現することができはしない。まあ、そのうち腹を切り裂いて出てくる未来の子供たちがいる。それを私たちは見ることができるかは知らないが、いつかそう日が来るだろう。そう願うばかりだ。
2017.06.30
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鳥だって浮気をするらしい。番いのどうのというのは人間の勝手な想像に過ぎないそうだ。宗教画にも色々決まりごとがあり、それは、それなりに面白いが宮廷画家は面白くなかったではないだろうか。お抱えというのは見た目以上に大変なのだろう。それは中国の皇帝やその周辺にいた人たちに仕えた芸術家も同じのようだ。上の写真は近くの溜池で撮ったが、結構現実感があるのではないだろうか。どうなる二人という気がした。 ・それこそ、私たちもそこそこの暮らしをしてきたが、或いは誰も同じなのかも知れない。嵐が吹けばどこに飛ばされるか知れたものではないし、何かあれば何かもないとは言えない。分かっているようで分かっていないのではないだろうか。許し合うから、拗れるのかも知れない。どうにもならなくなるのはいつ来るか分からない。他人にもあることは私たちにもある。他人ごとではないのだろう。状況を判断する能力は女性には敵わない。方向音痴の癖に、見ただけでわかってしまう。好きか嫌いかの臭いを嗅ぎわけるスキルを子供のころから鍛えている。兎に角キスをして、相手の免疫を調べるのだから大した化学者でもある。 ・へ2・・・生き延びる知恵者は、女性に多いのではないだろうか。母性という生命の根幹にかかわるものを持って生まれてくる。右脳と左脳を結ぶ脳梁は女性の方が男より太いのだ。お喋りは単なる趣味ではない。生き残りのための武器でもある。殺し合いをしたらどちらが勝つだろうか。あまり試してみたくはない。
2017.06.30
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生物は自分を構成する物質をどんどん変えながら全体としては同じという空間をもつ自己同一 性を維持している存在だ。根本は「物質は循環する」だ。通常それは成長と老化という現象に なる。若い時は成長で、あるところから老化になる。 生物は、内と外との境界を次第に変えながら、自分自身を変えてゆくシステムを持っている。 発生の初期のステップでは、細胞分裂をさせ内側を膨張させる活動で外に向かうシステムを取 る。やがて膨張が止まり最期は、必ず自己崩壊して死ぬ。これは外からの指令や命令がなくて も、個体は勝手に成長し勝手に死んでしまうことであり「生きている」ことの本質であり、そ ういう性質を有している空間を「生物」と呼んでいる。 このオートポイエティックシステムを生命発生から絶対に手離さずに遺伝させて来ているの が、生命の由来でもある。
2017.06.30
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「青い鳥」を探して回っても世界のどこにもいない。その童話を知っている筈なのに、つい「青い鳥」を探してしまうのだ。東京の大学の教授で、わざわざ2時間の講義のために来られていたようだ。20数人のために仕事とはいえ信念や使命感もあるに違いない。テレビや本では知ることのできない研究の成果を聴くことができた。 ・重大な問題があり、それがすべて公開されているわけではない。それがむしろ問題なのであり、胡散臭い話の中にある問題の核心でもある。原発問題やエネルギー問題などの、EUと日本と何がどう違うのか。国民は知らないことが多すぎる。学者たちはポストのためならどんなこともするという情けない存在でもある。だから戦争も、核兵器も為政者たちの思うままになったのだ。これからもやるだろうし、体質は変わっていない。そういう社会システムだからだ。 ・へ2・・・優秀な学生たちも、そんな学者たちのために精神を汚されていく、そして巨悪の道具になっても平然としてポストに執着するのだろう。どんなに努力しても待つのは絶望でしかない。希望と自信を求めながら、得られることのない社会でもある。こんな社会にだれがした。 アンコール遺跡に欧米人が多かったようだ。それだけ関心が高いのだろう。彼らは何を感じているだろうか。日本人は、中国や韓国から戦争中の侵略を非難され続けているが、現在東南アジアでは、植民地時代の侵略者たちにどんな非難をしているだろうか。或るツアーで一緒のだった人が、日本人やアジアの人たちには、どうして小物をしつこく売ってくる子供や女性たちが、白人たちにはそれをしないのだろうかと言っていた。ツアーをして気付くことは小さいことばかりではない。
2017.06.30
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・若いころずっと貧しかったが、その時々には優しいひとたちがいて、食べるだけは腹一杯食べていたし、体の弱かった私のために、母はヤギを飼って乳を飲ませてくれるような親だった。一人っ子で甘やかされて育ったが、環境は今のような豊かな社会ではなかったが、戦後の混乱期で人並みに嫌なことがなかったわけではない。碌な教育もない時代だった。世間の親たちが自信を無くしてもいた。どこか卑屈な社会だった。 ・へ2・・・何か、これまでとは違う月日が始まるのではなかろうか。勿論個人的な感想に過ぎない。これまでも、見損ないもあり引き返したこともある。これではダメだと思いもした。ポイント・オブ・ノーリターンというフレーズをこれまでもなんだも書いている。そこから奈落になる。其処まで行かないまでに手を打たなければどうしようもなくなる。石橋を叩いて通るだけでは足りないのだ。止める選択肢もある。答えのない設問もある。私の人生は、是からいつでもUターンもあるのだろう。
2017.06.30
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相手が完全に悪いと、中国が両岸問題で言って居た。果たしてそうだろうか。ことばのアヤでしかないのだろうか。第三者が聴いていて、その言い分はどうも腑に落ちない。自分の言い分を優位な立場から言おうという形質は、傲慢なものにしか聴こえない。強い者がいつも正しいとは限らない。中国が台湾に対して「中国は1つ」だというのは、台湾は自分たちの一部だということでもある。 ・私たちは、中国の一部ではないと思う台湾の人たちがいるのだろう。決めるのは台湾の人たちだ。強制すべきではないし、威圧すべきでもない。かってアジアは欧米に植民地にされた。その痛手は、モノだけではなく、人の心の中のトラウマでもある。卑屈な人間を増産したからだ。 ・へ2・・・アフリカは、若者たちを奴隷にされ、数百年経過した今でも開発途上国である。加害者たちはどんな罰を受けただろうか。もし絶対神がいるなら、正しい裁きをするだろう。合理主義は、恣意的なものでしかない。普遍的な世界史は未だに存在しない。できるだろうか。「水俣病」のサイトをみたが、未だに整理されてはいない。まとめようとする研究者がいないらしい。これが現実だ。
2017.06.30
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黙っていても、世の中は動いているし、毎朝太陽は昇ってくる。それで感謝しろといわれても有難いとも思わずにいたが、よく考えてみたら、自分は何もしないのに、生きていられる為にしてくれることがなんと多いことだろうか。遊びまわって夜寝て、朝になれば何となく元気が回復している。碌なこともしていないが、動けばつかれることばかりある。 ・今日は、何をしなければならないか、仕事もしていないので使える時間はいっぱいある。社会奉仕でもした方が好いが、企みのある社会でどうもその気になれないのは、自分の責任もあるが、社会がそうしたことをできにくくしている。何故一流の学者でなければならないか。多少は解ったがエリートに成れたわけではないし、なりたいとも思わなった。得あれば損もあるからだ。 ・へ2・・・おバカな世間、お人好しの家族と一緒に暮らしている。家に5匹の猫もいるが、それぞれ宿主のところへ毎日挨拶に来るし、猫なりに気を使っている。黴菌の総合庁舎の汚い猫たちと暮らしているがもう5年以上になる。ある意味でやればできる共存なのだろう。鳥渡手間がかかるだけだ。今朝は昨夜風呂場から脱走して猫を迎えに外を探していたら、自分から近寄ってきた。これまでツアーの準備をしていなかったので、週末に行く準備もそろそろはじめなければならないし、今日は4時ころから誕生記念日のウオーキングをしてきた。残念ながら曇天で期待した星が見えなかった。
2017.06.30
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皆が右を向き出したとしたら、文化の危機を感じることだろう。安倍首相の言動を擁護しようとばかりするのは、是々非々でなければならない。それが権力の見識でもある。官僚や、公務員であればなおさらだろう。政治的に中立でなければならない。モラルを失くしている権力を国民は許さない。 ・堂々としていないひとたちが社会的ステータスがあるからだろう。職務に忠実でもない。なぜ忖度をするのだろうか。その方が有利だからだろう。このままでは、日本人も未来は難民になりかねない。たとえ200万人の軍隊を作ったとしても、或いは核武装をしてもおなじだ。守りたい社会があるから、愛国心もできるからだ。 ・へ2・・・自立心とは、何だろうか?国家や権力はしばしば国民を支配しようとするのであり、そのときは反撃しなければならない。それはテロではないだけだ。拳銃でもない。忍耐力と智慧で。そのためにはすべきことをみつけること。
