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我が子の ファンが 親なんですよねぇ
コーチでも 先生でも 監督でもない
熱烈な 我が子の ファンが
親なんですよねぇ
喜文治

親自身が、やるべき事を、やり切れていないのに、子供にやり切るよう求める。
あんたの為に言うんだと、恩まで着せて、親だからと言う。
同じ事を何度、言わせれば気が済むの?
とも責める。
責めている気はない、親だから言うんだと、正当化までする。
今は、理解出来ないかもしれない?
直ぐには、実行出来ないかもしれない?
でも、必ず、聞いています。
効いています。
今、出来る事もあれば、直ぐに解かる事も有りますが、
一年後に、出来る事も有れば、数年後に分かる事も有りますよね。
数十年後に、否、親が居なくなってから、気づく事も有るんですよねぇ。
何故ならば、しっかりと、効いていたからなんですよね。
「こうしたら?」・「こう言うもんだよ。」・「こう思うよ。」
「だって、こんな事が有ったよ。」・「こうなったら困るでしょう?」・「こんな所に迷惑を掛けるでしょう」
話は多いにすべきだと思うの。
やり切らせる、言葉は要らないの。
責めて、気まずくなって、お互いイライラするんだもんね。
やり切らせようとする激しさよりも、繰り返し言い続ける根気こそが、大切だと思うの。
だって、その方が、こっちがイライラしないでしょ?
やるべき事が出来ない親が、我が子にやる切る事を求めない。
根気よく言い続け、見守るだけ。
親は、我が子のファンなの。
「贔屓(ひいき)の引き倒し」って、古い言葉が有りますよねぇ。
我が子を、親が引き倒していますよ。
ファンで良いの。サポーターで良いの。
その子の人生であって、自分の人生とは違うんだもん。
別人格だと、親が認められたら、良い関係が築けるんでは?
夫婦もそうだよね。
