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優しさは弱さではない。利他的行動が、人間の歴史になくてはならないように優れたひとの形質でもある。国益ばかり一方的に主張しているような時代遅れの国家があるのは見苦しい限りだ。世襲を正当化するだけの国家もある。時代の流れに逆らうだけだろう。言論の自由を失くせば国民の運命も暗転してしまうだろう。その証明はいくらもあるということか。 ・魔女裁判で、無実の女性たちが裁かれた。あの優しい筈の女性たちが、自分が火刑から逃れるために嘘の証言をし、友人を売ってその友人たちは魔女にされたという。数十万の無辜の血が流れた。人間は弱い存在だ。措かれた環境でどんな人間にもなる。日本人は日本人らしいし、中国人も、アメリカ人もその他の国のひとびとも、その国らしい活き方をするし、見解も似ている。 ・へ2・・・ボーダーレス時代という国際潮流のなかで国境問題もない筈だが、いまだに蒙昧する人間たちがどこにでもいる。エゴイストでは世界は救えない。国益ばかり言っていたら、世界の平和もない。飢えた子どもたちも救えないまま人類の滅亡にもなるだろう。利他的行動を見失えば、人間愛もない。
2017.08.31
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思慮深い古代人は、静かに月や星を見て、多くの時間を使って考えつづけた。寒さに震えながら、そして餓えてもいた。然し素晴らしい感性で生きていた。 彼らは50歳まで生きているだけのチャンスもなく、理不尽な社会に多くの悲哀を味わってもいただろう。それでも健気に生きてこれたのは崇高な精神であっただろう。それだけはいえる。 思慮深い古代人が、この人間社会を生き延びる智慧をもっていたのだ。それが、如何に素晴らしいものであったか、私たち現代人は、知らない。 この自堕落な生活を繰り返しているのは、五感を衰えさせて、夢を失った現代人であろう。それでも手に入れた科学の力でどうにか暮らしている。物欲で目を赤く腫らしながら、走り回ってもいる。自分の人生を削りながら。 にも拘らず、こうして威張り腐って、真夜中に好きな時間を過ごす男もいる。自分のことだけど。 好きなことができる奴は、まあ、恵まれた存在ではあるだろう。その報いは、時々身体にくる。 それにしても、一日中考えるのは、それは人間誰しもしていることだが、何を考えるかだろう。 その中味によっては、進化の可能性もあると思う。 考えなくなれば、どんな優れた頭脳も劣化してしまうだろう。 何も知らなかった古代人のこころを、ここまでひとびとを連れてきたのは、その思慮深さであり、一日中 考え続けたからではないか。
2017.08.31
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試験管などの培養容器の中で花を咲かせて花成現象を観察するのをインビト ロ開発という。 ・植物は置かれた環境で生長を制御する仕組みを持っている。・花成現象にはアクセル役とブレーキ役とが存在して花成は両者のバランスで コントロールされている。 ・花の咲く機序が解明されれば、花はいつでも咲かせられる。・「光の強さ」と「光の明暗周期」そして「光質」が関与することが解ってきた。 ・向日葵を始め多くの植物では、光合成には赤色光の効果も量も大きいこと。また形の制御には青色光の作用が強く影響すること。 ・植物によってその影響は異なり、一定の法則は見つかっていない。 ・もしこれらのメカニズムが解明されれば、新しい農業生産の可能性があるという。・何れ、人口問題は食糧問題になるだろう。それまで研究は間に合うだろうか。・花の研究は、人類の生死をも担うことになるかも知れない。
2017.08.31
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個人のフラストレーションもそれが自分内のエリアで終われば大したことにならないのが普通だろう。暴走するフラストレーションもある。これが他人の権利を脅かし、ついには社会秩序のルールを逸脱して、犯罪にもなる。引き起こすものはストレスだろう。ストレスは万有引力による重力のように常に生物を地上に押し付けてもいる。ひとは膨脹し易い厄介な存在でもある。身の程知らずという。 ・物議を齎す人間の多くが、身の程知らずのフラストレーション野郎でもある。人間が抱えている自分の課題を卑劣に逃げようとしていることが多い。誰もが苦労して生きている。ズルをして生きてはならないのだ。自分だけが楽をしようとする。「薬」に頼ろうとする。それを許している社会がある。「薬」にも合法と非合法があるだけだ。麻薬によって人格を破壊され、国家も存立を危殆に瀕した歴史さえある。この社会には目には見えないタブーがいくつもあるがいってはならない名前さえある。 ・へ2・・・自由社会だと勘違いしている。自分だけがフラストレーションを持っているのでも、ストレスがあるのでもない。誰もがもっている。そしていつも軌道を外れる。常軌を逸してはならないのであって、そのためには自己修正しなければならない。それは自己責任でしかない。「Aは非Aに非ず」が公理である。そろそろ私もフラストレーションが蓄積してきたようだ。イエローカードが出る前に、すべきことがある。
2017.08.31
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普段これまであまり考えたこともなかったが、これまで思い出される限り遡って考えてみると、人並みに思い悩みながら生きてきたと思う。誰も助けてはくれなかったといえばそうだし、そうではない気もしてくる。一人で生きてこれたのでもない。そろそろ秋の気配がする。 ・へ2・・・健常者と違い。色々朝からしなければならないことが多くて、起きてすぐに飛び出してウオーキングすることはできない。それでも当り前にして折れるのは、健康管理をしているからだ。止めればそれまでだろう。平凡に暮せるということは有り難いことだ。気持ちよく生きていられることは何と有り難いのだろうか、北京で世界陸上があっているが、恵まれた肉体の人たちばかりだ。それをみて羨ましいとおもうのは、自分がそうできないからだろう。勝敗に拘る人たちは、自分たちの健康をどのように思うのだろうか。
2017.08.31
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拠って立つ存在理由が一人ひとりにはある。それをどう表現することができるかだろう。自己充足では足りないところに生きる上の難しさもある。その視座がどこにあるかでもあろう。 ・へ2・・・最期まで、下駄を履くまで人の評価はできない。死後評価される人も多いだろう。寧ろ生前の行為が死んでから非難されることもある。個人を客観的に評価することは不可能ではないにしても極めて困難だ。だから誤解されることが大半でもあろう。ひとはその心の持ちようでも大いに変化しうるだろう。 ・君子豹変す。法にも「事情変更の原則」がある。環境が変われる人の心も変わるだろう。だが、社会がそれを認知するかは一様ではない。おかれた体制でも違うだろう。謂わば薄氷の上でしかない。 ・へ2・・・ひとの幸不幸は一概にはいえないが評価はされるべきだろう。許せることと許せないことはある。人の品格は尊重されねばならない。若いからよくて、老人だから不幸なのではない。のびのび生きているかだろう。それが若い時か、そうでないかの違いがあるだけだろう。若い時にはそれだけ多くの努力をしなければ生甲斐を感じられないだけだ。
2017.08.31
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種の絶滅の急激さとは、環境の急激さに必ずしも比例せず、緩慢な環境変化が進行し、ある臨界点 を超えた瞬間に一気に絶滅するのだという。たとえば、水生の生物は、じりじりと死んで行くのではなく、 ある許容範囲を超えると一気に絶滅するパターンをとるのだ。それまでは、元気に泳いでいるのだとい う。他の種は平気だったりする。たった温度1~2℃の境界線でしかないという。或いはその差はコンマ以 下もある。徐々に進む環境の変化に対して生物は、寧ろ鈍感でさえある。危険なものから逃れようと する余り、その時期を見失うのかも知れない。自分に口実を与えて何時までズルズルと日々を過ごして しまっている自分がいないだろうか。やがて、自分だけの「ヘイフリックの限界」が待つだろう。 身体を張ってひとは、生きているだろうが、上を向いたり、下を向いたりして前を見損なうらしい。 今の自分に気づかないまま時は流れて、秋は深まるのであろうか。
2017.08.31