2017.06.30
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講演会で東京の大学の教授だったが、EUの原発への取り組みと日本との違いを強調していた。国民に知らされていないことが多すぎることが問題だと思った。非公開にするのは、都合が悪いことがあるからで、それは個人的にもあるし、それは個人だから許されるからであり、国家レベルとなればそうはいかない。みんなの命がかかってもいる。それを一部の者たちが国益だとか何とか言って隠している。早く知ればそれだけ被害を最小限にとどめることもできるのだ。 ・徳川幕府は300年間も封建社会を続けて間違った政治を繰り返した。毎年のように代わる政権が問題だというが、安倍政権を長期政権にして大丈夫だろうか。危険だろう。毎年のように代わってきた政権はそれだけの能力でしかなかったが、安定政権の意味が違うだろう。肝心なことが国民に知らされていないのは確かだ。NHK解説者が科学の素人がしていたこともある。それでことをすませている。 ・へ2・・・このままでは日本は危ない。そのことを殆どの学者たちは知っている。だが何もしないし、何もできない社会システムがある。ポストを得るためなら、国だって売る連中が既得権益を手放すはずがない。自分が何をしなければならないかわからない学生や研究者ばかり大量生産してきた結果だろう。子どもたちは悲鳴を上げる子孫を見る破目になるだろう。労働で一番つらいのは、意味のないことをさせられることだ。大きな穴を掘り、それを埋め戻し、また同じ穴を掘るようなことだ。命令されたら、やらなければならないし、それが任務だとしたらどうだろうか。人殺しの訓練をさせられるのが軍隊である。敵も自分の命を守るためにする。軍備を増強しようというのは、平和へ向かってはいない。安倍政権は、次々に何とか大臣を作りたがるが、任命責任は取らない。権力を独占しようとばかりする。責任の転嫁をするためにしているに過ぎない。
2017.06.30
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政治も知らないくせに政治を志して、名誉や地位を得ようとする。ついラジオから流れてきたものを聴いたが、自主憲法と言っていた。安保体制を維持し、国を守るという。自分の頭で考えたことだろうか。女性候補だったが、どうして候補者になろうとしたのだろうか。したいこととできることは違う。権力者に擦り寄って権力の側に立とうとする。 ・偉そうに言う連中ほど、信念もない。もともと世界を知らない。当選するだけが目的のような人さえいる。肩書で、当選しようとする。どれだけ真剣なのだろうか。役者になるのではない。イギリスは、かって世界を制覇した国家だが、精神まで頽廃したのだろうか。EUの初心の志さえ忘れたらしい。 ・へ2・・・文化の衰退は、国民の意識でもある。安倍内閣さえ、意のままにできないでは、それだけ没落した証拠でもある。憲法改正を言わないのは、卑劣だ。それが目的であるのに、隠そうとするのだから。日本文化は少しも向上してはいない。やがて泡沫になる。 手軽に手に入れたものほど、喪うときも早い。選挙に勝つために理想さえ見失うのではないだろうか。そういう政治家がゴロゴロいるようだ。
2017.06.30
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まあ、生きていれば、その時代の色々な現実に遭遇するわけで、善いことも悪いこともある。今度の桂林は、そういう意味では愉しいばかりではなかったことになるのだろう。ひとつは四川大地震があり、歴史的な大惨事の直後であってことであり、急に往路が関空経由になり、長時間かかったこと。然も観光先のもうひとつの目的地の陽朔が、これまた大洪水の直後であったこと。ある意味、間が悪いと言えなくもない。然し、私にとって、今の時間のチャンスは、一度しかないとも言えるのではないだろうか。勿論ないわけではないかも知れないが、気力や体力や或いは関心が今以上にあると言えるかは自分でもわからないからだ。 ・財布を掏られて気分が好いわけはないが、現在の中国から見て、海外からの観光客の懐を狙うという行為をどう考えているかでもある。それを思うと、治安の悪さは決して、今後の観光にプラスにはならないだろう。同じツアーで、私のほかに、もう一件掏られかけた人がいた。そして、オプションのナイトクルーズでも同じ事件があったらしい。これは、多すぎるのではないだろうか。押し売りも横行していた。中国人には当たり前でも、外国人には異常な行為に見える。国際都市を目指すとすれば非常識ではないだろうか。 ・へ2・・・現地ガイドは、「郷に入れば・・・」と言っていたが、まさか治安の悪さが、「郷」でもあるまい。日本でいえば暴力団は、日本の恥辱である。売春の取締も同じだろう。それはその国のモラルの問題でもある。文化のレベルが、世界からは低いとみられている。文化の低い国が、世界のリーダーになれるわけはないし、なるべきでもない。それは現在のアメリカに言えるのではないだろうか。それは、世界にとっても不幸な結果になる。日本では国の品格のことが、話題になったが、それはどこの国でも同じことだと言えるのではないだろうか。どんなに伝統工芸品が優れていても、まさか他人の物を掠めることが芸術ではあるまい。 これからもまだ自分の人生は続いている。終わるまでは、終わらない物語だ。
2017.06.30
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アンコールワットの朝日ブログで写真を載せるようになったのは、最初は携帯電話からの写メールだった。それから普通のカメラからの写真になり、デジカメになってから毎日載せるようになって3台目になるが、もう7年は経過している。もうはるかに5万枚を超えている。歩数もそうだが、塵も積もれば・・・だ。 ・写真は、添え物のつもりでいたが、書くより便利な所もある。書きたくない時もあるし、気分と違う写真もある。今では車の両輪のようになっているが、写真だけでいいと思っている人もいるに違いない。旅行だけの写真でいいというひともいた。観自在菩薩(かんじざいぼさ)は、「照見五蘊皆空」と。五蘊は集合体とある。 ・へ2・・・自分の知識やスケールで物事を判断するしかないが、それでも面白いと思う。愚かはおろかなりに、凡人は凡人なりに自分がある。それは誰にもない自分の世界であり、そこから蛇のように脱皮して、旧い皮を捨て去ることができるだろうか。それはやってみないと解らない自分の世界であると思っている。 これから散歩に出かけてくる。雨もあったが怠けている。毎日2萬歩を歩いていたが、最近は、1萬歩も難しくなりつつある。今の努力が、明日の自分の命をサポートする。
2017.06.30
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風通しが悪くなっていくのは、1930年代に似ている。法令を無視した内閣であり、大臣ではないだろうか。後継者の「四天王」と言われる人たちが、安倍首相のお気に入りだそうだが、それでいいのか、それでいいと安倍首相は思っているのだろうか。それが奢りでもある。 ・勘違いの人間はどうして生まれてくるのだろうか。それは権力志向の人たちだからでもある。権力の座がすべてだと思うからだろう。そして国を動かせると思い込んでいるのだ。幻想を信じているに違いない。それが漫画だとして、宝くじだと思うのだろう。真実はそこにはない。 ・へ2・・・ニンジンを鼻先にぶら下げて走り続けているのだろう。自分がどこにいるかわかってはいない。
2017.06.30
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人もモノであり、モノはいつか滅びる。破壊されるし、朽ちもする。嫌なことを言うのも、美しいばかりではないからで、花が綺麗なだけの世界でもない。何故この世界が美しいと思えるのだろうか。この世界を形成しているすべてのものが、造形美に溢れていると言って過言ではない。初めは歩くためにデジカメを持参したが、最近は撮るために歩いていたりする。 ・どこにでも被写体があるというのは何と恵まれているだろうか。関心のあるものが沢山あるのは人生に彩りを与えてくれる。死にたくない気持ちも起きる。この世に花が無ければ、面白くない人は大勢いることだろう。人間ばかりだったら。殺し合いばかりするかも知れない。昆虫や小動物を視て愚かだと人間は思っているが、自分たちも更に高見から視ているものがいるかもしれない。 ・へ2・・・観察することは、観察されることもありえることでもある。自分のサイズでしか視えないからだ。自分で知ったモノしか驚けない。宇宙が一つとしか知らないものには、それはそれで終わりだろう。ビックバンしか考えることができない人類のサイズでしかない。アジサイを視て美しいと思う。それは一つの宇宙にも視えてくる。
2017.06.30
