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誰も「素直になれ」、と言っていないのではない。素直な方が、この社会に適合しやすいというのでもない。誰が、言っているかであり、誰に対していつ、どこで言っているかでも違うだろう。それは、一様ではない。併し、「素直」になることは、間違いでもない。何故ならその方が自然だからでもある。生物は殆んど素直に生きている。与えられたミッションを忠実に果たすことがそれを物語ってもいる。その方が確率がいいともいえる。妙に歪んで生きているのではないだろうか。それは社会がそうさせようとしているからであり、自分もその方がいいと思うか、それしかないと思うからだろうか。それは分からない。 ・ただ、他人に干渉しない方がいいだろう。自分が自滅するのは仕方がない。チャンスを活かしきれないからだ。他人のせいではない。少し無謀な言い方だろうか。世界には、生きることだけで精一杯の人たちもいる。そういう人たちには当て嵌まらないだろう。にも拘らず、日本においては、自分を見つめ直すチャンスがある。どれだけでも、素直になることはできるだろう。明日のために努力することを誰も妨害はしない。併し、それは完全なる自由だということを意味してはないない。それは知っている。障害は誰にでもある。しかし、それは、でなければ生命が危うくなることでもないだろう。或いはそういう人もいるかも知れないが、それは例外だろう。 ・へ2・・・人権尊重が基本である。そういう町つくりもスローガンになっている町村もある。それが名目だけだとしても、それを実質的なものにするのは、住人の意識の高さでもあるだろう。
2023.05.31
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スイス。肥大化した欲望で虚像を追ってばかりいたのではないだろうか。歪められ続けた中で、誠実さや、素直さがなくなってしまっている。周囲にあるものを見ようともしないで生きてもきた気がする。できないこととできることをごっちゃにして、空騒ぎをしていた。もう戻れないと諦めていたが、案外それは、手の届くところにあって、そういう自分を私の内心では待ち続き得ていたのではないだろうか。成人までに造り上げた骨格が一番その人の免疫力に適合し、最も病気になり難いのだそうだ。その身体に戻ることはできるのではないか。 ・元々生まれてすぐから、酒やタバコを飲んでいた訳ではない。過食でもなかったはずだし、座ったままでもなかっただろう。無煙、無飲酒、少食、多動が健康の三原則だそうだ。これは、自分の子供時代のことではないだろうか。子供や、少年のころに戻って、生身の自分に戻ることができれば、そのひとの最も健康的な身体を手にいれ、快適な生活ができるかも知れない。すべてが、うまくいくということではない。それは、ただひとつのことでしかない。 ・へ2・・・何もできないといことは、この世には少ないのではないだろうか。遣ろうとしないだけかも知れない。必要なものしか食べないくらいのことはやろうとすればできる。空腹になれば食べたくなるが、だが工夫すれば、適量で済むようにできているのだ。それをしないだけだろう。どんな運動もできる。やる気があるかだろう。自分の身体のコントロールもできないくらいで何ができるだろうか?
2023.05.31
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首里城散策。どうも小細工が多過ぎるのではないだろうか。あれもダメこれもどうだと言っていては、話は進まないだけだろう。何がしたいのか分からない交渉をするから、成果が上がらない。こちらの思惑ばかり、いっているのでは、外交交渉などできる筈がない。数年で成果の上がらない外交官は引き上げるべきだろう。いつまで北朝鮮と交渉しているのだろうか。六か国交渉も形ばかりの交渉でしかない。元々成果などあがる筈がない。こちらにアイデアがないからだ。睨みあって解決ができるなら、もう既にできているのだろう。 ・期限を切ってできなければ出直すべきだろう。何故当事者能力のないひとが交渉に当たるのだろうか。政治家が一線で交渉しないだろうか。やる気がないからだろう。そのうち、北朝鮮のミサイルが日本に飛んでくるのではないだろうか。北朝鮮が先ずやるのは日本だろう。その日本がいつまでも間の抜けた交渉を遣っている。 ・へ2・・・拉致被害者の家族の人たちは,政治家に利用されたと思っているのではないだろうか。当時のトップだった人が、知らない振りもないだろう。下手な小細工などせず、事実がどうかを明らかにし、それにどう取り組むべきかだろう。それは日中関係にも言えることではないだろうか。腹の探り合いではなく、防衛相が中国に出かけて行って、話を訊いてくればいいのではないか。隠したら、何故見せないかくらいいえばいい。骨は日本政府が拾うだろう。
2023.05.31
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首里城散策。どうも政治家が脇が甘いだけではなく、国民が殆んどそうなのではないだろうか。公務員もそうだし、老舗の若社長の謝罪会見のささやき女将といい、何とも笑止な事件が多いことだろうか。誰が見ても、遣れそうにないことを、裸の王様のように滑稽なことをしでかしている。政治家たちは、どこまで現場を知っているのだろうか。自衛隊の実態を知り抜いているだろうか。経済の最先端でなにがあっているのか、医学の現場や、最先端の分子生物学をどこまで理解しているのだろうか、それで、日本の未来を担うシステムが構築できるだろうか。 ・政党間の争いや、自分たちの政治生命をかけた闘いしか知らないのではないだろうか。次元の低いことで国費を浪費してはいないか。麻生太郎のいう消費税10%の引上げも、それをやったら、また何かあれば同じように他の増税を繰り返すのではないだろうか?つまり、歯止めにはならないものでしかない。要するに方便としての政策に過ぎない。小泉の言うとおりに政治は動いただろうか。安倍は後始末をさせられただけではないのか。福田内閣も、さしたるビジョンがある訳では無さろうである。 ・へ2・・・世界から動かされることはあっても、日本が世界を動かしたことはあるだろうか。受け身だけでは必ず、世界の隅に追いやられてしまうだろう。これからはまさしくビジョンのない論理は通用しない。他人の眼ばかり気にせず、自分に何ができるのか、この10年くらいは、必死になって、それを考えるべきではないだろうか。
2023.05.31
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近代戦は総力戦だといわれる。軍事力だけの戦争ではなく、政治力、経済力だけで戦うのではない。あらゆる手段を使わねば勝利はないという意味でだ、然も部分的なものに終わらない生き残りをかけたものにもなる可能性もある。それは負ければ、勝者の奴隷にされた時代を想起させないでもない。もし、63年前の日本の敗戦において、些かもその例外ではないことを考えるとしたら間違いだろう。 ・言いたいのは、謂わば<スープ>にされたということの認識がなければ再建はできないということだろうと思う。粉々にされたという分析になしに何を始めても同じことだ。何もできないのではなく、始める前提を安易に見ているからだろう。種を選択しなければ実らない。西欧でもなく、東洋でもない、その地域でもない。種を探すことから始めねばならにのであって、その努力を日本人たちはしてきただろうか。どこをみて生きてきただろうか。負けたという認識もなしに、始めさせられたのであり、それがスタートであるはずがない。 ・へ2・・・そういう意味で総力戦である。一部の寄せ集めでは足りない。哲学であり、文化であり、すべてだろう。併し、相手は仮想敵国ではない。立ち塞がる世界であり、挑みかかってくる総体であろう。何ができるのか、考えるのはこれからであり、未来でもある。
2023.05.31
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首里城散策。言語は文化であり、日本人が英語を熟せないのはその教育に原因があるのは確かだが、幼児から始めると日本語がますます危なくなるのも事実だ。明治のころの文章さえ読めなくなっている日本人は多い。漢字さえ正しい知識を持つものが少なくなっている。国文は無視されてきた。日本文学は教養でしかなくなりつつある。私の年齢の日本文学の学部でさえ女性が大半だった。食えない文学部だった。 ・心理学から言えば、12,3歳くらいまでに言葉と思想も形成されてくる。勿論個人差があり、一概には言えないのだろうが、中学生ころから外国語を学ぶのは、遅いと言えなくもないのだろう。然し、だからといって小学生から始めると、日本語についてまだ大した知識もないまま外国語を覚えることになり、外国語優先になってしまう。企業ではグローバル化が宣伝されその傾向が激しくなりつつある。現に就職先が違いもする。 ・へ2・・・英語のできない学者は排除されつつあるのも現実だろう。英語教師もネイチャーでなければ教師に為れなくなるに違いない。国境は国際化が進むにつれてその意味も変化しつつある。ひとにはバリアーがあるように、民族にもそれがあるが、それが他人や外国人との交流を邪魔してきたのは現実の問題でもある。自立心のない人間が、どこまで民族を守れるだろうか。
2023.05.31