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内閣は昭和7年(1932)犬養毅(政友会)が倒れて、 ・斉藤実(海軍) 1932年5月~ ・岡田啓介(海軍) 1934年7月~ ・広田弘毅(外交官) 1936年3月~ ・林銃十郎(陸軍) 1937年2月~ (7.7)盧溝橋事件 日中戦争始まる ・近衛文磨(華族) 1937年6月~ (12.13)南京占領。南京大虐殺 ・平沼騏一郎(枢密院)1939年1月~ (9.1)第二次世界大戦勃発 ・阿部信行(陸軍) 1939年8月~ ・米内光政(海軍) 1940年1月~ ・近衛文磨(華族) 1940年7月~ (9.27)日独伊三国同盟締結。大政翼賛会結成(総裁近衛文磨) ・東条英機(陸軍) 1941年10月~ (12.8)真珠湾攻撃。太平洋戦争始まる。(のち大東亜戦争改称) ・小磯国昭(陸軍) 1944年7月~ (10.24)レイテ沖海戦連合艦隊壊滅 ・鈴木貫太郎(海軍) 1945年4月~ 1945年 6. 8 御前会議で本土決戦方針採択 7.28 鈴木首相ポツダム宣言を黙殺し戦争継続表明 8・ 6 広島に原爆投下、死者推定14万人 8. 8 ソ連、日本に宣戦布告 8. 9 長崎に原爆投下、死者推定7万人 8.15 戦争終結の詔書を放送(玉音放送) ・東久邇稔彦(皇族) 1945年8月~ ・幣原喜重郎(外交官) 1945年10月~ 財閥解体、労働組合法公布 ・こうしてみると犬養内閣以来、敗戦まで民間の広田弘毅以外は軍人と皇族たちが 政権を支配していたことが分かる。
2017.08.31
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私たちは何度も屈辱を味わった。もともと敗戦のときに生まれたから、日本人は屈辱を日々感じて生きていかなければならなかった。そのことを忘れない。凡人はハンサムでも才能がある訳でもない。失恋し、失敗し、侮られ、冷笑され、無視されつづけている。それでも挫けない。タフな精神こそ必要なのだ。雑草のように踏まれても踏まれても立ち上がる忍耐がなければならない。 挫けない精神だけが、生きている証でもある。 それこそどこに抑圧者の普遍的論理があるだろうか。
2017.08.31
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「漱石神話」には落とし穴がある。「神話」とはそういうものだ。自分と他人との間にあるパラドックスは、解消されることはない。漱石を理解することが難しいのは、自分と他人との関係を公平に理解するのと同じくらい困難なことなのだろう。 ・それこそ漱石を神話化することが可笑しいのだ。誰にも欠点はある。自分を理解して欲しいという願望も所詮は無駄に終わるに決まっている。それを試みることを嘲笑することはできないだけだ。カエルはオタマジャクシから変態する。カエルは飛び上がるが飛ぶことはできない。跳ねるだけだ。カエルは、遺伝子の設計通りの一生を過ごすだけだろう。過酷な環境は人間も同じだ。自分と他人と根幹ではパラドックスがある。競合している世界では、利害は一致しない。 ・へ2・・・自分のことが自分ではよく見えないのは、他人の指摘がよく当たることでもわかる。解かっていない自分が分母だろう。無意識の方が自分の大部分でもある。屹度、変な人間なのだろう。笑い飛ばせばよいのではないだろうか。自分の目から見れば他人も軽薄そうにしか見えないのだから・・・。
2017.08.31
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和白干潟 2017.8.31こうしておれるのも、自分を活かしている存在があるからだ。どんなにつまらないと思っても聴いて遣るだけの思いやりがなければ共存などできはしない。自分も自由でありたければ、周囲の人たちの自由も認めなければ遣って行けない。一部のひとが自由で、他の多くの人たちが不自由をさせられた時代が長いことがいえる。それが戦前だと思う。大衆は自由ではなかったのだ。それを一部のひとは自由だったから自由だったという議論は間違いでもある。沖縄で、自決したのが、必ずしも軍部の命令ではないというのも本末転倒の話だろう。 ・日本人が日本に住んでいるから、日本人なのではない。日本の文化を継承している人間だからだろう。そのなかでも日本語を使うからでもある。ことばは文化であり、そのなかに思想も包含している。差別も、言葉の中にある。知ろうが知るまいが、身分社会の言語を使ってもいる。江戸、明治、大正、昭和、そして平成と、戦前、戦後という流れの中で、日本人は今日の形質を創り上げてもいる。 ・へ2・・・何れ、日本語が衰退し、そして日本人は過去の民族になるのではないかと考えている。哀しいが仕方がない。そして種としてのヒトも、他の生物たちも何れは漆黒の闇の中の宇宙の屑になると思う。自分が生きるためには、それを支えてくれる環境がある。自分の周辺だけではない。現代という社会システムが自分を活かしてもいる。過去の集積が現在でもあるだろう。狭いが自分の視野と、浅いが自分の洞察力と、それをひろめ深めるように今日一日を悔いのないものにしたい。
2017.08.31
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僅かな知識でこの社会を理解することなどできはしない。毎日でも弛まず努力して、新しい知的シャワーを浴びてこそ得られるものもある。育てる知識の薔薇には新鮮な水を与えてこそ。何が自分に足りないのか、それが解かるまでやるしかない。それでは終わらない。そこから新しいステージが始まるからだ。生き死にばかり考えていてもそれは、門の入り口でしかない。 ・同じ本を何度でも読むこと。「古事記」の文庫本を毎年買って読むという研究者がおられた。そんな努力をしているのが本物の研究者なのだろう。いつも智識に謙虚であるからだろう。自分を甘やかせる人は人生にも甘える。甘えた人の話は聴くに堪えない。どこの世界でも甘えた人は多いだろう。それが社会のガンにもなる。日本は潰れるだろう。それは厳しさが足りないからだ。 ・へ2・・・真剣に生きているものだけが知る社会がある。真剣でなければ視えないOUV がある。自分にとってのOUVを、探して行かなければならない。時間は無いが、時間は作らねばならない。自分の生きている間が、そのわずかな光の輝く時間でもある。智的シャワーを毎日浴びねばならない。
2017.08.31
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和白干潟とクロツラヘラサギ数万年前から、私たちの祖先はこの国で暮らしてきた。その前は、大陸と繋がっていたし、恐竜がいたこともあったのだろう。9万年前のasoー4では、私の住んでいる福岡市の周辺まで溶岩流が流れてきた痕跡がある。その溶岩流や火山灰の堆積したところが、人の住処に適していたこともある。そこで農地を耕作して住みついたのだろう。それが集落になり、現在でもその営みは累々と継承されている。 ・科学の目で見れば興味深い場所が、人間たちの周囲には点在している。知らな過ぎる凡庸な人間として生きているのだろう。世の中が詰まらないという若者たちが多いが、はたしてどこをみてそういうのだろうか?教え方が間違っているのか、知りたがらない若者が悪いのか解からないが、知ろうと思えば知ることのできる社会になったことは言えそうだ。これから、戦争があるかもしれないが、その責任は政府だけにあるのではない。政府はただいまや世論の延長でしかないからだ。 ・へ2・・・人間は愚かであることも賢く生きることもできるに違いない。初めから悪人も善人にもない。悪行をなすから悪人になる。欲望に囚われるから貪欲な人間になる。自分をどこへ連れて行くかだろう。どんな時間を過ごし、どこを行くかで、そのひとの人生も決まって来るに違いない。 全方位で物事が起きている。既に十人目の人工衛星の日本人の乗組員が、半年かけて地球を周っている最中でもある。そういう時代にいながら、反面見栄っ張りの人間たちが、勝手なことばかりしているようだ。しなければならないことをしようとせず、自分たちの都合のいいことばかり考えている。枯渇してしまう天然資源もあれば,人間の存在もある。民族の栄枯盛衰もある。滅んでいった民族も多い。個人的にはなにもできないが、腹だけは一人前に立つのだろう。
2017.08.31
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自分にとっての「生甲斐」とは何か? ワークショップの目的とは? それは、他人と違う人生を生きたひとがたどり着く、人間としての感慨でもある。「ああ、遣るだけのことはして、生きていて本当に良かった」と思える心境でもある。 自分にとって本当に大切なことを思い出すこと。自分を引き止めているものと対話をしてみる。自分らしい生き方のビジョンを描いてみる。自分の内なる知恵に耳を傾けることだという。 自分の才能を知り、それを最大限に発揮しようと努力しているか。充実感をもって暮らしているか。自分のステップは、この社会の、そして一生の、どこに位置しているだろうか。明日のために、自分は何をしようとしているか。 質の高い人生の為に、内なるコンパスを持っているか。あらゆる困難は生きていく上での避けることのできない局面だと、理解するだけの余裕と、素直さを準備しているか。 もし行き詰ったとき、どうすべきか、どこに行くべきか、その場所を用意しているだろうか。象の墓場をもっているか? 緩やかに月日は過ぎて行くが、その流れは大河ではない。国家にも、個人にとっても、品格が必要だ。
2017.08.31
