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映写機を撤収するスタッフ 焼き鳥の用意をしていた青年団は乙丸公民館に移動し始めた。映画祭のスタッフは映写機の撤収を始めた。そぼ降る雨に、どうも野外上映会を諦め、中央公民館での上映に決めたようだ。「雨男」、私はふたつの漢字を思い浮かべていた。仕方がない。中央公民館での上映まで、どこかで呑むことにしよう。平成通りにある小さな居酒屋の戸を開いた。暗かった。誰もいないのだろうか。不用心な店だ。鍵をかけなくても安心、これが田舎、由布院なんだろう。おお、白い犬が駆け寄ってきた。おばあさんが出てきた。「お客さんですか?」おばあさんが怪訝そうな顔で問いかけてきた。ふふふ、客でなくて、誰が来る。「待ってな。父ちゃんを呼ぶけんな。父ちゃん」これはいい。これこそ、盆地、由布院の居酒屋だわいな。「ビールでいいかい」おばあさんは冷蔵庫からビール瓶を取り出した。栓抜きで栓を抜こうとするがなかなか抜けない。私は手を出して抜いてあげた。「歳をとると栓さえ抜けない。ふふふ、つぐぐらいはできるよ」おばあさんがビール瓶を持ってコップに注いでくれた。瓶が震えていた。「へへへ、何年ぶりかのう、お客さんにビールを注ぐのはのう」おばあさんが嬉しそうに言った。グビィと私は一気に呑んだ。「おばあちゃん、とってもおいしい」微笑むおばあさんの背後から、おやじさんがのそっと現れた。「いらっしゃい。何を差し上げましょうか」おやじさんが出てくると、おばあさんは静かに引っ込んだ。「冷や奴とリュウキュウをお願いします」「ようがす」それたけだ。後は静かだ。おやじの包丁を握る音がした。豆腐の上にやけにカツオブシが多くのっていた。リュウキュウはこれまたゴマが多くかけられていた。ビールを呑み終わると、焼酎のロックを頼んだ。「お客さんは映画祭に来たのですか?」私が持っていた映画祭のパンフレットをおやじさんは見つめていた。「ええ、そうです。ても、雨のため、野外上映会が中央公民館に変わってしまった」「そうですかい。私しゃあ、ここ三十年、映画に行ったことはありません」「三十年も、そうですか。最後に見た映画は……」「由布院の映画館です」私は驚いた。「湯布院映画祭」のコピーを思い出した。〈映画館はない町での映画祭〉と、映画館のないことを威張っていた。「駅前の通りの川の橋のたもとにときは館という映画館があったのです」おやじさんはいとも簡単に言った。「へーえっ、そうですか」新しい発見をした。コップに残った焼酎をグビイッと呑み干した。「お勘定をお願いします」「千五百円ちょうだいしやす」うん、気持ちはほろ酔い気分になっていった。「中央公民館で映画を見てきます」「ありがとうございます。ごゆっくり見て下さいな」おやじさんの見送りの言葉を受けて、私は外へ出た。雨は止んでいた。おやまあ、どうしたもんだろうな。ああ。(つづく)人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな!
