ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2017.01.31
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世界は、勿論誰かのものではなく、みんなものであり、それは人間だけの独占物でもない。思い上がった人間の奢りが歪なものにしてしまうことがある。平家は滅んだから、「平家物語」が出来たのだろう。NHKで大河ドラマ「平清盛」が始まったが、それはどんな意図があるのだろうか。野球や大相撲にしろ、国民の娯楽のための演出は、どうもローマ以来の飴と鞭のそれだろうか。

 ・「ローマの休日」という映画があったが、その本来のローマの休日とは、競技場で、猛獣に奴隷を喰わせるローマ人の娯楽のための休日だったらしい。今でこそ残酷な儀式だが、当時はそうではなかったということだ。人を人とも思わない政治は昔からある。それどれだけ脱却しているだろうか。

 ・へ2・・・「平家物語」を読んでいたら、「数寄」という当て字が出てきたが、心「好き」なひとを風流・風雅に心を寄せられる人のことを「心数寄給える人」と書いている。企みのある社会であり、時々、誰のための社会だろうかと解らなくなる。そして、偽りの社会が長く続くと虚偽が本物にすり替えられてしまうのだ。






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最終更新日  2017.01.31 16:00:13
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