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首里城散策。ひとは、同じ場所に止まることはできない。常に呼吸をし食わねばならないのだ。生きているとはそういうことではないか。平穏であろうとするのは、希望でしかないだろう。私たち夫婦も、ひとなみの試練を超えて来ただろう。やっと辿りついてセンチメンタル・ジャニー。誰にも祝福されなくとも良い。あるのは今日という一日を生きていられることだろう。僅かな時間を少しでも拡げようとひとは苦難を背負い込んでいる気がする。他人がどうであろうとわが身をふりかえり為すことはないかを考えるべきだろう。欲を掻けば掻くほど視野は狭くなり、深みに嵌るかも知れない。然し、このままでもいられない。チーズを探しにネズミにならなければならないが、それも良いだろう。ひとの介護をしてみれば良い。酸素を呼吸して、肺を動かし、食べ物が美味しいと思えるだけでも充分幸福感にひたるだけの謙虚ささえあれば、どこででも活きて行けるだろう。
2023.05.31
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山川捨松は大山捨松になり、鹿鳴館の貴婦人になっていた。小説「不如帰」の「人間はなぜ死ぬのでしょう!生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!」のヒロインの浪子の実家で継母にいじめられるその継母が捨松がモデルだったという。それは事実と違い、虚像だったようだ。捨松は、日本人女性で最初に大学を卒業したひとであり、さらに看護婦の教育も受けたひとで、隔離などしたのは、当時肺病の伝染を怖れた処置だったようだ。捨松は日本赤十字社のボランテイア活動をするなど日露戦争当時のアメリカの世論は日本びいきでもあった。日本の総司令官の夫人がアメリカの大学の卒業生と報じたからだ。アメリカの寄付金は捨松のもとに送られ慈善活動に使われた。当時としては画期的なことだ。 それこそ鹿鳴館の仇花ではない。蘆花が脚色しただけだろう。それにしても津田梅子が亡くなり、その後捨松が女子英学塾を塾長の就任式までしながら、その翌日から体調を崩し、60年の生涯を閉じているのは惜しまれる。それにしても岩倉使節団の留学生の一人として当時捨松は12歳であった。10年の留学を終えて帰国したが、待っていたのは失望であった。そして、捨松は日本語を殆ど忘れ、考え方もアメリカ的になっていた。男尊女卑の風潮は、高等教育をうけても女性の活動できる場がなかったからだ。日本語の文章が殆ど書けなかったという。それでも立派に最初の留学生としての仕事を遣り通したといえるだろう。異質な経歴を持つ捨松への偏見が虚像をもつくりあげたのでもあろう。 指摘されるのは、岩倉使節団の首脳が戊辰戦争の官軍側であったのに対し、女子留学生の親がみな賊軍の娘たちだったということだろう。捨松は8歳の時会津戦争で家族とともに若松城籠城して悲惨な体験をしている。その時弾薬運びをして手伝い、義姉が砲弾に当たり亡くなるのを目の当たりにしている。まれに見る根性の据わった人でもあったのだろう。
2023.05.31
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喩え血塗られた歴史があるとしても合理精神のある社会は、常に誤りに気付いて間違いを修正して立ち上がってきた。自分よりも他人を犠牲するやり方は、結局近道のようで遠回りでしかなく、20世紀では1億人以上の戦争犠牲者を出し、思い知ったことは、争いはいつか自分たちの身の上に起きてしまう不幸でしかない。自分のことを知るように、他者のことも考えるべきだと学んだ。 ・民族は、自分のことばを持ち、さまざまの問題を抱えている。言語の数だけ民族もある。まだ世界語を構築できない。然し、あるいは不可能かもしれない。過去を棄てられない人間たちばかりである。種を入れ替わりできないように、あるいは種としてのヒトも突然変異はないかも知れない。地球で終わる運命なのではないだろうか。 ・へ2・・・余りにも多くの課題を抱え過ぎている。そしてその方向性さえ理解しようとはしていない。国家のエゴが未だに横行している。何とも浅ましいことだろうか。数さえ解らないほどいる餓死者さえ救えないでいる。資産家たちはエゴイストたちでしかない。何が合理性かさえ疑いうるのだろう。
2023.05.31
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無数の生物が地球上で生命活動を営む。併し無数というのは科学的ではない。寧ろ有数にすべきだろう。現在人間が知っているの恐らく2000万種以上だろうと言う推定だし、或いはその倍以上かも知れないくらいだ。何れにしろ、まだ人間が、総数をカウントする能力がない「ブラック・ボックス」でしかない。どれだけの価値のある生物が存在するか、これからの人間に取って回避できないテーマであろう。人間はこれまでそれこそ順調に進化している訳ではない。それこそデッドロックを乗越えてきた歴史をもつのだ。個人にとっても、何とイライラさせられる人生だろうか。何度もギブアップしたくなる経験をさせられた。勉強をしたい時に違うことをさせられ、勉強したくない時には課題を強制され、したくもないテストをさせられた。教育システムは苦役でしかなく、勝手にしろと社会に放り出されもした。知らない都会を歩き回りもした。親切な社会ではなかったのは皆同じだろう。世間知らずの私は、無駄な浪費をしたし、消耗もした。やがて社会人になり子育てや住宅ローンそして会社勤めでも自分のエネルギーを売らねばならなかったし、自分の時間を見失いもした。そして今考えるのは、人間は皮肉な時間を生きているだろういうことだ。それは誰が悪いというのではないが、時代が悪過ぎただろうか。戦前であればもっと理不尽な社会だったかも知れない。併し戦後といえども基本的人権は現実に保障されたわけではない。いまだに具現化できずにいる。
2023.05.31
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偽旗作戦さえやりかねない国家がある。それが世界一の核保有国でもあるのは、世界の滅亡を予感させないだろうか。なぜそういうことになったのか。自国が、世界一だという大国がいくつもある。因果応報が世の常であるが、その罪はあまりにも重い。自惚れから自壊することだ。問題は、核兵器の存在だ。なんのためにろう。自国が負けないためだという。もし万が一のために。なんという傲慢さだろうか。理解することの難しさは常にある芥川「トロッコ」は良くできた作文で、中学の時教科書で読んだ。「神々の微笑」は、芥川の宗教観があるのでしょうね。たとえ過去の設定だとしても作家の苦悩が表白されている。そして、多くの一般の日本人に影響を与えた人たちですが、芥川の作品にも影響を受けていると思う。要するに、若いころにその思想が刷り込まれてもいる。「一知半解」がある。そんなものかと決め付けてしまう。孔子のような人物が日本にいたとは思えないし、芥川の「神々」も何なのか知れたものではないか。そういう気がします。とは言え、私の半解も変わるでしょう。変わらなければ可笑しい。これまでを知らねば、日本人がどこにいるのか、やはり自分で確かめないと、判らない。それにしても先の長いことです。朝が、早い所為か、夜がすぐ眠くなり、段々早寝になってきています。
2023.05.31
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守礼の邦。 そういえば、従姉に邦子という一つ違いの人がいて、子供のころ夏休みになると農家に嫁いだ伯母さんが、戦後の食糧難のころ、スイカやトマト、瓜などたくさん作っていたので、毎年呼ばれて親戚の子どちでキャンプのような体験をしたことがあり、従姉が好い相手だった。世話焼きさんで、一人っ子で引っ込み思案の私を面倒見てくれたものだ。夏になるとよく思い出す。 ・人生塞翁が馬というが、ひとは運不運もある。才能のある人が、才能を活かすことができるかは、置かれた環境が大きく左右するものだ。従姉は利発な娘になり、有名な県立高校に進学したが、進学しなかったのは、本人の意思ではあるまい。すぐに結婚したが、電力会社で定年までは働いたようだ。毎年年賀状をくれたが、書いているのは従姉のご主人のものだったが、従姉の影がそこには付いていた。 ・へ2・・・従姉の父の伯父が、私には恩愛の人でもある。達筆な文字で、自愛専一に生きよと励ましてくれた。横浜で一人になったときである。思えば、親戚の人や、周辺の人たちから可愛がられたのであろう。それだけ頼りなく思われていたのかもしれない。こうして自分なりに苦しみながらも生きてこれたのだら、感謝しかない。守礼の邦をみてきたが、台風2号が来る前に行ってこれた。
2023.05.31
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首里城散策。人類絶滅の危機に晒されている現代社会の中で、確たる未来への希望は、生甲斐の問題にとっても大きな問題であろう。ひとは、未来に新しい発展を期待するからこそ、生きがいを強く感じることができる。前途が袋小路では足が竦んでしまう。現在の幸福と未来の希望とどちらが、人間の生きがいに取って重要だろうか、それは勿論、未来への希望だろう。現在がどれだけ幸福だとしても長くは続かない。どれほど功なり名を遂げたひとでも、何れその地位を奪われるのだ。虚栄や地位を得るために彼が支払った対価や犠牲は余りにも大きい。客観的に見て、パラレルではない。若い人が生きがいを持ちやすいのは、彼が、過去と言う重荷や柵を受けずに、すべてを未来にかけることができるからだ。前途は未知である方がいい。すべてが解明されたあとで、人間はどうして未来への欲求を持ち得るのであろうか。多くのひとは子孫とか、民族とか、人類の進歩や発展に夢を託そうとしており、個としての自分の生命に類的存在としての未来性を感じようしているだろうか。幻想だろうか?
