日常・・・

日常・・・

第2章 【動き】


「今日は特殊部隊によるウイルス生物への攻撃が実行される日です・・・」
ダニーの一言で午前8時までのニュース番組が開始された。
ダニーの横には女性アナウンサー、そしてその横にはリームが原稿を持って立っている。
この日は特殊部隊のあの作戦のことが主に取り上げられる、特別編成である。
「ではまず、作戦に飛び立ったヘリコプターの映像を御覧ください」
ダニーがそういうと、TV画面はカメラマンが撮影した映像に切り替わった。
出演者が一息つく。
映像の長さは約3分。
映像の解説は事前に録音しているのを流しているので、その間に原稿の整理をしたり、休憩したりしている。
手元にあるコーヒーをダニーが取った途端、リームが肩をぽんと叩いた。
ダニーは噴出しそうになるが、冷静に若手のアナウンサーに向き直る。
「何だリーム・・・」
「次の原稿は僕が読みますよ」
勝手な若手の判断に、ダニーはもちろん反論した。
「馬鹿か。そうやって予定を変えるな。ここの部分が私で、お前はこっちだろ」
そういってるとスタッフの声が耳に入る。
「映像終了まで・・・3・・・2・・・・・・」
声を止めるとたっぷり1秒数えて、ダニーとリームの方へ手を向ける。
ダニーが息を吸って読み出し部分を言おうとした。
「この特殊部隊の作戦は6時から攻撃開始ということで・・・」
リームの声が若干速く入ったのだ。
この身勝手な男は視聴者からの人気が高い・・・
これはこうやって横取りをして、パート取りをしているからに違いない。
ダニーは後継ぎ的存在を嫌っていたのである。




同じ頃、ヘリコプターのコックピットからはアメリカ本土が見え始めていた。
パイロットの横でその光景を見守るロスソンはまじまじとアメリカ本土を見つめた。
5年前からちっとも変わっていない。
高々とそびえ立つビル郡はコケが茂っていて、アスファルトにもコケが侵食している。
そしてアスファルトの上をのろのろと歩いているのはLウイルスに侵食されたゾンビである。
彼らはこのような“怪物”を消滅させるために送り込まれたのだ。
ロスソンはコックピットをでて、隊員達の待機する場所へと戻った。
「すぐに着陸する・・・作戦は前に話した通り。武器は・・・マシンガン系統の奴なら何でもいい。ハンドガンだけはやめるんだ。
それを使用するのは行き詰まったときとか、狙いを確実に取りたいときだけだぞ」
ロスソンが揺れる機内で演説をする。
ロスソンは人に話をうまく聞かせる声を出しているのか、彼が話すときは誰もが静かになる。
その静寂を最初に破ったのがオーウェンである。
「よし、やってやろうじゃないか!」
その声に反応して、次々と男達が声をあげる。
グリーも皆、誰もがだ。
コックピットから声が聞こえた。
「着陸する!くれぐれも気をつけろよ」
同じ時特殊部隊にいながら、パイロットは誰か分からない。
しかし、それをも勇気に変えることが出来た。
グリーがマシンガンの弾倉を確認し、ロスソンは腰にハンドガンとサブマシンガンをつけた。
離れ者のカーディーは冷静に銃を構え、オーウェンも真剣な顔になっている。
年配のロックは背中に腰に大量の手榴弾を巻きつけ、ソニーの腰には剣の様なものも見られる。
そしてメガネのカランはいかにも冷静にマシンガンを腰にあて、ダイソンは出撃を今か今かと待ちわびている。
オーストラリア出身のドローレムと、先ほどやじばかり飛ばしていたノートル ―ダイソン薬物服用疑惑の時にだ― は目を瞑っている。