2007.08.30
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薄暗くなった中央公民館のスロープを上がる。右側に由布院小学校の校庭が見える。サッカーの練習をしている子がいる。フムフム、映画に関心がない子供なんだろう。「おいおい、今年の映画は『大魔神怒る』という面白い映画なんだぜ」私はそう教えたくなった。そう、前夜祭の上映会は無料で、町民の人ともに楽しもうという狙いもある。会場に入って驚いた。子供達の姿が多く見えた。フムフム。いいではないか。映画を見に来ている子供達がいる。平和ということだよ。映画を家族で見る。それが一番だ。関係者が挨拶をする。みんな簡単だ。それがいい。実行委員長がステージに上がる。「野外上映会だから、足下が見えないと思ってこんな格好で、すんまへん」委員長の足元を見た。旅館の下駄を履いていた。ああ。映画が始まった。ストーリーは善い人と悪い人が完璧に区別されていた。善い人が悪い人に虐められる、苦しめられる。乙女が祈る。涙を流す。さあ、どうなるか、ふふふ、大魔神様が怒る。ゲエッ、大魔神様、ものすごい短足だ。短足の私でも「勝った」と優越感を感じるほどの短足だ。ウルトラマンのように足でキックなどはできない。ゴリラのようにしっぽで相手を倒すことはできない。ふふふ、眼力があるのだ。目でジロッと睨むと凄い光を放つのだ。私も瞳は細い。しかし、怒っても凄い光を放つことはできない。ああ。最後は、大魔神様のおかげで善い人が助けられて平穏の日々が戻る。メデタシ、メデタシ……「完」という一文字が浮かび上がる。パチパチ、ホール内に拍手が沸き上がる。これが由布院なのだ。素晴らしい映画を見られた。ありがとう。拍手をする。現代の人が忘れている感謝の心だ。 ロビーに出ると、大魔神の模型が置かれていた。やはり映画祭の関係者がポケットマネーを出して製作している。これが、そこが湯布院映画祭に対して、私の頭の下がるところだ。私は足の長さを確認して、交流会のある乙丸公民館を目指した。なあに、短足の私でも五分ぐらい歩けば着くところにある。ふふふ、公民館前では焼き鳥の煙が上がっている。ふふふ。 そう、湯布院映画祭は映画を見るだけではない。みんなで「見て」「呑んで」「語る」ということなのである。さあ、交流会が始まるぜよ。(つづく)人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな!
2007.08.31
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電車は由布院に近づいていた。夏晴れの上々の空模様だ。これなら雨が降らないだろう。「ヨシッ」と、私は私に気合いをかけた。エッ?!南由布院駅を過ぎると、突然に空が曇ってきた。「あれ~えっ」私の気力が萎えてきた。これはやばいではないか。盆地全体が暗くなった。電車が由布院駅に着くと同時に、ポツリポツリと雨が降り始めた。これはなんじゃ、これは雨ということなのか。駅員に切符をあげて恐る恐る駅前に出た。「雨男が来た!」アッ、映画祭のスタッフのひとりが私を指差した。駅前にいた旅館の関係者が私を恨めしそうに見つめた。由布院の地域づくりは、これだから素晴らしい。映画祭、絵前広場でやる。スクリーンを立ち上げる。旅館から大勢の関係者が出て応援してくれる。行政主導の地域づくりではこうはいかない。ふむふむ、しかし、今は感心している場合ではない。みんなの視線をどう遮るかということだ。「みなさん、こんにちは、さすが由布院、涼しくなりましたね」涼しくもなろうというものだ。小雨が降っている。降らしたのは誰だ。みんなの視線が強くなる。ああ。「今夜、上映される映画は『大魔神怒る』でしたよね」エヘラエヘラ笑いながら、私は尋ねた。みんなは首を縦に振った。「それならば少しは雨が降ったり風が吹いた方が迫力ありますよね」言ってはいけないことを言ったと、私は思った。「そういう問題ではないと思いますよ」案の定、みんなの視線はより冷ややかなものとなった。ああ。ここは逃げるが勝ちと、私は旅館に逃げた。逃亡者、デビットジャンセン、うんリチャードキンブルの気持ちになった。チェックインして露天風呂に入った。おお、由布岳が見える。晴れてきているではないか。これなら野外上映会は開催できそうだ。私は再び駅前に行った。おお、スクリーンが張られていた。「これなら上映できますよね」私はエヘラ笑いをしながらスタッフに声をかけた。うん、かけた瞬間、ポツリと冷たいものが頬をかすめた。もしかしたら……雨……ああ。(つづく)人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな!