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飽食の時代でないと美食も出来ないと思うだろうか。その美食が健康も損なう。贅沢したいという気持ちが、他人を軽蔑したり、社会的地位を絶対なものと考え勝ちにもなる、高慢や不遜も生まれる。自分のためにこの社会があると思うことは悪いことではないが、他人の権利も同様に認められるかだ。自惚れ屋が他人を蔑視することに繋がる。確り民主主義の精神を理解できているか?どうも狭い視野しかない人間には難しい。人は不完全な存在でしかない。 ・恵まれた環境で育った人間が、社会の底辺に目が向かなくなるのは、利己的な生活から来る。自分にとって利益にならないものを視ようとしなくなるからだ。人間の健やかな暮らしにとって何が必要なものであるか見分けることができなければ、健やかな人生を生きることはできない。それは多過ぎても少な過ぎても得られない。美しいものに触れたいという努力がなければ何も視ることはできない。自分の内面にあるものと向き合わねば、心の癒しにはならない。 ・へ2・・・セレブな生活がもてはやされているようだが、そんな暮らしに皆ができるわけではない。贅沢に憧れるこころにこそ、堕落の罠がある。蜘蛛の糸などない。青い鳥も飛んではいない。人間には自分の身体に相応しい食べ物があり、必要な量も、それを噛み砕き、消化し、それを重力や運動によって速やかに排泄し、清潔な生活をする責任がある。自分を活かしてくれるからだを顧みないことは破滅への道でしかない。
2017.06.30
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門閥や派閥を作ろうという体質は、自分たちには都合のいい仲間を作ることでしかない。同じ穴の狢を作って喜んでいる。安倍首相のゴルフの写真を見ていると、気の合った人たちがやっているのだろう。公私混同ではないというが、それが李下に冠を正さずなのだということが解っていない。 ・妙な屁理屈ばかり言って弁解するが、それが通用するのは、自分たちの考えているエリアでしかないことが解っていない。次元が低いのは、政治家たちでしかない。慢心と傲慢で、客観性を欠いていることが見えないのだろう。菅官房長官の弁解もそろそろ猿芝居に見えてきた。誰を向いて話をしているのか分からないらしい。 ・へ2・・・伊達眼鏡をした防衛相を尊敬できるだろうか。その命令で命をかけられるのか。私ならごめん被る。二度目の政権で、一度目は投げだしたが、又同じではないだろうか。鳥渡長くとどまっただけなのだろう。そして彼は何を残すだろうか。役に立たないチルドレンたちだろうか。軽い人ばかり集めても、厳しい世界を変えられはしない。
2017.06.30
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スズメの涙という言葉を思ったのは、私たちの存在の軽さを考えたからだ。世界の人口は75億人に近づきつつある。これから戦争しようという準備は、中止されてはいない。軍備費の拡大を続けているのは、戦争があることを想定しているからだ。国際紛争を解決するために武力を使うという手法は世界中で現在も継続されている。 ・人権の尊重と言われながら、政府はそれとは違うベクトルを目指している。それこそ「沈黙の春」が来るかもしれない。環境汚染で、小動物たちが絶滅している。多様性が生物の生き残りの戦略であるが、地上で最後に生き残るのは種としてのヒトではないだろう。 ・へ2・・・他人との摩擦を避けて暮らしてきたが、それができたからだろう。できない人も多いに違いない。欲がないわけではないが、世間の片隅で生きていられるだけのまだ、戦後日本の社会にはスペースもあったのだろう。資源は枯渇してきたのではないだろうか。72年間は、長いようで短くもある。
2017.06.30
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行動の柔軟性は若者の極めて大きな特質だ。そして年をとることは成熟 と伴に新しい行動パターンを受け入れ難くする。即ち本質的にこうし た柔軟性は若い動物が環境に適応する為のなくてはならないものだ。コピー はあらゆる複雑な行動を習得するために不可欠でもある。ロールプレイング も同じ。そして、現代は「遊びこころ」があらたな価値を生むかも知 れない。ヒトの幼児化は、複雑系に生まれた現象。未来を定めない 戦略は、ヒトをぼろぼろにするかも知れない危険な選択だが、敢えて選択し た賭けであろう。この道を辿らねば明日をみることはできないとしたら、こ の道を行くしかない形質を抱えている。 同性愛者だろうと何であろうと先に辿り着くものが「ニッチ」を得る。
2017.06.30
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他人の押し付けの意見を自分の感情だと勘違いしているのではないだろうか。そういう風な言い方を随分されてもきたと思う。自分は違うと内心思っても、それを許さない雰囲気に気押されてしまっていた。曖昧な表現になるのはその悪癖の所以でもある。つい断定を避けてしまう。別に差し障りのあることでもないに身を引いている。自己主張は大切な人間の個性であろう。 ・責任を取らない政治家が多いのはそれを許してしまう大衆がいるからであり、政治家を叩き直さない限り政治も善くなりはしない。大物ぶる政治家がいるのは、それで世の中を渡ろうとする不遜な輩でしかない。国民の血税から歳費を払うのだから、それだけ経理も公開して厳しい検査に耐えるだけのものであるべきだ。それができないような人が政治家になるべきではない。 ・へ2...民主社会の基本を弁えているのだろうか。普遍的論理がない。それは文化のレベルでもある。文化的蓄積をすべきだ。それは尊敬できる人が尊敬される社会でもある。
2017.06.30
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良質の睡眠を得るということは、健康を維持する上に重要であるとされている。然し人間の生体は、加齢とともに免疫機能の衰退を余儀なくされる。其れは誰にも止められない。「不死の薬」などと言っていた悠長な時代でもなくなっているが無駄な努力をしている人はいる。安楽に老後を暮らすために無理をしている人もいるが、そのためにやっている手段がいつか目的になってしまって、カネだけ貯めて過労や病気で死んでいる人もいるのだ。家族のためにやっていることが、いつか家族を離散させてもいる。 ・私も、ウオーキングを始めたが、いつも一日2万歩が気になっている。それは、やり過ぎたら、ストレスになる。ある程度のストレスはやむを得ないが、適度の問題でもある。わざと公表して心理的な圧迫をかけることもある。ハサミは使いようなのだろう。良質の睡眠を得るために運動をしなければならない。ただ寝ればいいだけではなくなってきた。深い睡眠ができなくなりつつある。昼間運動をして、体を疲れて夜よく眠ること。7時間をキープすることが当面の目的である。 ・へ2・・・現在は、一日何回かに分けて睡眠時間7時間を目標にしている。どうも効率が悪い。まだ不安定でもある。気候にもよる。心身がまだ一致していないようだ。自分の健康さえうまくコントロールできなくて何ができるだろうか。時々情けなくなる。まだテストを繰り返している。それでもできるだろうか予測もできない段階だ。それにして、人間の体は動くためにできている。
2017.06.30
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また一つ年を取るが、それだけ世間から冷たい目で観られるのだろう。あのアメリカが一人の男にかき回されている。自分たちで造り上げてきた社会システムが崩壊しようとしている。地が出てきただけだろうか。元々ならず者たちが創建したからだといわれそうでもある。 ・世界も酷いが、日本も同じ。どうやら政治は、複合汚染の吹き溜まりになっている。最近のテレビドラマは、殺人ばかりあるが、時代の衰退がある。文化が低迷しているのは、自業自得なのだろう。私たちは汚染された社会になってしまった。リッチとかセレブとか、見せかけの社会に毒されている。 ・へ2・・・未来のために、あまりいいものを残せない。エゴイストの国家でしかない。父母は、遠の昔に亡くなっている。兄弟もいない。妻子はいるが、共同生活者でしかない。のこすものはなにもありはしないのだ。自分を知る旅は、・・・。
2017.06.30
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人は、環境次第でどんな人間にもなるのだろう。どこかカメレオンに似ている。モンスターのような政治家とか、それが女性だったりもするようになったのも、戦後の日本の社会情勢が根底にあるのだろう。アメリカの植民地政策の影響から来ているように思える。そしてそれは安倍チルドレンと言われる人たちにも顕著なのだ。 ・稲田朋美防衛相の履歴をサイトでみて成程と合点がいく。メディアで話題に上がっている人たちをサイトで見るのは、それだけ次から次へと新しい人たちが出てくるからだが、どんなに優秀な人材だったとしても政治の世界が悪すぎるのだ。腐った汚濁の世界なのだろう。
2017.06.30