2023.05.30
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福岡市。ダーウィンは、「この世界は、すでに生命で満杯だ」と生命の誕生は問題ではないと言った。ひとは自分の限界を知っているだろう。だが真実はいつも彼方にある。私たち生命の共通祖先は、単細胞の原核細胞である。原始的なバクテリアだ。(現在は違う)生命の条件は、・独立した存在・自己維持ができる能力・自己再生産ができるシステムを持っていることだ。これは、現在の私たち個人にも言えるだろう。人間で完成した訳ではない。併し、以前神に似せられて人間がつくられたと考えた。そして、今はかけがえのない存在と言われるが、ありふれたことかも知れないとも言われるようになっている。地球の46億年のあゆみは、どこまでも劇的であるだろう。ダーウィンは、人間として自分の役割を果たした稀有な存在なのだろう。そのほかにも多くのひとたちがその役割を果たしてくれたお陰で私たちは存在している。人間の役割は、措かれた場所で違うだろうが、少なくとも場所を変えることはできるだろう。才能のあるひとが、才能を腐らせるのは、一番の罪だと思う。それは、かけがえのない役割を果たすことができないからだ。それが何にしろ、自分の脳を「そこまで連れて行かなければならない」。
2023.05.30
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那覇空港。まあ、文字を覚え始めてから、本を読んでいる訳だし、漱石の本も読み慣れている訳ですが、考えてみるとこのモノローグというのは、やはり日本的なのではないのだろうか。ロシア文学を読み始めたとき、登場人物の多さに圧倒されたし、その人たちが繰り出す言葉と展開の早さに戸惑ったものです。登場人物が多彩であり、その役割もはっきりしていた気がする。ロシア文学には振り返ってみて初めて自分がどこに来ているのだろうと思う時がある。日本文学との違いを感じた。 ・「こころ」を読んでいると、そういう緩やかな人間の感性を感じないでもないのだが、これが世界で理解されるのだろうかと。まるで童話ではないだろうか。現実の社会はこんなものではない。Kや奥さんやお譲さんや、私や、まして先生などどこにもいないのではないだろうか。お遊戯ではないのか。先生が、「私に」対して「こんな手紙」を書くだろうか。あり得ないことを、まるで「講談のよう」に、ではないだろうか。 ・へ2・・・それでも読者は、それと知ってよろこんで喜んでいたし、その愛読者も今なお存在している。それで好いのだろうか。よいのでしょうね。それが古典の日本文学なのでしょうから。日本人でなければ、その生い立ちがあって、分かるものも確かにあると思うし、ナイーブな感情は独特でもある。だらだらした文章を読んでいます。別に急いでいないわけです。「こころ」のストーリーが終わるのが、終わる時なわけです。そして、何が残るのだろうか。考える奴は莫迦なのかも知れない。
2023.05.30
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首里城。生きていることを諦めない。生きるとは、カネを稼ぐことばかりではない。あらゆる情報が混乱しており、自主性を持つことには勇気もいる。智慧もいるかも知れない。そのためにこそ脳があると思う。日の当たる場所に棲家を持っているばかりではないのだ。前回「小川」の話をしたが、ドブ川しか知らないひとには、「小川」の素晴らしい風景は想像できないだろう。どうも見せかけの張ったりの嘘ばかりだから、所詮誰かに騙される人生だ。もう多くは大して反逆ができるステージはないだろう。まともに生きようとしてもできないかも知れない。生きてみないと判らないが。それでも、ひとには脳という厄介なものがあり、今日という時がある。諸氏よ。されば行かぬ。脳ある限り、窮屈な世の中だがよく生きたい。
2023.05.30
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かって農耕と遊牧の民たちが地上を覆っていたが、いまやその子孫というものたちで溢れている。彼らは、祖先たちたちと違っている。餓えに苦しむものはまだいない訳ではないが、多数ではなくなった。彼らは、その矛先を地上のあらゆる深みを目指している。やがて資源を掘り尽くしてしまうだろう。地上には、67億人が生きている。人類は、自分たちが何物かを知ろうとはしない。餓えた野獣のように獲物を探し回るだけだ。ただ新たなメルクマールを探しているだろう。それは彼らの生甲斐でしかない。彼らは、本当に農耕や遊牧の民の子孫だろうか?多くのものは、神を口にするが、こころから信じている訳ではない。ただ救いを求めているだけだ。自分のエリアが豊かであればそれでいいだけだ。自分が見たいものだけを見ているだけだ。だからしていることは、空騒ぎだけですぐに忘れてしまう。自分たちの遣った愚行も顧みることがない。彼らは、農耕などやる気がない。ただ狩をして遊びまわることだけを考えている。彼らの餌がなくなるまで、それは続くのだろうか。やがて、世界には、飢餓の時代が来る。 思考しない手酷い報復を受けるだろう。彼らは、人間の叡知を棄てたのか?
2023.05.30
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博多湾。私は、書きながらいつも思っている。何が言いたいのかと。時々わからなくなる時がある。それでも言いたいことはある。それを説明するのは必要なことだ。その能力を高めるべきでもある。日本人が苦手な「翻訳」は知っているが、昨日の肥前島原「松平文庫」の講義で「翻刻」というのは知らなかった。確かに古文は素人では読めない。翻訳も中てにならないが、翻刻はどうだろうか。その「目録」を作るだけでも大変らしい。正しい分類ができないと価値がなくなるからだ。その翻刻できるひとがいなくなり、折角できたニューロンネットワークが消えつつある。日本の文化的遺産が知らないうちに消失してもいる。灰になってしまえば永久に復元できない。利益社会は、文化遺産を価値がないとして窒息させているのではないだろうか。豊かな社会を目指してきたが、それは、古いものを破壊して、新しいハイテクビルを建てることではないはずだ。コンクリートの道路の下は、鉱物に変わっていくだろう。少なくともその意味を知らなければならない。文学部の教授は、自分の研究は「紙くず」文学だ。紙くずにしか見えないモノが、日本の中世文学に関する貴重な資料と為り得る、と自嘲的に話されていた。
2023.05.27
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21世紀COEは、新しい指導理念が必要だ。自然との共生の論理で、科学技術や社会システムは構築さるべきだという。そして、憲法で規定された民主主義を貫くとすれば、国民に「知る権利」を強化する必要があるだろう。それは、事実を「知ること」は、フリーであるべきだ。その権利を確立しなければならない。知識が一部のものに独占された時代は、偏頗な社会でしかなかった。それでは、現在はどうだろうか。何故、新しい指導理念なのだろうか。この社会が歪み始めていることを認識し始めたからに他ならない。政府が間違ったことをしてきたことを認めない限り修正はできないだろう。そのことを言っていると思う。経済原理だけでは、強いものが弱いものを駆逐することになり、何れ強者もそのために死ぬだろう。食物連鎖の環は、環境破壊で崩壊するだろう。強者だけで生きているのではない。弱者を保護し守ることは、引いてはすべての人たちのためだ。これらは、一部の者の仕事ではない。ややもすれば、現代が利己主義に走り出した風潮を戒めることでもあるだろう。自分だけが良ければ他人はどうでもいいという考えでは自滅しかない。何故、世の中が明確に公然と行かないのだろうか。既成勢力を怖がっては何もできない。過去を引き摺らなければならないような改革なら、それは見せかけでしかない。
2023.05.26
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天草四郎は、一瞬輝き暗闇に消えて人びとの網膜に焼付いた、陰画(ネガ)だという。参照・天草四郎・吉田松陰全集 上・飯沼二郎著作集 全5巻・・・「書物の知識は軽蔑すべきだ。」内容から・異なった社会現象の国家と「比較」することによって、その社会現象の底にある本質を突き止めることができる。・近代農業革命の典型とされる19世紀のイギリスの農業革命の研究から、近代日本社会の農業との比較研究の価値があリ得る。・「近代主義」は、西欧の「価値」を基準としていることが明らかだ。・日本は、中国の「官僚制度」を導入したが、「試験制度」を取り入れていない。朝鮮との相違が注目される。寧ろ、官僚制と氏族制をドッキングさせた。中国では皇帝は、最も優れた人格の所有者であって飽くまでも「個人」であるが、日本は、「神格化」されたこと。・日本の支配階層は、7世紀から明治維新まで、1300年間中国の文化を利用して、日本の人民を支配したこと。それまで、支配層の資格は中国文化についての知識量で決定された。寧ろ固有の文化は無視された。精々趣味の程度であった。・それが、維新後「中国」が「西洋」に変わっただけで、精神構造は変わっていないことが指摘される。・その後、日本の知識人は、「先進国」と「後進国」との区分を行い、先進国に向かって一歩でも近づくことをもって進歩とし、それを自らの役割としたのだ。・開国したアメリカから、国情の違いから、やがて関心がドイツに向かう。日本の歴史は、隙間だらけのようだ。風穴がいくつも空いている。自然科学と違い、すぐに成果の上がらないからだろうか。それともな著作資料が多く厖大過ぎるのであろうか。