2007.08.29
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「すいませんが、渋滞が予想されます。十七時半のフェリーに乗りますので、 十二時四十分までに食事を終えて、バスにお戻り下さい。 すみませんが、トイレもちゃんとお済ましてお願いします」おっと、すみません添乗員が帰ることを宣言した。屋島、栗林公園、観光というよりもお土産屋への案内が終わると一路帰途に着くことを宣言した。ふむふむ、お土産屋ツアー、そのものの実態を、私は知った。うん、怒るよりも、私は感動していた。おばちゃんたちのパワーに圧倒されていた。そう、人は「生きる」ために働く。ああ。昼食を終えると、バスはスピードをあげた。どれくらいのスピードかここでは書けないがスピードを出していた。私の運転が異常に遅いから、そう感じがしたのかもしれない。すいません添乗員がマイクを嬉しそうに握った。「すみません、七時のフェリーに乗る予定でしたが、 渋滞がなかったので、早めに着きそうです」「十七時じゃ」一番前に座っているはあさんがぼそりと言う。。「すみません、十七時でした。 そこで一便早い、十六時のフェリーに乗りたいと思います。 すみませんが、一時間早くてはいけないという方はいませんかね」パチパチという拍手が起きた。「すみません。この拍手は了解ということなんでしょうね」すると、バスがまた急にスピードをあげた気がした。フェリーにはギリギリに間に合った。ふむふむ。「すみません。フェリーが佐賀関に着いたらバスを降りる人がいます。 そこで今回の旅が終わるということです。 すみませんが、ここで、お礼の挨拶をしたいと思います」「慌ただしい行程ですみませんでした。楽しむことができたでしょうか。 本当にすみません。本当にお疲れ様でした。 すみませんが、明日からお仕事でしょう。 すみませんが、明日が休みという人はいませんよね」「ずーっと休みじゃ。死ぬまで休みじゃ」ばあさんが突き放すように言い放った。「すみません。今回の旅へのご参加、ありがとうございました」すいません添乗員は頭を深く深く垂れた。そういうことで、すみませんが、これで今回の旅のレポートを終わりとします。テヘヘヘ。 ■私が応援しているブログです。 一度覗いてみて、良かったらランキングをクリックして下さいな。 九州の山奥にある小さな田舎の不器用なお店です。 小さな店を知ってもらうためのささやかな挑戦です。ああ。 →里の茶店「しゃらの木」・フク爺さんとサチ婆さんの立ち話
2007.08.27
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屋島の観光を終えると、栗林公園へと向かった。バスから降りると、カーッと陽射しが照りつけてきた。「バスは停まりますと冷房を切ります。 すみませんが、みなさん、全員降りて下さい」すみません添乗員さんが叫んだ。叫ばないと、みんな、外へ出る勇気が湧いてこなかった。アチイーーーーイッ、痛てえ暑さだった。陽に焼けたおばちゃんが旗を持って待っていた。これまたやけに愛想が良かった。なぜだろう。私はおばちゃんに対する警戒心を解かずについていった。「ここの駐車場、動物園だったの。 いい動物いなかったから駐車場に変わったの。動物はどうしたのでしょうね」 ああ、そこの木陰で立ち止まってね。ここで話をしましょう」おばちゃんは栗林公園の話をし始めた。ペラペラペラ、話すは話す、ペラペラペラ、凄い連発銃だ。歩き始めても、ペラペラ、話は止まらない。「ここに美しい松があります。一番の松はこれではありません。 もっと奧にあります。そうアソコにある三角形の松、あれが一番」ふむふむ、誰が一番、二番と決めたのだろう。私はおばちゃんにそっと聞いた。「うん、私が勝手に決めたの。その方がわかりやすい」ギャフン。それにしても、松はきれいに剪定されていた。