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老化を遅らせ、高齢期も健康に過ごすことが知恵なのだろう。飢餓からの脱却がまだ世界の課題でもある。一部だけの健康が問題にされるが、肉体的だけではなく、精神的、そして社会的にも良好な状態であってはじめて健康なのだ。健康というコンセプトを一面からだけから見てきた気がする。少し抽象的にとらえ過ぎたようだ。どうも次元の違う世界のようでもあった。併し、こうして歩くということを通じで感じる思いは、それほど現実離れしたものでもないということだろう。それにしても、最近の食の問題として捉えられている社会現象は酷過ぎるのではないだろうか。 ・利益を優先した社会が齎してきたものは複合汚染であり、環境汚染ではないか。健康はそれらの問題を払拭していかなければ得られない問題でもある。長寿食ではなく健康食でなければならない。肉体的に自由であり、精神的に幸福感があり、社会的には基本的人権が保護され福祉や安全性が整っていなければならない。概念ではなく具現化されなければならない。 ・へ2・・・何を食べるか、どのように食べたらよいか、どのような環境であるべきか、について、具体的な話があったが、適当な運動、過度のストレスを避ける(気分転換を図る)、生き甲斐を持つ、楽しみを持つ、社会とのかかわりを続けることだ、という指摘だった。愉しく食べることもある。健康長寿へのみちは常識の世界でもある。
2017.06.29
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セロトニンはヒトを含む動植物に一般的に含まれる化学物質で、トリプトファンから生合成される。(Wikipedia) 図書館で科学雑誌「ニュートン」の新刊を読んでいたら、集団で行動する生物には、皆で行動する時にセロトニンが出ているらしいという記事を見つけた。一匹で行動するときはそれがなくて、集団行動するときに出るらしい。ということは、集団行動はやはり嬉しいのだろうと思った。人間にもより大きな木の下にいる時そういう感情を持つのではないだろうか。勿論でない人もいるだろうが。人間行動も脳の化学反応でしかない。 ・仕組まれた罠の中を歩いている。容易にそれと気づくようなチャチなシステムではない。やっとそのことに科学は目覚めつつあるのだろう。世の中を騙そうとする人間が後を絶たない。アメリカの金融界でも生き馬の目を抜くといわれる世界でも、やはり騙す人と騙される人がいる。煽てられると阿呆になるからだろうか。それとももともとそういうふうに脳ができているとしか思えない。 ・へ2・・・企みのある生物世界があるのだ。他のものを餌にして生きている。鳥にだって托卵がある。眼を皿にして生きていないと、見る目がなくなるかも知れない。すべてが終わってからでは遅いのだ。他人を騙して自分だけはいい目に会おうとしている人間が如何に多いだろうか。それとも、猫を被るだろうか。それは知りませんでしたというに違いない。現代日本も危ない政治の選択をしてはいないか。
2017.06.29
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太宰の昭和20年の作品群には、戦時下の作家によくある時局への遠慮がある。勿論太宰だけではないが、それがオピニオンリーダーとしての言論界に於ける責任を果たしたとは言えない。太宰はこの時期古典に傾斜している。確かに戦時下と平時下では、書き手も読み手も大いに状況は緊迫していた。恐怖のレベルが違うだろう。だからこそ作品の価値もふやけてはいないのだ。「あはれ」もそれだけ深いといえる。 ・太宰も三島も「意地」に拘った作家だろう。言行一致と三島は言って自殺した。人間失格と言い続けた太宰も同じだ。どこか文中にある「言葉から起こった難儀」に苦しまねばならない。太宰は落語が好きで、とめどなく言葉が出てくる天才でもあったそうだ。彼の文章を見ているとそれを彷彿とさせるフレーズがいくつもある。これが龍之介にはできなかったようだ。太宰は落語の造詣が深かったのだろう。相変わらずオリジナルが少ないのであり、一つの作品が、いくつかの連関をなしている。 ・へ2・・・太宰は、突き詰めると逃げ場のない生き方をしており、「女三界に家なし」のような感さえする。それとも生きるのが下手なのだろうか。それは作品のなかで繰り返されてもいる。太宰のユーモアの源泉が落語にあったのだろうか。 オーストラリアも支配者の子孫たちが暮らしている。罪悪感もないのだろう。罪を犯しても許してくれると思っている人たちがいる。自分を中心に考えるからだ。被抑圧者たちはどう生きればいいのだろうか。自分が東京都知事になる資格があると思うから立候補するのだろうか。思い上がりはないだろうか。舛添氏は、自分はまだ遣りたいと思っていたようだ。してきたことが何なのか。認識はどこまであるだろうか。どうも分からない。恥を知らない文化が進行している。眠れないので起きてきた。
2017.06.29
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同じ環境にいれば同じような気持ちになっていくだろうが、それがまた夫々に微妙に違うことでモードも相違が出る。同じ兄弟でも随分世界観も違う。大事にされたものといい加減に育てられたものとでは天と地も違うだろう。愛したいと思う人が愛されるとは限らない。好きか嫌いかくらいなら大差はないが、恋愛となるとそうはいかなくなる。其の人の運命が懸かってしまう。 ・「源氏物語」も偉大な文学というひともいれば、昔の週刊誌だという人さえいる。到底世界のメジャーにはなれない。普遍的価値があるものではないから。何故、全国に寺社や神社が多いのだろうか。それは数千か数万に及ぶだろう。それだけ造るだけの必要があったからだろう。莫大なコストがかかった筈だ。何故それが今も残っているのか。それは、その理由もある。この社会に原因と結果のないものはない。 ・へ2・・・自分という現在は、過去からきている。運不運はあるとしても大体説明が出来ないことはない。私の今は確かにそうである。自分では納得できるが、それが他人から肯定されるとは限らない。私には是非必要なことでも他人から見れば無駄なことかもしれないだろう。数式では表せない日常が迫ってくる。
2017.06.29
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僅かな知識でこの社会を理解することなどできはしない。毎日でも弛まず努力して、新しい知的シャワーを浴びてこそ得られるものもある。育てる知識の薔薇には新鮮な水を与えてこそ。何が自分に足りないのか、それが解かるまでやるしかない。それでは終わらない。そこから新しいステージが始まるからだ。生き死にばかり考えていてもそれは、門の入り口でしかない。 ・同じ本を何度でも読むこと。「古事記」の文庫本を毎年買って読むという研究者がおられた。そんな努力をしているのが本物の研究者なのだろう。いつも智識に謙虚であるからだろう。自分を甘やかせる人は人生にも甘える。甘えた人の話は聴くに堪えない。どこの世界でも甘えた人は多いだろう。それが社会のガンにもなる。日本は潰れるだろう。それは厳しさが足りないからだ。 ・へ2・・・真剣に生きているものだけが知る社会がある。真剣でなければ視えないOUV がある。自分にとってのOUVを、探して行かなければならない。時間は無いが、時間は作らねばならない。自分の生きている間が、そのわずかな光の輝く時間でもある。智的シャワーを毎日浴びねばならない。
2017.06.29
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模倣や観察学習によって、人間が社会生活の中で身につける学習の方法を社会的学習理論といい、「自己効力感」はその中心概念とされる。(Bandura 1977) ・へ2・・・人は、自分で自身の価値を認め、何らかの「生甲斐」を感じて生きていかなければならない。自己効力感は、自己価値の心理だ。そして効力予測と、結果予測がある。所謂「自信」とその人の「推測」のことである。バンデューラは、自己効力感が、行動の選択に関わるだけではなく、努力にも影響を与えるものとした。自己効力感の高い人ほど、行動への動機づけが高まると言っている。 ・それは中国でいう「気」と類似する。 ・「孟子」の中に「志は気の師、気は体の充なり」とある。自己効力感はそれだけ人生にとって重要なものである。人のすべての活動の源泉であり、つまりやる気、モチベーション、気力感を意味しているからだ。 ・ポジテイブな精神は、生物にとって不可欠な形質である。 ・加齢とともに、ひとはネガテイブ思考になりがちだ。どれだけ清浄な空気を呼吸していようと、人間は空腹を満たすというだけではなく食物を摂取することで生命を維持することができる。食べないということは生命活動に対する反逆でもある。ダイエットをやり過ぎると自殺行為にもなる。規則正しく食べることによって脳やからだが正常に動きはじめるスタートでもある。 逢えば懐かしくになるのだろう。孤立し孤独になる。それでも人は人に対して傷つけあうに違いない。遠くで見ていたほうが好い。愛しても、恋愛などしない方が好いのだ。どうしようもなくなる時だけそうすればいい。ひとは動物でもある。実態は、複雑であり、厄介でもある。有利な立場を得ようとばかりする。古寺巡礼も、只しているだけでしかない。世界遺産も、自分の世界観でしかない。幼児体験が付いて回るのだ。同行二人は、誰だろうか。
