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子供の頃の悔し泣き
大人になってもそうですが、子供の頃は特に、自分の考えている常識や想像できる範囲を超えた、不条理な事が自分に降りかかると、言葉を失ってしまい、後でやたら悔しい思いをしたり、あまりの事の場合はその場で悔し泣きしてしまう事がよくありました。
考えると自分は、自分が外から受けた物事に対してまず自分の事として考え、どうしても自分が原因ではないと思うとその原因(人)に対して動く、という性格を持っている事にある時気付きました。従って不条理な事であっても一旦はそこで受け止めて考えてしまうため、一歩対応が遅れるんですね。だから、後で悔しい思いをする事が多い訳です。損な性格だと思います。とりあえずその場で、何でも良いから言い返したり、自分が悪いかどうかはともあれ強い態度が取れれば、もっと人を掻き分けて人の前に出る人生が開けていたのかもしれません。嫌われ者とは紙一重でしょうけど。
以下は、子供の頃のその種の事件で、強く記憶に残っているものです。極力、脚色は避けて描写しています。
●痛いよ!!
小学校1年生の頃、左隣の席に非常に乱暴者の女の子が座っていました。体格も良く、多分小生より力も強かったと思います。
ある時、理由もなく(子供の行動なんてみんなそうですが)小生の左手を持って、指を手の甲側に「ギューッ」と力いっぱい曲げだしたのです。余りの痛さに「痛い、痛い、痛い!!」と悲鳴を上げましたが、女の子は力が強くて振りほどく事ができません。その子はニヤニヤしながら更に力を入れて曲げようとします。本当に指が折れると思い、必死の思いで、とっさに手元にあった鉛筆でその子の手を刺しました。
「痛~い」と言いながらやっと放してくれて、小生も半泣きで、指が折れていない事を確かめながらその子を見ると、その子はギッとこちらをにらんだかと思うと席を立って、「せんせー!○○がエンピツさした~!」と、先生の方に走って行き、手を見せています。先生(オバちゃん)は「○○くん!立ちなさい!何でそんな事するの?ばい菌が入ったら大変だよ!!」と、皆に聞こえるように小生を叱りました。
指の痛さと、女の子に乱暴されたショックから立ち直らない中で追い討ちを掛けられた形となり、小生は口を尖らせて顔を真っ赤にしたまま立ち尽くし、言葉が出ませんでした。何故その時、「そいつが僕の指を折ろうとしたんだ!」と言えなかったかと、後で悔しくて悔しくて、こうして今でも覚えている訳です。この時は確か、泣かなかったと思います。ちなみに、その子は2年生を待たずに転校したように覚えていますが、その時を境に大嫌いになったのは当然です。
●ボクのボールなのに・・・
少年野球を小学校2年生から始めたのですが、始めの内は子供の遊び同然でしたので、コーチが打ったノックの球を拾いに行くのも楽しい、といった風情でした。入ったばかりの頃、ある時やはり、そうしてノックを受けていた場面です。
他の子が取れなかった球を追って、一番に取りに行きました。ところがボールの直前でスピードを落とした脇から、後から来た子が小生を追い抜いてボールを取って行ってしまったのです。その時の感覚としては、「僕が取るボールだったのに、ずるいよ。何で追い抜いて持って行くの?」といったところでしょうか。悔しくてすぐに涙があふれて来ました。(そういえば小生、物心付いた頃から、声を出して泣く事が嫌いで、涙がこらえられなくても声だけは絶対出しませんでした。泣くのは恥ずかしい事だという意識があったのだと思います。)そうしながら皆の所へ戻ると、何かと思ってコーチが「どうした!?」と聞くので、「○○がボール取った」と訴える(?)と、コーチは笑って「男ならそんな事で泣くな!」と言っていました。ボールを持って行った子(結構暴れん坊)も、何で小生が泣くのか分からないといった表情で、当惑していたものです。
この話は、笑い話以外の何物でもないですね。所謂「泣き虫」だったのだな、と懐かしむだけです。何年かして高学年の頃、何かの反省会の時だったか、そのコーチに「○○も、泣かなくなったしな!」と(成長したな、という意味を込めて温かく)言われて、小生も照れ笑いするだけでした。
●どうしてくれるんだよ!