2023.05.26
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リマ。ツアーに行って黄海したことはない。ベストやベターでもなくても、いいところは一つや二つはあるからだ。海外旅行もパンデミック以来してはいないが、国内は続けている。今年の自分も、去年とは違いもする。世の中では、次々に事件や災害があるものだ。無事に暮らせるのも平和があるからだ。保身を企むものが、却って墓穴を掘るようなことをする。権力は腐敗すること忘れてはならない。寝ることと食べることが脳を最大限に引き出す重要なポイントである。「サーカディアンリズム」と呼ばれる生体時計からの命令でリズムを刻んでいるそうだ。最低体温で目覚め、最高体温に達すると眠くなる。長年の習慣で生体時計のベースは昼間起きていて、夜寝るようにできている。いちばん目が覚めているのは午前10時から12時までくらいで、14時くらいには眠くもなる。交通事故等もこの時間帯に多いようだ。メラトニンは、覚醒14~16時間後に出てくるホルモンで睡眠に関連しており、抗酸化作用、リズム調整作用、性的成熟の抑制作用がある。老化を防ぐこと、抗がん作用あるとされ、眠気をもたらすはたらきがある。 ・高齢者で日中の受光量が増えると、夜間のメラトニン分泌が増えて、睡眠の質が改善したという研究があるようだ。メラトニンは目覚めて、14~16時間後に暗くならないと出てこないので、夜になっても明るくしておくと、すとんと分泌量が減るのだという。(文春5月号神山潤著「国民よ、脳のためにもっと眠れ」より)朝の光も重要な意味をもっている。朝の光の中にセロトニンのはたらきを高める作用があり、精神を安定させるという。セロトニンは、こころを穏やかにする神経伝達物質でもある。 ・へ2・・・夜遅くまで起きていることや、朝の光を浴びないことが、健康に良くないことくらいは一般的な常識だろうが、それが脳にどれだけの影響があり、やがてホルモンにダメージを与えて、それが<がん>を発症させるスイッチを入れることにもなる。どうしても、そういう生活をしなけれならない人がいるかも知れないが、これにも対抗策はあるに違いない。どうしたら、よりよい環境をつくれるのか、その努力を最低限はすべきなのだろう。
2023.05.26
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成人期の代謝位相から老化のプロセスはホルモン指向による。老人期の代謝位相への移行は、成人期後期に見られる相対的副腎皮質ホルモン過剰により隠蔽されているが、嗜好の変化が進行すると言われる。加齢による予備力の不足した膵臓B細胞は、インスリン分泌亢進と肥満はついに解糖系亢進までフォローできず、インスリンの作用不全を引き起こし、インスリン非依存型糖尿病の代謝位相の発現となるらしい。即ち老人期に対する、過食や肥満及びレム睡眠などの抑制刺激が再三に亘り加えられると早期に、老化にシフトすることになる。成人期に充分な余力をもっているかが問題だ。予備力の乏しいまま老人期の代謝位相にシフトすると成人病を乗越えられなくなる。それは、老人になってからの問題ではなく、寧ろ成人以前の問題であろう。利巧な女性が、老人に眼を向けるのは、生物学的なネガティブ・フィードバック機構であり、すべての生物に厳存するホメオスタシスが関わるかも知れないと思う。ホルモンの本態的作用について、蛋白質の同化と異化の促進作用という相反する二相の作用に対して方向を決定するのがインスリンだという。ホルモン作用を決定するのは、分泌細胞ではなく代謝位相にある。老人期の代謝位相を考えるべきは、老人ではないと言うことでもあろう。
2023.05.26
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皆既月食。 同じ過ちを繰り返すというのは、よくあることだ。必然性があることが多いからだろう。単純なミスも繰り返せば、大きなミスにつながる。最近大谷翔平の活躍で、メジャーの中継をよく見ているが、大量失点をするときのパターンが、いくつかあるようだ。打者と投手の心理もある。三振の多い大谷は強振するからだろう。ホームランを打たれたり、三振しても平然としているのはポーズでもあるのだろう。 ・野球ゲームで騒がれて、年収が数10億円と言われている。漫画や娯楽映画や、スポーツで有名になれば、サラリーマンの生涯収入よりも、桁違いの収入を得られるらしい。まじめに勉強して大学を出ても使い捨てにされるのが落ちでもある。しかし大谷翔平が、日本でごろごろいるわけではない。岸田首相の息子の行為が問題になっているが、それが、本性の一部なのだろう。大事な時にしくじる人は、ほかでもやる。投手も弱点を見せれば、好打者は見逃さないものだ。 ・へ2・・・世間の評判というのはあてにはならない。安倍首相もそうだったが、岸田政権も視野が狭いのではないだろうか。菅政権と同じでもある。長くはあるまい。問題は、あとに残す政治の課題だ。欧米を喜ばせても、軍備を増強することは、今苦しんでいる人たちの救済にはなるまい。いま日本で起きていることを冷静に見れば、一発レッドカードのことが多いのではないか。
2023.05.26
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北海道ツアー。クーポンでお土産は普段よりもかなり多い。次は、沖縄ツアーをしてくるが、台風2号がきになる。気楽な旅だから、風の吹くまま。本当は少し勉強をしたかったが、写真とツアーで、そしてブログも、遊んでばかりだ。パンデミックや地震とか、水害とか、最近は、米中対立や、ロシアのウクライナ侵略など、世界戦争にもなりかねない。暗いニュースばかりだ。裕福な者たちが富を独占している。多くの人たちが苦しんでいるのも知らないふりだ。絶望は、未来を破壊するかもしれない。心の貧しい者たちが増えているに違いない。明日がどうなるかわからない。どんな大惨事も巡って来ないとは限らない。今日も明日も昨日と同じではない。ひとは進化の途上で不完全な生きものでしかない。寿命を全うした完璧なひともいない。他人を観察するのをやめた。他人の真似はできない。自分の神経細胞のネットワークでさえ把握できないではないか。自分の存在のエリアが、どこから、どこまでか解らぬまま生きているようなものだ。それでも、生物は、成長し、生殖し、移動して、死ぬ。自分が孤独だろうと、なかろうと然程違わない。唯、遺伝的要因と環境的要因で生命活動をするのみ。これだけ地球上に生命が多様に存在するが、誰も同じではない。すべての生物も、遺伝子プログラムのプロセスを経て消えていく。膨大な宇宙の解明を、種としてのヒトは、どこまで成し遂げるのだろうか?然し未だ、ひとはミミズの脳から、どれだけ進化したと言えるのだろうか?それが現実であり、科学的事実としていえるとすれば、そのことを受け入れざるを得ない。それでも生物とは、進化するだけでゴールがない偶然の産物としての宿命を担って生きているだけだ。
2023.05.26
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「我惟う、故に我あり」という自他分離の論理を否定し、すべてが不完結であるという考えにたつと、私たちが認識する世界のすべてが疑いの対象になり、何一つ確実なものはないことになる。変転している世界の中で私たちの存立の根拠とは本当に確実なものが存在しないように思われ、ひとつ間違うと虚無的な考えに陥ってしまいがちになる。 霧の海のように捉えどころのない世界で、自分にとってただ一つ確かなものは、自分が「人間としての生」を受け入れて生きるということだと思う。併し世界に私ひとりではない。自分の場所的存在としての生命は、他との交流の中にあるのだ。依存し合いながら、変化する場所のなかでもある。つまり社会という場所の中にあって「生のパターン」を与えられ、それを受け入れていることである。これが、結局のところ、自己の存立の根拠でもある。生の意義をより深くし、より豊かにすることに眼を向けて行くことが、虚無の世界から抜け出る方向性を示してもいるだろう。 緩やかに時間はある訳ではないが、其れと感じる自分を感じるのは、はかなくもあり、またそれでいて、鮮やかな色彩の軌跡をみてもいる。
2023.05.25
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「全体は部分の総和ではない」という基本的なステージだ。視覚研究に発している。そのまま聴覚に適用することはできないが、周波数や音の高さがキーになるとともに、時間の重要性が増すという。例えば、匂いにしても脳との関わりはこれからだろう。人間の脳は、あらゆる情報で判断しているのだろう。好き嫌いにしても視覚だけではない。音楽が果たしている役割もまだ総体が見えていないのではないか。日本人は、和歌や短歌という凝縮したもので、自分の感情や思いを伝えようとしたが、それは、多分、誤解をされただろう。もし有効だとしても、それは人間のほんの一部のこころでしかない。音をことばに置き換えようとしても、収まらない。また、そこに価値があるのだろう。目や耳や鼻でさえ、そうだし味覚や、触覚でさえ感受性は磨かれる余地がある。これらの感覚様相の、相互の関連を知ることがいよいよ重要になってきている。古いゲシュタルト心理学から現代の認知心理学での見直しがされようとしている。進化と学習との関係について Bragman が注目されている。
