全971件 (971件中 1-50件目)

「世界に一つだけの花」の歌詞は、槇原敬之作で2003年紅白のトリだっ た。この自己肯定は、この時代のことばの軽さと危うさを感じるだろう。 芭蕉の句に、 「よくみれば なずな花さく 垣根かな」 道端に生えた雑草が春先に小さな白い花を発見した感動を詠んでいる。 加藤周一に「小さな花」という詩がある。 「どんな花が世界中でいちばん美しいだろうか。春の洛陽に咲き誇る牡丹に非ず、宗匠が茶室に飾る一輪に非ず、チロルの山の斜面を蔽う秋草に非ず、 オートゥ・プロヴァンスの野に匂うラベンダーに非ず。 1960年代の後半に、ベトナム戦争に抗議してワシントンに集まったヒッピーが、武装した兵隊の一列と相対して、地面に座りこんだとき、そのなかの一人の若い女が、片手を伸ばし、眼のまえの無表情な兵士に向かって差し出した一輪の小さな花ほど美しい花は、地上のどこにもなかったろう・・・ 一方には史上空前の武力があり、他方には無力な一人の女があった。一方にはアメリカ帝国の組織と合理的な計算があり、他方には無名の個人とその 感情の自発性があった。権力対市民。自動小銃対小さな花。一方が他方を踏みにじるほど容易なことはない。 しかし人は小さな花を愛することはできるが、帝国を愛することはできない。・・・権力の側に立つか、小さな花の側に立つか、この世の中には選ばなければならない時がある。・・・」(1979年作) 加藤は、「知的活動を先に進める力は知的能力ではなく、一種の直感と結びついた感情的なもので、いくら頭がよくても駄目なんで、目の前で子供を殺されたら、怒る能力がなければなりません」と語る。 不条理に対する人間としての怒りを失ったら、それはもう人間ではない。 小さな花の側に立とうとする人間がいるから、明日に夢をもてるのだろう。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
スマートに消されると判らなくなる。手際よくされると信じてしまう。だか らこれまでの歴史は、「どんな世界も裏から見ればおぞましいだろう」と言 われるのであろう。私たちは、忘れられた案山子のように、刈り取られた田 圃の中で、風雨に晒されるだけだろうか。大事件だけが残る歴史でしか知ら ないで知識で何がわかるだろう。情報の氾濫のなかで現実が擦り抜けて行く だろう。人々は、歯噛みしながら受け入れるだけだろうか。それしかないの だろうか。空騒ぎがあるだけの人生だろうか。肯定だけの回答しか持たない 選択など人生ではないだろう。 混沌としている社会認識があるとすれば、真実も隠れていることを知らねば ならない。そして、当然知るためのプロセスが必然だ。そのためのライセン スはないが、長い隘路が待つだろう。 それまで届かなければ、やがて真実は消えていく。
2018.01.31
コメント(0)

カワセミ私たちは、自己認識による苦しみと、罪の意識や、羞恥心や、疎外感 や、フラストレーション等と闘っており、そのために甚大な代価を払い続け ねばならない。そのコストを埋めながらも他人のために尽すという誇り高い 精神を持っていることを忘れてはならないだろう。この利他的行動が、人類 の進化になくてはならない原動力でもある。 新生児は、自分と周囲の世界の間に境界があることに気づかない。自分が介 添えをする人たちから独立し、切り離されていることを理解しない。 例えば、「いないないばあ」で劇的に証明される。母親が手で顔を隠すと子 供はその真似をする。併し子供が手を下ろした時、母親がまだ顔を隠してい ると、子供は、びっくりしてしまう。 2-3歳の子どもなら、1歳の弟妹がかくれんぼをしてもすぐ見つかること を知っている。1歳児は、見つかる前に隠れたところから飛び出してくるだ ろう。1歳児は、自分と他人との意味が判らない。これらは、脳の発達のプ ロセスが関与している。 3歳児が屋根の上にトナカイがいたといっても、うそをついているわけでは ない。その子は、ほんとうになにかを見たのか、話を聞いただけなの か、たんに想像しただけなのかをおぼえていない。その子がおぼえて いるのは、頭のなかで考えたというだけなのだという。 「幼いこどもはうそをつかない」 人間社会も、こうしたまだ未成熟な脳のプロセスを進んでいるのではない
2018.01.31
コメント(0)

カワセミ空を自由に飛ぶことはできないが、自分の力でどこへでもひとりで歩ける。健康といいたいが健常人とまではいえない病気を持っている。完治できないといわれている。薬とも付き合っていかなければならないので、大災害とか何か変事でもあれば、そして薬が切れたらすぐに日常は暗転してしまうだろう。ウオーキングで、その薬を3分1に減らせたのは一日2万歩を続けている理由でもある。 ・好きに歩けるということの悦びは、日々の暮らしのベースでもある。その延長に自分のアクション・フレーム・オブ・レフアレンスもある。今日は。NHKTVの60周年の記念日だという。初めてテレビを見たのは、熊本の済々黌が甲子園の春の高校野球で優勝した時だった。テレビが家に無かったから、近所の家で見せてもらった時だった。 ・へ2・・・個人的に、私を知っている人もブログを読んでくれているかもしれない。あんなことをいっていると笑っているのだろう。それでも好いと思う。好きなことができるだけ平和なのだ。人は一人で歩けること。好きなことができることが大切でもある。謙虚であるべきだろうが、あまり遠慮をしても時間は過ぎてしまう。さて、2月は「にげる」というから、気を抜かずに暮らしたい。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
怠惰に生きている所為か理解するスピードが気にかかる。恐らく緩むと腐敗 するか、リセットが早まる。問題は自分の処理能力でもある。些かADHD傾向 があるかも。殊に強制されると余計纏まりがなくなるだろう。今同時進行が いくつもあるがこれが個性かも知れないと自分では思っている。中々進捗し ないのは、オーバーワークかも知れないが、或る意味嘲笑ものであろう。 「ジョークのようで、ジョークでない」のではなく、ジョークのつもりで書 いている。どう受け止めるかは自由だ。 さて、歴史は客観的に語る権利を持つが、現在の国際社会にはその権利も能 力もないようだ。あるとしてもマイナーであろう。 更に、日本人の意識は、前時代的なステージだろう。裸の現実を見なければ 何もならないのに、せっせと自分たちの墓場を掘っている。 もう21世紀にはいり5年過ぎて、いよいよ文明はリセットされるだろう。 所謂右脳は、いくつもの現象をみているだろう。左脳が「ことば」に翻訳で きないだけだ。理解のスピードに係わるだろう。 そして、大規模な文明のリセットは、悲劇か喜劇か一方か双方だろう。 ひとの話を聞かない風潮が拡がっているのは、脳で聴いていないからだろう。 ビジュアルでも理解できなければ、そのスキルは間違いだ。ひとが専門を手 に入れたと同時に知的に去勢されるらしい。
2018.01.31
コメント(0)