2017.06.29
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哺乳類の場合、母親による投資と父親による投資はまったく同等ではない。オスは種馬でしかいない、メスは排卵、妊娠、授乳をしなければならない。生物学的にコス トの高い一連の過程に母親は、拘束されている。この不平等に対して性淘汰 がある。性淘汰は、メスの選り好みで為される。メスにとって、選択は単なる美的 好みではない。最新の研究では、一部のメスは子に伝達できるオスの遺伝的メ リットを考慮して配偶者を選んでいる。メスにかかる「淘汰圧」は一頭の♂に繁殖を独 占されないようにしなければならない。メスの審美眼に遺伝的なメリットが 在る。シンメトリーもある。人間の場合なら、左右の耳たぶ、頬骨、顎骨、肘が動物の基本的 にシンメトリーになるはずの形質。 この形質に偏りを及ぼすストレスがある。環境上の問題で、生物体の発達が妨げら れてしまう。 かかるシンメトリーのゆらぎがある。 環境の変化、汚染、病気、 あたらしいパラサイトなどが野生動物に及ぼす被害を調べた生物学者によって構築 されている。要するに、それが最もシンメトリーな ♂ なのだ。自分の子の父親とな る♂を実験室のテストで選ぶことのできないメスにとっては、次善の策となる。 「シリアゲムシ」は、シンメトリーな ♂ は、一種独特のフェロモンを発しているかも知 れない。これらは、メスが計算高い戦略家であることをしめす。 配偶者選択を強制されたメスに負わされるコストは相当なものだ。 メスの決断は、性淘汰において重要な意味をもつだろう。どの母親にとっても、 人生は、ターニングポイントと決断の連続である。 自然界において、自己犠牲的な母親が、如何に特殊な生き物であるかがわかる。 余程逼迫した環境下でもない限り、普遍的な性質として進化することはない。 それがあるのは一回繁殖の種でしかない。多回繁殖にはない。 段々面白くなってきたが、休憩します。私も人生のターニングポイントにおり、 決断をしなければならない時が来る。 今日のみじめなカンボジア人たちは、偉大な芸術家で巧みな工芸家だった民族の子孫であり、また子孫でありえるとは否定できないが、かれらがたどってきた歴史というプロセスは、何千年も経つうちに自然に恵まれた国であっても、人間だけが変わったのだ。成立し衰退した強大な帝国の滅亡に至る歴史があるが絶滅した例はごくわずかでしかない。
2017.06.29
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それぞれチャンスはあるがそれを活かす事は難しいことでもある。判っていると思っていても、実は理解していないことは沢山ある。一面しか視ないからだ。講座を何度も受講しているが、生半可な理解しかしていない。講座を全部理解しているからではないからだ。何しろ、講座の前に一度読むだけで、理解できるような作品はない。然も名作、愚作はあるとしても一流の作家たちが書いた著書でもある。当たり一遍の読書で知るのは粗筋くらいなものだ。それでは半解にもならない。 ・アバウトな理解しかできない。それはそれだけの準備ができていないからだろう。誰も皆初めての体験をしながら生きてもいる。本で読んだものとは違う自分の人生だ。他人とは違う自分がいる。自分が解からなければ他人のことはわからない。赤ん坊の頃は他人と自分の境界が解からないから、大人とは違うことをする。大人になりきれない人間もいる。 ・へ2・・・つねに明日へのチャンスがあるとは限らないし、それと気づく前に寿命がないこともある。私も随分遠回りをしてきた。夕暮れて知る人生なのかもしれない。大半の自分のエネルギーを消耗して来た。ウオーキングは、まだ歩けるのは嬉しいが、いつか歩けなくなることを知ってもいる。チャンスは二度ない。
2017.06.29
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マチュピチュ遺跡 <作品> 「坊ちゃん」 ・1906年(明治39年)3月17日から一週間で書き上げた。 ・「アラビアン・ナイト」を読んでいたヒントを得た。 ・次回は「漾虚集」(「倫敦塔」「カーライル博物館」「幻影の盾」「琴のそら音」「一夜」「韮露行」「趣味の遺伝」)。 ・年齢によって小説の読み方が変わってくる。何度も読み返す必要がある。年齢によって違う。殊に「坊ちゃん」。 ・村上春樹は、「現代の漱石」という人がいる。漱石のように、発表する前から世間から支持されるというのは珍しい。 ・「吾輩は猫である」から、ずっと支持され、その後も支持されたこと。 ・筆力が並大抵ではない。「坊ちゃん」と「吾輩は猫である」と同時に書いている。「吾輩・・・」豊富な知識が包含されている。 ・文章のプロとして職業とすること。 ・「坊ちゃん」でも現在では難しい。 ・「坊ちゃん」が主人公ではない。 ・四国辺。 ・ばあや清がいう「坊ちゃん」。「おれ、とか自分」。 ・勝小吉・・・佐幕派。言い方が似ている。 ・やまあらし・・・柔道の技。 ・講道館柔道。 ・読みの面白さがある。 ・赤シャツ・・・軽蔑的に「坊ちゃん」と親愛の情で「坊ちゃん」という。その対比がある。 ・「坊ちゃん」と「それから」の繋がり。世間に喧嘩を売る。迷惑をかける。 ・「清」さんは、坊ちゃんの実母かも知れない。という推理がある。少数派だがそうかも知れないという疑問がある。 ・おれは、両親とも兄ともそりが合わない。 ・清を同じ墓に入れるというのは変。親子かも知れない。清と坊ちゃんの関係。主従関係か。 ・江藤淳が、(江頭が本名) ・登世(とせ)・・・清。 ・小石川・・・小日向に訂正された。 ・養源寺・・・米山保三郎の墓がある。漱石の友人。小日向の養源寺は実在しない。 ・おれと山嵐の関係。他人の方が上手くいく。 ・漱石の墓は小日向の本法寺。 ・漱石の畏友・・・米山保三郎。 ・漱石は、家庭の幸福を信じていない。血縁を信じない。 ・家族関係が上手くいっていないことが性格に影響する。漱石の人間関係が作品に表れている。友人に恵まれている。 ・山嵐との関係。血縁より友人とうまくいく。 ・綺麗に書かれていない。名作の要件、それが余韻になる。あとあとまでつづく。ミステリーの欠点は謎を解くこと。 ・納得できない。肝心なことがわかないほうがよい。何故うらなりに肩入れするか? ・自分の行動を採点する。数学の教師的。 ・敗北の勝利。「坊ちゃん」のテーマである。 ・プッシング.・ツゥ・ゼェ・フロント ・親譲り、父親譲り。無鉄砲。近親憎悪。モノローグ。独白。 ・日本人好み。 ・二十歳前後の読み方・・・坊ちゃん。に味方する。こんな人物はいない。小説は作りもので良い。 ・坊ちゃんは、とんでもないことをしている。 ・そとで乱暴する。決定的な悲劇にならないのは、そうならないように漱石が書いている。 ・家庭悲劇をドライに書いている。不幸を感じさせない。 ・「母が死んでから・・・」何度も繰り返している。負い目。罪障感がある。 ・父より母が重い。 ・四国辺・・・当初生原稿では「中国辺」になっている。桃太郎伝説。 ・内田魯庵トルストイ「イワンの馬鹿」。 ・文学作品に方言を使う。翻訳二葉亭四迷が田舎ことば(方言)を使う。リアルになる。批判されていたときに、「坊ちゃん」を書いている。漱石は二葉を支持した。田舎文学。 ・東京と田舎は、日本とイギリスの反対類推。 ・何で受けるのか。肯定するのか。勝ち組ではないから。敗者だから。判官びいき。 ・赤シャツ・・・漱石にもある。 ・四国の反感。反感を持つように書いているがそれが、余り出ていない。おっとりしている生徒。 ・渡辺保・・・「黙阿弥の明治維新」正直清兵衛。「坊ちゃん」。過度の正直=異常。それが悲劇を生む。キャラクター小説。 ・探偵・・・嫌いなことをする。卑怯なことをする。こういうところにいるとダメになる。 ・隠れて探偵することは卑劣。 ・おれ・・という人物はおかしい。神経を病んでいる。(相原和邦)。 ・マドンナ・うらなり・・・赤シャツ、山嵐・おれ。マドンナがうらなりを好きになる筈はないのに漱石は疑いを抱いていない。 ・漱石の結婚観。 ・恋愛が問題にされていない。嫌な奴の恋愛のことではないか。好き嫌いで動く。 ・調子の良い奴がうまくいってしまうことへの僻み。 ・おれはマドンナに惚れ、好きにはならない。 ・うらなり・・・おれという人物の裏のひと。小林信彦・・・「うらなり」の側からみた。うらなりとおれとの謎。消極的に扱っている。裏読みになる。 ・佐幕派・・・漱石。「坊ちゃん」も同じ。「破戒」藤村・・・詩を止めて作家になろうとした。先駆的にやった人。漱石も教師を辞めようとしていた。 ・「吾輩は猫である」「坊ちゃん」を書いて、作家への道を歩き始める。その後、朝日に入社する時当時初めて待遇などの契約をしている。プロの作家になる。「虞美人草」を書いている。慎重で用心深い。「野分」前後で教師を辞める決意をする。 ・笑い噺・・。落語仕立て、のように書く。ピントは外していない。 ・「菊と刀」・・・日本人のキャラクターが現れたところだという。山嵐とおれとの間の氷水のおごりのシーン。漱石を選んだ。 ・赤シャツ・・・漱石特集で小池光枝。赤は体に良いという話がどこかにあった。本当かどうか?