小学校3~4年生の頃だったと思いますが、遠足である公園に行きました。楽しいお弁当の時間です。小生、小学校時代のお弁当には、「イシイのおべんとクン・ハンバーグ」を必ず入れてもらいました。いや、大好きだったんですよ。
ベンチに座って食べていましたが、早く食べ終わった子達が走り回っていました。と、走って来た子が小生の足に当たり、ひざの上に乗せていた弁当箱が地面にひっくり返りました。半分以上食べ終わっていましたが、好きなものを残しておく癖があった小生のハンバーグは、一口か二口食べただけで無残に転がっていました。
口に食べ物を入れたまま立ち上がって、「どうしてくれるんだよー!?」と激怒する小生に、当たった子も「ごめん」と言うものの、小生は納まらず、悔し涙があふれるわ、鼻水がでるわ、まだ口に食べ物を入れっ放しで「何で走ってんだよー!?これ、どうしてくれるんだよー!?」と叫んでいました。「ごめんって、言ってるじゃん」とその子は(済まなそうに)言ってました。もう頭に来て、その子のお弁当もひっくり返してやろうかと思いましたが、もう食べ終わっていましたし、そこに転がっているハンバーグはもう、今日は食べられない、また次の遠足まで「イシイのハンバーグ」は食べられないと思うと、悔しくて悔しくて、こうして今でも覚えている訳です。食べ物の恨みですねえ。
●俺じゃないってば!
確か小学校3年生の2学期、夏休みが明けて、宿題の工作を皆に発表する日です。工作は、各自始業式の日に皆持って来て、教室に置いてありました。その朝、小生はクラスでも2~3番目に教室に来て、他の子の工作を見ていました。すると、誰かの工作が、壊れている事に気付きました。どうなっていたんだろう、直らないものか、と手に取って見ていると、他の子が教室に入って来て、「あー!!○○、俺の工作壊したー!!」と叫ぶのです。すぐに「初めから壊れてたんだよ!」と言い返しましたが、「○○が壊したんだろ!」「違うよ、初めからこうだったんだよ」「○○が壊した!」という押し問答をしましたが、その子は一切小生の言う事を信じず、「○○のも壊してやるからな!」と、小生の力作(何だったかは覚えていませんが、とても気に入っていた事は覚えています。工作は大好きでしたし。ちなみに、その子のよりずっと良い出来栄えでした。)を壊してしまいました。
悔しいのも悔しかったですが、「一体誰が、彼の工作を壊したのか、そいつのせいで僕の工作まで壊されてしまった」という思いが強く、壊れていた工作の子を恨む気持ちより勝っていました。不思議とその子に対しては、壊されて可愛そうと同情する気持ちがあるのと、真犯人が誰だと自分が証明できないのでは仕方ないという思いもありました。少々、お人好し過ぎますよね、今思えば。
さて、事前に先生には説明しました(言いつけに行った?)が、いざ、発表の時になっても、壊れていた彼は自分の番の時に「○○が壊した」と皆の前で言いますし、小生も自分の番の時に「○○に壊されました」と言うのが精一杯でした。
「○○のを壊した犯人を探して下さい、と先生に訴えれば良かった。何故あの時先生は、僕が言わなくてもそうしてくれなかったんだろう」と思って、後で悔しくて悔しくて、こうして今でも覚えている訳です。まあ、子供同士の話、先生もどっちが本当の事を言ってるのか分からないし、取るに足らないと思ったのでしょう。また、皆の前で犯人探しをしても仕方ないとも思ったのかもしれませんが、真犯人は一体誰で、どんな顔で見ているんだろうと、クラス中を見回したものですが、まあ、分りませんでした。当時でも、自分なら、誰かのを壊してしまったら、やり返されるのを覚悟で本人に謝るべきだと思いましたので、そいつは泥棒になるに違いない、と思って暗い気持ちになったものです。この時は、涙は出ませんでしたね。
●理科室・片付け
小学校6年生の時、理科室で実験が終わり、器具を片付けている最中の事です。班の皆で大方片付け終わって、僕は先に机に戻って、椅子を後ろに傾けてブラブラとやってました。すると理科の先生(性格が悪く、イヤミなやり方に、生徒に嫌われていました)が突然僕の事を、「○○はやる気がないんだな。通知表に書いておくからな。」と皆に聞こえるように言うのです。何のやる気がないのか、一瞬理解できず、ははあ、片付けしなかったと思われたのだな、と後で気付きましたが、その時も言葉が出ず、ただ口を尖らせて黙っていたものです。書くなら書け、と思ったものです。
ただ、その先生は本当に性格が悪く、今で言う落第教諭でした。例えば学期の最後の授業中に全員の通知表の評価を発表しながら、成績が悪かったり、特に所謂「悪ガキ」の子に対しては自分の感情そのままにイヤミな事を言うという人権を無視した行為もしていました。その際に、当然小生のその「やる気ない」という話も蒸し返され(成績は悪くなかったのですが)、「勝手に言ってろ」と思いながら聞いていました。他にも、授業中に叱られてちょっと口答えする子に対しても口より前に手が出ていましたし、あのような行為が教育の何にプラスになるのか、未だに理解できません。小生のように、反感だけを残して尊敬の微塵も残らない結果に終わるだけですよね。
●ミシン停止?何のこと??