怠惰に生きている所為か理解するスピードが気にかかる。恐らく緩むと腐敗 するか、リセットが早まる。問題は自分の処理能力でもある。些かADHD傾向 があるかも。殊に強制されると余計纏まりがなくなるだろう。今同時進行が いくつもあるがこれが個性かも知れないと自分では思っている。中々進捗し ないのは、オーバーワークかも知れないが、或る意味嘲笑ものであろう。 「ジョークのようで、ジョークでない」のではなく、ジョークのつもりで書 いている。どう受け止めるかは自由だ。 さて、歴史は客観的に語る権利を持つが、現在の国際社会にはその権利も能 力もないようだ。あるとしてもマイナーであろう。 更に、日本人の意識は、前時代的なステージだろう。裸の現実を見なければ 何もならないのに、せっせと自分たちの墓場を掘っている。 もう21世紀にはいり5年過ぎて、いよいよ文明はリセットされるだろう。 所謂右脳は、いくつもの現象をみているだろう。左脳が「ことば」に翻訳で きないだけだ。理解のスピードに係わるだろう。 そして、大規模な文明のリセットは、悲劇か喜劇か一方か双方だろう。 ひとの話を聞かない風潮が拡がっているのは、脳で聴いていないからだろう。 ビジュアルでも理解できなければ、そのスキルは間違いだ。ひとが専門を手 に入れたと同時に知的に去勢されるらしい。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
種の絶滅の急激さとは、環境の急激さに必ずしも比例せず、緩慢な環境変化が進行し、ある臨界点 を超えた瞬間に一気に絶滅するのだという。たとえば、水生の生物は、じりじりと死んで行くのではなく、 ある許容範囲を超えると一気に絶滅するパターンをとるのだ。それまでは、元気に泳いでいるのだとい う。他の種は平気だったりする。たった1乃至2度の境界線でしかないという。或いはその差はコンマ以 下もある。徐々に進む環境の変化に対して生物は、寧ろ鈍感でさえある。危険なものから逃れようと する余り、その時期を見失うのかも知れない。自分に口実を与えて何時までズルズルと日々を過ごして しまっている自分がいないだろうか。やがて、自分だけの「ヘイフリックの限界」が待つだろう。 身体を張ってひとは、生きているだろうが、上を向いたり、下を向いたりして前を見損なうらしい。 今の自分に気づかないまま時は流れて、その時は深まるのであろうか。 いつもここに戻ってくる。そして繰り返す。生きている限り。
2018.01.31
コメント(0)

種の絶滅の急激さとは、環境の急激さに必ずしも比例せず、緩慢な環境変化が進行し、ある臨界点 を超えた瞬間に一気に絶滅するのだという。たとえば、水生の生物は、じりじりと死んで行くのではなく、 ある許容範囲を超えると一気に絶滅するパターンをとるのだ。それまでは、元気に泳いでいるのだとい う。他の種は平気だったりする。たった1乃至2度の境界線でしかないという。或いはその差はコンマ以 下もある。徐々に進む環境の変化に対して生物は、寧ろ鈍感でさえある。危険なものから逃れようと する余り、その時期を見失うのかも知れない。自分に口実を与えて何時までズルズルと日々を過ごして しまっている自分がいないだろうか。やがて、自分だけの「ヘイフリックの限界」が待つだろう。 身体を張ってひとは、生きているだろうが、上を向いたり、下を向いたりして前を見損なうらしい。 今の自分に気づかないまま時は流れて、その時は深まるのであろうか。 いつもここに戻ってくる。そして繰り返す。生きている限り。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
漱石にしろ神経衰弱でも辛抱強い。それはだから病気にもなる。とても凡人にはできない。鳥渡歩いては草臥れてしまう自分のような軟な形質ではない。風に戦ぐようなものではないのだろう。しぶとくらい動かない。確信があるのだろう。今朝の寒さに震えながらそう思ったりしている。 ・年末に向けて日の出が遅くなっている。夜長が長くなる。それでも冷たい空気を吸い込んでおかないと風邪を引き易くなる。免疫力を高めておかないとすべてが裏目になる。寒いから外に出なければならない。安倍政権は、うまく行くだろうか。彼の世界館には、古い日本の保守の体質がある。タカ派といわれるイデオロギーが国際社会に受け入れられるとは思えない。なぜそういう人を総裁にするのだろうか。そこに自民党の今日の限界があるようだ。 ・へ2・・・また同じ誤りを繰り返すのではなかろうか。余り政治のことに触れたくないが余計な時間が増えそうな気がしている。経済界はカネを遣うことでこの社会を動かそうとしているが、はたしてそれでいいのか。人間不在の社会が拡がっていくのではなかろうか。強者だけが生き残る社会になる。原発も戦争もありの社会になりかねない。厳しい目を以て古い体質を暴走させない勇気が必要だ。
2018.01.31
コメント(0)

アドレナリンとインスリンが拮抗して血糖量の調節する。ホルモンは、バランスを崩し続けている。そろそ ろ、癒しが必要だ。軌道は、想定外を走っているようだ。別に目先に拘り固まっていない心算だが、嵌るリスク はある。頑迷と無知が人間のすべてを破壊する。 休眠打破が必要だ。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
女性の相手を選択する能力はその ”Sign of good health”を持っているかだ。でなければ、「ハンサム・サン」を残せな い。それが、何なのか鳥でさえ知っているが、人間の感性は免疫系だけではない。何をも って、スキルとするのか、それさえ考えていない女性がいるとすれば生き残るべき子孫を 残せない。 ・鳥は空を飛ぶ。ひとには創造する能力がある。 ・自分を残した脳を最大限に利用したものが、生き残る権利があるのだ。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
9世紀末のフランク人の歴史著述家であるプリュムのレギノは、「部族の区別は、出自、慣習、言語、法に拠ってなされる」(diversae nationes populorum inter se discrepant genere, moribus, linqua, legibus)という。出自、慣習と並んで言語は部族に固有な判別標識であった。即ち、部族は言語共同体を形成したのだ。 言語の共通性は連帯感を促がし、異なる言語は、反感を生んだといえる。同じ言語や非常に類似した言語を話す異なる部族はお互いに同族と感じていたし、他の部族からもそのように見做された。 ゲルマン諸部族が、どの程度に言語上の諸部族と一致するかは、ゲルマン語学でも論議されているが、原ゲルマン語から、東ゲルマン語、西ゲルマン語、北ゲルマン語の3分流をへて、個々の部族言語へと分かれるという系統モデルは現在の研究では否定されている。 言語の役割についての研究は、文化の根底を揺るがしかねない重要問題だと思う。語学教育は そういう意味では、日本語文化の崩壊につながる危険をも包含しているだろう。部族イデオロギーを最も特徴的に表現している言語の存在は、安易なものであってはならないだろう。
2018.01.31
コメント(0)

