ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2017.01.31
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豊かにし、数学は精妙にし、自然科学は深くし、道徳は重々くし、論理学と

修辞学は議論ができるようにする」の述べる。しかし「諸学はそれら自身の

使いかたを教えてはくれない。そのしかたは諸学の外にあり、諸学の上にあ

って、観察によって獲得される知恵である。」

この知恵は「古来の哲学者の調和的な知恵」に対して、「相反する極端な動

き」を処する行動の知恵でもある。それは、それ以前のスコラ学的「大全」

との決別の所以である。

「哲学」由来の歴史の流れを知ることは、虚妄と真実の弁別もまた確信の

無い不信と疑いの泥海を行くようにさえ思えてくる。

哲学と科学は分岐しているのだろうか。その始点はどこにあるだろうか。


泥濘の中の迷走が哲学的議論に他ならない。だからこそ、それが不毛の苦役

とも見えるし、不屈の決意を自らに課す所業とせねばならない。








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最終更新日  2017.01.31 15:11:51
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