その松を剪定していたおじさん達を差しながら、おばちゃんはのたもうた。「この公園、松の管理は十五人の職人がやっております。 ちゃんとした高松市の公務員であります。 私、私はパート、お土産屋のパートであります。 いつでも首切りOKのパートです」エッ、お土産屋のパート、じゃ、この公園の観光が終わるとお土産屋まで連れていかれるということじゃないわいな。ああ。栗林公園の案内を終えると、おばちゃんは深く頭を下げた。「私はここで宣言します。最近、離婚しました」おう、ガイドの女性が離婚したことを宣言した。宣言したからって何になるのだろう。「離婚の原因、それを告白したいと思います」おう、離婚の原因を告白する。告白されたって、なんと言ったらいいのだろう。私達は観光客なのだ。「私がムクチだからです」先程からペラペラペラとしゃべって無口とは、私は無口になった。「離婚した私です。生活が大変です。 そこで、首にならないように、これから案内するお店でどんどん買って下さい。 私の名前を言うと、消費税サービスします。 さあ、レエッラ、ゴー!!」ああ、四国の観光、お土産屋さんバンザイ、私は両手を挙げてしまいましたがな。■私が応援しているブログです。 一度覗いてみて、良かったらランキングをクリックして下さいな。 九州の山奥にある小さな田舎の不器用なお店です。 小さな店を知ってもらうためのささやかな挑戦です。ああ。 →里の茶店「しゃらの木」・フク爺さんとサチ婆さんの立ち話
2007.08.26
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『大魔神怒る』は藤村志保さん。 『越前竹人形』は若尾文子さん。 『小太刀を使う女』は京マチ子さん。中村玉緒さん。ふふふ、みなさん、大映らしい女優だ。これぞ大映という感じだ。東映、松竹、東宝、日活ではない。昔の映画は、それぞれの会社の個性があった。女優はその最たるものだが、大映らしいものがまだある。「カツライス」と「大映三一システム」という言葉だ。あなたは知っているだろうか。テヘヘヘ、私は知らなかった。「湯布院映画祭」のパンフレットを読んで初めて知った。「カツライス」当時の大映を支えたのはふたりの俳優だ。勝新太郎と市川雷蔵だ。ふたりの名前から「カツライス」と言われていた。大映の娯楽映画を撮り続けた四人の監督がいる。森一生、三隈研次、田中徳三、池広一夫という職人監督だ。その名前に数字が入っている。三と一、「大映三一システム」の由来だ。当時、この四人の監督の作品はなかか評価されなかった。大映京都撮影所が倒産で映画製作が中止されて三十年が過ぎた。「大映京都の時代劇は面白い。他社にない独特の味わいがある」大映映画を見る機会がなくなって、その良さが見直されている。そこで、「湯布院映画祭」で特集をしようということになった。九州の盆地の片田舎で素晴らしい映画を見ることができた。 由布院で映画を見ながら、私はいつも思ってしまう。映画祭のスタッフ達の頑張りにいつも頭が下がってしまう。二日酔いで頭が痛いということではない。スタッフ達は給料の何パーセントを会費として納入している。それだけでなく、いろいろな機会に、寄附をしている。それに、弁当なども自前なんだ。「何でそんなに頑張れるのか?」私の問にニヤニヤと笑うだけだ。そうそう、二万五千円の全日券を購入して、五日間、映画を見続けてくれる人もいる。相部屋の旅館に泊まり、ひたすらに映画を見続ける。「湯布院映画祭」には昼食をとる時間をとっていない。映画、シンポジウムの合間に、、おにぎりを食べてということになる。湯布院映画祭、スゴイぜ!「湯布院映画祭」が終わると、由布院は一気に秋の様相を見せる。そう、由布院の夏が終わったということだ。(終わり)人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな!