カワセミ オス。自然に順応して人間は生き延びたのであって、人間が自然を克服したのではない。人間の驕りには果てしがない。自分のことを過信して尊大に振舞う人がいるが、あさましいというべきだろう。雑草でさえ、光をあてさえすれば宝石のように輝いて見えるものだ。まだその価値を知らないだけだろう。何かを支え健気でさえある。一人の人生もそうではないだろうか。自分が凡庸だとしても卑下することは何もない。 ・人としてあるべき生き方を謙虚に学び、他人とともに生きようとさえすれば、やがて道が開けると信じたい。紆余曲折が予想される。直線ではなく、スパイラルだろう。予断を許さぬ現実を忘れてはならないと思う。 ・へ2・・・軽佻浮薄が一般的な社会になっている。安易な判断が、人々を苦しめている。容易に落胆しない強い精神を鍛えねばならない。それを自然に学ぶことができるだろう。自然に親しむということが、そのことを必ず教えてくれるだろう。草花を愛することができれば、人間をもっと好きにもなるのではないだろうか。歪んだ価値観が、世界を覆っているのではないだろうか。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
カッパドキア自然に順応して人間は生き延びたのであって、人間が自然を克服したのではない。人間の驕りには果てしがない。自分のことを過信して尊大に振舞う人がいるが、あさましいというべきだろう。雑草でさえ、光をあてさえすれば宝石のように輝いて見えるものだ。まだその価値を知らないだけだろう。何かを支え健気でさえある。一人の人生もそうではないだろうか。自分が凡庸だとしても卑下することは何もない。 ・人としてあるべき生き方を謙虚に学び、他人とともに生きようとさえすれば、やがて道が開けると信じたい。紆余曲折が予想される。直線ではなく、スパイラルだろう。予断を許さぬ現実を忘れてはならないと思う。 ・へ2・・・軽佻浮薄が一般的な社会になっている。安易な判断が、人々を苦しめている。容易に落胆しない強い精神を鍛えねばならない。それを自然に学ぶことができるだろう。自然に親しむということが、そのことを必ず教えてくれるだろう。草花を愛することができれば、人間をもっと好きにもなるのではないだろうか。歪んだ価値観が、世界を覆っているのではないだろうか。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
トルコ 必ずしも暮らし易い世の中になっていくのではなく、昔が懐かしいことが増えてきたが、それは歳の所為ばかりではない。商業主義にならされた味覚とか、人の良い国民性とか、そういうものは作為的なCMとか、セレブ信仰とか、本当の自分を忘れさせる悪意のある扇動から来ている。アクドイ商法が未だにある。 ・美味しい野菜とか果物とか、知らないで育った子どもたちが大人になり、本物の野菜や果物の味を知って驚いている。未だ多くの隠された真実があり、汚染された毒で苦しむ日が来るのではなかろうか。水俣病を思い出す。その時政府や大学はどう動いただろうか。そして肝心の企業も、中々表に出て来なかった。芸術もクラッシックの世界に珠玉の作品を見出している。現実社会の中で、現代にある美しいものとは探さねば解らない。 ・へ2・・・汚れた環境で、汚れてしまった魂が喘いでいてもそれさえ気づかない。本当に美しい川や、海や山を知らない。飾り立てられた建造物しか美しいと思えなくなっている。質ではなく量でしか判断できない人間たちの社会が絶望へと向かっている。山ガール達が山に登り、こんな澄んだ空気があったのかと思うだろう。そしてこんな場所で子どもを育てたいと思うに違いない。福岡市の皆既月食は、今外へ出てみたが、薄雲がかかっている。これからこれから時々、外に出てみるつもりだ。切れ目から見えるかもしれない。
2018.01.31
コメント(0)

久し振りのカワセミ。思いつくままだらだらとお喋りをするのが落語の噺の本懐であるという。その場の雰囲気で、その場を盛り上げるビート武等の人気タレントの才能もその江戸からの亜流くらいにはなるのだと文学の講師の話だった。毎日、一日1篇、漱石は新聞社のために短編を書いたのが「永日小品」だ。短い期間で、作品を書きあげてしまう天才でもある。漱石から誉められた芥川は、そうはいかなかったし、その弟子の堀辰雄も、どこか世間と添わない処がある。堀は、自分の作品を何度も修正したらしい。 ・どうも幼児体験から来る作家の特性が作品にも顕われているらしい。作家の作風というのは、タイ焼きの餡子を換えているだけだ、と教授はよくいわれる。同時代人としての作家たちには、同じ血が流れてもいるらしい。漱石は群れるのが嫌いだったし、その形質は孤立し孤独になり自殺していった作家たちの宿命でもある。結核が、多くのひ弱な体を蝕んでもいる。堀辰雄は肺病を病んでいたが、自殺はしなかった。死と直面しながら戦後まで生き続けている。 ・へ2・・・人間の強さとは何だろうか?肉体ばかりではない。三島はボディービルまでしながら自殺してしまった。見棄てられたものたちの叫び声ばかり聴こえてくるような社会では未来はない。だらだら生きていると、人生疲れるのだ。死にたくなる人間も出てくる。自分で自殺できずに他人を無差別に殺す者までいる。黙って死んでいったひとたちの怨念が、墓の下から湧いてきているのではなかろうか。
2018.01.31
コメント(0)

ヒトが観ている世界は素晴らしい。生命の進化は劇的だ。顔がシンメトリーだとかどうかなどどうでも良 い。よってたつ人生の重みを学ぼうではないか。大衝突から始まり、全球凍結、海からの離脱、PT境界 期大量絶滅、大陸大分裂とアフリカからヒトは旅立つ。悠久の時を経て、さまざまの犠牲があり私た ちをここまで導いたのだ。そして、それはまだ旅の途中でもある。焦ってはいけない。 人生の味を噛み締めて、行かれよ。 いまは、平和な時間なのだ。ヒトが生きた第4氷河期の世代は最高に恵まれた時代ではないだろうか。 あと数百億万年に亙り、宇宙はインフレーションを繰り広げようと、斯くまでに素晴らしい 時はない。
2018.01.31
コメント(0)

カワセミ 2018.1.31. 福岡市東区。その人の立場によって、「現代の世界」の評価も違う。人々はその共通項を探している。それがまだ建前と本音がある。その間が遠いから困る。日本語でどれだけ世界に近いかが問題だった。国民に知らされないことも多かった時代が長い。鎖国の意識があったのだろうか。余計なことを知らせたくないという支配者が多かった。諸々の原因があって結果もある。アメリカのしてきたことがすべて善ではない。中国の政府のやっていることも後で現在と未来では違うだろう。 ・信じているのものの中に嘘もある。何を信じているかでもある。何でも信じてしまう人は騙される。虚偽が多い社会だからだ。或いは何も信じられない人は、ストレスで潰されるかも知れない。或いは病気にもなる。適度に信じ、適度に疑って、適応できるかが問われるだろうか。すっきりと過ごせないのが普通だろう。自分の体調も揺れている。保湿性も環境でその対応も違う。格差社会が大き過ぎると悲劇が起きる。 ・へ2・・・散歩に出るたびに、近くの調整池をのぞいてカワセミを探していたが、やっと池の小魚やエビを狙っている青い羽根の姿を見つけた。池の表面を覆っていた藻や草が無くなったので藻や餌が狙いやすくなったのだろう。
2018.01.31
コメント(0)

アオサギ(オス) 2018.1.31. 福岡市東区。あらかじめ組み込まれた睡眠プログラムを人がもつにいたったのは、熱帯 環境で進化した由来だ。われわれは温帯に未だ其れほど長くは住んではいない。人は 依然として、基本的に熱帯性の生物だ。これは、朝方遅い時刻と午後遅く活 動すると言うリズムをもつ。すなわちアフリカの草原を旅立ってから続いて いる。日中休むのは、高温を避けるための適応であり、われわれの睡眠プロ グラムのリズムは、依然として、アフリカの太陽のもとで生きている。 社会環境は、大きく変化してもひとの遺伝子から自由ではありえないだろ う。意外と、いまも頭の中で、宏大な砂漠を走り続けているのだろう、 種としてのヒトでしかない。
2018.01.31
コメント(0)

ゲルマン人の観念によれば、部族の繁栄のためには、みなが共同で祭祀を行なう必要があった。というのは、つねに敵に対する勝利、豊作、狩猟の成功、健康、子宝などは、超自然的な諸力の善意と考えていたからだ。それゆえ、「部族のための」数々の祭祀、とくに供する犠牲である「供犠」が行なわれる必要があった。 タキトゥスのいう祭司の役目は、「へーグング」と民会の平和の維持と祈祷、供犠、神託のような祭祀の遂行、神々によって保護されている部族の秩序に反する犯罪の処罰だった。 厳しい冬の時代を学ぶことはある意味で、私たちの自由の価値を感じさせるものだと思う。 新しい定住地を手に入れると、ふつうその部族は、先住民と出会い、彼らと対決しなければならなかった。主な対決の方法には追放、隷属化、共生の三つがあり、それらの組み合わせは多様であり、また変化に富んだものだった。征服者の論理がまかり通り、それが正当化された。真実を知るのは容易なことではなかったのだ。
2018.01.31
コメント(0)