ローター音がゆっくりになっていき、空に浮かんでいたヘリコプターは、ボロボロのアスファルトに着陸した。

誰もが一瞬息を呑んだ。
「よし、行け!!」
ロスソンの声で扉が開くと一斉に特殊部隊員たちは飛び出した。




特殊部隊最高司令官ロビー・キャメロンは最高司令室の扉を出ていた。
ホーキンスのいる司令室にいっていたのだ。
ここでは各部隊の隊長から報告が入り、またどんな作戦か指示もできる。
普通は最高司令官であっても、この場に立つことは無いが、今回は特別なので部屋を飛び出してきたのだ。
キャメロンはチラッと時間を確認した。
7時40分である。
「交戦状態なのはロスのデスチームとNYのアウトチームです」
部下のホーキンスの、さらに部下がキャメロンにそう告げる。
「他のチームからは?」
「パイロットに連絡を取ったところ、到着していないそうです」
キャメロンはその時間差に若干うずうずした。
すると、後ろから声がかかってきた。
「最高司令官、お話が・・・」
深刻そうな顔をするホーキンスにキャメロンは、異常な事態だろうと感じた。
―チームが一個壊滅したか・・・そういう系の話だろう
そう思ったキャメロンはダイレクトに質問した。
「チームの1つが壊滅したのか?」
あまりしたくは無い質問だったが、こういうものしか頭に浮かばなかった。
ここはもう覚悟を決めて質問したのだ。
しかし、ホーキンスの答えは違った。
首を横に振ったのだ。
キャメロンはそのほかに深刻な事態が浮かばなかった。
ホーキンスはこの部屋を出ようとっているようだ。
どうやらこの広く、大勢の人がいる部屋ではだめなようだ。
それを察し、キャメロンは従った。
この司令室は最高階の5階 ―特殊部隊のビルなんて、そんなに高くなくていいのだ― にある。
廊下には朝にもかかわらず大勢の隊員がいた。
こんな時間に起きなくていいのに、とキャメロンは思いつつホーキンスに着いていった。

ホーキンスはなるべく人のいないところに案内しようとした。
しかし、この5階は最高司令室、司令室、作戦室があるだけあって人通りが多い。
最高司令室に向かわせようとしたが、そこには衛兵がいるのでダメだ。
どうしても2人で話したいのだ。
しかし即急に話さないと大惨事を起こしかねない。
ホーキンスは頭をフル回転させた。

2,3,4階は各部署のオフィスがある。
特殊部隊員は朝起きてまずは自分のデスクに座って、メールなどをチェックするのだ。
銃撃練習に励む日もあれば、そこで報告書をまとめる日もある。
―他の特殊部隊の中でもここだけは若干変わっている・・・というのは一般庶民には知られていない。
ホーキンスはそのオフィス区も避けた。
1階も入り口のホール等もあり、人通りは多く食堂まであるのだ。
ホーキンスはエレベータに乗り地下に向かうことにした。
エレベータ内でも数人の隊員と一緒になる。そのたび、ものめずらしそうに見られる。
地下は射撃練習場とジムがある。
運よく、今は誰もいなかった。

ホーキンスは射撃練習場の傍らでキャメロンに告げた。
「東部の海岸沿いで・・・リッカーが確認されました・・・」
「何!!」
案の定、すごい驚きようだ。
「このことはあなたの口から告げてください。そのためにここに来たんですから・・・」
ホーキンスが殺風景な射撃練習場を見渡す。
「何ではやく言わなかったんだ?」
「あんな人の多いところで、ヒソヒソといってるのを聞きつけられたら皆はパニックになります。
それに、何度も言いますがこれはあなたの口から伝えて欲しいんです」
ホーキンスが真面目に説明すると、キャメロンは分かったという風に頷く。
―うん悪くこんな日に・・・
ハワイの住民が全滅する前に、キャメロンはすぐに行動に出した。

ハワイに避難したといっても、島がいくつもあるハワイなので、住民達は1つの島に固まっているということは無かった。
もともと住んでいた人はそのまま残し、主な政府関連施設はハワイ島 ―特殊部隊本部も例外ではない― に、
移住した住民達は設計された各島のマンションへと移住している。
その中でもマンションの数が多く、オフィスの数が多いために住人が1番多いのがハワイ島だ。
その東部は人口の集中する大都市で「首都」でもある。
海岸沿いとなると観光客向けのホテルを改装したマンションが多く見られるのだ。
そしてなんとも不幸なことに、すこし内陸に入ったあたりにこの建物・・・
つまり特殊部隊本部もあるのだ。
大惨事だけは免れなくてはならない・・・さらに特殊部隊の評判が落ちるのが目に見えていた。


キャメロンはすぐに放送でそのことを知らせた。
リッカーが東部に現れたという事を。

格納庫から自分のオフィスに戻ってコーヒーをすすっていたトミーは、その放送を聴きアンソニーを探した。
2階に位置する飛行隊のオフィスから、すぐに1階に駆け下りると手にホットドッグのかけらを持ったアンソニーがエレベータに乗ろうとしていた。
「アンソニー!」
トミーの声を聞いたアンソニーがホットドッグを口に押し込み、こちら側に走ってきた。
今にも吹き出しそうなホットドッグを何とか飲み込んで話し出した。
「トミー聞いたか!?」
「ああ、ならこんなに慌ててお前を探すものか」
トミーが冷静にあたりを見渡す。
心なしか焦った感じの特殊部隊員たちが、自分のオフィスに戻っていくのが分かった。
アンソニーはトミーをまじまじ見つめると、こう言い放った。
「今回は変な考えを持ったりしていないか?」
トミーには悪い癖があった。
熟練で、冷静沈着なパイロットであるが、時に暴走気味になるときがあるのだ。
2060年にグリーたちを救えたのはトミーの案であるが、「待機せよ」と言われていたため命令無視で3ヶ月免許停止処分がなされた。
そんなトミーを気遣ってのアンソニーの発言は、完全に無視されていた。
発言したアンソニーが下を向く。
しかし正面を向き直ったアンソニーの視界に、トミーの姿は無かった。