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医学辞典で疲労は「精神的または肉体的活動した後に続く、「仕事量の減少」、遂行の非能率 化」などを特徴とする状態」との定義がある。または「仕事の結果として生じ、休養を要し、 その人の機能的な能力の低下した状態」という。 患者の愁訴としての疲労もある。疲労は患者が医師の診察を受けにくる十大愁訴の一つらし い。何故そうなるかは色々あり、実は定義が難しいらしい。それは専門家に任せるとして、私 は何もしないのに、それこそ大して活動も労働もしていないのに何故疲れるのだろうか。何も しないから疲れると言えばどこか怠惰だから疲れるようでもある。対価を得る労働でないから だろうか。 準拠枠に慣れた生活を離れると、ひとは追出されると不安に潰されそうになるらしい。女性が 長生きできるのは、疲労をうまくコントロールできるからであろう。度し難い男たちに子供の 頃から鍛えられているのだ。或る意味役務のリタイヤ後も生存できるだけのノウハウを持 っている。それに比べて男たちはノウハウも何も持たない人が多いのだ。適応できないで いる人たちが脱落していくのではないだろうか。矢鱈疲労感だけが残っている。燃え尽き シンドロームにもなる。社会での優等生が、人生の勝利者ではない。頭の切り換えのでき ない人たちが社会に禍根を残しているような政治さえある。
2017.08.31
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「三つの窓」 ・三つの人生。三人の人生の窓。 ・最晩年の作品。 ・じりじりした憂鬱 ・人生との闘い ・新約聖書は、比喩のオンパレード。何を書いているのか分からない。分からない方が良い。たとえ話が書かれている。 ・だから「源氏物語」は、具体的であり世界的な広がりにはならない。日本の貴族の話でしかない。メジャーにはならない。寧ろ「百人一首」を広めた方がいい。意味が分からないものほどよい。和歌よりも俳句。 ・聖書もひとつひとつを独立させて説教している。分かりやすく、世界に広まった。 ・小説は、わかるものではだめで、わからないから面白い。優れた作品ほど、分からないように書いている・・・それが本来の小説である。 「西方の人」 ・省略した表現。・・・好んで芥川は書いている。 ・逆説の書・・・聖書。 ・西洋と東洋の違いは、キリスト教のパラドックスにある。 ・「君看双眼色 不語似無愁」 ・省略されているが、死を意識している。 「続西方の人」 ・「或旧友へ送る手記」 ・聖書はわかるはずがない。分かるものではない。分からないように書いている。 ・理解できるほど単純でもない。 ・本当の理由? ・円谷選手の自殺・・・反面川端や芥川は純粋ではない。 ・キリスト・・ジャーナリスト・・情報の発信者。世界に知らせるのが目的。ベストセラーになる。今の人にはわからない部分がある。 ・キリストは演じている。後世の人に理解させればいいと思っていた? ・「聖書」・・すぐに理解されない。芥川の聖書に対する考え。知りたいという願望はあった。作家とキリスト・・・情報の発信者(ジャーナリスト)世界にあまねく拡げる。 ・太宰は、芥川のキリスト教観は正しいと言っている。 ・ヨセフとマリア。 違う男がいた。父。 ・山本夏彦・・・キリストを全部知っているマリアにはカタなしになる。 ・故郷には戻れない。有難味がなくなる。効力がなくなる。 ・台所には死骸の一つ二つ転がっている。 ・「炉辺の幸福」のうそ。 ・マリアとイエスは一緒にはいられない。 ・イエスは天才。 ・ラサロはキリスト教を残すために生き返らせた。 ・涙を流した・・・キリスト・・・生き返らせた。これがきっかけで十字架に架けられた。イエスの悲劇の始まり。
2017.08.31
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これだけ科学が進んでも、まだお盆などといって、訳のわからない話も飛び出して、いったい、私たちはどんな社会に暮らしているのか、時々理解できなくなるようだ。観察や洞察も簡単ではない。一面だけ視ては、間違ったものにもなる。或る人から視れば他の人の評価も違う。人は単純ではないし、豹変もする。外に出なければ知らなくて済むことも、このまま洞窟の中で暮らしてもいられない。 ・大津波に呑み込まれたひとたちは、抗うこともできず生命を奪われてしまった。自然の力の脅威を侮ってはならない。小さな力もあれば、時には島さえ沈没させるだろうし、あのエベレストの頂上近くには、海底の証拠である化石もある。ぼんやり生きているが、昨日お盆で郷里に帰省して、車であちこち熊本の現在のありようを視てきた。昔と変わらない風景があり、人の様子も変わってしまった。何も驚くことはないし、寂しいわけではない。そうあるのは当然の帰結に過ぎない。 ・へ2・・・社会という器も、ひとは消えていく存在である。自分を援け育んでくれた人たちも、もう故人でしかない。お盆は、また自分という人の姿を写す鏡でもあると思った。 もともとお盆も正月も、世間の行事でしかないと思ってきた。伝統というのは、古い人間たちの住処のような気さえする。上手に使い分ける人たちが世渡りもうまいに違いない。その抵抗があまりなくなってきたのも加齢からだろう。というよりも一々逆らうのも馬鹿らしくなったのだろう。他人は他人で自分は自分ということもある。社会に適応するとは従属することではない。
2017.08.31
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理想と現実は違うのが普通だが、あまり違いすぎるのも嫌になる。都知事も、或いは首相も、もっとふさわしい人はいないのだろうか。自画自賛するひとしか出てこない。そもそも財力やパトロンがいないと出れないというのも可笑しなことだ。泡沫候補では仕方がない。選挙制度も時代遅れなのだ。社会システムが遅れているのもある。 ・肝心なことをしないで、どうでもいいことばかりする。自己保身のために動いているからだ。ポーズだけ、選挙の時だけ。虚栄の社会が人間を乾燥させている。土壌がこれでは人材は育たない。次々に犯罪が起きているし、自然災害もある。これだけ不穏な事態が続けば警察国家になっていくのではないだろうか。 ・へ2・・・空白の20年が過ぎていく、日本経済は、デフレ経済から抜け出してはいない。これかで日銀がやっても期待インフレにはなっていない。ビジョンのない経済であり、日本の政治だ。それを黙過しているのは国民の責任でもある。知識人たちが、沈黙の羊なのだ。政治家に相応しい人がいなくなっているのは、日本の危機だ。
2017.08.31
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生まれて、肺呼吸をしたときから人生の旅は始まるが、やがて自分を発見し、それからどれだけ視野を拡げられるかでもある。昨夜のダークマタ-の話は面白いと思った。雑誌のニュートンを読んでいたが、ひとは、次々に新しい発見をしながら、ここまで来たという感じがする。それは個人としての自分だけの世界ではなく、類的存在としてヒトの進化のことでもある。この世で起きている事のほんの僅かのスペースしか知らないが、それでも21世紀に生きている恩恵を感じる。 ・ひとは物質を発見し続けてきたが、それでもまだほんの一部しか知っていないことを改めて思った。ダークマタ-という星間物質は光学的に観測できないだけでしかない。それと同じように、この社会には、自力で光っていないだけで存在している多くのものがある。それが、あって成り立っている世界であるのかもしれないからだ。まだ未知のものが溢れているのだから、知らねばならないことはある。 ・へ2・・・人は、人生で何を発見できるかでもある。それは考えるのを止めてしまえば終わる。終わりたい人もいるかもしれないが、私にとっての新しい発見は、人生そのものでもあるだろう。ダークマタ-の存在まで、自分の脳をつれていけるかだ。
2017.08.31
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問題は極小粒子の人体への影響だ。人の肺の奥まで入り込んでくる。肺胞に極小粒子が付着する。・炎症-肺胞損傷-慢性呼吸器症-喘息。 ・毛細血管-毒性物質の流入-血液粘度増-血管収縮 ・人の肺は、酸素を吸い炭酸ガスを出す。 ・地上のオゾンによる影響。胡瓜の葉が汚染で白くなる。写真添付あり。 <自然発生源> 火山爆発、大規模山火事、黄砂、植物による炭化水素の発生源、花粉。アレルギー発症。 春に木、秋に草による花粉 <人工発生源> 家庭の暖房、製造による汚染、自動車の排気ガス、ゴミ焼却、火力・ガス発電による汚染。 ダイオキシンの問題。 生活の中で発生している極小粒子が人の肺の中に入り込んでいる。 殊に、Road Particles が問題。 ・排ガスだけでなく、道路のアスファルがタイヤによって削り取られ空中にまき散らされる。 ・タイヤの摩耗。 ・排ガスが太陽の熱で変化する。 自然から発生する土地や海などの極小物質は無害だが、人工的なものは有害になる。 <室内空気汚染物質> バイオエアゾル 粒子上物質、ガス上物質、微生物、その他騒音、放射線。 コピー機や事務用品などによるオゾンが人体にどのような影響を及ぼすか?