カワセミ 2018.1.31. 福岡市東区。言行一致させたいと誰しも思ってはいるが、それは現実にはなかなかできないことだ。だから初めから諦めている人もいるが、うんうんいいながら苦しんで言行一致させようとしている人の努力もある。三島のように一度書いた文章を修正しなかった才能もあるが、それだけ潔癖な性格が、禍にもなったのだろう。それほど甘くはないと言えばそれまでだが、自分で言ったことの責任を取ろうという態度は決して間違いではない。 ・起きて、毎朝、父母の位牌に新しいお茶と新しいご飯を供えるが、これは仏教の精神から来るのだろう。私が自分は仏教徒だと思ってはいないが、其の習慣は悪いことではない、と思う。妻子も真似をしている。初詣も、寺社への参拝もある。ウオーキングの途中にある道祖神にも朝の挨拶をする。考えれば、余り信仰心が無いのに頭を下げるのは言行一致ではない。然し、それをすると気分が好くなる。誰が視ているからでもない。莫迦なことをしている。意味が無いことの中にも、そうしているだけの意味を見つけられるかだ。 ・へ2・・・他人のことを大事にするのも自分の利益にはならないかもしれないが、喜捨やボランティア活動を進んでする人はいるし、それは宗教心がなくても遣っている人もいるだろう。そうすることがどれほどの意味があるかは外見では解からない。自分の身を削って遣っている人いれば、心のこもっていない人もいるだろう。宗教も道徳が根本にある。だからこそ信仰心もあるのだろう。こうして日々を過ごしているが、自分で何かをしようとして、努力している気持ちが支えてもいる。徒なことをするのを恐れないで前進する。言行不一致を何とかしたいと思い続けることの日常である。
2018.01.31
コメント(0)

カワセミ 2018.1.31. 福岡市東区。自分の思いや気持ちを伝えるのはことばの専門家でさえ難しい。お喋りがうまく、自分を表現しているかというとそうではなく、寧ろ背中でものをいう無口の方が雄弁かも知れない。生活が単調になり、自分が心理的な失語症になっていくような気がしないでもない。そして、どれだけ、個人としての自分が表現できたとしても、それは66億人分の1なのだということでしかない。ひとりの人間の存在など、「ひとりの人間の生命は、地球のそれよりも重い」というのは比喩でしかない。 ・こうして、朝起きて気づくのは数年前の自分ではないということだろう。(或いは、昨日までかも知れない)。それは、頭皮に触れるとわかり、手足を動かしてみると明らかにわかり、呼吸をすれば鈍感な私でさえ感じるほどの変化でもある。自分では気づかないか、気づこうとしないかは判らないけれど、硬化している。というより、日々老化しているだろう。それは、確かに、数年前から、耳の奥で聴いている足音でもある。 ・へ2・・・強がっても仕方だない。現実を有体に受け止めるしかない。私の話したい人たちと、心の交流をしたいと思っているのではない。それは自分の慰めにはなるのだろうが、井戸端会議がしたいとは思わない。それはしたい人たちがやればいいだろう。私は、一人っ子で育ったからいつも独りだった。周囲は大人ばかりで、話し相手は「同行二人」のように生きてきたから、自分の中にいた。
2018.01.31
コメント(0)

冷たい風にまだ挫けることはないが、いつか辛くなるのだろう。暢気な性格だから、アバウトな処があるが、それだけそうなったときのショックも大きくなるに違いない。ウオーキングというのは、人間の二足歩行を始めた時から遣っている事であり、よちよち歩き始めて生涯どれほど歩くのか解らないが、数値を知りたいとは思う。万歩計で毎日歩数を測り出して、そろそろ10年近いが、恐らく、こんなに歩いたことはこれまでにはなかった。何の意味があるか、それは、評価できる人にしかわからないだろう。 10 ・「あとの祭り」というが、青春の輝きも、あとで思い知るのだろう。硬くなっていく体の節々を、感じ始めて、加齢の意味を考えるものだ。どこに住んでも同じだと思っていたが、自分の暮らしている環境の価値を、最近は多少考えるようになった。どこの国に生まれたかでも、相当違う運命に為る。福岡に住んで長いが、そろそろ梅花も咲き始めたようだ。寒さもあと少しで緩むという予報だ。本当の寒さの厳しさを知らないというのは、幸か不幸か? ・へ2・・・早く暖かくなり、緑の中を歩きたい。然し、四季の移ろいがあって感じるものもある。快適だから好いだけではない。本当の寒さを知るから、春の悦びもあると言えなくもないのだろう。すぐに過ぎてしまうような辛さは、骨に沁みないのだろう。安易な人生に為るのも、恵まれた環境にいるからでもあるかも知れない。ただ長寿だから幸福でもない。歩きながら、歩ける環境や、自分のからだがいつまで遣れるだろうかと。
2018.01.31
コメント(0)

バンとカワセミ。 2018.1.31.福岡市東区。アポートシスがあるから細胞の進化が可能だった。不能の作家が溢れていることに絶望を感じなければならないのかも知れないが、それを誰も認めようとはしない。子殺しは種の絶滅につながるのだろうか。サインを見落としているのではないか。女たちが男を恐れなくなっている。それは復讐につながるのであるか。増えすぎた種は一挙に絶滅するか。魅力を失いつつある男は存在価値を失いつつある。 ・この社会を頽廃させているのは誰でもない私たちの油断だろう。油断する者は自然淘汰されてきた。そのルールはいまでも当て嵌まるに違いない。そのことを誰も気づかないのは頽廃しているからに他ならない。かっての中国がそうあったように疲弊して崩壊している。現代の作家たちがなにをしているのだろうか。政治家になったり、タレントになったり、社会批判さえしなくなっている。読者は古典しか読むものが無くなり、こどものようにしか喋れない。 ・へ2・・・何を誇れるのだろうか。そんなものは何もない。まだ立ち上がることができるかを考えているだけだ。まだ歩いてさえいない。歩かねばならないということだけを知ったところだ。これからいくつもの山を越えて行かねばならない。この世界を読み解く汀に届くだろうか。それは知らない。立ちはだかる岸壁をどう登るかだろう。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
エフエソス遺跡・ストレスは、神経系、内分泌系、免疫系のシステムと病気の発生と進行に関わること。 ・厚生労働省の16年度基礎調査で「自分の健康・病気・将来・収入・家計・借金」の順でアンケート。 ・戦後の社会環境の変化に因るストレスが見られること。原因:人間関係の希薄化・家族の崩壊など。 ・ストレスとは、当初は、物理学で、物体に歪みを生じさせる外からの刺激をストレッサーといい、歪みを生じる状態をストレスと言った。 ・セリエは、ストレスとは、外界からのあらゆる要求に対する生体の非特異的反応。ストレッサーは、引起す刺激や要因であると言った。 ・ストレス度について。配偶者の死が最大。 ・心理的要因・身体的要因に分類される。 ・日本人の現在60歳余命・・・平均男22.17歳: 女27.74歳。 ・ストレッサーに対するホメオスタシスの個人的資源により個人差がある。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
エーゲ海<ストレスの対処法> ・ストレッサーの軽減 ・認知的評価の修正・・・心理療法など。 ・生体反応のコントロール・・・リラクゼーション法バイオフィードバック など。 ・ソーシャルサポート・システムの確立。 <対処のポイント> ・心配や不安の原因の究明・自己能力の限界を正確に見極める。・エンドルフィンの効用。笑うこと。・楽観的思考をもつ。・ウオーキングと講座などの気分転換を図る。など。
2018.01.31
コメント(0)