小学校6年生、家庭科の授業中です。家庭科室で、ミシンを使って裁縫をする授業でした。小生も課題に取り組みながら、コロンと何かを床に落としてしまいました。それは4人で囲んで座る机の下に入ってしまい、小生はもぐりこんでそれを拾いました。すると、2人いる女の子の一人のミシンが止まったらしく、「あー、○○、今電気(コンセント)抜いたでしょー!」と(確かに机の下の床に、コンセントがありました)。はあ?という感じの小生が「やってないよ」と何度か言うのを無視してその子は、通りかかった家庭科の先生に「先生!○○が、電気抜くんですよー!」と言ったかと思うと、先生は「まあ、何でそんな事するの!?○○、どんどん悪くなるわねえ!」と言い残してすぐに行ってしまいました。(止まった原因は不明です。)
その間、恐らく5秒程度。反論する間もなく、あっという間に小生は「悪者」になってその場に取り残されました。その女の子(スケ番格)と先生に対して、あまりの事に悔しくて、あっという間に悔し涙があふれて来て、その場で机に突っ伏してしばらく涙が止まりませんでした。隣にいたもう一人の男の子が、「○○は感じやすいんだぞ!」という、良く分らない擁護の言葉を女の子達に言いながら背中をたたいてくれましたが、本当に悔しくて悔しくて、こうして今でも覚えている訳です。その女の子と先生のデリカシーの無さと、自分のデリケートさを自覚してしまった事件でした。
●「二番煎じ」ってナニ?
小学6年生、卒業も近い頃だったと思います。委員会(生徒会の役員会的なもの)の6年生の会合では、「卒業生を送る会」で卒業生が在校生に対して贈る出し物を決める話し合いを行い、委員長だった小生を始め全会一致で、委員会担当の先生(前項の、家庭科の先生)が提案した企画(というか、誰でも考える)を可決しました。それは、決まったセリフをある時は一人で、ある時は全員で言う(何というんだ、こういうの?)例のやつです。
ところが、その数日後、その生徒会に出席していた小生他3人程が担任の先生(ジジイ。右翼的思想の持ち主)に呼ばれ、次のような趣旨の話を聞きました「君らは委員会で、~をやると決めたんだってな。それは先生に、二番煎じをさせるという事になるんだ。卒業式でそれをやる事は先生(担当だったらしい)が先に決めていて、○○先生がそれと同じ事を送る会でやると言い出したんだぞ。先生は、○○先生に言って、送る会ではやらないようにさせようと思う。」
そんな事、小生達は知る由もありませんでしたので、始めは「二番煎じ」の言葉の意味も分からず、ぽかんとして聞いていました。で、延々と訳の分らない理由を並べて最後に、「みんなは、先生の言うことが正しいと思うよな。正しいと思う者は手を上げろ。」と言うので、他の「良い子」の3人は素直に手を上げて(話にもうなずきながら聞いていました)いましたが、「悪い子」で素直じゃない小生は、その先生の言うことがつじつまが合っていない事と、委員会で自分達が賛成して決めた事に対する責任があり、簡単に覆せないと考えたため、手を上げませんでした。
すると担任の先生は、「何だ!○○は分らないのか!先生はがっかりだぞ!」とおっしゃっていました。元々その先生は4年生から3年間担任だった人で、どうも小生を見込んでいたというか、悪く言えば変なところで「ひいき」してくれたりもしていたので、逆に小生の方が不公平感を感じてイマイチ信頼できませんでした。その先生は多分、手を上げさせた時にまさか小生が上げないとは夢にも思わなかったのでしょうから、多少は自分を顧みたのでしょうか。結局、送る会の例の企画は実施され、卒業式でも「二番煎じ」の同じようなのをやりましたが、そこにどのような経緯があり、小生の「反抗」が影響していたかどうかは不明です。しかしある程度成長してから思ったのは、子供相手に、そんな自分の都合を通そうとするがために工作しようとする担任も担任ですよね。大人同士で勝手にモメてれば良いものを。子供にとっては良い迷惑でした。
●暴力教師
楽しかった中学時代の、数少ない非常に嫌な思い出です。というか、中学生にもなると当然思春期を迎え人格形成も進み、どんどん大人に近づいていく時期ですので、その間に大人(主に教師たち)の言動や振舞いを見て感じることも非常に多くなってきます。彼ら教師達が考えている以上に、子供達は強い感受性を持って一挙手一投足を観察しています。皆さんも心当たりがあると思います。