2023.05.25
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古典文学は、中国の文学を手本にしている。日本の漢詩は奈良時代、平安・鎌倉と白楽天をはじめとして漢詩の模倣に拠って成立している。和歌でさえ多くは漢文からヒントを得ていたもので、漢詩文の受容なしには、日本の古典文学は語れない。漢詩の裏の存在でしかなかったといえそうだ。然し、それは文化の隷属ではない。 ・文化に隷属はないのだろう。それは、手法でしかない。それで何をするかだろう。和歌が貴族社会の文化でしかなかったからだ。寧ろ、文学者の中に精神的に隷属した者もいたのだろう。それが、自由な発想を狭めもしたのではないだろうか。それがまた、その自信のなさが、西欧文学の新たな潮流にも埋没もしたのだろう。少なくとも日本文学のユニーク性がなければ国際社会ではメジャーにはなれない所以ではないだろうか。 ・へ2・・・体質改善中、石の上にも3年というから。先は長い。どこから人生のヒントを得ることができるだろうか。昔はヒントは漢詩文でしかなかったかも知れないが、今は違う。世界中からだ。更には、ストレスとの闘いに向けてのヒントを探し続ける。
2023.05.25
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クロツラヘラサギ。ゴールを知っているから物語は書けるのだろう。どんな捻った小説も、いつかは種明かしがされる。同じ鋳型のスタイルを続けている。所詮身に付いたものは取り消しが汚いほど、痕跡を残すだけだ。計算した通りに筋書きがあってそれで安心できる。自分は莫迦ではないという証明が欲しいだけ。計算高い女というのがあった。鼻もちならない女性のことらしい。そういう女が世の中にいる。それが誰なのか、自分では気付かないのではなかろうか。そんなものだ。 ・とうの本人がそれに気付いていない。黄門さまがおなじことを繰り返している。繰り返しで皆が楽しめるというがそうだろうか。相撲も野球も同じことを繰り返しているが、違うところもある。その違いが面白いというのだ。テレビと言えばみなそうかも知れない。誰にでもわかるといのは、平凡ということであり、考えなくて済むことでもある。考えなくて済むことが安心していられることではない筈だが。どうも、いけない。脇道に逸れてしまった。 ・へ2・・・答えの分かる小説が、通俗なのだろう。分からないことを書く奴もいるが、独りで優越感に浸っているだけで自慰でしかない。砂の中から、出てくる明日があるかも知れない。岩に見えるものも小さな粒子の塊でしかない。鳩山代表も麻生首相も世襲でしかない。信用できない政治が繰り返されている。
2023.05.25
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和白干潟のクロツラヘラサギ。20羽近いのは珍しい。2年前に宮古島に行ったが、そのころ利尻島へも行ったが、1年前にも、沖縄に行った後、函館方面にも出かけている。そして屋久島に出かける直前に、集合場所まで行って台風が来るというので中止になった思い出がある。今度も、29日月曜ころ台風2号が沖縄に接近するという予報があるから、今度も雲行きが悪くなった。最初沖縄ツアーも、台風でホテルでプールにも入れなかった。家族旅行だった。朝の気分というのは、自分の心身のスタートであり、バロメーターでもある。或る教授が「紙くず文学」と自嘲されたが、私たちを取り巻く社会的事実も、厳しく見ればクズの集積なのかも知れないと思う時がある。まして自分のしていることといえば些細なものでしかなく、何かの記事のコピーを雑記帳に貼り付けていた頃と変わりはない。何のためにそうするのかさえ時々分からなくなる。これも幼児体験由来の為せる業なのだろう。 ・天候とか、気分を書いているのは、自分のデータを記録しており、参考になるからだ。体の状態というのはメンタル面が無視できない。地域によって人の心理にも影響がある。暖かい地域と寒い地域とでは心のあり様も変化がある。それは健康にも影響を及ぼすに違いない。自分を自身で善人だと思っているが、果して実際はそうなのだろうか。見せかけの社会でもある。そういう環境でカムフラージュもある。なければならないのかも知れない。物事を逆から考えてみると、何故そうなのかを思うようになってしまった。 ・へ2・・・何度も書いている「こころ」がテーマになっている。数理に強い漱石が、漠然と書いているのではない、計算されており、「明暗」の途中で死んだから、あれは未完なのだろうが、それでも、態をなしているのは、整理されている文章だからだ。整理ノートがある。チャンと日記に家計簿を書いて台所を把握している。世界観や価値観が作品の中で、漱石が表白もしていると思う。自分の心を伝えている。漱石は49歳で死んでいる。私は、それ以上長く生きているのだ、と思うと不思議な感慨がある。
2023.05.25
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釧路湿原のせけーるの壮大さに感動した。日本にもこんな大自然があったんですね。日本は、古代より仏教、儒教の影響を受けつつ、また明治以後は西洋文明の影響をも受け入れそれら普遍的世界の一部として自己を規定することもなかったということだ。しかも他の非軸文明と異なり、いち早く近代化を成し遂げたといえる。この逆説をどのように説明するかというテーマに取り組んでいる。(アイゼンシュタット「日本比較文明論的考察」) 愈々怒涛の論戦が始まらねばならない。如何にそこに日本人が参戦できるのだろうか。福岡の高校でフランス語を第二語学の授業があるのは一校だという報道がされていた。お寒い限りだろう。この時代に、英語だけをやればいいという時代ではない。他国を知るのは言語を知ることから始めねばならないだろう。多様な時代に見合うものでなければ役に立たないのではないか。 日本は、他国と比べて何が遅れており、何をすべきだろうか。それを知り取り組まねばならないだろう。冷静な目で世界の研究者が日本の歴史を裸にしようとしている。他人からいわれて動くようではダメだろう。自主性を持たねばならない。いうまでもないことだろう。
2023.05.25
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絶滅危惧種のクロツラヘラサギ。L・H・ガンは日本とナチズムの違いを広域経済圏構想を基礎とする強烈な拡張主義的態度によって引き起こされたとしながらも、ともに担い手は陸軍であったが、日本人は、よりよい世界を作り出すという名目の下に民族的な大量虐殺に邁進したのではない。これに対してナチズムは、アーリア人種というもっとも高貴な民族が支配する帝国を樹立しようとする千年王国的信条であった。 実際には日本人は、中国人やフィリッつピン人に対して残虐な殺戮をし、「従属民の皇民化」の衝動は日本の優越性の前提に基づいていたといえる。しかしなお彼らを勝利者に仕えるか飢え死にをするしかない人間以下の存在に過ぎない、と考える日本の理論家はいなかった。ヒトラーは正統な君主であり、サンキュロットであったという。 日本人の国民性をめぐる議論は、欧米の目からみた場合、一定の客観性を帯びているものだろう。しかしはたして正鵠をえたものだろうか。アーリア人の優越は、日本人のアジア人蔑視とどこが違うのだろうか。よくわからない。理由が何であれ、圧殺される側からいえば同じではないのだろうか。精緻な分析は、時として都合の好い論理をも生んでしまうのだろう。 何が罪で、誰が責任を負うべきかを明確にする必要がある。それさえ判断できないようで何が決められるのだろうか。曖昧さがいつも歴史家にはある。それを判断できなければ、日本的軍国主義とナチズム、そして日本人とドイツ人との落差はどれほどあるというのだろうか。身の程知らない議論は空論でしかない。それこそ衆院議員の世襲の多さは何を意味するだろうか。自民と民主の政治信条はそれだけでも空疎でしかないことを物語っている。
2023.05.25