<心理療法とストレス> 論理療法・ABCDE理論 ・ Activating event ・ Belief ・ Consequence ・ Dispute ・ Effect 「非合理的・非論理的な思考(過度の一般化、どうせ思考、べき思考など)に対して、有効な反論をすること。合理的・論理的思考の導入。 安らかに死にたければ、自己中心的な思考ではなく・・・。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
脳は先入観から「錯覚」を起こしている。これが「ハンディキャップ」だ。私たちに備わった知性こそ、自分たちが霊長類として神から授けられた生れながらの最良の解決策を見つけられるという信仰でもある。それと死闘を続けて科学は来たのではなかったか、それが奇妙なメカニズムに結びついている。そのトリックを見破られるか。 ・思えば誰でも漠然とわかっている。だが近づくことができない。「ハンディキャップ」は時には致命傷になる。おいそれとは克服できないことを肝に銘じておかねばならない。見せかけの道化と生きることは容易だが、それが何になる。。「ハンディキャップ」を乗り越えてこそ真実をみることができるだろう。そのためには「無意識の盲目」である楽観的な視覚の働きによる自分に都合の好い点だけを引き出していることを自覚しなければならない。 ・へ2・・・雨が降るのはその要件が満たされた時に雨が降る。雨が降れば人間は一つだけの情報を得ているだけではない、もっと数えきれないものを感じている。それはひとつの「ハンディキャップ」にもなる。自分が見ているものは視覚だけではない。もっと多様で、豊かな感性がある。それは真実ですか?何か自然の匂いがありますか。どんな色をしているだろうか。赤い円い実だろうか。ヒトの人生は穏やかではない。ゼロからの出発でもない。そして自分の寿命は短い。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
マイケル・ボウルター「生物多様性は複雑な系(システム)だ。2億年前のジュラ紀でさえ、生物多様性はピークを過ぎていたものの、複雑さの度合いを着実に増やしつつあった。大陸が移動した為に気候と生態環境がわずかに変わり、食物連鎖にも変化を生じた。二酸化炭素の濃度が上がり、気温も上昇した」。 生命は「破壊されて粉々になり、無にすることだってある」地質時代というタイムスケールを理解することは困難に近い。このような変転きわまりないシステムの中へほうり込まれたとしたら、どうだろうか?自分のいる場所の状態を把握できずに立ち往生するに違いない。 2億年前は、ビックバンからの約138億年の内の2億年間だ。たとえば、天気予報でさえ、どれだけ長く気象データを蓄積しているかによって、精確さのレベルが決まってくる。種としてのヒトが誕生したのは、余りにも近時に過ぎない。タイムスケールがショートしている。 かって大陸移動や、破壊されて消滅した生命もあった。これから「人類の絶滅」だって、あっても少しも不思議ではない。人類がタイムスケールをもつには、あまりにも地球や、宇宙の時間は厖大過ぎるだろう。少しの知識を驕るべきではない。 問わなければならない人たちの声を聴かないでもいる。叡智だけでは足りない。ヒトの生きてきた歴史など取るに足りないからだ。私たちが持っているタイムスケールなど幼稚なものでしかない。 人間と菩提の間にあるのは超えられない壁ではないだろうか。般若心経に書かれている意味を考えていた。大昔に書かれた教えである。無智亦無得 をそのまま肯定することはできない。色と空もある。どう解釈したらよいのだろうか。それこそ現代は宗教を敵とするのか。そこから這い出しているだろうか。極楽浄土があるとして考えられ、神はいるという前提でスタートしている考えは手強い。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
どんな巨大な木造建築物も白アリたちには敵わないだろう。それこそ本物の白アリたちの方が謙虚に生きてもいる。ひとというこの得体の知れない動物は、私利私欲という欲望に変態すると、どんな社会も食潰してしまう。巨大国家に巣食っているクールな姿の白アリたちが、その成功ゆえに没落する日も遠くはない。 ・日本から、中国文化や西欧社会からの輸入を差し引いたら、何が残るのだろうか。肥え太ったように視える姿の実は、みすぼらしいものでしかない。豪そうに国際社会で先進国を気取っているが内実は火の車でしかなく、よその国の智慧でしかない経済社会なのだ。平家物語も、浄瑠璃も、浪花節と同じで、回りくどい物言いであり、何の話でもない。そういえば歌謡曲にしろ流行り歌にしろ、あれは日本語ではなく思想も何もない。 ・へ2・・・私利私欲の歌で、なにが得られるのだろうか。真面目な人間の活き場が無くなり、国際社会も白アリたちの社会でしかない。絶望を掻きたてるようなことばかり起きている。遊ぶことしか知らない子どもたち。大学も本当の教育を忘れている。ロシアも中国ももはや社会主義ではない。私利私欲の白アリの社会だろう。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
「老化」は「加齢」だけの問題ではない。生命に係る問題でもあるが未だ解 明されていない。基本的特徴は、アメリカのストレーサー(1982年)に よれば、4つある。 ・老化とは、斬進的、不可逆的である。 ・老化とは、生体に有害で、機能の低下を齎す。 ・老化とは、生命体の内因に由来し、環境要因によらないこと。 ・老化とは、種の全構成員に等しく起きること。 ヒト正常細胞には寿命があることはわかっても、何故生命が誕 生するのかのメカニズムが分からなければ意味がない。老化も同じ。 老化するが、答えは一つではない。人間も相手を好きになったり嫌い になったりする。嫌いで堪らなかった相手が急に好きになったりする。一葉 の作品や、古典文学でも飽きるくらいに同じようなストーリーがあるが、現代でも同じ ことが繰り返される。況して、人生は不可解だらけだし、「老化」もそうだ ろう。一寸甘い汁を吸って世の中が甘いなどと勘違いしている向きが多いの はそのうち泣きをみる。恋愛に飽きない形質は、ヒトの誕生に関係する。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
・ストレスは、神経系、内分泌系、免疫系のシステムと病気の発生と進行に関わること。 ・厚生労働省の16年度基礎調査で「自分の健康・病気・将来・収入・家計・借金」の順でアンケート。 ・戦後の社会環境の変化に因るストレスが見られること。原因:人間関係の希薄化・家族の崩壊など。 ・ストレスとは、当初は、物理学で、物体に歪みを生じさせる外からの刺激をストレッサーといい、歪みを生じる状態をストレスと言った。 ・セリエは、ストレスとは、外界からのあらゆる要求に対する生体の非特異的反応。ストレッサーは、引起す刺激や要因であると言った。 ・ストレス度について。配偶者の死が最大。 ・心理的要因・身体的要因に分類される。 ・日本人の現在60歳余命・・・平均男22.17歳: 女27.74歳。 ・ストレッサーに対するホメオスタシスの個人的資源により個人差がある。 昨夜NHKの教育TVで、ネコ学という番組があり、猫の習性についてかなり面白い話があっていた。猫を観察しているので勉強になった。猫はストレスには頼もしい助っ人になる。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
