ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2017.01.31
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  • シェイク・ザイード・モスク(アブダビ)



毎日体験しているこの日常が自分の人生のすべてであって、それ以上でもそれ以下でも、以外でもない。自分の言葉を吐きだす事は自分の私見の範囲でしかない。若さが美であり正義であることが、いつか行き詰ってくる。それが解かっていながら、若さが主張されるのを止めることができないで、やがて自分自身さえ否定されるようになるのだろう。50歳くらいしか平均寿命が無かった時代が、あ或いは肯定される時代が訪れるのではないだろうか。


 ・今の常識は、否定される時が来るかもしれない。自然を愛する人間がいなくなれば、この世から自然は消えて行くだろう。それが淘汰のルールでもある。価値を見出す事が出来なくなれば、そこに愛が無くなるのだ。人間はどこへ向かって駈けているのだろうか。そして私も。



 ・へ2・・・「無智亦無得 以無所得故」でしかないという。人間はどこまでも「菩提薩?」にはなれない。なぜそのことを般若心経を書いた人は知っていたのだろうか。「般若波羅蜜多」その何なのか。神とは何か?その神はいくつもあるのだろうか?始まらなければ終わりもないという、疑問に答えられない。私という存在も始まってしまっているのであり、それは終わらなければならないのだ。





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最終更新日  2017.01.31 01:41:18
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