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札幌味噌ラーメン。ロシアは、何を目指しているのだろうか。集団自殺にならないことを祈るしかない。独裁者の率いている国家体制は、常に正しい判断を強いられるが、組織が硬直化していけばやがて腐敗もする。そして決定的な判断ミスが生まれるのだ。脳の萎縮や老齢化に似ている。成功にながく留まるべきではない。同じ過ちを続けているのだ。科学の進化に比べて、私たちの文化はどうなのだろうか。ミツバチは、同じコストをかけて子供を育てるならば産卵して自分の娘を育てるよりも妹を育てたほうが自分の持っている遺伝子が子孫が伝わるという戦略をとっているのだという。従って、ワーカーは産卵しないで女王の子を育てる。何か、身につまされる話でもある。或いは、近未来を予見させるだろうか。只、科学技術の進化だけを推進していくだけでは、何れ文化が立ち遅れて行くのではないだろうか。そこに、見合うだけの哲学がなければ、墓穴を掘ることになるのではないか。昆虫の社会が、合理的だとしても、少なくともいまの私たちにはそれが理想的な世界だとはどうしても思えない。併し、そのリスクはあるに違いない、それは未来の人類が決めることだろうが、そうさせないための現代の私たちの努力も必要なのではないか。どうも、今日も、あちこちのジャングルを歩いた。疲れました。人類がこれまでこれたのは、、単に利他的な行動だけではないと思う。生き残るための脳があり、理性があるからだと信じたい。P.S.僕は、こころが腐っているから思うのだろうけれど、花をみるといつまでも見たいと思うのだ。花は、何時までも咲いていることはない。それは、たいてい一瞬でしかない。人間も美しい時というのは、細胞のコピーが7回目くらいだといわれている。丁度17歳位だろうか。だからそれから先は美しくはなれない。どれだけ化粧で誤魔化しても、只それだけでしかないだろう。でも、いつも美しいものを見たいと思うのだろうか。そう思い込んでいるだけだろうか。花は、私ではないし、美しいものは、いつも外に在り、内にではない。内には混沌としたカオスがあるだけだ。花は植物で、動物とは違うがやはり生物であり生命を持っているのだろう。何か健気でもある。ひとにも花のように健気に生きているひともいるのだろうが、あまり見かけることがなくなった気がする。化粧の顔は、仮面のようだ。綺麗だと思うのは目が見えなくなっているのだろう。折角ひとは進化して、顔の表情を多く造ってきたのに退化するだけだろうか。否それも進化のひとつだと生物学者は言うだろう。7000万年前、恐竜は絶滅したが、それも進化だと。進化は進歩ではなく、進化は価値とは無関係だと言っている。であれば、ひとはこころが腐りながらも生きるのだろう。
2023.05.25
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和白干潟のクロツラヘラサギ。 過去との決別など出来る筈がないが、それが「死」ということではないか。何時までも未練を持っていてもその時は来るのであり、現在以前は過去でしかない。何の助けにもならない。今日担当医の診断を受けたが、「よくやっていますね。鳥渡珍しいくらい」とかなんとか、そんなことはどうでもいいのだが。「然し、明日は・・・、私も続けられるかどうか」というようなことを言うと「そうですね」と言われた。「あなたは解っているから・・・」。そんな私に自分の病気のことなど解る筈はない。 ・知ったかぶりをしても、鳥渡も一分間だって長く生きることはできない。未練を残さないで生きることなど人間にはできないに違いない。然し、其れを遣ろうとしてチャレンジしていることは言えなくもない。負けるに決まっている。負ける解っていても、過去と何時からは切れるということを認識しなければならないし覚悟もいるのだ。 ・へ2・・・自分の過去とは、自分自身であり、身内であり、友人たちでもある。どれも残すことはできない。「こころ」の先生は、虚構でしかない。現実ではないからああして書けるのだろう。Kは食客であり、寄生者でしかない。それが宿主に代わることはできないだけだ。私も30歳近くまで親に寄生して生きていたから、結婚など考えたこともなかった。先生がしていたのは妄想でしかない気がした。さて、夕方和白干潟コースをウオーキングしてきた。
2023.05.25
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絶滅危惧種のクロツラヘラサギ。ラルフ・ワルド・トラインによれば、 多くの人が自分の可能性よりずっと低い次元で生きている それは、常に自分らしさを他人に手渡しているからだ。 世界に対して力を発揮したかったら、自分自身でいなさい。・・・ 日本人の一番弱いところだろう。自分らしさを易々と他人に手渡してはいないか。敵にさえオールを任せるなどなんという間の抜けた人間たちなのだろうか。ところで日本人の公共の福祉とは何だろうか。大切なコンセンサスがないのではないだろうか。自分らしさとは我儘であることではないし、自己チュウのことでもない。モデルになるようなひとがいないだろうか。ガイダンスもなく、ただ自分らしくあれもない。いくつかのモデルがあっていい。 世の中の習慣や因習や、宗教がすべてではない。宇宙の法則などあるはずもない。 スチュアート・ワイルドのフレーズが好い、 人生は苦しむためのものではない。 それはただ、一つのところから別のところへと 穏やかに進んでいくものなのだ。 ちょうど、天気の良い日に、 谷間をゆっくり歩いてゆくように・・・。
2023.05.24
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和白干潟のクロツラヘラサギ。加齢とともにミトコンドリアのゲノム・DNAに変異が蓄積すること。ことにゲノムの複製に重要な1千塩基対より特定のDNA断片に変異の集中が判った。若い内は惹起せず高齢者に5%~50%の確率で起きる。ミトコンドリアのDNAは、核のDNAと異なりヒストンのようなタンパク質による保護が無いため変異の確率が10~20倍高いと言われる。せっかちマウスは短命でのろまの亀が長生きなのはミトコンドリアの活性酸素の放出と無縁ではない。大食いは大量の活性酸素を作り出し動脈硬化と老化を早めることになる。複製のエラー:ミスマッチが発ガンと結びつく。体のメンテナンスは、常に点検を怠らず傷ついた部分を修理しなければならない。手当てをしないと家屋のメンテと同じで怠ると木造家屋なら先ず30年持たない。パーツも大事にしないと修復できない運命だ。生殖に到るまで個体差が少ないのは子孫を残す為だ。生殖との係わりが希薄になると多様な個体差を生じてくる。熱力学第二法則のエントロピー増大:生物を含む全ての物質は劣化を免れない。
2023.05.24
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タンチョウ余りにデータが多過ぎて、何が重要なデータかを見逃しやすいが、それを見誤れば生残ることができない事態が訪れようとしている。脳内のプリオンの蓄積が、やがてヒトの脳を襲うのは迫っているだろう。 ひとの家畜たちが脳の異常の兆しが見られることは、深刻な事態を予測させる。何れヒトに及ぶだろう。少なくともそれを考えるべきだし、できるべきことをすべきだろう。姑息な手段でことを済まそうとしているのは、危険な選択でしかない。 ひとの人生のほとんどの期間は、物理の法則に還元されようとする。結局最後には酸化されて終わる。生物の一生は一つの長いレドックス反応であり、その間に生物は自由エネルギーに変換できる還元力 reducing power という形の生化学的な富の恩恵にあずかろうとする。酸化された分子(酸化物)oxide は不活性な傾向がある。 私たちは、どういう世界をみるのだろうか。そして、それを見るものと、見ることができないものがいるだろうが、少なくとも人間の理性が問題だ。
2023.05.24
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博多湾と志賀島。ことばは、言語外の事物やことば自体に言及することによって初めて辻褄の合った作用を以て矛盾のない意味を伝えることができる。だが、有名な嘘つきのパラドックス「クレタ人は嘘つきであるとクレタ人は言った」は、そのフレーズがフレーズ自身を言及の対象としているとき、一般に真と偽の無限の循環が出現する。ヴィトゲンシュタインは「言語によって言語自身を語ることはできない」という。 言語をはじめ、生物が使う様ざまな情報には意味がついている。その意味はどこでどのようにして創りだされるだろうか。感情によって同じ記号でも違った意味をもって伝わることはよく知られるが、一般に情報を使う生物がその意味の生成に関与しているだろう。 地球物理学からみれば、天気の状態は一種のカオスであって、本質的に予見できないものである。天気は、日々異なるものである。即ち天気予報は厳密に言えば成立しないものである。この様に無限定な天気の状態を、強いて概念規定しているだけである。意味は一般に本来無限定な状態を分類的に定義する拘束条件のロールをしているのだ。人間の生のあり方が変われば、意味が消失することもある。絶えず変化している環境の中で生きていくには、刻々の創造がひつようであり、だからこそ既存の意味や概念が人間や社会を、その生にとって意義のない状態に縛り付けるしまう働きがあるのだ。
2023.05.24
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人は莫迦なこともするがそれだけの存在でもない。企みのある生命を宿しながら、何かを成し遂げても来た。果実も直ぐに腐ってしまうだけだ。ビンラディンの殺害をリアルタイムの映像を視ていた政府の高官も憐れだ。それも社会的ステータスがさせることなのだろうか、と思ってしまう。妙な責任感だろう。それは自分たちが実行した連中と同じ立場であることでもある。 ・何のためのルール・オブ・ローだろうか。「殺してしまえ」。が、アウトローでなければ、この世では何でもありになる。民主主義が自分たちだけのものであれば平和は来ない。墓穴を掘っているのは誰だろうか。当然のことが当然ではない。上がこうなら、下もそうなる。本来上も下もない。正義を行うから正義であり、不正を行えば不正義である。国務長官のビンラディンの殺害のシーンを呆然とみていた報道が印象的だった。 ・へ2・・・アメリカの成功ゆえにアメリカは没落するだろう。それはどこの国も同じだ。上手く行けばそのために反動も来る。時間をかけて熟成しなければ、直ぐに枯れてしまうものは多い。急ぎ過ぎた結論は、その反動のために元も子もなくなる。何のために法はあるのだろうか。人権は無視されたら、果てしないマイナスのスパイラルの社会になる。