2017.08.31
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アメリカの活力は、異文化の坩堝だからだ。然も黒人差別と女性差別の克服をずっと続けている。変動への動力は、同質ではなく、異質を取り入れることで活力化が可能となり、進歩が生まれる。差別を克服し ようとして、アメリカは勢力の拡大を可能にしてきた。日本の場合は、同質な文化を守ろう とし、異質を排除したために政治的動態が閉塞している。 世襲は、衰退の幕引きをする。北朝鮮もそのことに何れ気付くだろう。日本も異文化を積極 的に導入して行くべきだ。純血主義は、リスキーな選択に過ぎない。 かって、教養のない下級武士が明治をリードしたように、地方出身者が、躍り出て、国を活性化し た。世襲を以て謀ろうとしても、ことは成立しなかったに違いない。 日本の政治も、旧弊を捨て切れないようでは、真の活性化は望めない。 日本の政治が低迷し、疲弊しているのは、政治家が多く世襲でしかないからに他ならない。 勿論政治ばかりではない。異質を拒絶しているセクトはどこも同じだろうと思う。 アメリカの活力は、異文化の坩堝だからだ。然も黒人差別と女性差別の克服をずっと続けている。変動への動力は、同質ではなく、異質を取り入れることで活力化が可能となり、進歩が生まれる。差別を克服し ようとして、アメリカは勢力の拡大を可能にしてきた。日本の場合は、同質な文化を守ろう とし、異質を排除したために政治的動態が閉塞している。 世襲は、衰退の幕引きをする。北朝鮮もそのことに何れ気付くだろう。日本も異文化を積極 的に導入して行くべきだ。純血主義は、リスキーな選択に過ぎない。 かって、教養のない下級武士が明治をリードしたように、地方出身者が、躍り出て、国を活性化し た。世襲を以て謀ろうとしても、ことは成立しなかったに違いない。 日本の政治も、旧弊を捨て切れないようでは、真の活性化は望めない。 日本の政治が低迷し、疲弊しているのは、政治家が多く世襲でしかないからに他ならない。 勿論政治ばかりではない。異質を拒絶しているセクトはどこも同じだろうと思う。
2017.08.31
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歴史からなにを学ぶかである。なぜ日本人は島国根性というのだろうか。国家と個人の関係は、措かれた環境で世界観も違うのだろう。誰が言うから正しいのではなく、正しいものは正しいのでしかないが、その時々の時代で意味が違うだけだ。受けた教育もある。戦前の非国民が大手を振っていけていけるのは、憲法があるおかげでもあるが、そのことを目先の利益のために放棄してしまうかもしれない。 ・何故、そうなるのだろうか。古典を読んでいると、人間の歩いてきた歴史とは、愚か者たちの繰り返しでもある。なんど殺されても過ちを繰り返し続けている。懲りないが、生命力もあるのだろう。個人は犯罪を犯せば処罰される。国家は法の実行者でもある。国家は法に従い刑の執行が許されている。そのためには適法な法の手続きが必要であるが、それは悪法も制定できるということでもある。 ・へ2・・・現在、安保法案が制定されようとしているが、適法に従っている。それを多くの国民は不安な眼で眺めているだけだ。感覚では分かっていても、権力者たちは危険な道を歩きたがるのだ。それが彼らのしたいことだからだろう。血が流れる。そして戦争が津波のように押し寄せてくるのだろう。知らないのは今のうちでしかない。
2017.08.31
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ルソーは「卑しい暮らし」をしてきた。その赤裸々な告白をしている。「告白」の現れたころのヨーロッパ文学には、その宗教観の故に美しい自然描写はかつてなかったのである。どうしてルソーは、自然美を発見しえたのであろうか。たまたま「自然の美しさ」にぶつかったというだけではない。 人間ルソーをきわだたせるのは、ひとつは彼のふかい個別性の意識であるといわれる。ルソーは、この真に新しい理論家は、また新しい文学的イメージをつくりうることを証明した。 「思い出すのは、郊外のローヌ河だったかソーヌ河だった忘れたが、その流れにそった道の上で、こころよい一夜をすごしたことだ。対岸の道にそって、庭が段々になってつづいていた。その日はたいへん暑かった。夕方は気味が良かった。露がしおれた草をうるおし、風はなく、静かな夜。大気はさわやかだが、つめたくはない。すでに沈んだ太陽は空に赤いもやをのこし、その反映が水面をバラ色にそめていた。・・・」 「ちょうどわたしの真上に夜鶯が一羽いて、その歌をききながら眠りに落ちた。眠りのこころよさ、それにもまさる目ざめのこころよさ。すっかり明るくなっている。眼をひらくと、水と緑とすばらしい景色。起き上がって、からだをひと振りすると空腹を感じる。残っていた6フラン2枚でうまい朝食を食おうと、陽気に町の方に歩き出した」 (桑原武夫訳より) 描写の美しさには、文学史的にも定評がある。まさに東洋的な感じさえする。独創的な思想のみが独創的な告白を生み出すのであろうか。
2017.08.31
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面子に拘るひとが多い。形あるものはいつか壊れる。「壊れるから よろしい。」のであればやはり拘りではないだろう。或いはひとに対しても拘る 人がいる。何故だろうか。自分の個体以外は、全部非個体である免疫の世界 が生命を支配しているだろう。他を愛するポーズが生きるうえで有利な為だろうか。 「あのひとは、面子に拘るひとだ。」と、安心できるとも思えないが。 何かを信じたい気持ちは分からないでもないが、それは本当はどうなのだろうか。今日本の世界一がどれだけあるだろうか。金メダルも見せかけでしかない。狭いエリアで競技しているだけだろう。黒人たちが、本気でやったら世界記録も変わるに違いない。何をいまさら,国防だろうか。70年間も戦争をしていないのだ。論理で、生きていくしかない。 守るべき面子などありはしない。 恋愛や結婚もその他のことも、ひとは元来気紛れなのだ。というより、自分 で自分のことを理解していないのかも知れない。それが、ひとや物への拘り になるかも知れない。本末転倒がよく見られるのは個人的理由があるにして も、いつかは、自然淘汰されるだろう。 生物学では、ひとの退化も進化のエリア内だと言われる。手足もいつかその役割を 終わる時がくるに違いない。美しい肉体も、そう思える感情もいつかは変わるだろう。 拘りは、視野を狭くするに違いない。明日には持って行けない、ひとの特質 ではないか。あらゆる方向に進むようにできている生物は、いつも拘りを 棄ててきたのだ。
2017.08.31
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IAEA査察官は250人。世界900ヶ所の核施設を衛星画像などを使って日々監視を続けている。そこにあるのは人間のもつ理性や、信頼関係ではなく、国家のエゴに対する警戒でしかない。 ・ひとりの正気を失った人間がいればこの世界を破滅へと導く。ボタンを押しさえすれば核兵器はどこにでも飛んでいく。そういう世界にしてしまったのは科学技術である。科学の進化はそれこそ誰にでも高濃縮ウランを製造できるまでになってしまっている。あの北朝鮮でも保有が懸念されているが、それだけではない。安保理五カ国だけの保有ではなく、インド、パキスタン、そして、イランがIAEAの査察を拒否している。 ・確かに核拡散の防止も五カ国の論理でしかない。自分たちは保有しながら、他国には核放棄をしろというだけでは公平さに欠ける。核兵器を廃絶すべきだ。そうしなければ世界は安心できない。カスケードのパイピングで0.7%の天然ウランから5%の低濃縮ウランの原子力発電ができ、さらに90%以上の高濃縮ウランの製造は簡単に可能であり、それによって最後の切り札にしたいという誘惑はどこの国にもあるだろう。そして、それは現にイスラエルには200発のミサイルが配備されているといわれる。然も、それをイスラエルは隠している。
2017.08.31