西欧中世史事典「国制と社会組織」ハンス・K・シュルツェ著。本書はドイツの歴史学部で中世史入門の教科書・必読文献として広く知られているとのことだ。日本語訳の序文に「ヨーロッパの中世史が日本で強い関心をひき、ドイツで人びとを大変に驚嘆させています。・・・ドイツと日本の国制と社会組織にはよく似た現象が見られますので、この著作は、比較研究の手がかりとして役立つでしょう」とある。折目正しい丁寧なことばが寄せられている。 それは、明治政府は、ドイツから学んで立憲政治を目指したのだから国制は似ているはずである。併し、その後西洋と東洋との相違がそれぞれ屈折した進化をし、やがて第二次世界大戦では、両国は敗戦という悲惨な経験をした。 国制と社会組織の「基本構造」は、基礎となる知識といえるものだ。それを学ぶことは必須ななことだと思うからだ。そして、日本人にとってドイツを学ぶことはルーツを知ることであるだろう。歴史の空間が体系化されたときひとつの時代の社会秩序をみることになる。 ドイツ人と同じ本を読むことは、意味があることだ。翻訳本が、どんどん紹介してくれる時代がくるだろう。同じ教科書を勉強することが、やがて価値観の理解にも通じるに違いない。相愛のマリアンネをもっと理解していけば、やがて偉大な詩人ゲーテにつながる道をたどることになるだろう。 如何に歴史が、狭い空間の中に拘束されていたかを知ることが重要なのだ。西欧人のヨーロッパの中世が、内なるミームの中にあるとしたら、それを知るべきではないだろうか。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
生物は環境と遺伝子の産物だという。漸く人は神に似せて作られた存在では ないことを知った。過ちを繰り返しながら社会規範のなかで生きていかなけれ ばならないし、強者と弱者が存在し、様々な構図がある。平等でもないし、 必ずしも自由でもない。損益という論理が、国家でも個人でも共通項として 国際通貨となっているゲゼルシャフトである。併しそれだけが総てではな い。それは氷山の一角でしかないが、それだけで物事を処理してしまおうと するところに紛争があるだろう。人間関係に於いても男と女という存在だけ でことを済まそうとすると軋轢が起きるだろう。そこに思いやりがあるかだ ろう。然も相互に必要なのではないか。思いやりのない社会は不幸であり、 思いやりのない、夫婦や親子や友人関係においてもうまくいかないだろう。 どうしたら、おもいやりのある人間になれるのだろうか。そう簡単ではな い。スキルがなければならないだろう。社会環境の整備が必要だろう。 そしてなによりも私たち一人一人の努力も要る。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
国民の政府への信頼性というのはアンケートでも先進諸国では、かなり低いらしい。小泉首相以来だが、どうも首相がテレビの前でちょこちょこ出てきて、パフオーマンスをするが、軽すぎではないだろうか。必要以上ではないか。マスメディアを利用しているつもりらしいが、どうもタレントのようでしかない。 ・政府の言動を公表することは確かに価値がないことではないが、単なるコメントでしかない。言い過ぎたでは済まないのであり、やはり軽すぎる。「十字軍」は、イスラムでは、略奪を繰り返したならず者の集団のことでしかない。それは視点の違いでしかないが無視することのできない事実でもある。 ・へ2・・・強者にすり寄っているだけでは、これからの世界では選択を誤るのではないだろうか。アジアの存在は、これからますます国際社会では重くなっていくに違いない。10年後、世界はどうなっているだろうか。「あと2分」の意味を考えると、政府は信頼できない。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
エッフェル塔 エッフェル塔の建設の意味は、それが鉄の塊であるということのためにパリ市民の反発を買ったが、それは新しい時代のシンボルでもあったらしい。そしてプランス文化の開花でもあった。その存在価値は計り知れないものがある。世界中の人たちが知っているからでもある。その時、なにをしたかで歴史的価値も決まるのだ。 ・EUは、揺れているが経済は経済だというのだろう。観光に打撃を受けたが、観光は、重要産業でもあるパリは世界一の観光地でもある。 私には初めてのパリだったが、セーヌ川から眺める風景は、その装飾された歴史のある美しい街でしかない。就中戦争をしているフランスには微塵も感じなかった。人々は平和に散歩していているように見えた。 たち ・へ2・・・どちらがバカなのか知らないが、人間の一生は、時間とともに消えてしまう。パリに憧れていた画家の友人がいたが、彼は巴里に行ったと話した。そして東京で個展を開いた。その抽象画のどこにパリがあるのだろうか。おそらくあるのだろう。ルーブル美術館の見学をしたが、彫刻の前で学生たちが模写していた。パリの学生になりたいと、日本の画家の卵たちが羨ましがるのだろうと思った。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
コピーからスタートしている。セルもそうだが、私たちのやっていることと言えば大抵コピーだろう。パクリもある。そうして、いつか突然変異がある。元々その因子を私たちは育てている。無駄と思われているものが、遂に役割をはたすのは、いつかわからない。役割は来ないかも知れない。只管、コピーを繰り返している。歳月も同じだ。地球は46億年の時を刻んでいる。ビッグバンから140億年過ぎた。そして、生命が誕生して30数億年近くコピーを続けて、多細胞となり「ヒトという種」として私たちがいる。アフリカのルーシーがヒトのルーツである。コペルニクスやダーウィンは、科学的真実を指摘したに過ぎない。ひとは知らないのではない。知りながら今なお宗教戦争を続けている。愚かなのは、過去ばかりではないだろう。 ・思えば、人の一生もコピーからスタートしているが、皆同じ人生ではない。少しの違いが夫々の個性になり違う一生を終える。春が来て夏になり秋が過ぎて冬となる。朝がきて昼になり夕方が過ぎて夜になる。人は誕生して、成長し生殖し、移動して死ぬ。人間には、まだ為さねばならない命題があるのではなかろうか。それさえ判らないでいるように思える。肉体の苦痛は、時が過ぎれば消える。そうできているのだから、生物は炭素でできている、自然に還れば消えてしまう。私が今遣っていることと言えば、図書館で先人のコピーをしている。それだけだ。それが生甲斐でもある。 ・へ2・・・コピーでありながら、なぜ生々しい感性があるのだろうかと思う。生きることは喜怒哀楽に満ち、夢を追い続けている
2018.01.31
コメント(0)