小生の中学校では、毎年秋に生徒会の選挙が行われていました。生徒会長以下、副会長(ここまでは2年生の、前回役員だった人が立候補する形が常)、会計、書記(このへんは1年生が立候補)といった役員が選出されます。立候補といっても、各クラス1人ずつ必ず出す事になっており、小生のクラスも例に漏れず。まず担任(英語のN先生、オバちゃん)がそのノルマを厳守する大前提で考えていました。その候補を選出する学級会で、よくあるパターンですが自分でなければ誰でも良い、という大部分の人の風潮に押され、(成績では多少目立っていた)小生に白羽の矢が立ちました。ところが小生、人前で何かするとかが当時は大嫌いで、即座に「嫌だよ!」と断りました。しかしクラスの皆は、前述のような態度見え見えで「○○やれよ!」「やれよ!」と半ばケンカ腰で言う始末。小生もそういうのを見て取り、なお更やるもんかと思い「いやだ」を繰り返しました。本当に嫌だったので相当しつこく押し問答をしたのですが、ついには担任の「N」が「みんなが推薦してるんだから、○○、やりなさい」と、事務処理の構え。最後まで小生は嫌だと言い続けたのですが、結局黒板には立候補者に小生の名前。後で担任に呼ばれて念押しで説得されたのですが、うんとは言いませんでした。
選挙までの間、形式的に放送で選挙活動をしたりもするのですが、小生は全くやる気なし。他の1年生候補者は、ちゃんとやっていましたね。さて選挙の「立会演説会」(体育館に全校生徒が集まっての催し物)の日になりましたが、他のクラスの候補者が、先輩役員の「応援演説」を事前に頼んでちゃんと形にしていたのに対し、何もしていなかった上に演説の原稿なんかも全く考えていない小生は、背中を押されて嫌々舞台の袖に上がったものの、親切な先輩がそういう状況を見て「俺が(即興で)やってやるよ」と助け舟(?)を出してくれ、結局先輩が小生の出番を形にしてくれました。小生は落選したかったので、殆どしゃべらなかったと記憶しています。他の1年生候補者が、本当にやりたいと思ってやってるのか、それとも小生と同じ状況であんなに立派な事をしゃべっている(考えられませんでしたが)のかと、本当に不思議でした。
さて間もなく選挙があり、落選を心から願っていた小生は当選(確率は2分の1程度)してしまいました。生徒会をやると高校受験時の内申書で有利になると聞いていたので、それなら1年間だけやってやる、と諦めましたが、来年の選挙までの1年間で絶対辞めると決めていました。前述の通り、一度生徒会役員に入ったら2年間やるのが通例だったので、それを破るのは難しいとは知っていましたが。そうして小生は「書記」を1年間やり、2年生の秋にスッパリ辞めました。終わった時は、それはスッキリしたものです。ちなみに、代わりに2年生の同じクラスから、女の子が役員になりましたが、後まで「○○が辞めたから、私がやらされたんだからね!」と言われたものです。でも、2年生の時の選挙の、その過程を全く覚えていないんですよね。小生もよほど役員が嫌で、とにかく辞めたかったのだと思います。
さて、その生徒会役員の顧問をしていたのが、上の学年の担任だった問題の「U」(中年男、社会科)です。1年で小生が辞めた事を、どうやら間違えて捉えたらしく、「○○は生徒会役員になってから嫌だと言い出した」などと、小生の学年の教師陣に触れ回っていたようで、3年生の担任になったS先生(若手男、技術科、恩師)にも後で言われました。内申書に「マル特(内申点3点プラス)」を付けるかどうかで、教師の学年会議でもめたらしいのです。結局、S先生の御尽力で付けてもらえたのですが、その場にいたはずの「N」が1年生の時の経緯を何か説明したのかどうかが、非常に疑われました。小生は初めから最後まで「嫌だ」と言っていた上に、「N」のメンツを立てる(実際、どうしても出さなきゃならない様子だったので)ためだけに1年間我慢したというのに、「U」がほざいた事に対して何も補足しなかったのでしょうか、とはS先生にも言いませんでしたが、大人は汚い、と思ったものです。