2017.06.29
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静かに時を待った死神は人知れず動いて当然嵐のように私たちに襲いかかってくる。何も用意して待つことはない。ファウストのように悪魔との契約など必要はない。環状ではなく直線状のヒトの染色体は、タンパク質と結びついた特別な染色体末端に結びついたDNA配列をもっている。この非コード配列タンパク質であるDNA末端、テロメア telomere は、ヒトの中で唯一接近しやすい染色体複製の構成要素である。テロメアは、150~ 2000の TTAGGG 配列をもっている。 ・染色体の末端はテロメアの核タンパク質によって保護されている。 ・テロメラーゼは老化した染色体を維持している。 何故 telomere crisis は起こるのだろうか。ヒトの分子生物学は、まるで初心者にとってパズルのごとくである。テロメアの欠損による染色体末端の欠失は染色体の不安定化をもたらす。つまりそのような損傷は高い割合で組み換えが起こりやすい。 それこそ、精子の如く数億個の競合を経て、苦難を乗り越えて、始めてひとの遺伝子は卵子にたどり着くことができるのだろう。ヒトの生命の先端で繰り広げられる闘争は、単純でも平易でもない。まさに複雑で熾烈な闘いの場でもあるのだ。そこにこそ、人間の生命の根源があるのであり、私たちの日常はその上に立った社会でもある。
2017.06.29
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観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子・・・ と並べて行って、どのように解釈するかと、調べ始めたところだが、宗派がいくつもあり、恐らく信者の数だけ解釈があるに違いない。5,6世紀に三蔵法師が翻訳したものが日本に流れ、それをまた 日本人たちが、そこに何が書かれているが読み解こうとした。観・自・在・菩・薩 これも観自在と菩薩に分かれる。然しこれは特定の個人のことではなく、観音様という存在のことだろう。行・深・般若・波羅・蜜多・時も分解できるが、行深と般若波羅蜜多と時の三つが一つのフレーズである。 これは、「観音様が、深遠な智慧を完成すために深く物事を考え実践されていた時」という解釈ができる。 「照見・五蘊・皆空」、「度・一切・苦厄」とつづくが、この解釈が難しい。人の心身の五つの要素が何れも本質的なものではないと見極めて、すべての苦しみを取り除かれたのであると解説書にあるが。これは一般向けらしい。プロはどう読むのだろうか。仏教にも大乗と小乗がある。菩薩(ぼさつ)が、(ぼさ)と詠んだりする。密教というのもあるくらいだから、容易に真実を明かさない。日本には、そうした閉塞した考えが根底にあって、真理を明かさない風潮がある。平民を蔑む風潮が消えないのは、云わばそういう言語からも来ているのだろう。知りたくもない学問もある。
2017.06.29
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・歴史の研究法には三段階がある。一は史料の部分的復原、二は比較研究或いは分類的研究、三は総合的研究だ。 ・その古典的研究法によれば、未だ第一段階、ワン・ステップでしかない。恐らく「三」のステップはジャンプにはならないだろうし、あの世になる予感がする。日本人の祖先も、遠くに遡れば騎馬民族の時代があり、僅かでも遺伝子が残っているだろうか。 ・何か忘れてしまった記憶があるのだろう。乾燥地帯を生き抜いたエネルギーとは・・・、其の欠片でもあればバミール・チベットの高地、天山・アルタイの山脈を歩いてみたいね。 ・高山から氷雪が流れ下るタリム河、イリ河、チュ河などが大小のオアシスが点在する。ウルムチ、トルファン、クチュ、コータン、カシガル、クルジア等のオアシスがある。僅かな人たちだが、「遊行聖」が日本にもいたのだ。 ・「何をくよくよ川端やなぎ」なのではないか。明日に待つ敵は、少なくとも農耕民族ではないだろう。天を駆ける「遊牧騎馬民族」たちとの争いになるだろう。けちな知識で以って闘おうとすべきではない。 ・へ2・・・何の価値があるか、さえ分からないでは、まだ第一段階でしかない。これから先が延々とある。一つのオアシスに止まるべきではない。その先を目指すべきなのだ。
2017.06.29
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円空(1632~95)天台宗に属する台密の僧侶であったといわれる。円空仏を見れば各地に民間信仰に見られる造像することが多く、一宗一派にこだわっていない。 ・古代では行基らが各地を巡って東大寺大仏の造立のために勧進活動や治水事業に従事している。後世の円空や木喰行道らの遊行僧に継承された。平安時代には密教の修行が山中で行われ、多くの修験者(山伏)が出現した。円空も修験道にかかわる山岳宗教者のひとりであったようだ。非業の死をとげた母を供養するために出家したというが不明な部分が多い。円空が祈祷呪術のために仏像を刻んだといわれている。旱魃のときの雨乞い、厄災を払うために仏像が彫られている。・円空は、遊行による造像活動 ・1663年・・・・・本州から海を越えて蝦夷に行く。(33歳) ・1670年以降・・・奈良法隆寺で修学 ・1674年・・・・・志摩半島を中心に遊行の造像活動 ・1681~88年・・飛騨(岐阜)を中心に活動 ・1688年以降・・・近江・日光・大宮と巡り活動 ・1695年・・・・・関の弥勒寺で63歳で亡くなった。 ・平安時代にはいると密教が台頭して民間信仰と仏教の融合が活発化して新たな遊行の形態が出現した。それが山岳信仰にみられる修験道となった。彼らの活動は日本の広範な文化的遺産につながっている。
2017.06.29
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世界一周も、これだけ情報が豊富に流れているとどんな世界遺産も一度くらいはお目にかかるのだろう。それでも200箇所近くあるとなると、そこまで全部は視ていないに違いない。関心のあるところとそうでないところもある。国内も大抵は知っているが、それでも行っていないところも沢山ある。日本も見ようによっては広い。自分が小さいからでもある。世界が広いと感じているのと狭いと感じるのでは視点も違ってくる。 ・今の自分の暮らしに、自己満足しているのとそうでない人との違いもある。楽が一番だと考える人もいるのだろう。そうは考えない人もいて可笑しくはない。つねに上を目指して努力する人を羨ましくもなるが、よく聴いたら、エゴイストかもしれない。現地学習というのは、遣って見て面白い。見ないで思っている事との差がある。百聞は一見に如かず。表ばかりしか知らないと裏を視て失望もする。田舎を小便臭い所だと厭がっていたのは、確かにある。だが、果たして都会はどうか。都会も綺麗ではない。黒い川が流れていた。 ・へ2・・・自分の視点で好きにも嫌いにもなる。夾竹桃が綺麗だと思っていたら、毒のある花だと訊いて何故街路樹なのだと思ってしまう。外来種や、華やかな花が好きだといっても、よく知らないとどんな花か解らない。現場も知らないで職場を決めてしまう。相手を知らないで結婚もする。綺麗な顔をしているから心もきれいとは限らないし、美容整形外科もある。安易に活きていたら泣く目にあう。 過去の栄華があったとしても、それは過去のことでしかない。そして世界遺産をみることも、見て楽しいものとばかりとは限らないが、そこに何かのヒントがないとはいえない。虎穴に入らざれば虎子を得ず。
2017.06.29
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薄ぼんやりとして暮らしているが、これもいつまでつづくのやら。人生塞翁が馬。波の無い海はない。浮き沈みも人の常だろう。午前中雨だったので、いま軽く歩いてきた。 ・朝晩暗いところを歩いているが、いつアクシデントに遭わないとも限らない。以前はそれを避けようと思って朝晩を止めにしていたが、それをしないと到底歩数は稼げない。それこそ環境を換えるわけにもいかない。用心しながら歩くしかないと覚悟を決めている。こちらから合わせるしかない。天候でさえこうなのだから、人間関係では猶更だ。莫迦を承知で活きて行くしかない。 ・へ2・・・土台他人の気持ちなど解りはしない。自分の心でさえ掴めない時がある。悧巧でもないから、あほなのだろう。それが簡単に解かるなら苦労もしない。鳥渡した免疫の違いで気分も違う。自分のからだとこころに振り回される。何故人間は裸なのだろう。毛を喪ったが、あったらノミやダニの寄生虫で頭が可笑しくもなるに違いない。
