ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2023.05.25
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札幌味噌ラーメン。ロシアは、何を目指しているのだろうか。集団自殺にならないことを祈るしかない。独裁者の率いている国家体制は、常に正しい判断を強いられるが、組織が硬直化していけばやがて腐敗もする。そして決定的な判断ミスが生まれるのだ。脳の萎縮や老齢化に似ている。成功にながく留まるべきではない。同じ過ちを続けているのだ。









育てるならば産卵して自分の娘を育てるよりも妹を育てたほうが自分の持っている遺伝子が子孫

が伝わるという戦略をとっているのだという。従って、ワーカーは産卵しないで女王の子を育て

る。何か、身につまされる話でもある。或いは、近未来を予見させるだろうか。

只、科学技術の進化だけを推進していくだけでは、何れ文化が立ち遅れて行くのではないだろう

か。そこに、見合うだけの哲学がなければ、墓穴を掘ることになるのではないか。

昆虫の社会が、合理的だとしても、少なくともいまの私たちにはそれが理想的な世界だとはどうし

ても思えない。併し、そのリスクはあるに違いない、それは未来の人類が決めることだろうが、そ

うさせないための現代の私たちの努力も必要なのではないか。

どうも、今日も、あちこちのジャングルを歩いた。疲れました。

人類がこれまでこれたのは、、単に利他的な行動だけではないと思う。生き残るための脳があり、

理性があるからだと信じたい。






P.S.

僕は、こころが腐っているから思うのだろうけれど、花をみるといつまでも見たいと思うのだ。

花は、何時までも咲いていることはない。それは、たいてい一瞬でしかない。人間も美しい時とい

うのは、細胞のコピーが7回目くらいだといわれている。丁度17歳位だろうか。だからそれから先は

美しくはなれない。どれだけ化粧で誤魔化しても、只それだけでしかないだろう。でも、いつも

美しいものを見たいと思うのだろうか。そう思い込んでいるだけだろうか。花は、私

ではないし、美しいものは、いつも外に在り、内にではない。内には混沌としたカオスがあるだ

けだ。花は植物で、動物とは違うがやはり生物であり生命を持っているのだろう。何か健気でもあ

る。ひとにも花のように健気に生きているひともいるのだろうが、あまり見かけることがなくなっ

た気がする。化粧の顔は、仮面のようだ。綺麗だと思うのは目が見えなくなっているのだろう。

折角ひとは進化して、顔の表情を多く造ってきたのに退化するだけだろうか。否それも進化のひと

つだと生物学者は言うだろう。7000万年前、恐竜は絶滅したが、それも進化だと。進化は進歩

ではなく、進化は価値とは無関係だと言っている。であれば、ひとはこころが腐りながらも生きる

のだろう。





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最終更新日  2023.05.25 02:08:28
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