ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2023.06.26
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沖縄の原風景。フクギ並木のある集落。




どこからでも批判はできる。もともとそんなに立派でもないのが私たちの住む社会だ。

教育にしろ、医療にしろ、問題はいくつもある。それをどう改善しようとしているだろうか?



誰かによって違うだろう。動かすものが、ご都合主義であれば、恣意的なものになる。それが国家

権力だからといって、決して正義とは限らない。

教育も医療も、そして政治であれば尚更、人も、物も時間もかかることばかりだろう。少しづつで

あればみえるものもあるし、触ることもできるかも知れないが、横に広がると見失うものだ。

巨大化して、ことが大きくなり過ぎると「自己責任」にされがちだ。生活習慣病がそうだろう。大

きな問題にしたのは、基本的な教育や医療に対する政治の貧困だ。一見リべラルなアメリカ人の中

流社会の家庭に見られる権威主義的パーソナリティの特徴が、刺激的で面白い。

(Th.アドルノ他「権威主義的パーソナリティ」)


キレイなものだけが生き残る世界にしようとするのではないか。人間たちがもしそう思うのだとし

たら、やがて、未来への選択肢をますます狭めてくるに相違ない。そして、「ノーチョイス」にな

るだろう。その傾向が、エリート社会にはみられるのではないか。ひとびとを囲い込もうとする企

みが始まっている。彼らは棄てるしか知らない。ゴミは消去しようとするだろう。誰も痛みを感じ

ないようにすればいい。アンケート調査が意味するものは最大公約数の人間の意識の調査でしかな

い。人間たちは、物扱いされようとしているのではないか、と思う。




限界まで。準拠枠の中でしかない。そのうち選択を誤るのだ。なんでもない詰まらないことで。迷っている間に時は過ぎてしまう。いつも。こうしてここにいることも、それほどうまくやったのではなく、失敗の連続でしかなく。挫折の成れの果て。それを言い繕うとする。うまくいくはずがない人生でしかない。





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最終更新日  2023.06.26 15:46:22
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