2017.06.29
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ムクドリ いつか、過去の出来事は幻影となり、闇の彼方に遠のくだろう。人は、生きる意味を見出して自分らしく生き て、いずれは自分に相応しい死に方で終わりたいと願う。生物は、寿命が尽きて、個体は失われ、分解して 粒子となる運命だ。誰も皆家族や友人たちの記憶となり、いつか消えて行く。地球も、太陽も何れ宇宙の塵に 戻るだろう。そして、終には、宇宙が静止する。或いは The Big Crunch だろうか。 まるで、セルが宇宙の話をしているようだと・・・自嘲的なる。だが、人の知識もコピーから始まりいつか真理を見 出すのだ。 ヒトは、ながい過程を経由して、ようやく言葉をもち、科学を手に入れようとしている。しかし、もう 深い海を原子力潜水艦が、世界を破壊する原子核を搭載して世界の海を潜行している。知らないところでヒトは、生命の 危機に晒され続けるのだ。この世界で殺し合いが続く限り・・・。
2017.06.29
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ニュルンベルク・コード ナチス・ドイツを連合国が裁いたニュルンベルク国際軍事裁判のうち、米国が単独で担当した12のいわゆる「継続裁判」の第一法廷の第一事件は、23人の被告のうち20人が医師であるという特異な裁判でした。「医師裁判 the Doctors' Trial」とか「医学事件 the Medical Case」とも呼ばれるこの裁判は、ナチス・ドイツ時代に医師たちによって、医学の名の下に、行われた犯罪を裁くものだ。裁判は米国式に行われ、検事団と裁判官はみな米国人でした。 ・・・ 医師たちの訴追は「共同謀議 The Common Design or Conspiracy」「戦争犯罪」「人道に反する罪」「犯罪組織への所属」の4点にわたって行われました。第1点の「共同謀議」とは、戦争犯罪と人道に反する罪への荷担を共謀したという罪状です。また第4点は、ナチス親衛隊へ所属していたことが問われました。そして、第2点「戦争犯罪」と第3点「人道に反する罪」の罪状として挙げられたのが、以下に述べる、人体実験などの事柄でした。(A)超高度実験 (B) 低体温実験 (C) マラリア実験 (D) 毒ガス実験 (E) サルファ剤治療実験 (F) 骨・筋肉・神経の再生実験および骨移植実験 (G) 海水飲用実験 (H) 流行性黄疸(肝炎)実験 (I)断種実験 (J) 発疹チフスなどの実験 (K) 毒物実験 (L) 焼夷弾治療実験 (M) ユダヤ人骨標本コレクション (N) ポーランド人結核患者の大量殺害 (0) 障害者の「安楽死」 「ニュルンベルク・コード」は、以下のような10項目の内容を含んでいます。 1. 被験者の自発的な同意が絶対に欠かせない。これは被験者が、同意を与える法的能力をもっていること、強制がない状況で、自由な意志で選択できること、実験内容を十分に理解していることを含む 2. 他の方法では得られない、社会のためになる成果が上がらなければならない 3. 動物実験と自然の経過に関する知識に基づいていなければならない 4. 不必要な身体的・心理的苦痛を避けなければならない 5. (実験者本人が被験者になる場合を除き)死や障害をひきおこすと行う前からわかる実験はしてはいけない 6. リスクが利益を上回ってはいけない 7. 適切な準備と設備がなければならない 8. 科学的に資格がある実験者が行わなければならない 9. 被験者はいつでも自由に実験を中断できなければならない 10. 被験者に傷害・傷害・死が生じると予測できる場合、実験者はいつでも実験を中断する用意がなければならない 。(ウィキぺディアより) ニュルンベルク・コード以後国際的なガイドラインになった項目である。 ・「ニュルンベルク・コード」をインドで秘かに行われているらしい新薬人体に対する投薬実験のレポートを見ていて調べてみた。ナチスのやった人体実験の再来を思わせることがあってはならないことだろう。人間のもつ卑劣さの極みは弱者が餌食になることだろう。忘れてはならない裁判だという意味で。
2017.06.29
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社会はとうとう私という存在と離れてしまった。日々遠のいて行くような気がしてならない。ただ日常は、遠くにいて応対しているような気分がする。普通に暮らしているが、誰に逢ってもそういう気持ちになる。現代の社会は孤独な人間の集合体でしかない。大地は自然とゆったりとして繋がっているが、人間は家を建てて、その自然から切り離されている。それを望んだのは人間たちだ。家の中にいる人間はみな自然と離れ、ひとびともまた切れ切れでしかない。文明は人間を自然から切り離し、そして孤独にしたのだ。 ・人の心は変わってしまった。もう取り返しの利かない遠くへきてしまったのだろう。隔絶された建造物の中で、「ヘイフリックの限界」を待っている。ゲーム・オーバーまで其れほど時間はない筈だ。文明は機械化し、人間を孤立化にした。そして、墓穴へと導いている。無邪気に生きてはいられなくなったのは、いつからだろう。大人になりたくない大人こどもでいたい人ばかだ。 ・へ2・・・どうもこころのベクトルを間違えたのではないだろうか。拡がる大地は自然とゆったりと繋がっているが、個人は自然から離れて、切れ切れでしかない。大地と離れたシェルター暮らし始めた人間たちは、何を目指しているのだろうか。現代社会は、孤独な集合体でしかない。
2017.06.29
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「狂気」がといえば、「正気」だと弁解するだろう。どこからどこまでが「狂気」といえるのか。国家が行えばすべて「正気」といえるのでもない。政府が信頼できるわけでもない。一旦法律が制定されれば、どんなことも合法化されるだろう。勿論それを違憲だと裁判に申し立てることができるが、判決がされるまで待たなければならないし、必ずしも違法とされるか分からない。何が「正気」と「狂気」の境界だろうか。「テロへの戦い」とは、そもどちらだろうか。 ・日米安全保障条約は、謂わば「正気」と「狂気」の間を、時代とともに、その両極を針が振れるのではなかろうか。そして、その核の傘は、本当に日本という国家の安全保障といえるだろうか。その証明がされたことはない。日本が払ってきたコストは相応なものであっただろうか。少なくとも米軍基地の沖縄の人たちはそうは思っていない。 ・へ2・・・個人の「正気」と「狂気」の境界もコンセンサスがズレてきているのではないか。若者たちがもつ未来への願望と、私たちが持っているものと重なる部分があるだろうか。既に、違う場所にいるのではないのか。神隠しにあった子どもたちではないだろうか。私たちの常識という絵に描いた視野から遠のいて行く。
2017.06.29
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オスマン帝国が、何故長い間続いたのだろうか。どこか徳川幕府を想起するのは、ハレムや大奥といった存在の類似性でもある。それは単純すぎるだろうか。ゲスの勘繰りか。必ず、共通点があるのだろう。ストレイマン1世は特に優れた戦略家というのではなかったらしいが、軍人や官僚システムを重用したらしい。主導権をめぐって骨肉の争いがあったらしいが、その組織は強固で、それを根底からひっくり返すことは300年もだれにもできなかった。 日本の歴史も、誰もが自分たちの社会を窮屈だと思うのだろう。それでも沈黙させてしまうものとは何なのだろうか。
2017.06.29
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たとえどんなに詰まらないことでも、自分でするから意味がある。他人のすることを自分のことのようにして、どれだけ喜怒哀楽をともにしたところで、自分とは違う。天才でもない限り、できることは特別な力はないのが普通だろう。できることは限られており、平凡なものでしかない。然し、自分なりにそれを評価することはできる。顕著な目立った特徴があるから、世界遺産になる。 ・世界レベルになるためには、簡単な努力では足りない。人並み以上の研鑽がなければならないだろう。大抵ショートしてしまう。他人を唸らせるようになるにはそれだけのことをした人だけだろう。平凡に活きて、人並みの人生で好いではないか。 ・へ2・・・見せかけの映画や小説のように、活きているわけではない。現実の自分と向き合えば、必ず自分の為すべきことが視えるだろう。それを地道にやることではなかろうか。物語は終わらないが、自分の人生はいつか終わる。終りがあるから、平凡な日常も輝きを増すのだろう。 これから、なにができるかで幸福の違いもある。カンボジアはどんな国家なのだろうか。だれも自分らしく一生を過ごしたいと思うが、お国の事情は違う。どれだけそれをものすることができるのだろうか。暗殺したり、罪のないこどもさえいる都市を空爆したりするのが戦争の現実でもある。常識が通用しなくなる。