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和白干潟 シラサギ・血管が脆くなるのは中々分かり難い。じわじわとくる。DMもそうだが、健常者よりかなり寿命が短くなるのは血管がやられることが多いためだと言われる。 ・へ2・・・先日も知り合いの人がクモ膜下出血で亡くなった。彼は酒の飲めない人だったが禁煙しなかった。毎年胃カメラで胃腸の検査を怠らなかったが、血管それ自体についてはそれほど関心がなかったようだ。何度も母の話をして恐縮だが、私は多くを母から学んだと思っている。それはおそらく個人的な体験があるからだろう。実社会に出る前に母の胃がんの看病という体験からスタートしたからだ。その時アメリカで血管の研究をした若い外科医が母の担当医で、風変りな付き添いに同情して、色々教えてくれたが、母はDMで血管が脆くなっていたらしい。注射を痛がったのも原因がそれらしかった。血管の劣化が早いらしい。 ・それこそ見た目より、血管だということだ。 ・へ2・・・人も顔も体も内側から変わってくるのだ。どれだけ化粧をしようとそれを止めることはできない。化粧品代で家が建ちそうな女性が多いけれど、それより自分の血管を大事にすることだろう。それと代謝異常だろうね。食べ物や運動やストレスや多くの要素が血管にかかわっているから、容易ではない。厄介な強敵だ。この身近な敵が、私たちのいのちを狙っている。 ・自分の血管が脆いとか簡単にはわからないだろう。注射でもしてベテランのナースでもないとその硬さなどがわからないだろう。そういえば、君は毎月血液の検査をしているが、ナースに、時々そのことを訊いているようだね。 ・へ2・・・まあ気休めだけどね。それでも、少しは解るらしい。医師になると総合的に解析する。皮膚の表面とか、血液の検査結果などで、およそのことは分かっているだろうが血管のことまでは専門医でないと詳しくは解らないだろう。高血圧とか、血管を流れるどろどろの血液とかで血管が脆くなってしまう、いつ決壊するかは日頃の注意にかかっている。出血の場所だけ問題ではない。血管そのものだ。 「ひとをころすにゃ・・・血管ひとつ」
2017.08.31
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テーマ「自分らしい生き方探し」臨床心理学 H講師 ・「価値観」と「生きがい」がキーワードになる。 ワークショップの手法による体験型学習について ・自分にとって重要な体験を書き出す。6件以上。 ・もし抵抗がなくできるとしたら何がしたいかを書き出す。6以上。 ・上記項目の中で共通するものから、自分にとって大切なテーマを見つけて 書き出す。3件。 ・自分にとって、大切なものが何で、自分らしいビジョンを描き、自分を引き ・止めている存在を知ること。内なる知恵に耳を傾ける。 >自分を引き止めているものとは、 ・おカネ、時間がないから無理 ・自分は怠け者だから ・どうせうまくいかない ・まわりの反対、批判される ・もっと余裕のあるときに遣ればよいだろう ・今更遅いよ etc. >心理学者フランクルは、「夜と霧」の中で、アウシュビッツでの体験で 逆境で生き残れるのは、未来への希望を持つことだという。 >生きがいとは、充実感をもち、内なるコンパスがあり、社会的認識 と活力あるエネルギーを周りの人にも与え、未来への展望を持つことだという。 >夢の実現には、 ・遣りたいことを誰かに宣言する ・自分に夢を見ることを許す ・「抵抗」にコントロールされない ・偶然の一致に注目する ・小さな一歩だとしても、いま踏み出す
2017.08.31
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同一の文でも、文脈によって全く異なる物理特性をもち、あるいは、同じ物理特性が文脈によっては全く異なって聞こえる。 故に、言語は、生得的な言語能力によって習得や経験の積み上げでは習得不可能であるという。(ある「人間を科学する」という講座から引用した。) ・語彙を理解したからと言って、文が書けるわけではない。小説はひとつの事例でしかない。すべてを表現することなどできはしない。まして短歌や俳句で、それが、どれだけ優れたものであっても限界があると思う。それは短歌や俳句の世界で通用するものでしかないだろう。日本文学も日本という国が作り上げた文化の一現象でしかないだろう。お山の大将も所詮は狭い世界の話だろう。そして、現代は「あなたが、「おもしろい」と思ったことを、「あなたがやりたいやり方で」やりなさい」としか言わないのだ。 ・へ2・・・それは認識科学が、いかなる意味での「科学」かを問い、新しい意味での「科学」を、「ホント」であろうと「ホント」でなかろうとも・・・「おもしろい」をつきとめることが、「ホント」を突き詰めることになるというのだ。成程。広い視野という漠然としたものでは宇宙など分るはずはないのだろう。
2017.08.31
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和白干潟 2016.8.31ブラックボックスではないが、ある企みのある社会だ。狭い隙間から社会を学び始め漸く総 体が視えてきた頃には手足が無くなっている。何も言えなくなってしまうのだ ろう。砂浜で築いた砂の城は、一つの波で消されてしまう。涙の雨も降るわけ だ。ひとは後悔するために活きているだろうか。ただ成し遂げられそうもない 夢を嘆いているのだろう。個としての人間の存在が益々小さくなっている。人 間の存在が神の末裔のように見えた存在から、コペルニクス的転回がされて、 地球でさえ、宇宙から見れば砂の一つでもない。人のたくらみもそれは、無意 味なのだろう。何の重さもない。時間の中ですべてが消滅してしまうのだ。月 面から中継されていた漆黒の宇宙が普通の宇宙の容であり、私の仰いでいる宇 宙ではない。夢はいつまでも続かないだろう。 ワンウエーのブログで申し訳ないが、プライベートな交流は余り過ぎではない。どうせそれこそ心中するほどのこともないのだろうし、それだけの私には熱意もない。ぼろぼろと朋友は死んでも行くのだろう。熊本に父母のお墓があるが、そこに入ることになるのだろうか。その準備をしているのでもない。妻子は何も知らない。云ってもいないからだ。これまでそういえば葬式のことなど考えてもいない。引揚者で、父母は一から戦後から始めたのだから、財産らしいものも残してはいない。私はやっと住宅ローンで自分の家があるだけだ。それこそカネと時間があったとしても、碌なことはしなかっただろう。女を泣かしたとしても自慢にはならない。ケチな人生と思えば卑屈にもなる。もうすぐ4時だ。鳥渡でもウオーキングをして来よう。雨でなければだが。
2017.08.31
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人生は出たとこ勝負だ。いつも好きな場所ではないし、気分よく働けるとは限らない。偶々であった女房だし、事のついでに暮らしてもいる。国内旅行をしているが、別にしたくてしているのでもない、事の成り行きでしかない。 ・それでも日本もいいところだとは思う。自分で住んだことがないから北海道も東北もいいと思うのだろうし、高野山だって、暖かい時期に観光に行くのだから、よさそうに思うのだろう。厳しい修行の場でもある。物見遊山とはそういうものでもある。軽薄で皮相でもある。然し、どれだけ理解し、同情したとしても、その人の苦しみに代わるわけではない。所詮は他人事でしかない。 ・へ2・・・その人の苦しみはその人のものであり、深い悲しみがあり、それを乗り越えた感動も自分で味わうから価値がある。初めての体験をして、だからこその挫折や、克服した喜びもある。自分の人生をグラフにして、その浮き沈みを考えていた。すべてが夢のように過ぎたが、生きるか死ぬかの修羅場を経験したことはない。それは少なくとも不幸ではない。
2017.08.31
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作家は、オリジナルであろうと苦心して出来る人とできない人がいる。そう思う。そっと他人の才能を盗んで自分の物に消化して、それを違うものに作り変えることはどうなのだろう。同じ言語だけでなく、翻訳もある。漱石の弟子たちが、小説家になることもある。精神ですら、誰かの延長でしかない。自分とは何だろうか? ・何かや、誰かの真似をしている。と言えなくもない。多くのフレーズを記憶することが優秀なのだろうか。ことばを知らない人が、豊かな感性を以って人生を活きていないとも限らない。文字を知らなくても、神や家族や、愛国者もいたのだ。無教養なひとが、英雄的な生き方もしている。作家になるわけでもないひとが学ぶ文学もあって好い。 ・へ2・・・70歳代の文学講座を受講しているひとが、もう受講しても頭の中に残るものは、たいしたものではないと漏らされたが、本音でもあるだろう。そこまででもないが、私もその淋しさを痛感している、だが、何かを学びたいという真摯な気持ちがないとは言えない。オリジナルはどこにあるか。それを見つけられるか。挫けない精神こそ、価値があると信じたい。
2017.08.31