2023.05.24
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自虐的な暮らし、それが、風潮かは知らない。若者たちは自分の未来に対してそう見える。娘たちの生き方をみると自分たちの明日を夢見てはいないようだ。だが個性だけを磨いても生き残れない。生き残れるハードルは高くなっている。自虐的では、ライフサイクルが明日に届かないだろう。腐った林檎を食べてばかりでは、フリーラジカルで酸化してしまう。他人の真似をしても、それはフレッシュではない。すぐに腐る林檎だから・・・。他人を批判する前に、自省すべきだろう。自虐的である暇はないと・・・。私の細胞は、役割を果たそうとしているだけだ。何故だろうか。少しでも、前進しているだろうか。平和へ向かっているだろうか。個々のひとは、理不尽に対して、闘っているだろうか。世界には、正義が罷り通っているだろうか。なすべきことはない。
2023.05.24
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恐らく歴史は知れば知るほど人間のおぞましさを感じるだろう。人の残虐さは果てしがない。知りたくもないことを知らなければ先に進めないのも事実だろう。そこに避けられない苦しさが伴うのだ。人間が厭にもなるだろう。知ることの意味が甘くはないことの証でもある。 中東で戦っているアメリカ兵に守るべきものとは彼らにとって何かを問いたい。まだ続けるというのは「死んでこい」ではないのか。その流される血の上に築こうというのは何なのだろうか。どんな賛美の「声」も死者には届くことはない。もうこれ以上知らなくていいのかもしれない。もう充分人間の愚かさは見てきただろうか。否それはまだほんの一部でしかないだろう。 それを知る者が言葉を棄てるのはなぜだろうか。言葉を失くしてしまうくらいの衝撃があるからだろう。 ただ意味もない話をだらだらと際限なく喋りつづけるタレントの「さんま」は、何も考えてはいない筈はない。ただあるものを、引き摺りながら、取りとめのないその場に合わせた言葉でしゃべり続けている。日和見であることが生き延びる最強最良の方法なのだろう。得体のしれないモンスターが、あふれ出した。彼らには温かい血が流れていないのかも知れない。
2023.05.24
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日本のもつ独自性とは、それは欧米とまったく異なる文化ではなく、むしろ大きく異なる一方でほとんど広範に似通った面をもっている。十九世紀後半に日本が門戸を開いて以来、西欧人による安易な日本見聞録が出回ったことで、多くの誤解を生んだといえる。日本の社会は、明治以後組織や構造面で西欧を手本にして勧められたのであり、多くの面で似通っているはずだからだ。 寧ろ西欧と日本の比較文明論的研究が遅れた結果、その対話の変則性が生じていた。今や多くの点でまともな研究がされているようだ。日本と西欧との比較は、近代化の成功の側面に限らない。大正期の民主化の頓挫も、1930年代の軍事政権の成立など、日本の失敗や危機も、同時代のファシズムの一変種と見られがちだ。日本研究とは評価されるようなものは多くはない。 飽くまでも「・・・見聞録」でしかないのは、日本からみた西欧も同じだ。何故かといえば、多くは軍事、経済面の戦略が先行するからであろう。こうして学術面の著述が遅れたといえそうだ。日本の近代化が文字通り西欧のそれと同じではない。近代化の独自なパターンが何を意味するかを西欧の研究者はどこまで把握しているのだろうか。未だ綿密な研究が為されねばならない。 日本の特異性とは何か、読み説くことは至難であろう。勿論なしえないことではないだけだ。その研究は広範でなければならないだろう。
2023.05.24
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レモンのトゲ。アメリカの文化人類学者のクライド・クラックホーンは、「人間のための鏡」を著し、半世紀前のアメリカのあり方に警告している。同じことが日本でも言えるだろう。めずらしい種の標本を集めるような学問で、自分たちを取り巻く文化を理解することはできないし、新しい文化の創造もできはしない。謂わば鏡となる存在を探し出さねばならない。 人間にとって文化とは何だろうか。雑草の蔓延った社会でただ生き残ることだけを考えねばならない環境ではひとは疲弊してしまうだろう。何が種なのかを考えていかなければならないだろう。仮想敵国を創り、それに立ち向かうだけで済んだ時代とは違うのだ。自立し、正しい何段のできる人間を育成しなければならない。 日本民族はどうなのだろうか。生き残ることができるだろうか。現在の世界の人口はもうすぐ67億人になる。1.2億人の日本人は1.8%に過ぎないのだ。殆ど可能性はないだろう。少なくとも混血としてだろう。民族に拘るべきではないかも知れない。ご近所意識で生きていけるのでもない。自然淘汰を拒絶することはできないのだ。 結論を急ぐまい。要はどれだけ優れた人材を残せるか。時代を先取りできるかだアメリカの文化人類学者のクライド・クラックホーンは、「人間のための鏡」を著し、半世紀前のアメリカのあり方に警告している。同じことが日本でも言えるだろう。めずらしい種の標本を集めるような学問で、自分たちを取り巻く文化を理解することはできないし、新しい文化の創造もできはしない。謂わば鏡となる存在を探し出さねばならない。
2023.05.24
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福岡市東区。カワセミ。細胞の集合体でもある人間は、ビッグ・バンからスタートして、36億年前地球上に生命が誕生し、15億年前に多細胞生物由来の生物である。人間とは、他の生物との違い直立2足歩行し、火を使う、言葉をもち、道具を使用する。そして道具を製作することができる。ツールを以って進化して来た。類的存在として個性をどこまで活かし得るかが、個人の価値の成果でもある。 ・視覚から得られる多くの情報で、ライフステージに応じて、其のツールを使い分けている。加齢とともに視力もその他の器官も劣化してくる。殊に視野が狭まって来ることによる脳の委縮は顕著にもなる。見えないということは、意識、無意識の大きなダメージにもなる。自分では気付いていないだけだろう。生物学だけではなく、社会的存在としても疎外されていくのだ。 ・へ2・・・敏感な人間だけではなく、気付いた時には社会の外にいる自分を発見して絶望することになりかねない。時は不可逆に進んでいる。光陰矢のごとしが口癖にもなる。他人事ではないこの世とのお別れが来る。それは、意外と自分の思うより早く来るに違いない。私の体験では殆どの故人がそうだった気がする。死を生とパラレルに考えるという発想がない人が多いのではなかろうか。少し寿命が延びたからと言ってもそれは些細な慰めでしかないのだ。
2023.05.24
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これから身にかかるものが何であろうと、それは飽くまでも個人の運命でしかない。ひとも環境に左右されて、それこそ人間は「考える葦」でしかない。私の「自由」も何だろうか。自分勝手な恣意的なものなのだろう。隠遁的生活であるからできることが多いのではないだろうか。コンクリートの中の自由でしかない。自由であると思い込もうとしているだけの蓑虫だろうか。そうかも知れない。国家の中の個人とは常にそういうものなのかも知れない。型に填められた存在でしかない。 ・八重桜の散った枝にいつしか青い葉が霞むように伸び始めた初夏が来る。もう桜を慕う人はいない。かって絢爛豪華に咲いていた桜は散ってしまったのだ。籠を抜け出した小鳥のこころで、どこまでも緑の広い大地を眺望しながら、自由に羽ばたきをして、のびやかに蒼穹の空を飛んでいたい。 ・へ2・・・週末から、前回の宮古島から、今度は沖縄本島を回る予定である。予定表を見たら、依然と行くところはあまり変わらないようだ。妻はオリエンタルホテルの宿泊に興味があるらしい。これからまた台風の季節が来る。美ら水族館にはまた行きたいと思っていたので楽しみである。あまり体調も良くないが、前を向いていくしかない。早くウクライナに平和が来ますように。正義が行われんことを祈りたい。
2023.05.24