2007.09.01
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8月22日の由布院由布院盆地の夏は、『ゆふいん音楽祭』で始まり、『湯布院映画祭』で終わる。今年の『湯布院映画祭』が、八月二十二日から二十六日まで催された。いつものように、初日の前夜祭は、『野外上映会』が開かれる予定だった。野外上映会、昔、あちこちの広場や公園で開催された。竹竿などで張られたスクリーンに、映画を映写して楽しむのだ。映画館のない町や地域では、大人や子供にとって最高の楽しみだった。その楽しみを、由布院盆地で再現しようということだ。由布院駅前を夕方から交通止めして、道路が桟敷となる。駅のポールに縛られた竹竿にスクリーンを張る。標高五百に近い由布院だ。夜ともなれば涼しくなる。『湯布院映画祭』の前夜祭、星空の下の最高の映画の場となる。「駅前で星空の下で映画を見られる。 周辺では地区の青年団が焼き鳥や鉄板焼きの屋台を出しビールも呑める」そういう話を聞いていた。なんと心揺さぶるシチュエーションではないだろうか。少し早めに行って、旅館にチェックインし、温泉に入って、下駄を履いて由布院駅前に行く……ああ思うだけで武者震いしてくる。 例年の野外上映会前夜祭、野外上映会、私は一度も行ったことがなかった。翌日の中央公民館での上映会から行くことにしていた。私が「前夜祭」になぜ行かなかったのか。あの……私は、実は、正直に言うと、「雨男」なのだ。若い頃から登山やキャンプを趣味としてよく行った。いつも雨だった。なぜか雨が降られたものだ。雨の中の山登りやテントの設営、私はなぜか上手くなっていた。静岡の修善寺に友人ができて四度ほど出かけた。最初の時など、私は台風を連れて行った。以来、雨に降られるか、曇りの日が多かった。修善寺の達磨山から富士山を眺める機会はまだない。入学式、卒業式などの想い出は、雨とともに思い出す。女性と初めてのデートも雨だった。城島の野外ジャズコンサートは、いつも雨が降った。人生六十年、大切な時、楽しい時、いつも雨だった。自分が「雨男」と自覚した時以来、私は野外のイベントに出かけないようにした。そういうことで、『湯布院映画祭』の前夜祭に一度も行ったことがなかった。去年は青森のねぶた、今年は阿波踊り、野外のお祭りに出かけた。雨は降らなかった。熱く燃えるお祭りを楽しむことができた。私の「雨男」の神通力が衰えているのではないか。そうだよな。六十だ。歳をとったから気力が衰えている。もう「雨男」ではない。私は「雨男」ではない。私ははじめて『湯布院映画祭』の前夜祭に行くことにした。(つづく)人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな!
2007.08.28
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ピエモンテ 「ただいま、今、イタリアから戻りました」男は黒く焼けた顔を崩して笑った。三年前に、男はをひとこと残して日本を去っていった。「イタリアに行ってきます」男の周囲の人達はみんな頭をかしげた。「あいつ、何のためにイタリアなどに行くのだろう」そう、男は由布院のある旅館の料理長だった。イタリア料理でなく日本料理の料理長だ。男の創作料理を愛する人というかファンは少なくなかった。イタリア料理の勉強をするために、イタリアに行くわけはなかった。男ははっきりと宣言した。「イタリアにこれが日本料理だということを教えに行ってきます」おお、ヨーロッパはじめ全世界で日本料理がブームになっていた。そこへ、「これが本物の日本料理だ」ということを、男は教えに行くようだ。男は四十少し過ぎていた。夢を抱くには遅くはない年齢だ。「本物の日本料理を教えてくる」ふふふ、男らしい夢だ。男は奥さんと娘さんを連れてイタリアに行った。そして、三年が過ぎた。「イタリア料理はおいしかったですね」男はまず言った。日本料理を教えに行った男がイタリア料理を褒めた。男はめったに褒めることをしない。男が素直に言った。しみじみとした顔で言った。「おいしかった。身体が空に浮くほどおいしかった」男は懐かしいそうな雰囲気を漂わせていた。「そうね、ピエモンテ、とにもかくにもピエモンテだね。 ピエモンテの料理が最高だった。 トマトがおいしかった。ピエモンテの風土がつくったトマトがおいしかったね」男はため息をつきながら空を仰いだ。ピエモンテ、「スローフード」の発祥の地だ。「そう懐かしさ、ほっとせる、そう穏やかさがあったね。 穏やかさ、さすがプロと思わせる料理をしているんだ」ふふふ、男は嬉しそうに微笑んだ。「子供の頃に食べた味、そう記憶に残っていた味と言ったらいいのかな。 子供の頃に初めて知った味というか、ヘーエッと驚いた味。 ああ、ピエモンテの料理はおいしかったね」ふ~ん、記憶に残っている味ね。イタリア料理は奧が深いようだ。男からイタリアの料理だけでない。いろいろな話を聞いた。粗忽な私だ。聞き間違いがあるかもしれない。まあ、男の話、ひとつひとつ思い出しながら綴ってみる。しばしのおつきあいのほどを……。(つづく)人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな!
2007.09.02
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