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老いの一徹という言葉を思い出したが、どんな意味だっけ。朝起きて、汗を掻いていたので、水シャワーをしたが、気温は26℃で、そろそろ9月になるし限界か。今年は猛暑が続いたが、記録破りの暑さだった。冬も電気炬燵だけで過ごしたし、かえってそれで風邪もひかなかった。 ・昨夏も、水シャワーを浴びていたので、冬も何とか乗り越えたと思う。思うだけかもしれないが、何かしていれば、気休めにはなるようだ。散歩をするのも、自分の住んでいるところが安全かどうか毎朝確かめる一助にはなるのだろう。オワフ島の広い公園を歩いた時、早朝からウオーキングをしている人たちを見て、自分もやりたいなと思った。 ・外国に初めて行って、そう思ったことを今続けている。海外ツアーも、好いことはある。リタイア直後に、それまでの何となくもやもやしていた気分が晴れた気がした。過去をくよくよ思い悩むことはない。これからの自分の人生は、自分のためにあると思った。どんなに心のうちに悩みがあったとしても、「グッ・モーニング」と声を出すことができれば、聴いた人も気分がよくなるのだから。それは自分がそうだったから、おそらく他人もそうに違いないのだ。 ・へ2・・・他人には、自分の苦しみは解らない。それは解らなくても少しも私は困らないではないか。自分のことは自分で悩めばいいだけだ。他人の邪魔をすることはない。然し、自分も楽しい人生にしたいのだ。そのための努力を惜しまない。それでいい。
2017.08.31
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・戦後の日本人は平和憲法の下で、それが押し付けであろうと、兵役の義務に苦悩することなく暮らしてきた。そのことで他国とちがう生きようをしてきたことは確かだろう。ことに体力のない者にとってはなおさらだ。戦前兵役検査で甲種合格というのがあったが、そうでないものは劣等感をもったという。兵役を担えないものは一人前とはされなかった。兵役義務がなくなった意味は小さくはなかったはずだ。 ・第二次世界大戦のニューヨーク・タイムズの記事を読んでいると、胸が苦しくなる。日本兵は殆ど兵役義務で兵隊になったが、それは狭い国土であり、食料と原材料の需要をまかなうためであり、戦場では充分な兵站や飢えを満たす食料を持っていたのではなかった。多くは現地で調達するという乱暴な戦略でもあった。そのために現地人からの略奪というかたちを取らざるを得なかった。しかしそれは相手国から言えば、紛れもなく血に飢えた強盗であろう。世界の目も同じだ。根底にはあるのはドイツも日本も自国の国力では拡大は不可能だったということだ。 ・へ2・・・それでもなお戦争を正当化することはできない。その他の道を選ぶことはできたはずだ。軍人であろうと残虐行為が許されることではない。為したことの責任はそれが誰であろうと問われるのは当然だろう。寧ろドラステックに究明されねばならない。国民を狂気に追い込むことはさして難しいことではないことが歴史をみれば理解される。それは人間がもつ利己的な遺伝子によって由来するものでもあるだろう。だからこそ、狂気に走る前に理性を働かせねばならない。そのことを肝に銘じなければ、またぞろ戦争をするかもしれない虞があるだろう。 ・ひとは情緒を豊かに持ち、他人に対する憎しみではなく、生きる喜びを自分のうちに満たして措かねばならない。そうしないとこころが枯渇し、死をも怖れない絶望を持つかも知れないからだ。 独りの敵も作れないものに、一人の友人も作れないという名言があるそうだ。
2017.08.31
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これまで生きてきたが、はたして自分の受けてきた教育がどれだけの価値のあるものであるかよくわからない処がある。それは食べ物に似ているようだ。なにがどのように栄養素が作用して、どのような形になって、自分の体に作用しているか隅々まで理解しているわけではない。たんぱく質とか炭水化物とかビタミンといったところで、恐らくミクロの世界になれば専門家だってどこまで解かっているかわからない。或るものは他のものと混ざり、そしてさらに他のものと溶解して変化もする。 ・梶井や堀辰雄は、これまで殆ど読んだことはない。作家と作品くらいはテストで覚えたが中身までは知らない。そういえば教育と言っても入門編を遣ったくらいだろう。社会で役立ったことがどれだけあるだろうか。刷り込まれた道徳があり、親の真似をし、友人との遊びの中で学んだし、学校で自分より優秀な人間が大勢いることしり、博学の研究者に頭を叩かれもした。それで学んだと言えるわけがない。一葉や漱石や芥川など講座で一読して来たが、少し読書の仕方を教えられたと思う。 ・へ2・・・日本人が日本文学を学ぶことは考えてみれば、到って当然のことであり、老化して行く中で、私にとっても、ことばの世界は残された処女地でもある。自分にできることをすべきであり、できないことをしようとしてもできはしない。おそらく80歳まで生きていても、何も出来なくなるだろう。今のうちにしたいことをしておきたい。
2017.08.31
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現代科学が、医学という分野で、これから進もうとしている進路は、ヒトにとって重要なテーマである。人にとって加齢は、避けて通ることのできない我が身の問題でもある。それに対して、どれだけの知識を持っているだろうか。日頃考えていることを整理しておかないと、自分の寿命の短縮を加速しかねない。脳のはたらきがどうして加齢によって鈍くなっていくのかメカニズムを知っておくことは必須でもあるからだ。「神経細胞をつなぐシナプスの可塑性が減って情報伝達がスムーズに行かなくなるから」であって誰にでも起きる。皮膚の衰えは、細胞外基質のセラミドとコラーゲンが減ることであり、筋肉量が減ることが特徴でもある。摂取カロリーが少ない方が寿命は長くなり、生き生きと生きられる。 ・世に流布されている情報が正しいものもあれば、誤解や、勘違いもある。私も紆余曲折で生きている。何が正しいかは容易に知ることができるわけではない。決してこの社会は、甘くはない。日本人の寿命が延びたのは、社会がそうしたからではない。結果的にそうなったというだけだ。平均寿命はすべてのひとに当嵌まる話ではない。私は毎月、専門医に診察して貰っているし、入院して精密検査をしているが、それで長生きできるわけではない。自分でやることをやらないとアウトだろう。 ・へ2・・・自分の庭からだけ世界を見てきた日本人でしかない。世界が日本をどう見ているかを知るべきだ。今度の衆院選の結果を世界は注目している。それは日本の新しい時代だと見ていることだ。単に自民党が民社党に変わっただけではない。まだまだ日本は自分の殻に閉じこもっているとしか世界は見ていない。日本人には覚悟がいる。それは変革だ。意識の変革だろう。
2017.08.31
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父母はかなり前に亡くなったが、思えば親たちができなかったことを私たちはしているのだろうという認識はある。身内の人たちの多くが亡くなってしまったが、彼らとは違う暮らしをしているのだろう。自分がどんなに恵まれているかとかいっても始まらないが。いまだからできることがある。 ・いいことばかりではないが、できることをするしかない。父母は親の投資のない苦しい日々を過ごして、息子だけはそういう暮らしをさせたくないと言っていた。引揚者でもある。戦後の混乱期で苦労しながら育ててくれた。それを思えば、現在の自分の暮らしに不満を言う気にはなれない。 ・へ2・・・親たちの犠牲の上に私たちの暮らしもある。それに感謝しない訳には行かない。楽しさに浮かれるのではなく、すべきことを忘れないことだ。親の背中で学んだことはある。その意志を伝えなければならないと思う。 ラジオの朗読の時間で、鴎外の「阿部一族」があっていたが、熊本が故郷ということもあって中学生のころから何度も読んでは、切ない。なぜ殉死があるのだろうか。意地で死ぬことがあるのだろうか。そんな片意地は意地ではない。肥後はモッコスといって他人の話を聴かない頑固者が有名だが、屁理屈では仕方がないし、他人の悪口を安易にする傾向があるのは郷土の悪しき風習だ。それを鴎外は見抜いている。もう10数年同じ大阪の旅行社のツアーに参加している。DMが来て、妻が熱心に読んでいる。そこで見つけるのと、娘からの情報もある。それで、結構楽しんでこれた様だ。勿論格安ツアーばかり、ツアーにはリッチなものとそうでない格安ツアーがあるらしい。見るだけでも元気の出るものだ。
2017.08.31
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日本丸は泥船になったのではないだろうか。私には、その最期のシーンを視ることはないとしても一抹の不安はある。まもなく野田佳彦氏の首班指名がある。解ったようなことが淡々と進んでいるが、それがまともなのだろうかという疑念はある。政界や財界に野田氏への期待があるようだが、それだけ庶民から遠いのではなかろうか。 ・公約には経済優先の政策がいわれているが、災害復興にしても官僚には確たる長期ビジョンは見られない。国や政府に期待する方が間違いではないだろうか。期待すればするほど期待は裏切られてきた歴史がある。無いのにあるような話で、政治が行われ、蔭のある社会でもある。 ・へ2・・・独りの政治家で変わるような社会ではない。演説でも動かないものはある。普遍的真理がなければならない。組閣がおこなわれるが派閥の色濃いものになるのではなかろうか。そうなれば元の木阿弥でもある。少なくとも、内側から政治は変わらない。新しい発想が生まれるにはそれだけの条件がある。