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金星と月。二階の寝室の窓から金星と月が見えた。西の空には、いつも福岡空港へ着陸態勢の航空機が見えている。志賀島から雁ノ巣の当たりえお滑空していくのだ。何度かその航空機の中から自宅のあたりを写真に撮ろうとしたものだ。近くには和白干潟がある。何処へ行くにもデジカメ持参というのは、そんなに昔というのではないが、10年前にドイツに行った時フランクフルトで、フリータイムがあり、ゲーテ博物館を見た後、市内をブラブラしていたが、フイルムが切れて購入しようとしたが、なんと日曜日で、店はどこも休みだった。それに懲りて、帰国してから、デジカメを手に入れた。 ・そして、その後、今度は、野鳥を撮影するようになり、望遠のあるものが欲しくなった。それでも購入したのは、1年半前のドイツ・スイス・フランスツアーの時だ。SDも容量の大きいものにしたので、ツアーの時も、何台も持参する必要がなくなった。海外でもバッテリー切れがないように注意している。 ・へ2・・・不思議と大切なものは忘れたり、落としたりすることはない。それは生きていくために必要な生物の形質でもある。ふつう母親が、鳥渡でも赤ちゃんから目を放すことはない。半分寝ていても子供の寝息を聴いている。子供のころ、母が何時眠るのだろうかと不思議だった。ニッチを得るために、必死なのだ。
2023.05.24
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こうしているのも夢を見ているのかも。鈍感と敏感の「あいだ」、を振れながら。卒業してからも、5年近く、今と同じような暮らしをしたことがあるが、また定年になってからも「呪縛からの逃走?」をしている。迷惑をさせているのは、若いころは父母で、いまは妻子だろう。少しは謙遜にしているが、実は不遜なのではないか。空を見て暮らすような生活だ。隠遁という暮らしが昔はあったようだが、現代にはない。こんな楽な暮らしではないのだろう。土台、不自由な山の中でもない。 ・暑くなってきたと思ったら、それだけ肉体へのダメージも強まったようだ。早く眠くなってしまう。冬とは違うライフスタイルをしなければならないようだ。季節の代わり目はどうも体調がおかしくなる。それでも大したことではない。考えてみると、幼児体験が、自分の思考のベースにあると思う。中国の青島から赤ん坊の頃引揚げてきた。そして引揚者の苦労を父母のかげで見てきた。そして日本経済の急激な成長と、そのゆえの破綻がある。 ・へ2・・・夢を見ると云う形質は、この時代を生きた人間の特質なのだろうか?まだ、私の夢は終わっているわけではない。死ぬまで続けられるかどうかわからないが、まだ夢は続いている。時間が止まっているようだ。
2023.05.23
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一つ一つの言葉の概念なしにそのフレーズの意図することは解釈することはできないし、その解釈にも多様な学説が可能だ。定説があり、通説があり、判例があり、多数説があり、少数説がある。さらに自説は?そしてそれは、憲法や法律ばかりの話ではなく、宗教にも経典があるし、様々な解釈上の問題がある。拡大解釈もあり、縮小解釈もある。その条文をどのように解釈したらいいのか、それをリードするのか、それがコンメンタール(注釈)でもある。しかしこれだけは、点の解釈でしかない。 ・へ2・・・ややもすると<論語読みの論語知らず>である。解釈の泥沼に沈むからだろう。そこから抜けられなくなり、つい身近なものに縋ってしまい泥船に沈む運命だ。手足がなければ、川の中に沈んでしまうだろう。自分の手足に頼るようなものは自分の手足の弱さを知ることになる。身体には手足があっても、こころには手足がないからだ。そのことを忘れた人間は自滅するしかない。どうも逃げ道のある論理しか考えない学者ばかりだろう。 ・喉元を過ぎた熱さがすぐに忘れてしまう。それなしには人間は生きられないのだろう。だから苦労も、どんな悩みも忘れてしまう。言葉のなかったころに帰ろうとさえする。この世に天国と地獄しかなく、神と悪魔しかいなかった時代が懐かしくなる。同胞か、異教徒しかいない、善人か悪人か、すべてが明解だった。シンプルだからだ。否、もう始めらから評価は決められていたからでもある。 ・へ2・・・他人のコンメンタールに頼ってはならないのだ。それは他人のものでしかない。他人の造り上げた階段を昇ろうとしても行きつく先は他所の広場でしかなのだ。それは道具でしかない。道具を使うのは、道具であってはならない。それは歯車になるのがおちだろう。海を渡ることはできないのだ。
2023.05.23
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汚れた空気や黄砂やタイヤのまき散らす極小微粒子など、取り巻く環境は決して人間の生理に相応しいものではない。それでも自然は必死に人間の環境を守ってくれている。感謝すべきだろう。風景や景観は、作ろうと思っても容易にできるわけではない。百年に千年ではない。人間が知っている世界は、ほんの一部のものでしかないだろう。太陽とか光とか風とか大地とか植物や昆虫に至るまで、あらゆる生物の誕生由来がある。 ・目に馴染んだ風景や景観をみて心が癒されている。感動しなくなったのは、自分の愚かな思考が、他のことに囚われているからでしかない。自分が風景を視るのではなく、風景が人間を視ていると、堀辰雄はいいたかった。こちらからだけではなく、風景の中の生物も生きているのは確かだ。 ・へ2・・・今度のツアーは初めての中部へ。3日間だけだったが、なんとか天気に恵まれた。日本一の世界遺産というだけに、富士山も北アルプスも機嫌よく迎えてくれたようだ。40人余りの参加者で、人気のあるコースらしい。私たちは九州と四国からだった。高速道の改修工事で、帰りの便に乗り遅れそうになったが、ベテランの運転手と添乗員の機転でなんとか帰りの便に間に合うことが出来た。
2023.05.23
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2005年のハワイから始めた私のツアーの思い出は、少なくない。その中でも、遠路はるばる出かけたペルーツアーは、忘れないものの一つだ。何しろ遠かった。福岡から羽田~サンフランシスコ~サンサルバドル~ボゴタ~リマ。翌日リマの市内観光。翌日は、バスで片道300キロ、約4時間のナスカの地上絵を、セスナ機に乗って見学して、また4時間かけてリマに戻り、翌日早朝5時にホテルを出発してクスコまで空路1時間半で、クスコに到着した。 ・これまで高地の経験がなかったし、少し頭がぼやっつとしていることは感じていたが、昼食を食べて、市内観光に出かけたが、やたら目の前が白んで見えたのは覚えている。蒸し暑くも感じていた。足元がふらふらしてもいたようだ。添乗員の女性がすぐ近づいてきて、様子を見ていたが、高山病かもしれないので、ホテルに行きましょうといったので、特に気持ちが悪いこともなかったが、従った。 ・へ2・・・ホテルに着いたら、すぐドクターが来てパルスオキシメーターで検査をしたら、数値はよくわからなかったが、即酸素吸入をするといって救急車で病院に連れていかれた。5時間くらい、酸素吸入をさせられた後、いろいろ検査もされたが、小水の検査と言われてもすぐ出ないので困っていたら、若い現地のナースが、すぐ近くにあった水道の蛇口を回して突然勢いよく水を流し始めたので驚いたが、すぐにその意味が理解できたので苦笑した。そのあと、ペルーのうどんを食べさせてくれた。一生忘れられない思い出でもある。
2023.05.23
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インド。中国外務省は、ウクライナ危機は、対話で解決すべきだと主張しているが、なぜ中国は、国際社会を震撼させているような強大な軍備の拡大の政策を長年続けているのだろうか。隠れ蓑の中で不透明な多くの核兵器を造り続けているらしい。権威や権力を否定して時代は少しずつ変化していく。そして劇的な変化もある。戦前と戦後のように。ある歴史的な事件によって、反転も暗転もある。その逆もあるのだろうが、中々見極めることはその時は難しい。過去を振り返って解かることが多いし、それが歴史でもある。悲劇が喜劇になって終幕してさっぱりと忘れられることもある。トラウマになり忘れられない人たちもいる。成功<ゆえに>没落する人たち。 ・信じていたことが覆ってしまうのは、必ずしも楽しいものではない、むしろその反対が多いだろう。然し東京電力はババを引いたのではない。彼らの責任は小さくはない。原発は見直されるきっかけになっただろうが、そのために平穏な日常を奪われた人たちや、これから何時まで続くか解らない不安な生活が待っている人たちも沢山いる。経営者たちの虚ろな弁解を聴いていると、金融機関からカネを借りて損害補償するというが、カネで償えないものもある。 ・へ2・・・テレビでタレントたちが、救援活動にエールを送っている姿が放映されているが、それで日本がどうなるものでもあるまい。2万人近い人たちが犠牲になり、家族や財産や職場を奪われて、途方に暮れている人たちをどれだけ救うことが出来るだろうか、たとえ国家といえども完全な補償などできる筈がない。未曾有の自然災害だからと帳消しにされては堪らない。被災者の人たちが、明日の希望を失って、絶望の声をあげている。どう聞けばいいのだろうか。
2023.05.23
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