特殊部隊本部前・・・といってもまだ数百メートルは離れているが、270人のデモ隊が完成していた。
そして彼らは既に報道されている事実を知った。

“リッカーが付近に出現”

街角の電気屋では「モーニングinアメリカ」を映しているがリッカーのニュースで持ちきりである。
デモ隊にとって、このタイミングでのリッカー出現はデモ隊にとって格好の獲物となった。
しかし既に慌てて避難を開始している住民もいれば、呆然とする住民もいた。
デモ隊の中からもパニックになって逃げ出したものがいたが、そいつらは放っておいた。
今は強い気持ちがある者だけが必要だ。
デールは切羽詰った表情で住民へ注意を呼びかけているダニー・コミックアナウンサーをみてこう呟いた。
「見てろ。俺らがまた新しいニュースをつくって見せるぜ」
デールがそう呟くと同時に、行進が始まった。




「大変だ!!」
背広を大急ぎで着込んでいるのは「モーニングinアメリカ」のアナウンサー、ダニーである。
「何を慌ててるんだ?」
プロデューサーのチードルが平然と尋ねる。
ダニーは狂ったように説明を始めた。
「私は平然とリッカーが現れた、といっていたようだが内心とても怖かったんだぞ!
ここから少し離れたところにリッカーがいるってのに、よくそう平然としていられるな!」
いつも比較的冷静なダニーが慌てているので放送室内は空気が重たかった。
どうやら普通スタッフは避難を始めているようで、ダニーもその一団に加わろうと資料をかばんに詰め込んだ。
しかしかばんを持って歩き出そうとしたダニーの肩をチードルが叩いた。
「君には感謝しているよ。だが頼みたいんだ。もう少しで放送はオアフ島の放送局からの放送に切り替わる。
それまでの15分間を、君に担当して欲しいんだ。もちろん君もだドレンティ」
ドレンティとはリームが視聴者につけられたニックネームである ―山田というものに山本とふざけて名前を呼ぶのと同じ感覚だ。
リームは渋々頷くが、ダニーは頷いていない。
残ったものからの視線が、痛いほどダニーに突き刺さる。
「分かった・・・原稿は?」
チードルが手渡すと、ダニーとリームが画面に映った。
スタジオにいるのはリームに、照明&マイク担当のワラライとカメラマンのジャック、そしてチードル。
いつもの面子だ・・・とダニーは辺りを見ているとリームがダニーに視線を投げかけた。
どうやら自分の番が来たようだ。
「皆さん、どうか慌てず避難してください・・・」
こういうようなことを延々、15分繰り返した。