2017.08.31
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多神教徒をみつけしだい殺し、またはこれを捕虜にし、拘禁し、あらゆる計略でこれをまちぶせよ。(第9 悔悟章5) ・・・そのとき、なんじらは、彼らの首をはね、また彼らのそれぞれの指先を打ち切れ。・・・信仰するものよ、なんじたちが不信者の進撃に遭うときは、決して彼らに背を向けてはならぬ。(第8 戦利品章12~) ・イスラム教では来世は現世のつづきであり、そしてアッラーのために死ぬならば楽園行きが保証される。ジハードに参加することは宗教的美徳の証とされたのだ。どうやら日本人の常識をはるかに超えている世界がある。 ・コーランの詩文は(伝統的な韻律詩文は複雑だったが)単純な韻律の散文詩で、誰でも唱えやすく、そのコーランの音楽性にも魅了されるといわれる。しかしそれよりも重要なのは、ムハンマドが無学文盲にもかかわらず、これほど美しい詩文をつくりだせるはずがなく、にもかかわらず、だからこそ、確かに神からの言葉なのだ、とアラブ人たちは信じたことだ。 ・メディナに住んでいた人々は農業で生計を立てていたが、ムハンマドが連れてきたイスラム教徒は農業になじみのない人々であった。そこで彼らは飢えないために、メッカからくる隊商を襲って金品を強奪した。事実上の強盗であるが、何かを生産するという観念がまったくないため、金品や女子を強奪することは正当な経済的行為として認められており、彼らの冒険であり、娯楽でさえあったという。彼らはこういう戦いを「ジハード」と呼んでいた。 ・私たちは自分の育った環境で、自分たちの世界観を作り上げる。それは生物の宿命でもある。神が存在すると教えられ、その教義を学べばそれを信じてしまうのは当然の帰結だろう。それでも、違う世界が存在し、違う言語ともに全く反対の教義があるかも知れないこともある。
2017.08.30
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肺に色んな病気を持っていたようだが、それが原因で、肺機能も落ちていたようだ。走るとすぐ息切れがした。いつの間にか走るのが好きだったのに、山歩きさえしなくなった。運動は嫌いではなかったが、気が付いたら殆どしなくなり、それがメタボの原因でもある。肉体的なだけでなく、メンタル面もあったのだろう。ひとつやふたつのことではなく、多重の原因が自分の体に蓄積されて行ったに違いない。 ・へ2・・・体質改善を心掛けたのは、かなり以前からだが、頭と体が一致しだしたのは、数年前からであり、それまで長い時間がかかった。気になっていたのは肺年齢でもある。頻脈の傾向もあったからだ。歯が大事だとか、足が第二の心臓だとか、色んなことばを聴いても、その意味が解かってきたのは、自分の体験がある。本当に理解することは難しい。よく美容の話がテレビであっているが、大切なのは肺でもある。呼吸が旨く出来なければ、どれだけ見かけに拘っても自滅するだけだ。 横浜市の鶴見区とか、大阪市の西淀川区とか、結構酷い空気の汚染されていたところに住んでいたことがある。期間は短かったが、都会で暮らしたのは、好いこともあっただろうが、体には悪い影響もあっただろう。それでも、都会でしか生きていけない人間は多いのだ。田舎がいいという人は恐らく過半数ではないのだろう。なにかより安倍政権がいいというのかもしれない。ベストではなくベターで選んでいる。それでもそれが正しい選択といえるのか。好い暮らしがいたいだけか。豊かな暮らしとは何かでもある。リッチとか、セレブも中身がどうかでもある。見栄ばかり張りたがる人間で日本の将来は明るい筈はない。
2017.08.30
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ヒトのルーツを知れば、だれもみな野蛮の血が流れていることを知るのである。そしてそれが未だにあるのだろう。「社会的ステータスがその人の意識を決定する」という法則があるが、オバマ大統領もやはりその分類から漏れないようだ。そしてアメリカの伝統は受け継がれている。人は野蛮なのであって、時に理性を取り戻すのだろう。 ・柔よく剛を制すも、じつは偶々でしかない。野生と理性と言えば、理性が常に勝つのではない。動物には理性がないだけだ。腹いせでヒトを八つ裂きにした犯罪者たちがいまだに後を絶たない。そして、憎しみに駆られて自分を見失う者もいる。復讐にも燃えた犬を止めるには骨が折れる。ショックでも与えないと止まらないものだ。 ・へ2・・・余程不利益を与えないと止まらない人は理性があるとは言えない。そしてそれは誰もが陥るだろう。正義の名のもとにことは為されて、多くの犠牲者がそのために出ている。戦争になれば罪もない人たちが死ぬことになる。タリオの法則が、さらに大きな犠牲者を出すだろう。
2017.08.30
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虚像のヒーローが時々話題になりますが、ハムレットがそうであるように悲劇は喜劇になるものです。それは繰り返される虚像でもあります。ある人はそれは、悲惨な悲しみと早く別れるために喜劇にするのだという。まだ西太后の話を読んでいますが、清国からみた西欧列国と日本が描かれている箇所がいくつかある。負けるはずのない小国の日本に負けたとある。日本の勝利は、中国には敗戦でしかない。日本人の英雄は中国人には大悪人でしかない。日本人が揶揄することが中国人は大切なことになる。 ・悲惨な現実と対峙しなければならないとき、物事を黒白で単純化しがちです。西欧人は卑劣で狡猾な「毛唐」であり、魯鈍な中国人であり、残虐な日本人であるのでしょう。創られた虚像が喧伝される。 ・もう虚像が働く時代ではない。けちなヒーローが物事にタッチすべきではない。真の実力が問われねばならない。大清国の崩壊はそういう意味では教科書ではないだろうか。 ・へ2・・・これからの日本は坂道を転がっていくのでしょう。それが緩やかな軌道を描くことになるか。それこそ、ポイント・オブ・ノーリターンなのかは、国民の意識次第でしょう。
2017.08.30
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措かれた環境で、政治的動物にも、経済的動物にもなる。人間は本来社会的動物である。政治が一部の者の特権に属していた時代ではない。社会を構成する国民の主権に基づいて政治が行われねばならない。 人民の人民による、人民のための政治だからだ。 (government of the people, by the people, for the people ) ・選挙の日だけが政治を考える日ではないが、政治への参加が多くある訳でもない。闘争ではなく、平和的に政治行動をするためには、現在は選挙を通じて政治的行動するしかない。さて、国民の見識がどのように表現されるのだろうか。「責任力」という何を責任と言っているのか分からない政党のスローガンがあったが、少なくとも政治的環境が悪くなるばかりでは困る。
2017.08.30
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ドーパミンは直ぐに消えてしまう。セロトニンは気分が明るくなる物質だ。コカインは脳内に侵入する。エンドルフィンは脳で生成して痛みのメッセージをブロックする。麻薬は模倣している。人間は仕組まれた化学物質で支配されている。アルコールは体内にある限り気分を高揚させ明るくさせる。カフェインは・・・・・。 利己的な遺伝子は、時として人間を支配しコントロールする。自分の身体は自分の物ではない。進化の歴史を刻んでいる遺伝子が自分の子孫を残そうとする戦略が仕組まれている。何か無駄な努力をしていませんか。そしてそれはおそらく徒ではない。
2017.08.30
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信号で停車したら、レストランにサラリーマン風の中年男がコ ーヒーを飲んでいた。 ふと思い出したが、東京の町田で、出勤前私も数ヶ月だがドトールコーヒー で朝食を摂っていたことがある。単身赴任をしていて、横浜市内から町田支店まで、暫く通勤して 都会の通勤生活を体験した。朝7時前にマンションを出て、東蒔田駅から地下鉄に乗り、新横浜ま で行き、JRに乗換えて、町田まで通った。所謂ラッシュアワーだ。大抵座席に座ることはできな かったが、帰りはどうにか座れることが多かった。町田駅周辺の混雑は、宇宙から見れば、まるで 黒い川が流れているように見えるだろう。それでも、慣れてくれば大した苦痛でもなく、朝からの モーニングサービスを愉しんでもいた。併し今考えると、それ程こころが豊かであった訳ではな い。多分、辟易しながら過していただろう。僅かなサラリーのために。会社に腹も立てていた。 それでも、土日には、公開講座や図書館通いをしていたし、気晴らしにあちこちに出かけた。行く ところは箱根から日光、鎌倉など多かった。 今考えると、もう少し遣れることがあっただろう。カネや体力があるときにはその思慮がなく、痛 い思いをしながらこれからはしたいことをしなければならない。若いころに脳にすこしの空地をつ くり考えることだ。すこしの思慮でいい。 この社会は、それほど手に負えないような世界ではない。自分が卑屈になっているだけだろう。