言いたいことはあるが、どうもどこまで通じているのか。恐らく舌足らず。文才がない。勝手気ままに書いている。一を言えば十を知るひとでないと。そんなことも簡単にあるわけでもないが。知っていると思うことを知らずなのかもしれないのだ。最先端の知識から時代が動いていくのではない。のろのろした民意の中に動かすエネルギーもある。どこに真意があるか汲み取る力こそ重要だろう。 ・エベレストでさえ元をただせば海底だったのだ。今見ている世界がすべてではない。いわばプロセスでしかない。五大陸はまた一つに戻るだろう。私たちのみている世界は束の間のそれでしかない。いいたいこともあってない。ないからといってそれだけでもない。 ・へ2・・・このブログもいつまで遣れるか分からない。自分がやりたくてもシステムがなくなることだってある。あっても自分がやれなくなることもある。誰が正しいのでもなく、悪いのでもない。私の人生は、他の人には無いに等しい。いつか誰もいないところに立ってしまうのではないのだろうか。それは覚悟している。言いたいことも最期まで訊くのは自分自身だけでしかない。
2018.01.31
コメント(0)

フランシス・ベーコンは「随筆集」で「歴史はひとを賢くし、詩人は発想を 豊かにし、数学は精妙にし、自然科学は深くし、道徳は重々くし、論理学と 修辞学は議論ができるようにする」の述べる。しかし「諸学はそれら自身の 使いかたを教えてはくれない。そのしかたは諸学の外にあり、諸学の上にあ って、観察によって獲得される知恵である。」 この知恵は「古来の哲学者の調和的な知恵」に対して、「相反する極端な動 き」を処する行動の知恵でもある。それは、それ以前のスコラ学的「大全」 との決別の所以である。 「哲学」由来の歴史の流れを知ることは、虚妄と真実の弁別もまた確信の 無い不信と疑いの泥海を行くようにさえ思えてくる。 哲学と科学は分岐しているのだろうか。その始点はどこにあるだろうか。 泥濘の中の迷走が哲学的議論に他ならない。だからこそ、それが不毛の苦役 とも見えるし、不屈の決意を自らに課す所業とせねばならない。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
イスタンブール世界は、勿論誰かのものではなく、みんなのものであり、それは人間だけの独占物でもない。思い上がった人間の奢りが歪なものにしてしまうことがある。平家は滅んだから、「平家物語」が出来たのだろう。NHKで大の河ドラマ「西郷どん」が始まったが、それはどんな意図があるのだろうか。野球や大相撲にしろ、国民の娯楽のための演出は、どうもローマ以来の飴と鞭のそれだろうか。 ・「ローマの休日」という映画があったが、その本来のローマの休日とは、競技場で、猛獣に奴隷を喰わせるローマ人の娯楽のための休日だったらしい。今でこそ残酷な儀式だが、当時はそうではなかったということだ。人を人とも思わない政治は昔からある。それどれだけ脱却しているだろうか。 ・へ2・・・「平家物語」を読んでいたら、「数寄」という当て字が出てきたが、心「好き」なひとを風流・風雅に心を寄せられる人のことを「心数寄給える人」と書いている。企みのある社会であり、時々、誰のための社会だろうかと解らなくなる。そして、偽りの社会が長く続くと虚偽が本物にすり替えられてしまうのだ。リーダーが、いつも正しいのではない。誤っていることのほうがむしろ多いのだ。狂気はそうして現実化もされていく。暗転していく世界が近づいているのだ。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
トプカプ宮殿自分が詰まらなくなっているのは自分では解かり難い。尊大になっている時ほど自惚れもする。この世界は貧困であって、豊かでも平和でもない。そういう認識が、欠落しているから贅沢も覚える。努力もしなくなる。世の中の役に立たないことばかり考えてしまうようになる。人間がこれまで生き延びることが出来たのは、免疫力を高めてきたからに過ぎないのだ。 ・何でもできると思うほど、何も出来なくなり、そして詰まらない人間にもなる。自分の寿命を全うしようとする努力をしなくなる。朝1時間歩く、夕方も1時間歩くだけだが、それが今になってようやく出来るようになった。もうあと10年くらいしか寿命はないだろうし、或いはそれも傲りかもしれない。ウオーキングが日課である。それだけでもふうふういっている。当然のことさえできない。他の人は、仕事もしているのに、何も出来ない自分がいる。 ・へ2・・・何が贅沢かは一概には言えないが、健気でない人間は、不遜になりがちでもある。詰まらない人間に為らないように努力するしかない。自分を侮っても、甘やかしてもならないだろう。ウオーキングをすることで、自分の体力も判る。それを知りながら暮らして行くことではないだろうか。
2018.01.31
コメント(0)