「U」のやり方は、生徒は殴れば言う事を聞くと思い込んだものでした。しかもヤクザまがいの横柄な態度は職員室でも幅を利かせ、「U」とその取り巻きの数人の男性教師のやり方に口を挟める雰囲気ではなかったようです。子分格の、小生の学年の社会科「H」も、キレて生徒を殴る事を何とも思っていませんでした。その「U」に、生徒会絡みで目を付けられてしまった小生は、学年が違ったからまだ良かったものの、何か生徒の集まりで同じ場にいると必ず、何かしらイヤミを言われたものです。それが極端な形で現れた事件がありました。
2年生の冬、雪が降りました。校庭にも未明から降っていた雪が積もり、昼休みには生徒が校庭に出て、雪合戦やら雪だるまに興じていました。その中で、数人の生徒が校舎の窓に向かって雪だんごを投げ始めました。窓から生徒が手を伸ばし、「こっちへ投げろ」とやっています。小生のクラスからも友達が小生ともう一人に声を掛け、それに応じて2階の窓に投げてやりました。運悪くそれを見ていた「U」が、職員室の隣の会議室から顔を出して「おい!今投げたヤツ!ちょっと来い!」と怒鳴りました。
仕方なく(とぼけて、行かないでも良かったと後で後悔しましたが、変に素直だったもので)小生他数人がその部屋へ行きました。先に行った他のクラスの奴等はすぐに帰されていたようですが、小生と友人のYが行くと、「おい、○○、何で呼ばれたか分ってんだろうな!」と始めからけんか腰。小生も雰囲気が掴み切れず、小生「雪を投げたからです」U「何で雪を教室に投げちゃだめなんだ!?」小生「濡れて滑ったりするから」(こんな事言わずに、黙ってれば良かったのに。)「じゃあ、何で投げるんだ!しかも俺が注意した後、また投げただろ!」と。???おかしい、自分は1回だけ、しかも呼ばれてすぐに止めた。ははあ、くる途中で通り掛かりに投げてた、Mの事だな、と思い、「いえ、僕が投げたのは1回だけで、2回目は・・」<バシイッ!!>突然頬を平手で殴られて顔も持っていかれた小生は、下半身が脱力して、頬を押さえながら一瞬フラつきました。「口答えすんのか!」とU。その後Uはどーのこーのと説教しながら(他の奴にそんなに言ったのか?しかも言われた後も投げてたMなんか、すぐに開放されてた、と思いながら)、まだ「2回投げた」ような事を言ってるので、小生が「ですから、2回目は・・」<バシイッ!!>今度は反対の頬に衝撃が。またまた足がぐらつきながら、さすがに悔し涙が出てきました。「泣くぐらいなら言われたらすぐ止めろ!!」とU。だから、説明しようとしてんのに言わせねーのはてめーだろ、でもこりゃもう無駄だ、と思って後は流れる悔し涙を必死にこらえながら「行け」と言われるまで、ただUの言う事を聞き流していました。すでに5時間目が始まって5分は経っていたでしょうか。トイレで顔をじゃぶじゃぶ洗ってから、Yと一緒に教室に戻りました。Yが、授業を始めていた国語の先生に簡単に事情を説明していたようですが、小生はもうその時間は、机に突っ伏した顔を上げることはできませんでした。
今までの人生の中でも、あんなに理不尽な事はその後もまだないですね。要するに、生徒会絡みで虫に触っていた小生を、どこかで殴ってやろうと思っていただけなんですよ。教育的な見地は皆無。生徒の釈明はUにとっては口答え。殴りたい奴は殴る。それだけ。隣にいたYなんか、結局何一つ言われもしなかったんですから。その現場にいた他の教師達も、完全に見て見ぬふり。誰もブレーキを掛けられないんですね。そういう風だから、U一派のやりたい放題な訳です。今時なら、欠陥教師として一線から外されてるところですね。体罰どころか、単純に自分の欲求のままの「暴力」なんですから。
本当に、楽しい事ばかりだった中学時代の、数少ない嫌な思い出が、これら教師に起因する物だというのが、結局現在の教育現場で起きている問題そのものにも思えます。一方で、3年生の担任だったS先生が、若かった事もありますが完璧に生徒の心を掴み、あるいは読み、教室の空気とカリキュラムをコントロールしていたのが本当に印象的でした。自分も教師という職業に興味があったため、ああいう先生になれたら、子供達の幸せな学校生活の助けになれるのに、と思いましたし、本当に尊敬しています。1年間だけでも、そのような先生に担任を持ってもらえた事が、しかもそれが3年生だった事が、中学時代の記憶を何より輝かせています。
平成16年5月5日
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