2017.08.30
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遺伝子に関係する病気でも、発症するのとしないケースがある。遺伝子をも って生まれたから、必ず発症するとは限らない。ナルコレプシーの遺伝子を もった全員が発症する訳ではなく、発症しても完治もあるし、完治に到らな くとも生活上に殆ど支障のない状態に戻ることもある。 双子のケースで遺伝的な素因があるのに、片方はストレスが少なく発病しな かったのに、他方は過度のストレスに晒されたために発病した。睡眠不足やストレスの持 続などの環境因子が発症を促進する。素因があっても発症を予 防できる可能性があるということに外ならない。 それは、遺伝的素因と環境因子で病気は発病するのであり、正しい知識さえ あればうまくいけば予防できるだろう。必ずしも私たちの社会が、すべての個人の生命 を尊重している社会ではない。 勿論、複雑で且つ多くの難題を抱えながら生き延びてきた生物種でもあるヒ トであるが、無駄な血も流してきてもいる。全方位で生きてきたとすれば、 遺伝子研究は、種としてのヒトの生命の可能性を暗示している。
2017.08.30
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祖先の一種が突然に絶滅した理由が分らないのは読み解くべき化石の少なさである。原因が私たちの祖先が熱帯雨林を中心に生活していたため高温多湿の熱帯のため、死体がすぐに分解され、化石として残る可能性が少なかった。乏しい化石を求めて、多くの研究者が灼熱のアフリカで懸命の発掘をしている。相手は茫漠たる熱砂の砂丘である。見つかる保証はどこにもないが、彼らは見つかるまで続けるだろう。一片の化石を探求し続づけている。それが彼らの仕事だから。 ・暴力を肯定することは決着については近道かも知れないが科学的な答えを得ることはできない。膨大な砂丘で探さねばならないのは、祖先の一片の化石なのではないだろうか。そこで探してもすぐに原油は出てくるかも知れないが、それは科学的真実ではない。 ・へ2・・・それぞれの探し物はあるだろう。そのダイヤモンドのような化石の一片を探す価値はあるに違いない。なぜなら、私たちは「40億年にわたる命のリレーによって支えられた存在」の一つでもあるからだ。
2017.08.30
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勿論、自殺は誤った解決策だろう。でも、案外それに近いことを遣っているのではないだろうか。 雨が降れば、気が塞いできてやる気を失くすかも知れない。他人から好かれないからと陰気になる ひともいるだろうし、何の支障もない身体や顔のことで悩むひとも多い。 まさに、「自分の行為が原因となって自分の身を滅ぼす」ことばかりしているのではないだろうか。 誰も自殺しようなどとは考えないだろう。併し、日本人は年に何万人も自殺するという。それは、 追い詰められると、普通の人間も、遣るかも知れないということではないだろうか。自分を傷つけ るだけではない。他人を傷つけることにもなるのではないか。意識は脳でつくり出しているから、 脳は自分を守ろうとするだろう。必ずしも、最後まで自分の行為をコントロールできるとは限らない。 学識者が、破廉恥行為をするのも、説明することができるだろう。脳の荒業の為せることだろう。 「自滅」するのは、自分の行為が原因なのだから、そうしないように努力すればいいのだ。ことは 簡単だ。自分を好きになり、周囲のひとを大切にして、環境に適応すればいい。自滅しないために。 何てね、いうのは簡単なのだろうか。新島襄は、函館から海外へ出発したらしい。アメリカへの密航だったが、のちに留学生として認められた。 ついNHK的解説というか、それこそ 表面的繕いのような論理を身に着けてきたのだろう。それでいいわけはない。2011.3.11 原発事故の時、当時毎日のようにあっていたNHKの解説者の原発事故の解説を聴かされていたものだ。誰もそのことにならされていた。前向きな話になっただろうか。誰に責任があると。滅入るような話ばかりしていた送り手たち。何をすべきかわからない大人たち。時間ばかりが流れてしまった。こどもたちはこの国の社会のネガテイブ・マインドを感じたに違いない。なにもしようとはしないのだと。
2017.08.30
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カネに無縁というわけにはいかない。然しカネに負けても、カネに踊らないことはできるのではなかろうか。カネから離れて活きていけることは有難いことでもあるだろう。カネなしでは生きていけないそれは確かだろう。社会で造り上げたルールには従って行かなければ生きてはいけない。現代社会は、どこの国家もカネで踊っている。そうしなければならない処がある。 ・明日は防災の日でもある。天災も人災もある。あらゆる災難が降りかかるだろう。誰にも絶対の安全地帯はない。生まれてすぐつねに死へのプロセスをたどっている。悦びの裏にはつねに哀しみが寄り添っているものだ。得ながら失い。喪失しながら再生しているものがある。これまで生きてきたが、拘ってばかりいて、カネに支配されていないだろうか。 ・へ2・・・求めれば求めるほど、その道は遠のくように思えてくる。地球は球形であり、地球を一周しても、さらに道は続いている。4万キロの円周をどこまで行っても終わらない。地球のどこにいても、カネに踊る人は踊るだろう。カネで踊らない人も何かで踊っているに違いない。何が価値があるかでしかない。 もしかしたら、数十年後には、英語圏になるのかもしれない。それとも中国語だろうか。あてにならない政治家たちは、 根なし草のようなことばかりしている。放浪の民になるしかない。ジャワ原人のように消えていくのだろうか。
2017.08.30
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何を食べるかで、考え方も変わってくる。人は見かけではないと思うが、からだは見かけの通りだとは思う。尋ねてみると大抵その人の体型の通りでもある。医者から言われて、ウオーキングをしているのだろうと思う人は、おそらく当たっているだろう。みるみる体型の変化していく人もいる。それだけ強い意志があるのだ。本気で遣ろうとしてできないものは少ない。 ・福岡市の今朝の気温は23℃。昨日は最高気温も29℃だったが、過ごし易かった。猛暑日が続いていたから余計そう思うのだろう。今朝は、25℃超える日が数カ月続いた後なので寒く感じる。人間は、その想いでどんなひとにもなるようだ。酒や煙草も辞めようと思えば止められるに違いない。それがなければ生きていけないのではない。体重だって、食事だって、運動だって、そして仕事や生き方だって変えられる。宗教もそうだろう。 ・へ2・・・どんな環境でも生きていけるように人間にはその準備ができているし、そのための遺伝子が備わってもいる。私たちはそのルールを無視して暮らそうとばかりしているのだ。長年暮らしてきた祖先の土地で、それに適応して生き延びてきた自分のからだがある。若い時、中年の時、そして老人になって、そのからだが必要としていることをするしかない。
2017.08.30
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私たちは日ころから「普遍性」について理解していると思っている。そして疑おうとはしないものらしい。周囲の人々がその世界観や価値観をもっているという期待をもってもいるが、それが確信といえるか?ということがどこかで不安もある。常に検証しないと安心できない人間もいる。人々は或る種の共感の上に成り立つ社会の環境を夢想しているのかも知れない。少なくともそれでは挫折するのは目に見えている。 ・然し時々姿を現す現実社会に落胆もする。「普遍性の確信」が途端に崩れてしまうかも知れない。教育システムは「現実」と「理想」の存在を証明しようとはしなからだ。現実は、理想社会ではない。テキストに書かれたものと違う環境にさらされている。 ・へ2・・・幼児教育から「普遍性の確信」についてのスキルを受けていないが、これからでも、学ぶ努力をすべきだ。何が「普遍性」といえるかを検証しなければならない。それは社会と個人の問題でもある。そして国際社会で通用するものかだ。世界から孤立しては意味がない。小国であろうと大国であろうと・・・。
2017.08.30
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