2017.06.29
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・生きている以上は個性だろうと思っている。要は向上心でもある。どうせ思いはショートすることだろう。力のないものは力尽きれば終わりである。生命はミラクルであり、更には炭素化されるだろう。そしてエントロピーの第2の法則だ。あるものは華々しく花火のように去るが、凡人は線香花火のように消えていく。絶叫することもない。すべてはかけていく月のように消えていくのだ。 ・だからといって存在を否定されるいわれはない。同じ人間としての存在を個として生き抜くのだ。それが現代に生きる者の務めでもある。そして、この社会を支えるのだ。なぜ高齢化社会になるのだろうか。それは結果でしかないのか。何か大きな役割があるだろうか。子孫を残す仕事を終えた者たちが何故生きているのだろうか。それは、種としてのヒトの新たな状況なのだろう。しかし生物学ではヒトには本来目的はない。 ・朝を迎えると昨日のダメージが消えてしまっている。人はどんな苦悩にも耐えられる生命力があるのだろう。それがなくなれば終わるしかない。それはDNAがさせているのだろう。 ・へ2・・・個人には自己完結はあっても、社会にはそれがない。あるのは突き進む明日があるだけだ。たとえ暴君だろうと、凡人だろうと同じ一日であり、同じ24時間である。あるものは仕事に没頭し、あるものは怠惰に過ごすだろう。病のものは病気と闘わねばならないながい一日になる。私は、生きる意味を母から教えてもらった思っている。身を持って教えてくれた。
2017.06.29
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ひたひたと押し寄せてくる問題の所在を感じないではない。まだ大丈夫だと思っている自分も、いつかサイレントキラーにやられるかもしれない。脳科学は日進月歩でもあり、新しい発見が次々にされており、脳の話は何度聴いても面白い。 ・これまで大学には10年近く講座に通っているので、同じ先生の話を聴く機会も多いが、毎回違うというのは、それだけ学問が広くて深いからでもある。PCを持ち込めたら、もっと具体的な内容を書けるのだが、これも色々あるから簡単ではない。読書だけでは、中々そこまでは素人には辿りつくことのできない分野の話が聴けるのも講演会の良さだろう。 ・へ2・・・脳の話は、興味のある内容だったので、また整理しながらメモしたいと思う。後者の講演会では、二人ペアーになって、今悩んでいる事を相手に話して、それを相手が否定していくというスキルだった。私は綺麗なご婦人とペアーになり、結構面白い話ができた。介護の手法としてバリデーション法というらしい。相手の言うことを否定しないで、認知症の患者の気持ちを引き出していくというテクニックの勉強だった。 刻々と状況は変化していく。いつまでも同じ場所ではない。社会的ステータスがあるのは、僅かン時間でしかない。その時何ができるかだ。いつまでも安倍さんではないし、自民党でもない。保守政党が、続いていたとしても、それはいつか襤褸が出る。平家も久しからずだ。ボトムアップの時代であり、格差社会も一時のことだ。自分の余生のニッチを探しても束の間のことでしかない。
2017.06.29
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突然死の原因の多くは、 急性心臓疾患、脳卒中、急性呼吸不全、急性肝不全など。 予兆も頭痛、眼痛、めまい、耳鳴り、首の痛みや凝り、肩こり、など、 1か月くらい前から起きている。いくつか、専門家が有効とされるものがある。 ・医学知識との付き合いを間違えないこと。 ・一定の睡眠時間と運動不足にならない、三食を規則正しく食べる。 ・食事は、タンパク質、脂肪、炭水化物をバランスよく食べる。 ・心と体はギリギリまで使わない。 ・ストレスをためこまない。 ・ゆったりと過ごす。 ・肥満を解消する。 ・酒・たばこをやめる。 ・他にもあるのだろうが、これだけ守れば、相当突然死を防げるのではないだろうか。 ・へ2・・・哺乳動物の限界寿命は、体重とカロリーの消費量で決まると考えられている。 一般には、その動物の性的成熟までの期間の6倍を目安に考えられてもいるようだ。生物学的 には人間の成熟とは約20年とみられているので、人間の限界寿命は120年ということにな る。医学界では、目標年齢とされている。ヘイフリックの限界もこれを裏付けている。
2017.06.29
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適応には、生物の形態や行動が非常に精巧にデザインされている。生存や繁殖の上で有利である形質を備え持つこと。それを持つことによって同種の他個体に対して、生存繁殖の上で有利さが生じるような形質をもつ。 事例として、インドガンのヒマラヤ越え、カッコウの托卵、さまざまな擬態、蝙蝠の超音波利用、人の手の器用さ、優れた知性 等。 現実社会に埋没せず、如何にジャンプできるかだ。それだけのパワーを内包しているかだ。誰も後押しはしない。自分で一から遣らなければできない。誰にもできないからやらなければ死んでもできない。デッドロックを乗り越えてきた。それが今日であるが、それは先人の成果であって私たちのものではない。このチャンスを活かし得るだろうか。あるのはそれだけでしかない。 山のようにチャンスがあってもそれを活かせないでいる。どうしてだろうか。時間はないのにあると信じている人たちがいる。崖まで来ないと分からないようでは、何もできないのに。未来の匂いがわかなくなっている社会である。言っている意味を解するものだけが分かるのだ。新しい形質をもつことだろう。
2017.06.29
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観光の目的によってその価値も違うのだろうが、それが擬似イベントであることには変わりはない。それでも異文化を知ることは、国際社会において重要な意味があると思う。ただ殆どの観光産業システムが受動的で消費的であり、観光の仕掛けが、商業的であることには言うまでもない。一方「観光」という現場のゲストとホストの出逢いであると捉えようとする観光人類学の立場が注目されている。もともと人類学者は、観光に対して敵意を持っていたのであり、物見遊山としての位置づけでしかなかった。 ・「学」として成立させるのは研究者の努力によるのであり、為されていないものが多いのではないだろうか。それは新しい発見をしようとするパイオニアの減少からも来る。資源は荒らされて荒廃して行く。破壊された後からでは間に合わなくなる。寧ろ他人が見つけたものではなく、自分の眼を信じるべきではないだろうか。 ・へ2・・・いまや世界では、観光立国を目指している国家は多い。日本を訪れる外国人も急激な増加を見せているようだ。人口減少が予想される中で、観光客が外国からやってくるのは、戦争をしている国家には来なくなる。平和と言う社会環境が必要なのは誰しも認めるところだ。民主主義を捻じ曲げた政治が行われていないだろうか。それを誰が止めるのか。猫の首に鈴を付ける人が必要なようだ。 ただ漫画のような世界で暮らしているのかもしれない。実弾が飛んで来れば、逃げ出すような軍隊でしかないのだろう。確かに、軍隊ではないのだ。自衛隊は、国を守るのではななく、何か違うものを守るためにあるのではないだろうか。
2017.06.29
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そんなひとが、ボウエイ相なのだそうだ。国家は、そんな指揮官で自衛隊は動くのか。恐らく戦前の軍隊は動かないだろう。自衛隊は、軍隊ではないのだろう。憲法9条は、まだ改正されてはいない。だからあれでいいのだろうか? チルドレンたちでもできると。 世界の安倍晋三がいる。
2017.06.29
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