きのこ

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きのこと表現の自由


職場に月1回発行する社内報があるのですが、ある時私は「夏の思い出」についての原稿依頼を受けたのです。そして私は書きました夏の「きのこ」の思い出を。しかしその原稿が掲載された社内報を見て私は愕然としました。私の許可なく著しい修正(改悪)が行われ原文にあった震え上がる感動がすっかり色褪せ、凡庸で説明口調のつまらない作文が活字となっていたからです。
皆さんにこの現実を理解いただくためこの場に原文と修正文を掲載いたします。皆さんの意見を掲示板にどんどん書き込んでください!


<原文>タイトル「しめじ」
 私にとって忘れる事のできない夏の思ひ出、それは小学六年生の時の話です。「匂い松茸、味しめじ。」という言葉を知ったのが全ての始まりだったのです。
 その頃の私にとって、きのこ類はやぶさかでないものでしたが、それは椎茸や松茸に対するものに過ぎなかったのです。
 しかしその松茸よりも味において勝っているのがしめじ!!普段何気なく食べていたしめじだったんですよ!!「これは一体どういうことなんだ!!」「何故なんだ!!私は泣き叫びました。一晩中。
 だけどいつまでも泣いてはいられない。そう気づいた私は、ある結論に達したのです。それは、「私がしめじになる。」ということでした。
 それからの私は別人でした。しめじになるための特訓をしたのです。具体的にどのような事をしたかについては長くなるので割愛させて頂きますが、それはもう想像を絶するものでした。
 しかし、しめじはおろか、なめこになることすらできなかったのです。そして更に衝撃的な事実が私を襲ったのです。それは「人間はきのこになることができない!!」のです。
 打ちひしがれる私に夏の陽射しは容赦しませんでした。しかし振り返ってみると、それが大人になるための通過点だったのですね<了>


<修正文>タイトル「しめじになった小学生の私」
 私にとって忘れることのできない夏の思い出、それは小学6年生のときです。「匂い松茸、味しめじ」という言葉を知ったのがすべての始まりでした。
 そのころの私にとって、きのこ類とは椎茸や松茸に対するものにすぎなかったのです。
 しかし、その松茸よりも味において勝っているのがしめじ!ふだんなにげなく食べていたしめじだったのです。なぜ高価な松茸よりしめじのほうが味わいがあるのか、一晩中考えてみました。
 そして、子供ながらの結論に達しました。自分が「しめじ」になるということでした。ばかげたことですが、しめじになって評価される。そのためにギャグのような特訓をしました。具体的にどのようなことをしたかは、今では恥ずかしいことなので割愛しますがそれは想像を絶するものでした。しかし、人間がキノコになれるはずがありません。現実に当面打ちひしがれる私に夏の陽射しは容赦しませんでした。
 今振り返って思うと、他人に評価されたいという子ども心の現れだったのでしょう。しめじのような味わいのある人間になりたい。そのために行ったおろかな努力、それも大人になるための通過点だったと。<了>


いかがでしょうか?この修正を行った人は著者(私)の言いたかったことが全くわかっていません。高校時代の現代文の成績は最低だったのでしょう。もしこのような修正が行われるということがわかっていれば私は掲載を拒否しました。なぜならこれは「きのこ」に対する私の屈折した愛情を侮辱しているからです。こんな私は統合失調症にゃ~ん♪
く


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