15分後、チードルの拍手が響いた。
それを聞いた途端キャスト、スタッフの計4人は慌てて私物を取りにスタジオの隅に走った。
「じゃあなワラライ、お前と仕事できて楽しかったぞ」
ダニーが照明のワラライに言葉をかける。
中年の若干太り気味のワラライは言葉も返さず着々と荷物をまとめた。
「ダニーさん、あなたと仕事できて良かったです」
そこにはカメラマンのジャックがいた。
若い彼は、入社してからダニーのリポートやアナウンスなどの全ての仕事を撮った。
ある時は灼熱の火山地帯を取材した時もあったし、そしてまだ世界が完全に闇に覆われていなかったときは南極へといったこともあった。
ダニーはジャックとの思い出を一瞬で思い出し、一瞬で記憶の奥へとしまい込むと握手をした。
リームもワラライとハグをしていた。
次にチードルと・・・とリームはチードルをみると、ガラス窓から下を眺めていた。
チードルが静かに笑みを浮かべている。
「どうした?」
リームがチードルの隣に立って下を眺める。
「おお!」
リームはついつい驚きの声をあげた。
その言葉に他の3人もガラス窓へと駆け寄った。
みるとずらずらと人の大群が歩いているではないか。
「避難民か?」
ワラライが興味ありげに尋ねる。
「避難民はプレートを持っているか?」
ダニーが答えた。
5階にあるスタジオからはよくは見えないが、数人の人間が少なくとも何かしらのプレートを持っているのがわかった。
しかも先頭の1列はなにやら横断幕のようなものを手に持って前進している。
「デモか!?」
リームが驚きつつ訊いた。
「そのようだな・・・」
ダニーが頷く。
そのときチードルが我に返ったように電話の方へと駆けて行った。
「そこで待ってろ!」
受話器をとるとそう指示するなり、なにやら小声で話し出した。
約1分後、チードルはダニーたちのほうへ向かった。
「予定変更だ。あのデモ隊の様子を生放送する」
チードルの発言に、4人は固まった。
そしてジャックが1番初めに口を開いた。
「つまり・・・僕がカメラで、ワラライが照明、ダニーさんとリームさんがレポーター・・・ということですか?」
「鋭いな」
チードルはそれだけ言うと、ダニーに目を向けた。
「これが最後にする。お願いだ、従ってくれ」
ダニーは右手に力を入れて、チードルを思い切り殴り飛ばした。
もう一打を・・・というところでリームが慌てて制止する。
「クソ!」
ダニーは大声で叫んだ。
スタジオ内だけに、反響はすごかった。
「お前・・・」
チードルが右の頬を押さえて立ち上がった。
「どれだけ俺を頼ってるんだ!俺たち4人はあんたに従うのはもうやめたぞ!デモの撮影はお前がビデオカメラか何かを持ってやればいいさ!・・・」
「報道命」
その言葉を聞いたダニーが、一瞬にして固まった。
チードルの口から放たれたその言葉は、ダニーが一番大事にしてきた言葉だ。
「お前のモットーはなんだったか?報道命だろ?全ての人にどんな出来事が起きているのか伝えるのがモットーだったんだ。
でもそんなお前が、今起きてるデモという事態から逃げようとしている。それでいいのか?
お前はアナウンサーとしてのプライドも捨てたのか?」
チードルの言葉はダニーの脳内で大きく響いた。
それを聞いて怒りが最頂点に着たのか、リームがチードルに襲い掛かった。
「コイツ!俺達の命までも!・・・」
既に40を超えているチードルには反発できなかった。
しかし、さらにその年上のダニーが声をあげた。
「リーム、やめろ」
ダニーが静かにそう告げた。
ダニーの瞳には決意の表情が浮かんでいた。
「・・・マジかよ・・・」
ワラライが静かに呟いた。




自らのオフィスに戻ったアンソニーはトミーと一旦別れ、机の中にある緊急時飛行許可証を取り出した。
これがあれば、緊急時には命令がなくてもいつでも飛行することができる。
窓の外からは少しながら海が確認できる。
大体目測で飛行ルートを確認した。
「いっちょいきますか」
と、アンソニーは目線を一瞬だけ下げた。
一瞬だけでも十分分かった。
そしてトミーを呼んだ。
「どうした?」
下を見るようにと伝えると、トミーも口をぽかんと開けている。
これはまずいぞ・・・
といった感じだ。
2人の反応を見てか、続々と人が集まってくる。
「何だあれは!」
ふいに、誰かが驚きの声をあげた。
アンソニーもふいに隣の同僚と目を合わせた。
彼らの視線の先にはデモ隊の大行進が見えていた。




「くたばれ!」
グリーが前転をしながらゾンビの脳天に銃弾を撃ち込む。
隣のロスソンは冷静にナイフを投げつけた。
それが一体のゾンビの頭に命中する。
腐敗したニューヨークのストリート。
大きな道に沿うように、特殊部隊のメンバー達に襲い掛かってきているのだ。
もちろんそれを冷静に対処するメンバー達は、圧倒的に優勢であった。
・・・と、いかないのが現状である。
確かに冷静なものもいるが、はじけているものもいる。
ダイソンだ。
中途半端に伸びた髪を振り乱し、ごっつい顔と、ごっつい声をゾンビたちに向けて走りだした。
そして奇声を発しながらゾンビたちをマシンガンで吹っ飛す。
戦場に来るとかなり荒れるダイソン・・・誰にも止められないらしい。
そんなダイソンを横目に、オーウェンが大群のちょうどど真ん中に手榴弾を投げ込んだ。
「伏せろ!グレデード!!!」
オーウェンは焦って、途中何かを間違っていったが、他の隊員達にはきちんと伝わった。
グリーがビル ―もう崩れそうだ― に隠れたその時、大きな爆発音がしてそこから、吹っ飛ぶゾンビが見えた。
グリーはビルから出るタイミングを見計らっていると、離れ者で筋骨隆々のカーディーが見えたので、グリーも立ち上がった。
これでここ一帯のゾンビは一掃されたわけだ。
ロスソンが瓦礫の影から姿を現すと、所々に散らばるゾンビの死体 ―元から死んでいるようなものだが― を見渡していった。
「このストリートの掃除は完了だな」
そういうと、メガネのカランが疲れきった声をあげた。
「疲れたぜ・・・何処かで休まないか?」
「確かに戦い尽くしはきついな」
ロックも便乗し、ロスソンに視線を投げかける。
ロスソンは同意するように頷いた。
「分かった。ちょうど俺も疲れていた頃だ。休むか」
そういって一行は今にも崩れそうなビルに入っていった。


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