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建築家45年(2)

建築家45年(2)

 無給でも良いから事務所に置いて欲しいと言うのは自分の経歴を飾りたいからである。著名な事務所に所属していれば自分の経歴に箔が付く事と、良い作品に接する事が出来るだろうという期待があるからだ。本人に本当に実力がある事が分かれば事務所も本採用してくれるかも知れないし、チャンスがあれば海外の著名な事務所へも行けるかも知れない。更には将来、独立してもクライアントが付いてくれるかも知れない。そういう期待だけでは無いかも知れないが、給料なんて最初から貰える程の能力が無いのは分かっているし、生活の為に就職せずとも親が面倒を見てくれるから兎に角、著名な先生の下で修業したいと願う学生は多い。有難い親を持った学生は恵まれている。生活に追われる者は最初からハンディキャップを背負って居ると言える。学者でも無給教員として大学に残った人も多い。

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 しかし、かつて優秀な学生であった先述のM教授(京大)やT教授(東大)や先の都知事選で落選したK建築家等は矢張り学生当時から注目されていた様で、コンペに出しても1等に当選するか入選している。ボクの建築の恩師は、大学院でK建築家の2年後輩だった事から彼の事をよく知っていて、学生時代から彼が光っていたという話をしてくれた事がある。著名な人物は学生時代からオーラが出ていたのだろう。そういう恩師も母校では無いが大学教授となってボクと出逢い、ボクは別の大学でM教授と出逢うのだから何時何処で恩師となる人物に出逢うか分からない。常に求める気持ちが出逢いを引き起こすのだろう。そういう事なら社会人になってから様々な建築技法を教えてくれた無名の棟梁達もボクの恩師(師匠)である。何も大学の建築教授だけが恩師という訳でも無い。

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 恩師では無いが、反面教師的な事で教えられた人物が居た。独身時代、所属していた大手の設計事務所の先輩で監理業務を専門にしている人物がそうだった。もう既に故人になっていて顔も余りよく想い出せないが、社内では評判の良くない人物だったから彼とはロクに話もしていなかった。どうも喰わず嫌いというか相性が合わない気がして、簡単に言えば噂をそのまま信じていたのかも知れない。ところが、たまたま監理業務に欠員が生じ、ボクがある設計業務を終えキリが良かったのか監理業務の応援に行く事になった。だから嫌な先輩の下で仕事をする羽目になったのだ。が、そういう事はよくある話だから気にもせず現場へ行けば嫌な上司とも顔を合わせる事もないので割り切って監理業務をした。工事は国(当時は建設省)の公共施設で1年ほど続いた結果、竣工検査を受ける事になった。

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 それまで中間検査の度に上司もやって来て、検査後の「打ち上げ」を嬉しそうに楽しんでいたのだった。が打ち上げ」とは無事に検査が終わった事へのゼネコン主催の慰労会で、簡単に言えば飲み会だった。ボクなんか学校を出て直ぐに設計部に入ったから「打ち上げ」なぞ知らず経験もなかった。現場でこういう事があるのが不思議だったし珍しくもあったから「監理業務には、こんな余禄があるのか」と感心し楽しんだものだった。しかし、上司はゼネコンに毎回の様にタカリをする事で評判が悪く、事前に聴いていた話がこの事だったのかと納得したのだった。「打ち上げ」は検査場所が鉄骨構造や金属建具の製造工場である場合はその近くの料亭やクラブが使われ、二次会、三次会と続く場合もある。上司は率先して自分の行きたい店へ行く場合もある。人の金だから懐を気にする事も無いのだ。

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 そういうのを目の当たりにして、ボクはサラリーマンというものが卑しく想え、こういう事を繰り返していれば人間は馬鹿になってしまうと想った。飲むのは楽しいが、本当に楽しい酒は自分の金で気の合った友人と飲むものだと想っていたから業者に飲ませて貰って楽しい気がするという気が知れなかった。業者が飲ませるには何か目的がある筈で、只では飲ませる訳が無いのだ。そういう借りを作ってしまうと言うべき事も言えなくなってしまう。検査に手抜きを認める訳では無いにしても手心を加える気持ちが出てしまうと監理の権威というものが崩れてしまう。それが嫌で、ボクは竣工検査には敢えて上司を呼ばなかった。最後となった「打ち上げ」は大阪北の新地の料亭とクラブで行われた。役人は流石に「我々の立場は、お宅の社員という形にしておいて下さい」と釘を刺していた。

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 彼等なりに立場を考えての事だった。後日、竣工検査を知った上司から現場に電話があって「お前がそうい気なら俺にも考えがある。覚悟しておけ!」と怒っていたが、意にも返さなかった。別に上司が来なくても検査は問題無く合格になり、監理業務も無事に終えたのだった。当然ながら会社に戻ってから、その先輩はむかっ腹の顔でボクを睨みつけていたが、それ以上の事は何も無く、ボクは設計部へ戻ったのだった。別に悪い事をした訳でも無く、会社側でもタカリの悪評が再び立つ事も無く内心では喜んでいる風だった。別の先輩と会社の帰りに飲んだ時、彼は例の先輩と仲が良かった事から後日譚を訊くと「いや、何も聴いていないヨ。実は、ああ見えても彼はバッハのマタイ受難曲を毎晩聴いている位だから、内心はナイーブな男なのだヨ」と聴かされ意外に想ったものだった。人は見掛けに寄らないものだ。(つづく)

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