怪我をして知る痛みもあり、病気をして、健康の有難さ解ったり、戦争になって平和の尊さが解かるのかもしれない。自分がなってみないと解からないことがある。頭で解かっていると思っていてもその場にいなければ理解できないことさえある。善意と悪意というのは法の世界では、知っているか、どうかだ。知らないが善意で、知ってすることが悪意になる。 ・善意無過失というのは法で保護されるが、それが一般の庶民のことでもある。何も知らないことが好いことなのだろう。「倚らしむべし知らしむべからず」がある。善意の庶民を奨励している。一人で自由に生きることや独立独歩をあまり勧めてはいない。寧ろ自己犠牲が美徳とされていた。上の人たちが目下のものに野蛮な行為をする陰湿ないじめの土壌がある。 ・へ2・・・トラウマを受けたものが、その被害者が加害者の立場になると逆転してしまうことがあるという。大人が大人になりきれない環境が確かにある。それこそ危険な賭けをしたがる企業の社員は、不幸だ。それは国家でもある。皆でやれば怖くないばかりではなく、皆でやれば怖いこともある。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
公開講座もしばらくお休みで、大学も受験のシーズンになり市民講座の出番も少ない。春まで何をしようかと思っている。当面は仏典でも漁っていようと思います。問題の所在と宿題はいくつもある。6年間の文学講座も、点を線にしたいが、どれだけのエネルギーが残っているだろうか。 「南無阿弥陀仏」は、「南無至心帰命礼西方阿弥陀仏」から来ているのだろうか。「三尊礼」(サンソンライ)にある。仏典の中にあることばが、色んな容で残っているのに気付く。時間を無駄にしないように努力はしたい。忘れやすくなったので、お経をコピーした歩きながら記憶したりしている。これも意外と楽しい。 私たちの知識のルーツがどこにあるだろうか。それを考えると、西欧からではないだろうか。それをそのまま受け入れてばかり来た。それでは解決できないことばかりだ。自分の頭でどう考えるか。どう思うのか。今を見直すことだ。
2018.01.31
コメント(0)
![]()
変異・淘汰・遺伝。 大進化と小進化とある。自然淘汰と適応進化がある。生存し繁殖するこ とで遺伝子を次世代に 伝えること。自然淘汰に目的はなく、進化は価値とは無関係であ ること。身につけたものを失う退化も 進化であること。恐竜の絶滅も進化の過程である。 遺伝子・蛋白質・酵素・神経・ホルモン・脳内物質から行動が機序であり、人間は多細胞 の生物 であること。ある機能を果たすための行動のセットであり、戦略の進化を示す。 ダーウィンの観察によれば、雄間競争と雌による配偶者決定があり、大きな体などが雄に 選択され 雌はシンメトリーや鳴き声など配偶者選択の基準となる。 生物学を学ば ないと。
2018.01.30
コメント(0)
![]()
現代は数々のストレスとの闘いの中にある。謂わば生まれてから死ぬまでストレスとの闘いが続く。それこ そ気圧か水圧みたいなものだ。「ストレスに対してどう闘うか。知らない者は早死にする。」 私たちが生きている限り、自己以外からストレスを受け、そして私も他人のストレスの原因になるかも知 れない。平気で楽々と耐えている人もいるし、無神経で判らない人もいるだろう、人はさまざまだ。 私などは、負けて病気だ。それでも、未だしぶとく生きているのは生への執着だろう。愚かな努力かも 知らないが、私は、これまで楽して生きてきたので世間にお返しをしたいだけだ。吸い込んだものを吐き 出したい。吸い込んだ思いは、数かずあるから。ひとはいつか炭素に戻り、空気となり、地上に暫く留まり そして、宇宙へと還っていくだろう。ストレスは、生きている証明かも知れない。 私たちは、歴史を学んできたが、いつか私たちも歴史になるだろう。
2018.01.30
コメント(0)
![]()
静かに時を待った死神は人知れず動いて当然嵐のように私たちに襲いかかってくる。何も用意して待つことはない。ファウストのように悪魔との契約など必要はない。環状ではなく直線状のヒトの染色体は、タンパク質と結びついた特別な染色体末端に結びついたDNA配列をもっている。この非コード配列タンパク質であるDNA末端、テロメア telomere は、ヒトの中で唯一接近しやすい染色体複製の構成要素である。テロメアは、150~ 2000の TTAGGG 配列をもっている。 ・染色体の末端はテロメアの核タンパク質によって保護されている。 ・テロメラーゼは老化した染色体を維持している。 何故 telomere crisis は起こるのだろうか。ヒトの分子生物学は、まるで初心者にとってパズルのごとくである。テロメアの欠損による染色体末端の欠失は染色体の不安定化をもたらす。つまりそのような損傷は高い割合で組み換えが起こりやすい。 それこそ、精子の如く数億の競合を経て、苦難を乗り越えて、始めてひとの遺伝子は卵子にたどり着くことができるのだろう。ヒトの生命の先端で繰り広げられる闘争は、単純でも平易でもない。まさに複雑で熾烈な闘いの場でもあるのだ。そこにこそ、人間の生命の根源があるのであり、私たちの日常はその上に立った社会でもある。
2018.01.30
コメント(0)
![]()
従士団は、原則的には主君のまわりに集った自由人男子の戦士の共同体である。従士制についての具体的な叙述が中世の英雄叙事詩のなかに、すなわち、北欧のサガ、アングロサクソンのべオーウルフ、ニーべルンゲン伝説、グードルーン伝説の中に見られる。これらの叙事詩は、「従士叙事詩」ともいわれる。 従士を率いていたのはたいてい国王や太守たちであったが、北欧では、従士団がこれらの者たちに独占されていたとはいえない。むしろ従士団への加入は自由意志に基づき、自由男子であれば誰でも加入は可能だった。若者のなかには名声と資産を得る為に、信望ある従士団の首領の屋敷に行ってしばらくの間仕える者もいれば、高齢まで主君の屋敷にとどまる者もいた。 デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの王権の一層の強化は、従士団の拡大を齎した。親衛隊として君主の宮廷で生活するものは一部に過ぎず、他者たちは自己の所領に居住した。このアルカイックな組織は国王の支配権や国家構造の重要な構成要素となっていた。 フランク王国の建設は、ゲルマン人の民族移動の中で最も重要な出来事のひとつであった。ヨーロッパのその後の発展に影響を与えたからだ。ゲルマン人とローマ人の共存により、ゲルマン、ローマ末期、およびキリスト教に由来する制度、生活形態および理念の融合が招いた。フランクの従士制はゲルマン起源の要素のひとつである。 しばしば、奸計と暴力が行なわれた。国王は自分の競争相手の家来を唆し主君を裏切らせた、それが成功すると今度は、不忠な従士には贋物の金で十分だとした。 騙しのテクニックは、詐欺や強迫の類であり、それが人々を翻弄させた。他人を信用できない歴史的体質だ。 憐れなサビ猫は、春を迎えて放浪を繰り返しているため、どうやら手術をされる運命のようだ。
2018.01.30
コメント(0)
![]()
深夜、グレートヒエンの部屋で逢引するために、ファウストは母親に睡眠薬を飲ませることをグレートヒエンに承諾させる。ところが、結果的にはそれがもとで、母親を死なせてしまう。 私はあなたのために余りにたくさんのことをしてさしあげて、 私にはも何も残っていないような気がします。 18世紀後半のドイツでは、結婚前の妊娠は、世間の笑いものであり、世間的に抹殺された。この時代の結婚と恋は別という現代の風潮とは大きな隔たりがあった。戒律の厳しい時代で、恥ずべき行為を犯したと看做された。 グレートヒエンの兄、ヴァレンティンはいう、 ・・・ もうまざまざとその時が見えるようだ。 堅気の町の衆は 疫病から出た死人を避けるように 売女のおまえを避けて通るのだ。 世間的に抹殺された形でしか、あるいは身を売る形でしか生きていくことができないグレートヒエンの将来がまざまざと描かれている。それは、立ち直りを拒否して、むしろひとを徹底的に破滅に追いやるものでしかない現実が横たわっている。 恋人を愛する余り、仕組まれた罠に嵌る娘たちの哀れな姿でもある。ゲーテは何をいいたいのだろうか?
2018.01.30
コメント(0)
![]()
逆境といえども、苦悩を続けているとしても、何かに夢中に打込んでいれば苦痛とは思わない。真剣さとはそういうことではないか。下手に弛んだ時、悲哀を覚えるのだろう。所詮個人としての自分は、何ものでもない。徒の微力、非力の輩に過ぎない。 只一匹のハエのように狭い空間を、与えられた時間をせっせと自分の子孫を残そうとしているだけだろう。こっちから見るか、反対側から見るかによって物事は逆転して見えるだけだ。 宗教は、内に向かう人々ではないか。或いは外に向かって、万里の長城を築こうとしている人々ではないだろうか。もしそうだとすれば、この地球を分割しなければならなくなる。 私たちに何ができて、何ができないか? 不可能が何か、困難とは何なのだろうか? 不可能はいつまで経っても為しえないことであり、困難なことは努力次第で為しえるだろう。人は、困難を克服する為に努力しなければならない。常に、その見極めをすべきだ。 やがて夢は覚めねばならない。ひとはいつかその時がくる。自分が遣ってきたものが何かを知らねばならない。それは、個人のなしえることは、すべて果敢ない一事でしかない。短い夢か、長い夢かの違いでしかないだけだ。 それは、「一炊の夢」に過ぎないだろうか。・・・かも知れないし、そうでないかも知れない。東洋人も西欧人もその他の人びとも同じ遺伝子を持った種としてのヒトであって、遣っている来たことも、遣っていることも同じだろう。ただそれぞれが利己的に見えるだけだろう。 私の中の多忙は、自分を夢中にさせただけに過ぎないし生半可であれば自身の蒙眛に終わる。
2018.01.30
コメント(0)
![]()
逆境といえども、苦悩を続けているとしても、何かに夢中に打込んでいれば苦痛とは思わない。真剣さとはそういうことではないか。下手に弛んだ時、悲哀を覚えるのだろう。所詮個人としての自分は、何ものでもない。徒の微力、非力の輩に過ぎない。 只一匹のハエのように狭い空間を、与えられた時間をせっせと自分の子孫を残そうとしているだけだろう。こっちから見るか、反対側から見るかによって物事は逆転して見えるだけだ。 宗教は、内に向かう人々ではないか。或いは外に向かって、万里の長城を築こうとしている人々ではないだろうか。もしそうだとすれば、この地球を分割しなければならなくなる。 私たちに何ができて、何ができないか? 不可能が何か、困難とは何なのだろうか? 不可能はいつまで経っても為しえないことであり、困難なことは努力次第で為しえるだろう。人は、困難を克服する為に努力しなければならない。常に、その見極めをすべきだ。 やがて夢は覚めねばならない。ひとはいつかその時がくる。自分が遣ってきたものが何かを知らねばならない。それは、個人のなしえることは、すべて果敢ない一事でしかない。短い夢か、長い夢かの違いでしかないだけだ。 それは、「一炊の夢」に過ぎないだろうか。・・・かも知れないし、そうでないかも知れない。東洋人も西欧人もその他の人びとも同じ遺伝子を持った種としてのヒトであって、遣っている来たことも、遣っていることも同じだろう。ただそれぞれが利己的に見えるだけだろう。 私の中の多忙は、自分を夢中にさせただけに過ぎないし生半可であれば自身の蒙眛に終わる。
2018.01.30
コメント(0)
全971件 (971件中 1-50件目)
![]()
![]()
![]()